【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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最終話 「せるりあんがちょっとおおいじゃぱりぱーく!」

 月の明かりは青白く、ほのかにパークを照らす夜。

 さびれた遊園地の、もう動くことはないであろうジェットコースターのレールの上で、フレンズたちはただただ山の上の出来事を吸い込まれるように見ていました。

 

 一瞬。

 ほんの一瞬です。何かが目の前で光ったかと思った直後。

 

 耳が壊れるほどの爆音がどこからともなく鳴り響き、衝撃波が海を裂き、木の枝を飛ばし、フレンズたちの服の裾をバタバタと暴れさせました。

 思わず全員が耳をふさいで歯を食いしばります。

 海の遥か彼方から飛翔してきた光は、(しるべ)として打ち上げられた信号弾を貫いて、巨大セルリアンに直撃しました。時が止まり、山の上に一瞬の静寂を作った直後。

 

 眩い光を放ちながら、巨大な光の球が黒セルリアンの両翼を包み込みました。

 

 瞬時に膨らみ、夜の空を煌々と照らしながら黒翼を余すことなく飲み込むと、次の瞬間にはガラス細工が一斉に割れるような音がして、大小さまざまな光の粒子が、長い尾を引きながら落ちていきます。

 わずか二秒ほど。短くも決定的な攻撃は、山の上に光の花を咲かせました。

 

 その光景は、ほんのわずかな時間の出来事でしたが。

 レールの上のフレンズ全員に――――いえ。

 島中の、雪山地方の二人以外のありとあらゆるフレンズの目に、しっかりと焼き付いて離れませんでした。

 

 〇

 

「行くわよ!」

『レミア、乗って!』

 

 レミアの一言にセッキーはすぐさま反応し、水色のセルリアンを一体寄せると、その上にレミアを乗せてレールの上から飛び降りました。

 

 地面にはごつごつとした溶岩が所狭しと敷き詰められています。遊園地内の敷地の半分以上が黒々とした溶岩で埋め尽くされ、青白い月光に照らされています。

 上部を少しへこませた球型の水色セルリアンにレミアが乗り、その隣をセッキーがついて走ります。

 

「セッキーちゃん、ヒグマとキンシコウの場所は?」

『いま探させてる』

 

 目指すは森です。ヒグマとキンシコウを食べたセルリアンがどこに居るのかわからない以上、二人の無事を確認するためにはこちらから探すしかありません。セッキーは配下のセルリアンを総動員して、森の中を探させています。

 

 レミア達に続いて他のフレンズたちも、ヒグマとキンシコウを探し始めます。

 

「ヒグマー!」

「ヒグマさーん!」

「キンシコウ! どこー!」

「出てくるのだー!!」

 

 遊園地の中でも外でも、二人を呼ぶ声が絶え間なく続いていましたが、一向に返事は返ってきません。ただそれでも、探すことをあきらめるフレンズは誰一人としていませんでした。

 

 月の明かり、自慢の耳、よく効く鼻をそれぞれ頼りにして探すこと数分間。

 

「居たのです!」

 

 遊園地と森の境目の、大きな木の影で、博士が声を上げました。

 周囲を探していたフレンズたちが一斉に駆け寄ってきます。レミアとセッキーもその場に急ぎます。

 大きな木の前に、博士と助手が立っていました。少し遅れて、慌てた様子でやってきたリカオンに周囲のフレンズ達が道を開けます。

 

 リカオンは博士たちの横に立ち、目の前に転がり込んできた現実を直視しました。

 

「…………そん、な」

 

 木の根元。黒ずんだ溶岩の上には、虹色に輝く二つの球がありました。リカオンの口から消え入りそうな声が漏れ出します。

 ふらふらと、一歩、二歩、弱々しく足が前に進み、

 

「…………」

 

 何も言わず膝をつき、二つの球に両手を伸ばします。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、ヒグマさん、キンシコウさん……こんな、こんなことに…………」

 

 フレンズたちの前でハンターが泣いていては情けないと、泣いてはいけないとリカオンは自分で自分に言い聞かせましたが。

 そんなことを思えば思うほど、心が締め付けられるように痛くなり、涙は留まることなく溢れ続けます。

 

 もう、ヒグマが乱暴に頭をなでてほめてくれることも。キンシコウが戦闘中に自分を心配してくれることも。二人と一緒に遠くの地方に行くことも、ジャパリまんを食べることも、お話しすることも、笑うことも、泣くことも、怒ることもありません。もう二人とも、帰ってくることはありません。

 

 リカオンは謝り続けました。

 遠くから吹いてきた冷たい夜風が、辺りの葉を鳴らしてざぁ、っと吹き抜けました。

 月の青白い光が残酷に、リカオンの頬に光る涙を照らしています。

 

「お前は――」

 

 そっと博士が近づいて、リカオンの肩に手を置きました。

 

「お前は悪くないのですよ。ヒグマとキンシコウは、ハンターとしての役目を終えて野生に帰るのです。……死んだわけではないのです。お前が泣いていては、二人が心配するのですよ」

 

 博士の言葉に、リカオンは何度となく首を縦に振りましたが。

 嗚咽と涙は、それでも止まることはありませんでした。ずっと、ずっと、二つの虹球に向かって謝り続けています。

 

『レミア……』

「あたしには、どうすることもできないわ」

『でも』

 

 セッキーはレミアのほうを向き、レミアが悔しそうに首を横に振っているのを見て、もうそれ以上は何も言いませんでした。

 

