【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
バスが停車した先では、道の真ん中で寝そべっているフレンズが一人、その横で困った表情で座り込むフレンズが一人います。
止まったバスから続々とフレンズが降りてくるのを見て、困り顔のフレンズはますます慌てた様子でおろおろしています。
一足先に降りていたアライさんが、座っているフレンズの肩を叩いて質問します。
「こんなところで何をしているのだ? なんでこのフレンズは寝ているのだ? 起きないのか?」
質問されたフレンズ————明るい茶色と白い髪の混ざり合ったフレンズは、こくりと頷きながら涙声で口を開きました。
「すみません。この子、一旦寝るとなかなか起きなくて……どこででも寝ちゃうんですぅ。私も困ってて、いつかこういうことになるだろうと思ってたんですぅ…………すみません…………すみません」
「大丈夫ですよ」
カバンさんは座り込んでいるフレンズに近づくとにっこりと微笑みます。
咎められているわけではないと安心したのか、茶髪と白髪の混じったフレンズは困った表情はそのままに笑顔を作りました。
「私はレッサーパンダのフレンズです。レッサーって呼んでください。こっちの寝てるのはジャイアントパンダちゃんです。パンダちゃんって呼ばれています」
「レッサーさんとパンダさんですね。二人はお知り合いなんですか?」
「はい。友達です。よく一緒に遊んでて……今日も一緒に遊んでたんですけど、急に眠くなっちゃったみたいでここで寝始めちゃって。誰かの邪魔になるから起こそうと思ったんですけど……」
「起きない、ですかね?」
「はい……それに、無理に起こして機嫌が悪くなると、この子とっても怖いんです。怒るとすっごく怖くて、だから無理には起こせなくて」
「それは困りましたね……」
「すみません……すみません……」
申し訳なさそうに肩を落とすレッサーに、カバンさんは大丈夫ですよと声をかけます。振り返って、レミアとセッキーの方へ向きながらどうしましょうかと眉尻を落としました。
「移動させるしかないわよ。これじゃあバス通れないし」
『みんなで道の端まで運ぶとかどうかな?』
「そうね、そうしましょう」
「それがいいですね。起こさないように、そーっと」
三人で頷きます。と、そのとき。
「きゃー!! セルリアン!!」
レッサーがバスの上を見ながら悲鳴を上げました。体を震わせて勢いよく立ち上がると、2歩3歩と後退ります。パンダの右手を持ち上げて引き摺ってでも逃げる姿勢です。
『あ、ごめんごめん大丈夫。この子たちは味方だから、襲わないよ。安心して』
「へ……? 味方…………?」
『そう。僕はセッキー。ラッキービーストのフレンズで、セルリアンを操れるんだ。だから安心して』
レッサーは初めこそ信じられないといった様子でしたが、確かにバスの上のセルリアンが降りてきて襲ってくる様子はありません。大丈夫そうです。
「よかった……びっくりしました……」
『ごめんね。びっくりするよね。大丈夫だから。そうだ! 自己紹介がまだだったね』
それから、レミアたちは各々自己紹介をしました。
◯
数分後。とりあえず道の真ん中に眠るパンダを道の端へ動かそうということになりました。
パンダの周りを囲むのはカバンさん、セッキー、サーバルです。
「き、気をつけてくださいね……起こさないように、そーっとお願いしますぅ」
レッサーが心底心配した表情で拳を握っています。サーバルは親指を立てて「任せてよ!」と元気に言い放ちます。
カバンさんがパンダの両脇を、セッキーが左足を、サーバルが右足を持って持ち上げます。
「『「せーのっ!」』」
体は持ち上がりました。予想以上に重いらしく、カバンさんの腕がプルプルと震えています。長くは持ちません。
「頑張るのだ!」
「がんばれー」
「その調子よ。気をつけて!」
パンダのお尻が地面に擦れながらも、なんとか道の端まで動かすことに成功しました。起こさないようにそっと地面に寝そべらせます。
地面に置かれたパンダは「んゆ……」と一つ声を漏らしながら体を横にしてすやすやと寝息を立て始めました。
無事、移動成功です。
「ご迷惑おかけしましたぁ……ほんとにすみません……すみません……」
平謝りのレッサーにカバンさんもセッキーもレミアもいいよいいよと手を振ります。
ふと、レミアは疑問に思ったことを口にしました。
「いつもこんな調子でどこででも寝てるの?」
「はい。いつも、急にです」
「寝たら危ない場所とか、危ないタイミングとかでも平気で寝るの?」
「はい。本当に……いつでもどこでもすやすやと……毎回私もヒヤヒヤしながらそばにいるんです。一回セルリアンの目の前で寝ちゃったこともあって」
ええーっと、一行から驚きの声が上がります。
「その時はどうしたのだ?」
