【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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過去最長のお話です。


第二十五話 「げーむだよ」

 

 空が夕焼け模様に染まり、世界が赤く照らされるとき。

 遊園地もまた、陽が落ちる前の幻想的な茜の空に、余すところなく照らされています。

 

「…………ッ!」

 

 ふと、レミアは何かに惹かれるような感覚がしました。

 とてつもなく大きな何かがいるような気配がして。

 そしてそこへ行きたいような気持ちがして。

 いつかの巨大な黒セルリアンと対峙する前に〝面を拝みたい〟と思ったあの時のように。

 

 そしてきっと、その〝そこへ行きたい気持ち〟というのは、つまりはセルリアン特有の〝集まりたがる習性〟のせいだということも、今のレミアにはわかっていました。だからこそ、今ここでその気持ちが出てきたということは。

 

「ま……さか?」

 

 見たくない。

 知りたくない。

 聞きたくない。

 感じたくない。

 

 たとえ、振り向いた先に何かが居たとしても、今の自分にはどうする事もできない。一瞬、そんな思いが頭の中を駆け巡り、一瞬後にそんな思いは跡形もなくきれいさっぱりなくなりました。

 

 レミアは腰の後ろの小さなナイフを抜き去りつつ、瞬時に後ろを振り向いて。

 振り向いた先にある、夕日に赤く照らされたサンドスターの山を望みました。

 茜色の空を背景にたたずむ、山の上空に目を凝らして。

 

「……なんてこと」

 

 手に持ったナイフを腰の後ろにそっと戻し、全速力で博士たちのところへ走り出しました。

 

 〇

 

「博士! 山! 山の上にセルリアンだわ!」

 

 レミアの走りながらの叫び声に博士たちが振り向いたのと、石に足を引っかけてレミアが盛大にバランスを崩したのはほぼ同時でした。

 

 上体が傾き、幼い体が投げ出され、固い地面に顔面から打ち付けそうになったその寸前、全身を平べったくした水色のセルリアンが、地面すれすれでレミアの身体をキャッチしました。

 

「あ、ありがとう」

 

 ヒュルオ、と短く鳴いて返事をした水色セルリアンの上に乗ったまま、レミアは顔を上げて博士たちのほうへ向きます。

 

「山の上、大きなセルリアンが出てきてる!」

「光が強すぎてうまく見えないのです。でも、何かがいる音は聞こえるのですよ」

「博士、すぐにフレンズたちの避難を」

「急ぐのです助手」

 

 二人はお互いに頷いて、遊園地のフレンズたちに避難するよう声をかけ始めました。

 レミアもセルリアンの上から降りて、辺りをせわしなく探します。

 

 遊園地内のフレンズたちが一斉に、あわただしく動き始めました。自分で異変に気付いたもの、博士たちの呼びかけで気付いたもの、それによって避難を始めたものもいれば、武器を取り出して戦おうとしているフレンズもいます。

 往来の激しくなった園内をせわしなく見回していたレミアは、やっとのことでアライさんとフェネックを見つけました。駆け寄ります。

 

「二人とも! 早くここから逃げて!」

「レミアさんも逃げるのだ!」

「そうだよー。さすがに今のレミアさんじゃ、あれには勝てな――あれ?」

 

 フェネックが山の上のほうを見ながら、言葉の途中で首を傾げます。

 

「ねーあらいさーん。なんかあれ、大きくなってないかなー?」

「ア、アライさんは目が悪いからそんなに遠くは見えないのだ! でもフェネックが言うならきっと大きくなっているのだ! 危険なのだ!」

 

 アライさんはレミアの両脇に手を入れて、一息に抱え上げました。抱えられたレミアにも、山の上のセルリアンの姿がはっきりと視界に入ります。

 

 それはまるで、山に覆いかぶさるかのように。

 平たく、大きく、どこか本能的な恐怖を駆り立てるような形をしていて、そして何よりもそいつは宙に浮いていました。夕日の赤に照らされてもなお絶対に赤色に染まらないような、禍々しい墨色の巨体をゆっくりと山の頂上に漂わせています。

 

「と、飛んでいるのね……」

「黒セルリアンだねー。新手ってところがだいぶピンチかなー」

「あ、あれ、あの形、どこかで見た気がするのだ!」

 

