【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

3 / 48
第一話 「せるりあん!」

「おなかいっぱいなのだー!」

 

 腹部をポンポンと叩いたアライさんは満足げにそういうと、再び地面に鼻をつけてクンクンとにおいをかぎ始めました。

 

「不思議な味だわ、これ」

「まーねー。何でできてるのかよくわからないしー」

 

 その後ろをレミアとフェネックが、気の抜けた会話をしながらついて行きます。

 

「肉の味がするけど、これって肉食動物のケモノしか食べないのかしら?」

「いんやー、草食の子も食べるよー」

「あ、もしかしてアライさんって草食だったかしら」

「ううん、ちがうよー。アライさんはなんでも食べるー。どんなものでも気にせずにー、ばくばくとー」

「失礼な! 最近は……えっと……〝けんこう?〟のことも考えてジャパリまんだけ食べてるのだ!」

「むしろ害してるよねー」

 

 おどけた調子でからからと笑うフェネックを見て、レミアもつられて微笑みます。

 

 月の青白い光が照らすサバンナ地方。

 三人は仲良く話しながら、時々アライさんが叫びながら、のんびりと進んでいました。

 

「で、アライさんは何を追っているのかしら?」

「おー、それそれ。肝心なことを私も聞いてないんだよねー」

「昨日サンドスターから生まれたケモノなのだ!」

「……ってことはフレンズかしら。なんの?」

「そ、それは、その……言えないのだ」

 

 珍しくアライさんが言い淀んでいます。

 フェネックは気になりました。いままでアライさんは、聞かれたことには素直に大声でなんでも答えていたからです。

 深く聞いてみようかと思いましたが、しかし開けかけた口を途中で閉ざしました。

 

 よくよく考えると、アライさんが素直に話さないということは何かあるのだろうと思ったのです。

 突っ込まれたくないからはぐらかした。じゃあそれは聞かないほうがいいことなのかも。

 

 そう思ったフェネックは小首をかしげながら、

 

「レミアさーん、ところでその手に持ってるのはなぁに?」

 

 わざと話題をそらしました。

 アライさんは驚いた顔でフェネックに振り返っていましたが、フェネックはそれに気が付きません。

 とはいえ特にアライさんも何も言わず、前を向いて耳だけはレミアの言葉を聞くようにそばだてます。

 

「これは〝銃〟っていうのよ」

「へー、何に使うの?」

「使い方は……いろいろあるわね。危険から身を守るために使うのよ」

「なるほどー」

 

 頷きながらフェネックはレミアの腰についているたくさんのポーチに視線を落とします。

 

「これも、その……〝じゅう〟だっけ? に使うー?」

「そうね、予備の弾薬とかが入っているわ」

「そっかー、じゃあセルリアンが出ても大丈夫だねー」

「セルリアン?」

「うん。このジャパリパークにはねー、セルリアンって言って、ちょーっとあぶない生き物もいるんだー。ね? アライさん」

 

 急に話題を振られてびくっとしましたが、

 

「食べられかけたのだ」

 

 低い声でつぶやいたアライさんからは、なんか本気の恐怖がにじみ出ていました。

 過去に食べられそうになったみたいです。

 

「あなたたちを食べるような危険な存在、ということかしら」

「そうそう。まぁ食べられても死にはしないんだけどさー」

「え? じゃあそれほど危なくもないでしょう」

「違うんだよねー。なんかー食べられた子はものすごーく気が抜けてるって言うかー」

 

 うーん、と口元に手を当てて考え始めたフェネックの代わりに、アライさんが立ち上がってレミアのほうを見ます。

 その目は先ほどまでの様子とは一変して、かなり真剣なものでした。

 

「あれは本当に危ないのだ。アライさんも仲間が一度食べられちゃって、すごく大変なことになったのだ」

「どんなこと?」

「く、口じゃ言えない事なのだ」

「?」

 

 とにかく食べられないように気を付けないといけない生物、ということはよくわかりました。

 

 

 ○

 

 

 それから一行は大きな木のあるところまで来ると、一度休憩を入れることにしました。

 

「ごめんなさいね、フェネックちゃん、アライさん」

「いいよいいよー」

「休憩は大切なのだー!」

 

 レミアは木にもたれかかると、浅い眠りに入ります。

 アライさんは木の上に登って周りを見晴らし、フェネックは周囲の音が聞こえるように耳をそばだてました。

 

