【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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最終話 「つまりはこれからもどうかよろしくね」

周囲に散らばっていた黒セルリアンとハンター達の戦う音が、聞こえなくなりました。

どうやらレミアの消失と同時に、黒セルリアンは溶岩になったようです。

 

戦う必要のなくなった十数人のハンター達が、みなセッキーへと視線を向けます。

元凶を絶った張本人。多くの黒セルリアンを生み出し操るレミアを倒した、いうならば英雄にも近い存在であるセッキーを、ハンター達は半ば羨望の眼差しで見つめました。

 

その、セッキーは。

 

膝から崩れ落ちました。その場に座り込み、うなだれ、とめどない涙がぽろぽろと地面を濡らしていきます。

 

『ウ…………ヒッグ…………レミア……レミアぁ……』

 

嗚咽混じりに、声を震わせて、レミアの名前を何度も何度も呼びます。

助けたかったフレンズ。助けられなかったフレンズ。もう、二度と会うことのできない大切な仲間の名前を、セッキーは何度も呼びました。

 

『どうして……レミア…………お願い……帰ってきて……』

 

掠れる声で何度も名前を呼び、そして心から願うレミアの帰還を思わず口にします。

もう叶うわけはないと、どうしたってレミアは帰ってこないとわかっています。

わかっていても、今は、涙と共にそれを口にするしかできませんでした。

 

悔しさと、後悔と、喪失感と、情けない気持ちがないまぜになって、ただただ涙となって視界を歪めます。

 

もし、願いが叶うなら。

奇跡が起きるなら、またどこかでレミアと巡り合わせてほしい。

サンドスターは奇跡の物質。奇跡が起きるなら、どうか、レミアともう一度お話しさせてください。

もう一度、一緒にジャパリまんを食べさせてください。

もう一度、一緒に見たこともない土地に行かせてください。

もう一度、フレンズ達と笑い合える毎日をください。

どうか、レミアを――――。

 

下を向き、涙を流し続けるセッキーの頭に、ポンと、優しく手が置かれました。

セッキーの、根元は青く、毛先は白のグラデーションがかかった綺麗な髪を、優しく、柔らかく撫でる手があります。

 

『…………?』

 

ゆっくりと、セッキーは顔を上げました。

頭を撫でているのは誰なのか。一体誰が、こんなに優しく、頭を撫でてくれるのか。

 

そこにいたのは。

目の前に、膝を抱えて、目線の高さを合わせてくれていたのは。

 

「なんで泣いてるのよ、セッキーちゃん。らしくないわね」

 

栗色の髪の毛を肩のあたりまで伸ばし、黒のタンクトップに迷彩柄のカーゴパンツを履いた、背の高い妙齢の女性。

両腰には大口径用のホルスターが吊られていましたが、中に銃は入っていません。

いつも首から下げられていたドッグタグも、今はありません。

頭を撫でるために伸ばされた右手は、ちゃんと肌色の人の形をしています。

 

そう。

そこにいたのは。

紛れもなく。

 

『レミ…………ア…………?』

「ええ、そうよ。ただいま、セッキーちゃん」

 

優しく微笑む、レミアの姿がそこにはありました。

 

 

「レミアさんなのだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

大絶叫しながら駆け寄ってきたアライさんが、レミアの胸元に飛び込みます。

立ち上がったレミアはそれをしっかりと受け止めて、ぎゅっと抱きしめます。

後に続いて、フェネックが、何も言わずアライさんとレミアを抱きしめました。目にはうっすらと涙が浮かんでいます。

 

セッキーは、

 

『なん…………で……? なにが…………え…………?』

 

事態が飲み込めず、いまだに座り込んだまま目を白黒させています。

 

イヌガミギョウブも、カバンさんも、サーバルも、アムールトラも、そしてダンザブロウダヌキやハンター達も、レミアの周囲にぐるりと集まってきます。

 

『どうして……なんで……? 消え……たんじゃ……?』

 

