【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第七話 「きょうこく! にー!」

「ん…………ぅん……あれ……?」

「お! レミアさん目が覚めたみたいなのだ」

 

夜の帷が降りた頃。

峡谷の切り立った道の途中に停めてあるバスの車内には、煌々と電気がついています。

座席に寝かされていたレミアが、小さな肩を震わせながらゆっくりと起き上がりました。

 

フェネックが立ち上がり、レミアの方に歩み寄ります。そのままそっと抱きしめました。

 

「無茶しすぎだよーレミアさん」

「フェネックちゃん。ええ、ごめんなさいね。ちょっと無茶しちゃったわ」

 

フェネックの顔を見ます。少し泣きそうな、そしてちょっと怒っていそうな顔でした。

レミアは困ったように微笑むと、フェネックも許したのか肩の力を抜いて元の席に戻ります。

 

レミアは辺りを見回しました。バスの車内には旅の一行のほかにハクトウワシとオオタカも座っていました。

この人数が座るとなかなか所狭しといった感じです。

レミアは体を起こして座り直すと、右肩を見下ろします。

 

「手当してくれたのね。ありがとう」

 

右肩には包帯が巻かれていました。ビーストの爪が肌を裂いた感覚がありました。

今では痛みこそありませんがジンジンと響くように熱がこもっています。

傷口がどんな様子なのか確認したい思いはありましたが、せっかく巻いてくれた包帯です。無駄にするわけにもいかないので、そのままにしておくことにしました。

 

もう一度バスの車内をぐるりと見渡します。レミアの他に怪我をしているのはハクトウワシとオオタカのようです。

ハクトウワシはお腹の辺りが服ごと破けています。肌は裂けておらず、打身のように色が変わっているようです。

オオタカは顔に少しの擦り傷があります。空中から叩き落とされているので全身を打ちつけているでしょうが、目立った外傷にはなっていないようです。

 

サーバルとセッキーも一発食らっていたように記憶しているレミアでしたが、二人とも大丈夫なようです。傷もありません。

 

レミアは、カバンさんを庇って、ビーストに吹き飛ばされてからの記憶がありません。ことの顛末がどうなったのかみんなに聞くことにしました。

答えたのはカバンさんです。

 

「レミアさんの銃を借りて、ビーストに向けて撃ちました。頬にかすりましたが直撃はしていません。音を聞いてなのか、弾に掠ったからなのかはわかりませんが、ビーストはそのまま崖の下へ降りていきました」

「その後は、アライさんがレミアさんを運んだのだ! とりあえず一旦休憩ってことでバスに集まっているのだ!」

「あたしはどれくらい気を失っていたの?」

「ちょっとなのだ! 運んで、手当てをして、少ししたら目が覚めたのだ!」

「そう、よかったわ」

 

もう一度包帯の巻かれた右肩を見て、手当てをしてくれたのは誰? と聞きます。カバンさんが手を上げました。

 

「ありがとう、カバンさん。助かったわ。ビーストを追い払ってくれたのも、本当にありがとう」

「いえ……必死だったので。勝手に持ち物を使ってすみません」

「いいのよ。でもどうやって使い方を?」

「前にキョウシュウで信号弾を撃ったのと同じ原理だと思ったので、なんとなくですが使えました。当てるつもりはなかったのですが、かすってしまったので、もし当たってたらと思うと…………」

「上出来よ。また今度、ゆっくり使い方を教えるわ。あなたも撃てた方が安心だもの」

「あ、ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げるカバンさんに、レミアは微笑みます。

実際、カバンさんが撃っていなければ危ない状況だったように思えます。

戦えるフレンズが軒並みビーストにやられてしまいました。

レミアの中ではビーストよりも黒いセルリアンの方が危険だと判断していたのですが、どちらも相当危ないことが証明されてしまいました。

 

レミアはハクトウワシとオオタカの方を向きます。

 

「あなた達、あの黒いセルリアンと、ビーストのことは前から知っているのよね?」

「ええ、度々目撃しているわ」

「交戦したことも。ただ、ここまでこてんぱんにやられたのは初めてよ」

「少しでもいいから、あの黒セルリアンとビーストのことについて知っていることを教えてちょうだい」

 

レミアの願い出にハクトウワシとオオタカは頷きます。まず黒セルリアンのことについてです。

 

「あれは厄介なやつなのよ。見てもらったとおり空を飛び、遠距離まで届く謎の攻撃方法を持っているわ」

「バルカン砲ね。立て続けに銃の弾を打ち出す仕組みよ。攻撃力が非常に高いわ」

「そう。あの攻撃に当たると身動きが取れなくなるの。それで食べられたフレンズを見たことがあるわ」

「やっぱり、セルリアンだからフレンズを食べようとするのね」

「ええ。弱点は一番前の目玉、それとその奥にあるのが石ね。そこを狙えばいいのはわかっているんだけど、現状どうにもできないわ」

 

