【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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ジャングル地方とは今話でお別れです。


第六話 「じゃんぐるちほー! さーん!」

「うわぁーすごいねー。こんなにたくさんのセルリアンを間近で見たのは初めてだよー」

 

 橋の上でフェネックは感心した様子でつぶやきます。

 

 土と泥が大量に含まれた濁流であり、そしてその幅は数十メートルにも及ぶ大きな川。

 その川に一本、縄と木版だけで見事にかけられた橋がありました。

 

「三十二体いるのを確認したわ。全部撃ってたら弾薬がもったいないし、今のところこっちへ来る様子はないから、このままここに居ましょう」

「はいさー」

 

 そこに立っていたのは二人だけでした。

 ライフルの銃口を下げて、しかし油断なくあたりを見回すレミアと。

 その後ろで耳に手を当てて、周囲の音を注意深く聞いているフェネックだけが、その簡易的な橋の上に立っていました。

 

 

 ○

 

 

 十分前。

 

 大量のセルリアンが次から次へと川のほとりに姿を現す中、レミア、フェネック、インドゾウの三人はある方向へ向かって逃げていました。

 

 アンイン橋です。この先の道に橋が架かっていることを、昨夜見た地図からレミアは記憶していました。

 

「橋まで行って、その橋の幅がせまければ一体ずつ相手にできる! 少なくともここで戦うよりは囲まれるリスクが減るわ!」

「おぉ~」

「いいねー、わかったよー」

 

 どこか気の抜けた声で賞賛の言葉を送るフェネックとインドゾウ。

 

 しかしフェネックの表情には余裕がありません。

 すでに結構な時間を、休憩もなしに走り続けています。遊歩道から川のほとりまで、そして途中に挟んだ戦闘での消費も考えると、そろそろ限界に近い疲労が溜まっていました。

 

 心なしか走る速度も落ちています。まだセルリアンに追いつかれるほど危険な状態ではありませんが、このままではいずれ走れなくなるでしょう。

 

 レミアは横目で振り返りつつ、迫ってきている大量のセルリアンを睨みました。

 

 それから少しだけ逡巡し、

 

「…………フェネックちゃん、もう休みなさい」

 

 がばっ! とフェネックをお腹のあたりから担ぎ上げました。後ろへそのまま回し、肩、うなじ、手の三点でフェネックの身体を支えます。

 

「おわわー」

「力抜いて、動かないでね」

「はーい」

 

 だらーん、とされるがままに担がれたフェネック。

 レミアは先ほどよりも速度は落ちたものの、まだぎりぎりセルリアンに追いつかれないであろう速さで、再び走り出しました。

 

「うわ~すご~い」

 

 追随して走るインドゾウが、軽々とフェネックを運んでいるレミアを見て感嘆の声を上げます。

 彼女も若干息が上がっていましたが、まだいくらかは走れそうです。

 しかし、

 

「インドゾウ、ここで川を渡りなさい」

「へ?」

「あなた泳げるわよね」

「え、えぇ~うん、泳げるけど~」

「あなたのおかげで、本当に助かったわ。でもこれ以上はあなたが走ってついて来ても、その先で戦えるほどの体力が残っているとは思えないの」

「それは~……うぅ、でも~」

 

 足は止めず、速度も落とさないインドゾウでしたが、視線だけは下を向いていました。

 レミアは前を見たまま続けます。

 

「アンイン橋までまだ距離があるの。そこがどれほどの幅があるかわからないけれど、だからこそ、あなたはまだ体力のあるうちに対岸へ渡りなさい」

「レミアさん一人で大丈夫~?」

「一人じゃないわ。あたしとフェネックの二人。それともう一匹――――いえ、もう一人ね。いるのよどこかに。だから大丈夫、あなたはここで渡りなさい」

 

 ちら、とレミアは目だけでインドゾウの様子を伺います。

 何かを言おうとして、しかしインドゾウはそれを飲み込み、かわりに固く決意したような表情になり。

 

「…………信じてるね~」

 

 間の抜けた口調で、それでも強い意志を含んだ言葉を残して、川のほうへ飛び込んでいきました。

 レミアは振り返らず、

 

「…………えぇ」

 

 ただそれだけを口にして、走る速度を速めました。

 ほんの少し、口元に笑みを浮かべながら。

 

 

 ○

 

 

「アライさんはたぶんー、レミアさんの銃の音を聞いて、こっちに向かってくると思うんだー」

 