 レミアを胸に抱えながらアライさんはつぶやき、すぐにフェネックのほうに振り返ります。

 

「フェネック、あいつからなるべく遠ざかるのだ! あんまり思い出せないけど、あいつの下の方に行ってしまうととっても危なかったはずなのだ!」

「やーすごいねアライさーん。わかったよー」

 

 フェネックが走り出し、アライさんはその後ろについて行こうと一歩を踏み出した、瞬間。

 

『レミアたちを守って!』

 

 セッキーの叫び声と同時に、数体の水色セルリアンが周囲に集まりました。

 

「ふえぇぇ! なんなのだ!」

『アライグマ、そのまま動かないで!』

 

 セッキーの声が聞こえた直後、固いもの同士が激しくぶつかる音が、三人の耳朶を叩きます。

 

 アライさんの腕の中で、レミアはしっかりと何が起きているのかを視認していました。

 山の上の巨大な黒セルリアンから、何かが高速でこちらに向かってきて、セッキーの指示で動いたセルリアンがその行く手を阻みました。

 

「セルリアンが、セルリアンを飛ばしてきた……?」

 

 あまりにも異常な光景に思わず目を疑ってしまいます。

 セッキーの遣うセルリアンたちは、レミアの銃撃すらも阻みます。俊敏な動きができる子たちなので、確かに攻撃を防ぐことはできますが、

 

「マズイわ……山のあいつ、空からあたしたちを攻撃できる。アライさん、下ろしてちょうだい」

「で、でも逃げないとダメなのだ!」

「逃げても無駄よ。空からこっちを攻撃できる以上、どこへ行ってもダメ。あいつの挙動を見抜けないような位置に行ってしまうと、一方的に攻撃されるわ」

「ぐぬぬ……どういう意味か分からないのだ! でも逃げたら危ないってことはわかったのだ!」

 

 素直にレミアを下ろしたアライさんは、フェネックのほうに向きなおります。

 

「こうなったら、アライさんとフェネックでレミアさんを守るのだ! 今までセルリアンから守ってもらったお返しなのだ!」

「やーアライさーん。私達だけじゃちょっとねー」

「フェネックなら何かいい考えを思いつけるはずなのだ! アライさんは応援するのだ!」

「じゃー考えてみるよー」

 

 口に手を当てて考え始めたフェネックの横から、セッキーが駆け寄ってきました。レミアの前に立ち、水色セルリアンを周囲に集めながら焦りを押さえられない様子で問いかけます。

 

『どうすればいいの、レミア!』

「なるべくあいつの挙動が見える位置で迎撃するしかないわ。あれだけ巨大化してるってことは、またフィルターが外れている可能性が高い」

『そんな……じゃあ、フィルターを張り直してあいつの再生能力を奪ってから、ハンターとボクで倒すしかない?』

「今のところそれしかないけど」

 

 レミアは空を仰ぎ見て、それから山のほうを睨みつけました。

 

「これから夜になる。フィルターの位置にはあいつがいる。あいつはきっと夜でもお構いなしにこっちを攻撃できるわ」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情でレミアは苦悶の声を上げました。

 山の上の飛行型黒セルリアン、これを倒すためには、おそらくフィルターを張り直さなければいけません。

 今なお巨大化を続けているのが見て取れます。サンドスターの供給が追い付くぎりぎりのところまで巨大化するつもりなのでしょう。

 

「レミアさん、ひとつわかったよー」

 

 ずっと黙り込んで思案していたフェネックが、足元のレミアに視線を落としながら口を開きました。

 ひざを折って同じ目線になってから、

 

「山の上のセルリアン、きっと噴火口のすぐ近くだから大きくなれるんだよー。だからたぶん、あそこから動かないし、動けないんじゃないかなー」

「……!」

「ふははは! さすがフェネック! 聡明なのだ!」

 

 サンドスターの供給を受けるために火口付近から動けない。

 その推測が当たっているかどうかは時間が経たなければ分かりませんが、今のところ黒セルリアンはその場に漂うだけで動く気配がありません。もし推測が当たっていたとしたら、何かしらそこから切り込んでいけそうです。