掠れる声でなんとかそれだけを言うセッキーに、イヌガミギョウブが座り込んでセッキーの肩を叩きながら、

 

「見てなかったのねん? レミアの光がサンドスターの粒子に巻き込まれてたの」

『え…………だって、レミアの石を破壊したら、レミアは消失しちゃうんじゃ……』

「〝半分は〟消えるのね。この子、もう半分は何かわからないって、君が言ってたんじゃなかったっけ? わたしの記憶違いかな?」

『あ…………』

 

半分セルリアンで、半分フレンズ。レミアは厳密には確かに、そういうフレンズだったと今にして思い返します。

石がセルリアンとしてのレミアを構成していたのだとしたら。

その石を破壊しても、消失するのは〝セルリアンとしてのレミア〟の半分だけ。

もう半分は、まだフレンズとしての形を維持できるように残ると。そう、イヌガミギョウブは言っているのでした。

 

「運が良かったんだよ。光になって空に上った時、偶然火口から上るサンドスターに包み込まれたからさ。レミアの〝フレンズとしての部分〟がサンドスターに反応したんだよきっと」

『フレンズとしての部分…………それって…………』

「目に見えるものだけとは限らないからね。思いとか、思い出とか、信念とか、そういうものもサンドスターはフレンズにしてくれるんだよ。きっと」

 

イヌガミギョウブの言葉に、レミアも深く頷きます。

 

「あたしがどうやってここに戻ってこれたのかはよくわからないんだけど、まぁ、結果が良ければ全ていいじゃない? 細かいことは気にしないのよ」

 

にっこりと笑うレミアに、セッキーは一度困り顔になってから。

それから、今度こそ、セッキーもにこりと、涙を拭いながら答えたのでした。

 

ハンターのうちの、誰からともなく拍手が起こります。

一人、二人、と増えていき、最後にはみんなが、拍手でレミアを迎えました。

カバンさんも、手をたたきながら涙混じりに鼻声でつぶやきます。

 

「帰ってきてくれて良かったです」

「うみゃー! アライさんとフェネックもよかったね! これで旅の仲間がみんな揃ったよ!!」

 

サーバルの言葉に、アライさんもフェネックも何度も頷きながら、

 

「がえってぎでぐれでよがっだのだぁぁぁぁぁぁぁ」

「アライさーん鼻水とか涎とかよくわからない液体でレミアさんがベトベトだよー」

「じがだないのだぁぁぁぁ! アライさんごんなに嬉しいごどはないのだぁぁぁぁ!!」

「まぁ、そうだねー。私も嬉しいよー」

 

レミアのタンクトップがアライさんの汁でベトベトになりましたが。

 

拍手の中、レミアは少し気恥ずかしそうに、「ただいま、みんな」と呟いたのでした。

 

東の空から、太陽が顔を出し始めました。

空は東側から段々と明るくなっていき、青と、紫のグラデーションが広い空に映し出されています。

ここジャパリパークに、気持ちのいい朝がやってきました。

 

 

ひとまず旅のレミア達と、ダンザブロウダヌキ、アムールトラは研究所へ帰ろうということになりました。

アムールトラが研究所へ行くのは、サンドスター・ローの影響がまだ残っていないか調べるためです。

長いことサンドスター・ローの影響下にあり、いくらレミアが再フレンズ化させたとはいえ完全に元通りにフレンズなのかは調べてみる必要があるという、キュルルとの通信で得た答えでした。

 

アムールトラが、レミアに頭を下げました。

 

「すまなかった。正気を失っていたとはいえ、君がああなってしまったことの発端は私にある。申し訳ない」

 

レミアは峡谷でのビーストとのやりとりを思い出しながら、「いいのよ別に」と手を振りました。

 

「あたしもサンドスター・ローに飲まれて無茶苦茶やったもの。カバンさんを撃ったり、バスのタイヤをぶっ壊したりね。あれは自分の意思ではどうすることもできないわ。だから、お互い様よ」