 ほどなくして見つけた橋の上、ちょうど川のど真ん中に当たる位置で、レミアとフェネックは止まりました。

 レミアが想像していた橋とは似ても似つかない、なんとも簡易的なものではありますが、それでも岸と岸をつなぐ立派な架け橋であることは事実です。

 

 レミアはフェネックを下ろすとその場に座らせ、自分は立ったまま周囲を見回して、それからフェネックに視線を落としました。

 

「ライフルの音だけで位置までわかるのかしら?」

「アライさんはねー、私ほどじゃないけどちゃんと音も聞けるんだよー。セルリアンが出てることは知ってると思うしー、今頃がんばってこっちに来てくれてると思うんだー」

「…………」

 

 レミアは気が付きました。

 息が上がり、肩で呼吸を整えようとしているフェネックの、その体の動きの中にわずかな震えが混じっていることを。

 

 疲労からでしょうか。

 しかしレミアはその可能性を否定します。

 目の前の少女が暗澹とした表情で、根拠のない強がりを言って肩を震わせているのは、そんなことが原因だからではないでしょう。

 

 大切な友達とはぐれた上にこんな状況になっているのです。心配と不安が押し寄せていることは容易に想像できました。

 なのでレミアは、

 

「……えぇ、きっと大丈夫よ。フェネックちゃんのお友達だもの。大丈夫に決まっているわ」

 

 静かに微笑んで、ゆっくりとうなずきました。

 

 それから顔をあげます。

 さっきまで自分たちが居た川のほとりに、ぞろぞろと押し寄せてくる青いセルリアンを視界にとらえました。

 

 アライさんのことはレミアも心配です。ですがそれ以上に今は、自分とフェネックの身に起こる危険を直視せざるを得ない状況です。

 アライさんのことは大丈夫。そう信じるほかありません。

 自分が今するべきことはただ一つ、自分とフェネックを守ること。

 

「…………そう、ね」

 

 ライフルを持つ手に力が入ります。

 

 まずは敵の数を数えようと考えて。

 一番左端に居るセルリアンに視線を這わせて。

 

 ――――あわせた、その瞬間。

 青く丸い体をくるりと縦にまわしながら、川の中に入ってくるセルリアンが目の中に飛び込んできました。

 

「なっ!」

「え?」

 

 レミアだけでなく後ろに居たフェネックからも驚きの声が上がります。

 

「セルリアンって水が苦手なんじゃなかったの!?」

「は、ハンターからはそういう風に聞いたんだけど―」

 

 フェネックの声がいつもとは違って上ずっていました。焦っています。

 レミアも動揺を隠しきれませんがすぐに頭を切り替えて、自分が今取るべき行動を選択しました。

 

 ばがんッ!

 

 すぐさまライフルを構えたレミアが一発。

 

 ばがん!

 ばがん!

 

 二発、三発。

 体を回転させることによって、石を頂点に回してから水の中へ入ろうとしていたセルリアンを、ためらいなく撃ち抜いていきました。

 

 陸地に残っていたセルリアンに狼狽のような様子が見て取れます。明らかに、今から身体をまわそうとしてたやつが元の体勢に戻りました。

 

 ――――石が水に浸かるのを避けた……?

 ――――水に入ったやつらを撃った時、他の奴らは狼狽えた……?

 

 レミアは今しがた敵のとった行動の意味を全力で考えつつ、油断なく銃口を向けます。

 同時にセルリアンの数を把握するために、左から順番に数えていきました。

 

 

 ○

 

 

「今の音! こっちなのだー!」

「な、ちょ、そっちに行ったら危ないんだってばー!」

「別にジャガーは付いて来なくてもいいのだー!」

「あぁもうッ! そういう問題じゃないんだってッ!」

 

 アライさんがジャングルの中を突っ走る後ろから。

 引き返すように説得するフレンズ――――ジャガーが追いかけていました。

 

「なんでわざわざセルリアンの向かってる場所へ行くんだよー!」

「レミアさんのあれ! 銃の音が聞こえたのだッ!」

 

 じゅう? と首をかしげるジャガー。すぐに、川辺のほうから断続的に聞こえていたあの大きな音のことだと察しました。

 

「なぁおいアライグマ! その〝レミアさん〟ってのもセルリアンに襲われてるフレンズなのか!?」

「音のしたほうに絶対いるのだ! セルリアンが向かっているから危ないのだー!」

「く……じゃあ、ほっとくわけにもいかないな」

 