 

 レミアは遊園地の様子を見渡しました。

 戦えないであろうフレンズたちは博士助手の誘導で避難し、ハンターと、腕に自信のあるフレンズは、遊園地周辺に飛んできた黒セルリアンを食い止めています。

 

 山の上の黒セルリアンは、この遊園地に向かって中型の黒セルリアンを飛ばしてきているようです。おそらくは、それが攻撃方法なのでしょう。

 レミアは目を細めながら、

 

「ここが攻撃目標、と言うことかしらね」

 

 奥歯を噛みながらつぶやきました。それを聞いたアライさんは拳を握りながら叫びます。

 

「え! じゃあアライさんたちも逃げればいいのだ! ここは危険なのだ!」

「違うよアライさーん。レミアさんが言っているのは〝遊園地〟じゃなくて〝レミアさん〟ってことさー」

「……?」

『レミアだけが目標じゃないよ。ボクも含まれているみたい』

 

 セッキーが山の上をにらみながら、静かに呟きます。

 巨大セルリアンの攻撃している先がこの遊園地しかない事から、大体の予想は付いていました。

 そして直接狙われる攻撃を受けた時、二人の予想は確信に変わっています。

 

『ボクがレミアを恨んでいた時とはまるで違う感じだけど、それでもわかるんだよ』

「セルリアン同士だからわかることって感じかしら。タチが悪いのは、あたしたちの事をただの〝撃滅対象〟として狙っているってところね」

『まるで兵器――いや、そっか』

「兵器そのものなのよ。説得の余地なんてないわ」

 

 セッキーとレミアは視線を落とし、心苦しそうに顔をゆがめています。

 しかしセッキーはすぐに顔を上げると、

 

『ひとまず、山のあれがボクとレミアを狙っていることは確かだから、ここは任せて、アライグマとフェネックは避難して』

 

 セッキーはアライさんとフェネックの目をまっすぐに見ながら、そう言いました。

 そして、

 

「嫌なのだ」

「断るよー」

 

 二人は間髪入れずに拒否しました。

 

「アライさんはさっき言ったのだ! レミアさんに今まで守ってもらったから、今度はアライさんたちがお返しする番なのだ!」

「今のレミアさんを置いてはいけないよー。今回ばかりは特にねー」

 

 フェネックは。

 レミアを残して自分たちだけで逃げる時、いつも心の底からレミアを心配していました。

 それでも置いて逃げられたのは、出会ったときにあのサバンナで見た、獰猛で、冷徹で、狩ることに全神経を集中させた凍てつく瞳があったからです。つまりレミアがレミア一人でも十分に戦えることを信じた上での逃走でした。

 

 今のレミアは銃を持って戦うどころかナイフを振ることもままなりません。そもそも銃はすべてロッジに置いています。

 フェネックは絶対に、今回ばかりは、レミアを残して自分たちだけで逃げるわけにはいかないと心に決めています。

 

 そしてそのことはレミアにも伝わっていました。レミア自身、今の自分は完全に戦力にならないことを自覚しています。

 だから。

 

「セッキーちゃん、お願い。あなたとハンターたちで時間を稼いで。あたしとフェネックちゃんとアライさんで、何とかして対策を練るから」

『……レミアがそう言うなら、そうするよ』

 

 セッキーは一瞬、ほんの一瞬だけ表情に迷いがありましたが。

 次の瞬間には胸を張って、周囲のセルリアンに『もしレミアが狙われたら、ちゃんと守るんだよ』と指示を出して、遊園地の周辺に駆けていきました。

 

 〇

 

「ヒグマさん!」

「任せろ!」

 

 遊園地周辺。

 ひび割れたレンガやアスファルトが足場の大半を占めていて、また森との境目のため木々が乱立するその場所で、ヒグマ、キンシコウ、リカオンの三人が連携して黒セルリアンを押しとどめていました。

 

 山の頂上から飛ばされてくるセルリアンは、遊園地を三方から囲む森の中に着地、森から徐々に進行して囲むように遊園地へと向かっています。

 

「侵入を許すな! いくら戦えるフレンズが構えているとはいえ、ハンターではない! なるべくここで食い止めるんだ!」

「分かりました!」

「オーダー了解です!」

 