 あと一歩、間に合いませんでした。

 セルリアンに食べられたフレンズは、輝きを失います。

 それは、ある時はフレンズのまま何かを失い。またある時はフレンズの姿を維持できなくなり、元の動物の姿に戻るということ。

 何が起因してどちらの状態になるのかは、その場にいるどのフレンズにもわかりませんでしたが。

 ただ一つ確かに言える事は、この状態になってしまったフレンズは、もう確実に元の動物に戻るしかないということです。

 

 記憶も、思い出も、友達も、宝物も、何もかもを失って、再び一から動物として生き始める。残されたフレンズにはどうすることもできません。たとえどれだけ大切な友達だったとしても――――動物の姿に戻ったフレンズは、その友達のことを忘れてしまいます。

 

 遠くから、腹に響く音が聞こえてきました。

 また山が噴火しています。ここ数週間、ずっとずっと噴火し続けている山の音に、もはやフレンズたちは少しも反応しません。

 泣きながら謝り続けるリカオンの後ろで、誰もが言葉を失い、俯いていました。ただ一人を除いて。

 

「元気を出せとは、言えないのだ」

 

 たった一人、リカオンの様子をじっと見て、それから前へ出てくるフレンズがいました。

 アライさんはゆっくりと歩いてきて、むせび泣くリカオンの後ろに立ちます。

 普段のアライさんとはずいぶん違う、とても静かで落ち着いた声音でした。

 

「アライさんもずっと前、大事な友達をセルリアンに食べられたのだ。でもリカオン、あきらめないでほしいのだ」

「…………?」

 

 俯いていたリカオンが、頬を涙でぬらしたまま顔をゆっくりと上げて後ろを振り向きました。

 木々の間からちょうど差し込んだ月の明かりが、アライさんの顔を照らしています。腰に手を当てて仁王立ちしたアライさんは、いつも通りの自信に満ち溢れた笑顔を浮かべていました。

 

「あきらめずに、動物になったヒグマとキンシコウに毎日会いに行けばいいのだ! そしたらいつかまた、サンドスターが当たってフレンズになってくれるのだ! アライさんはそうしたのだ!」

 

 元気に、明るく、活発に。

 アライさんは底抜けの声でそう言い切り、ちらりと一度フェネックを見て、再びリカオンに視線を戻しました。

 視線を戻して、それから吸い込まれるようにリカオンの後ろの虹玉を見て。

 

「――――ふぇ?」

 

 情けない声を一つ上げました。

 アライさんだけではありません。博士も、助手も、その場にいるリカオン以外の全てのフレンズが、驚いたように目を見開いています。

 

「…………どうしたんですか、皆さん?」

 

 あまりのフレンズたちの驚きように驚かされたリカオンは、全員の視線が自分の背後に向いていることに気が付いて、おそるおそるゆっくりと振り返りました。

 

 振り返った、その先で。

 

「――――あれ? 黒セルリアンはどうした?」

「ん……? 私、寝ちゃってましたか?」

 

 ヒグマとキンシコウが、頭を片手で押さえながらゆっくりと立ち上がって周囲をきょろきょろと見回していました。

 

 月明かりに照らされる、決して幻なんかじゃない二人を見て、リカオンは一瞬ぽかんとして。

 次の瞬間には飛んで二人に抱き着きました。涙や鼻水でぐちゃぐちゃの顔をヒグマの服に押し付けながら、それでもずっと、二人に抱き着いて離れませんでした。

 大声で泣きながらまたまた謝っているリカオンの後ろで、

 

「……どういうことですか、博士」

 

 助手は静かに問いました。

 博士は、ヒグマの服のお腹のあたりがテカテカと光っているのを見つめながら答えます。

 

「ヒトの身体は泣くと鼻から粘液が出るそうなのです」

「いえ、そっちではなく」

「…………分からないのですよ。どうして復活できたのか、記憶もそのままなのか」

 

 ふと、助手と博士は遠くにそびえ立つ山の方へ振り向きながら、感慨深げに目を細めました。

 

「――――噴火、していましたね。何か関係がありますか?」

「あると思うのですよ。でもそれが何かは、これから調べていくことなのです」

 

 博士の言葉に、助手はすこしばかりのため息をつきながら、

 

「休みがありませんね、博士」

「ないのですよ助手。我々はこの島の長なので」

「…………長も、楽じゃありませんね」

「助手が居てくれるからできるのです」

 

 博士の一言に、助手は照れくさそうに微笑みました。

 

 〇

 

 〝ばくげきき〟という言葉がパーク中で話題になるまでに、一日とかかりませんでした。

 山の上に突如現れた巨大な飛行型の黒セルリアンは、島のフレンズの誰もが目撃しており、そして誰もが、その巨大セルリアンの最期を目にしていたからです。

 

 しかし、どうして巨大セルリアンが現れたのか。

 また誰がそのセルリアンを倒したのかはいろいろな噂が立ってしまったので、本当のことを知っているのは極々わずかなフレンズだけです。

 噂の内容はトンチンカンなものがほとんどで、不思議なことにそのどれもに〝レミア〟や〝カバン〟の名前が出てきています。つまり二人の名前は、どうやら島中で話題になってしまったようです。でもこの二人が巨大セルリアンを倒したわけではありません。二人がやったことは退治の手伝い、つまり遊園地を防衛したことと、信号弾を撃ったことくらいです。

 

 一方、倒した張本人のフレンズですが、

 

「ベラータ、次の指示は?」

『東北の部隊と合流してください。誘い込んで、ここでなるべく敵の戦力を削りましょう』

「了解」

 

 相変わらず温泉宿に引きこもってゲームをしていました。どの噂の中にも、キタキツネの名前は出てきていません。

 