 覚悟を決めた様子で拳を握り締めたジャガーは、走る速度を上げてアライさんに追いつきます。

 

「お前の仲間のフェネックも一緒なのか?」

「多分一緒なのだ! ジャガーもついて来てくれるのか!?」

「避難の手伝いだけだぞ! セルリアンと戦うなんてごめんだ!」

「だーいじょーぶなのだ! レミアさんは強いしフェネックも賢いのだ! あの二人とアライさんが居れば、セルリアンなんて怖くないのだー!」

 

 それが危ないんだってぇー! っとジャガーは叫びましたが、アライさんは聞いている様子がありません。

 

「そうだ、ジャガー! 葉っぱのたくさんついた木の枝を持っていくのだッ!」

「はぁ!?」

「いいから! 持っていくのだぁー!」

「な、なんでそんなもん持っていくんだ!?」

「大丈夫なのだ! その辺のことはアライさんにお任せなのだー!」

「ぬうう……わけわからんが、とりあえずわかった!」

 

 走りざま、二人は手の届くところから木の葉のたくさんついた枝を折り、音の聞こえた方向へ全力で走っていきました。

 

 

 ○

 

 

「……増えていってるわね」

「だねー」

 

 川のほとりのぬかるんだ土地は、真っ青なゲル状の物体で覆いつくされつつありました。

 レミアも五十を数えたところから目視では厳しいと判断し、カウントをやめます。

 

「あれから水には入ってこないけどー。これだとアライさんが困るかもー」

「ねぇ、アライさんって泳げるの?」

「うん、一応はねー」

 

 いつも通りの、どこか眠そうな笑顔でフェネックはそう応えました。

 レミアの見る限りでは先ほどの震えは止まっているようです。

 

「一応?」

「本当はアライグマって泳ぎが得意らしいんだけどー、アライさんはあんまり上手じゃないんだー」

「…………心配になってきたわ」

「うーん」

 

 とはいえレミアにも、一つ作戦がありました。アライさんがこの近辺までくればフェネックがその声を聞き取ります。

 それと同時にセルリアンへ猛攻を仕掛け、橋の正面だけを拓いてすぐさまアライさんをこちらへ渡らせるというものです。

 

(弱点が背面下部にあるから屠るまではいかないけど、眼球に攻撃を叩き込めば嫌がることは検証済み……あとは)

 

 作戦の内容を頭で反芻していた時でした。

 

「……っ! アライさんがいるー!」

 

 フェネックの嬉しそうな声が背後で上げられました。

 瞬間。

 

「ふッ!」

 

 レミアは鋭く息を吐きつつ橋の板から板へ飛び移り、着地と同時にライフルの引き金を引きました。

 

 轟音。間髪入れずにボルトを後退させて排莢。

 そのあいだ足の動きは止めず、板と板の間を飛びながら給弾、着地と同時にすぐさま射撃します。

 

 ばがんッ! じゃこッ!

 

 ばがんッ! じゃこッ!

 

 ばがんッ! じゃこッ!

 

 ばがんッ! ――――。

 

 石は狙えません。代わりに目を狙います。

 石に比べれば何倍も大きく、そしてボルトアクションライフルでの射撃にしてはあまりにも近い距離。

 外すわけがありません。レミアが引き金を引き、発砲の音がジャングルにこだまするたびに、青いセルリアンたちは橋の正面から退いて行きました。

 

「アライさん! こっち!」

 

 最後の跳梁から無事に土の地面を踏み、レミアは大声を上げながらあたりを見回します。

 

「レミアさーん! やっと会えたのだーッ!」

 

 声は意外にもすぐ近くから返ってきました。直後、茂みの影からアライさんが飛び出し、

 

「うぇッ!」

 

 ――――コケました。ツルに足を引っかけて。

 

 情けない声がアライさんから上がるのと、レミアの顔から血の気が引くのはほぼ同時でした。

 すぐさま腰を落としてライフルのストックを突き出し、アライさんめがけて今にもとびかかろうとしていたセルリアンの眼球に向かって叩きつけます。

 

 そのままバックステップ、一歩半の距離を取ってから神速の勢いでリボルバーを抜き。

 

 すどん。

 すどん。

 すどん。

 

 三発を、セルリアンの目にぶち込みました。

 たまらずセルリアンは後ろに下がりますが、その向こうに居たセルリアンが距離を詰めてきます。

 後ろからも別個体のセルリアンが迫っているのを肌で感じました。

 

(まずいまずいまずいまずいッ!)