 ほんの十分ほど前。

 

 レミアの足取りが少し重たいことに気が付いたフェネックは、

 

「レミアさん、もしかしてレミアさんってー、夜行性じゃない?」

「え、あ、うん、たぶんそうね。ごめんなさい、すこし眠たいわ」

「じゃあ無理しないほうがいいよー。私たちは夜行性だからさー」

 

 そうしてこの木のところまで来たら、休もうという事にしていました。

 

「ねぇ、アライさん」

「どうしたのだ?」

「レミアさんってー、何のフレンズなんだろーねー?」

「それはアレなのだ! 夜行性じゃなくって! いろんなものを持ってるのだ! だからえっと」

「……それだけじゃーわからないよねー」

「でもきっと大きなケモノなのだ!」

「たしかにそうかもー。いや、でも私たちが小さいからそう見えるだけかもよー?」

「じゃあじゃあ、図書館にもいくのだ! 図書館に行けば大丈夫なのだ!」

「おーそだねー。あそこに行けば、何のフレンズかわかるかもー」

「はっはっはー! アライさんあったま良いのだー!」

「だねー」

 

 両手を突き上げて高らかに叫んだアライさんの声は、サバンナの月明かりに消えていきました。

 フェネックは一度振り返って、アライさんの大声でレミアが目を覚ましていないか確認した後、再び周囲の音を注意深く聞き始めます。

 

「…………」

 

 そのまま数分が経過しました。

 

 ふと、フェネックの淡い黄色の耳がピクリと動きます。

 

「……アライさん」

「どうしたのだ?」

 

 フェネックは口元に人差し指を当てて〝しー〟っとすると、耳に手を当ててさらに遠くの音を拾おうとします。

 

「フェネック?」

「アライさん、静かにしてー」

「わかったのだ!」

 

 元気よく返事をしたアライさんは、しかしフェネックの表情が真剣で――――もっと言うならば、アライさんにもわかる〝外敵を察知したとき〟とまったく同じ表情をしていたので。

 

「…………見てくるのだ」

 

 急いで木へと駆け上がり、あたり一面を見渡しました。

 

 草が生え、ところどころに木が見えて。

 サバンナのお馴染みの景色のほかに――――。

 

「いた! いたのだ! なんかいたけどアライさんよく見えないのだ!」

 

 人影をとらえました。とらえましたが、アライさんは視覚があまり優れないのでぼんやりとしか見えていません。

 

 すぐに木から降りてフェネックに知らせます。

 

「フェネック! 向こうに誰かいるのだ! たぶんフレンズだけど、でもなんか様子がおかしかったのだー!」

「様子がおかしいだけならいいんだけどさー、うーん……変な音がたくさん聞こえるんだよねー」

「へんなおと?」

 

 首をかしげるアライさんをよそに、フェネックは木の根元に駆け寄ってレミアの肩をゆすります。

 落ち着いた声音で起こしました。

 

「レミアさん、レミアさん。ごめんなんだけどさー、もう起きなきゃいけないんだー」

「ッ!」

 

 肩に触れられた瞬間に目を覚ましたレミアは、一瞬の動作でライフルの安全装置を外し、身体の前に抱えます。

 フェネックはちょっと驚きましたが、まぁ別にケモノなら当然の反応かなーと思い返します。

 

 眠りから覚めたばかりのレミアはしかし寝ぼけた様子もなく、いたって普通の調子で口を開きました。

 

「どうしたのかしら?」

「とりあえず、ついて来てもらってもいいー?」

「もちろんよ」

 

 一行は土を踏み固めた道から外れ、ひざ下くらいにまで伸びた草の中をさくさくと進んでいきました。

 

 

 ○

 

 

「あーれ、おねーさーん? なんでこんなところにー?」

 

 フェネックが首をかしげながらつぶやきます。

 三人が走っていった先には、ヘロヘロになりながらこちらへ向かってきているフレンズがいました。

 

 髪は黒色で毛先が赤く、全身はぴっちりとした服を着ています。出るところがしっかりと出た大人っぽいフレンズです。

 サバンナの水場でよく水浴びをしている、サバンナのみんなからは〝カバ〟とか〝おねーさん〟と呼ばれている動物でした。

 

 いつもはおっとりとしたしゃべり方と物腰で、時々水場に来た他のフレンズをびっくりさせることが好きな彼女は、しかし今は息も荒く、足取りもフラフラで落ち着いているような印象は欠片もありません。