 山の上のフィルターはどうやら巨大セルリアンの出現と同時にずれてしまっていたらしく、何かあってはいけないという博士たちの考えで、翌日さっそく張り直されることとなりました。

 その際、もう四神が動いてしまわないようにと、ビーバーとプレーリーの力を借りて〝しぇるたー〟も作りました。材質は木材ですが、かなり大きな揺れがあってもそう簡単には動かないような作りです。山の噴火の振動程度ではびくともしないようです。

 

 〝ばくげきき〟を退治した後から、なんだかんだで一週間が経ちました。カバンさんを海の外に送るために作ったバスが、セルリアンの襲撃でちょっとだけダメージを負っていたので博士と助手が直していました。

 それと並行して、山が噴火し続けている理由や、ヒグマとキンシコウがフレンズに戻れた理由、そしてレミアの願いである〝過去に戻る具体的な方法〟の調査も博士と助手は進めていました。

 

 なんだかんだ言って二人は結構働き者です。たくさん働いていることをレミアもカバンさんも知っていましたから、博士助手のために泊まり込みで料理を作ってあげていました。レミアの身体は最近やっと八歳程度にまで戻ってきたので、踏台が必要ではありますが一人で料理が作れます。一人と言ってもうっかり火傷や怪我をしないよう、近くでセッキー配下の水色セルリアンと赤色セルリアンが見守ってくれています。

 

 〇

 

「いらっしゃ~い。ようこそぉ~ジャパリカフェへ~」

 

 気の抜けるようなアルパカの声に迎えられながら、レミアとセッキー、博士と助手は高山にあるジャパリカフェへとやってきました。

 

「今日はたくさんだねぇ~。どしたのぉ~?」

「博士たちと話をするついでに、ここにも少し寄っておきたくて」

『〝アライ茶〟っていうの飲んでみたい!』

「ふぁ~そうなの~? どうぞどうぞ~ゆっくりしていってぇ~♪ いま用意するからねぇ~♪」

 

 みんなで席に着き、このカフェ名物の〝アライ茶〟を注文します。

 本当はアライさんとフェネックも誘いたかったのですが、どうやら用事があるらしく、二人して港のほうに出かけました。

 

 明日はカバンさんが島を出る日だそうです。もしかするとその準備のために港へ行ったのかもしれません。レミアとセッキーも手伝いたかったのですが、博士と助手に〝大事な話がある〟と言われたのでこちらの方を優先しました。

 

 しばらくすると、アルパカが飲み物を運んできてくれました。

 コーヒーと紅茶を混ぜた独特の香りがする〝アライ茶〟に、レミアはアルパカの用意してくれた砂糖とミルクをこれでもかと入れてから、ティースプーンでぐるぐるとかき混ぜます。

 ニコニコ顔で混ぜながら博士と助手のほうを見て、話の内容へと入っていきます。

 

「それで、何かわかることがあったのかしら?」

「あったのですよ。まず、ヒグマたちがフレンズに戻れた理由なのです」

「大体の予想通り、山が噴火することによってサンドスター濃度が上がり、それに虹玉が反応したからフレンズに戻れた、と言うことなのです」

「つまり山が頻繁に噴火していなかったら、あの子たちは戻れなかったわけね」

「そうなるのです」

 

 博士は頷き、助手はカップに口を付けました。

 

「……おいしいですね、博士」

「ちょっと苦いのですよ助手。お砂糖を入れるのです」

「…………」

 

 助手は砂糖なしでちょうどいいと思っていましたが、あえて何も言いませんでした。

 博士は砂糖をカップに入れ、小さなスプーンを逆手にもって危なっかしく混ぜながら言葉を続けました。

 

「山が噴火し続けている理由も、だいたい見当がついたのです。助手が調べてくれたのですよ」

「はい、噴火の理由ですが、おそらくサンドスターに何らかの意志がある――――そう仮定すると、噴火し続けている理由がわかります」

「それ、あたしがベラータに言われたことだわ」

「なのです。そこから着想を得ているのですよ」

「おそらくですがサンドスターは〝フレンズをフレンズとして守るために〟存在しています。噴火が続けばフレンズはフレンズとして存在し続けることが容易になり、その結果ヒグマとキンシコウのように〝危なくなっても戻ってこられる〟状況が生まれるのです」

「でも、サンドスターが出続けるとセルリアンの数も多くなるんじゃないの? フレンズが危険な目に会う機会も増えるわよ?」

「ふつうはそうなのです。だから以前までは、年に一回、多くても二回までしか噴火していなかったのですよ」

「それがボーボーと活動し始めたのはたぶん、セッキーのせいなのです」

『え、ボク?』

 

 椅子の横に控えさせていたセルリアンにジャパリまんをちぎってあげていたセッキーは、急に自分の名前を呼ばれたので手を止めました。

 

『山の噴火が、ボクと関係してるの?』

 

 博士と助手は二人そろって頷きます。

 

「お前にサンドスターが当たった結果、周囲のセルリアンを従えることのできるセルリアンが生まれたのです」

「フレンズからすればとんでもない危機なのです。お前がレミアだけを狙っていたのではなく、もし無差別にフレンズを襲っていたら、山はもっともっと噴火していたのです」

『――――偶然、ボクにサンドスターが反応しちゃって、それを危険とみなされたからフレンズを守るために山がたくさん噴火してた……ってこと?』

「きっかけはそうなのです」

『ボクってもしかして迷惑?』

「ちょっと前までは」

「今はいないと困るのです」

『すごく複雑な気持ち』

 

