森久保ォ!ヒーローになるぞ森久保ォ!   作:うどんこ

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説明回。読みづらくてごめんなしあ。



第二話

 森久保乃々は今年15歳になる臆病な少女である。

 

 彼女は超常溢れる世界で例に及ばず、とある"個性"を授かっている。

 その"個性"は珍しく強力なものであったが、幼少期に経験したある事件によって"個性"が暴走して以降、彼女は"個性"をコントロールする事が出来なくなってしまう。

 

 結果として、彼女は幼少期から隔離施設で日々を過ごさざるを得なくなっていた。

 施設の生活は他者との接触は最小限。同年代も見当たらず、友達なんて出来るはずもない、規則規則の堅苦しい日々で、彩りのない機械的な生活と言って良かった。

 もともとは天真爛漫に笑っていた彼女だが、自身の力に怯え、他者を傷つけることを怯え、加えて孤独な施設生活が続き、すっかり臆病な性格が根付いてしまった。

 

 幸か不幸か、彼女自身はそんな施設生活を嫌ってはいなかった。

 施設で孤独に自問自答する内に培った思考力は、枯れ果てた大木のような凪の精神と、騒がしいのも、騒ぎ立てるのも、傷つくのも、傷つけられるのも嫌という、絶対的な意志を形成するに至り、「このまま生涯を草木のように静かに施設で過ごすのも良い。たまに外が見れて、たまに話し相手がいて、思うがままにポエムを連ねる人生でいいではないか」と、年齢が二桁を超える頃にその考えに辿り着くようになっていた。枯れているとしかいいようがない。

 

 当然だが、両親はそれをよしとしなかった。

 このままでは娘があまりにも可哀想だと。せめて人並な生活を送らせたいと両親は常々願っており、様々な伝手を使い、我が子の為に一心で、足繁く様々なお偉い様に頭を下げ、娘の社会復帰を願い続けた。

 それが効を為したのか、願いの架け橋は森久保が中学になる頃にチャンスと言う形で舞い降りた。

 

 

 『プロヒーローによる個人授業を受けさせ、"個性"を制御出来るようにして、社会復帰させる』

 このような案を、とある機関のお偉方が森久保一家に提示したのだ。

 

 

 森久保の両親はその案に一も二もなく飛びついた。

 森久保は乗り気ではなかったが、両親の悲しむ顔を見たくないのもあって渋々その案を受けた。

 

 そうして彼女が中学生になるくらいの歳から、ヒーローとの個人授業が始まった訳だが――

 

 

 

(……それがどうしてこうなったか、わ、わからないんですけどぉ~…)

 

 

 時は高校入試シーズン二ヶ月前。

 森久保乃々は何故か、社会復帰するには過分に過ぎるトップクラスのヒーロー排出高校、雄英高校への受験を目指す事になっていた。

 プロヒーローによる個人授業というだけで大仰だったのに、何故自分はこんなに高い目標を連ねているのだろうと、幾度となく繰り返した自問を更に掘り下げるたびに、ため息が勝手に漏れでてしまう。

 

 自らの目標は社会復帰。ただそれに尽きる。

 悠々自適で、尚且つ静かな高校生活を送れれば満足なのだ。

 正直言って行くなら普通の高校にしたい。と言うか、ヒーローになるつもりがそもそもない。

 

 だから森久保乃々は今も思うのだ。

 "個性"のコントロールは大体出来るようになったから、この個人授業そのものを辞めたいな、と。

 

 三度目の小論文の再提出を先ほど申し付けられた彼女は、志望動機を搾り出すのを止める。そして後ろで寝袋にくるまっている男に、ささやかにしては直球な願望をこめて(声量の)小さな抗議をぶつける。

 

「……こ、こ、志を持って望むからこそ……志望なのであって……も、もりくぼには…そ、そんな志、ひとつもないんですけど……」

 

「……」

 

「絞って……で、出てくるのは挫折と苦渋と絶望の思い出しかないんですけど……」

 

「……」

 

「……む、むぅ~りぃ~」

 

 目を瞑って規則正しい呼吸音を立てる男は、聞こえていなかったのか無視したのか彼女の抗議を一顧だにしなかった。彼女は定番の弱音をあげながら涙目になって小論文に再度取り掛かからざるを得なかった。

 男の名は「相澤 消太」。ヒーロー名は「イレイザー・ヘッド」。そう、彼こそが森久保の訓練を受け持ったプロヒーローであった。

 

