【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第八話 「けんきゅうじょ! いちー!」

切り立った崖の峡谷を抜け、森の中へ入り、移動すること三時間ほど。

太陽はまだ一番高いところまでは昇っていませんが、もうじき正午になろうかという時間帯に、バスは目的の場所と思わしきところへ到着しました。

 

『地図ではここが研究所だね』

「どこから入るんでしょうか」

 

運転席とその後ろで、セッキーとカバンさんがあたりを見回しながら会話を交わします。

見たところ高い壁で覆われているらしい建物です。入り口を探して、周辺の道をバスで走らせました。

 

すると、

 

「あ、フレンズさんですよ。入り口のようなものもあります」

 

カバンさんが声を上げました。バスの向かう先では、一人のフレンズがしゃがみ込んで何かしています。

ブレザーのような灰色の上着に灰色のスカート姿で、その上から白衣をまとっていました。髪色も灰色です。

 

近くには入り口と思わしきゲートがあります。フレンズはゲートの近くの花壇を覗き込んでいる様子です。

 

バスが近づくと、しゃがみ込んでいたフレンズは立ち上がりこちらを見ました。そして、バスの上を見てちょっと驚いたような顔をしてから、次に首を傾げました。

 

バスが止まります。運転席から降りたカバンさんと、後部から降りたのはサーバルとセッキーです。

アライさんとフェネックはレミアの近くに座ったままです。

 

「こんにちは。初めまして、ボクはカバンっていいます」

「どうもこんにちは! 私はイエイヌです。みんなからは所長とも呼ばれています! えっと、そちらのセルリアンは……?」

『ああ! これはボクが操っているんだ。安全だよ』

「セルリアンを操る! 珍しいことができるんですね! すごいです!」

『へへへ、まぁね。ボクはセッキー、ラッキービーストのフレンズだよ』

「私はサーバル! みんなキョウシュウエリアから旅してきたんだ! ここに入りたいんだけど…………ここって研究所?」

 

サーバルの問いに、イエイヌは「はい」と頷きます。

 

「ここはおっしゃる通り研究所で、教授と私が住んでいるお家でもあります! 何か調べ物とかの御用でしょうか?」

「あ、はい。色々と聞きたいこともあるんですけど、その前に……」

『病人がいてね。体の調子が悪いんだ。ちょっと休めるところがあれば貸して欲しいんだけど』

「ありますよ! 医務室があるのでそこで休みましょう! 薬と救護セットもありますから! ささ! どうぞどうぞ——ん? あれ?」

 

手招きをして快く門を開けてくれたイエイヌは、すこし首を傾げるとカバンさんへと近づき、くんくんと匂いを嗅ぎ始めました。

 

「な、なんでしょう?」

「あなた、もしかしてヒトですか!?」

 

大きな声を上げたイエイヌに、カバンさんはたじろぎながらも首を縦に振ります。

するとイエイヌはぱぁ! っと満面の笑みになり、

 

「ヒト! 人が帰ってきたんですか! そうなんですね!」

「え、あの、帰ってきたと言うよりはボクはパークで生まれて…………」

「ぜひくわしくお話を聞かせてください! 今まで何をしていたのか! これから何をするのか! ぜひ!」

「あ、あの…………」

 

困り顔のカバンさんですがそんなもの意に介さない勢いでカバンさんの手を引いて研究所へと進むイエイヌです。

なにやら勘違いしていそうですが、とりあえず研究所に入ることは叶いそうです。

 

 

バスを敷地内に入れ、研究所の正面玄関から一行は入ります。

レミアはふらついていますがセッキーとアライさんの肩を借りてなんとか立ち上がり、後をついて歩きます。

 

「とりあえずそちらの体調不良の方は医務室に運びましょう! こっちです。すぐですから頑張って」

 

イエイヌの励ましを聞きながらふらふらとレミアは歩きます。

ほとんど意識が混濁しているのか、目も開いていません。早いところ治療が必要そうです。

 