「無理やり起こしました。そしたらパンダちゃんすっごく怒って、セルリアン全部倒しちゃったんです。あの時はセルリアンに向かって怒ってくれたからよかったけど、そうじゃなかったらと思うと怖くて……」
「それは……なんとかしないといけないわね」
どこででも寝てしまうパンダです。せめて寝る場所くらい選べると楽なのですが。
何かいい方法はないかしらとレミアはカバンさんの方を向きます。
カバンさんも顎に手を当てて考えてくれていましたが、アイデアの声は後ろにいたアライさんからのぼりました。
「竹を2本使って、間に布を通して運べばいいのだ!」
「担架っていうのよそれ。いい案だけど、二人いないと運べないわよ」
「そうだったのだ……」
アライさんは肩を落とします。そんな様子を見ていたフェネックが今度は手を上げました。
「前にレミアさんが私を担いだみたいに背負うってのはどうかなー? ほら、首の後ろにガバって背負うやつ」
「あれは体格がある程度大きくないと無理よ。それに力も必要だわ。レッサーちゃんじゃちょっと無理よ」
「そっかー」
レミア式の、というよりは広く軍隊で採用されている人の運び方です。両手が比較的フリーになることや、重心が体の真ん中にくることで長く運べるという利点はありますが、体格の小さいレッサーがパンダを背負うのにはなかなか無理がありそうです。
「はいはーい!」
今度はサーバルが手を上げました。
「もう引きずっちゃえば? ズザーって。運べそうだよ?」
いくらなんでも無茶です。それは運んでいるとは言いません。
『あーじゃあ、竹を切っていくつか体の下に敷いてさ、上に乗せて転がすってのはどう? 重いものを運ぶときによく使われてた手法だけど』
セッキーの案はいけそうです。ただ、これにはレッサーが渋い顔をしました。
「ずっと竹を持ち歩くのは大変ですね……それも結構な数が必要ですよね……大変です……」
『そっかー。まぁ確かにその通りだね』
セッキーの案もダメそうです。
どうやったら寝ているパンダを起こさずに、楽に運べるでしょうか。みんな頭を悩ませています。
別にカバンさんやレミアの旅には一切関係ないので放っておいてもいいのですが、レッサーが困っているとあればどうにかしてあげたい、という気持ちでみんな腕を組んでいるのでした。
と、そのときです。
「ん!?」
「おっとー」
サーバルとフェネックがばっと顔を上げました。二人とも同じ方向を睨んでいます。
「どうしたの、サーバルちゃん?」
カバンさんの声に、サーバルは緊張した声で返しました。
「セルリアンだよ!」
◯
皆が一斉に臨戦体制に入ります。セッキーは水色セルリアンを近くに寄せ拳を構えました。サーバルはいつでも飛びかかれるよう姿勢を低くして、爪を立てています。
フェネックとアライさんは後方に下がってレミアの前に立ちます。こういうときに何もできないレミアは歯痒い思いですが、言っても仕方がありません。せめて邪魔にならないよう、そして戦況を冷静に分析できるよう一歩引いた場所で見守ります。
カバンさんも下がります。サーバルの後ろに隠れるようにして状況を見ています。
竹林の間。ガサゴソと茂みが揺れ、皆が体に力を入れた瞬間。
ぴょこんと、飛び出してきたのは、
『ち、小さい……』
足の膝にも届くか届かないかといった大きさの、竹色のセルリアンでした。小さいですが四体います。サーバルは爪を向けながら、
「これくらいの大きさなら大丈夫! 私がやっつけちゃうよ!」
そう叫びます。今にも飛び掛からんとしている体勢を、止めたのはセッキーでした。
『まって! ちょっと話してみる。もしかしたら味方になってくれるかも!』
そう言うとセッキーは目を瞑ります。竹色のセルリアンはよちよちとセッキーの足元に近づいて、ぴょんぴょんと飛び跳ねます。
『大丈夫みたい。話したら敵意はないし、襲うつもりもないって! もう平気だよ!』
セッキーの声に、皆が肩の力を抜きました。竹色のセルリンはセッキーの足元でどことなく嬉しそうに跳ねています。
ふと、その様子を見ていたカバンさんがハッとして何かに気が付き、声を上げました。
「あの、このセルリアンを使って、バスリアンみたいなのを作るというのはどうでしょう? できますか?」
◯
バスリアン。
キョウシュウエリアではレミアがロッジから遊園地へ行くときに使った、セルリアンで構成されたバスのような乗り物です。
あれは赤色セルリアンのタイヤと水色セルリアンの車体でした。
セッキーはちょっと考えて、
『まぁフレンズ一人乗せるくらいなら竹のセルリアンでもいけるかな。ちょうど四体いるしちょっとやってみようか!』
そういうと手早く竹色セルリアンを四体配置して、上に平べったくした水色セルリアンをのせます。見てくれは台車っぽくなりました。
『レッサー、ちょっと乗ってみてよ! 試しにさ』
「せ、セルリアンの上にですか……? 大丈夫ですか……??」
『大丈夫大丈夫。もうこの子たちはフレンズを襲わないから! ほら」