 森久保は相澤には余りにも良い印象を抱いていない。

 それは顔が苦手とか全体的に生理的に受け付けないとかそう言う理由ではない。

 人生の先輩として尊敬はしてるし、プローヒーローとしての活躍は何度でも褒め称えたくなるくらいだ。

 ならば何が理由かと言えば、彼を見ると苦渋と絶望の光景しか思い浮かばないためだ。

 

 それは相澤が何よりも「合理的」である事を求める性格であり、彼の施す教育もそれを強いる事が起因していた。

 

 森久保の授業はとある山奥のペンションで、住み込みで行われている。

 彼がプロヒーローで、尚且つ教師を受け持っていることで付きっ切りとは行かないため、時間が合わない時は別のプロヒーローにもお願いしているが、可能な限り彼が見るようにしている。

 しかしてその授業の密度と来たら!

 開始初日から運動、勉強、"個性"の制御を高密度で、分刻みのスケジュールで行うという容赦のなさ。運動経験なし? 女性? トラウマ持ってる? だからなんだと言わんばかりの特訓の数々に初日で逃げ出そうとした私は間違えてないと、彼女は思っている。

  当然、小論文を書いている今もだ。

 ふつふつとした文句が弱音が思い浮かんでは消え、思い浮かんでは消える。

 ただやらなければ怒られるという事実は如何ともしがたく、森久保は恐怖心を糧に机に向かい続けている。

 

 だが、ふと「よくぞまあ私は約三年間この授業を耐えてきたなと、褒めてやりたい」そんな思いに至ってしまった。

 

 すると「今日は頑張ったから終わりにしよう」と言う発想が浮き出てきた。

 

 発想は「ついでに明日の授業はお休みにしてもらおう」と言う邪念へとシフトし、

 

 最終的に「この個人授業は今日で終わりにしよう」という理想へと進化。

 

 森久保頭部で起こった思考の連鎖反応は、瞬く間に全身に命令として下る。

 そして命令の赴くまま、森久保は静かにペンを置いて、相澤に気付かれぬようその場をそろりそろりと去ろうとする。

 

(帰ります……。実家は怒られそうなので、森の奥とか……誰も知らない、もりくぼの森に……。

 あ、相澤さんお世話になりました……もりくぼは、もりくぼは野生に帰りま)

 

「どこへ行くんだ?」

 

「ぴっ」

 

 男の声が部屋に響き、森久保の肩が跳ねた。

 彼女はギギギギという音が聞こえそうな動きで振り返る――と、寝袋から顔を覗かせている相澤の冷徹な目が、森久保を射抜いていた。

 

「…………」

 

「……」

 

「け、消しゴム落としたから……と、取りに行こうとしたんですけど……」

 

「部屋の外に消しゴムが飛び出したのか。活きのいい消しゴムだな」

 

「……消しゴムを操る"個性"とか……そ、そういう人が居る可能性が」

 

「……」

 

「は、はいぃぃ……席戻りますぅ……」

 

 相澤の雄弁かつ冷徹な視線には勝てなかった。

 一大逃亡劇は頓挫。彼女は大人しく席に戻り、見当たらない志望を捻り出す作業に戻っていった。

 

 ここで話を相澤――イレイザー・ヘッドに戻そう。

 相澤はプロヒーローであると同時に雄英高校の現職教師である。

 彼は『抹消』という、相手の"個性"を一時的に使用不可能にさせる、非常に特殊な"個性"を持ち、様々なヒーローとしての活動実績を誇っており、自他共に認める実力派ヒーローである。

 だが繰り返しになるが、彼は「合理的」をこよなく愛する徹底した合理主義者であり、ヒーローへの矜持もまた人一倍強い。

 だからこそ、彼のヒーローの選定眼は人一倍厳しいのである。

 

 "個性"も、性格も、才能もひっくるめて、彼はヒーローを選定する。

 見込みがないなら即切り捨て。それはヒーローの世界は甘いものではないと知っているからこその、相澤なりの優しさでもある。

 彼の御眼鏡にかなわず、倍率数百倍の雄英高校に入学したというのに、間もなく退学となった子供達が何人居る事か。

 

 今回の森久保への個人授業もそうだ。

 現職の教師でありプロヒーローの相澤に暇となる時間は存在しない。

 相澤は白羽の矢が立った以上、もしも見込みもないのであれば即座に別のヒーローに代わって貰うか、施設暮らしを覚悟してもらうつもりで森久保を審査し始めた。

 

 そんな合理主義者の相澤から見て、森久保乃々の評価はどうなのか?