首を振るハクトウワシ。レミアは黒セルリアンの元になったものがなんなのか気になりました。

これに答えたのはセッキーとアライさんです。

 

『あいつはおそらく攻撃ヘリのセルリアンだと思う。見た目からして間違いないよ』

「攻撃ヘリっていうのはどういうものなの?」

「空を飛んで、遠くのものを攻撃できるやつなのだ! アライさんも似たようなのを見たことがあるのだ!」

『空中機動攻撃に優れた兵器、ってところかな。爆撃機と違うのはとても小回りが効いて、自由に空を飛ぶところ。あのセルリアンもその能力をコピーしているみたいだったから、本当に厄介だよ。バルカン砲はレミア知ってるの?』

「ええ、そっちは私の生きていた時代にもあったわ。まさか、空からあれを撃てるとは思いもしなかったけどね」

『あれは面倒だよ。呼びかけにも応じないから味方につけるのも無理だし、正真正銘の敵だね』

 

思い出すだけでもゾッとするような存在です。あのセルリアンを仕留めるとしたらどうすればいいのか。

今考えただけでは、レミアは何も思いつきませんでした。追い払えたのが奇跡です。

 

「ビーストは? あのヘリのセルリアンを一発で両断していたけど」

 

レミアの不安混じりの質問に答えたのはオオタカです。

 

「ビーストも厄介よ。とにかくタフで強い。詳しいことは研究所の教授に聞くといいけど、彼が言うには〝制御できてない野生解放を常時行っている〟フレンズらしいわ。元となった動物はおそらくアムールトラだろうって」

「見境なく誰でも襲うって聞いたけど、本当なの?」

「えぇ。今のところ何を目標にしているのか、何を狙っているのかはわかっていないの。今日のように黒セルリアンを攻撃しているところを目撃したフレンズもいたそうだけど、本当に、セルリアンもフレンズも分け隔てなく平等に襲うわ」

「セッキーの攻撃も、軽くいなしていたわね。感触としてはどうだったの?」

『あれは強いよ。体もしなやかなのに強靭な体力と筋力で守られている。こっちの攻撃はほとんど効いてなかった。肉弾戦じゃ勝ち目がないよ』

 

セッキーですらもそうなのです。レミアも、仮に体が万全の状態であったとしても、体術のみであの身のこなしのフレンズを止められるかといわれると自信は持てませんでした。

銃を駆使してトントンでしょう。足を撃ち抜くなどの傷つける方法以外に、止める方法も思いつきません。

 

まして今の体です。

コモドドラゴンとハブに言われた「逃げた方がいい」の言葉が重くのしかかります。

 

「なんにしても脅威だわ。ヘリの黒セルリアンにビーストの存在。今後どうにかして凌がないと、また出くわしたら怪我人が出るわよ」

『そうだね。ハクトウワシ、オオタカ、なにか止める手段とか知らない?』

 

ハクトウワシもオオタカも首を横に降ります。

 

「私たちも、セルリアンハンターとしてどうにかして黒セルリアンを止めようとしてるんだけど、今のところ追い払う以外に方法がないの。教授は討伐隊を編成しようとしているみたいだけど、なかなか難航しているわ」

『討伐隊かぁ……うまく作戦を練って、飛べるフレンズと連携すればあるいは倒せるかもしれないけど』

「いずれにしても厄介なのがビーストなのよ。黒セルリアンの出るところにはビーストも出るの。高い確率でね」

『そっか。うーん、地上のビーストに空のセルリアン。どうにかしようにもこれじゃあ……』

 

腕を組んでうなだれるセッキーです。打開策はそう簡単には出てきそうにありません。

バスの中に沈黙が流れます。そんななか、ぽんと手を打ったのはサーバルでした。

 

「みんなお腹空かない? もうご飯にして、今日は休もうよ! 疲れてるでしょ?」

 

サーバルの言葉にみんな首を縦に振ります。ジャパリまんを人数分用意しました。

「「「いただきまーす」」」

 

各々、ジャパリまんを美味しそうに頬張ります。みんなサンドスターを消費しています。補給の意味も兼ねてしっかりと食べました。

一人一つと言わず、戦ったフレンズは二個食べました。アライさんは戦っていませんがお腹が空いていたと言うので二個食べました。

 

ジャパリまんを食べ終わった一行は、とりあえず巣に戻ると言うハクトウワシとオオタカを見送ります。

 