 

 ものの数秒で退路が断たれます。

 焦りから歯を食いしばり、目の前で火花の散るようなチカチカとした感覚がして。

 

 一瞬、ほんの一瞬、それこそ(まばた)きをするぐらいの時間、レミアは動きが止まりました。

 側頭部に衝撃が走ります。ハンマーで殴られたかのような。

 そして実際、ハンマーのような形をしたセルリアンの腕に殴られていました。

 

「ぐぅッ!」

 

 踏みとどまりますが、視界は満足に広がらず、ぐにゃりと木々が曲がります。

 そしてモヤがかかったように世界が白く染まっていきます。

 

(ドジったなぁ……こんなところで)

 

 そう心の中でつぶやいたとき。

 ふと何かが頭の中をよぎりました。

 

(こんな状況、前にもあったような気がするわね……?)

 

 似たように囲まれて。

 似たように誰かを助けようとして。

 似たように頭に衝撃を受けて。

 

 なんだ。

 なんなんだ。

 あたしは、これは、誰で、あたしは――――。

 

「…………あ」

 

 

 ○

 

 

 時間にして、人が一歩を踏み出すのと同じくらいの間。

 秒にして、一秒になるかならないかの時間。

 

 レミア・アンダーソンは一瞬、戦いの中で意識を失い、そして何かを思い出し、再び目の前の光景をはっきりと視認したのでした。

 

「ごめんなのだジャガー! 助かったのだ!」

「あぁもう! 何が何だかぜんッぜんわからんのだが! とにかく、みんなまとめて逃げるぞッ!!」

 

 意識と視界を取り戻したレミアの前では、右手に木の枝を持ち。

 左手にアライさんを抱えたフレンズが立っていました。ジャガーです。

 

 言葉を交わすまでもなくレミアは目的が達成されていることを確信したので、振り向きざまに自分の頭に攻撃をしたセルリアンの、

 

「お返しよ」

 

 すどん。

 

 石がありそうなあたりにリボルバーをぶっ放しました。

 撃鉄が雷管を叩き、液体火薬に着火して、44口径の鉛玉が銃口から射出され。

 青いセルリアンの胴体にトンネルを掘りつつ、背面下部、そこに在る石を粉々に粉砕しました。

 

 背後でセルリアンがまばゆい光とともに爆散するのを感じつつ、レミアはジャガーの背を追って橋の板に飛び移りました。

 

 

 ○

 

 

「だから言ったのだ! 青いセルリアンは葉っぱの付いた木の枝を嫌がるのだ!」

「初めて知ったぞ」

「じょーしきなのだーッ!」

 

 ジャガーに向かってふんぞり返っているアライさんを見て、レミアはくすりと笑いました。

 

 橋を渡って対岸へきた一行は、向こう岸に集まっていた大量のセルリアンがジャングルの中へ帰っていくのを確認して、ホッと一息ついています。セルリアンたちは回転して水の中に入ってくることも、飛び跳ねて橋を渡ってくるような様子もありません。

 

「…………助かったわ」

 

 レミアが攻撃を受けたあの時、ジャガーが手を貸してくれたおかげで、どうやらアライさんは助かったようでした。アライさんとジャガーの手にはなぜか木の枝が握られています。

 

 青いセルリアンは葉っぱの付いた木の枝を嫌がる。

 アライさんは確かに先ほどそう言いました。だからジャガーは手に枝を持っていて、もしかするとそれを振り回してアライさんを助けてくれたのかもしれません。

 

 何はともあれ有効な情報です。レミアは忘れないよう心に刻みました。

 

「アラーイさーん。ちょっといいかなぁ?」

「ん? どうしたのだフェネック」

 

 両手を腰に当てて胸を張っていたアライさんが、フェネックのほうに向きなおります。

 

「……アライさーん。もうやめよーよ、追いかけるの」

「へ?」

 

 突然の言葉に、アライさんが目を丸くしたまま固まっています。

 

「な、なにを言い出すのだフェネック!? アライさんは帽子を盗られたのだ! あれを取り返さないと――――」

 

 最後までアライさんは言えませんでした。

 フェネックがアライさんに抱き着き、強い力で引き締めます。アライさんは、フェネックの手が小刻みに震えていることに気が付きました。

 

「……怖かったんだよー。アライさん、もう帰ってこないんじゃないかと思ったんだよー……? 帽子って、そんなに大切なものなのかなー? ねぇ、アライさん、よく考えてよ……ねぇ……」

