【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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新型コロナウイルスに被弾してぶっ倒れていました。
週一更新でよかった……というわけで「ちくりん!」編です。


第三話 「ちくりん! いちー!」

『ここから竹林に入るよ。今日はこの辺にして休もうか』

 

カバンさんの手首に巻かれたボスが光り、そう告げます。

 

空の光はうすい紫色になり、西の空には太陽の残滓がわずかに輝く、そんな時間帯。

もうじき夜が訪れようとしているここジャパリパークの一端で、黄色いバスは停車しました。

 

ここまできた道はどこにでもありそうな植生の森。この先の道は、右も左も覆い尽くす竹林です。

朽ちたゲートのような棒を境目に植生が一気に変わっています。これもサンドスターのあるこの地ならではの現象でしょう。

 

「ジャパリまんを食べて、今日はもう寝ましょうか」

 

レミアはごそごそと荷物袋を漁って人数分のジャパリまんを取り出していきます。

フェネックが近づいて手伝ってくれました。みんなに配ります。

 

バスの中はバッテリーから電源を取って灯りがついています。

 

「「「いただきまーす」」」

 

みんなで輪になってジャパリまんを食べ始めました。屋根に乗っていたセルリアン達も降りてきて、バスの外でジャパリまんを食べています。

食べるというよりは取り込むなので一瞬で消えてしまいましたが、食べたからには満足したのかまた屋根の上に登って目を瞑りました。セルリアンも寝るそうです。

 

「そういえば、ゴコクの地図は手に入ったのかしら? セッキーちゃん」

 

レミアが首を傾げながら質問します。セッキーはうんと頷いてから、

 

『もうカバンのラッキービーストにもデータ送ったよ。ただ地形は手に入っても目的地がないからどうしようかなって』

「確かにそうね。人のいそうなところと、神様のフレンズがいそうなところ…………」

「適当にふらふらして、出会ったフレンズに聞いて回ればいいのだ! アライさんはよくそうしているのだ!」

「まーそーやってフラフラしてるから道に迷うんだけどねー」

「フェネックぅ!?」

 

アライさんが素っ頓狂な声をあげます。

 

とはいえ確かに、一行は今、目的地という旅の最も大事なものを失っていることになります。行くあてもなければゴコクエリア自体の情報も集まっていません。人のいそうなところ、神のいそうなところ。そのどちらも未だ見つかってはいません。

 

「地図には、何か人のいそうなところとか情報ないの?」

『そうだねぇ…………地図を見た限りでは、どこにもないねぇ。各地方と、それから中央の方にあるのは研究所かなぁ。あとは隣のエリアに繋がってる大きな橋とか、港とかかなぁ。人がいそうなところはないんだよねぇ』

 

中空を見ながらそうこぼすセッキーに、カバンさんがジャパリまんを齧る手を止めてつぶやきます。

 

「けんきゅうじょ、っていうのはなんですか?」

『ん? あぁ、いろんな研究をしているところだよ。たぶんサンドスターとかセルリアンとかフレンズのこととかを調べてるところ。キョウシュウでいうところの図書館に近いかな。図書館よりもっと専門的な施設っぽいけど』

「そこって……」

「何かありそうね」

 

カバンさんとレミアが顔を見合わせてうなずきます。人がいないにしても、なにか、例えば研究レポートなんかが一つでも残っていれば、何か発見があるかもしれません。行ってみる価値はありそうです。

 

『それじゃあ、目的地は研究所だね。人がいればラッキーだけど、いなくても何かわかるかもね!』

「はい! よろしくお願いします!」

 

旅の目的地が決まりました。

 

 

それから数時間後。

すっかり夜の帷が降りたバスの車内には、カバンさん、サーバル、アライさん、フェネック、セッキーが寝転んでスースーと寝息を立てていました。

 

そんな中一人、むくりと起きて音を立てないように抜足忍足でバスから降りていく人影があります。手には迷彩柄のポーチを握っていました。

 

バス後部の外側に背をもたれるようにして座った人影————レミアは、ポーチから葉巻を一本取り出します。

慣れた手つきで葉巻の端を噛みちぎり、ライターで火をつけます。口に持っていき、深く吸い込み、深く息を吐き出します。

 

