【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
「隅々まで探したけど、館内はどこにもいなかったのだ!」
「これは困ったねー」
医務室の前に、息を切らせながら走ってきたアライさんとフェネックがみんなにそう告げます。
イエイヌとキュルルも、
「こっちにもいませんでした」
「研究室の中にも、いる気配はなかったね」
首を振りながらため息をつきます。
レミアは忽然と姿を消しました。研究所内のどこを探しても見当たらず、唯一、正面玄関のドアが開きっぱなしになっていました。
カバンさんが心配そうに、そして少し焦った声音でつぶやきます。
「やっぱり、外に出たんでしょうか…………」
「でもカバンちゃんおかしいよ! レミアさんずっと体調が悪そうだったんだよ? 歩いて一人で外に出るなんて……」
「うん。でも、レミアさんの中で何かが起きたのかもしれない。動けるようにはなったけど、ここに居られなくなったとか」
「あるいは」
カバンさんの声にかぶさるように、キュルルが眉根を寄せながら口を開きます。
「あるいは、みんなと居られない状態になったか」
「それって……?」
「サンドスター・ローに体が侵されていた。もし、全身を、あるいは精神を侵されたら」
キュルルの言葉に、フェネックとカバンさん、セッキー、そしてイエイヌがハッと息を飲みました。
「…………レミアさんが、ビーストみたいになるかもねー。そうなると、確かに私たちと一緒にはいられないねー」
フェネックの言葉でアライさんとサーバルも理解します。信じたくないものを無理やり信じなければいけないような、暗い表情になりました。
しかし、アライさんはバッと顔を上げると、にまりと笑って胸を叩きました。
「心配いらないのだ。こういう時こそアライさんにお任せなのだ!」
全員が顔を上げてアライさんの目を見ます。アライさんの目はいつぞやの自信に満ち溢れた屈託のない色を湛えていました。
「レミアさんの匂いは残っているのだ。これを辿って必ず見つけ出して、説得するのだ! 大丈夫! アライさんが呼びかければ、例えビーストみたいになっててもレミアさんは無事なのだ! きっと大丈夫なのだ!」
そんな根拠はどこにもありませんでしたが、なぜか皆、アライさんの言葉を信じたくなりました。
根拠のない自信。どこから湧いてくるのかわからないその自信に、賭けるしかないのです。
『レミアがビーストのようになった。仮にそうだとして、ここから立ち去ったのはなぜ?』
セッキーが自問するようにつぶやきます。そして自答するように続けました。
『もしかすると、レミアにはまだ自我が残ってて、最後の抵抗でボク達から距離を取ったのかも。そうだとしたら』
「一刻も早く見つけてあげないとだめなのだ! 一人で寂しくしてたら、治るものも治らないのだ!」
『いや、そうではなくて……』
アライさんの言葉にセッキーは少し狼狽えます。
レミアが最後の自我を頼りに研究所から距離を取ったのなら、次にする行動は何でしょうか。
優しいレミアです。フレンズのために自身を犠牲にする仕草まで見せていたレミアが、もし、自我を消失してフレンズを襲うような存在になろうとしていたら。
それがわかっていて、残されたわずかな時間で自分にできることを探していたとしたら。
『…………そっか。そうだよね。早く見つけ出して、連れ戻さないと』
でなければ、合理的に考えてレミアが次に取る行動は自死に他なりません。
一刻を争います。見つけ出し、説得し、そしてサンドスター・ローの侵食から救い出さなければなりません。
そこまで考えていると、おもむろにサーバルが手を上げました。
「でも、山のほうにも行かなきゃなんだよね? ダンザブロウダヌキを助けなきゃ」
『そうなんだ。ボクは山に行かなきゃいけない。レミアを追うことはできない』
「アライさんにお任せなのだ! 匂いをたどって必ず見つけるのだ! カバンさんの時にも何だかんだできたから、任せてほしいのだ!」
「じゃあー、私もアライさんについていくよー」
「フェネック!」
にこりと笑いながら手を上げたフェネックに、アライさんは満面の笑みで拳を握ります。
「こっちは任せてほしいのだ! カバンさんとサーバルとセッキーは山に行ってセルリアンをまとめてほしいのだ!」
アライさんの言葉に、カバンさんもサーバルもセッキーも納得して頷きます。
二手に分かれての活動になります。山へはバスを使ってカバンさんとサーバルとセッキーが、レミアを追うのはアライさんとフェネックです。
「すぐに出発するのだ! 時間が惜しいのだ!」
「あぁ、待って、君たちこれを持っていくといい」
キュルルが呼び止めて、アライさんにはバックパックを、カバンさんには無線機を渡します。