「じゃあね! ハクトウワシ! オオタカ!」

「ええ、あなた達も気をつけて」

「いずれまた会いましょう。今度はセルリアン退治の時かもしれないわね」

 

夜の闇に紛れて、二人は巣へと帰っていきました。

 

「私たちも、もう寝よっか」

「そうだねサーバルちゃん。ボクも疲れたよ」

「アライさんも疲れたのだ! フェネック、一緒に寝るのだ!」

「はいよー。レミアさんとセッキーも、もう休もうよー」

「ええ、そうするわ」

『そうだね。みんなで寝よう!』

 

バスの後部へと入り、みんな思い思いに横になりました。

夜空には星々がきらめいています。月の明かりが、電灯の消えたバスをそっと包み込むのでした。

 

 

深夜。

星の明かりが峡谷を薄く照らし、バスが朧げに浮かび上がるそんな真夜中のことです。

 

バスから降りて峡谷の崖の淵に腰掛ける人物が一人いました。

 

「はぁ……」

 

珍しく起きていたのはフェネックです。大きな耳が、今はだらんと垂れています。

落ち込んでいるのか、心配しているのか、とにかく元気のないため息を吐きながら、ぼうっと谷の底を見つめていました。

 

「どうしてああいう無茶ばっかりー……どうしたらいいんだろうー…………はぁ」

 

口から漏れ出る独り言。みんな寝ているので聞く者など誰もいません。遠慮なくため息混じりに呟きます。

が、しかし、フェネックの耳がピクリと動きました。ゆっくりと振り返ります。

 

「…………おやー、カバンさんじゃないかー」

「ばれちゃいましたか。さすがですね」

「足音がねー」

 

フェネックはにこりと笑いながら隣をぽんぽんと叩きました。

カバンさんは何も言わずにフェネックの隣に腰を下ろします。

 

カバンさんの両手には、ジャパリまんが握られていました。

 

「一つどうぞ」

「おや、ありがとねー」

 

受け取って、おもむろにかじります。二人して無言のまま、二口、三口と食べました。

 

「眠れなかったんですか?」

「うんー、ちょっとね。なんだか寝つきが悪くてねー」

「ボクもです。ちょっと、なんだろう。怖くって」

 

照れるようにはにかむカバンさんでしたが、怖かったというのは本心でしょう。フェネックにはそう聞こえました。

 

戦えるフレンズがみんなやられてしまった。

レミアさんが怪我を負ってしまった。

カバンさんがビーストを傷つけなければ、もっと酷いことになっていたかもしれない。

でももし弾が掠るだけじゃなく直撃していたら————。

 

カバンさんの言う〝怖い〟の意味が、フェネックには容易に想像できました。

そしてフェネック自身も、今回のことは身に染みて恐怖心を抱かせます。

 

「レミアさんねー、時々自分を顧みないで無茶しちゃうんだー。とっても強いけど、それ以上に危ない時でも身を投げちゃう時があるのー」

「はい……わかります。あの時レミアさんは、ボクを庇ってくれたんです。庇ってくれてなかったら、今頃ボクは大怪我をしていたと思います」

 

カバンさんの言外には、ボクのせいでレミアさんは怪我をしてしまったという後悔の念も含まれていました。

しかしあのタイミングではどうしようもありません。どうにもできないからこそ、歯痒さと悔しさが込み上げてきます。

 

「ボクは、レミアさんに何ができるでしょうか」

「何が、できるかねー。私も、おんなじこと考えてるよー」

「そうなんですか?」

「私も守られて、庇われて、助けられてばっかりだからねー。お返ししたいけど、返せずに借りばかり増えていくんだー。何か、レミアさんの助けになることないかなって考えてたらー、眠れなくてねー」

「フェネックさん…………そうですね。ボクも、そういう感じです」

 

二人して肩を落とします。今の自分にできることは何か。

危険な旅。これからもあのセルリアンとビーストは立ち塞がるでしょう。そのたびにレミアに助けられていては、庇われていてはいけません。

レミアの負担が少しでも減る方法。レミアが無茶をしなくても済む方法。

カバンさんとフェネックは、そういった事を探していました。

 

ふと、カバンさんが顔を上げます。

 

「ボク、レミアさんの銃を使えるようになりたいです」

「銃を、ねー。レミアさんも言ってたねー。撃てるようになったら安心だってー」

「はい。教えてもらって、せめてレミアさんが戦えるようになるまでの間だけでも、ボクがレミアさんの代わりになれないかなって」

 

フェネックは思いました。

カバンさんも、レミアさんも人です。アライさんの言葉でもありますが、やはり人のものは人が使ってこそその真価を発揮します。

カバンさんなら銃が使えると思いました。レミアさんほど上手に使えなくても、何もしないよりは戦えるようになるのではと。

 

