【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
「じゃあ、ジャパリまんはあなたたちが作っていて、それをフレンズたちに配ってるってわけね」
『正確には、サンドスターの作用も借りて各地方に送っているヨ。ボクたちラッキービーストも配っているけどネ』
「いきなり目の前に出てきたこともあるけど?」
『サンドスターの影響だネ。おなかをすかせているフレンズには優先的に送れるようにしているんダ。空腹はかわいそうだから』
「へぇ、優しいのね」
『ありがとう』
暗闇にぼうっと照らされている地図看板の下。
電球の明かりに照らされているそこで、機械的で無機質な音声と、落ち着いた女性の声が交互に発せられています。
レミアは地面にあぐらをかいて座り、すぐとなりには体育座りのアライさんも、ボスの声をそわそわとした落ち着かない様子で聞いていました。
「それともう一つ質問よ。ここはどこなの?」
『ここは〝ジャパリパーク〟っていうんダ。様々な動物たちがサンドスターの影響で――――』
レミアは〝ラッキービースト〟と名乗った機械から、いろいろなことを聞き出しました。
ここがどこなのか。食べ物はどうなっているのか。フレンズとは何か。セルリアンとは何か。
質問の大半は自分が置かれている状況を確かめるためのものでしたが、どれも得られた情報は突拍子のないことと、自分の記憶がほとんどないことも相まって、結局よくわからないという結論を出しました。
アライさんがしきりに訊いている〝帽子をかぶった子の行方〟についても質問してみましたが、
『検索中……検索中……失敗しましタ』
の繰り返しで埒があきません。
仕方なくレミアはあきらめるようにアライさんを説得します。泣きそうな顔でこくりと頷いたのは、二十二回目の質問に『失敗しマしタ』と返ってきたときでした。
「…………」
アライさんを説得しながらも、レミアは、徐々にラッキービーストの声にノイズが走り始めていることに気が付きます。
何かの異常であることはわかりましたが、しかし差し当たっての原因は思いつかず、まぁどうでもいいかと思い直したところでそろそろ横になりたいという睡眠欲に駆られました。
聞きたいことはある程度聞けたし、もう充分かな、とも思います。
体の疲労は本物ですから、そろそろ本気で眠たいと感じていました。
『他に訊きタいこトはある?』
「ないわね」
『じゃア、パーク見学、タノシンデネ』
そういうとピョコピョコとした足取りで、ラッキービーストは夜のジャングルに溶け込んでしまいました。あっさりと、実にあっさりとした立ち去り方です。
まるで初めからこの場所には、レミアとアライさんと爆睡中のフェネックしかいなかったかのような、そんな静寂が訪れます。
ぴゅるるるぅぅぅ――――と、どこか遠くで鳥系の子の高い鳴き声が響きました。
「ボスぅ…………」
電球に照らされている掲示板の下。
小さな声で呟きながら肩を落としたアライさんの背中を、レミアはそっとさすりました。
○
翌朝。
「こっちへ行ってるのだ!」
昨日のことは昨日の事。
今日のことは今日の事。
そんな感じの座右の銘を持っていそうなテンションで、アライさんは元気にジャングルの中へと走っていきました。
「準備はいいかしら、フェネックちゃん?」
「いいよー。しゅっぱーつ」
木々がうっそうとしたトンネルを作るジャングル地方の遊歩道。
ねっとりとした暑さこそあるものの、強い日差しやキツイ乾燥のないこの地方へ、一行は本格的に踏み込みました。
○
「川なのだー!! フェネック! レミアさん! 水なのだ!」
「少し休憩にしましょうか」
「いいねー。アライさーん、飛び込まないでねー」
「そんなことしないのだッ!」
しばらく歩くと、遊歩道の下をきれいな小川が通っているのを発見しました。
なんだかんだであまり水を飲む休憩がなかったので、三人ともしっかりと水分を補給します。
レミアが腰のポーチから金属製の水筒を取り出して、川の水をたっぷりと注いでいると、
「ん? それ、なんなのだー?」
口の周りと首元をびしょびしょにしながら水を飲んでいたアライさんが、レミアの手にしている水筒を不思議そうな目でのぞき込んでいます。
「〝水筒〟よ。これに水を入れておくの」
「わざわざ道具を使わなくても、アライさんみたいに手ですくって飲めばいいのだー。こっちの方が簡単だぞー?」
「もちろんここでも飲むけど、こうしておけば水場を離れていても水が飲めるのよ。いつでもどこでも、飲みたいときに飲めた方が便利でしょう」
「…………ぁ」
アライさんのことなのでもっと大声で驚くのかと思っていたレミアでしたが、彼女は意外にも目をまん丸にして固まっただけでした。
(びっくりしてくれるのを期待したけど……まぁ、それほど驚くようなことじゃないわね。よくよく考えると)
レミアは心の中でそう思いましたが、一方アライさんの心中では生態系が変化しちゃうレベルで画期的なアイデアを見てしまったので、それはもう声にならない興奮が頭の中をぐるんぐるんしていました。
アライさんは想像します。
日差しの強い荒野で仁王立ちになり、腰に手を当てながら水筒を傾けて水をがぶ飲みする自分を。
足元には耳をしなだらせたフェネックが。
「水ちょーだーいアライさーん」
「だめなのだー。これはアライさんのなのだー」
「えー……」
「そ、そんな悲しそうな顔しなくてもいいのだ! うそ! ちゃんとフェネックにもあげるのだー!」
「ほんとー? わーい、アライさんてんさーい!」
「はっはっはっー! そうなのだ! アライさんは天才なのだー! もっとほめるのだー!」
だー!
