【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
さんさんと降り注ぐ木漏れ日が班模様になって遊歩道を照らす中。
その道から上半身だけを生やしたインドゾウと、頭を抱えながら困った表情のレミア、そして言動とは裏腹にどこか余裕のあるフェネックが、それぞれ声を立てていました。
「アライさん、まさかそこまで勝手に動くとは……」
「まぁーそんなに遠くには行ってないと思うけどねー。でもー、早いとこ見つけてあげないと泣いてるかも―」
「泣くの?」
「わりとすぐにー。一度砂漠地方のオアシスではぐれたことがあってねー。なかなかぐちゃぐちゃな顔で見つかったんだ―」
「あ、あの~、もしかして~わたしのせいで、はぐれちゃったの~?」
「えぇ、まぁ、そうなるかもしれないわね」
「だねー」
ものすごく申し訳なさそうな顔でうつむいたインドゾウに、しかしレミアは「まぁあなたを無視して先に行っちゃったアライさんも悪いのよ」とフォローする気があるのかないのかよくわからない慰め方をしました。
アライさんとはどうやらはぐれてしまった様子です。
インドゾウを床から引っこ抜いてあげることもそうですが、なるべく早くアライさんとの合流を計らないといけません。さもなければ、アライさんの顔がぐちゃぐちゃになってしまうそうです。
とはいえ、このままではインドゾウを助けることはできそうにありません。
腐って穴の開いた床とインドゾウのおなかはぴったりと大きさがあっており、どうにかして穴を広げてから引っ張り上げる必要がありそうです。
加えてレミアとフェネックだけでは持ち上げることができません。誰かひとり、せめて一人は手伝ってもらう必要があります。
「レミアさーん、床の穴は広げられそー?」
「それはできるわよ。ちょっと強引だけど、ブーツで踏みまくればなんとかなるわ。問題は」
「手助けの人数だねー」
「ねぇ、インドゾウさん。あなたこのあたりに住んでるフレンズって誰がいるか知らないかしら? 別に住んでなくても散歩コースに重なっているとかでもいいわ」
「わたし~このあたりのフレンズのことはあまり知らなくて~」
「よく見る顔とかは? この辺で踊りに来てるんでしょう?」
「踊りに夢中で~あまり他の人のことは見てなくて~……周りが見えなくなるの~」
「まぁーちゃんと周りを見てたらこんなことにはならないもんねー」
「う~……耳が痛い~……」
困ったわね、と一つため息をつきながら、レミアはあたりを見回しました。
数時間前に休んだ小川の周辺では、どこを見ても遠からず少なからず何かしらの人影があったのですが、今はあちこち見ても気配一つありません。
木の上にも、下にも、茂みの奥にも手前にも。影の形や気配そのものが、レミアの感じ取れる限りではまったくもって存在していません。
「……?」
おかしい、と思いました。
ジャングル地方には多くのフレンズが生息しているはずです。事実小川で見渡した時にはこの目でしっかりと確認しました。
多種多様、さまざまな背格好のフレンズがジャングル中のいたるところで活動しているのを。
それがほんのちょっと場所を移動しただけでこれほどまでに過疎化するのでしょうか。
水場の周りだからフレンズが集まっていたと考えれば妥当ではありますが、それでも
まるで、なにか、異変が起きているかのような静けさが。
本来あるべき日中のジャングルではありえないほどの静謐さが。
あたりに漂っています。
「…………これ、まさか」
「うーん……なんかー、嫌な予感がするねー」
フェネックのどこかおどけた声と、
「えぇ……うそぉ……」
瞳に涙を浮かばせながら力なくつぶやいたインドゾウの、その大きく澄んだ瞳の中に。
遊歩道の先に、真っ青なゲル状の生命体がうごめいていました。
○
ずがん!
ずがん!
ずがん!
