【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
西側の空に浮かぶ太陽はもうオレンジ色に染まっています。
時刻は夕暮れ時。空は朱色と紫色のグラデーションがかかり、雲に夕日が反射しています。
「ここは……峡谷かしら?」
『そうだよ。峡谷地方って地図ではなってるね』
レミアはバスの中から辺りの景色を眺めます。前から後ろへと流れるその景色には高低差があります。
赤茶けた土が盛り上がった両サイドに挟まれて、谷の底ではちょろちょろと細い川が流れています。
バスが走るのは谷の上。切り立った崖の細い道ですが、丁寧に踏み固められているのか振動はさほど大きくありません。
カバンさんはハンドルを握る手に力を込めて、集中してバスを進めていました。
「もうすぐ日も暮れるし、今日はこの辺りで休憩かしら」
『そうだね。適当な場所にバスを停めて今日はもうおしまいかな』
「ジャパリまんを用意するのだ! 晩ごはんなのだ!」
アライさんが意気揚々と席を立って荷物を漁り始めます。レミアはとことこと歩いて運転席側へ行き、
「カバンさん、そろそろこの辺りで止めれるかしら。今日はもうお休みにしましょう」
「ええ、そうですね。それが————あれ? フレンズさんですね」
バスを岩壁側へ寄せて停車させ、運転席の先から空を見上げたカバンさんです。レミアも身を乗り出して空を見ます。
「あら、鳥系のフレンズね。…………こっちに向かってきてない?」
「ですね、だんだん近づいてくるような————あ!」
カバンさんは一声あげると急いで運転席から入りて、両手を大きく広げて叫びました。
「襲われているわけじゃありません! このセルリアンは味方ですッ!!」
カバンさんの行動をバスの後部から見ていたセッキーも、慌てた様子で車外に飛び出て空を見上げます。
『ストップ! ストーップ! 味方だから! 敵じゃないからぁッ!!』
カバンさんとセッキーの声に、急降下していた鳥のフレンズはバスのすぐそば、空中で止まりました。
顔中に疑問の色を浮かべています。見ると、急降下してきたのは一人ではなく二人のようです。後からもう一人、先に降りてきたフレンズの隣にぴたりとホバリングしました。
先に降りてきたフレンズが声を張ります。
「襲われているわけじゃないのね! 大丈夫!?」
その声にカバンさんも手を振りながら、
「大丈夫です! ありがとうございます!」
飛んでいた二人のフレンズはお互いに顔を見合わせた後、ゆっくりとバスの前に降りてきました。
◯
「私はハクトウワシ。こっちは相棒のオオタカよ」
ハクトウワシと名乗ったフレンズは、どこか軍人を思わせるような服装でした。
頭頂部は白く毛先は黒い髪の毛も特徴的です。肩の先まで伸ばしています。青いスカートに軍人の礼服のようないでたちの彼女は、落ち着いた様子で隣のフレンズを紹介しました。
「私はオオタカよ。ハクトウワシとはコンビを組んでセルリアンハンターをやっているの。部隊名は〝ジャスティス隊〟よ」
オオタカと名乗ったフレンズも軍服のような服装です。白いジャケットに白いスカート。夕陽を反射してよく目立っています。
髪は黒色で前髪が鳥系のフレンズらしく嘴の色、この場合は黄色になっています。オオタカもどこか気品を感じさせる落ち着いた口調です。
ハクトウワシは疑問の色そのままにバスを見て、それからバスの上の水色セルリアンを見つめました。
「あなた達はなに? セルリアンと一緒に移動しているの?」
疑問に答えたのはカバンさんです。
「あ、はい。僕たちは隣のエリア、キョウシュウエリアから海を渡ってきたんです。人の住んでいるところと、神様のフレンズに会いたくて」
「へぇ。セルリアンは? 誰かが操ってるとか?」
『そうだよ! ボクが操れるんだ。旅の手助けをしてもらってるよ』
手を上げてセッキーも自己紹介をします。その流れで、バス組も全員自己紹介を済ませました。
セルリアンを操れると聞いた時にはハクトウワシもオオタカもひどく驚いていましたが、バスの上のセルリアンが全く暴れる様子もなく大人しくしているので、セッキーの言葉を信じたようです。
オオタカはバスを興味深げに見てから、
「これに乗って旅をしているのね。どこへ向かっていたの?」
「はい。ボクたちは研究所を目指してて」
「あぁそれならこの峡谷を抜けたところにあるわ。とはいえもう日も沈むから、この辺で休んだほうがいいでしょう。あなた達も昼間活動するタイプのフレンズかしら?」
「そうですね。サーバルちゃんとかは夜行性ですけど、今は昼間に活動しています」
「それならもう移動は控えたほうがいいわ。それに、この辺りは厄介なセルリアンが出てくるの」
厄介なセルリアン?
