【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
「おお! 水がいっぱいなのだ!」
「溜まってるねぇー」
「ちょっと雰囲気変わったわね」
ジャパリバスの窓から外の景色を眺めていたレミアは、これまでの竹林の風景から一転してガラリと変わった外の様子に声をあげました。
土を固めて、上から木で舗装した道路の両端は水が張られています。それなりの深さがあるようで、水には緑色や赤色の植物が点々と浮いています。水面に映る空の青色に目を奪われながら、レミアはセッキーの方へ向き直ります。
「ここは? どこなの?」
『湿原だね。植物が枯れて下に溜まっていって、分解されずに泥になって、その上に水が張っている一帯のことを指すんだよ。湿度が高くて気温が低いから、草本植物が主になって植生しているんだ』
「どんなフレンズがいるのかしら?」
『そうだねぇ……水場が豊富だから、そういうのが好きなフレンズはここに住み着いてそうだね。とはいえフレンズの姿ならたいていの場所には住み着けるから、意外なフレンズと出会う可能性もあるね』
要するにどんなフレンズに会うかはわからないということです。
もしあったら挨拶をして、いまだ情報ゼロの神様のフレンズのことについて聞き出したいなぁとレミアはぼんやり頬杖をつきました。
それからしばらくして。
「ん? なんでしょうか」
運転席に座るカバンさんが声をあげました。バスがゆっくりと減速していきます。
「どうしたの? カバンちゃん」
サーバルが運転席の後ろから前方を見遣ります。そこでは、道の真ん中で何やら揉めているらしいフレンズが二人いました。
一人は灰色のフードを被り、吊り目気味のフレンズ。フードと同じような髪色をしています。
もう一人もフードをかぶっていますがこちらは青色で鱗のような模様が浮いています。フードの色よりやや白い髪に、切長ですがどこか気品のある目をしています。
「わたくしのほうが強いですの!」
「いいや俺だね。試してみるか?」
「なんですの? どうやって試すって言いますの」
「そりゃ今から考えるんだよ!」
「どうせろくなもの思いつかない————ん? なんですの?」
「なんだぁ?」
どうやら二人はこちらに気がついた様子です。言い争っていたようですが一旦やめて二人ともバスの方を見ています。
真新しいものを見る奇異の目でした。
運転席からカバンさんが降りて二人のフレンズの元へ歩きます。バスの後部からはぞろぞろと一行が降りていきました。
「な、なんだぁこれ? なんで中からフレンズがたくさん出てくるんだぁ?」
「なんですの? わたくしたちに何かようですの?」
怯え半分興味半分の声でそういう二人に、カバンさんはにっこりと笑みを浮かべながら話しかけます。
「こんにちは。ボクたちはこれに乗って旅をしているんです。研究所に向かってて」
「あぁ研究所? ならこの道まっすぐ行けばいつかは辿り着くぜ」
「はい、ありがとうございます。あの、お二人はここで何を…………?」
怪訝そうに首を傾げるカバンさんに二人は一度顔を見合わせてから、
「喧嘩だな」
「喧嘩ですの」
特に声を荒げることもなく、平生の様子でそう言いました。
◯
「俺はハブだ。よろしくな」
「わたくしはコモドドラゴンですわ」
「ボクはカバンって言います。こっちが——」
とりあえず自己紹介になりました。各々がそれぞれ自己紹介をし、セッキーがラッキービーストのフレンズと名乗ったところでちょっと驚かれて、それからハブとコモドドラゴンはバスの上を不思議そうに見ました。そこには水色セルリアンが三体、フヨフヨと浮いています。
「お前らはセルリアンと旅をしているのか?」
『うん。あれはボクの配下というか、仲間のセルリアンなんだ。ボクはセルリアンを操れるんだよ』
「すごいですわね」
「セルリアンがねぇ。驚いた」