 遊園地と森の境目でハンターが戦い、もし討ち漏らしたセルリアンが遊園地内部に侵入したとき、ライオンやヘラジカをはじめとした、比較的戦えるフレンズが迎撃する。

 瞬時にヒグマが立てた作戦は、今のところ成功していました。

 

 黒セルリアン一体一体の大きさはたいしたことではありません。それこそ、戦力で言うならば一体につき一人で相手をしてもどうにか勝てそうです。勝てますが、大事を取って三人はある程度の連携の上で対処していました。

 

「しかし、これは数が多いですね……リカオン、疲れてはいませんか?」

「余裕です! まだまだいけますよ!」

 

 リカオンの笑顔の返事に、キンシコウはしっかりと頷き返します。

 彼女の心配していることは、一体一体の黒セルリアンとの戦いに負ける事よりはむしろ、体力やサンドスターが底をつきて、戦えなくなってしまうことのほうでした。

 体力に自信のあるリカオンとはいえ、本来は同じ個体同士の集団で狩りをする動物です。キンシコウは常に、リカオンの様子を気に掛けながら戦っていました。

 

「一対一の時にもしサンドスターが切れたら危険になる……ヒグマさん、なるべくハンター全員を集めて戦うことはできませんか?」

 

 黒セルリアンの石を破壊しつつ、キンシコウはすぐ隣のヒグマに提案します。

 しかし、

 

「無理だ。遊園地に三方から押しかけているんだぞ。せめて園内のフレンズが全員避難を終えたら、敵を入れて集団戦にできるかもしれんが、今はダメだ」

「分かりました」

 

 遊園地の中のフレンズが今どれほど避難出来ているのか。

 それを確かめるほどの余裕はありません。敵は次から次へと森の中から出現しています。

 

 ヒグマは奥歯をかみしめながら、終わりの見えない戦いに武器を振り続けました。

 

 〇

 

「カバンちゃん、どうしよう!」

「どうすれば……」

 

 博士と助手の張り上げる声に従って、三々五々に避難していくフレンズの波の中で、カバンとサーバルはここにとどまるか、それとも避難するかで迷っていました。

 カバンはあたりを見回して、飛ばされてくる黒セルリアンが遊園地を目指していることを把握します。外周でハンターたちとセッキーが大部分を迎え撃ち、それでも防ぎきれなかった数体は、園内でライオンとヘラジカをはじめとした戦えるフレンズが対処しています。

 園内に残って戦うフレンズは、それほど多くありません。カバンは意を決し、覚悟を決めた表情でこぶしを握りました。

 

「……ここに残って、ボクたちにできることをしよう!」

「わかったよ! でもどうするの?」

 

 サーバルの声と同時に、カバンの手首に巻いていた機械――つまり、今までカバンとサーバルと共に旅をしてきたボスの基幹部品が、緑色に光って声を発しました。

 

『カバン、セッキーから連絡だよ』

「ラッキーさん!? どうしたんですか?」

『黒セルリアンの狙いは、レミアとセッキーだって。特にレミアがやられないように、何かアイデアを出してほしいって』

「狙いが、レミアさんとセッキーさん……」

「まかせてボス! こういう時のカバンちゃんはすっごいんだから!」

 

 うつむいて思案し始めたカバンの横で、サーバルは諸手を振りながらカバンを応援していました。

 

 〇

 

 雪山地方。

 夕日が赤く雪を照らす日暮れ時に、ギンギツネは温泉宿から飛び出して見晴らしのいいところまで出ると、山の方角に目を凝らしました。

 

「なんなのよあれ……」

 

 思わず口から悪態が洩れます。

 かすむほど遠くにある山の頂上に、すっぽりと影を落とすような、形容しがたい巨大な物体が浮いていました。

 その物体からは何かが時々撃ち出されているようにも見え、撃ち出されている先は港や遊園地のある方角です。

 

 ひとまず、キタキツネとベラータの言っていた〝ばくげきき〟の姿を確認したギンギツネは、大急ぎで温泉宿へと戻りました。

 

 体の雪を払い落としながら宿に戻ったギンギツネは、息つく間もなく戸を開けて、キタキツネのいるパソコンの所に向かいます。

 