 セッキーはわざとらしく肩を落として、それからすぐに微笑みました。過ぎたことは過ぎたことです。

 

『結果良ければすべてよし、だね』

「良い言葉なのです」

 

 セッキーが居たからサンドスターがあふれ出て、セルリアンが大量に発生した。

 でもセッキーはずっとレミアだけを狙っていたので、レミア以外のフレンズに被害が出ることはそもそもなくて、よしんば食べられてもサンドスターのおかげですぐにまたフレンズとして復活する。

 黒セルリアンだけは完全にセッキーとは関係のないところで脅威となっていたのですが、これもまたサンドスターが大量にあるので、もし食べられても普通のフレンズならちゃんと元に戻れます。

 

 セッキーが生まれた時点で根本的に、フレンズは誰も傷つくことのない状況になっていたようです。

 

『でもそれって、レミアだけは危ないってことだよね?』

「そうなのですよ。レミアの半分はセルリアンとしてサンドスターに見られているのです。だから普通のフレンズよりサンドスターの供給量が少ないのですよ」

「もし黒セルリアンに食べられていたら、供給量が足りずに元の動物――いえ、この場合はどうなるのですか? 博士」

「レミアの元となった無機物に戻るかもしれないのです。正直そこまではわからないのです」

『なるほど』

「へぇ」

 

 レミアは自分のことながら、今初めて自分がどんな存在なのかをなんとなく理解しました。

 しかしなんとなくなので、

 

「つまり、どういうこと?」

 

 良く理解できているわけではありません。首をかしげています。

 

「レミアはセルリアンとしてもフレンズとしても未熟なので、サンドスターの取り込み方がとってもヘタクソ、と言うことなのです」

『あ、そっか。セルリアンがジャパリまんを食べて形を維持できるのって』

「セルリアンとして、サンドスターの成分を物質から吸い出すことに長けているからなのです。それすらレミアは十分にできていないのですよ」

『ねぇレミア、フィルターが外れてるときって、やっぱり体が軽かったりとか、妙に動きやすかったりとかした?』

 

 セッキーの質問に、レミアは少し思い出すように上を見て、

 

「そうね。あなたと戦っていた時もそうだけど、四本足の黒セルリアンと戦ってる時が、一番体が軽かったわ」

「ということは、レミアはサンドスター・ローを吸収することも少しはできるのですよ」

「でももうフィルターを外すのはダメなのです」

「ダメなのです。あぶないのです」

「わかってるわよ」

 

 レミアは苦笑いを浮かべながら、両手でカップをもってアライ茶を口に含みました。

 

 それにしてもです。つまりレミアの身体はセルリアンでもありフレンズでもあるという性質上、サンドスターの取り込み方が不十分である、ということがわかりました。あまり良いことではありませんが、それでも自分のことが一つ詳しくわかりました。レミアはひっそりと心のうちで首を縦に振りながら、なるほどなぁと呟きます。

 

 ふとレミアが顔を上げると、カフェの奥から何やらお皿を持って運んでくるアルパカの姿が目に入りました。

 

「お待たせぇ~これ、カバンちゃんが教えてくれた料理だよぉ~」

 

 がたっ! っと博士と助手が反応します。

 

「こ、ここでも料理が食べられるのですか!」

「アルパカ! お前カバンとどういう関係なのです!」

「あんれぇ~知らなかったのぉ~? カバンちゃんここにきて料理の仕方教えてくれてぇ~、カフェのちょうりきぐぅ? を使えばできるってぇ~。だからやってみたんだぁ~」

「博士、これから毎日通いましょう」

「そうするのです助手。図書館からひょいなのです」

「ひょいひょいと飛ぶのです」

 

 博士と助手の毎日通う宣言に、アルパカはとても喜びました。

 出てきた料理は野菜を一口大に切ってスープで煮込んだものでした。スープはトマトベースで、酸味の効いたコクと香りある一品です。

 

 頬をとろけさせながらハフハフと美味しそうに食べる博士と助手に、レミアは最後、最も聞きたい質問をすることにしました。

 

「で、あたしはこの話が一番大切なんだけど」

「なんなのです? 今とっても気分がいいので、何でも答えてやるですよ」

「〝過去に戻る方法〟…………調べてくれてたみたいだけど、何かわかったかしら?」

 

 博士たちは手を止めずに、全力で口の中に具を詰め込んでいましたが、レミアの質問を聞くや否や、

 

「ほへはへふへぇ」

「口の中のものは食べてからしゃべってくれるかしら」

 

 こくりと頷くとモグモグ噛んで、口の中が空になって改めて、博士は大きく息を吸いました。

 

「それはですね、我々も驚いたのですが、ちゃんと方法があったのです」

 

 〇

 

 ジャパリパークは島の外にも続きます。

 それはこの島の多くのフレンズたちが知らない事実でしたが、一部のフレンズはそのことに気が付いていました。博士と助手も例外ではなく、渡り鳥のフレンズから聞いた話によってそのことを知っています。

 

 そして今回、レミアの〝過去に戻りたい〟という願いを聞いてあげるため、二人は図書館に残された書物を読み漁ったり、運よく港に来ていた渡り鳥のフレンズから話を聞いたり、山のフィルターを形成している四神を調べたりして、一つの仮説にたどり着きました。

 

「あくまで仮説なのです」

「これは絶対ではないので、もし失敗してもしょうがないことなのです」

「それで? どうなの?」

 

 博士と助手は一度お互いに顔を見合わせ、それから一つ頷いて博士が口を開きました。

 

