【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
医務室へと戻ってきたアライさんたちの目に映るレミアは、数時間前とさほど変わりません。
少し短い呼吸、うっすらとかいた汗、寝返りなど打ちそうもないほどに脱力した肢体。
状態を見て〝元気そう〟などとは誰も思いませんが、変化のない様子に一同は少し安心しました。
アライさんが、額のタオルを冷たいものに変えて、布団をかけ直します。今できることはもうこれくらいしかありません。
「とりあえず、時間を置くしかないのだ?」
「そうだねー。様子を見つつ、看病していくしかないよねー」
アライさんとフェネックが見合わせている横で、サーバルが、
「でも、レミアさんお腹空いてるんじゃないかな? お昼ご飯食べてないよね?」
首を傾げます。その様子を見ていたカバンさんが、レミアを起こさないように小声で呟きます。
「今は寝てるから、無理に起こさない方がいいと思うな。もし何日も起きなかったら、またキョウシュウでした時みたいにジャパリまんをふやかして食べさせてあげよう」
カバンさんの言葉にみんなが頷きます。とりあえず今は寝かせてあげる。それが一番です。
「それじゃあ、遊びに行くのだ! 遊戯室へ集合なのだ!」
声は抑え気味に、でも興奮は抑えられない様子で、アライさんが拳を振り上げます。
アライさんとサーバルがまず部屋を出て、その後を追うようにイエイヌ、カバンさん、最後にフェネックが部屋を後にしました。
部屋を出る時、
「…………」
フェネックが一度振り返ってレミアを見ました。
何か、レミアの中で何かが変わっているような気配を察知して。
それは音でも匂いでもない、言うなればただの野生の勘でしかありませんでしたが。
「…………気のせい、かなー」
小さく呟いてから、フェネックはみんなを追うのでした。
◯
アライさんたちが遊戯室にて思い思いに遊び始めている一方で、ここ研究室ではキュルルとセッキーが真面目に研究を進めていました。
『これは? 今は何をしているの?』
「これはサンドスターとセルリウムの反応を比較しているんだ。サンドスターとセルリウムを特定の物質に同時にかけた場合、どちらが反応するのか、という実験だね」
そう言うとキュルルは鉄片が入っている試験管の中に、セルリウムを落とします。すぐさまサンドスターの粉をさじですくって振りかけます。
隣の試験管では逆の順番で、まずサンドスターから、次にセルリウムをかけていきます。
「ちなみに今までの実験ではどちらにも変化がなかったんだ」
『え、そうなの? 反応しないってこと?』
「そういうこと。まぁ、見てて」
二つ並んだ試験管。
その中身に降りかかったサンドスターとセルリウムは、試験管の中でなにやらモゾモゾと動き出し、まるで何か形を形成しようとしているようにも見えます。
しばらくすると、
『…………』
「…………まぁ、こんなかんじ」
何も起きなくなりました。虹色に輝いていたサンドスターの粉は、まるで灰のように色を無くした粉になり、黒くドロドロとしたセルリウムは、ドロドロとしたままで何の変化もありません。
もちろん中に入っている鉄片にも特に変化はありません。
「セルリウムがセルリアンを生み出そうとする作用を持っているとしたら、サンドスターはそれを阻害する作用を持っているのかもしれない。だから鉄片はセルリアンになることがないんだ」
『これ、鉄片以外でも実験をしているの?』
「あぁ。無機物はね。有機物…………というか、動物ではまだ実験できてないよ」
苦笑いをするキュルルに、セッキーもそりゃそうだという表情を送ります。
そうやすやすと動物を実験に使うわけにはいきません。まして動物が人の姿になるここジャパリパークで、動物を使った実験は倫理的にも精神的にも行えるものではありません。
「ただねぇ、昔はそうではなかったみたい」
押し殺したような声でキュルルは口を開きました。
『うん?』
「ビーストのことだよ。彼女はね、おそらく人為的に作られているんだ」
『そうなの?』
「サンドスター・ローをフレンズに投与するという実験が行われていたんじゃないかなとボクは思う。その結果生まれたのがビースト、と言うことかなと」
『それは…………ひどい話だね』
「ボクを含めて、人ってのは知りたがりだからね。知るために何を犠牲にするか考えながら、そして犠牲を出しながら物事を解明していくと思うんだ。結果、悲惨なものが生まれてしまってもそれに見合った成果が得られれば良しとする。辛い生き物だよ」