「やっぱりいたわ! 今まで見た中で一番大きなセルリアンだった! っていうか、飛んでたわよあれ!?」

『やはり飛行型のセルリアンでしたか』

「前にやってたゲームに〝ばくげきき〟みたいなの出てきてた。攻撃しにくくてすごく嫌い」

 

 風邪の熱で頬の赤いキタキツネですが、冷たいタオルを頭に巻いて、ベラータが接続してくれている遊園地の監視カメラの映像をじっくりと観察しています。

 

「それでキタキツネ、今どうなっているの?」

「フレンズの避難は済んだみたい。あとは戦えそうなフレンズと、博士と助手、レミアとかカバンとかが残ってる」

「え? カバンが残ってるの!?」

「たぶん何か考えだそうとしているんだと思う。ヒトだから」

「でもセルリアンが……」

「どっちにしても、ボクたちにできることはそんなにないよ。ここが狙われない限りは大丈夫……でも」

 

 アイツ倒さないとパークの危機、と、熱のためいつもの気だるそうな口調に拍車がかかっていますが、フレンズのみんなのために何かをしたいという意思がキタキツネからは滲み出ていました。

 しんどそうに体を傾けながらも、食い入るようにカメラの映像を観察します。

 

 すると、

 

『ビンゴだキタキツネちゃん! ジャパリパークのメインシステムに残されていた〝対セルリアン迎撃装置〟にアクセスできた!』

 

 通信機から、ベラータの弾んだ声が聞こえてきました。

 

「さっき言ってたね……どうなの? 使えそう?」

『まだアクセスしただけで、強制起動までは時間がかかります。でもこれを使えば、もしかしたらあのデカブツを撃ち落とせるかもしれない』

「レミアに伝えよう。それから、ボク達に何かできることある?」

『接続のためのサンドスターがなくなったらマズイから、ひたすらジャパリまんでの供給をお願いします』

 

 キタキツネは一つうなずいて、それからギンギツネのほうを見て、

 

「……というわけで、ギンギツネ……お願い」

「え、えっと、どうするの?」

「ボクのパソコンにひたすらジャパリまんをこすりつけて」

「……わかったわ」

 

 少しだけ複雑そうな顔をしましたが。

 ギンギツネは宿の奥からジャパリまんを抱えて持ってくると、一つずつ丁寧にパソコンの側面にすりつけていきました。

 

 〇

 

『くッ! インドゾウ! 下がって!!』

「わかりましたぁ~」

 

 黒セルリアンは依然としてその数を減らすことなく、遊園地へと攻め込み続けています。

 セッキーは水色セルリアンと赤セルリアンを駆使してインドゾウの退路を確保すると、自身は入れ替わるように前へ出ました。

 

『せっかくフレンズと仲良くなれたのに、邪魔しないでよッ!』

 

 渾身の蹴りで黒セルリアンの石を粉砕し、インドゾウの後退時間を稼ぎます。一体、二体と屠っていきますが、倒した数より新たに森から出てくる数のほうが多いです。三体目の石を見つけ、砕こうと踏み込んだその瞬間、横合いから五体目が突進してきました。

 

 体をひねって回避しようにも間に合いません。セッキーよりも一回り大きな球型の黒セルリアンは、猛烈な勢いで突っ込んできて、

 

「――うらぁッ!」

 

 セッキーをかばうようにして飛び込んできたホッキョクグマの、遠心力と膂力(りょりょく)を余すことなく活かした攻撃に吹き飛ばされました。ホッキョクグマはそのままセッキーの正面に居た黒セルリアンも吹き飛ばします。

 飛んだ先で待ち構えていた水色セルリアンが、ぐばぁっと薄く広がると、黒セルリアンをキャッチしてそのまま取り込んでしまいました。

 

『ありがとうホッキョクグマ!』

「なに、当然のことをしたまでさ。――――ッ! 次、来るぞ!」

 

 後退しつつ、敵の猛攻を返し続ける。

 不毛で終わりの見えない戦い方に、セッキーもホッキョクグマもインドゾウも、一様にして不安がありました。しかしだからこそ、自分たちが破られたら後ろにいるフレンズたちが危険にさらされると分かっています。