ひとしきり感嘆の声を上げると、今度はレミアが不思議そうな目で訪ねます。
「あなたたち、喧嘩していたのよね? 取っ組み合いにはなっていないようだけど」
「まぁ別に俺もそこまで本気で喧嘩してるってわけじゃないんだけどな」
「あら、わたくしもですの。ただあなたよりは強いですわよって、それだけですわ」
「いいや、それはない。俺のほうが強さも量もあるもんね」
ハブとコモドドラゴンはお互いに睨み合います。激しい喧嘩ではありませんが、言い争いをしているようです。
「あの、一体何を争っているんですか? よければ教えてほしいのですが……」
カバンさんがおずおずと切り出すと、ハブとコモドドラゴンは二人とも口を揃えて、
「「毒よ」」
そう言いました。
◯
ことの発端はよくわかりませんが、とりあえず〝どちらの毒が強いのか〟ということで言い争いになっているようです。
何がどうなってそんな話になったのか、本人たちも忘れているのですが、とにかくお互いに自分の毒の方が強くて使い勝手がいいという話になり譲らないということでした。
「すごくどうでもいいことね……」
ぼそりとレミアは聞こえないようにひとりごちました。その横でアライさんが、
「めちゃくちゃくだらないのだ! そんなことで喧嘩しても意味ないのだ!」
大きな声でそう言い放ちました。確かにその通りです。それはどうやら本人たちもわかっている様子で、
「わたくしも、こんなことであなたと言い争っても意味がないことは承知の上ですわ」
「俺もそれはわかってるぜ。でも俺のほうが毒は強い」
「いいえわたくしですの」
「いいや、俺だ」
「わたくしですの」
「俺だ」
「わたくしですの————」
何はともあれ、当人たちはそのことで喧嘩をしているわけですから、オーバーヒートしないようになにか解決策を見つける必要がありそうです。
今はただ言い争っているだけですが、これが取っ組み合いの喧嘩になっては馬鹿らしくてみていられません。レミアもアライさんも呆れ顔で「どうする?」と顔を見合わせました。
アライさんがハブとコモドドラゴンの方を見ながら口を開きます。
「毒の強さを比べられればいいのだ? それならアライさんいい案があるのだ」
「なんだよ?」
「なんですの?」
「お互いの腕に毒を注入してみればいいのだ。それで相手の強さがよくわかるのだ」
アライさんのいうことには一理あります。お互いがお互いを認められないなら、いっそ毒をくらってみて強さを体感すればいい。そういう話でした。ところが、
「いやだね」
「いやですの」
ハブとコモドドラゴンは首を振りました。
「なんでなのだ?」
「俺の毒は対象の患部を腫れさせて壊死させる効果がある。そんなものを打ったらこいつ、動けなくなるぜ」
「わたくしも、患部の血を固まらなくする毒ですの。噛みついて注入したら血が止まらなくなりますわ。そんなものを打ったら大変ですの」
えぇー……とアライさんは呆れ顔でレミアの方を見ます。要するに二人とも自分の毒が強いと自負しているので、相手に打ったら大変なことになる、だから打たないということです。
これでは解決策がありません。どうしたものかレミアも困り果てて、こういう時にはカバンさんが何かいいアイデアを思いついてくれるなぁと思い至ります。
カバンさんの方を見ると、
「…………」
何やら考え事をしているようでした。するとふと顔を上げたカバンさんは、セッキーの方を見て、
「セッキーさん、セルリアンに毒を食べさせて、どっちが強いか判定してもらうというのはどうでしょうか」
『できると思うよ? フォルカの毒を食べた時みたいにするってことだよね』
「はい、そうです」
頷くカバンさんに、セッキーはたぶんできると思うと言い残してバスから水色セルリアンを一体下ろしました。
『このセルリアンに二人の毒を注入して、分析してもらって、それでどっちが強いか判定すればいいんじゃないってこと』
「セルリアンに……」
