【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
じりじりと照り付ける太陽が、ほどほどに伸びた草の大地を申し分なく焼いています。
うだるようにカゲロウが立ち上り、こんなにも熱くなるのは珍しいばかりに。
ここサバンナ地方は近日まれにみる猛暑日となっていました。
レミア、フェネック、アライさんの三人は草の上ではなく、歩きやすい土の踏み固められた道をゆっくりと進んでいます。
というよりはアライさんが元気のない様子でとぼとぼと歩いているので、一行の歩く速度がゆっくりになっているのでした。
「あづい……のだー、フェネックぅ……もう休みたいのだー」
「もう少し先に木陰があるからさー、そこまでがんばろー」
「うえぇー…………」
「もう少しだわアライさん。がんばって」
「うぅぅー……あついー……サバンナって……もうちょっと涼しいんじゃぁー……ぅぅ」
暑さにやられてアライさんが情けなく声を上げている後ろを、てくてくとフェネック、レミアが付いて行きます。
「アライグマって暑さに弱いのかしら?」
「そだねー。アライさんは普段涼しい地方に居るからさー」
「フェネックちゃんは大丈夫なのかしら」
「私はーほらー」
頭の上の大きな耳を指さしてぴくぴくと動かします。
「この耳は熱を逃がすのさー。砂漠もサバンナもへっちゃらー」
「あたしうらやましいわ」
「でもレミアさんもへーきそうだねー? 汗かいてるから、体の熱いのを逃がすー?」
「言われてみれば、汗かいてるわね」
「アライさんよりはあついのへーき?」
「えぇ、まぁ、これくらいなら大丈夫ね」
「ふたりともずるいのだー……」
「ずるじゃないもーん」
「ずるじゃないわね」
うえぇぇー……、とヘロヘロになりながらアライさんは頑張って歩きました。
今日のサバンナはちょっと暑いです。暑いのが苦手なフレンズにとってはあまり過ごしやすい気候ではないようです。
昨晩のセルリアンとの戦いから一夜明けた今、三人はカバとお別れしてアライさんが追っている〝ぼうしを被った動物〟を探していました。
においをたどって追っているのですが何やら薄くなってしまったらしく、「たぶんこっちなのだー……」と元気のない声でアライさんがふらふらと歩いている後ろを、フェネックとレミアはついて行く形になっています。
昨晩。セルリアンとの戦いの直後。
カバが目を覚ますまで、一行は一番近くにある木の根元で休むことにしました。
日が昇り始めてあたりがほんのり明るみになってきたころ、カバがゆっくりと目を覚まします。
アライさんはレミアの戦いっぷりに興奮が収まらないようで、一晩中はしゃぎまわっていたのにまだ元気があるのか、カバに昨日の出来事を最初から最後まで説明しようと意気込んでいました。
しかし鼻息だけが荒く要領を得ない話にカバは苦笑しつつ、やんわりと代わりの説明役をフェネックに頼みます。
「ほーい、じゃあー何があったか話すねー」
頬の涙の跡は誰にもわからないようにきれいに拭われていました。
いつもの気の抜けた様子で、柔らかな笑みを浮かべつつフェネックは説明します。
カバが疲労で倒れてしまったこと。
レミアが次々とセルリアンを倒したこと。
アライさんが一晩中うるさかったこと。
「最後のはなんなのだー!」
「だってー、アライさんバタバタ走ったりー、転げまわったりー、叫びながら飛び跳ねたりでー」
「べ、別にいつものことなのだー!」
「いつも以上にすごかったからさー」
「フェ、フェネックにはあのすごさがわからないのだー! あんなにたくさんのセルリアンを倒せるなんて、きっとレミアさんは戦いがものすごく得意なフレンズなのだ!」
「そうかもだけどー」
「あれ? わかるのか!? ほらそうだ! フェネックもわかるのだ!!」
「それでアライさんが奇声を上げながら木から飛び降りるのはー、私にはーわからないなー」
カバは終始、口元に笑みを浮かべていました。
昨夜あの時、おびただしい量のセルリアンが迫ってきていたというのに。
そして自分は気を失っていた。にもかかわらず、フェネックは
それをフェネックは自分の口からは言いませんでしたが、カバはアライさんの要領を得ないマシンガントークでなんとなくそのことがわかりました。
〝自分の身は自分で守る〟
ジャパリパークの掟は常にそうで、誰かを守るために自分を犠牲にするなんて本来ないはずの話です。
ふと、カバは帽子をかぶったあの不思議なフレンズのことを思い出していました。
ゲート付近でセルリアンに襲われていたあの子を、自分がどうしたか。
〝自分の力で生きる事〟
〝サーバル任せにしちゃだめよ〟
〝助けるのは今回だけよ〟
〝変わった子ね、でも――――サーバルを助けようとしたのね〟
次々と思い出す自分の放った言葉に、カバはふっと自嘲気味に微笑みました。
――――掟は、自分もしっかり破っています。