肩を落とすキュルルに、セッキーはなんと声をかければいいか一瞬迷いました。
迷って、それから、
『キュルルは犠牲の種類を選んでくれているんでしょ? だから動物やフレンズを実験台に選ばない』
「まぁ、そうだね」
『立派だよ。立派な道徳を持っている。そしてその道徳の範囲内で知識欲を満たしている。君はなにも恥じることはないよ』
「そうかな…………いや、ありがとう。そう言われると嬉しいよ」
少しだけ、口の端に笑みを浮かべたキュルルは、使用した後の試験管を片づけ始めました。
「このあとはまだまだ、こんな感じでセルリウムとサンドスターの反応を調べる実験を繰り返すんだけど、見ていくかい?」
『見させてもらうよ。よく見ておきたいんだ。元パークガイドロボットとしてね』
「そうだったね。なんだか忘れてしまいそうになるよ。君自身も相当奇跡的な存在なんだけどね」
『無機物に反応したサンドスター、ってね。もしかすると従来の研究が間違っていて、ボクは正真正銘のフレンズだったりして』
「可能性はあるよ。セルリアンと会話できるフレンズということになる。そういう存在がいてもボクは不思議には思わないな」
『ボクを解剖して徹底的に調べてみる?』
「しないよ。しないしない」
くっくっくっと笑うセッキーに、遠慮がちに苦笑いで返すキュルルです。試験管はきれいになりました。
「さて、次の実験に行こうかね」
『手伝うよ、何がいる?』
「そこの箱を取ってもらえるかな。あぁ、それそれ」
◯
キュルルとセッキーが実験を繰り返している一方で、遊戯室ではアライさんたちがそれぞれ自由に遊んでいました。
アライさんとイエイヌはダーツを。
フェネックとサーバルとカバンさんはビリヤード台を囲んでいます。
「これ、なんか持ち方がしっくりこないのだ」
「教授はこの持ち方が本当は正しいって言ってたんです。私は持ちにくいから別の持ち方をしてるんですけどね」
アライさんの手には、指先で摘むようにダーツの矢が持たれています。
ですがどうやらその持ち方で投げるのはアライさんには難しいらしく、違う持ち方がいいとのことでした。
「アライさんはこう、指を4本立てて、親指でこれを挟んだ方がいいと思うのだ」
「そうですか? こんな感じ?」
「そうなのだ。ちょっと投げてみるのだ」
アライさんがダーツの矢を持った手を振りかぶって、そして思いっきり振り下ろします。
音もなく飛び立った矢は、
「お!」
「おお! やりますね!」
ダーツの中央付近に刺さりました。
「やっぱりこの持ち方がいいのだ! アライさんはこれで投げるのだ!」
「この短時間で自分の持ち方、投げ方を見つけ出せるとは、なかなかのセンスですよ! すごいです!」
「えっへん、なのだ!」
「さっそく勝負してみましょう」
「負けないのだ!」
お互いに矢を持って、イエイヌとアライさんはダーツで勝負となりました。
隣の台にいるフェネックたちは、カバンさんがビリヤードの説明書を見ながらルールを解説しているようです。
「ボールを手で触っちゃダメで、触れていいのは棒だけ。この棒でこの白いボールを打って、他の球を隅っこの穴に入れていく、らしいですよ」
へー、という顔をしながらフェネックとサーバルは手元に長い棒を握ります。
「この棒を使うってことだねー?」
「なんだか難しそう」
「ルールは他にもあって、この、ナインボールというルールでは9番と書かれたボールが穴に落ちたら、落とした人が勝ち、みたいです」
カバンさんが台の上のボールを一つ手に取ります。数字は9と書かれています。
「その模様のボールを穴に落とせばいいんだね!」
「あれ、でもだったらそのボールだけ狙って落とせばいいよねー? 簡単じゃないー?」
「えっと…………あ、ここですね。どうやら白い球を台にある一番小さい数字の球に当てないとダメみたいです」
たとえば……と、カバンさんが数字の書かれたボールを台に適当に並べます。
「まずはこの1番のボールに当てないとダメで、このボールに当ててから9番が穴に落ちるのはいいみたいです。1番が穴に落ちたら次は2番に当てていく、って感じですね」
「なるほどねー。なかなか難しそうだねー」
「やってみたい! カバンちゃん早速やろうよ!」
「棒が二本しかないので、代わりばんこでやりましょう。じゃあ、最初は誰からいきます?」
「私やりたい!」
「いいよー」
いの一番に手を上げたサーバルが最初のショットを行うようです。説明書に書いてあるように、ボールを台の上にまとめて並べます。
サーバルは白い球を近くに寄せて、「こんな感じかな?」と棒を両手で持って先端をボールに向けます。それから、