「そう言ってもらえると心が軽くなるよ。それと、フレンズに戻してくれてありがとう」

「いいえ、まぁそれはアライさんのファインプレーでもあるわ」

「アライさんがサンドスターをかけたのだ! ここでかけなきゃいけないと本能で悟ったのだ! アライさんは天才なのだ!」

「ええ、本当に」

「あぁ、ありがとうアライグマ」

 

ふんぞり返るアライさんを横目に、フェネックが不思議そうに訪ねます。

 

「レミアさんは、サンドスター・ローに飲まれてた時の記憶があるのー?」

「ええ、なんて言ったらいいかしら…………そうね、自分の意思では動かせない体を遠くで見ていたって感じかしら。苦しかったし、どうにもできなかったのを覚えているわ」

「私と同じだな」

 

アムールトラが、腕組みをして頷きます。

フェネックも納得いったようにうんうんと首を縦に振りました。

 

たちまち、山の頂上からどうやって研究所まで帰ろうかという問題になりました。

鳥系のハンター達が手を上げて、ハクトウワシが、

 

「私たちが送ってあげてもいいけど?」

 

そう言いましたが、しかしカバンさんが難しい顔をして、

 

「できれば、バスを回収したいんです。タイヤが使い物にならないんですけど、バスはこれからも必要になると思うので…………」

「流石にアレを運ぶのは私たちでも無理よ、ね?」

 

ハクトウワシがオオタカの方を向きます。

 

「無理だわ」

 

オオタカも首を横に振って答えました。

すると、フェネックが思いついたように顔を上げてイヌガミギョウブの方を見ます。

 

「ねぇー、イヌガミギョウブはさ、葉っぱをタイヤにすることってできるー?」

「ん? あぁ、それはまぁできるよ。とは言っても応急処置にしかならないけどねん。近くにわたしがいないと術が解けちゃうんだ」

「あー、じゃあさー、イヌガミギョウブにも研究所についてきてもらうってのはどうかなー?」

「わたしは別にいいけどねん。ダンザブロウ、いいの?」

「ええ、それは別に構いませんよ。それに、私ちょっと考えてたんですけど」

 

ダンザブロウダヌキが、一同の顔を見てから声を張りました。

 

「みんなで祝賀会をしませんか? ヘリのセルリアンも倒して、ビーストも無事に戻って、そしてレミアさんも元に戻ったことですし、ここで何かパーティーをと思いまして」

 

ダンザブロウダヌキの言葉に、全員が「おおー」と声をあげ、ぜひやろうという話になりました。

 

 

山の頂上で、ハンター組とは一旦お別れとなりました。

キュルルとも連絡をとって、祝賀会は一週間後に取り決めてあります。

バスまでは歩いて行って、バスについてからはイヌガミギョウブの術でタイヤを作って、それで研究所へと帰る算段です。

 

バスまで歩いての数時間は、長いようであっという間でした。

 

アライさんとフェネックはレミアにべったりで全然離れません。アライさんは露骨にレミアにくっついているのですが、それに負けじとフェネックもピタリとくっついています。

レミアは歩きづらそうにしていましたが、自分がいない間寂しい思いをさせてしまっていたことはよくわかっていたので、黙ってそのままくっ付かせていました。

 

道中、イヌガミギョウブに大事な話もしました。

それというのも、レミアが過去に戻るため、神様のフレンズからもらえる〝紋章〟についての話です。

 

もともとレミアの旅は、この紋章を集めることが目的でした。

ずいぶん遠回りになった上にもうちょっとで旅そのものが終わるところでしたが、本来の目的を果たすため、神様のフレンズであるイヌガミギョウブにそのことについて訪ねます。

 

すると、

 

「あぁそれねん。いいよ、なんなら今押してあげようか?」

『え、そんな簡単なものなの?』

「要するに神様のフレンズの紋章ってのは、神様のフレンズの妖力というか、神通力というか、サンドスターというか、そういう、神様のフレンズの発する独特の力を出力したものをさすんだよん」

「じゃあ、他の神様のフレンズの紋章も、直接会えばすぐ集まるってことかしら?」

「そうなるねん。まぁ他の神って言ってもそうだね……オイナリサマとか?」

 

