【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第七話 「こうざん! いちー!」

「ぬぉあー! フェネック! レミアさん! 見てなのだー!」

「おぉーなにこれー」

「ロープウェイ、かしらね」

「ろーぷうぇい……ってなんなのだー?」

 

 ジャガーから聞いた道を進んだ先に、レミア、アライさん、フェネックの三人は大きな建物を見つけました。頑丈そうなワイヤーが山の上に向かって伸びています。レミアがワイヤーの根元を探して視線を動かすと、すぐに乗り物らしきものが見えました。

 汚れや錆が浮いていますが、あれを使って山頂まで行けるだろうとレミアは直感的に悟ります。

 コンクリートと鉄でできた階段を上り、一番上まで来ると緑色のゴンドラがありました。

 

「~~~~ッ!」

 

 階段を上る時からそわそわしていたアライさんが、もう我慢できない様子でそれに飛び乗ります。

 

「見るのだフェネック! これ! 何かよくわからないけどこれすごいのだー!」

「それがロープウェイよ。そこのペダルをこいで山頂まで行けるの」

「初めて見たのだ! すごいのだ!」

 

 アライさんが歓喜の声を挙げつつペダルに両足をかけて、フェネックとレミアに早く乗るよう急かします。

 どうやらアライさんがペダルをこいでくれるそうです。

 

 三人はゴンドラに乗り、アライさんが「出発なのだ―!」と一声叫ぶと、ゆっくりのんびりとした調子で山の頂上に向かって登り出しました。

 三人で乗るとちょっと窮屈そうですが、ゴンドラは一つしかないので贅沢は言えません。

 

「あーなるほどねー」

「どうしたのフェネックちゃん?」

「これでどうやって山の上まで行けるのかなって考えてたんだけどー、この上のひもが山頂につながってるんだねー」

「そうよ。ゴンドラがワイヤーに沿って巻き上げられていくの」

「いいねー、ラクちんだねー。アライさんがんばってねー」

「まかせてなのだー!」

 

 ゴンドラは、ゆっくりゆっくりと進んでいきました。

 

 

 ○

 

 

 気が付くと太陽が西の空へ傾きかけています。

 ややオレンジ色を帯びてきた太陽の光に照らされながら、錆の目立つ緑のゴンドラは山の中ほどまで登っていました。

 

「フェ……フェネック……そろそろ交代してほしいのだ……」

「〝アライさんにお任せなのだー〟じゃなかったっけー?」

「言ったけど……なのだぁ……」

 

 ずっとペダルをこいでいたアライさんですが、これがけっこう重労働だったようです。ひーひーと悲鳴を上げながらすがるような声でフェネックに助けを求めます。

 

「うーん」

 

 フェネックはもうちょっとアライさんにこがせてみようかなとも思いましたが、あんまりいじわるするのもかわいそうだなぁと思い返したので、軽く肩をたたいて席を交代しました。

 

「アライさーんありがとー。後はゆっくり休んでていいよー」

「助かったのだ……フェネックぅ……ゼー……ゼー……」

 

 きこきこ鳴るペダルの音と重なって、アライさんの荒い息遣いだけがしばらくゴンドラに響きます。

 

 数分経ってアライさんがちょっと元気になった頃。

 真っ赤に焼けつつある空と、オレンジ色に照らされている壮大な自然をボーっと眺めていたレミアに、アライさんが話しかけました。

 

「レミアさんの用事ってなんなのだ?」

「これのことよ」

 

 話しかけられたレミアは顔を上げて、腰のポーチから黒色の四角い何かを取り出します。

 夕日に照らされたそれはレミアの手よりすこしだけ大きく、細長い棒のようなものが上の方に生えていました。

 見たところでイマイチぱっとしないアライさんは首をかしげます。

 

「なんなのだこれ?」

「通信機、っていうの。今は使えないけど、山頂では電気が使えるそうじゃない? だから上手くいけば復活するかもしれないわ」

「使えるようになるのか!?」

「えぇ、まぁたぶんね」

 

 わぁぁっ! と一言嬉しそうに言ったアライさんですが、そのままコテっと首をかしげました。

 