「えい!」
白い球を勢いよくど突きました。
持ち方も打ち方もめちゃくちゃですが、誰も正しい形なんて知らないので止める人はいません。白い球は台に並べられている球に当たって、台の上の球が縦横無尽に散らばります。
説明書によるとこの時に球が四個以上壁に当たらなかったらやり直しみたいなことが書かれていましたが、そんなことをしていたらゲームが始まらないとカバンさんは思ったのでスルーしました。
フェネックが、カバンさんの顔を覗き込みます。
「これ、どういう条件で打つのを交代するのー?」
「えっと、色々あるみたいなんですけど、難しいので代わりばんこに打つ、というのでどうでしょう?」
「いいねー」
「いいよいいよ! 次は誰が打つ?」
「カバンさんいきなよー」
「え、あ、はい。じゃあボクが打ちます」
カバンさんも右手に棒を持ち、左手は棒にそっと添えます。説明書に書かれていた絵を参考にしたフォームです。おおよそ正解の形でした。
「よっと!」
白い球、手球に棒がカツンと当たり、カバンさんの狙い通り1番のボールに手球が当たります。
当たった手玉は吸い込まれるようにして穴の中に入っていきました。
「おおーカバンさんすごいねー」
「カバンちゃんすごい! 球が穴に入ったよ! すごいすごい!」
フェネックもサーバルも手を叩いて称賛しました。1番が入っただけなのでポイントにはなっていませんが、綺麗に吸い込まれるようにして球が穴に入っていく様は気持ちのいいものでした。
「偶然だよ、偶然。じゃあ、次はフェネックさんかな」
「はいよー。2番を狙えばいいんだね」
「そうですね」
手球と2番のボールをよくみて、どの角度から打とうかと計算したフェネックは、カバンさんと同じように棒を右手に、左手はそっと添えるだけのフォームを作って、
「よっとー」
手球をそれなりの強い力で打ちました。
カツンカツン! と小気味良い音を立てて、手球は2番のボールに当たります。当たった2番のボールはそのまま弾かれて9番のボールに当たりました。
しかし、当たっただけで2番は穴に入ることなく、9番も穴の少し手前で止まります。惜しいところでした。もう少し2番に勢いがあれば、9番は穴の中に入っているところでした。
「まぁーこんな感じだよねー。難しいねーこれー」
照れ笑いを浮かべるフェネックにカバンさんもサーバルも拍手を送ります。もう少しで9番が入るところでしたから、なかなかいいショットでした。
「じゃあ! 次は私だね! 負けないぞー!!」
元気よくサーバルが棒を振り回して、手球の近くまで移動しました。
そんな調子で数時間。
アライさんとイエイヌのダーツ勝負は途中から数字を引くのが難しいということになり、急遽ルール変更でどっちが中央近くに投げれるか勝負になりました。ちなみに勝ったのはイエイヌでした。
カバンさん、サーバル、フェネックのビリヤード勝負はこれまた長いこと続きましたが、コツを掴んだフェネックとカバンさんが接戦。最終的にはフェネックが9番を穴に放り込んでフェネックの勝ちとなりました。
初めて遊んだゲームでしたが、みんなそれぞれ、満喫できた様子です。
イエイヌは時計を見て、
「そろそろ晩御飯の用意と、お風呂を入れてきますね! 皆さんは食堂に集合していてください!」
そう言いながら遊戯室から出ようとしました。その後ろ姿にカバンさんが声をかけます。
「あの、キュルルさんとセッキーさんも呼んだ方がいいですよね?」
「あ、お願いします! たぶんまだ研究室にいると思うんで!」
「わかりました!」
パタパタと去っていくイエイヌの背中を見送って、カバンさんたちも遊戯室を後にします。
「キュルルさんたちはボクが呼んできます。サーバルちゃんとフェネックさんは食堂に行っててください」
「はいよー」
「頼んだよ! カバンちゃん!」
サーバルとフェネックは食堂へ、カバンさんは二階へと足を運びました。
程なくしてガラス張りの研究室へと辿り着いたカバンさんは、キュルルとセッキーの姿を探します。
「あれ?」
昼過ぎにいた場所に、キュルルとセッキーの姿はありませんでした。
「どこに行ったんでしょうか……?」
辺りをキョロキョロと見回します。勝手に入っていいものか躊躇しましたが、カバンさんはとりあえず研究室内に入らないと見つけられないだろうと思い、研究室の中へと足を踏み入れました。
独特のひんやりとした空気感を肌で感じながら、二人を探します。
「キュルルさーん! セッキーさーん! どこですかー!」
少し大きめの声で呼びかけます。そうするとすぐに、
『こっちだよー!』
