【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第十話 「けんきゅうじょ! さんー!」

「いやー美味しかったのだ! 今度はレミアさんにも食べさせてあげたいのだ!」

「体が回復したら教授と一緒にまた作りましょう」

 

研究所の静かな廊下を、アライさんとイエイヌの声がこだましました。

教授ことキュルルは、研究があるので席を外しており、廊下を歩くのは旅の五人と所長ことイエイヌです。

イエイヌが先頭に立って、研究所の案内をしているところです。

 

「着きました。ここが大浴場、いわゆる〝お風呂〟です!」

 

ついたのは研究所一階の隅にある大きな浴場と、その脱衣所です。

ここも十分に手入れされており、人が使っていた痕跡の残る場所でした。

 

「今はまだお湯を張っていませんが、今晩は湯船にお湯を張ろうと思います!」

『いつもは張ってないってこと?』

「ええ。シャワーだけで済ませています」

 

脱衣所を抜けて浴場のドアをカラカラと開けます。

そこに広がっていたのは大きな洗い場と大きな浴槽でした。

かなり広いです。テニスコート一面分よりもう少し大きいくらいの広さです。

カバンさんが感嘆の声を上げました。

 

「広いですね! キョウシュウでも温泉に入ったことがあるんですが、ここはそれより広いです!」

「へえ! キョウシュウには温泉があるんですか! ここは残念ながら沸かしたお湯なのですが、広さだけはきっと負けてないかなと思いますよ!」

 

確かにその通りだと一行は首を縦に振ります。

サーバルは胸の前に拳を握りながら、うずうずとした様子で、

 

「今日の夜に入るんだよね?」

「そうしようかなと。楽しみにしていてください!」

「わーい! 温泉…………じゃないんだよね? なんて言うのかな?」

「お風呂、ですね」

「お風呂! お風呂楽しみー!」

 

両手を上げて喜んでいるのをみんなでうんうんと頷いたのち、大浴場を後にしました。

 

「あれ? こっちの部屋はなんですか?」

 

大浴場から出てすぐ右手には部屋があるようです。カバンさんとセッキーが部屋の中を覗き込んで、

 

『ここは……』

「あ、もしかしてここ、遊ぶ場所…………? ですかね?」

「その通りです! ここは遊戯室。あるいは休憩室です」

 

部屋の中には卓球台、ビリヤード、ダーツ、マッサージ機などが置かれていました。

 

「すごいのだ! どうやって使うのか全然わからないのだ!」

「研究所を一周したらここで遊んでみましょうか! 楽しいですよ!」

「やったのだー! アライさん楽しみなのだ! 特にこれ! このシマシマのはなんなのだ?」

「それは〝ダーツ〟ですね。ここにある矢を持って、こうやって————」

 

イエイヌはダーツの的の下の小物入れから矢を一本取り出して、少し後退りして的から距離を取りました。

そうして逆手に握っていた矢を振りかぶると、

 

「てや!」

 

思いっきりぶん投げました。矢は高速で飛んでいき、的の端の方に突き刺さりました。

セッキーが『おおー』と呟きながら手を叩きます。

 

「こうやって、矢を投げて的に刺すゲームなんです。教授が調べたところによると、矢の刺さったところの数字の分だけ持ち点を小さくしていって、先にゼロになった方が勝ちらしいです」

「む、難しそうなのだ……でもやってみたいのだ!」

「後でやってみましょう! 投げるのはもうなんというか、とても練習しないとダメですからね。私も相当練習して投げれるようになりましたから」

 

はにかみながらイエイヌは、的に刺さったダーツの矢を抜いて、元あった場所に戻します。

 

「あっちの緑の台は何? あれも遊ぶ道具なの?」

 

サーバルがビリヤード台を指差します。

 

「あれは〝ビリヤード〟といって、棒で玉をついて遊ぶ道具です。玉も棒もあるので、後であれも遊んでみましょう!」

「と言うことはー、こっちにある青い台も何か遊ぶ道具なんだねー?」

 

フェネックの問いに、イエイヌは首を縦に振りながら、

 

「そうです。そちらのは〝卓球〟という、平たい板で球を打って遊ぶ道具です。そちらのも道具はあるので後でやってみましょう!」

 