見た目は五歳ほどの幼女ですから、そんな姿の人間が美味そうに葉巻を燻らせている様は異様です。が、止める人はおろか目撃している人もいません。レミアは誰にも邪魔されずに、久しぶりの一服を楽しんでいる様子です。

 

おもむろにポーチから通信機を取り出すと、ベラータへ繋ぎます。何度かの呼び出し音ののちに、気だるそうな声で返事が帰ってきました。

 

『はいはーいベラータですよ。レミアさんお久しぶりです』

「無事、隣の島に辿り着いたわ。ゴコクエリアというそうよ」

「そうですか。トラブルもなく無事で何よりです。敵対しそうな勢力はいますか?」

 

何を置いてもまず敵のことを考えるあたり、軍人らしいというか指揮官らしいところでしょう。レミアもその辺は踏まえています。ゴコクに近づいた時、まず最初にレミアが確認したのもセルリアンの有無でした。

 

「今のところはいないわね。キョウシュウでの噴火騒ぎはこっちには影響していないみたい。でも」

『でも?』

「博士たちが言うように、もしサンドスターや火山が意志のようなものを持って活動しているとしたら、こっちのエリアでも火山が吹き荒れるかもしれないわね」

『そうなってくると厄介ですね。フィルターが外れたりなんかしたら』

「ええ、そうね。またあのデカブツが出ないとも限らないわ」

『次出たらおしまいですよ…………気をつけてください。そちらからゴコクエリアの山は見えますか?』

 

そう言われ、レミアは頭上を見渡します。遠く遠くの夜空の向こうに、うっすらと、夜でも明るい高い山が見えています。

 

「だいぶ遠いけど、見えるわね。多分あれがサンドスターを吐き出してる山だと思うわ」

『日々よく観察しといてください。もしまた噴火が続くようであれば、フィルターの様子を確認する必要があります』

「心得たわ。こっちのエリアにも四神があるってことかしら」

『ある可能性が高いです。なにせサンドスター・ローをフィルタリングしているとなれば、キョウシュウだけではないと思いますからね』

「そうね。わかったわ。もし山が頻繁に噴火しているようなら、行ってみるわ」

『よろしくお願いします。通信は以上ですかね?』

「ええ、切るわよ」

『はい。それでは、良い旅を』

 

通信機の電源を切ります。

遠くの夜空、ほのかに明るい山の方を見遣ったレミアは、

 

「ん……?」

 

山の頂上からキラキラと光の粒子が舞っているのに気がつきました。

どうやら、見たところによると、

 

「こっちの山も、噴火しているみたいね」

 

それが偶然、年一回の噴火が重なっているだけならいいのですが。

山はキラキラと、サンドスターの粒子を吐き出し続けているのでした。

レミアはやれやれとため息をつきながら、もう一本葉巻を取り出して、火をつけようとした時、

 

「なにそれなにそれ? 食べるものなの?」

 

だいぶ声を抑えた音量で、サーバルがバスの窓から顔を覗かせていました。レミアは座ったまま見上げて、

 

「これは葉巻。火をつけて煙を吸うものよ」

「へぇー! 近くで見てみてもいい?」

「いいけど……まぁ、いいわ。ええ、こっちにいらっしゃい」

 

レミアは隣をポンポンと叩きました。夜の一服に、サーバルがお供します。

 

 

葉巻を咥えて、ライターで火をつけ、煙を深く吸って、葉巻を手に持ち、煙を吐き出す。

もくもくと口から吐き出される煙をキラキラとした目で見ていたサーバルは、やはりちょっと小さめの声で、それでも興奮を抑えられない様子で、

 

「すっごーい! 私も吸ってみたーい!」

「やめといたほうがいいわよ。体に悪いし、慣れてなきゃ美味しいものではないわ」

「えーそっかー。ちょっとだけ、お試しにちょっとだけってのはどう?」

「火がついてるわよ? 怖くないの?」

「克服したもん! 私もう自分で火つけれるよ!」

 

えっへんと胸を張るサーバルに、レミアは少し困り顔でどうしたものかと考えながら、まぁ本人が吸いたいというのなら吸わせてみるかと、あまり難しく考えないで葉巻を手渡しました。