「バックパックの中にはジャパリまんと無線機、それから粉末状のサンドスターが入っている。もしレミアさんが暴走したら、そのサンドスターを使ってみるといい。効くかはわからないけど抑止にはなるはずだよ」
「わかったのだ!」
「カバンさんの方にも無線機を渡しておくよ。回線を選択すればダンザブロウさんのところにも、アライさんのところにも直接連絡が取れるし、研究所にもつなげられる。万が一の時もあるから電源は常に入れておいて」
「わかりました」
「それと、念のため山のほうにはセルリアンハンターを向かわせるよ。事態の収束が難しいと判断した場合、ここの研究所に連絡してほしい。セルリアンハンターに助けを求めるよ」
「ハンターの方とはどうやって連絡を?」
「研究所の無線機からパーク内のラッキービーストに無線を飛ばせるんだ。人であるボクならではの機能だけど、これを使ってハンターの近くにいるラッキービーストに連絡をとるよ」
「わかりました。もしもの時には、よろしくお願いします」
カバンさんとキュルルはお互い頷きます。
それから移動して、バスの前へと着きました。
「レミアさんの荷物があるのだ! 銃もポーチも置きっぱなしの丸腰なのだ」
「早く見つけてあげよー。きっと困ってるよー」
「その通りなのだ」
バスの窓を覗き込んだアライさんとフェネックは、もう準備万端で出発する気満々です。
バックパックはフェネックが持って、アライさんは匂いをたどるのに専念します。
セッキーが、バスの屋根からセルリンを下ろしながらアライさんに向き直りました。
『アライグマ、水色セルリアンを連れていく? 三体残ってるから、もしものために連れていくのも手だと思うけど』
アライさんは少し考えて、それから笑顔で首を横に振りました。
「戦いが起きそうなのはどう考えてもセッキー達の方なのだ! こっちはレミアさんを探すだけだから、セルリアンはセッキー達が持ってた方がいいのだ! ね、フェネック?」
「そうだねー。こっちはもし戦いになっても身軽に逃げれる方がいいから、セルリアンはセッキー達が持っててよー」
『わかった。くれぐれも気をつけてね。ビーストやヘリのセルリアンにあったら逃げるんだよ』
「まかせろなのだ! 逃げるのも得意なのだ!」
「はいよー」
アライさんとフェネックの元気な返事を聞いて、セッキーも頷き返します。
「それじゃあ、行きます」
カバンさんの声で、山へ向かう三人もバスに乗り込みました。
カバンさんが運転席へ、サーバルとセッキーが後部座席へ乗り込みます。エンジンがかかり、バスの窓が開きました。
「くれぐれも気をつけて! 必ず無事で戻ってきて!」
「無理だと思ったらすぐ逃げてくださいね!」
キュルルとイエイヌの張り上げた声に、カバンさんもサーバルもセッキーも手を振って返します。
「アライさん達もいくのだ! こっちに匂いが続いているのだ!」
「はいよー! アライさんバスに轢かれないようにねー」
「わかってるのだ!」
アライさん達も、どうやら匂いはバスが向かう道へ続いているようです。
程なくしてバスは出発。アライさん達もその跡を追うように徒歩で進むのでした。
キュルルとイエイヌはアライさんとフェネックの姿が見えなくなるまで見送りました。
静かな研究所前に、さっと柔らかい風が吹いています。イエイヌの灰色の髪を少し揺すりました。
「どうにか、なるでしょうか」
イエイヌの心配そうな呟きに、キュルルも首を横に振ります。
「わからない。でも、信じるしかない。物事は悪いほうに考えると本当に悪くなる。良くなるように考えよう」
「そうですね」
「ひとまず、ハンター達に連絡だ。集められるだけ集めよう」
「了解です!」
◯
ここは、サンドスターの吹き荒れる山の麓。方角で言うと山を中心にして東側の地点です。
太陽が顔を出してしばらくの時間が経っています。空高くから一望する森の光景は、一見すると普段と変わりないものでした。
が、しかしこの日だけは、いつもとは違うおぞましい空気が、ぴりりとダンザブロウダヌキの肌を撫でました。
「多すぎる…………どんどん増えていますね」
森の木々より高い位置を飛行しながら、ダンザブロウダヌキは下に広がる恐ろしい光景に唾を飲みます。
眼下では赤や水色のセルリアンがひしめき合って、森の木々を時折倒しながら広がっていました。
今、ダンザブロウダヌキの姿はちょうどハクトウワシと同じ姿をしています。
軍服のようないでたちに白い髪の毛と、毛先は少し黒みがかっています。頭から生えている大きな翼をたたえて、空中にホバリングしています。
「この辺りの子達は避難できたと思うけど、まだ向こうのほうは手付かずですね。セルリアンが広がる前に、行きましょう」
ダンザブロウダヌキは山の南東の方角へ進みました。