人がいなくなって久しいですが、どうやら遊び道具は万全の状態で揃っているようです。研究所の他の場所を見終わったら、ここでしばらく遊べるようです。

 

サーバルもアライさんも早く遊びたくてうずうずしている様子で、

 

「じゃあさ! イエイヌ! 早く研究所のほかのところ回って、遊びにこよう!」

「なんならアライさん今から遊んでも全然いいのだ!」

「いちおう教授が言う通り研究所は一通り案内したいので、遊ぶのはその後にしましょう。大丈夫、あとは二階の研究施設と居住区だけですから」

 

はやる気持ちの二人を宥めながら、イエイヌは先を急いだのでした。

 

 

「ここが居住区になります。みなさんには滞在の間、ここで寝泊まりしてもらうことになりますね」

 

イエイヌが案内したのは大きなロビーの奥、部屋がいくつかに分かれている場所でした。

一つの部屋にはベットが二個。つまり一部屋に二人が寝泊まりするという構造です。

 

「部屋は自由に使ってください。一人一つでもいいですし、ベッドのある通り一部屋に二人まで入れますから」

「カバンちゃん! 一緒の部屋にしよう!」

「そうだねサーバルちゃん」

「アライさんはフェネックと一緒がいいのだ!」

「はいよー。あ、でもセッキーは……」

『ボクは一人でもいいかな。レミアが回復したらレミアと寝るよ』

「わかったのだ!」

 

部屋割りはすぐに決まりました。

とりあえずカバンさんの荷物を部屋に置いて、研究所案内も残すところ研究室だけになりました。

 

長い廊下を歩いていく途中で、セッキーが思い出したようにイエイヌに質問します。

 

『さっき聞きそびれちゃったんだけどさ』

「どうしました?」

『レミアの旅の目的の〝神様のフレンズを探す〟ってあるじゃない?』

「あぁ、言ってましたね」

『あれね、実は今のところ情報がなくってさ。本当にいるのかどうかも怪しくなってて。イエイヌかキュルルは何か知らない?』

 

セッキーの問いにイエイヌは口元に人差し指を当てて、何かを思い出すように思案します。

 

「そうですねぇ…………神様のフレンズと言われても私は知らないですね…………あ、もしかしたら」

『?』

「ダンザブロウダヌキさんなら何か知ってるかもしれないですね」

『ダンザブロウダヌキ?』

「そうです。あのフレンズならもしかすると、です」

『その、ダンザブロウダヌキってフレンズはどういうフレンズなの?』

「ここで一緒に研究をしているフレンズですよ。とは言ってもあのフレンズは結構独自に動いてて、今も山の方にフィールドワークをしに出かけているんです。私たちと協力して研究を進めることもありますけど、大抵は別々に行動しているんです」

『へぇー。でも、なんで神様のフレンズのことを知ってそうなの?』

「ダンザブロウさんは妖怪のフレンズなんですよ。化け狸って言ってたかな? だから普通のフレンズとはちょっと雰囲気が違ってて」

『化け狸、妖怪のフレンズか! それならもしかすると』

「ええ、神様のフレンズのことも聞き及んでいるかもしれません。あと二、三日したら帰ってくるって言ってたので、戻ったら聞いてみましょう!」

『ありがとう、イエイヌ! 進展があって助かったよ』

 

ここまでの旅で誰に聞いても全く知らないという回答ばかりだったレミアの旅に、一筋の光が見えてきました。

神様のフレンズ。それを知っているかもしれない妖怪のフレンズとなれば、期待は大きいです。

 

二、三日したら帰ってくるということなので、気長に待とうとセッキーは内心でワクワクしながら廊下を歩くのでした。

 

程なくしてたどり着いたのは壁面がガラス張りの一角です。

ガラスの内側はさも研究室といった感じで、書類やガラス器具、よくわからない機械類が散りばめられています。

 

キュルルの姿もありました。ガラス製のスポイトを試験管の中へ慎重に落としている様子です。

 

カバンさんは興味津々でガラスの向こうのキュルルの手元をのぞいています。

 