しかしそれは同時に、カバンさんが危険に晒されるということでもあります。

戦うということは、危険な目に遭うということでもあります。その覚悟がカバンさんには————

 

「…………」

 

フェネックはカバンさんの目を見て、そんな心配はしなくてもいいと確信しました。

カバンさんの目には、もう戦うんだという決意の色がありました。怖い、恐ろしい。でも戦う。戦わなければいけない。

そういう目です。

 

「私はー、銃は使えないからさー。今すぐレミアさんのためにできることってー、何にもないんだけどさー。でも」

「はい」

「でも、この大きな耳と、動物だった時の勘でー、レミアさんの役に立てるかなー…………どうかなー」

「きっと、大丈夫です。サーバルちゃんとフェネックさんは、いつもセルリアンの音を真っ先に聞き分けてくれます。だから大丈夫ですよ」

「そうかなー…………うん。そうだねー」

 

フェネックはジャパリまんの最後の一欠片を口へ放りました。そしてにこりと笑います。

 

「安全な旅のためにさー、もっともっと、頑張ろうねー」

「そうですね! うん————頑張りましょう!」

 

カバンさんも、にっこりと微笑みました。

 

「うん?」

 

ふと、フェネックが後ろを振り返ります。そこには誰もいません。バスがあるだけです。

 

「どうしましたか?」

「いやー…………今誰かに見られてたようなー」

「え……?」

 

カバンさんも振り返りますが、そこには人っ子一人、誰もいません。

 

「気のせい、ですかね」

「そうだねー。ちょっと疲れてるのかもー。もう休もっかー」

 

にっこりと微笑みながらカバンさんの方へ向き直ります。

カバンさんもそうですねと頷き、立ち上がりました。

 

フェネックは遠くの空を見ます。夜空と、月と、星。そして朧げに見えるのはサンドスターを吐き出している大きな山です。

山頂からはキラキラと光が流れているようでした。

 

噴火しているのでしょうか。ここゴコクでも、どうやら火山は吹き続けになっているのかもしれません。

 

星空の瞬く峡谷の、踏み固められた道の上に静かに止まっているバスの中へ、二人は音を立てずに戻っていきました。

 

 

朝。

太陽が東の空に顔を出し、世界を明るく照らし出しています。

 

バスの一行もそれぞれ目を覚まして————

 

「ぬおあ! レミアさんが大きくなってるのだ!」

 

目を覚ましたアライさんが、レミアを見て開口一番声を張り上げました。

 

アライさんの視線の先。そこに横たわっているレミアは、昨晩まで五歳児ほどの体格でしたが、今は十代中頃、十五歳ほどの大きさにまでなっています。

大体アライさんと同じか、アライさんより少し大きいくらいでしょうか。

 

「みんな見るのだ! 大変なのだ! 一晩でレミアさんが大きくなってるのだ!」

「ほんとだー! なんでなんで?」

「どう言うことでしょうか」

「なんだろねー」

『一晩で……? なんで?』

 

アライさんの声にみんな集まります。しかし、当の本人、レミアは何故か起き上がりません。

起き上がらないレミアに、アライさんも、それからみんなも、何かおかしいぞと首を傾げます。

 

レミアはどこか息が荒いです。汗もかいています。ぐったりしていて、それはまるで、

 

「ちょっと、失礼しますね」

 

カバンさんがレミアのおでこに手を当てます。そして表情が曇りました。

 

「ひどい熱です。どうしよう……」

『濡れタオルを被せよう。薬はないけど、少しでも楽なように』

 

息も荒く、汗もひどく、熱のある状態。よくありません。とりあえずカバンさんはレミアを仰向けにして、それからタオルに水をかけました。

濡れたタオルをレミアの額に乗せます。レミアは短い呼吸を繰り返して、かなりしんどそうです。

うっすらと、目を開けました。

 

「ごめんな、さい……ね。ちょっと寝れば、だい、じょうぶだから」

「ゆっくりしてください。研究所に着いたら休めるところを探しましょう」

 

フェネックも、セッキーも、アライさんも心配そうな目を向けます。

サーバルはジャパリまんを持ってきました。

 

「ジャパリまん食べて元気だそう! サンドスターをいっぱい摂取すれば、しんどいのも治るよきっと!」

 

そう言いながら小さくちぎって、レミアの口に運びます。レミアは時間をかけて、与えられたジャパリまんを食べていきました。

 

「とりあえず、研究所へ向けて出発します。急ぎますね」

 

カバンさんは運転席に。他のみんなは心配そうにレミアを囲って、バスは峡谷を出発しました。




次回「けんきゅうじょ! いちー!」

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