北東から東にかけて夜通し避難誘導をしました。逃げ足の遅い子は自分が抱えて飛んで逃していました。
流石に疲労の色が見えていますが、危険に瀕しているフレンズ達を放って置けるような性格ではありません。
「あともうちょっとです。もう少しで助けが来るはずですから……」
力が抜けそうになる体に叱咤激励をして、南東の方角へと進みます。
まだこの一帯にはセルリアンは来ていないようです。上空からフレンズがいないか見渡していきます。
「…………ん?」
すると、木々の間、少し開けたようになっている森の一角に、何やらサンドスターが集まっていました。
キラキラと空中に光の粒子を撒き散らしながら、一体の動物が足を得て、手を得て、体を得ています。
それは、
「サンドスターで生まれる瞬間ですか! このタイミングで!? この場所で!?」
奇跡の一端でした。
サンドスターが動物をフレンズにするという、ここジャパリパークでは何度となく繰り返されている、しかし奇跡以外の何物でもない瞬間です。
ダンザブロウダヌキは少しの間、上空から動物がヒトの姿を得る過程を目撃した跡、すぐさま下降して近づきました。
音もなく地上に降り立って、変身を解きます。
タイトな白のジャケットに白いスカートの、いつもの、本来のダンザブロウダヌキの姿になります。
「こんにちは。あなたは何のフレンズでしょうか?」
「ひゃあああ!」
いきなり後ろから声をかけられたものですから、フレンズは悲鳴をあげて驚いたようにその場で飛び上がりました。
振り返ったその顔、髪型と髪色、そして身につけている衣服を見たダンザブロウダヌキは、
「あなた、もしかしてタヌキではありませんか?」
「え、ええと、あの、えっと…………あ、はい。たぶん、そう呼ばれていたような気がするので、そうだと思います。あの、あなたは……?」
おずおずと、何かに怯えているかのように聞き返してきたタヌキに、ダンザブロウダヌキは握手の手を差し出しました。
「私はダンザブロウダヌキ。あなたの親戚のようなものです。そして、私はちょっと妖怪チックなところもある、化けるのが得意なタヌキですよ」
「ようかい……? あの、この姿は一体……? なんで、後ろ足だけで立っているんでしょうか……?」
「これはフレンズ化と言って、あなたはサンドスターのおかげでヒトの姿を手に入れた動物なんですよ。ここはそう言う動物が多く暮らすジャパリパークです」
「え、えっと…………はい、なんとなく、わかりました。それで、あの、私は何をしたらいいんでしょうか……?」
震えるような、今にも泣き出しそうな声で自信なさげに立っているタヌキに、ダンザブロウダヌキは微笑みながら言い切りました。
「生きてください。本能に従い、理性で舵をとり、時に他人を頼り、自らの生活を手に入れてください」
「??????」
首を傾げるタヌキです。ちょっとダンザブロウダヌキの言っていることが通じていないような感じではありましたが、ダンザブロウダヌキは構わず言葉を続けます。
「ここジャパリパークには、セルリアンという敵が存在します。私たちフレンズを食べてしまう恐ろしい存在です」
「食べ、食べられるんですか……? 痛いですか?」
「私は食べられたことがないのでわかりませんが、もし食べられてしまうとフレンズの姿を維持できなくなってしまいます。せっかく手に入れた新しい人生です。失ってしまうのは勿体無いですよね?」
「そう…………かもしれませんね」
「はい、ですからまずは、セルリアンに遭遇したら逃げることです。そして今、この森周辺はセルリアンに囲まれつつあります」
「ええ!? そんな、じゃあ、もう食べられちゃうんですか…………」
「そうならないように逃げましょう。私は戦えませんから、遭遇する前に逃げ————」
ダンザブロウダヌキの言葉は最後まで続きませんでした。
森の木々、茂みの中から、ダンザブロウダヌキより大きいセルリアンが飛び出してきました。
すんでのところでタヌキを突き飛ばし、ダンザブロウダヌキも倒れ込みます。
「走って!」
すぐさま起き上がったダンザブロウダヌキは、咄嗟にタヌキの手を引いて、その場から走り出しました。
セルリアンが出てきた方角と真逆の方角ですが、どうやらすでに逃げている先にもセルリアンがいるようです。
「まずいです! すでに囲まれているかもしれません!」
「そんな…………もう……それじゃあ……」
「あきらめないでください! まだ私たちは大丈夫です!」
励ますダンザブロウダヌキですが、上を見て、これはまずいと心臓が早鐘を打ちます。
上は木々で覆われています
開けた場所に出なければハクトウワシに化けて空へと逃げることが叶いません。
どこか開けた場所。木のない場所。そこを見つけてセルリアンの包囲から逃れなければいけません。
「タヌキさん、開けた場所を探してください! 上に逃げます!」