「毒をですの。大丈夫ですの? 暴れたりしませんの?」
『毒でも食べれるから大丈夫だと思う』
それじゃあ、ということで、ハブとコモドドラゴンはお互いに一度見合わせると、ハブからセルリアンにかぶりつきました。
「ほんはほんはな」
しばらくするとセルリアンから離れます。フレンズ化しても牙から毒を注入しようと思えばできるみたいで、セルリアンにはうっすらと二本の牙の跡がついていました。
「今度はわたくしですの」
次はコモドドラゴンです。かぷりとかじりついてしばらくすると離れました。満遍なく歯形がついています。
『どう?』
セッキーがセルリアンの方へ向き直ります。セルリアンは短くヒュルオオオと鳴くと、ぴょんぴょんと飛び跳ねました。
『あー……なるほどそうなるのか』
「どうなんだ?」
「どうなりましたの?」
興味深げに、ハブとコモドドラゴンは結果を促します。セッキーはこほんとひとつ咳払いをすると、勿体ぶったようにチラリと二人の目を見てから、
『結果は————引き分け! だよ』
「ええー」
「引き分けですの? どういう勝負になっていますの」
やや不満そうにハブもコモドドラゴンものけぞりました。セッキーはええっとねぇと前置きをして、
『ハブの毒は言ってた通り患部が腫れて壊死する毒で、毒単体で見るとコモドドラゴンより強いんだって。一度に注入できる量も多いから、ぱっと見はハブの方に軍配が上がりそうなんだけど……』
「だけど?」
「だけど、なんですの?」
『コモドドラゴンの毒はなんというか合わせ技に特化した毒なんだよね。噛みついた患部に流し込んで血を固まらせなくする感じ。それで敗血症になってじわじわ追い詰めるんだよね。だから噛み付くの前提で強い毒ってこと。勝負の結果にすると、どっちの毒も優秀だからどっちが強いとかは判定できないんだって』
セッキーの解説に、ハブもコモドドラゴンもそうなのかーという表情です。
「まぁ、別にもうどっちが強くてもいいような気がしてきたぜ」
「わたくしも、別にあなたより毒が強かろうが弱かろうがどうでも良くなってきましたの」
お互いに見合わせて、ふふっと笑い合います。一件落着、喧嘩はおさまった様子です。
「いやー、にしても悪いね、わざわざ旅の足を止めちゃって」
「そうですの、何か埋め合わせが必要かしらね? ハブ、なんか持っていませんの?」
「ジャパリまんくらいならあるけどどう?」
『ジャパリまんはいっぱい持ってるんだよね。あ、じゃあちょっと教えてほしいことがあるんだけど』
「おう、なんでも聞いていいぜ」
「わかることならお答えしますの」
セッキーの言葉に二人は頷きます。セッキーは指を2本立てて、
『一つはヒトの縄張りがどこにあるか教えてほしいのと、もう一つは神様のフレンズについて何か知ってたら教えてほしいんだ』
「ヒトの縄張り? ってのはわかんねぇな。コモドはどうだ?」
「わたくしも存じ上げませんわ。ヒトのフレンズなら聞き及んでいますけど」
『あ、研究所の?』
「そうですわ。キョウジュ、ことキュルルさんはヒトのフレンズって話ですの。そういえばカバンさんとレミアさんもヒトのフレンズですのよね?」
「あ、はい! そうです」
「そうよ。あたしとカバンさんはヒトのフレンズね」
「じゃあ、キュルルさんと同じように絵を描きますの?」
「「絵?」」
レミアとカバンさんは首を傾げます。サーバルも同じようにして首を傾げて、
「カバンちゃん、絵って何?」
「ロッジのタイリクオオカミさんが書いていたもの、かな。ボクは描けないし、レミアさんは……」
「あたしも絵は得意じゃないわ。その教授——キュルルって子は絵が得意なの?」
「そうですわ。わたくしたちも書いてもらったことがあるんですの」
「そうだぜ。まぁ昔その絵が大変なことになったこともあるんだけどな」
「大変なこと?」
そうだぜ、とハブは頷きます。コモドドラゴンが説明をつけてくれました。