レッサーは恐る恐る、平べったくなっている水色セルリアンの上に乗りました。
ひんやりとした感触、ゼリーのようにぷるんとした触り心地、何より優しいゆりかごのように揺れる車体。
「これは……! これはいいですね!」
喜びの声を上げるレッサーです。セッキーはうんとひとつ頷いて、
『車体は小さいし、車輪が竹のセルリアンだから多分運ぶのは一人が限界だろうけど、これならパンダも運べるんじゃないかな?』
「ありがとうございます! これならパンダちゃんを乗せて、安全な場所に移動できます!」
満面の笑みのレッサーです。バスリアンからおりてセッキーの手を握りました。
それからアイデアを出したカバンさんの手も握ります。ぶんぶんと振り回して体全体で感謝の意を表しています。
すると、そばで寝ていたパンダがむくりと起きました。
「あれぇ〜? わたしぃ、寝ちゃってたぁ〜? んん〜? だぁれぇ〜?」
眠気まなこのパンダに、みんなは自己紹介と、バスリアンのお披露目をしたのでした。
◯
「こんないいものをくれてありがとぉ〜。これで快適に眠れるよぉ〜」
バスリアンの上に乗ったパンダは今にも寝てしまいそうな眠そうな声でお礼を伝えました。
サーバルがニコニコと笑いながら、
「もう道の真ん中では寝ないでね! パンダ!」
「これがあれば大丈夫だよぉ〜」
眠そうに目を擦るパンダに、横で見ていたレッサーも困り顔で笑顔を向けています。
それからレミアたちをざっと見回して、レッサーはもう一度セッキーの手を握って感謝に意を伝えました。
「本当に、素敵なものをありがとうございます」
『いいっていいってー! あ、そうだ。代わりと言ってはなんだけどさ、ちょっと聞きたいことがあって』
「はい! なんでも聞いてください!」
「ヒトのいるところと、神様のフレンズがいそうなところをボク達探してるんだ。何か思い当たるところない?」
「んん〜…………ヒトですか…………ううーん…………」
しばらく何かを思い出すように唸っていたレッサーですが、声を上げたのは後ろで寝そべっていたパンダでした。
「ヒトって言ったらほらぁ〜、〝キョウジュ〟のところじゃない?」
「あぁー! そうですそうです思い出しました!」
『キョウジュ?』
「はい!」
大きく頷くレッサーと、その後ろで寝そべったまま頷くパンダです。
パンダは眠そうな声で続けました。
「キョウジュもヒトだよぉ。フレンズのこととかぁ〜、セルリアンのこととか研究してるからぁ、気になるなら行って話してみるといいんじゃないかなぁ〜」
「キョウジュはケンキュウジョにいます! ここからは遠いですが、あなたたちならいけると思いますよ!」
『おおー、ちょうどその研究所に行こうとしてたんだよねー。これはラッキーだね』
セッキーが振り返りながらカバンさんとレミアに言い放ちます。カバンさんはちょっと驚いた様子で、
「ヒトって、今言いました?」
「ん? うん。珍しい動物ですよね! カバンさんも、それからレミアさんもヒトのフレンズなんですよね?」
「ええ、そうよ」
「そうです! ボク、そのヒトの縄張りを探してるんです!」
「行ってみるといいですよ。キョウジュはいろんなことを知っているので、何か教えてくれるかもしれません!」
「はい!」
カバンさんも嬉しそうです。レミアはその横で小さく微笑みながら、今度はあたしの番とばかりに前に出ます。
「神に匹敵するフレンズ、ってのは何か知らないかしら?」
「ごめんなさい……そっちはわからないです」
「そう……まぁ、仕方ないわね」
レッサーたちも、神のフレンズのことは聞き及んでいないそうです。レミアは肩を落としましたが、まぁ仕方ないとばかりに笑うとセッキーの方へ体を向けました。
「とりあえず、研究所へ行ってみましょう。いろいろ知ってる人みたいだし、カバンさんの人の縄張りのことも何かわかるかもしれないわ」
『そうだね! 行ってみよう!』
全員がバスに乗ります。水色セルリアンも三体、バスの上に乗っています。
「じゃーねーレッサー!」
「ありがとうございました! また遊びに来てください!」
「じゃぁ〜ねぇ〜ありがとねぇ〜」
バスが見えなくなるまで、レッサーとパンダは手を振り続けました。
「それにしても、いいものをもらいましたね! パンダちゃん!」
「いいよ〜これ〜。寝心地最高だよぉ〜ふぁ〜」
「あ、また寝ようとしてます?」
「おやすみ〜」
「もう……」
困ったように肩を落とすレッサーでしたが、困り果てているというふうではありません。バスリアンをちょんと指で突いてから、
「それじゃあ早速、よろしくお願いしますね」
ヒュルオオ、と。短くセルリアンが鳴きました。
「何か名前をつけてあげたいですね……何がいいでしょうか……ねぇ? パンダちゃんって、もう寝てましたか」
スースーと寝息を立てるパンダを見て、レッサーはくすりと笑うのでした。
次回「しつげん!」