セッキーの声が聞こえてきました。どうやら研究室の奥の個室にいるようです。
カバンさんは小走りで個室の前に立ち、ドアを開けました。
二畳ほどの小さな部屋です。部屋の中にはキュルルとセッキーが、なにやら大きな機械を前にして座っていました。
機械には小さなモニターとたくさんのボタン、そしてダイヤルがついています。
キュルルが、機械に線で繋がれた黒くて四角い箱を持っています。大きさは手のひら台。まるでマイクのようです。
「もう一度聞くけど、救援が必要なんだね?」
キュルルがマイクに向かって話しかけます。
少し遅れて、ノイズ混じりに機械に取り付けてあるスピーカーから声が聞こえました。
『ええ、必要ですね。四方八方全部セルリアンです。鳥のフレンズに化けて脱出しましたが、このままでは山周辺はセルリアンの被害に飲まれてしまいます』
落ち着いた声でしたが、どこか焦燥感を感じさせる声でもありました。
キュルルが持っていたマイクを今度はセッキーが手にとってスイッチを入れます。
『ボクはセッキー。詳しいことは省くけど、黒色以外のセルリアンを操れるんだ。そこにいるのは何色のセルリアンなの?』
『いろんな色がいるわ。でも黒はいないみたい。セルリアンを操れるって本当なの?』
『本当だよ。君の力になれると思う』
そこまで話すとセッキーはキュルルにマイクを渡しました。
「話した通りだよ。セッキーさんはセルリアンを操れる。ダンザブロウさんの元へ派遣して、事態の収束に動いてもらおうと思う」
『急いだ方がいいです。この数は尋常ではありません。被害が出る前に、なるべく早く派遣してください』
「明日の朝には出発するよ。場所は山の麓だね?」
『そうです。山の麓、東側の森の中です。私はこのままセルリアンの監視を続けます』
「危なくなったら逃げてくださいね。ご武運を」
そうして、通信は遮断されました。
カバンさんは黙って見ていることしかできませんでしたが、通信の一部始終を聞いただけで、何が起きているのか把握できました。
セッキーはバツの悪そうな顔で肩をすくめながら、
『詳しいことはみんなの前で話すけど、ちょっと厄介ごとになっちゃったみたい。ボクの力が必要だから、人助け、じゃないか。フレンズ助けしてくるよ』
カバンさんは心配そうな目でセッキーを見ましたが、もう決まったことのようです。
そうであれば、何か手助けできることはないか。
自分にできることはないか。
カバンさんは頭を切り替えました。
キュルルが立ち上がります。
「とりあえず、みんな食堂に集まっているんだよね? 何が起きているのかの説明と、これからどうするのかを話していくとしよう」
◯
食堂に集まった一同は、キュルルとセッキーから大事な話があることを伝えられましたが、
「とりあえずご飯を作って、食べながらというのはどうです?」
というイエイヌの提案でそうすることになりました。
晩御飯は簡単なもの、野菜のスープに決まりました。
食材を洗って、切って、煮込んで、味を整えていきます。
程なくして全員分の野菜スープが完成しました。塩と胡椒で味付けされたとてもシンプルな一品です。
「簡単なものしかできないけど、とりあえず食べて話を聞いてほしい」
キュルルの言葉に全員が頷いて席に座ります。挨拶をして、一口、二口とスープを飲んで、
「美味しいですよ」
「美味しいのだ」
「落ち着く味だねー」
「こういう料理もいいね!」
『野菜の旨味が出てるよ』
バス組の好評を受けました。メインで味付けをしていたキュルルがちょっと嬉しそうに照れ笑いをしてから、一度咳払い。
事の次第を話し始めました。
無線機に連絡が来たのは夕方ごろ。
フィールドワークに行く時には、研究所と連絡ができるように無線機を持ち出す決まりにしているそうです。
今回はダンザブロウダヌキだけなので、彼女が無線機を持ってサンドスターの吹き出している山へ向かったのでした。
何事もなければ特に連絡は寄越さず、そのまま帰ってくる決まりになっているのですが、今日の夕方、緊急無線が入りました。
内容は救援。何が起きているのかというと、山の麓にセルリアンが大量発生しているとのことでした。
ダンザブロウダヌキ自身は他のフレンズや物に化けることを特技としていて、鳥のフレンズに化けてその場からは離脱できたようですが、このままではセルリアンによる被害が出てしまうとのこと。
急遽、研究所からセルリアンハンターに連絡をして、事態の収束に向かってほしいという連絡でした。
『で、そういうことならボクがセルリアンの元へ行って説得して、無力化すればいいってことになったんだ』