 

 駆け寄ったフェネックは肩を貸しながら、なおも不思議そうな声音で質問します。

 

「どーしたの? いつもはこんなに疲れてることないのにー」

「セル……リア……ン……が……ハァ……ハァ……」

「ちょっと落ち着こー。ほら、休んで」

「そうも……いか、ない……ハァ……わ」

「ちょぉぉぉぉぉぉぉッッ! フェネック! フェネックッ! 大変なのだ! 大変なのだー!」

「アライさんも落ち着いてよー」

「それどころじゃないのだー!」

 

 血相を変えて走り寄ってきたアライさんが、ただならぬ様子で叫びます。

 指を差した方向をフェネックは見ようとしましたが、ちょうど背中側なので見えません。カバに肩を貸しているので、自分で見ることはあきらめました。それよりもカバを休ませなければと思い、その場にしゃがみます。

 

 代わりに目を凝らしたのはレミアでした。

 月の明かりに照らされる草と土の地平線。

 だいぶ先のほうで、その月明かりを鈍く反射する〝なにか〟が見えました。

 

「……なにかしら、あれ?」

「セルリアンなのだー!」

「あれが!?」

 

 レミアの目が見開かれます。

 もう一度アライさんの指さす方角を凝視して、そこにあるものを視界に捕らえます。

 

 もはやそれは生き物などと呼べるものではありませんでした。

 原色のペンキをぶちまけたかのような青色が、ゼリー状となって空中に漂っています。

 それも、一つや二つではなく。

 

「あれ、いくついるのよ」

「に、二十はいるのだ! これはまずいのだ! 早く逃げるのだー!」

「まってよー、アライさーん」

 

 いたって落ちついた声でフェネックが呼び止めます。

 アライさんは振り返りつつ、こんな時でもいつもの調子を崩さないフェネックに若干の焦燥と、それを大きく上回る頼もしさを感じながらその顔を見ました。

 しかし目に入ったフェネックの表情は、苦悶のそれでした。肩を震わせながらアライさんを見上げています。

 

 フェネックは首をゆっくりと振りながら、掠れた声で言いました。

 

「おねーさん、これ以上は走れないよー……」

「で、でも! セルリアンがッ! しかもあんなに大きなのが!」

「…………わかってるよー、でも…………置いていくのは、違うかなーって」

 

 カバはすでに意識を失っていました。ここまで結構な距離を走ってきたのかもしれません。

 

 カバは短距離を全速力で走るのは得意です。時速にすれば四十キロを越し、たいていの危機からは脱出できます。

 しかし長い距離は走れません。この様子を見るに、すでにカバは自分の走れる限界の距離を大きく越えて移動しています。

 これ以上走ることはおろか、立って歩くことも不可能でした。

 

 フェネックは地面にそっとカバを寝かしました。

 アライさんはすでに逃げる気満々です。この場に居るのが彼女一人だけだったら、何のためらいもなく逃げたでしょう。

 しかし今はフェネックが居ます。古くからの友人であり、遊び仲間であり、相棒であるフェネックが。

 

 そのフェネックが〝動けない〟と言っているのです。置いていくわけにはいきません。

 アライさんはフェネックの顔とカバの顔を交互に見て、泣きそうな顔で「ぬあー! どうすればいいのだー!」と叫びました。

 

 フェネックも同様に彼女一人、あるいはアライさんと二人きりなら逃げたかもしれません。

 しかし今は違います。足元にはカバが居ます。

 

 フェネックとカバは特別仲がいいわけではありませんが、何度も会話を交わしたことがあるくらいには面識があります。

 水場に行けば必ずと言ってもいいほど彼女がいて、毎度毎度急に現れるたびに驚かされていました。

 

 もし。

 

 もし、カバがセルリアンに食べられてしまったら。

 

 ――――死にはしないけど、もう二度と、水場から急に出てきてびっくりさせてくれるようなことはないでしょう。

 楽しく笑ってお話をすることもないでしょう。

 仲良く水浴びをすることもないでしょう。

 

 セルリアンに食べられたフレンズは。それは、もう、そういうことができなくて。

 

(そんなの……いや、だなー…………)

 

 フェネックの目じりに小さく涙が浮かびました。

 はらはらと落ちた涙がカバの顔にかかります。

 月の光に弱く反射し、フェネックの頬に、一筋も二筋も跡を作ります。

 とめどなく、あとからあとから溢れ出ます。

 