「でもそれ何のために使うのだ? 使うと何が起きるのだ?」

「遠くの離れた所と会話ができるのよ。見たことないかしら」

「へぇー! ないのだ! アライさんも見てみたいのだー!」

「うーん……通信がつながっても民間人に内容を聞かれるのは……」

 

 困った顔で苦笑いをするレミアの言葉は、どうやらアライさんには届いていないようです。

 かわりに黙々とペダルをこいでいるフェネックの耳が、ぴくぴくと小刻みに動いていました。

 

 

 ○

 

 

「ついたねー」

「到着なのだ―!」

 

 ゴンドラが山頂に付いた頃には、もう空が紫色になっていました。

 太陽も顔の半分を地平線に沈め、あと数分もしないうちに完全に姿を消すでしょう。

 

 山頂には足首ほどの草が生えていました。ところどころ茶色い地面が見えるようにぽっかりと抜かれています。

 レミアは、

 

「……?」

 

 それが何かの絵であることに気が付きましたが、上から見るでもしないと全容はつかめないと思いスルーしました。

 

 あたりを少し見回していると、ほどなくしてアライさんが「なんかあるのだー!」と声を上げて指を差したので、その方向に目を凝らします。

 

 青い屋根の建物でした。屋根の上にはなにかの装置が付いています。何のためのものなのかレミアには分かりませんでしたが、もしかすると電気に関わる装置かもしれないと思い、とにかく建物に入ることにしました。

 

「あそこね、行くわよ」

「はいよー」

「わかったのだー!」

 

 レミアを先頭に、フェネックとアライさんも青い屋根の建物へ向かいます。

 

 

 ○

 

 

 木づくりの扉をくぐると、甘い香りが漂ってきました。

 上品で、温かく、優しい香りに包まれた空間に、三人はすこし驚きながら入ります。

 

「いらっしゃぁい~ようこそぉ~ジャパリカフェへ~♪」

 

 部屋の奥からとびきり間の抜けた声が聞こえてきたのと同時に、レミアはこの建物がなにを目的にして建てられたのかを得心しました。

 

 甘い紅茶の香りと手入れの行き届いたテーブルやイス。部屋のところどころに装飾目的で飾られた植物。

 そして何よりも、ここの店主が迎えてくれた言葉から。

 

「ここは喫茶店なのね」

「そぉだよぉ~♪ 今までぜぇんぜんお客さん来てくれなかったのにぃ~、今日はいっぱい来たんだよぉ~うれしいなぁ~」

 

 どうぞどうぞぉ~座ってねぇ~♪ とカウンターから出てきて席に付くことを勧められた三人は、そのまま腰を下ろします。

 

「きっさてん? かふぇ? ってなんなのだ?」

 

 頭にはてなマークを浮かべながら首を傾げたアライさんに、柔らかい笑顔とうれしそうな声で店主が答えました。

 

「あったかいお茶でぇ~みんなが休憩できるところがカフェなんだよぉ~♪」

 

 店主の笑顔が浮かぶ言葉に、アライさんの向かい側に座っていたフェネックも少し驚きました。

 

「へぇー、私も知らなかったなぁー、カフェっていうのかー」

「すごいのだ。なんか落ち着くのだ」

「おぉー。アライさんを落ち着かせるなんてすごい場所だねぇー」

「そうなのだー…………ん? フェネック?」

「なーにーアライさーん?」

 

 にやりと笑って言うフェネックの隣で、レミアも小さく微笑みました。

 

 窓の外を見ると、太陽はすでに顔を隠しています。本来ならば外の空模様と同様に、この店内にも夜のとばりが下りるはずです。

 でも不思議なことに店内は明るいままでした。

 はてどうしてだろうとレミアは疑問に思いましたが、首を上げて目を凝らすと、

 

「なるほど」

 

 天井にある光源を見て頷きました。

 落ち着いた色合いの暖色系ライトが、店内を包み込むようにして照らしてくれています。これなら夜が来たって店内でお茶を楽しむことができるでしょう。

 

 いい場所ね、とレミアは店主の顔を見ながらつぶやきました。

 