サラリと、イヌガミギョウブの口から発せられました。

キョウシュウで博士達から聞いた紋章を集めるために会わなければいない神様の名前。

四神のほかにもう二人いて、一人はイヌガミギョウブ、そしてもう一人は今、オイナリサマというフレンズだと、実に呆気なく判明しました。

 

「オイナリサマっていうフレンズが、あなたと同じ神様のフレンズな訳ね?」

「そうだね。今どこにいるのかはわからないんだけどね」

『そうなの? あ、そうか、この島にいないってことか』

「そうなるねん。この島にいれば場所はわかるんだけど、あいにく他の場所にいるみたいだから、探すなら頑張ってね」

「ええ、きっと見つけてみせるわ」

『それじゃあ、イヌガミギョウブ、ここに紋章を押して欲しいんだ』

 

セッキーが大切そうに出したのは、ラッキービーストの基幹部品、丸い円状のレンズでした。

 

「いいよん。それじゃあ、チョチョイの――――ちょいだね」

 

歩きながら、イヌガミギョウブが手をかざすと、淡く光りました。そして、手をどけたそこには、緑の鳥居のような模様がレンズに浮かび上がっていました。

 

『これが……紋章』

「そうだよん。まぁ頑張ってあと五個集めれば時間ぐらいぱーっと飛び越えられるよ。頑張ってねん」

「ええ、ありがとうイヌガミギョウブちゃん」

『ありがとね。助かったよ。本当に、いろいろと』

 

ひらひらと、イヌガミギョウブは手を振って笑いました。

全部で六つある紋章のうち、一つ目がやっと集まりました。

 

 

それから、バスの元まで辿り着き、タイヤをイヌガミギョウブの術で作り出して走れるようにして、出発すること半日ほど。

 

空が夕刻のオレンジ色に染まるころ、一行は研究所へと無事帰ってくることができました。

 

出迎えてくれたキュルルとイエイヌに、ダンザブロウダヌキが頭を下げます、

 

「ずいぶんとドタバタしたフィールドワークでした。ご迷惑をおかけしましたね」

「いえいえ、ダンザブロウさんが無事でよかったですよ」

「そうです! セルリアンに囲まれたとか、ヘリのセルリアンに襲われたとか、挙げ句の果てにはレミアさんが豹変して襲い掛かってきたとかもーもーもー本当に心配したんですから! 無事でよかったです!」

 

尻尾を全力で振って喜ぶイエイヌに、ダンザブロウダヌキが微笑みながら手を振りました。

 

全員無事に帰ってこれたこと。

ビーストが元のフレンズに戻ったこと。

ヘリのセルリアンがいなくなったこと。

 

それらは全て、これ以上ないほどの朗報でした。

一週間後の祝賀会に向けて、キュルルとイエイヌはせっせと準備を進めていくのでした。

 

 

そうして経つこと一週間。

待ちに待った祝賀会の日となりました。この日は朝から研究所へ集まったフレンズ達で大賑わいです。

 

それはもうかなりの数でした。

実は呼んだのはハンター達だけでなく、その知り合い、周りのフレンズも呼び込んでいました。

なんせ島の厄介者だったヘリのセルリアンが片付いて、おまけにビーストもいなくなったわけです。

 

それはつまり、島中をあげてのお祭り騒ぎとも言える状態です。

フレンズ達はそれぞれジャパリまんを持ち寄ったり、中には自前で確保した木の実とか果実とか魚とかを持ってきているフレンズもいました。

 

キュルル達は朝から大忙しです。厨房をフル稼働してめいっぱい、どっさりと料理を作っていたのでした。

 

研究所の講堂にあった机とテーブルを全部引っ張り出して外に並べています。

出来上がった料理とかフレンズ達の持ち寄った食材を次から次へと並べていくこと数時間。

ようやっと料理が出来上がってきたのと、集まれるフレンズ達がみんな集まりきったころです。

時刻は昼前になっていました。太陽が一番高いところに昇って、研究所の庭を暖かく照らし出しています。

 