 その時。

 

 ――――じゃきぃぃん。

 

 フェネックがこれまで聞いたことのない音があたりに響きました。

 大きな耳で遠くの音まで聞き取れるフェネックが、これまでたった一度も聞いたことのない音です。

 

 フェネックは顔をあげました。しゃがみこんだまま、音のした方を見上げます。

 目で追った先にレミアが居て、その音はレミアが発したものだと気が付き。

 

「ひっ」

 

 おもわず声が漏れました。

 

 レミアの目は完全に、獰猛な肉食動物が獲物を狩るときのそれでした。

 見られたものは恐怖で肢体が固まるような。

 北の大地に吹き荒れる凍てついた氷礫のような。

 

 瞬間的に死を連想させる、恐ろしく冷たい目をしたレミアが、無表情に、ただただそこに立っていました。

 ゆっくりと口を開いて、しかし酷く落ち着いた声でつぶやきます。

 

「…………あなたたちはここにいて。ここから動かなくていいわ」

「え……?」

 

 フェネックは言われた意味を理解しようと努めながら何とかそれだけを言葉にしました。

 〝何を言っているんだ〟〝逃げなきゃいけないんだ〟と伝えようとしますが、言葉になりません。どうやって声にすればいいのかわからず、頭の中で止まってしまいます。

 

 直後、レミアは走り出しました。左へ向かって、先ほどの重い足取りからは想像もつかないような素早さで。

 

「レミアさん! 石なのだッ! セルリアンは石を壊さないとダメなのだッー!」

「了解」

 

 アライさんが大声で叫んだ言葉に、レミアの声が返答します。

 フェネックはただただ、脳裏に焼き付いたレミアの目が忘れられないまま、ぼーっとレミアの跡を目で追いました。

 

 

 ○

 

 

 サバンナの草原地帯を、一人の女性が走っています。

 手にはボルトアクションライフル、両腰には旧式のリボルバー。

 

 草を踏み抜き、腰を低くし、まるで獲物を狩る猛獣のような目で女性は走っています。

 

「……ここね」

 

 月明かりに照らされる草原のはるか彼方。

 ゆうに五百メートルは先に集っている、ブニブニとした〝それ〟に。

 

 ――――セルリアン、とフレンズたちからは呼ばれているそれに向かって。

 

 ボルトアクションライフルを構えた女性、否、レミアは、深く息を吸い込みました。

 

 そのまま片膝を地面につけて膝立ちになり。

 

「…………」

 

 ライフルの上部に取り付けられているスコープをのぞき込み。

 ただの十字線だけで構成されている照準器をぴたりと安定させ。

 

「ふー……」

 

 深く吸った息を深く吐き出し。

 

 ――――ばがんッ!

 

 引き金を引き絞り、あたり一面に轟音をまき散らしました。

 音速をはるかに超える速度で打ち出された円錐形の鉛玉は、目が覚めるような青色をしたセルリアンの頂点、その直径わずか三十センチメートルほどの大きさの石を粉々に弾き飛ばしました。

 

 そのままの体勢で目にも止まらぬ早さのボルトアクションを行います。

 

 ばしゃッ!

 

 ばがんッ!

 

 ばしゃッ!

 

 ばがんッ!

 

 ばしゃッ!

 

 ばがんッ!

 

 ばしゃッ――――。

 

 セルリアンの頂点についている石が、次々に砕け散ります。

 石を砕かれたセルリアンはいくつもの直方体に分裂し、砕け散り、まばゆい光をもって霧散していきます。

 

 その光がレミアの照準をことごとく手助けする形となり。

 またセルリアンたちは何をされているのかわからないといった様子であたふたし始め。

 

 サバンナに響く爆発音が二十二回響いた後、レミアの覗くスコープの向こう側には、もう一体もセルリアンの姿はありませんでした。

 

 

 ○

 

 

「ぬあぁぁぁぁ!! すごいのだ! すごいのだレミアさんの〝銃〟!! なんなのだあれッ!!!」

「…………」

 

 レミアが銃火を瞬かせているその少し向こうで。

 

 アライさんは両手を上げてピョンピョンと飛びながら興奮をあらわにし。

 フェネックは茫然と、頬を伝う涙もそのままに、レミアの手によって次々とセルリアンが砕け散っていく光景を眺めていました。

 




次回「さばんなちほー!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。