「あなた、名前は?」

「私はアルパカ・スリって言うんだよぉ。アルパカってよばれてるからぁ~それでいいかなぁ~」

「アルパカね、わかったわ」

「とりあえずぅ~何飲むぅ? 紅茶あるよぉ~?」

「紅茶以外は?」

「こぉーひー? っていうのかなぁ~苦いけどぉ~香ばしくてぇおいしいやつもあるよぉ~」

「あたしはコーヒーで」

「私もそれでー」

「アライさんもそれにするのだー」

「アライさんは紅茶にした方がいいと思うわ」

「え、そうなのか?」

 

 目を丸くするアライさんに、レミアはうなずいて「コーヒー二つと紅茶一つで」と注文します。

 

「ご注文うけたよぉ~待っててねぇ~今淹れるからぁ~♪」

 

 店内には茶葉の心地よい香りと、アルパカの嬉しそうな鼻歌がしばらくの間流れていました。

 

 

 ○

 

 

「電気ぃ? あぁ、上のアレかなぁ~。でもぉ~日が落ちちゃうとぉ使えないんだよねぇ~」

 

 四人掛けのテーブルに向かい合うようにして、四人のフレンズが腰かけています。

 各々の手には湯気を上げるカップがあり、レミアとフェネックはコーヒーを、アライさんとアルパカは紅茶を飲みながら談笑をしていました。

 

 数分前。

 アルパカが淹れたお茶とコーヒーがテーブルに運ばれると、アライさんとフェネックは恐るおそるカップに口を付けました。

 

「……!」

「……?」

「おいしいのだぁ~」

 

 紅茶を初めて飲んだアライさんは、口元をふやけさせながら満足そうに声を挙げます。そのまま二口、三口とちびちび飲んで、やはり幸せそうな顔でカップを口へ運んでいました。

 

 一方コーヒーを初めて飲んだフェネックは、

 

「んんー……?」

 

 飲んだまま少し固まり。

 それから口を付けたカップをそっと机に置いて、べぇ、と舌をだしてから「にひゃい……」と短く感想を言いました。

 

「それは苦いよぉ~。私もお砂糖とミルクを入れないとぉ飲めないんだぁ~」

「そ、それほしいかなー」

「すぐ持ってくるねぇ~♪」

 

 アルパカは棚から砂糖とミルクを取り出すと、フェネックのカップに比較的多めに入れてあげました。

 スプーンで混ぜてから再び口をつけると、

 

「……おいしーねぇー」

 

 いつもの少しおどけた調子で、フェネックは嬉しそうに一息つきました。

 

「レミアさんもぉ~砂糖とか入れるぅ~?」

「いや、あたしはこのままでいいわ」

「へぇ~すごいねぇ~♪ 苦くないのぉ~?」

「このままのほうがおいしいわ。いい豆ね」

「隣の地方に生えてたんだぁ~♪ 茶葉も摘んできたやつだけどぉ~おいしいでしょぉ~♪」

「アルパカは淹れるのが上手よ。カフェを開いて正解だわ」

「やったぁぁ~褒められたよぉうれしいなぁ~♪ うれしいなぁ~♪」

 

 満面の笑みで一緒になって紅茶を飲むアルパカと。

 三人は仲良く話し込みました。

 

 

 ○

 

 

「じゃあ、明日になって日が昇らないと使えないのね」

「ごめんねぇ~、私もどうなってるのかぁわからないんだけどねぇ~」

「いいのよ」

 

 レミアは電気が使えるかどうかをアルパカに訊いたのですが、どうやら明日にならないとダメなようです。

 ただ、太陽の光がないと電気が使えないならば、なぜ今この部屋の電球が明かりを灯しているのかという素朴な疑問が浮かびます。

 

 疑問は間違いなくレミアの頭をよぎりましたが、考えたってよくわからないのでレミアはそのまま疑問を右から左へ受け流しました。

 

「なんならぁ~今日はうちに泊っていくぅ?」

「いいのかしら?」

「今から下に降りるのもぉしんどいでしょぉ? あしたの朝~えとその〝つうしんきぃ〟? が使えるようになってから、降りてもいいんじゃないかなぁ~?」

「お泊りなのか? アライさん泊まりたいのだ!」

「いいよいいよぉ~部屋余ってるしぃ~」

「じゃあ、お言葉に甘えるわね」

 