 

 だんだんと、フェネックの声が震えていきました。必死に隠そうと取り繕いますが、口をついて出てくる言葉は涙を押し殺したような声ばかりです。

 アライさんはどうしていいかわからずおろおろしながらも、抱き着いているフェネックの背中に手をまわしました。

 

「ご、ごめんなさいなのだフェネック。アライさんが先に行き過ぎたのは謝るのだ。でも……でも、あの帽子はアライさんにとって大切なものなのだ。絶対に取り返さないとダメなのだ」

「…………」

 

 フェネックは一度離れ、アライさんの顔をじっと見ました。

 ふざけている様子も、大げさに言っている様子もありません。

 

「……」

 

 フェネックは一度目を伏せて、それからアライさんを見て、何かを言おうとして。

 しかし直前で口を閉じます。言おうかどうしようかためらい、視線が泳ぎ始めます。

 

 アライさんはそんなフェネックの様子を見てハッとしました。

 

「ふぇ、フェネック! お願いだから、それは聞かないでほしいのだ。帽子もフェネックも大切なのだ! どっちかを選ぶなんてムリなのだー……」

「自分で言っちゃってるよー」

「はっ」

 

 今度はアライさんがわたわたと視線を泳がしています。そんな様子を少しの間じっと見つめたフェネックは、

 

「…………ふー」

 

 一つ、胸の内にたまった息を、深く吐き出してそれから大きく息を吸いました。

 

「さすが、アライさんだねー」

「え? フェネック??」

 

 くすくすと微笑んだフェネックは、目の端にたまった涙を指の先でぬぐいつつ、笑顔でアライさんに言いました。

 

「わかったよぉー。アライさんがそこまで言うなら付き合うのさー。でも、これだけは、絶対に約束してほしいなー」

「なになに、どうしたのだ?」

「セルリアンが出ているときは、一人で勝手に突っ走らないで。……それだけ。それだけだからー」

「もちろん、わかったのだ! 約束は守るのだー!」

「破ったらアライさんの分のジャパリまん貰うからねー」

「や、破らないのだ絶対に」

 

 二人して笑顔を浮かべるその光景を。

 

「いやぁー喧嘩するかとおもったよ」

「えぇ、あたしもハラハラしたわ」

 

 黙って静かに見ていたジャガーとレミアも胸をなでおろしました。

 

 

 ○

 

 

 その後、アライさんとフェネックが二人でジェスチャーを交えつつ、帽子をかぶった子の行方を訊くと、

 

「それならあの山の上に一度行ってから、バスで砂漠地方へ向かったぞ」

「さばくちほー! フェネック! フェネックの家のほうへ行ったのだ!」

「いやー私の家たぶんもうなくなってると思うんだよねー。穴掘っただけだし」

「とにかく行くのだ! ほら! 約束通り一人では走らないから、フェネックとレミアさんも急ぐのだー!」

 

 その場でパタパタと足踏みを始めたアライさんの腕を、後ろで黙って聞いていたレミアがそっとつかみました。

 

「ちょっと、いくつかジャガーちゃんに訊きたいことがあるから、アライさん少し待ってくれるかしら?」

「え? うー……うん、わかったのだ。すこしだけなのだ!」

「ありがとう」

 

 レミアは微笑んでから、ジャガーのほうへ向き直ります。

 なんだ? と首をかしげているジャガーに、レミアはいくつかの質問をしました。

 

 バスとはどんな形だったか。

 音はどんなだったか。

 どうやって動いていたのか。

 何人ぐらい乗れそうか。

 

 それぞれの質問にジャガーは真剣に答えてくれましたが、

 

「どうやって動いてるのかはさすがにわからん。なんかこう、下の丸いのが回って、前とか後とかに動くんだ。あと、デカい」

「なるほど……その、帽子をかぶった子たちは何しに山を登ったの?」

「カバンたちか? なんか〝でんち〟とかいうのを〝じゅうでん〟……だったっけな。それをするために登ったんだ」

 

 レミアは腕を組みながら少し考えると、アライさんとフェネックのほうへ向き直りました。

 

「あたしを置いて先へ進んでちょうだい」

「はい?」「へ?」

 

 これまた何をわけのわからないことを、といった様子で二人とも首をかしげます。

 何の気なしに、さも当然のことのように別れを告げたレミアは、そのまま言葉を続けました。 

 