だー……。
だー…………。
だー………………。
○
「ねぇ、フェネックちゃん、アライさんがなんかすごい幸せそうな顔で惚けてるんだけど大丈夫かしら」
「時々なるからねー。ほっとけば戻ってくるよー」
「そう、じゃあもうすこし休んでおきましょうか」
よだれを垂らしながらニヘニヘ笑っているアライさんを置いて、二人はのんびりと水を飲みながらあたりの景色を眺めます。
生い茂るツタや葉の広い樹木が幾重にも重なり、高い位置からは細く明るい日差しがこぼれてきています。
よく目を凝らせば、遠くの方に人影があり、ここジャングル地方にもフレンズが住んでいることが確認できました。
木の上、葉の間、ツタの向こう。
レミアは首を回しながらあちこちを見て、その視界のどこを見てもひとりはフレンズがいることに気が付きます。
たくさん、このジャングル地方にはフレンズがいるようです。
「フェネックちゃんはこのあたり、来たことある?」
「ないねー。私はふだん砂漠かサバンナに居るからさー」
「え、でもアライさん暑いの苦手でしょう? いつも一緒に居るわけじゃないのかしら」
「うん、そーだねー。って言っても、森林地方ともそんなに離れてないんだよー」
「なるほど」
「だからよく一緒に遊ぶんだけどねー。私はどこででも過ごせるからー、アライさんの住みかにずっといたこともあるしー」
「適応能力が高いのね」
「まぁそーだねー。たいへんな時もあるけどー、なんとかなるもんさー。でも」
「でも?」
「レミアさんからは、私と似た感じがするけどねー」
「似た感じ? あたしから?」
「うん」
こくり、とフェネックはうなずいてレミアのほうを見ました。
「私ねー、レミアさんが何の動物なのか気になるんだー。何か思い出せない?」
「そうねぇ……」
レミアはジャパリパークに来るよりも前に自分が何をしていたのかを思い出そうとしました。
霧のかかったように、モザイクのかかったように、揺れる水面のようにはっきりとしない記憶の断片を何とか繋ぎ止めようと頑張ってみます。
ふと、自分にはたくさんの仲間がいたように思えました。
「仲間……かしら」
「〝仲間〟?」
「えぇ。たくさんいたような気がするわ。一緒に仕事をしたり、ご飯を食べたり、眠ったり」
「戦ったりは?」
「したわね。というか、それが一番多いような気がするわ」
「うーん……そんな好戦的な動物っているのかねー」
眉をへの字にして首をかしげるフェネックですが、どうにも思い当たる動物はいませんでした。
「やっぱりー、レミアさんは不安? 自分の事思い出せないってー」
「そうでもないわね。思い出せなくて危険な目に会ってるってわけでもないし」
「まぁーそうだよねー」
「気楽にやっていけると思うわよ。セルリアンも、あの程度の強さならしばらくは一方的に抑え込めるわ」
「そういえば、ジャングル地方に入ってからは一体も見てないねー。まぁこの辺にはめったに出ないはずだけどー」
「それ、ラッキービーストも言っていたわね。セルリアンって、今はほとんどいないんでしょう?」
「うーんー。いないはずなんだけどー」
サバンナのあれはぞっとしたよー、と苦笑いするフェネック。
月に照らされたサバンナの夜に、大きなセルリアンが二十体以上も集まっていた光景を思い起こします。
原色の青にスライム状の身体。レミアはものの数秒で片づけてしまいましたが、集まっていたのは確かです。
「…………?」
水筒の水をあおりながら何か引っかかるなぁと視線を落としました。
胸の奥で何かがつっかえる、もやもやとしたかんじ。あまり気分のいいものではありませんでしたが、
(まぁ、なるようになるわ)
レミアは深く気にしないことにしました。
○
木漏れ日がちらちらと瞬く遊歩道。
朽ちかけた木の板で作られたその道は、しかし普通に歩いていれば足が抜けてしまうほどもろいわけではなく、
「はやくはやくー! はやくいくのだー!」
「あらいさーん、あんまり走るとあぶないよー」
だいぶ先を行くアライさんの後ろを、レミアとフェネックは並んでのんびりと進んでいました。
普通なら大丈夫とはいえ、時々ギッ、ギッと悲鳴を上げているので、ばたばたと走り回っているアライさんが板をぶち破ってしまわないか心配です。
「うん?」
「あーれ?」
視線の向こう。
アライさんは完璧にスルーして先へ先へ行ってしまっているようですが、板張りの遊歩道の端に誰かが居ました。
「…………」
というより、誰かの上半身だけが道の上に突き出ていました。