「パークには〝紋章〟と呼ばれる不思議な力を持つ印があるそうなのです」

「この島のフィルターを作っている四神の模様、あれが紋章なのです」

「そしてその紋章をすべて集めることで、集めた本人は時間を飛び越えることができるそうなのです」

「………………」

 

 時間を、飛び越える。

 それが未来と過去のどちらへ行くことを示しているのか。任意に戻りたい時代まで戻ることができるのか。

 よしんば戻れてもサンドスターはどうなるのか。全てが上手くいったとして、国と国の間の距離はどうするのか。

 

 そのようなことを本来は考えなければいけないのですが、八歳児相当のレミアでは残念ながら何も考えられず、

 

「さっそく試しましょう」

 

 頭を空っぽにして、ただただ胸のうちを喜びでいっぱいにしていました。うれしさいっぱいで今にも椅子の上でぴょんぴょん跳ねてしまいそうです。

 過去に、そして祖国に戻りたいレミアにとって、博士のその言葉は間違いなく朗報でした。

 

「で、その紋章の集め方はどうすればいいの? っていうか、山に行けばそろうわよね?」

「それが問題なのですよレミア」

「紋章は〝ラッキービーストの基幹部品〟か〝お守り〟に集めないとダメなのです」

「…………ラッキービーストの基幹部品って、カバンさんが腕時計みたいにしてるやつ?」

「そうなのです」

「無理じゃないの。ラッキービーストをスクラップにするわけにもいかな――――」

『ボクがいるじゃん!』

 

 ほら見て! と、セッキーは白いワンピースの胸元をごそごそと漁って、首からかけていた何かを表に出しました。

 

『これ、大事なものだからいつも服の中に入れてたんだけど、これが基幹部品だよ!』

 

 セッキーの白い手の上にあるそれは、首からぶら下げられるように革ひもにつなげてありました。薄い円状で透明なレンズが付いています。確かに基幹部品と言うだけあって、何やら大切そうな機械です。

 

「セッキーの基幹部品でも、大丈夫なの?」

「同じラッキービーストなので、たぶん大丈夫なのです」

「カバンのやつとおんなじ形ですしね」

『レミア、これがあれば過去に行けるんでしょ? これ使ってよ!』

 

 そう言って首から外したセッキーでしたが、

 

『…………』

 

 革ひもを外した途端、顔から表情がなくなり、一切の感情が感じられなくなってしまいました。同時に声を発する気配もありません。

 

「…………これ、ラッキービーストの基幹部品なのよね」

 

 セッキーの手の平を指さしたレミアに、こくり、と何も言わず博士と助手がうなずきます。

 

「もらっちゃダメなやつだわ」

 

 すぐにレミアは基幹部品をセッキーの首に掛け直し、ワンピースの胸元にしまってあげました。

 

『いやー、ごめんねレミア。これがないといろいろダメみたい』

 

 肩をすくめながらそう言ったセッキーに、レミアも苦笑いを浮かべて返します。

 その後、お守りとやらについて博士に聞きましたが、こちらは博士たちでも何のことかさっぱり分からず、結局情報として使えそうなのは〝ラッキービーストの基幹部品〟のみでした。

 

「どうしようかしら…………」

「レミア、まだ続きがあるのです」

「山の四神の紋章を集めることも必要なのですが、それ以外にも二つ、神に匹敵するフレンズから紋章をもらわないとダメみたいなのです」

「な、なによそれ」

「どのフレンズなのかという名前までは分からないのです。でも少なくとも、そんなすごいフレンズならきっといろいろと有名になっているはずなのです」

「この島には四神以外の〝神〟と名前の付く、あるいはそれに匹敵するフレンズはいないので、まず間違いなく島の外に行かないと集められないのです」

「…………」

 

 つまりそれは。

 レミアもカバンさんと同じくして、自分の目的を果たすためには海へ出なければならないということ。

 

 カバンさんはヒトのなわばりを探すため、つまり人が現在住んでいるところを探すために島の外に出ます。そのためにフレンズたちは協力して、ジャパリバスの前部を船に作り替えてくれました。

 そして今、明確に、レミアも島の外に出なければならない理由ができました。

 

「ここにきて海に出る必要があったとはね…………考えてなかったわ」

「実は、考えてなかったのはお前だけなのです」

「どういうこと?」

「我々は賢いので、カバンと一緒にお前も島の外に出られるよう、あのバスは二人乗りにしているのです」

「あら、すごい」

 

 心底レミアは驚きました。実に用意の良いことです。

 

 スープをすべて食べ終えた博士と助手は、アルパカにお代わりをもらって、再び食べ始めました。

 もくもくと二人が食べ始めたので、レミアは頑張って頭を動かして、今分かっていることを整理してみました。

 

「…………」

 

 すると、どうしようもないこともわかってきます。

 

「紋章を集めようにも、基幹部品がないからどうにもならないわ」

「それは問題ないのです。セッキーがお前について行けばいいのですよ」

「で、でも、バスは二人乗りって」

「お前がもう一回小さくなって、カバンかセッキーに抱っこされていればいいのです」

「あ、なるほど」

 

 確かにいいアイデアです。

 バスは二人乗りですが、もう一度レミアが三歳児ほどの体格になれば、セッキー、カバンさん、そしてレミアの三人で乗ることができます。ナイスなアイデアです。

 ですが、

 

「…………不安、ね。正直、自分で戦う力がないまま見ず知らずの土地に出るのは怖いわよ」

「そう言うと思ったのですよ」

「でも残念ながら、そこに関してはセッキーの力を信頼してもらわないといけないのです」

 

 空になったお皿にスプーンを置き、博士はレミアをまっすぐに見ました。

 