館内はいたって清潔でした。埃や塵もなく、壁が崩れていたりヒビ割れていたりといったようすもありません。手入れが行き届いています。

医務室と書かれた扉の向こうには、四つほどの白いベットとその間を仕切るカーテン、棚の中にはいくつかの薬品や包帯などの救急キットが並んでいます。

本当に医務室として十分に機能しているような部屋でした。

 

「ささ! このベッドを使うといいですよ。手入れもしてあるので清潔です。ゆっくり休んでください!」

 

イエイヌに促されたベッドへ、レミアを横たえます。

久しぶりのベッドの寝心地に、レミアもすぐに寝息を立て始めました。

短く、しんどそうな呼吸でしたが、バスの座席に寝るよりかはずいぶん良さそうです。

 

セッキーは医薬品の置いてある棚を見ながら、

 

『熱冷ましと痛み止めの薬はあるかな? あったらぜひ分けて欲しいんだけど……』

「ありますよ! 怪我をする子も体調を崩す子も滅多にいないんで、たっぷり残っています! ぜひ使ってください! ええっと確かこの辺に————あった、これとこれです」

『ありがとう、イエイヌ』

 

薬を受け取り、レミアに飲ませます。水と一緒に口から流し入れます。

薬が効けば熱も治りますし、少しは楽になるでしょう。

人がいなくなって久しいこのパークで、ここまで人の痕跡が残っている施設も珍しいとセッキーは素直に驚きながらも、レミアを介抱します。

 

薬を飲ませ、仰向けにし、次は傷口を消毒しようと包帯を外します。

巻いてある包帯を丁寧に取り、傷口に当てていたガーゼを剥がすと、

 

『…………これは』

 

セッキーは一言、呟きながら眉根を寄せました。

傷口。レミアの右肩は、裂けた皮膚の色が黒く変わっています。それだけではありません。その黒い傷口から、まるでサンドスター・ローの粒子のような黒い瘴気がわずかに昇っています。

 

『何が起きているのかわからないけど、とりあえず消毒をして包帯を巻いておこう』

 

イエイヌも傷口を覗き込みます。その様子に一瞬顔を顰めた後、匂いを嗅いで「これは良くない匂いがします」と呟きました。

 

「教授にも見てもらったほうがいいかもしれません。呼んできますね!」

『あ、うん。じゃあちょっと包帯を巻くのは待つよ』

「ありがとうございます。ちょっと待っててください。すぐ戻りますから!」

 

そう言い残してパタパタとイエイヌは走っていきました。

 

 

しばらくして現れたのは、二十代後半から三十代前半の————

 

『え、男…………? フレンズじゃない……?』

 

男性でした。セッキーが驚きの声を上げますが、他のみんなはさして驚いているようすではありません。

 

痩せ型で、身長はセッキーより頭一つ高いくらい。イエイヌと同じく白衣を羽織っていて、いかにも研究者然とした格好です。

光の当たり方でそう見えるのでしょうか、髪色はどこか緑っぽいです。長い髪を後ろで一つ括りにしているようでした。

 

「お待たせしたね。ボクがこの研究所の責任者で、教授と呼ばれている。名前はキュルルだよ」

 

キュルルと名乗った男性は、落ち着いた声音で自己紹介しました。

すると声を聞いたサーバルやアライさん、フェネックが、

 

「なんだか普通のフレンズと違うね?」

「声が低いのだ! もしかして男なのだ?」

「〝おとこ〟ってー、オスメスのオス? でもフレンズはみんなメスなんじゃー……?」

 

セッキーが先ほど疑問に感じたことと同じことを思ってくれたようです。

キュルルは少し照れ臭そうに笑うと、

 

「そうだよ。ボクはオスなんだ。パークでは珍しい存在だと思う。詳しいことはまた後で話すよ。それより、例の患者さんは?」

 