「大事な用事を思い出したのよ。ひとまずあの山の上に行く必要があるの」

「ちょ、ちょっと待つのだレミアさん! アライさんが悪かったのだ! 急いだのは謝るから一緒に行くのだぁ!」

「いえ、別にアライさんが悪いわけじゃなくて、その……あなたは先を急ぐでしょう? 帽子を早く取り返さないと、追いつけないかもしれないし」

「それは、その、そうだけど……」

 

 言い淀んだアライさんに代わってフェネックが言葉をつなぎます。

 

「レミアさんの用事によってはー、私とアライさんが居たほうがいい事もあるとおもうんだー。ジャパリパークのことはある程度知ってるし―」

「うーん……山の上に登るのは完全に蛇足なのよ? アライさんは大丈夫?」

「大丈夫に決まっているのだ! 山の一つや二つくらい登ったって、帽子泥棒には追いつけるのだ―!」

 

 拳を握り締めてそう叫んだアライさんは、まっすぐにレミアを見たまま、

 

「だからついて行くのだ! レミアさんの〝用事〟が済んでから、また追いかければいいのだ!」

「そーだよー。私もちゃんとアライさんのお世話するからさー」

「そうそう、フェネックもこう言って……んん???」

 

 フェネック? 悪意があるのだ? と首を傾げたアライさんと、ニマニマしながら明後日の方向を向いたフェネックのそばで。

 レミアは少し考え、まぁアライさんがいいと言うのなら、べつに別れる必要はないのかと思い直しました。

 

「じゃあ、これからもよろしく頼むわね」

「もちろんなのだ!」

「はいよー」

 

 かくして、三人一緒の旅はまだまだ続きそうです。

 

 

 ○

 

 

 山の上へ行く方法をジャガーから聞き、三人が出発しようとしたとき。

 

「ちょっと待ってくれ、アライグマ。話がある」

「アライさんに? なんなのだー」

「さっき〝帽子泥棒〟って言ったか?」

「言ったのだ。アライさんの帽子を盗っていったのだ。赤っぽい服を着ていて、黒い髪の毛で、背中に荷物を背負ってるやつ!」

「それ、カバンじゃないか?」

「カバン? 名前なのかー?」

「そうだ。ほら、ここの橋を架けてくれたのもカバンなんだ」

 

 アライさんが目を見開きました。

 

「え、でも、そのカバンさんはアライさんの帽子を盗んだ人で……んんん?? フェネックぅ、どうなっているのだ?」

「橋を架けた人とー、アライさんの言う〝帽子泥棒〟が同一人物かもしれないってことだよねー」

「はぁ!? えぇ!? で、でもそれは……」

 

 言葉が尻すぼみになったアライさん。

 一度ちらりと橋のほうを見ました。

 

 この橋のおかげでアライさんも、フェネックも、レミアも助かったのです。

 もしここに橋がなかったら、今頃みんなセルリアンの――――。

 

 アライさんは頭を抱えながら「ぬぅぅぅ……そんなわけないのだぁぁ……」としゃがみこんでしまいました。

 

「ねぇージャガーさーん。それ本当なのー?」

「二人の言っている〝帽子をかぶった子〟ってのは、このあたりじゃあんまり見ないしな……さっきのセルリアンの騒動が起きる前にここで知り合ったんだ。たぶんカバンの事だと思う。人違いだったらすまん」

「いやいやー、間違えてるとしたらアライさんのほうだと思うしー」

「フェネックぅ!?」

「とにかくー、追いついて本人から話を聞かないとー」

「まぁ、そうだな! ただその……カバンは良いやつだぞ。泥棒をするようなやつには見えん」

「うーん、わかったー。ちゃんと話を聞いてみるよー」

「そうしてあげてくれ。追いついたら、カバンによろしくな!」

「はいよー」

 

 フェネックと、それから後ろで聞いていたレミアもうなずき、しゃがみこんでいるアライさんを立たせます。

 

「何かがおかしいのだ……たぶん人違いなのだ……」

「だといいねー」

「でも今の話だと明らかに同一人物だわ」

「そ、それでもアライさんはアライさんを信じるのだー」

「えぇ、そうね。それがいいわ」

「ねー」

「うん……そうなのだ……たぶん……」

 

 ブツブツとうなだれたまま呟くアライさんに、フェネックとレミアは笑顔で話しかけ続けました。

 

 今度こそ、目の前にそびえたつ山に向かって。

 三人仲良くの出発です。

 

 

 

 




次回「こうざん! いちー!」

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