「カバンと一緒にバスに乗るしか現実的な方法はないのです。体が戻っても、都合よく船が見つかるわけではないのですよ」

「いつまでもこの島にカバンをとどめておくわけにもいかないのです。なるべく早く、ヒトの住むところにカバンを返してあげることも我々は考えての事なのです」

『レミア』

 

 セッキーが、隣に座るまだ幼い体格であるレミアのほうを向いて、真剣な目で口を開きました。

 

『ボクのせいでこうなった。だから最後まで責任を果たさせてほしい。パークガイドロボットとしても、ヒトであるレミアのそばにボクはずっといるべきだと思うんだ。ううん、居させてほしい』

 

 セッキーのその言葉に。

 レミアは机の上に少しの間だけ視線を落としていましたが。

 

「えぇ、そうね。――――セッキーちゃんの強さを信じるわ」

 

 特に深くは考えず、とてもレミアらしい笑顔を浮かべながら、快く旅に出ることを決意しました。

 

 〇

 

 あくる日の朝。今日も天気がよさそうです。

 太陽がパークをぬくぬくと照らし、抜けるような青空が広がっています。港から望む大海原は、キラキラと陽の光を反射しています。

 

 港の桟橋には、波の調子に合わせてぷかぷかと浮いているジャパリバスの前部がありました。後方には大きな木のタライが取り付けられていて、水や食料が満載されています。

 

 桟橋にはたくさんのフレンズが集まっていました。サバンナ地方から、ジャングル地方から、高山から、砂漠地方から、湖畔から、平原から、図書館から、雪山から、ロッジから。

 たくさんのフレンズが、桟橋に立つレミアとセッキー、そしてカバンさんに笑顔を向けています。

 

「――――――ほんとうに、ありがとうございました」

 

 カバンさんがほんの少し涙ぐみながら、頭を下げて、それから一番前に出ていたサーバルをしっかりと見つめて言いました。

 

「じゃあね、サーバルちゃん」

「うん! ヒトの住むところ、カバンちゃんならきっと見つけられるよ!」

 

 カバンさんのかぶっていた帽子は、今はサーバルの手にあります。しっかりと両手で持って、大事に、大切そうに握られています。

 アライさんはふと、そんなサーバルの様子を後ろから見ていて、

 

(前も、お別れするときはこんな感じだったのだ)

 

 そう思いましたが、口にはしませんでした。桟橋に立つカバンさんがミライさんの姿と重なって、アライさんはあわてて目元を手で擦りました。

 それからサーバルの横に立って、

 

「レミアさん! とっても楽しかったのだ!! レミアさんといろんなところに行けて、本当に良かったのだ!」

 

 元気な声ではっきりとそう言いました。目元の涙はきれいに拭われています。

 

 レミアの身体は昨日カフェで話した通り、バスに乗るためにほんの少し小さくなっていました。もしものことがあってはいけないので五歳児ほどの体格にとどまっています。これで充分バスに乗れます。

 

 レミアは、頭一つ背の高いアライさんを見上げながら、

 

「あたしも楽しかったわ。キタキツネちゃんに通信機を渡してあるから、お話したくなったらいつでも尋ねるといいわ」

「いつでもは困るかも……」

 

 ぼそっと呟いたキタキツネの言葉に、思わずレミアがくすりと微笑みます。キタキツネの隣でギンギツネが目の間を押さえていました。たぶんちょっと頭が痛いのでしょう。なぜかは分かりません。

 

 笑みを浮かべているレミアの前に今度はフェネックが来て、膝を曲げて視線を合わせてから口を開きました。

 

「今までありがとねーレミアさーん。たくさん助けられたよー」

「こちらこそ。いろんなところでフェネックちゃんに助けられたわね」

「恩返しってやつかなー」

「ふふ」

「でもほんと、気を付けてねー」

「心配してくれてありがとう」

 

 フェネックの声には、これまでの旅で何度となくレミアを置いて逃げた時と同じような、あの心の底から心配するような声音が含まれていましたが。

 

「…………?」

 

 目を見ると、レミアは何か違和感を感じました。

 心配してくれている口調とは裏腹に、フェネックの目はどこか楽しんでいるような目をしています。

 心配とは違う、明るく、楽しく、何かいたずらを企んでいるような視線です。でもそんなことを聞いたってきっと何にもなりませんから、レミアは心の中で首をかしげつつ何も聞かないでおきました。

 

 博士と助手は、水色の小型セルリアンをなでていたセッキーのところへ行き、最後の確認をします。

 

「しっかりレミアとカバンを頼むのですよ」

『任せてよ。それより、この島は大丈夫?』

「お前が島を出たら自然と噴火も落ち着いて、もちろんセルリアンの数も減るのです。あれから〝島を守りたい〟と言ってハンターに志願してくれたフレンズが結構いるのです」

「だからお前はここの心配はせずに、まっすぐ前を見てレミアとカバンを守るのですよ」

『うん! ――――うん、もちろんだよ!』

 

 しっかりと、自信に満ち溢れた笑顔を浮かべながらセッキーは頷きました。

 博士と助手に促され、三人はようやくバスに乗ります。

 カバンさんが運転席に乗り、その後ろの座席にセッキーが座ります。体の小さなレミアはセッキーの膝の上に座りました。予定通りすっぽりと収まっています。

 

「あ、レミアさんこれ! これもちゃんと持っていくのだ!」

 

 アライさんが慌てた様子で駆け寄ってきて、桟橋から手を伸ばして差し出したものをレミアは受け取りました。

 二丁のリボルバーです。一丁は壊れていましたが、アライさんはそれもそのまま持ってきてくれたようです。

 

