【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
『そろそろ出発しないと、山の頂上までは結構距離があるよね』
バスの後部、集まったみんなの顔を見ながら、セッキーが呟きました。
その声に返事をしたのはイヌガミギョウブです。片手を振りながら、
「しんぱいないよん。わたしが妖術で山頂まで送ってあげるから。一瞬だよ」
『そうなの? あの、セルリアンもつれていくんだけど……』
セッキーが指差した窓の外には大小に加えて色もさまざまなセルリアンが集まってきていました。
百体はいるでしょうか。バスを囲むようにわらわらと集合して、セッキーの方を見ています。
ヒクイドリとダンザブロウダヌキがちょっと身震いしました。
『この数も一緒に連れて行ける?』
「まぁできるよ。その代わり一回しか運べないかな。残りの妖力的にも厳しいから」
『わかった。ありがとう。その――――』
「ん?」
言い淀んだセッキーに、イヌガミギョウブは首を傾げます。
「どうしたのん?」
『いや、なんというか、どうしてここまで助けてくれるのかなって思ってさ。神様もヒマじゃないでしょう?』
「いやわりとヒマだけど、そうだねぇ……まぁ、ダンザブロウのやつが世話になったからそのお返しにってところかな」
「私ですか…………」
「危ないところを助けてもらってるからね。知人の受けた恩は返さないと」
『そっか。ううん、こっちこそ。すごく助かってるよ』
「困ったときはお互い様」
はにかむイブガミギョウブに、アライさんも手を上げて、
「困難は群れで分け合えってカバンさんも言ってたのだ! いい言葉なのだ!」
「たぶん言ってないです…………」
バスの中に、温かな笑みがこぼれました。
◯
「それじゃあいくよ。用意と覚悟はいい?」
イヌガミギョウブの言葉に、全員がしっかりと頷きました。
ダンザブロウダヌキとヒクイドリは少し離れたところにいます。
「みなさん、頑張ってください。もし危ないと思ったら、撤退を」
「無茶はしちゃダメだぞ。命あっての物種だからな」
心配そうに見てくる二人に、セッキーはにこりと笑いながら手を上げます。
『ボクたちの仲間が、きっと今も一人で戦ってる。自分自身と戦っているんだ。ボクたちも助けなきゃ。負けてられないからね』
イヌガミギョウブが、葉っぱを一枚取り出しました。目の前に掲げます。
「よし、いくよ」
そう告げると、葉っぱを宙に投げました。その瞬間、一枚の葉っぱが二枚、三枚と急速に増えていき、あたり一面を覆い始めました。
風など吹いていませんが、まるで風に流されるように、大量の葉っぱがセッキーたちとセルリアンを囲みます。
ぐるぐると渦巻く葉っぱに視界を奪われた直後。
葉っぱが少しずつ消えていきました。視界が戻ります。その先に広がった光景は、
『………………』
夜空を煌々と美しく照らす山頂のサンドスター。
火口から立ち上っているキラキラとした粒子。その粒子を眺めている一人の姿がありました。
その人影――――レミアは、ゆっくりとこちらを振り返ります。
佇むセッキーとイヌガミギョウブを見ます。
松明に火をつけたカバンさんを見ます。
カバンさんを守るように立つアムールトラ、サーバル、盾を持つアライさんとフェネックを睨みます。
それから、一行の背後にずらりと並ぶセルリアンの集団を見遣りました。
そして。
そしてレミアはうっすらと笑みを浮かべました。冷たく、寒い、背筋を凍らせるような笑みを貼り付けます。
『いくよ……みんな!』
セッキーの一声で全員が走り出しました。
◯
カバンさんがレミアの左前方に躍り出ます。そのカバンさんを守るように前をアライさんとフェネックが、横をアムールトラとサーバルが走ります。
カバンさんは松明がよく見えるように高く掲げました。
レミアは、
「……………………」
何も言わず、しかし目でカバンさんの松明を追っています。すると、緩慢な動作で真っ黒な右腕を挙げると、それをカバンさんの方へ突き出します。
次の瞬間。
レミアの右腕は数本の線となり、カバンさん目掛けて高速で伸びました。ちょうど、ヘリのセルリアンを飲んだ時と同じ攻撃です。
「させないのだ!」
「防ぐよー」
アライさんとフェネックがここぞとばかりに盾を掲げて、レミアとカバンさんの間に割って入ります。