カバンさん、セッキー、そしてレミアが首を傾げます。そのようなセルリアンの話は初めて聞きました。
「詳しく聞かせてもらえるかしら?」
レミアの見上げるような目線に、ハクトウワシとオオタカは頷きます。口を開いたのはハクトウワシでした。
「数日前から出没するようになった飛行型のセルリアンよ。見たことのないような遠距離攻撃を仕掛け————」
ハクトウワシの言葉は最後まで続きませんでした。
横にいたオオタカがハクトウワシを引き倒します。
レミアの体も、フェネックが覆いかぶさるようにして横倒しになりました。フェネックの下で何が起きたのか一瞬わからなかったレミアは、辺りを見て、見た直後。
フュイィィィィン————バァァァァァァァァァァッッッ!!!!
いくつもの銃声がまるで一つにつながったような、巨大なブザーのような音が峡谷に響きます。
レミアの周りが爆ぜました。土の地面が、壁面の岩が、バスの窓が、次々と音を立てて砕け散っていきます。
時間にして数秒ですが、フェネックの下敷きになっていたレミアはもう何時間もそうしているかのような、生きた心地のしない時間でした。
音が鳴り止みます。周囲は土煙が立ち込めています。何があったのか、どうなったのか、レミアはもう既にわかっていました。
「敵よ! 隠れて!!」
フェネックの下から這いずって出てきたレミアはあたりを見回します。サーバルがカバンさんを、セッキーがアライさんを庇うように伏せていました。フェネックも起き上がります。誰かが怪我をしている様子は、今のところありません。
レミアは谷の方を振り返ります。そこには。
ごくごく小さなローター音を鳴らし、今しがた全てを蜂の巣にせんとばかりに攻撃した機銃——否、バルカン砲を空回りさせている存在が飛んでいました。
それは。
レミアの知るところではありませんでしたが、レミアの生きていた時代より少し先に開発された鉄の天馬。
————戦闘ヘリをコピーした、漆黒のセルリアンでした。
◯
「ッ!」
動き出したのは四人です。レミアはバスの方へ、セッキーは水色セルリアンを掌握、カバンさん達の前に集めます。
ハクトウワシとオオタカも瞬時に立ち上がり状況を把握、野生解放をして周囲に虹色の粒子を纏います。
ハクトウワシがレミア達に叫びます。
「私たちが時間を稼ぐ! あなた達は逃げて!」
そういいながら、ハクトウワシとオオタカは自分達の身の丈の五倍以上ある戦闘ヘリのセルリアンへと立ち向かいます。
戦闘ヘリのセルリアンは音もなくローターを回してホバリングしています。コックピットの位置に目があり、その奥に石と思わしき固形物が光っています。つまり狙うならコックピットなのですが、
「くっ!」
ハクトウワシとオオタカがコックピットを攻撃しようと近づいた瞬間、バルカン砲が向けられ数秒発射されます。
ブアァァァァァ————と、一つ続きに吐き出される無数の弾丸に、ハクトウワシ達はヘリ本体に近づくこともままなりません。
その様子を見ていたレミアが、バスの荷物置きからボルトアクションライフルを引き摺り出します。