 

 三体の黒セルリアンが横に連なってセッキーへと襲い掛かりました。

 

『しつこい!』

 

 黒セルリアンの突進を横へ飛んでかわし、側面から本体下部を蹴ってバランスを崩させ、石の露出したところにとどめを刺します。

 

『よしッ!』

「……すごいな」

『なにが?』

 

 迅速に三体を処理したセッキーに、背中合わせにホッキョクグマが口を開きました。

 すこし、ホッキョクグマの息が上がっているのを、セッキーは背中で感じます。

 

「お前の動き、レミアが大きかった頃にそっくりだ」

『だってレミアの動き見て勉強したからね』

「…………見る機会なんてあったのか?」

『それは内緒』

 

 同時に駆けだし、同時に攻撃して、黒セルリアンを同時に屠ります。

 雪山でレミアと息の合った戦い方ができていたホッキョクグマは、それがセッキーになっても要領は同じこと。うまく立ち回れているようです。

 

 ただ。

 いくら息が合っていても。

 いくらセッキーが強く、ホッキョクグマが強く、インドゾウが強くても。

 無数に押しかけてくる黒セルリアンに、三人は――――いえ、この三人だけでなく、別方向で戦うヒグマとキンシコウとリカオンも、徐々に、少しずつ、後退せざるを得ませんでした。

 

 〇

 

 遊園地の中央。

 広く見晴らしのいいその場所で、レミアとフェネックはお互いに考えを出しながら相談し、アライさんは周囲をせわしなく警戒していました。

 

「やっぱりあたしがロッジに戻って銃を――」

「やーだめだよー。その体じゃ使えないってー」

「じゃあ、カバンさんに預けるのは?」

「カバンさんなら使えるかもしれないけど、どっちにしても山の上のアイツをどうにかしないとキリがないと思うなー」

「二人とも! セルリアンなのだ!」

 

 ばっと顔を上げた二人は、こちらに向かってくる多角形型の黒セルリアンに気が付きました。

 

「逃げるわ!」

「はいよー!」

「アライさんにお任せなのだー!!」

 

 立ち上がったレミアを即座に抱えたアライさんは、そのままステージのほうへと走ります。

 黒セルリアンはよどみなくレミアを追いかけてきて、

 

「うみゃみゃみゃみゃーッ!!」

 

 野生開放をしたサーバルの、背後からの全力攻撃で砕け散りました。

 

「サーバルちゃん、助かったわ」

「みゃー! カバンちゃんからお願いされたんだもん! 任せてよ!!」

「カバンさんは、今どこに?」

「博士たちのところ!」

 

 遊園地は、すでに薄暗くなり始めています。

 西の空にはすでに太陽がなく、残滓と、赤から紫への暗いグラデーションのかかった空が広がっています。

 レミアは薄暗がりとなりつつあるパークの中を見渡し、博士と助手の姿を確認しました。近くにはカバンさんもいて、何かを必死に伝えています。

 

「カバンさん、何を伝えようとしているの?」

「わたしとカバンちゃんで、もう一度フィルターを張り直しに行くの! でもきっとセルリアンがたくさんいるから、どこかに隠れながら行ける道がないか聞いてく――」

 

 サーバルの言葉は、最後まで続きませんでした。

 

 ――――――ゥゥルルルルルォォォォオオオオオオッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

「くッ!」

「うるさいのだー!」

 

 耳が張り裂けそうな大音声が、山を震わし、地面を揺らし、木々を押してレミア達に襲いかかりました。

 島中を揺らさんばかりの巨大セルリアンの咆哮に、思わず耳を押さえてしゃがみこんだレミアは、咆哮がやむとすぐに博士たちのほうを見て、

 

「ッ! そんな!」

 

 胸に熱を帯びるほどの焦燥に襲われます。

 その方角の、ハンターたちの防衛線が破られていました。

 そして博士と助手は、聴覚に優れているフレンズゆえに耳へのダメージが大きかったのか、まだセルリアンが近づいてきていることに気が付いていません。

 

 いち早く反応したのは、その場にいたカバンさんです。博士と助手に叫びますが、二人には聞こえていません。

 走り、二人を両脇に抱えたカバンさんは、すぐさま逃げ出そうとしますが、迫ってくる黒セルリアンの方が明らかに早いです。

 