露出の多い服装です。面積の小さな布が胸の部分だけを覆い、肩、首元、おなかはそのままに、二の腕から手先にかけては濃い水色の布が巻かれています。
髪は灰色で、顔と同じぐらいの大きな耳が側頭部からふたつ。
そしてもみあげの毛先だけが真っ白に染め上がっており、まるで何かの動物の牙のように見えました。
「…………」
じー、と。
床板から上半身だけを出した彼女は、レミアとフェネックを見つめています。
二人は目の前で足を止め、一度顔を見合わせ、それから上半身フレンズをもう一度見て、
「……だいじょーぶー……?」
「手、貸すわよ?」
心底心配そうに声をかけました。
なんかどうみても床が抜けて下半身がはまっているようにしか見えないのです。
というか、まさにそれでした。
上半身フレンズ…………もとい、インドゾウと呼ばれている彼女は、だんだんと目を潤ませながら、
「…………助けて~……抜けないの~」
木の板に埋まったまま、力なくそうつぶやきました。
○
「ここ、木漏れ日がきれいでしょ~? それで踊ってたら~バキッ! ってすごい音がして~」
「で、こんな風になったわけ?」
「うん~……はじめてなった~……」
フェネックの気の抜けるような声とはまた少し違う、しかし聞く者をたしかに脱力させてしまうような声で、インドゾウは自分が床にはまった経緯を話しました。
「木の板は湿気で腐るのよ。腐ったら脆くなるから、気をつけなさいね」
「うん~気を付けるね~」
ゆっくりとうなずいたインドゾウに、レミアは先ほど汲んだ水筒を渡して飲ませます。
インドゾウは両手でしっかりと持った水筒から、んく、んく、とノドを鳴らしてたっぷりと飲み、
「ありがと~」
「どういたしまして」
笑顔でレミアに返しました。上半身だけを地面から生やしたまま。
困ったことに。
大変困ったことに。
レミアとフェネックの力ではインドゾウを床の穴から引き抜くことができませんでした。
彼女の体重が重いからとか、彼女の身長がレミアよりも高いからとか、そんなことはあまり関係ないようですが、
「あなた、ちょっと重いんじゃない?」
「それは~…………うん~……ぅん……がんば……る……うん……」
レミアに指摘されてへこんでしまう程度には過重なフレンズのようでした。
「おなかが出てるわけじゃないのにねー。どーしてこんなに重いんだろうねー」
「うぅ~……」
フェネックの容赦ない追撃でインドゾウは床に突っ伏しますが、とにかくこのままでは彼女を床から引き抜くことはできません。
レミアはしゃがみつつインドゾウの周りをよく見てみると、すっぽりと、ちょうど穴の大きさにお腹がはまっているようです。
「足は地面についているのかしら?」
「ついてるよ~」
「地面を足で蹴って、勢いで抜け出せない?」
「何回もやってるんだけど~できなくて~。あと、ちょっとお腹が痛いかな~」
見ると擦れてしまったのか、インドゾウのやや浅黒い肌が若干の血をにじませていました。
覗き見たフェネックもうなずきながら、
「もー動かないほーがいいかもねー」
「そうね。あんまりするとケガするわ」
「じゃ~もしかして~わたしずっと、このまま~……?」
声のトーンは変わりませんがその瞳には涙が浮いています。
自力で穴から抜けられず、足を使っても抜けられず、その上通りがかった二人に手を貸してもらっても抜け出せない。
不安で今にも泣きだしてしまいそうな表情です。
フェネックとレミアはお互いにうなずき合い、この子をどうにかして助けようと決めました。
さすがにここで放っておくわけにはいかないでしょう。
レミアはやさしく、うつむいているインドゾウの頭を撫でました。
「大丈夫よ。ちょっと周りの板を崩して、それからもう少し手を貸してくれる子が居れば抜け出せるわ」
「だねー。もう一人くらいいればー……あ」
フェネックが大事なことに気が付きます。
というか、今まで忘れていたことに気が付きます。
「レミアさーん。アライさんがいないよー」
「え」
木漏れ日の綺麗な遊歩道の先には、
「……え」
「あちゃー」
人っ子一人の影もありませんでした。
○
その頃、アライさんは。
「フェネックぅ……どこいったのだぁぁぁー……レミアさーん……そんなぁぁ……隠れてないで出てきてほしいのだぁぁー」
立派な迷子になっていました。
普通のジャングルで迷ったらまず助からないはずなのに、ジャパリパークのジャングル地方ならまったく問題なさそうなのはなぜだろう。
次回「じゃんぐるちほー! にー!」