「ええ、あ、はい! で、でもたしかこの辺りはずっと木が続いてて…………」
「だったら走る! それしかありません!」
「は、はい〜」
タヌキの泣きそうな声がこだまします。ダンザブロウダヌキは走りながら後ろを見ました。
先ほど襲ってきたセルリアンの他に、もう一体増えてこちらに迫っています。形は丸に触手のようなものがついています。
速度をあげて追ってくる二体に、このままでは追いつかれてしまいます。
前を見ます。遠い位置から、こちらへにじり寄ってくる一体が見えました。水色の、今度は四角い、長方形に触手がついたような形です。
右を見ます。左を見ます。木々の隙間からちらちらと見える原色のペンキをぶちまけたかのような赤、水色のセルリアン。
「まずいです……まずいですよこれは……」
ダンザブロウダヌキの額に汗が流れます。
足が疲れてきました。もとより研究職です。そんなに豊富ではない体力。徹夜で避難誘導をしていた体に疲労感が重くのしかかります。視界が僅かに霞むのがわかりました。
判断を誤ったのでしょうか。
多少の危険を承知で、タヌキと出会ったあの場で飛び上がっているべきだったでしょうか。
後悔してももう遅いです。右も左も前も後ろも、セルリアンに囲まれています。
どうすればいいでしょうか。どうするのが正解でしょうか。
上には飛び立てません。走って逃げようにももうすでに囲まれています。
何に化ければいいのか。どうすれば打開できるのか。
ダンザブロウダヌキは決してあきらめず、考え続けました。考えて、考えて、周りを見渡して、もうすぐそこまで迫っている正面のセルリアンの、背後に、人影を見て、
「こっちです! 助けてくださいッッ!!」
ダンザブロウダヌキは大きな声を張り上げました。その声を聞いた人影が、猛烈なスピードでこちらに接近し、
「はぁぁぁぁぁッッ!!」
ピシッ! バシャーン!!
気合一閃。ダンザブロウダヌキ達の正面を塞いでいたセルリアンを蹴り飛ばして、粉々に砕きました。
続いて右から迫っていたセルリアンにも肉薄して、蹴り技で石を砕きます。
左も。
後ろの二体も。
瞬く間にそのフレンズは石を蹴り砕いて、粉々にしてしまいました。
目が冴えるようなブルーの髪色に、黒色のワンピース。足には白い編み込みブーツを履いています。
あたりを注意深く警戒しながら、そのフレンズがダンザブロウダヌキたちに駆け寄りました。
「大丈夫か。私はセルリアンハンターのヒクイドリだ。どうも逃げてくるフレンズが多いからこっちの方面を見にきていたんだ」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「礼はいい。他にフレンズは?」
「この辺りではもう、私たちしか見ていません。この子はタヌキで、私はダンザブロウダヌキです」
「ダンザブロウって、あの研究所のか。何でここに?」
「フィールドワークですよ。山を調べにきていたら、セルリアンの大量発生に巻き込まれて。避難誘導をしていたところです」
「なるほどな……どっちにしろここももう持たない。逃げた方がいい」
「そうします。開けた場所があったら、そこから飛び立って遠方にこの子を逃がします。その後私はこの一帯に戻ります」
戻る、と言ったダンザブロウダヌキに、何を言っているんだという顔でヒクイドリが驚きます。
「逃げた方がいいぞ。戦えるフレンズではないんだろう?」
「そうですが、ここに救援を呼んでいるんです。あと、万が一にも逃げ遅れた子がいたら保護しないと」
「まったく…………まぁいい、好きにしろ。私もこのくらいの数なら何とかなるが、もう少し増えると手に負えん」
「ヒクイドリさんも逃げた方がいいです。一旦引いて、ラッキービーストを探してください。万が一の場合には研究所からの連絡で支援要請が来ると思います」
「わかった。その時は加勢するよ。御武運を」
そういうとヒクイドリは東の方角へと走っていきました。
ダンザブロウダヌキとタヌキも、開けた場所を探してその場から走り去ります。
程なくして、木々の生えていないちょうどよく上空へ逃げられそうな場所に辿り着きました。
ダンザブロウダヌキは瞬きをする間でハクトウワシへと変化して、タヌキを抱えます。
「とりあえず、森を抜けたところまで運びます。その後はずっと東の方角へ走って逃げてください」
「あの、ひがしってなんですか?」
「あぁ…………太陽が出ている方角へ逃げてください。いいですか。周りにフレンズがいると思われるところまで、逃げ続けてくださいね」
「わかりました」
タヌキのお腹に手を回して、ハクトウワシの姿のダンザブロウダヌキは空へと飛び立ちました。
セルリアンが、二人のすぐ後ろまで差し迫っていました。
次回「やまとせるりあん! にー!」