木々の折り重なっているジャングルの真ん中に、三発の銃声が轟きました。
「フェネックちゃん! インドゾウさんを持ち上げて!」
「はいさー!」
遊歩道に向かってライフルの弾を撃ち込んだレミアは、その穴の開いたところをブーツの底で思いっきり踏み抜き、インドゾウのはまっていた穴を少しだけ広げます。
間髪入れず、彼女を睨みながら叫びました。
「飛びなさい!」
「で、でも~」
「ここを自力で出られなければあたし達はあなたを見捨てるわ! ジャパリパークの掟は〝自分の力で生きる事〟なんでしょう!? 頑張りなさい! その穴から抜け出せたら掟なんかいくらでも破って構わないから!」
「ふぬぬぬぬぅぅぅ~」
インドゾウは顔を真っ赤にしながら、必死に手をつき、地面を蹴って這い上がろうとします。その後ろからフェネックも引き上げる手伝いをしますが、インドゾウの身体はわずかにしか上がりません。
舌打ちの一つでも打ちそうになるのをレミアは我慢して、それ以前に、こんな状況になるまで何も気付けなかった自分の緩さに叱咤します。
もっと早く異変に気が付くべきだった。
のんびりどうしようかと考える前に、はじめからこうしておけばよかった。
弾薬の節約に配慮し過ぎたから、こんなことになってしまった。
挙げればきりがないほどに自分の判断ミスを呪ってしまいますが、一方で、そんなことを今さら考えても仕方がないとわかっています。
ライフルを構え、レティクルを数十メートル先のセルリアンに合わせました。
「数は五。いずれも遊歩道と同じ大きさで、ゆっくりだけど確実にこちらへ向かっているわ。一分もしないうちにあたしたちは熱烈なキスをされるわね」
「おもしろい言い回しだねー」
「マネしてもいいわよ」
「ここから逃げられたらねー」
インドゾウは内心で、この人たちはどうしてこうも余裕なのかと思いました。
目の前に、数十メートル先に、セルリアンが迫っているにもかかわらず。
自分は穴にはまって逃げられなくて、そして〝自分の力で生きる事〟というここの掟を知っているのに助けてくれるこの二人を。
インドゾウは理解しがたい大きな存在に思えてなりませんでした。
そして同時に、自分のせいでこんなことになっていることを痛いほど自覚します。
もしここでこのまま抜け出せなかったら。
抜け出せても、間に合わずに逃げられなかったら。
ドジを踏んだ上に巻き込んでしまったこの二人を、取り返しのつかない事態にさせてしまう。
自分はどうなったっていい。
自分のことを助けてくれようとしたこの人たちが、この人たちが……。
「……セルリアンに食べられちゃうのは、やっぱりちがうよね」
「ん?」
震える声で呟いたインドゾウの言葉を、フェネックはしっかりと聞き取りました。
聞き取り、もしかして、と思い。
ちょっとだけ考えて、すぐに答えを導き出して。
そんなことはさせないぞー、と心積もらせました。
「ねぇ、インドゾウさーん。私たちはー、私たちの気持ちであなたを助けているわけさー」
「……?」
急にそんなことを言い出したフェネックに、インドゾウは目を丸くして振り返ります。
その顔を見ようとしましたが、身体が思うように回せないので、首だけをまわしてフェネックの顔を見ようとします。
「つまりー、私たちがセルリアンと戦うとかー、インドゾウさんを置いて逃げるとかはー、私たちが決める事なのさー」
「それは、でも……わたしのせいで、みなさんが……」
「おねーさんを置いて行ったらー、嫌な気持ちになるんだよねー。それが嫌だから、私たちは助けるのー」
「…………」
フェネックの言いたいことが分かりました。
分かってしまったので、もうインドゾウには〝わたしを置いて逃げてくれ〟なんて言うことはできません。
「だからさー、頑張ってよー。こんな穴ポコぐらい、おねーさんの本気なら抜けられるってー」
気の抜けた、少しおどけたような。
落ち着いた、取り乱すことのまるでないような。
そう、こんな状況にもかかわらず、出会ったときからまったく変わらない冷静なフェネックの言葉だからこそ。
インドゾウは生まれてこの方出したこともないような大きな咆哮をもってして、穴の中から抜け出しました。
○
「まったく……すごい声だこと」
インドゾウとフェネックの会話がギリギリ届かないところまで歩み出ていたレミアは、突然ジャングル中の木々を震わせた大音声に驚きながらも、視界の端で穴から抜け出すインドゾウを確認しました。
安堵の息がほんの少しだけ口をついて出ます。
「さぁて、あの子はあそこまでして頑張ったのよ。あたしがここでポカったらいい笑いものだわ」
すっとその場に膝立ちになり、ライフルのストックを肩と頬で固定します。
両眼を開けたまま右の瞳でスコープを覗き、
「……ちっ」
眉根を寄せながら舌打ちを一つ打ちました。