キュルルに促され、セッキーがレミアの傷口を見せます。

一眼見て、キュルルは、

 

「これは…………サンドスター・ローが転移している? フレンズにとってこれはよくないね。ただ、こうなった状態のフレンズを治療する手立ては見つかっていないんだ」

『良くないって、このままだとどうなるの?』

「わからない。ただ、あくまでボクが調べたところによると、ビーストもサンドスター・ローに侵されてああなっているらしいんだ。あ、いけない。ビーストというのはね————」

『ビーストのことは知っているよ。というか、ビーストの攻撃を喰らってこうなったんだ』

「なんと、そうなのか…………まてよ、ということはビーストの攻撃にサンドスター・ローの成分が含まれている……? いやでも今まで攻撃されたフレンズはこうはならなかった。この子だけ何か違うのか…………?」

 

キュルルのほとんど独り言とも取れる呟きに、セッキーは言葉を返します。

 

『この子、レミアはセルリアンとフレンズのハーフなんだよ。半分はセルリアンで、もう半分はフレンズ。ドッグタグに反応して生まれたんだ。それで、たぶんサンドスター・ローも吸収してしまう体質なんだ』

「なるほど。それでビーストの持つサンドスター・ローが傷口から侵入しているということなのかな…………ますます、よくないね。とりあえずあれを使っておこう」

 

キュルルは一度部屋から出て、すぐに戻ってきました。手には虹色に輝く粉が入った小瓶を握っています。

カバンさんが不思議そうに質問しました。

 

「それは? なんですか?」

「これはサンドスターだよ。ジャパリまんに含まれているサンドスターだけを抽出して粉状にしたものなんだ。これを傷口に使っていこう」

『効果はあるのかな?』

「何もしないよりはマシだと思う。サンドスターはフレンズをフレンズのままでいさせるために働く作用があるからね。もしサンドスター・ローが、フレンズをフレンズではないものに変えてしまう作用があるとしたら、それをサンドスターは止められると思う。使ってみよう」

 

キュルルは傷口にサンドスターの粉をふりかけ、その上からガーゼを当てて、そして包帯を巻きました。レミアはピクリとも動かず、静かに寝息を立てています。

 

「とりあえず、これで様子見かな。二、三日、長ければ一週間単位でサンドスターを直接投入したほうがいいと思う」

『しばらくここでお世話になってもいいってこと?』

「ああ。困っているフレンズを見殺しにはできないからね。良くなるまでいるといい」

『ありがとう、キュルル』

 

セッキーのお礼に続くように、カバンさん、サーバル、アライさん、フェネックも礼を告げました。

 

「いいんだよ。さて…………そろそろお昼だ。君たちは食事はまだかい?」

「あ、はい。まだです」

「ちょうどいい。話がてら一緒に食べよう。ボクも君たちに興味があってね。ぜひ旅のこととか、君たちのことを聞かせて欲しい。お返しにボクの研究でわかったことも伝えるからさ」

『ありがとう! そうしよう』

「料理するのだ? アライさん料理なら手伝うのだ!」

「アライさんに任せて大丈夫かなー?」

「私も手伝うよ! カバンちゃん、一緒に手伝おう!」

「うん!」

 

一行は食事を摂るため、医務室を後にしました。

 

『…………』

 

部屋から出る時、セッキーは心配そうに一度振り返ってレミアの方を見ましたが、

 

『…………まぁ、今は信じるしかないよね』

 

困り顔で微笑みながら、部屋を後にしました。

照明は一番弱い光に落とされます。

ベッドの上、レミアは一人、穏やかな寝息を立てています。

 

 

 

 

 

 

そこは、竹林の奥深くでした。

生い茂る竹と竹の隙間はそれはもう狭いもので、地表に届く太陽の光はほんのまばらになるほど、竹の密集した薄暗い場所でした。

 