軽くて丈夫な盾は、その見立て通りしっかりとレミアの攻撃を弾きました。弾かれた黒い線は宙に舞い、地面に落ちるとレミアの右腕へと帰っていきました。
レミアが首を傾げています。何も言わず、少しだけ傾げると、今度は右手を空へと伸ばします。
その右手が、今度は無数の細い線になりました。そしてその線の一本一本がカバンさん目掛けて降ってきます。
「のわー!!! 多いのだぁー!!」
アライさんがわちゃわちゃと走り回りながら、カバンさん目掛けて降ってくる黒い線を防ぎます。
フェネックも歯を食いしばって攻撃を弾きます。
アムールトラとサーバルも、爪を光らせて黒い線を弾き返しています。次から次へと降ってくるそれを、柔軟な体で、絶え間なく、油断なく、カバンさんから守るように退けていきます。
レミアの攻撃はカバンさんたちに集中していました。その機を逃すまいとイヌガミギョウブとセッキーは攻撃に転じます。
イヌガミギョウブが、腰を落として葉っぱを三枚取り出しました。
「それじゃあいくよん。奥義――――八百八変化術! 種子島!!」
宙に放られた三枚の葉っぱが、イヌガミギョウブの後ろに回って、その直後に数百枚に増えました。
そして、増えた葉っぱは次の瞬間、煙を上げて火縄銃に変化しました。
一枚の葉っぱから一丁の火縄銃が生み出されます。その数は八百を超えていました。
八百丁以上の銃口がレミアへと向きます。
「これを食らって倒れなかった奴はいないよ――――放てぇいッ!!」
一斉に鳴り響く轟音。地鳴りかとも思えるような、数百丁による一斉射撃が夜空と大地を震わせます。
白煙が辺りに立ち上り、柔らかな風がその煙を押し出したとき、イヌガミギョウブの前には、
「……………………」
右手を盾状に変形させ、八百発以上の銃弾を一手にそこで止めた、レミアの姿がありました。
弾は、盾状に変形したレミアの右腕に阻まれ、地面に落ちた模様です。
イヌガミギョウブが舌打ちを一つ。口元には焦りから生まれる僅かな笑みがこぼれ出ています。
「あれがダメならもうこれしかないね」
イヌガミギョウブは右手を振るって、背後に並ぶ八百丁以上の種子島を葉っぱに戻しました。
そして、今度は右手をレミアの方へ向けます。
「セッキー、ほんの数秒だけ時間を稼ぐ。その間にセルリアンを」
『わかった』
初手が効かないとなれば次手を打つのみ。
イヌガミギョウブの切り替えも、セッキーの理解も早かったです。
イヌガミギョウブはレミアに向けた手をそのままに、開いた手のひらを握り締めました。
「拘束術式ッ!」
イヌガミギョウブの背後に浮いていた数百の葉っぱが、光を伴ってレミアの方へと飛んで行きました。
かなりの高速で、目にも止まらない葉っぱの動きに、レミアは再び右手を盾にして防ごうとします。
しかし、
「そうはいかないよん!」
葉っぱが、レミアの盾に数十枚張り付くと、レミアはその盾を動かせなくなりました。
ピクリとも動かない右手に、レミアは無言で首を傾げます。
その間にも飛翔した何百枚もの光る葉っぱが、今度はレミア本体の動きを止めようと、レミアの体に、腕に、足にまとわりついています。
「長くは持たない! セッキー!!」
『わかってるッ!』
イヌガミギョウブの叫びに、セッキーも呼応して、腕を振います。
背後に控えていた数十体のセルリアンが一斉に躍り出ました。
レミア目掛けて飛び掛かります。人ほどのサイズのもの、腰ほどの高さのもの、人の二倍はあろう大きさのもの。
大きさも色も形もバラバラのセルリアン群は、レミアの体へと押し寄せて、覆いかぶさりました。
『頼むよ! レミアからサンドスター・ローを吸い取って!』
セッキーの叫びに反応してか、覆いかぶさった数十体のセルリアンがヒュルルルルロオオオオオと声を上げます。
セルリアンに覆い尽くされたレミアの体は、セッキーたちから見えなくなりました。
セルリアンで固められています。レミア本体の姿は見えません。どうなっているのか、作戦が成功したのか、それは、セッキーとイヌガミギョウブの側からは確認が取れませんでした。
カバンさん達も立ち止まります。
レミアを覆い尽くしたセルリアンに、どうか、元に戻してくださいと祈ります。
「大丈夫なのだ…………レミアさんは強いのだ…………これくらいへっちゃらで、ちゃんと帰ってきてくれるのだ…………」
小さな声で、アライさんが漏らします。その瞳は少し濡れていました。レミアに覆いかぶさったセルリアンの塊から、目が離せません。