「昔、その書いてもらった絵がセルリアンになるって事件が起きましたの。島中がパニックになって大騒ぎでしたのよ」
レミアもカバンさんも目を丸くして驚きます。
「絵がセルリアンに?」
「無機物に反応してセルリアンになるというのはわかるけど、それって……」
「なんでも、思い入れのあるものをコピーするタイプのセルリアンだったらしいんですの。それはそれは強くて大変でしたわ」
「あれ結局、みんなでセルリアンを倒して回って解決したんだったよな」
「ええそうですわ。あ、あとあの子も出てきて大変でしたの」
「あの子?」
レミアが首を傾げます。コモドドラゴンは「まだ会っていませんのね?」と聞いてから、
「会ったら逃げることをお勧めしますわ。フレンズの姿をしていますけど、あれはフレンズとは違う生き物ですの」
「どういうことかしら?」
「話が通じない、目につくものを手当たり次第に襲う、解決策がない、という曲者ですの。わたくしたちは〝ビースト〟と呼んでいますのよ」
「ビースト……そう、わかったわ。遭遇したら、その時は逃げるわね」
「戦うのは避けたほうがいいぜ。いくら戦いが得意なフレンズでもあいつの相手をすると怪我するからよう」
「心得たわ」
レミアは深く頷きます。ビースト。そんな危険な存在がこの島にはいるそうです。
広い島ですから、たった一人に偶然遭遇することは滅多にないとは思いますが、もし会った時にはなるべく戦わない方向で行こうと決めます。
なんせ、レミアはまだ戦えません。何年も前から放置されているような厄災に、こちらから手を出す必要もありません。
それからレミアは、コモドドラゴンとハブの方へ向き直り、
「神様のフレンズについては何か知らないかしら?」
「すまねぇがそっちはわかんねぇな」
「聞いたことありませんの。ごめんなさいね」
「いえ、いいのよ。またゆっくり探すわ」
ここでもダメなようです。神様のフレンズ。どうも全く情報が集まりません。
フレンズたちは各々自由に生活していますから、自分の生活に関わりのないことはそう簡単には生活圏内の情報に引っかかってこないということでしょう。神様のフレンズなる人物がおよそ多くのフレンズに認知されていないということはわかってきました。
とはいえ情報がないのでは探しようもありません。根気強く、出会うフレンズみんなに聞いていって、関わりのあるフレンズを運良く見つけるしかなさそうです。
逆にいうと神様のフレンズを知っているフレンズは、その神様のフレンズと何かしら関係がある可能性が高いです。見つけられれば一気に進展がありそうです。
知りたいことは知り得ませんでしたが、とりあえず聞き取りは終わりました。
無事ハブとコモドドラゴンの喧嘩も治りました。一行は先を目指そうという流れになっています。
「ん?」
みんなでバスに乗り込む中。
ふと、バスの入り口に足をかけたフェネックが、耳をピクリと動かして振り返りました。先にバスの中にいたレミアがそれに気付きます。
「どうしたの? フェネックちゃん」
「いやーなんか聞こえた気がしてー」
「セルリアン?」
こういう時のフェネックは、大抵外敵の音を聞き取っているケースが多いです。レミアは手のひらに嫌な汗をかきつつもフェネックの方を凝視します。
当のフェネックは首を傾げながら、
「どうだろねー? 聞いたことない音でー、それも一瞬だったからわかんないかなー」
「敵、ではなさそう?」
「たぶんねー。気のせいかもー」
にこーっと笑うフェネックに、レミアは肩の力を抜きました。
気のせいならいいのですが。
新たな脅威も聞きました。ビーストなる存在に会うことのないよう願いつつ、レミアはバスの座席に座ります。
サーバルがバスの窓から身を乗り出して、
「じゃーねーハブ! コモドドラゴン!」
「おう! じゃあな!」
「気をつけるんですのよ! 良い旅をー!」
バスが見えなくなるまで、二人は手を振ってくれていました。
次回「きょうこく! いちー!」