そんな竹の群生地で、一箇所だけポツンと陽の光の当たる場所がありました。

竹が綺麗に伐採され、土地としての利用価値が生まれているそこに建つのは、一軒の古屋です。

土を固めて作った壁は、崩れかかっているところもあれば、藁葺きの屋根の少し禿げかかっているところもあります。

とにかく見た目のオンボロな古屋でした。誰かが住んでいるのかと問われれば、見た目には誰も住んでいなさそうな小さな小屋です。

 

そんな小屋から一人、あくびをしながら出てくる人影がありました。

背丈は十代中頃かそれより若いくらいです。大きくてもふもふとした尻尾を携えています。

 

セーラー服のような焦茶色の制服は、裾や袖が擦り切れてボロボロです。下に履いている、一見するとスカートのように見えるそれは、どちらかというとボリュームのあるショートパンツでした。上と同じく焦茶色をしています。

制服は長年着たままということでしょうか、年季の入った様子を呈しています。

首の後ろにはこれまた年季の入った笠が一つ、ぶら下がっていました。

 

人、というわけではなく、何かしらのフレンズのようです。

フレンズは手に酒を持っていました。徳利に入れられた酒をおもむろにグビリと口に運んでは、ふうと一息ついて小屋のすぐ近くにある物置小屋のような場所へ足をすすめます。

 

物置から取り出したのは一本の竿でした。

浮と針のついた簡単な竿です。

 

フレンズはこれから釣りでもするつもりのようです。

竿を見上げて満足げに頷いたフレンズは、右手に徳利、左手に竿を抱えて小屋を後にしました。

 

竹林の中にできた一本道を歩くこと数十分。

急に開けたそこは、溜池のようでした。

さほど大きくはありません。周囲を歩けば二十分ほどで一周できてしまうくらいの大きさです。

大きくはありませんが、見渡せど見渡せど竹ばかりだった場所に急に現れた池というのはどこか神々しさもありました。

陽の光が水面でキラキラと輝いて、より一層ここが何か特別な場所であるかのように感じさせます。

 

フレンズは池のほとりに腰を下ろすと、制服のポケットから笹の葉に包まれた餌を取り出して、それを針の先にちょんとつけて、それから糸を池へ垂らしました。

 

それからの景色というのは魚釣りといえばこうであるというふうに、至極平和で何もない、ゆったりとした光景です。

緩やかな風がフレンズの髪を時折揺らし、竿の先にある浮きを緩やかに動かす、それだけです。

 

時折竿を上げては、餌の状態を確認して、また池へと垂らします。

 

周りには誰もいません。

フレンズも、動物もいません。とても静かな池でした。

 

「お?」

 

フレンズが声を発します。

それと同時に竿を上げると、魚が一匹、糸の先に食いついていました。

大きさにして十センチほど。ちょっと小さいです。

 

フレンズは魚を針から解放してやると、池の中へと投げ入れました。

 

「大きくなったらまたおいで」

 

どうやらお目当てではなかったようです。リリースした魚が池の底の方へ見えなくなると、再び針の先に餌をつけて、池の中へと糸を垂らします。

 

そうしてゆったりと静かな時間が流れること数十分。

 

フレンズは竿を持った手を動かさずに、一人、静かに口ずさみます。

 

「そうかい。客人はビーストにやられたか」

 

聞くものは誰もいません。フレンズの声はまるで池にでも吸い込まれているかのように、静かに響いては消えていきます。

 

「気づかれてはいないだろう」

 

フレンズは竿の先、水面の浮きをすうっと細めた目で見つめます。

 

「まぁ、わたしが出るようになったらその時さ。今じゃない。今じゃないよ」

 

一人、静かに、語りかけます。

誰と会話しているのか、それともただの独り言か。

フレンズは口元に不敵な笑みを浮かべながら、独り、静寂の中で竿を持っているのでした。

暖かく緩やかな風が、池と、フレンズの髪をそっと撫でていきました。




次回「けんきゅうじょ! にー!」

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