 主力であるライフルは、もし体が戻った時にすぐに使えるようバスの後ろに積んでいましたが、リボルバーはわざと置いていくことにしていました。そうとは知らず、アライさんはレミアの忘れ物だと思い持ってきてくれたようです。

 

「これ、結局レミアさんはずっとロッジに置いてたから、弾とかいろいろ直ってないけど、身体が戻った時には必要なのだ!」

「助かるわ」

 

 レミアは笑顔でそう言って、それから壊れていないほうのリボルバーをアライさんの手に握らせて、

 

「――――でもこれは、アライさんが持っててもらえるかしら?」

 

 幼い瞳を感慨深げに細めながら、笑顔でそう言い渡しました。

 44口径のパーカッションリボルバーは長いこと使われていたことがわかるように、傷だらけで、ボロボロで、しかしそれでも太陽の光を反射して、頼もしく、たくましく、鈍色に輝いています。

 レミアは瞳に、リボルバーのその輝きを映しながらゆっくりと口を開きました。

 

「ミライさんってわけじゃないけど、あたしもほら、何かヒトらしいものを残しておきたくって」

「でも、これはレミアさんの大切なものなのだ」

「大切だからよ。受け取ってちょうだい」

 

 何年も前にミライさんが島を立ち去るとき、帽子をアライさんに渡したように。

 その帽子を、今度はカバンさんがサーバルに渡したように。

 レミアも、アライさんにリボルバーを渡したいと思いました。ヒトがここに居た証を残しておきたいと思いました。

 

 アライさんは少しの間身動き一つとらないで。

 それから我慢しきれなかったのか、ジワリとにじみ出てきた涙があっという間に大粒となって頬を伝い、そしてそれを手で拭いながら花の咲いたような笑顔で、

 

「わかったのだ、もらっておくのだ! これは、アライさんの宝物なのだ!」

 

 しっかりと両手で受け取りました。

 

「そろそろ出発するのです」

「日が昇っているうちに島を見つけて、何とかして上陸するのですよ」

「はい!」

 

 運転席に座るカバンさんに向かって、博士と助手が桟橋から合図します。

 おそるおそるハンドルを握り、足元を見ながらアクセルの上にそっと足を乗せて、

 

「えー……っと」

『バスの時とほとんどおなじだね』

 

 使い勝手がいまいちわからないカバンに、手首のラッキービーストが助け舟を出してくれました。

 ピピーン! という電子音が鳴って、バスのセルモーターが回り、エンジンがかかります。ぶるぶると伝わる振動は頼もしく、エンジンは快調にスタートしました。

 

「ダイジョブそうかーッ!」

「問題ないわねー?」

 

 桟橋の少し離れたところから、ツチノコとギンギツネが心配して声をかけてくれています。三人は手を振って返事をしました。

 

 前を向き、ハンドルをしっかりと握って、

 

「レミアさん、セッキーさん、出発してもいいですか?」

「いいわよ」

『もちろんおっけーだよ!』

「では――――」

 

 アクセルを踏み、バスのエンジンが緩やかにうなりを上げて、

 

「出発します!」

 

 島を旅立ちました。

 

 〇

 

 桟橋に集まっていたフレンズが次々と引き返して、自分たちのなわばりへ帰ろうとしていましたが、その中の数人は残って何やらあわただしく準備をしています。

 

「フェネック! こっちの荷物どうするのだ?」

「後ろに積めばいいと思うよー」

「みゃー! カバンちゃんの帽子、どこに置けばいい?」

「かぶればいいのだ!」

「耳が邪魔でかぶれないよー!」

 

 あわただしく、桟橋の影に見えないように隠していたジャパリバスの後部に荷物を積み込んでいます。

 ジャパリバスの後部は見事に船に改造されていました。丸太とスクリューが取り付けられ、動力は前にあるペダルを漕ぐことで供給できるようです。ちょうど、スワンボートと同じような構造でした。

 

「でもすごいね! こんなものまで作ってたなんて、全然知らなかったよ!」

 

 サーバルが腰に手を当てながら感心したように声を上げています。

 アライさんは得意そうに胸を張って、

 

「フェネックが思いついて、博士たちが内緒で手伝ってくれたのだ」

「やーまさか本当にできるとは思わなかったけどねー」

「我々、かなり頑張ったのです」

「頑張ったのです」

「すごいよ博士たち!」

 

 博士と助手は少しだけ照れたようなそぶりを見せつつ、早く乗るように三人を促しました。

 アライさん、フェネック、サーバルの三人がバスの後部に飛び乗って、アライさんとフェネックが前のほうの席に着いてペダルに足を乗せます。

 

「やり方はわかりますか?」

「〝ばすてき〟とおんなじなのだ!」

「漕ぐだけだからねー。でも前がよく見えないからー、そこはサーバルにしっかりやってもらわないとー」

「まかせて! まわりを見るのは得意だから!」

「それじゃあ、くれぐれも気を付けるのですよ」

「うん!」

「はいよー」

「大丈夫なのだ!」

 

 元気よく返事をして。

 それからジャパリバスの後部はゆっくりと、桟橋から出発していきました。

 

 〇

 

 発進して間もない頃。

 順調にペダルをこいでいたフェネックは、同じく順調にペダルをこぐアライさんのほうに視線を向けながら、いつもの余裕たっぷりの笑みで訊きました。

 