「ここで研究されているんですね」

「ええ、そうです。さっきもチラッと言いましたが、ここではセルリアンやフレンズ、サンドスターの研究をおこなっています。セルリウムを抽出したり、サンドスターを保存したりする研究がメインですね」

「さっき言われてたダンザブロウダヌキさんはなんの研究をしているんですか?」

「ヒト、の行方や痕跡にまつわる研究をしているそうですよ。とはいえなかなか進展していないみたいで」

「ヒトの行方ですか! それは…………ぜひお話を聞きたいですね」

「帰ってきたら聞いてみましょう! とは言っても、私たちは一応研究の成果を情報共有してて、先ほどお話しした人の行方についての話に行き着いちゃうんですけどね」

「パークの外、という話ですね」

「はい。なのでまぁ新しい話が聞けるかどうかは分かりませんけど、とにかくダンザブロウさんを待ちましょうかね」

 

肩をすくめてそう言うイエイヌに、カバンさんも頷きます。

ガラスの向こうではキュルルが真剣な表情で試験管の中身を移し替えていました。

廊下にいる一行のことは目には入っていないみたいです。それほど慎重に、集中しているということです。

 

セッキーはそんなキュルルの様子を見て、

 

『ねぇ、イエイヌ。この後時間があるんだったら、ボクはキュルルのそばで研究を見ててもいいかな?』

「あーどうでしょう。多分いいと思いますけど、ちょっと教授に聞いてみますね」

 

そういうとイエイヌは研究室の中に入っていきました。

キュルルの側まで来て二言三言話します。キュルルは廊下にいる一行に気がついたのか、こちらを見ると目を細めて手招きをしました。

 

どうやらそばにいてもいいようです。

 

戻ってきたイエイヌも、

 

「大丈夫みたいです。私は皆さんと遊びたいので、教授とセッキーさんの二人きりですけど問題ないですか?」

『全然問題ないよ。ちょっと元パークガイドロボットとして、知識を増やしておきたくてね』

「そう言うことなら是非、見学していってください」

『ありがとう、助かるよ』

 

微笑みながら言うセッキーに、イエイヌはハッとして「ちょっと待っててくださいね」と言い残すと廊下を走っていきました。

しばらくすると戻ってきたイエイヌの手には、綺麗な白衣が握られていました。

 

「毛皮が汚れるとあれなので、これ、余ってますから使ってください」

『白衣か。うん、そうだね。ありがとう。使わせてもらうよ』

 

セッキーは白衣を受け取ると、白いワンピースの上にはらりと羽織りました。サイズもぴったりなようです。

 

「セッキーなんだか似合うのだ! かっこいいのだ!」

「だねー。研究者って感じがするよ」

『やめてよ。ボクはただの見学だからね』

 

照れ笑いを浮かべながら、セッキーは研究室の方へと向かっていきました。

 

『それじゃあ、しばらく別行動だね』

「また晩御飯になったら呼びにきます! 時間はあるので、ゆっくり見学していってください」

『そうするよ、ありがとう』

 

そう言い残し、セッキーは研究室の中へと入っていきました。

 

「じゃ、我々は遊戯室で遊びましょうか!」

 

パチンと手を打つイエイヌに、アライさんとサーバルは待ってましたとばかりに拳を上げました。

その様子を後ろから見ていたフェネックが、カバンさんにそっと近づいて、

 

「セッキーに着いて行かなくて良かったのー?」

 

小声で囁きました。カバンさんはちょっと驚いてから、

 

「サーバルちゃんが遊びたいみたいだし、ボクはまた明日にでも見学しようかなって」

「まぁ、カバンさんがいいならそれでいいかなー」

「今日は遊ぶよ。ありがとうフェネックさん」

「いいよいいよー」

 

スキップで廊下を進んでいくアライさん、サーバルの後ろを、カバンさんとフェネックはお互いに顔を見合わせて微笑んでから、後を追っていくのでした。

 

「あ、そうなのだ」

 

唐突に、アライさんが立ち止まります。

 

「遊ぶ前に、レミアさんの様子が見たいのだ! ちょっと時間経つし、大丈夫かどうか一応確認したほうがいいのだ」

 

確かにその通りです。全員賛成して、遊戯室の前に医務室へと向かいました。

 

 

 

 