マイクとスピーカーを用意したキュルルが、息を大きく吸い込みました。

 

「お集まりの皆さん! 今日はこんなにもたくさんのフレンズが集まってくれて、心より感謝いたします!」

 

キュルルの声に、みんなの視線がキュルルの方へと集まります。

ガヤガヤとしていた庭がシーンと静まり返りました。

 

「一週間前。あるフレンズ達の働きにより、私たちの生活をおびやかしていたビーストが元のフレンズになり、そしてヘリのセルリアンが消滅しました。これを祝わないということはありません。今日はぜひ! 存分に楽しんでいってください! 乾杯!!」

 

かんぱーい!! と。

各々が手に持ったジャパリまんやら、イエイヌの淹れた紅茶、中には近くの川で汲んできた美味しいお水を持って、宴は開宴となりました。

 

そこかしこから感嘆と喜びの声が上がります。

料理に舌鼓を打ったり。

ビーストがアムールトラになり、その姿を一眼見ようとアムールトラの周りにフレンズが集まったり。

力比べをしようとハンター達の間で腕相撲が始まったり。

 

それはそれはもう大宴会の様相でした。

 

そんな中、レミアとイヌガミギョウブが話をしていました。

 

なんでもイヌガミギョウブの持つ徳利は不思議な徳利で、いくら酒を注いでも中身が減らないという夢のような徳利でした。

 

周りのフレンズが紅茶や水で乾杯している中、レミアとイヌガミギョウブだけは酒を酌み交わしていました。

 

「まさか酒の飲めるフレンズがいたとはねん」

「ええ、あたしも、まさかここでお酒が飲めるとは思わなかったわ。にしても不思議な味の酒ね?」

「これは日本酒だよん。飲んだことない?」

「ないわね。初めてだわ。私の故郷にはない味……」

「本当は魚の刺身とかあったらよかったんだけどねん。合うよ〜刺身とポン酒は、おいしいよ〜」

「さしみ? って何かしら?」

「魚を生で食べるのさ。薄く切って、醤油につけて食べるんだよ」

「へぇ……魚を生で。それは食べたことがないわね……」

「あれ、そういえば教授がちょっと作ってなかったかな? 行ってみる?」

「ええ、ぜひ食べてみたいわ」

 

程なくして、キュルルの元に行くとそこには僅かでしたが魚の刺身がありました。

研究所の近くの川で採れたものを捌いたものです。

 

レミアは恐る恐る、一口食べてみました。醤油という調味料も、キュルルが作り出していた模様です。

 

「――――おいしい! これはいいわね!」

「でしょん? ほら、酒もぐいーっといっちゃって」

 

言われるがままに、まだ口に刺身の味が残ったまま酒を流しこみます。

その風味、鼻を抜ける香り、喉を焼くアルコールの感触に、レミアは目を瞑って心の底から呟きました。

 

「最高ね」

「でしょん。いやー、フレンズ達は本能的に酒を嫌うからさぁ、こうやって飲めるフレンズがいると嬉しいよ」

「ありがたいことだわ。もうお酒なんて飲めないと思っていたもの」

 

レミアの言葉に、キュルルも笑いながら目を細めます。

 

「お酒が好きなんですね」

「ええ。大好きよ。でもジャパリパークじゃ手に入らなくてね。本当は毎日でも飲みたい気分なの」

「あー、それでしたら。実はボクの方でもお酒を作ってるんですよ」

「え、そうなの?」

「はい。ビールを――――」

 

キュルルが、ビールと口にした瞬間。

レミアの目の色が変わって、手に持っていた日本酒のコップを勢いよく机に置いて、キュルルの両肩を力強く握りしめました。

 

「あなた今ビールって言った?」

「え、ええ…………そうです。ビールです」

「作ってるって?」

「ええ、作ってます」

「今飲めるの?」

「はい、試作品が何本か、瓶で冷えてますけど…………」

「ぜひ。お願いよ。ぜひ飲ませて」

「あ…………はい、いいですよ」

 