 

「どうやって吸うの?」

「こっちの火のついてない方を口に咥えて、吸うだけよ。ちょっとにしておきなさいね」

「わかった! こうだね!」

 

サーバルは葉巻を咥えて、それからすーっと息を吸って————

 

「ぶえへぇ! ごほっ! げほぉっ!」

 

盛大にむせました。しばらくゲホゲホとむせた後、震える手で葉巻をレミアに返します。

 

「す、すごいねこれ…………こんなもの吸えるんだねレミアさん……すごいね……」

「慣れよ、慣れ。まぁあまり体にいいものではないから、吸わなくて済むなら吸わないほうがいいわよ」

「へへぇー……〝はまき〟はもういいやー……げほっ」

 

心なしか耳までしょげているサーバルに、今度はレミアから話しかけます。

 

「眠れないの? あなた、確か夜行性よね」

「うん。最近はカバンちゃんと一緒に夜寝てるから大丈夫なんだけど、今日はほら、慣れないところに来たから目が冴えちゃって」

「初めての土地、初めての夜だものね。無理もないわ」

「レミアさんも眠れないの?」

「あたし? あたしはまぁ…………そうね。ちょっと寝つきが悪いかもしれないわね」

 

そういって葉巻を口に咥え、一つ煙を吸います。ゆっくり吸って、ゆっくり吐き出します。

本当はただ葉巻が吸いたいだけでしたし、ちょっとベラータに通信をと思っただけです。寝ようと思えば寝れそうですが、サーバルに付き合うことにしました。

 

なんだかんだいってサーバルとは初めて、こうしてゆっくり話をします。二人きりなんてのも初めてで、大抵間にカバンさんがいるのでレミアは何を話そうかと少し考えました。

目線を上げて空に瞬く星々を見上げながら何について聞こうかと思案していると、サーバルの方が先に口を開きました。

 

「レミアさんは知らない場所に行くの、ドキドキする?」

 

どうかしらね、と一言おいて少し考えました。

生前から任務で見知らぬ場所へ行くことはありました。生まれ故郷を離れて大陸へ渡り、生計を立てていたこともあります。見知らぬ場所、未知の土地へ行くときに、自分はドキドキしていたでしょうか。

 

「たぶん、してるわね。自分がまだ見たことのない場所や物に触れるとき、あたしはどこか楽しんでいると思うわ。あなたはどうかしら?」

「私も、楽しいよ! すっごくすっごく楽しいし、楽しみなの。それをね、カバンちゃんと一緒に見られるのもとっても嬉しい」

「これからもずっと、カバンさんとは一緒に旅をするつもりなのね?」

「できるところまでそうするつもり! カバンちゃんの縄張りが見つかって、そこにカバンちゃんが住むことになったら、そしたら私も時々そこへ遊びに行くんだ!」

「キョウシュウの、元いたサバンナの縄張りへは帰らないの?」

「帰らない、かな。カバンちゃんの近くへお引越ししたいなって思う! 暑すぎるのとか、寒いのとかは苦手だけど、そうじゃないところに住んでまたカバンちゃんと遊ぶんだよ!」

「すてきね。旅が終わっても、あなたたちならずっと仲良くやっていけるわよ」

「レミアさんは、アライグマとかフェネックとはずっと一緒にいないの?」

「どうかしらね。あたしには明確に旅の目的があって、それを完遂することはアライさんやフェネックちゃんとのお別れを意味するもの」

「レミアさんの目的ってなんだっけ?」

「過去へ戻ることよ。もっと言うと、過去の祖国へ帰還すること。きっとあたしは死んだことになっているから大変だろうとは思うけど、それでもあたしは戻りたい。帰りたい…………わね」

 

一口、また一口と葉巻を吸っては紫煙を燻らせます。

いつになるかはわかりませんが、旅には終わりがきます。レミアのそれは、いつでも終わらせられる旅ではなく、いつか終わりを迎える旅です。

 