スコープ越しに映る五体のセルリアンは縦に重なっていて、見えるのは先頭を進んでいる一体だけです。
そしておそらくは目であろう円模様が一つ、こちらを凝視しています。
倍率のかかった視界にもかかわらず、その模様しか確認できませんでした。つまり石が見えません。
先日のサバンナで戦ったセルリアンとはどうやら弱点の位置が違うようです。
「厄介だわ。石がないってことも考えられるし、あるいは下部か背面か……」
どっちにしろこのまま戦うのは悪手ね……はぁ、とため息を漏らしたレミアは、踵を返して二人の元へ駆け寄りました。
「逃げるわよ。追いつかれるかもしれないけれど、ここで戦うよりはマシなはず」
「でも、どこへー?」
「この先に川があるって地図に書いてあったわ。そこなら少なくとも見通しがいいはず。ひとまずそこまで走るわよ」
○
その頃アライさんは。
「セ、セルリアンなのだ……」
背の高い木の上に登り、ツタや葉で生い茂った見えにくい視界の中であたりの様子を探っていました。
様子がおかしいことに気が付いたのは数分前。
何人かのフレンズが慌てた様子で走っていて、その進行方向がみんな一緒だったのです。
首をかしげながらも、とにかく今はフェネックとレミアさんを探すのが先だと思ったアライさんは、あたりで一番高そうな木の上に登って探索してみることに決めたのでした。
「これはマズイのだ。アライさんの危機なのだ」
視線をぐるりと這わせた先、三百六十度全周囲のどこを見ても、必ず一体はセルリアンが居ます。
緑色系のジャングルの中で原色の青はよく目立ちますから、あまり視力の良くないアライさんでもどこにセルリアンがいるのかがすぐにわかりました。
ちょうど、このままこの木の上に居たら囲まれて降りられなくなりそうな感じです。
このままではいけないとわかったアライさんはいったん木から降りて、ちょっとあたりを見回して、それからもっともセルリアン同士の間隔が広いところをめがけて走っていきました。
「今ここでセルリアンが出てるってことは、フェネックたちも危ないかもしれないのだ。まったく……迷子になったうえにセルリアンに襲われてたら、アライさんは困るのだ」
ブツブツと、走る足は止めずに文句の一つや二つをつぶやいています。
「待ってるのだフェネック。レミアさんがいるから大丈夫だと思うけど、二人一緒に迷子になってるのだ。すぐに、すぐに見つけてあげるのだ!」
どうやらアライさんによると、迷っているのはフェネックとレミアの方らしいです。
ともあれ、セルリアンが大量発生しつつあるジャングルの中を、アライさんは右へ左へと走り回っていくのでした。
○
「インドゾウ! あなたは別のところで隠れていなさい!」
「えぇ~」
息を切らせながら全力ダッシュをしている三人組は、もう間もなく広い川へ出ようとしていました。
「あなたをカバーしながら戦えるほどの余裕がないかもしれない。隠れられるでしょう!?」
「それは~そうだけど~、わたしとしては、ここであなたたちを見捨てられないわ~」
「闘えるの?」
「わたし体格は大きいし~、ハンターほどではないけど、時間稼ぎぐらいならできるよ~」
大きく腕を振りながら笑顔でそういうインドゾウを、レミアはこのままついて来させるべきか悩んでいました。
正直、セルリアンのどこに石があるのかを確認できなかったレミアには、後ろから追いかけてきている五体のセルリアンを確実に屠れる保証がありません。
「レミアさーん」
決めかねているところに、フェネックが助言を飛ばしてくれました。
「大きなセルリアンとの直接戦闘でも、同じくらいの体格のフレンズならある程度戦えるんだよー。私じゃあの大きさのセルリアンは厳しいけど、インドゾウさんならたぶんいけるよー」
「本当?」
「レミアさんの強さは信じてるけどー、インドゾウさんに時間を稼いでもらったほうがより安全だと思うんだー」
対峙するセルリアンとの体格が同等の場合、ある程度の戦闘は可能。
その条件がすっと頭に入ったレミアは、一瞬にして思考回路を変更。
インドゾウの戦力を利用した、超至近距離での迎撃戦を想定します。
「川のほとりに出たら私とフェネックは左右に散開! インドゾウは水際で反転、ギリギリまでセルリアンを引き付けて!!」
「わかった~!」
「はいよーッ!」
日の光がほとんど遮られている鬱蒼とした獣道に差し掛かり。
ツタを引きちぎり、腐った小枝を蹴飛ばして進んだ先に、茶色く濁った巨大な川が見えてきました。
「散開ッ!」
木々と水際の間には十メートルほどの何もない空間があります。
足元の湿った、お世辞にも状態のいい地盤とは言えませんが、それでも小枝やツタの上を駆け抜けてきた一行にとっては走りやすいものでした。
レミアとフェネックは別々の方向へ猛ダッシュ、インドゾウはその場にピタリと止まると、緩慢な動きで振り返りました。
「ほ~ら~、こっちよ~」