体格はまだ五歳児程度。お世辞にも満足に扱える様子ではありません。レミアは万が一ヘイトがこっちに向かった時を想定して、バスから、そしてカバンさん達から離れます。
カバンさん、サーバル、フェネック、アライさんはセッキーが配置した水色セルリアンに守られています。あのセルリアンは石に銃弾が当たらない限りはレミアの銃弾をも阻んだものです。セルリアンのバルカン砲を前にどれほどの防衛能力があるかはわかりませんが、今は信じるより他はありません。
地面にうつ伏せに倒れて、ボルトアクションライフルを抱えます。小さな肩にしっかりと銃床を付けて狙いを安定させます。
照準の先はコックピット。ちょうど目がある位置にピタリと合わせます。
ヘリのセルリアンは今はハクトウワシとオオタカを狙っています。右へ左へと動き回ってヘイト管理をしてくれている二人に感謝しながら、レミアはコックピットがこちらに向く瞬間を狙いました。
ピタリと、スコープの十字線にセルリアンの目が重なります。
「散れ」
レミアの目は、幼いながらもあの凍てつくような狩猟者の目になっていました。
静かに呟き、そして引き金を引いた直後。
ライフルから発射された弾丸がヘリのセルリアンの目に吸い込まれるようにして着弾したのとほぼ同時に。
獣の咆哮が峡谷に響き渡りました。レミアは一瞬セルリアンの咆哮かと勘違いしましたが、すぐにそうではないと気付かされます。
影が、谷の底から一息に跳躍してきました。正確には崖の壁伝いに猛烈な勢いで登ってきた影が、ヘリのセルリアンのテールローターへと襲い掛かります。
一閃。黒い輝きとも言えるような、漆黒の残像がテールローターを薙いだかと思うと、レミアの目には衝撃的な光景が飛び込んできました。
たった一撃。レミアのコックピットへの射撃があった、その隙をついたとはいえ、影の一撃はヘリのテールローターを両断するほどの威力がありました。
吹き飛ぶテールローター。回転しながら谷の底へと落ちていくそれに入れかわり、レミアの前に影が降り立ちます。
それは、見様によってはフレンズでした。
しかし明らかにフレンズとは常軌を逸脱しています。黒い瘴気を纏い、牙を剥き出しにし、何よりフレンズであれば人の手に模される部分が、獣の爪と化しています。手首にはかつてこの者を拘束していたであろう鉄の輪がはめられ、引きちぎられた鎖と共にぶら下がっていました。
「グルルルルッ————」
唸る獣。レミアはヘリのセルリアンと目の前の獣、どちらが優先目標か瞬時に考えます。考えながら復位、立ち上がってボルトアクションライフルをセルリアンへと向けます。
そして、
「ッ————」
肩に激痛が走りました。やはりこの体で大口径のライフルを扱うのは無理があるようです。構える手も震えて照準を合わせるどころじゃありません。
レミアは瞬時に判断し、ライフルをその場に投げ捨ててセッキーの元へとかけ出します。
ルルルルルルルルルオオオオオオォォォォォォォッッッ!!