 このままこのカフェで一泊させてもらうことになった一行は、もう一杯ずつお茶とコーヒーをアルパカに入れてもらいました。

 カップにおかわりが満たされると、話の内容にも花が咲きます。話題はアライさんたちがとあるフレンズを追っていることに移りました。

 

 アライさんが大切にしている帽子を盗られたこと。

 帽子を盗ったフレンズを追っていること。

 その途中でレミアと知り合ったこと。

 ここに来るまでに大量のセルリアンから逃げてきたこと。

 レミアはものすごく強いこと。

 帽子を盗ったフレンズが〝カバンさん〟かもしれないこと。

 

 などを、主にアライさんの荒い鼻息と一緒に、時々フェネックが補足を入れながらアルパカに話していきました。

 

「んん~でもぉカバンちゃんはそんなことしないと思うんだよねぇ~」

「帽子を盗られたのは事実なのだぁ……」

「きっと何かぁ~事情があると思うよぉ~? アライちゃんの帽子が大事ってゆうのは、わかるけどねぇ~」

「うぅ……」

 

 カバンさんと帽子泥棒が同一人物かもしれないという事実に頭を抱えるアライさんです。

 やはり直接会ってちゃんと話をしないと解決は難しいだろうと、アルパカは独特のやさしい口調で励ましてくれました。アライさんも小さくうなずきます。

 

「じゃあ、そろそろ寝る準備をしようかぁ~。夜寝てぇ、明日の朝から出発だよぉ~」

「はいよー」

「わかったのだ」

「えぇ」

 

 アルパカの一声を皮切りに、座っていた四人は就寝の準備に入りました。

 

 

 ○

 

 

 静かに月が昇る空。

 はるか遠くで輝く星と、青白く幻想的なまでに美しい月光に照らされて、高山の頂上には一軒のカフェが建っています。

 

 その青い屋根の上。

 構造はどうなっているのかわかりませんが、太陽の光から電気を作り出す機械を見て、レミアは一つため息をつきました。

 

 あたりには誰もいません。アルパカも、フェネックも、アライさんも、下の寝室でぐっすりと眠っています。とても静かな夜でした。

 

「ふぅ……」

 

 やや冷たい夜風が、黒いタンクトップの裾を揺らします。

 立って足元の機械を眺めていたレミアでしたが、二度目のため息を付きながらその場に腰を下ろしました。

 

 ゆっくりとポーチに手を伸ばします。

 中から葉巻とライターをおもむろに取り出し、口にくわえ、手で風よけを作ってから葉巻の先端に火をつけました。

 

 深く息を吸い、充分に紫煙を燻らせて、名残惜しそうに吐き出します。

 

「…………」

 

 二度、三度。悲しそうに眼を細めながら。

 大事そうに、味わうように、お気に入りの葉巻を楽しみます。

 

 視線の先には大きな山がありました。

 その山頂には、七色に光る直方体が鎮座しています。近くによらないと分かりませんが、ここから見てもその形状がわかるほど、それはめちゃくちゃな大きさであるとレミアは思いました。

 

 〝サンドスター〟と呼ばれている謎の物質を噴出させるその山を。

 そして、なおも現在、頂上から七色の粉塵をばらまいている山の様子を、レミアは黙って眺めていました。

 口にくわえた葉巻から、細く長く煙が立ち上ります。

 

 どれくらいそうしていたでしょうか。

 葉巻の先から灰が静かに落ちた時、レミアは視線をゆっくりと手元に下ろしました。先ほど整備を終えたばかりの愛銃が三丁、すぐ横に置かれています。

 

 真ん中の一番大きな銃。数々の戦場で自らの命を守り、他者の命を狩ってきた一番の相棒。

 使い古されたライフルのストックを、レミアはそっと指先で触れながら、

 

「…………帰れるのかしら」

 

 掠れた声で、ただそれだけをつぶやきました。

 

 

 




次回「こうざん! にー!」

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