「それでー、アライさんはその銃どうするのー?」

「どうするって、もちろんレミアさんに返すのだ!」

「あーやっぱりー。でもすぐ返しちゃったらレミアさんに悪くないかなぁ」

「そ、そのへんは仕方がないのだ! これはレミアさんが持ってないとダメなのだ!」

「まぁそーなるかなぁーとは思ってたけどねー」

「ねーねー! 何の話ー?」

「しっかり前見ててよーサーバルー」

「わかってるよ! それで? 何の話してたの?」

 

 バスの屋根にある丸窓から頭を出して外の様子を窺いつつ、サーバルは時々バスの中に頭を引っ込めています。フェネックは振り返って、こちらを見ているサーバルのほうを向きつつ、

 

「いやー、アライさんの信条としては〝ヒトの物はやっぱりヒトが身に着けるべき〟ってのがあるからさー」

「レミアさんにもらった思い出(宝物)は、ずっとアライさんが持ってるのだ! だから銃は返すのだ!」

「あ、もしかして、この帽子も?」

「そうなのだ! でも、それはもうサーバルの物だから、どうするかはサーバルが決めるのだ!」

「うーん」

 

 すこし、悩んだようでしたが、

 

「この帽子はやっぱりカバンちゃんが被ってたほうが似合うから、カバンちゃんに返そうかな!」

「いいねー」

 

 サーバルのはにかんだような笑顔に、フェネックもつられて笑顔になります。そしてにっこり笑ったまま、

 

「サーバルー、前はー?」

「あ」

 

 ごつん、と。

 何かに衝突しました。

 

 〇

 

 カバンさんの運転するセッキーとレミアを乗せたバスは、順調に海を進んでいましたが、

 

『ででで、電池が』

「『「ここでー!?」』」

 

 ボスの声と同時にバスのエンジン音が聞こえなくなり、徐々にスピードが落ちてついには止まってしまいました。

 

「ど、どうしよう! ラッキーさん!」

『ごめんね』

「セッキーちゃん、セルリアンに引っ張ってもらうのはどうかしら?」

『あ、そっか! ちょっと呼んでみるね!』

 

 セッキーは目をつぶって指示を出していましたが、しばらくすると、

 

『重すぎて引っ張れないから、ちょっと海に居るセルリアンを集めてくるって』

「島からついて来てるのは?」

『水色セルリアンが四体なんだけど、その子たちだけじゃ無理みたい』

「海にもセルリアンっているんですか?」

『いるらしいよ? 今から探すみたいだから、ちょっと時間かかるかもって』

 

 どうやら待つしかないようです。

 ぷかぷかと波に揺られるバスの前部で、レミアとセッキーとカバンさんは穏やかな海風を肌に感じつつ、ぼんやりと時が過ぎるのを待っていました。

 すると突然、ゴツン――と、バスの後ろに何かがぶつかりました。

 レミアとセッキーとカバンさんはすぐに顔を出して、そろって後ろを見てみると。

 

「うわわ! カバンちゃんのバスだよ! みんな隠れて!」

「いやーもう遅いと思うよそれー」

「フェネック! 早く隠れるのだ!」

 

 若い、と言うよりはむしろ子供のような。

 元気な声が、聞こえてきました。

 

 〇

 

 数分後。

 セッキー配下の水色セルリアンは、数十体もの大小さまざまな海色セルリアンを集めてきてくれました。

 

 それからジャパリバスは無事に移動を再開して、レミア達は新しい島を見つけることに成功したのですが。

 ――――数十体のセルリアンと一緒に上陸してしまって、島中を巻き込む大騒動になってしまったのは、また別のお話です。

 

 

 

 

 おしまい。

 

 




あとがき

 二次創作とはいえ完結したお話ですので、もしかしたらあとがきから読まれるという方もいらっしゃるかもしれませんね。そんな方々のために、このあとがきは極力ネタバレを含んでおりません。安心して思う存分読んでいってください。

 さて、長らくお世話になりました。奥の手です。実はこの作品はアニメ本編の本放送、六話から七話の間から書き始めたものになります。なので私自身もリアルタイムでアニメを追いかけながら、笑ったり、泣いたり、考察したりしていました。11話は今でも見返せば涙が出てしまいます。深夜に見ても早起きです。12話なんか始めっから終わりまで早起きです。字面だけ見ると意味が分かりませんね。

 私がこのお話を書こうと思った直接のきっかけは、アニメ本編で(6話時点で)Cパートにしか出てこないアライさんとフェネックをもっともっと見たい→けどどこを探してもない→ならば書くしかないという思考に至ったからです。アライさんとフェネックがいなかったら、この物語は生まれなかったかもしれません。

 作品を書いていくにしたがって様々なことがありました。一番強烈に印象に残っているのは、ガイドブック四巻の発売に際して起こったミラクルです。もちろん私はたつき監督や吉崎観音先生とは何の面識もありませんし、四巻発売前に情報を入手していたわけでもありません。完全に奇跡です。サンドスターが作用したんです。(錯乱)
 レミアの設定上どう考えても救いようのない問題があったのですが、四巻に掲載された情報がそれを払拭してくれました。公式で後発的に発表された設定が二次創作のオリジナルキャラクターを救うという世にも奇妙な出来事です。奥の手は幸せ者です。

 最後になりますが、感想、評価、そして誤字報告と、この作品は皆様の温かいお言葉に支えられて、タイトル横に【完結】と入れることができました。約半年ほどですが、連載を見守ってくださった方々、そしてこれから本編を見ていただく方々に、心より御礼申し上げます。
 



 …………たぶんもうちょっと続きます。『12.1話』みたいな感じで。私自身がけもフレロスを発症しそうなので。

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