 レミアは瞬間的に駆け出していました。アライさんはレミアが走りだしたことに気が付きましたが、サーバルとフェネックは耳へのダメージから未だ立ち直っておらず、レミアが走り出したことにも気が付いていません。

 アライさんはレミアの向かった方向とは別の方向に、何事かを叫びました。

 

 一目散に走ったレミアは、カバンさんの手前で止まると大きく息を吸い、黒セルリアンの集団に向かって吼えます。

 

「あたしはここだ! あたし以外を狙ってみろ! お前ら全員粉々にしてやるからなッ!!」

 

 カバンさんをはさんでのその声は、充分に、黒セルリアンに届いていました。だからこそ黒セルリアンはその場で跳躍し、レミアめがけて降ってきて、

 

「――――ったく、こんなだからヒトは絶滅するんだバカヤロウ」

 

 静かで、しかし良く通った声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはレミアは誰かに抱えられていました。

 深く鮮やかな碧い瞳と、目深にかぶった土色のフード。何よりこんな分かりやすい荒れた口調のフレンズは、一人しかいません。

 

「……ツチノコ?」

「見ればわかるだろッ! ったく、アライグマに感謝しろよ!」

「え?」

「教えてくれたんだよッ! あぁもう! なんでもいい、とにかく逃げるぞッ!」

「あ、でも、カバンさんが」

「あいつらなら別の奴に任せていいッ!」

 

 そう言って駆け出したツチノコの腕の中で、レミアはカバンさんたちの周囲に集まるフレンズの姿をしっかりと確認しました。

 そこにはライオンやヘラジカもいて、その向こうからセッキーやハンターも退却してきます。

 

「ここはもうだめだ! ひとまず高いところへ昇って時間を稼ぐ!」

 

 アライさんやフェネック、サーバルも、ギリギリのところで逃げ出せているのを確認したレミアは、ツチノコの腕に抱えられたままジェットコースターのレールへと移動しました。

 

 〇

 

 薄暗く閉め切った小さな部屋。

 何に使うのかわからない、けれどもそのどれもが高性能であろうことを思わせる機材に囲まれて、モニターの明かりに顔を青白く照らされているベラータは、苦悶の表情を浮かべながら必死にキーボードを叩いていました。

 

「レミアさん頼みます……出てくださいよ……!」

 

 先ほどから何度も通信機へ呼びかけているのですが、レミアからの応答が全くありません。

 伝えなければならないことがあります。ベラータの見つけた、ただそれ一つの方法だけで、あの絶望的に巨大なセルリアンを撃滅できるということを。

 

 しかし監視カメラからの映像は、すでに猶予のない状況を示していました。遊園地周辺のハンターが黒セルリアンを対処しきれず、後退、あるいは討ち漏らしが増えています。

 早いところ逃げに専念し、時間を稼いで欲しいと現場に伝えなければ、今のままではフレンズの誰かが食べられてしまいます。

 

「急げ急げ――――クソッ! なんで起動できないんだッ!」

 

 怒りをあらわにして叫びますが、キーボードを叩く手は止めません。

 必死に動かし、何度もアクセスし、コードを見破って強制的に起動させようと試みます。

 

 もう十五回試しました。そのすべてが失敗しています。十五回目の起動失敗の文字をにらみながら、ベラータはハッとして何かに気が付きました。

 

「まさかあのデカブツ、こっちの世界(電脳世界)にも干渉する能力があるんですか? これだから未来っていうのは理解しにくいんですよまったく!」

 

 抑えがたい感情のままに悪態をつきながら試みた、十六回目のアクセス時。今度は、何者かの邪魔を受けていることを念頭に置いてアクセスしました。

 

「…………よし」

 

 すると、コードにこれまで出てこなかった不審な足跡を見つけます。まるで何者かが侵入をしていたかのような、そして、その侵入者がベラータのアクセスを邪魔していたかのような。

 

 ベラータは口元に少しばかりの笑みを浮かべ、額に浮いた汗をぬぐうとその侵入者へ向かって(・・・・・・・・・・)ハッキングを仕掛けました。

 