全員が、一様に、レミアの解放を願っていました。
サンドスター・ローの支配から脱し、いつもの、強くて優しい、あのレミアへ戻ることを、心から祈っていました。
その祈りは。
『…………うそ…………でしょ』
セッキーの口から、震える声が吐き出されます。
祈りは、届きませんでした。
信じられないような光景が目に飛び込んできます。
レミアを覆ったセルリアンは、いずれも原色の赤や青、中には緑のセルリアンが含まれています。
そのセルリアン達が、レミアに近い側から急速に、黒色へと姿を変えていきました。
闇を思わせる、漆黒の黒へ。セッキーの支配下にあったセルリアン達が、次から次へと、その支配から外れていきます。
意思の疎通ができていたセルリアンから、パッタリと何も聞こえなくなります。
指示が通らず、考えていることがわからず、そして。
『そんな…………こんなことって…………』
セッキーの支配下にあったセルリアンが、レミアの元へ、黒いセルリアンへと姿を変えていきました。
覆いかぶさっていたセルリアンだけに止まりません。
山になっていたセルリアンがはけて、中からレミアが立ち上がります。右手を掲げて、高速で細い線を伸ばしたかと思うと、セッキーの背後にいたセルリアンにも線が突き刺さります。
たちまち、線を介してセルリアンの色は真っ黒くなっていき、セッキーの支配下から外れました。
百体近くいた味方のセルリアンが一体残らず、黒セルリアンへと姿を変えます。
何度呼びかけても応じません。何度話しかけても通じません。
「これは…………ちょっとまずいね」
イヌガミギョウブの額に汗が流れます。
セッキーは、レミアからは目を離さず、乾き切った喉で絞り出すように聞きました。
『イヌガミギョウブ…………みんなを、転移させることってできる……?』
「こんなこと言いたくないけど、もう妖力が残ってなくてね……転移は無理だね」
『そっか…………そうだよね』
となれば、残された道は二つに一つ。
黒セルリアンの攻撃を掻い潜ってレミアの石を破壊するか、黒セルリアンとレミアの攻撃を掻い潜って撤退するか。
『撤退……』
できるはずが、ありません。
カバンさんやアライさん、フェネックの戦えないフレンズを庇いながら、百体近いセルリアンの攻撃とレミアの猛攻を退けて山を下るなんて、とてもできたものではありません。
ではレミアの石を破壊できるのか。
それも。
それも、もはや無理です。
数十体の黒セルリアンで身を固めたレミアの元に、たどり着くだけでも至難の業。その上でレミアの攻撃を止め、隙をつき、レミアの石を破壊する必要があります。
とても、もう、無理な話でした。
撤退も攻撃もままならない。引くことも押すこともできない。
できるのは、このまま。
『……………………』
レミアと、黒セルリアンに食われるのを待つのみです。
「諦めちゃダメだよん。まだなんとか、どうにかできるはずだから」
『わかってる。今……今、考えてる』
声が震えます。
思考がまとまりません。ぐちゃぐちゃになります。
手の平が熱を帯びていきます。焦りと、後悔が、喉元で嗚咽を焦がしていました。
レミアを助けることは叶わず。それどころか、自らの命さえも守ることが叶わない。
どうしてこうなってしまったのでしょうか。
どうすれば、こうはならずに済んだのでしょうか。
考えても、考えても、思い返しても、思い返しても。
その答えなんて、出てきませんでした。
ただただ、どうすることもできなくなった自分が、情けなく、他の子達に申し訳ない。
それだけです。
カバンさん達が、セッキーとイヌガミギョウブの元へと走ってきました。
まだ、レミアから黒セルリアンへの伝達はないようです。ただ、もうセッキーの呼びかけはセルリアン達には届いていません。
十秒後か、二十秒後か、それとも五秒後か。
百体に迫る黒セルリアンが、一行に襲いかかってくるのは時間の問題でした。
息を切らせて駆け戻ってきたカバンさんが、松明を投げ捨ててセッキーの肩を掴みます。
半ば放心状態だったセッキーの目を見て、カバンさんは、絶えそうになる息をつぎはぎして呼びかけます。
「しっかりしてください! まだ、まだ終わっていません! 撤退して、体勢を立て直せば、きっと、次は…………次こそは…………」