ヘリのセルリアンが峡谷中に響き渡る声で鳴き叫びました。
テールローターを切り落とされてもホバリング能力を失っていないところを見るに、元にした戦闘ヘリの特徴を完全にコピーするどころか弱点を補っているかのような動きです。
しかし、テールローターを落とされたことに何かしらの危機感を抱いたのか、ヘリのセルリアンはそのままくるりと空で反転すると、太陽の沈む方角、西の空へと退却していきました。
レミアは走りながら横目でその様子を見て安堵します。一番やばい奴が退却した。しかしまだ危機は去っておりません。
獣。黒い瘴気を纏う獣。これは、湿原でハブとコモドドラゴンに聞いたビーストそのものです。
フレンズの姿なれども話は通じず、そして目につくもの全てを手当たり次第に襲う獣。
止める方法を思いつきません。レミアはひとまずセッキーの手を借りようとセッキーの元へと走ります。
その後ろから。
ビーストが、跳躍してレミアを越しました。カバンさん達の目の前に降り立ちます。
『なんなの! これがビースト!?』
間に割って入るようにセッキーが飛び込みます。体の勢いそのまま、セッキーはビースト目掛けて上段蹴りを放ちます。
ビーストは、それをあたかも全く恐れていないかのように、獣の爪で受け止めました。
『くっ! 効かないならッ!!』
止められた足を瞬時に引いて軸足にします。反対の足で今度はビーストの腹部目掛けて足刀蹴りを放ちます。
ビーストは、今度は爪で止めず身を引き下げてセッキーの攻撃を躱しました。
少しばかり間合いが広がります。
その様子を宙で見ていたハクトウワシとオオタカも、急降下してビーストに襲いかかりますが、
「ッ!」
「このッ!!」
ビーストは二人の空中からの強襲を難なく爪で弾き返します。そしてそのままお返しとばかりにハクトウワシの腹部へと俊速で爪を立てます。
まともに攻撃を喰らったハクトウワシが地面へと叩き落とされ、二点三点転がりました。土埃に服が汚れ、髪が乱れます。
「こんの!」
負けじとオオタカは翻して空中から足で攻撃しますが、全てビーストは爪で弾き返します。2回、3回と弾かれ、オオタカが体勢不利となった瞬間。
ビーストはオオタカの脚を掴み思いっきり地面へと叩き落としました。鈍い音とともに全身を打ちつけたオオタカが昏倒します。
しかし大ぶりのその攻撃を、セッキーは見逃しませんでした。飛び込み、一気にビーストとの距離を詰めて、拳を握ってビーストの腹部へと突き込みます。
『ハァァッ!!』
めり込んだ正面からの拳に、ビーストは一瞬くの字に浮き上がります。しかし体勢は崩れず、踏みとどまったその場で獣の爪を返すように振るいました。
セッキーの脇腹に爪が食い込みます。そのまま恐ろしいほどの膂力で岩壁へと吹き飛ばされ、セッキーは背中から叩きつけられました。
肺の空気が押し出されます。霞むような視界の先で、ビーストは、
『しまッ————』
アライさん達の方へ目掛けて跳躍しました。
ビーストの見る先。
視線の先にはアライさんがいます。フェネックがいます。
カバンさんを守るようにサーバルが前へ出ます。その、サーバル目掛けてビーストは爪を振るいました。
サーバルはビーストの爪をもろにうけて吹き飛びます。吹き飛ばしたサーバルをビーストは一瞥もせずに、そのままカバンさんへと爪を振り上げ——。
「させない!!」
レミアが間に飛び込みました。
振り下ろされた爪がレミアの右肩に食い込みます。その瞬間、レミアは、なにか、おぞましいものが自分の体内に入り込んでくる感覚がし、その数瞬後、小さな体ごと吹き飛ばされました。
地面を転がるレミアを、ビーストは、なぜか、転がる先まで見つめていました。
目を離さないビースト。視線の先ではレミアが倒れています。ダメージが大きすぎるのか、レミアはそのまま動けません。
立ち上がれないレミアの方に、ビーストはつま先を向けました。肩を震わせ、倒れたままである幼い肢体のレミアに、ビーストは、
「ウガァァァァァ!!」
追撃をしようと肉薄します。踏み出したビースト、倒れ伏したままのレミア。その距離が一瞬にして詰まり、レミアに狂爪が突き立てられんとした瞬間。
すどんッ!
けたたましい音と共に、音速を超える弾丸がビーストの頬をかすめました。
ビーストの動きが止まります。振り返ったビーストの瞳には、
「止まってください…………もうこれ以上は、やめてください…………っ!」
カバンさんが、レミアのリボルバーを握っていました。
震える手で撃ち出されたその弾丸に、ビーストは動きを止めています。そして、
「ガァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!」
耳を引き裂かんばかりに咆哮したビーストが、踵を返して崖の底へと飛び降りていきました。
リボルバーを持っていたカバンさんはぺたりとその場にへたり込みます。がしゃりと、リボルバーが音を立てて地面に落ちました。
西の空。
太陽はもうそのほとんどが沈み、残滓となって淡く儚く世界を照らしています。
夜が、峡谷に訪れようとしていました。
次回「きょうこく! にー!」