キュルルの言葉に、レミアはこれ以上ないほど喜びました。

 

 

「ああー!!! 本当に! 本当にビールだわ!」

 

キュルルが厨房の冷蔵庫から取り出してきた瓶の中身をガラスのコップに注ぐと、そこには琥珀色の液体に白い泡が覆いかぶさった飲み物が誕生していました。

レミアが目をキラキラさせながら見ています。まるでおもちゃを前にした幼子のように、もうキラッキラの目でビールを見ています。

 

「どうぞ、うちで作ってるビールです。と言ってもまだ試作段階で、原材料を吟味しながら作ってる最中なんですけど。あ、イヌガミギョウブさんもどうぞ」

「わたしのもあるのねん? ありがと。いただくね」

 

二つのコップに注がれた二杯のビールを、レミアとイヌガミギョウブがそれぞれ口にします。

ごくごくと。喉を鳴らしてレミアは半分ほど飲み、イヌガミギョウブは初めて飲む自分の酒以外の酒におそるおそる口をつけます。

 

反応は。

 

「あぁーッッ!! おいしい! おいしいわ教授! これ! これもっと欲しいわ!」

「んんー日本酒とは全然違う味だけど、この香りと苦味はなかなかクセになりそうだね……」

 

イヌガミギョウブの反応は上々、レミアに至ってはたまらないとばかりにおかわりを要求しています。

もうちょっとクールな印象だったんだけどなぁとキュルルの中でレミアへの印象が更新されました。

何にしても、試作段階にあるビールがこんなにも好評だったので、キュルルは嬉しい気持ちになりました。

 

コップの中身を満足そうに飲み干したレミアが、はてと首を傾げます。

 

「でも、あなた何でビールなんて作ろうと思ったの? フレンズは飲まないんでしょう?」

「あーそれはですね、たまたま作り方の資料が残ってたので試しに作ってみて、ボクと、それからイエイヌが飲むからどうせならこだわって作ってみようかなと思いまして」

「イエイヌちゃんも飲めるのね! それはいいことを聞いたわ!」

 

レミアに続いてイヌガミギョウブもちょっと驚いた様子です。

 

「元が動物だからねん、アルコールの匂いはフレンズは大抵嫌がるんだけど、そっか、中には飲める子もいるのねん?」

「たまたまボクが飲んでいるのをみて、欲しがったのであげたら飲めるようになったって感じですね」

「それはいいことを聞いたのねん。わたしも飲み友が欲しいから、ちょっと島の中を徘徊してみようかねん」

 

酒を酌み交わす友を探すために旅しようというイヌガミギョウブに、それはいい旅になりそうねとレミアが背中を押します。

 

「とりあえず、レミア、君が島にいる間は一緒に飲んでもらうのね。どれくらいいるつもり?」

「そうね……リボルバーが二丁とも使えるようになるのと、弾薬が全回復するまでは島というか、この研究所にいるつもりよ。三ヶ月くらいかしらね」

「じゃあそのあいだちょくちょくお邪魔するのねん。教授、いい?」

「ボクはもちろん。いつでもおいでよ」

「ありがとねん」

 

こうして。

大勢のフレンズ達で賑わい、一部ではどんちゃん騒ぎになっている祝賀会は、日が暮れるまで続いたそうです。

 

 

それから、レミアの装備が戻るのを待つこと三ヶ月。

この三ヶ月間はそれはもうとても平和なものでした。

 

セルリアン騒動が起きるわけでもなく、至って平穏に、レミア達は研究所での生活を楽しんだのでした。

ビールの研究開発をしたり。

自作の作物のレパートリーを増やしたり。

セルリアンとサンドスター・ローの研究を手伝ったり。

あと、それからバスのタイヤを探すためにちょこっと島を探検したりもしました。

 

バスのタイヤについては、キュルルが別のバスを見たという情報を頼りに探しました。無事見つかり、ドナーとしてそのバスから右側全部のタイヤをもらってつけることに成功しました。