カバンさんの目から涙が溢れます。次から次へと、止めることのできない涙が溢れては地面に落ちて、砂を濡らしていきます。
「セッキーさん…………お願いです……諦めないで…………」
『わかってる…………でも……』
カバンさんとセッキーを庇うように、アムールトラとサーバルが野生解放をして構えます。
アライさんが盾を握りしめます。フェネックは今にも泣きそうになりながら、アライさんの横で盾を構えます。
イヌガミギョウブが、奥歯を噛みながら葉っぱを取り出しています。
じわりじわりと、周囲を囲む黒セルリアンが寄ってきました。三百六十度、どこを見ても黒セルリアンで、隙間などありません。
逃げられる隙間もなく、また、レミアは、囲っている黒セルリアンの向こう側で、にっこりと、冷たい笑みを浮かべています。
レミアが右腕をゆっくりと上げました。
そして。
ぱたりと、右腕を振り下ろした瞬間。
黒セルリアンが一斉に飛び掛かってきました。
セッキー達に、先ほどレミアにしたように、大勢で、一気に、一息に、囲って取り込もうと、黒セルリアンの群れが襲い掛かり――――。
「ジャスティス隊よ!!!! 助けに来たわッッ!!!!」
空から、複数のフレンズが勢いよく降ってきて、飛び掛かってきていた黒セルリアンを一撃で粉砕していきました。
◯
空から降ってきたフレンズは、十人を超えていました。
見知っているフレンズもいれば、見たことのないフレンズもいます。みな一様に、包囲していた黒セルリアンを次から次へと屠っていきます。
囲まれていた輪が少しずつ広がります。周りにいた黒セルリアンが動揺しているのか、隙が生まれました。
その機を逃すほど、降ってきたフレンズ達は甘くありません。
「攻勢の時よ! 畳み掛けるわよ!!」
一番目立つ位置で、一番よくセルリアンを討伐しているフレンズが声を張り上げます。
『ハクトウワシ!? それに、オオタカも……!』
「ヒクイドリもいるねぇ。こりゃいいとこ持ってかれたねん」
セッキーは、視界の端に滲む涙をぐしりとぬぐって、その姿を捉えます。
空から降ってきたのは、紛れもなくセルリアン討伐の手練。
――――セルリアンハンターでした。
鳥系のハンター達が、飛べないハンターを抱えたまま空から強襲をかけたのでした。
その効果は絶大です。囲んでいたセルリアンは次から次へと、対処行動もままならないままハンター達に蹴散らされています。
『なんで、ハンター達がここに…………』
「私が呼んだんですよ」
落ち着いた、優しい声音が聞こえます。後ろを振り返ると、そこにはハクトウワシの姿をしたダンザブロウダヌキが、今、変身をときました。少し息が上がっているのか、肩で呼吸をしています。
「教授に通信を飛ばして、集まっていたハンター達に出撃要請を出してもらったんです。セルリアン騒動の解決のために、山の近くまで来ていましたから」
『それは……でも、ダンザブロウダヌキは逃げたんじゃ……』
「胸騒ぎがしましてね。妖怪の勘というやつでしょうか。とにかく救援が間に合ってよかったです」
微笑むダンザブロウダヌキに、セッキーは足の力が抜けそうになるのをすんでのところで堪えました。
イヌガミギョウブが、セッキーの肩を叩きます。
「これでレミアへの道は開けた。まだ終わってないからね――――セッキー」
『うん…………そうだね』
セルリアンでのサンドスター・ローの吸収が無理だった場合、直接レミアの石を破壊する。
そういう、作戦でした。
レミアの石を破壊する。それは、もう二度と、レミアと話したり、笑ったり、一緒に料理を食べたり、知らない土地を冒険したりできないことを意味しています。
それでも。
それでも、レミアに他のフレンズを襲わせるよりは。
大切な仲間が、大切なフレンズを食べるなんてことがないように。そんな残酷なことを、レミアにさせないために。
『ボクが…………止めるんだ』
セッキーの目には、涙が溢れていました。視界が滲むのを無理やり拭って、レミアを正面に捉えます。
「サポートはする。最後の妖力になるから、これを外したらもう無理だと思ってね」
『わかってる。ここで…………レミアを止める』
セッキーは駆け出しました。涙の溢れる瞳を何度も拭って、無理やりにでも視界を確保します。
泣いている場合ではありません。レミアの激しい抵抗があることは簡単に予想がつきます。それを掻い潜らなければレミアの石を破壊することなど到底叶いません。