緊張感の切れたような声音で手を振るインドゾウ。
そこへめがけて、一列に並んだセルリアンが追いかけてきたままのスピードで突っ込んできます。
一瞬。
インドゾウの周囲を、虹色の空気が舞いました。
「そ~――――りゃッ!」
くるりとその場で一回転したインドゾウの脇を、先頭に居たセルリアンが勢い殺しきれずに川の中へダイブします。
間髪入れず、また回転の勢いを殺さず、インドゾウは前から二番目に居たセルリアンの横っ腹に裏拳を叩き込みました。
ぶにっ! と裏拳のめり込んだセルリアンの身体は、形が戻っていく現象と同時にレミアのほうへぶっ飛んでいきます。
二転三転してやっとのことで止まったセルリアンに、
「……そんなところに石があったのね」
レミアは鉛玉をぶち込みました。セルリアンの背面と下部のちょうど中間、奇しくも正面からはきれいに見えない位置に弱点の石は存在していました。無数のポリゴンになって砕けます。
裏拳を振りぬいた体勢から復位したインドゾウは、そのまま右手を大きく後ろに構え、顔を上げて目の前のセルリアンをしっかりと捉えました。
「もぅ~ひとぉ~つッ!」
三番目に居たセルリアンは前へ進む足を止めていましたが、そこをチャンスと見て取ったインドゾウが、振り上げた拳を眼球めがけて振り下ろします。
拳の軌跡には虹色のきらきらした何かが光り、瞬速の勢いで繰り出された全力のパンチは、セルリアンをジャングルの中へ吹き飛ばすことも容易でした。
空中を回転しながらジャングルの中へ飛んで行ったセルリアンに、横合いから一発の銃弾が突き刺さります。
例にもれず、ポリゴンとなって砕け散りました。
「残りは~」
振りぬいた拳を引きつけつつ、周囲を確認するように視線を動かそうとしたインドゾウに、
「あぶないッ!」
フェネックがタックルしました。
数瞬後、二人がいた空間を最初に川の中へ突っ込んでいったセルリアンが突撃。空を切ってたたらを踏みます。
額に冷や汗をかきつつも、インドゾウは「なぜ?」という疑問と「ありがとう」という感謝がない交ぜになった、なんだかよくわからない表情でとにかくすぐに立ち上がりました。
「やー、セルリアンは水が苦手って聞いたけどー、気を付けないとねー」
フェネックはいつも通りの落ち着いた口調で、しかしほんのわずかに冷や汗をかきつつ、同じように立ち上がります。
川から突撃してきたセルリアンはすでにいません。どうやらレミアがしっかりと撃ち抜いてくれたようです。
これで、残すところあと――――。
「…………」
「…………」
二体、のはずでした。
フェネックも、インドゾウも。
そして離れたところで膝立ちになっているレミアも。
目の前で起きている状況に開く口も忘れてしまっているようです。
ぞくぞくとジャングルから川辺に姿を現すセルリアンを見て、なんかもうレミアは苦笑いしか浮かばないといった様子で口元がひくひくしています。
「に、に…………」
インドゾウが言い淀み、
「……逃げるのさー」
フェネックのどこか糸の切れた声を皮切りに、川辺に沿って全力で逃げていきました。
○
一方、アライさんは、
「うーん……なんかおかしいのだー……」
細いツタをぶちぶちと引きちぎりながらジャングルの中を走っています。
周囲をきょろきょろと見まわしつつ、なるべくセルリアンのいなさそうな方向へ走っていきますが。
「どーも、アライさんは無視されているような気がしないでもないのだ」
セルリアンは、あまり本格的に追ってきている様子がありません。
こちらを認知したら一応見るようなそぶりはするのですが、本気で追ってこないというか、
「まぁセルリアンに追いかけられないのなら、それはそれでよかったのだ。それより迷子のフェネックとレミアさんを見つけないとなのだー」
絶賛迷子中のアライさんは、フェネック達を探すためにひたすらジャングルの中を走ろうとしました。
しましたが、
「…………ん? なんか、音がするのだ。……こ、これ! これ、レミアさんの持ってる〝らいふる〟の音なのだ!」
いったん足を止めました。
闇雲に走ろうとしていたアライさんの耳に、あのサバンナの夜に聞いた轟音が届きます。
耳をそばだて、神経を集中させ、どこから聞こえているのかをもう一度よく確かめて。
――――タァーン…………。
「川の方なのだ!」
ずいぶん遠くですが、確かに川のほうから音が聞こえてきます。
一も二もなくアライさんは地面を踏みしめて駆けだしました。
「待ってるのだフェネック、レミアさん! 今助けに行くのだ!」
大量のセルリアンの進行方向とまったく同じ方角へ、セルリアンよりも速いスピードで、アライさんは木々の間を突っ切っていきました。
迷子センターに来る五歳の男の子の言い分で、よくこういうのがありますよね。
「お母さんが迷子になったの」と。
次回「じゃんぐるちほー! さーん!」