でも不思議と心が温かくなるのを、カバは胸に手を当てながら感じていました。
これでいいんだ、と思いました。
○
からからと照り付ける太陽のもと。
目的地の木陰にたどり着いた三人は、各々で休憩を取り始めました。
生い茂った木の葉が三人を、遠慮のない日光から守ってくれます。
「〝戦いの得意なフレンズ〟……?」
「そーそー」
アライさんがびろーんと伸びきっている横で、フェネックとレミアは木に背を預けたままそんな会話を始めました。
「フレンズによってさー、得意なこととか、苦手なことがあるんだー」
「フェネックちゃんは何が得意なのかしら?」
「私はほらー、音を聞くのが得意かなー。あとは動物だったころの名残でー、外敵が居たらなんかすぐにわかるんだよねぇ」
「それ、すごい能力じゃないかしら」
「もともと敵が多かったからさー。相手より先に察知しないとー生き残れなかったんだー」
「……もしかして、今も襲われたりとかするの?」
「ううん、フレンズたちはそんなことしないよ。たまーにイライラしている子に八つ当たりで噛みつかれることがあるくらいさー」
「八つ当たりで噛みつかれる」
「かぷーってね。ほらー、私体が小さいから噛みつかれやすいのさー」
そんなに小さいかしら、とレミアは思いましたが口には出しませんでした。
「それで、あたしは〝戦いの得意なフレンズ〟ってわけ?」
「たぶんねー。昨日のアレは本当にすごかったからー。それ、ちょっとだけ持ってみてもいーい?」
「ええ、いいわよ」
レミアは傍らに置いていたライフルをフェネックに渡しました。
安全装置がしっかりとかかっていることを確認してから手渡します。
「えー……と、どうやって持つの?」
「ここのところを右手で持って、こっちを左手で支えて」
「こう?」
「えぇそうよ、それから肩にこの部分を当てて安定させて、ここの部分を右手の人差し指で引くと、弾が出るのよ」
「はえー」
ぎこちない手つきでライフルを構えたフェネックは、感心したのか間抜けた声でそういうと、ありがとーと言いながらレミアに返しました。
ライフルから手を放すとき、フェネックは昨晩のレミアの目を思い出していました。
(あの目は怖かったなー……)
冷徹で無慈悲で無感情で、ただただ〝狩る〟事のみに全神経を集中させた獣の目。
動物時代のフェネックを襲っていたハイエナやガゼルやワシといった、いわゆる捕食者たちの目と同じものをレミアから感じていました。
木にもたれ掛かってから、おもわずそっと両手でおなかのあたりを抱え込みます。
(レミアさんのことを怖いって思ったけど……でも、今は、ぜんぜんちがうよね。この人は私の仲間なんだよねー)
ちらっと、隣に座っているレミアを見ます。レミアはサバンナの遠くの景色をぼーっと眺めていました。
(…………仲間、かー)
青々と茂った木の葉が作り出す涼しげな木陰。
木の幹に背中を預けながら上を仰ぎ見たフェネックは、自分がフレンズでよかったと、心から微笑みました。
○
「アライさーん、そろそろいこー」
「ごめんフェネック……もう歩けないのだー……」
「昨日あんなにはしゃぐからだよー」
「うー……すまないのだー」
アライさんが完全にダウンしました。
あれから二つの木陰を経由して休憩も挟みましたが、ついに三本目へ来た時にへたり込んでしまいました。太陽は一番高いところに登っています。
アライさんはお腹を地面につけたまま、べろーんと伸びきってしまいました。
「どうしよーレミアさーん」
困った顔でレミアのほうを向いてみると、レミアは何やら顎に手を当てて考え込んでいましたが、ふと顔を上げてアライさんの方へ向き直ります。
「レミアさん?」
「…………そうね、フェネックちゃん、これ持っててくれるかしら」
そう言うとレミアは肩からライフルを下ろして、フェネックの身体にかけました。
スリングベルトを肩から斜めに下げてから、ライフル本体は背中へ回すようにしてあげます。
「へぇー、こうやって運んでたんだー」
「重くない? 大丈夫かしら」
「これくらいなら持てるけどー、なにするの?」
「アライさんを背負っていくわ」
「?」
フェネックはレミアが何を言っているのかよくわからず首をかしげます。
直後、レミアはべろべろに伸びきったアライさんを「よっ」という一声で軽々と持ち上げ、背負ってしまいました。
フェネックが大きく目を見開きます。
「おぉーすごいー」
「?」
何で驚いているのかレミアはわかりませんでしたが、そのまま、すぐ横にあるアライさんの顔にささやきます。
「これで大丈夫かしら。しんどくない?」
「ありがとなのだー、すごくラクチンなのだー」
「道案内できる?」
「もうにおいがほとんど残ってないけど、たぶんこっちの方向へ行けばいいのだー」
アライさんの指さした方向には、ジャングル地方へと続くゲートがありました。
アライさんがアライさんしてる瞬間って本当に可愛いですよね。
次回「ぼす!」