レミアは微睡の中にいました。

立っているのか、座っているのか、それとも寝ているのか。

本人にはもう、そのどれなのかわからないような意識の混濁具合でした。

ただ意識は混濁していても昏倒はしていません。

 

何か夢を見ているような。意識の狭間で現実と夢とを行き来しているような、そんな心地でした。

 

決して、居心地の良いものではありません。

泥沼の中を裸足で歩くような。進まないのに、進まなければいけないような。

気持ちの悪い夢でした。早く覚めれば良いのにと思う反面、どうやってもこの夢から抜け出せない、そういう感覚がレミアの体を支配しています。

 

(ここはどこ…………)

 

レミアは不思議な空間にいました。先ほどまでどこでもない、どことも説明のつかない場所にいたような気がしましたが、今はそれとは別の場所、なにか黒い空間に投げ出されていました。

 

夢でしょう。ここは夢の中。

そして自分は今、真っ黒な空間に立たされています。

 

何も見えないはずなのに、そこに自分がいることは認知できます。

まるで鳥のようになって、自分の姿を俯瞰しているような視点から、自分が真っ黒な空間に立っていることを認識しています。

あまりにも現実的ではないその光景に、だからこそ、これは夢だとレミアは断定できるのでした。

 

先ほどまでの泥沼の中を進む感覚は、今はもうありません。

代わりに、泥沼のような浅い場所に、両足を突っ込んで立っているような、そういう感覚がしています。

そして当の自分の姿は上空から俯瞰しているような、そういう見え方をしています。

 

ここはどこなのでしょうか。なんなのでしょうか。

これは夢で、夢としたらどういう夢なのでしょうか。

 

レミアには全く分かりません。早く覚めれば良いのに。そう思うばかりです。

 

不意に、レミアの前に何かが現れました。

黒い、丸い、大きい、一つ目の存在。

 

大きさはレミアと同じか少し大きいくらい。

丸くてブヨブヨしていて、中央には目のようなものがギョロリと動いています。

 

これまで何度となく屠ってきた、黒セルリアンです。

 

「なによ」

 

レミアはそう言葉を放ちました。

俯瞰した視点から放たれた自分の言葉は、まるで自分で発したわけではないような気がして、レミアは少し気持ち悪くなりました。

 

レミアの目の前にいる物体が、ゆっくりとレミアに近づきます。

レミアは動こうとします。もがき、足を上げようとしますが、ピクリとも体が動きません。

 

「なんなのよ」

 

再び口だけが動きます。その間にも黒セルリアンはレミアに近づき、肉薄し、そして。

 

ピタリと、レミアの眼の前で止まりました。

指一本分もない隙間を開けて、黒セルリアンはレミアの前に佇んでいます。

 

「なにを……しようとしているの」

 

レミアの声に力がこもらなくなります。

もう自分で発していると言う感覚も無くなってきました。

 

ただその様子を、上空から、俯瞰して、眺めるだけの存在になってしまいそうです。

 

黒セルリアンは、ゆっくりと進みました。

レミアの体に重なり、まるでレミアの中に入り込むように。レミアの中に姿を消していくように。

 

「やめ…………」

 

強烈な不快感。体の内側から神経を逆撫でされるような醜い感覚。

そして、全身の力が何者かに奪われるような感触。

 

意識が、人の形をした意識が、手足の先からどす黒く染まり、何者かに支配されていく感覚。

 

もう、レミアは声を発することもままならなくなりました。

俯瞰した視点から見るレミアの姿が、少しずつ、しかし確実に、黒く染まっていきます。

 

(やめて……だめ……)

 

心の中で、上空から見ている自分の姿に、心のうちから語りかけます。

それを拒まなければいけない。

それに支配されてはいけない。

それを受け入れてはいけない。

それを拒絶し、自らを取り戻さなければいけない。

 

あたしはあたしだ。

何者にも奪われない。このあたしが許さない。

 

レミアは拒みました。黒セルリアンの姿は消え、レミアの中へと入りましたが。

 

拒み続けます。拒絶し、拒否し、受け入れ難いものとして受け入れることを放棄します。

 

レミアの自我は、細く、長く、隙間を縫うように、レミア自身を留め続けるのでした。

 

 

 

 




次回「どこに」

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