セッキーが神妙な面持ちで口を開きます。
『しばらくここを離れることになるけど、こういうことになった以上どうにかできるのはボクしかいないと思う。フレンズ助けってのもあるけど、ダンザブロウダヌキがいなくなっちゃうと神様のフレンズへの手がかりを失うことにもなるから、助けに行かないといけない』
セッキーの言葉に、みんなが頷きます。
アライさんも手に持っていたスプーンを力強く握りしめながら、
「そういうことならアライさんもついていくのだ! セッキー一人じゃ何かと大変だと思うから、アライさんもお手伝いするのだ!」
その言葉に、キュルルとイエイヌがちょっと驚きました。
イエイヌは、
「げ、現地はセルリアンだらけなんですよ? 危ないですよ?」
「心配無用なのだ! 昔からセルリアンにはよく囲まれているのだ! ちゃんと逃げ切れるし、セッキーのサポートもできると思うのだ! ついていくのだ!」
「あの、実はボクも……」
アライさんが胸を張る横で、カバンさんもおずおずと手を上げます。
「ボクも、セッキーさんと一緒に行こうと思います。何より、歩くよりバスで行った方が早く着くし、バスを運転できるのはボクとこの、ラッキーさんだけです。ラッキーさん、行けますよね?」
手首を差し出したカバンさんに、答えるようにバンドの基幹部品が光ります。
『まかせて。現地までしっかり移動できるよ』
喋り出したボスに、イエイヌとキュルルは今度こそガタリと椅子を揺らして驚きました。
「それ、喋れたんですか! というか、ボスだったんですか?」
「すごいね。ラッキービーストって、その状態でも機能するんだ……」
「紹介が遅れてすみません。キョウシュウにいた時からずっと一緒に旅をしてきたラッキービーストのラッキーさんです」
後ろ頭をかきながら少し困り顔で、カバンさんがボスの紹介をしました。
話が戻ります。
山へ行くセッキーについてくるのは、アライさんとカバンさんが名乗りを上げましたが、
「カバンちゃんが行くなら私も行くよ! 戦いなら任せて! 小さいセルリアンだったら一撃なんだから!」
「アライさんが行くなら私も行くよー。心配だしねー」
サーバルとフェネックも参戦するようです。
全員が山へ行くという意見に、キュルルとイエイヌは本当に大丈夫なのかと不安げな表情です。
「みなさん、本当に行くんですか? 危険ですよ?」
「大丈夫なのだ! セルリアンに囲まれるのも、追いかけられるのも、退治するのも仲間にするのも慣れっこなのだ! まかせろなのだ!」
「…………わかった。みんながそう言うなら、ボク達ももう止めないよ」
キュルルは半分諦めたように、もう半分は期待を込めた目で、言葉をつづけました。
「ここからダンザブロウさんの言っていた山の東の麓までは歩きで二日。車なら半日程度で行けると思う。明日の朝、早朝に出発するとして現地に到着するのは昼ごろ。セルリアンに対して何らかの働きかけをするなら、日が登っているうちにやった方がいい」
『どれくらいの量がいるのかにもよるけど、仲間にしていけれたら芋づる式に伝播できると思うから、順調にいけば日が落ちる前には片付くよ』
「そうなることを祈ろう。ヘリのセルリアンも、ビーストも、まだ何の手も打てていない状況にある。もし彼らに遭遇した場合——」
『逃げる、しかないと思う。戦力的にも厳しすぎるから。祈るしかないね』
綱渡りの作戦です。もしビーストやヘリのセルリアンが出た場合はかなり厄介です。
ですがやるしかありません。ダンザブロウダヌキを救出するという意味でも、パークを、ゴコクを守るという意味でもやるしかありません。
「それじゃあ、明日の朝だね。それまでみんなゆっくり休んで」
キュルルの言葉に、全員が深く頷きました。
◯
翌朝。
太陽が東の空に顔を出し始め、世界をこれから照らし出そうとする時間帯です。
「出発の前にレミアさんの様子を見てくるのだ!」
「あ、ボクもいきます」
「みんなで行こうよ!」
「はいよー」
『そうしよう』
山へ向かう前に、レミアの様子を確かめておくことになりました。
不在の間、イエイヌとキュルルに看病してもらう手筈になっています。
医務室へと向かい、ドアに手をかけ、ガチャリと開けたその先に。
「………………え?」
ベッドの上には、誰もいませんでした。
捲られたシーツだけがそこに置かれています。レミアが寝ていた形跡だけが残されていて、肝心のレミアの姿がどこにもありません。
部屋の中のどこかに隠れているわけでもありません。
レミアの、かすかな香りだけが、医務室に残されていました。
次回「やまとせるりあん! いちー!」