 

たまにイヌガミギョウブが遊びに来て、レミアとキュルル、イヌガミギョウブの三人で夜遅くまで飲み明かす日もありました。

 

とても楽しい三ヶ月でした。

 

そして、この三ヶ月で、カバンさんとサーバルもある決断をしたのでした。それは、

 

「ボク達は研究所に残って、パークの外に出るためのサンドスターの保存方法の研究を手伝います」

「うみゃー! カバンちゃんがここに残るなら私も残るよ! 一緒に研究しよ!」

 

ヒトのいる場所を探しているカバンさん達ですが、島の外へ出る必要があることを知った今、ならばジャパリパークの外へ出ても大丈夫なように、サンドスター保存の研究を進める、ということでした。

 

なので。

レミア、セッキー、そしてアライさんとフェネックは神様のフレンズの紋章を集めるために、再び旅に出ることになり。

カバンさんとサーバルは、研究所に残ることになりました。

 

そんなこんなで、出発の日。

 

よく晴れた、気持ちのいい昼下がり。

 

レミア、セッキー、アライさん、フェネックの四人は出発の準備を整えていました。

 

目の前には、四人乗りの乗り物がありました。青い車体で、バスのような見た目ですがバスほど大きくはありません。

パークの中を移動できる小型の車両といったところでしょうか。ミニバスともいえます。

イヌガミギョウブの手助けがあって見つかった車両です。これもバスと同様に電池で動くので、動力には困りません。

 

お見送りはキュルル、イエイヌ、ダンザブロウダヌキ、そしてカバンさんとサーバルが出てくれています。

 

レミア達四人はミニバスに乗り込みました。荷物も後ろに積んでいます。

エンジンをかけて、窓を開けました。少し前後ろに動かして、ちゃんと進んで、ちゃんと止まれることを確認します。

運転席に座るのはレミアでした。

 

レミアの両腰には、きっちり直ったパーカッションリボルバーが二丁収まっています。

車両の後ろには木製ストックのボルトアクションライフルも乗せられています。そのほか、荷物置き場には大きめのリュックサックに入った大量のジャパリまんと、瓶に入った数本のビールがありました。持っていくつもりのようです。

 

「それじゃあ、出発するわね。お世話になったわ」

 

レミアの声に、残る研究所組の全員が手を振ります。

 

「またいつでも戻ってきてください」

「待ってますよ! 紅茶も用意してますからね!」

「危ないことがあったら、真っ先に逃げることを考えてくださいね」

 

カバンさんとサーバルも、目に少しの涙を浮かべながら手を振ります。

 

「いつでも戻ってきてください。ボクはここにいますから」

「旅の話! また聞かせてね! 頑張って紋章集めてね!」

『きっと集めるよ。またここには戻ってくるから』

「その時にはアライさんの大活躍の話をしてあげるのだ! 楽しみに待ってるのだ!」

「元気でねー。私たちもぼちぼちやってくからさー」

 

それじゃあ、と。

レミアはハンドルを握り、ゆっくりと、アクセルを踏み込みました。

目指すは隣のエリア。アンインエリアと地図で示されている場所です。

どうやらゴコクエリアとは橋でつながっているらしく、キョウシュウから来た時のように海を渡る心配はないようです。

だからこそのミニバスでした。これで陸路を自由に走り回れます。

 

「じゃーねー!!!!」

 

サーバルの元気な声が、ミニバスの後ろにかけられました。

 

「またなのだー!!」

 

アライさんの元気な声が、ミニバスから研究所に響きます。

――――紋章を探す旅が、今、再び始まりました。

 

 

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 




あとがき

第二期のあとがきということで、例に漏れず「俺はあとがきから読むタイプなんだ!」という方のために極力ネタバレしないように書こうかなと思います。
いやでもちょっとだけ本編のことについて言及しようかなとも思うので、1ミリもネタバレしたくない方は先に本編をお読みください。
第二期はそんなに長くないはずです。大体文字数で言うと15万文字くらいかな? ラノベだと一冊には満たないくらいの分量ですからわりとサクッと読めますね。