セッキーとレミアの間にいたセルリアンは、ハンター達が倒してくれました。道がひらけます。
レミアまではまっすぐ、邪魔するもののいない道が伸びています。
セッキーはそれを、心を殺しながら走りました。何か考えたら、もう、涙で前が見えなくなるから。
レミアに、拳が振るえなくなるから。
レミアを、止めることができなくなるから。
無心で、心を失くして、セッキーはレミアの元へ突っ込みました。
間合いに入ります。レミアの蹴りも、セッキーの蹴りも届く位置まできました。
イヌガミギョウブの投げた葉っぱが、レミアの四肢に張り付いています。動けないわけではなく、動きを阻害しているだけの、わずかな妨害に過ぎません。
急ぎます。セッキーは止まりません。そうしなければ、レミアからの抵抗がきます。
レミアの、激しい抵抗が――――。
「…………」
ありませんでした。
そこにいたのは。
そこに立っていたのは、冷たい笑みを浮かべるレミアではなく、まるで、アライさんとフェネックの寝顔を見守っている時のような。
優しく、温かい目をした、レミアでした。
『ッ――――!』
セッキーは一瞬、迷いました。
もしかしたらレミアが正気に戻ったのかもしれない。
この一瞬でレミアが戻って、サンドスター・ローに打ち勝って、かつてのレミアが戻ってきたかもしれない。
そんな淡い幻想を抱きました。しかし、
(そんなわけ……ないよね……)
レミアの目が、少しずつ、優しさを失っていくのを、セッキーは、ひどくゆっくりとした世界で見ていました。
セッキーの接近を許したのは、レミアが、この一瞬だけでも正気を取り戻したから。
それは、元に戻るためのレミアの抵抗ではなく。
レミアが、自らを消滅させるためにレミア自身が生んだわずかな隙でした。
千載一遇の、これを逃したらもうレミアを止めることは誰にもできない、その、わずかな時間をレミアは最期に自分で作り出しました。
ここでレミアの石を破壊する。そのためにレミアは一瞬だけでも帰ってきた。
レミアの作り出したこのわずかな時間を使って。
セッキーは、拳を強く握りました。
上体を捻り、肩を入れ、走ってきた慣性と勢いをそのまま拳に乗せるように。
そして膂力の全てを使って、叩き壊すために。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!』
セッキーの目には、もう、止めることのできないほど涙が溢れていました。
視界がぐちゃぐちゃになります。歪みに歪んで、それでも、確かにレミアの
拳を握ります。力を込めます。全身で、余すことなく、全ての力をこめて、レミアの首元へと拳を叩き込みました。
拳が、ドッグタグを捉えます。
金属にヒビの入る音が響きました。そして、そのヒビはどんどん広がり、大きくなり、やがてドッグタグ全面に蜘蛛の巣状に広がると。
――――――パシャーンッ!
まるでガラスが破れたかのような音が辺りに響き渡りました。同時に、レミアの体が白く光を帯びて、セッキーが目を開けていられないほどに光り輝いて。
次の瞬間には、光は粉々に砕けました。
レミアの形をなしていたものが、サンドスターが、サンドスター・ローが、跡形もなく、空中に砕けて、散りました。
光が夜空にたなびきます。
セッキーは二歩、三歩と前へ歩き、光を、その残滓を、両手で抱えました。
わずかに残った光が、セッキーの腕の中に抱えられます。それは、とてもとても、温かい光でした。
『…………うぅ………………あああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!』
天を仰ぎ、セッキーは、心の底から、抑えられない声を上げました。
涙がほおを伝います。とめどなく溢れます。涙を止める方法もわからず、そして止める気も、もうセッキーにはありませんでした。
腕の中の光が、少しずつ、小さくなっていきました。
空へと登るように。
夜の、真っ暗な空へとゆっくりたなびいていくように。
腕の中の光も空に立ち上っていきました。
火口から上るサンドスターの粒子が、レミアだった光を優しく包み込みます。
抱き寄せるように、優しく、サンドスターは光と混じり合っていました。
もうね……テンションがアニメ一期11話なんですよ…………。
つらい……。
次回、最終話「つまりはこれからもどうかよろしくね」