 端的に評価すると下記のようになる。

 

 個性:S

 才能:A

 体力:D

 性格:F-

 

 彼女は才能と個性に非常に恵まれているが、それを有り余るほどのマイナスな性格が全てを台無しにしていた。

 悲しい程に気弱で、少しの事で怯えてしまう。暴力にはトラウマがあって、血を見るのなんてもってのほか。性格さえよければプロヒーローも目ではないだろうが、後一歩のところで彼女は「ヒーロー向き」ではなかった。

 それはヒーローになることをそもそも望んでいない森久保には丁度良かったかもしれない。だが、彼女の"個性"を身をもって理解した相澤は、彼女の危うさに気付き――個人授業をすることに承諾した。

 森久保が望まずとも、彼女をヒーローに仕立てあげるか、それに比類する精神力と自衛力を鍛えなければならないと、即座に気付いたのだ。

 

 

 実は森久保、「ヒーロー向き」ではないが、これ以上ないほどに「ヴィラン向き」だったのだ。

 

 

 奇しくも彼女の"個性"は、彼女の臆病な性格と非常にマッチしていた。

 広範囲の人々に瞬時に影響を及ぼす"個性"。それをヴィランとして振舞われた場合の被害を考えると、彼女を野放しにする事は出来なかった。

 彼女ほどの"個性"がヴィランに知れ渡れば、即座にヴィランは彼女を奪わんとするだろう。

 そうならないよう彼女に"個性"の制御力をしっかりと身に付けさせ、尚且つ自衛力を持たせることは急務であった。

 

 そして、雄英高校に進ませる理由もそこにあった。

 珠玉のヒーロー候補達と切磋琢磨することで精神を養える上に、プロヒーローが大量に在籍し、日本一セキュリティが鉄壁といっても過言ではない、ヒーロー養成学校。

 いわば最も成長を促せる場所であり、尚且つヴィランから彼女を守るには非常に適した場所だったのだ。

 

 当然、森久保に「お前はヴィラン向きだから力を制御してもらうよ」なんて面と向かって言う事は出来ない。弱メンタルの森久保には、それは行き過ぎた暴力だ。

 故に、彼女には「お前の個性制御に最も適した学校が雄英高校だから、そこを進んでもらうよ。拒否権はないよ」と言う嘘ではないが、事実をぼかした理由を用意している。

 ちなみに彼女の雄英入学は既に推薦枠で決定している。

 その事実を森久保は知らずに、受験勉強にひいこらと打ち込んでいる。

 天下の超有名高校にただで入れるという事実にあぐらをかいて欲しくないし、優遇するつもりはないという、相澤らしい打算であった。

 

(……個性のコントロールも大分マシにはなってきた。判断力も当初に比べれば悪くはない。

 知恵も機転も回るし、やはり素材は悪くはない。悪くはないのだが……)

 

 相澤は厳しい訓練により鍛わった彼女を見て、ついつい脳内でごちてしまう。

 やはりネックとなるのは性格だった。

 特訓を重ね、地獄を見せても、既にへし折られ歪に成長した芯を真っ直ぐにするのは容易ではなかった。

 多少の冷静さは身につけられたものの、臆病なのは代わらず。

 そしてメンタルの弱さがまたに掛けて酷い。限度を超える内容の特訓は即座に「無理」と拒否をし、へこたれてしまう。あげく逃亡してしまうのだ。

 ただその臆病さが彼女の個性を強力付けているので、痛し痒しと言った所なのだが。

 

「……あ、相澤さん。お、終わりました……

 あの、もりくぼはやりましたので、帰っても……」

 

「……20分後にグラウンドで個性訓練だ」

 

「ひぃぃ~……む、むぅ~りぃ~……!!」

 

 ただ重ねて言うが、彼女の才能は悪くない。

 一度始めれてしまえば最後までやり遂げようとする根性も含め、アドバイスは忘れないし、自分なりのアレンジも怠らない。訓練に含まれる意図を正しく理解し、実現出来る力もある。

 

 もう少しだけでもその臆病な性格が直ってくれれば。

 四度目で文句の付け所があまりなくなった小論文を見ながら、相澤はため息をつくのだった。


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