さて、読者の皆さん。五ヶ月ほどでしょうか、追いかけて読んでくださっていた方、誠にありがとうございます。これから読むよと言う方、この作品と出会っていただき、尚且つこのページを開いてくださってありがとうございます。

この作品は、第一期がちょうど五年前。アニメ一期の放送当時に書いたもので、何とそこから五年間一切音沙汰なく放置していたというとんでもない歴史を持ちます。
感想欄すら返信していない有様でした。というのも、アニメ二期に関わるゴタゴタからちょっと距離をとりたかったんですよね。アニメ二期放送当時も、見るに堪えなくて六話くらいで視聴をやめたのを憶えています。

それから時が経つこと三年? でしょうか。今年に入ってアニメ一期が五周年を迎えたというニュースを見て、そういえばちゃんとアニメ二期を見ていなかったなと。向き合ってみようかなと思いました。

それで、まぁ、見た感想はあえてここには書きませんが、私はハーメルンでけものフレンズの二次創作を漁り始めましたね。漁らずにはいられなかったという感じでしょうか。

何作か読んでいくうちに、「自分も書きたいな」と思えるようになりました。

五年前に書き上げて、完結の文字を入れた作品を再び始動させる。
それはもう大変な労力がかかりました。いやー、続きものを書くと言うのがこれほどまでに大変とは思いませんでした。
なんせ第一期が思いのほか上手に書けていたと言うか(自画自賛)、アニメ一期の力を借りて書いてるもんですからそれはもうブーストがかかってなかなか面白かったんですよね。自分で読み返して「ふーん、おもろいやんけ」と独りごちるほどですから。

しかし続きものの第二期となると、本編の流れはどう足掻いてもアニメを頼りにすることはできません。完全オリジナルストーリーを書き上げないといけないわけです。そりゃもう一次創作に近い労力がかかりましたね。

そして何と言っても「第一期を超えられる作品が書けるのか」というくっそ重たいプレッシャーがありました。超えられる気がしないんですよ。だってあのたつき監督の作品を元にして書いた第一期ですよ。あれを超えるためには実質、たつき監督のストーリーを超える必要があるんですよ。そりゃあもう脳みそフル稼働の、持てる力と経験をフル稼働してストーリーを作りましたね。

それでもやっぱり、今にして思うとちょっと第一期を超えるほどの面白いストーリーだったかと言うと難しいところがあるかなと思います。そこはもう正直に、昔描いた自分の作品の方が面白かったんじゃないかと思ってしまっていることをここに書かせてください。「二期の方が好きよ」という方、感想欄で励ましてくださると奥の手は諸手をあげて喜びます。

アニメ一期のような雰囲気のストーリーを、と思いながら書いた、セルリアンが多いジャパリパーク第二期でした。
ちなみにですが第一期の主人公はレミアですが、第二期は実はセッキーなんですよ。ネタバレにならない程度で言うとこのくらいが限度ですが、読んでくださっていた方、お気づきになられていたら作者の書きたかったものが何となく伝わっているかなというところです。セッキーを可愛く、カッコよく書くことに注力していました。
ほら、元敵だった子が味方サイドで頑張る話っていいじゃないですか……私大好物なんですよそういうの……。

なにはともあれ五ヶ月ほど。
感想をくださった方、大変励みになりました。
誤字報告をしてくださった方、本当にありがとうございます。結構文章やらかしてることがあったのでマジで助かりました。

第二期の感想について、送ってもらえたら本当に嬉しいです。正直第一期以上にストーリ構成は苦労しました。それなりのものにしかなっていないかもしれませんが、やっぱり自分の脳みそを使って書いた作品ですので愛着はあります。
そこへ感想をいただけるとなれば、それはもう五体投地で喜ばしい限りです。お待ちしております。

…………近い将来、第三期を書かないといけませんね。
けものフレンズは永遠に続くコンテンツであってほしいです。

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