「終わる時まで、それまでは一緒にいたいわね。仲間だもの。大切な仲間。そして友人よ」

「そっかぁ。それじゃあ、見つかるといいね! 過去に戻る方法」

「方法は見つかってるのよ。ただ神様のフレンズってのがいないの。難しいわね」

「神様かぁ。カバンちゃんに聞いたよ! とっても偉いんでしょ? 神様って」

「そうね。偉いし、貴重だし、めったなことじゃ姿なんて表さないでしょうね」

「大変だねぇ」

「大変よ」

 

サーバルは懐からジャパリまんを二つ取り出しました。一つはレミアに渡します。

 

「こういうときにはなんだかジャパリまんが食べたくなるね!」

「そうね」

「レミアさんも、元の体に戻るためにたくさん食べないと! ほら、食べて食べて!」

「ええ、いただくわ」

 

ちょうど葉巻も吸い終わりました。レミアはジャパリまんを両手で持ってもぐもぐと食べ始めます。

 

「いつかね」

 

サーバルが、星々の浮かぶ夜空をキラキラとした目に映しながらつぶやきます。

 

「いつか、お別れすることになっても、私諦められないって思うんだ。キョウシュウからカバンちゃんが旅立つときには我慢できたけど、こうしてまたついていけるってなって、そしたらなんだか、もう気持ちが止まらないんだよね」

「そうね。一度流れたものは止められないものだわ」

「うん。だからね、カバンちゃんの旅が終わっても、カバンちゃんが縄張りを見つけても、私はそれでもずっとずっとそばにいたいんだ」

「そうしてあげれば、カバンさんも喜ぶわよ。あの子には…………あなたが必要だもの」

「うん!」

 

星の瞬く綺麗な夜。

月明かりに照らされたジャパリまんは、すこしずつ、お話ししながら減っていくのでした。

 

 

翌朝。

太陽はさんさんと昇り辺りを明るく照らしています。時間帯はまだ朝ですが、周囲はもうとても明るくなっています。

 

カバンさんはバスの運転席に座り、ハンドルを握ります。手首のボスが光りました。

 

『それじゃあ、目的地は研究所だね。竹林を抜けていくルートをとるよ。ちょっと遠いから、何日かかかると思ってね』

「はい、大丈夫です」

 

カバンさんは頷きながらハンドルに手を伸ばします。

 

「ボクも、ラッキーさんみたいに運転できるように練習がしたいです」

『半自動運転だけど、それじゃあ進路だけハンドルで操れるようにしようか』

「よろしくお願いします!」

 

ドゥルルンとエンジンがかかり、車体が揺れます。カバンさんは全員が乗っていることを確かめてから、

 

「それじゃあ、出発します!」

「「「おー!」」」

 

ハンドルを握りました。

 

そのまま数十分。

レミアは外の景色を物珍しそうに目で追います。

隣にはセッキーも座っていて、同じように外を見ていました。

 

「竹って初めて見たわ。木とは違うの?」

『違うよ。分類的にはイネ科の草なんだ。あれも一本一本が独立しているんじゃなくて、地下で茎が繋がってできてるんだ。だから全部クローンみたいな感じ』

「へぇー」

『増え方もすごくて、成長が早いから自然の植生では他の樹木を脅かす存在なんだよ。竹林は放っておくと大変なんだ』

「ジャパリパークではサンドスターのおかげでいたずらに増えるってことはないようね」

『そうだね。その辺りは他の地方と同じように、植生は区切られているね』

「どんなフレンズが住んでいるのかしら」

『そうだなぁ……竹を主食にするようなフレンズとか住んでそうだよね。パンダとか』

「へぇ、パンダ」

 

レミアが呟いたそのときです。バスはブレーキのキキーッという音を立てながら停車しました。

 

「どうしたのだ?」

 

アライさんがバス前方のカバンさんの後ろに行き、前を見ます。それから、

 

「ぬおあー! フレンズが倒れているのだ!!」

 

一声叫ぶとバスから飛び降りてしまいました。

 

バスの前方では、地面に横たわるフレンズと、その横に困った顔で座り込むフレンズが一人います。

アライさんは横たわっているフレンズの元へ駆け寄ると、一言。

 

「ね、寝てるのだ…………」

 

声を震わせながらそう呟きました。

 

 

 




次回「ちくりん! にー!」

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