「この俺に勝負を挑んだことを後悔させてやります、化け物め」

 

 静かに、しかし怒りを含んだ語気をもって。

 果たしてベラータは侵入者の解析と攻撃を同時に行い、ものの数十秒でハッキングに成功しました。閉ざされていた中枢部を無理やりこじ開けます。

 

「うわ……さすが未来。理解できない構造ですが、とりあえずめちゃくちゃにしておきましょう」

 

 侵入者の内部をズタズタにできるよう、手動での書き換えを行った後に、数百種類のウイルスを植え付けて撤退したベラータは、本来の目的であるシステム――――〝対セルリアン迎撃装置〟なるシステムの強制起動に取り掛かりました。

 

 直後、監視カメラの映像に映っていたフレンズの全員が耳を押さえ、うずくまり始めます。

 

「まさか今ので? …………いや、しかし今の攻撃は必要でした。俺がアクセスできなかったら、それこそパークの存亡にかかわります。――――すみません」

 

 おそらくはさっきの攻撃で巨大セルリアンに何かしらの動きがあったのでしょう。

 そう思いつつも手は止めず、そしてレミアへのコールを絶やさずに、ベラータはモニターの中の無数の文字列をせわしなく読み込んでいきました。

 

 〇

 

 ジェットコースターのレールの上。

 最も高い位置は地上から十五メートルほどの高さがあり、自力で飛ぶ事の出来ないであろう中型の黒セルリアンは、レールの下の地面にひしめいています。

 

 レールの上には、遊園地で最後まで戦っていたフレンズたちが避難していました。

 レミアは辺りをきょろきょろと見回して、

 

「セッキーちゃん、あそこから伝って黒セルリアンが来るかもしれないから、迎撃の用意をお願い」

『わかったよ!』

 

 水色のセルリアンと赤色のセルリアンを遣って、ジェットコースターの乗降口をふさぎます。

 

 ひとまず、これで既存の黒セルリアンからの攻撃は防げます。月の明かりが見え始めたパークの景色に、レミアは遠くの山の上をにらみながら、

 

「これでも安全じゃないわ。いつ直接セルリアンを飛ばしてくるかわからない」

『その時は任せてよ。全部叩き落して見せる』

「頼もしいわ」

 

 セッキーの笑顔をレミアは下から見上げ、そしてレールの上のフレンズをざっと見回しました。

 月明かりに照らされるみんなの表情には疲れが見え始めていましたが、中には〝夜なら任せてほしい〟とばかりにこぶしを握っているフレンズもいます。

 

「…………?」

 

 レミアは、一人のフレンズに目が留まりました。

 白い髪の毛に毛先だけが黒く、白の半袖シャツとホットパンツを身に着けていて、素肌を隠すように黒斑模様のインナーを着込んでいます。

 彼女はハンターの一人であり、いつもヒグマやキンシコウと共に行動していたフレンズで――名前をリカオンということだけは、レミアも知っていました。

 

 そのリカオンが、一人しゃがみこんで、そして涙を流していました。ただ事ではないように思えて、近づいて話を聞こうと思ったその時、

 

「ん?」

 

 腰のポーチから音が鳴りました。

 オープン状態にしていた通信機が反応しています。これまでなんの通信も入らなかったのですが、ここにきていきなり鳴り始めました。

 速やかに取り出してヘッドセットをつなぎます。

 

「こちらレミア、ベラータよね? どうしたの?」

『やっとつながった! やっぱりあいつが妨害電波を出していたのか!』

 

 開口一番独り言をかましてきたベラータに、レミアは訝しげな表情をしつつも、小さな両手でしっかりとヘッドセットを持ちながら話を続けます。

 

「そのようすだと、何が起きているのかわかっているようね」

『監視カメラと、パークの計測器越しですがだいたいのことはわかっています。それから、奴を倒す方法も見つかりました』

「ほんと!?」

 

 ベラータは迅速に、山の上のセルリアンを屠る計画を話しました。

 

 パークの中枢システムには、どういうわけかセルリアン対策に関するデータが一つしか残っていませんでした。

 それも、交信ログが見つけやすいところに置かれていたのと同じように、対セルリアン用のシステムもまた、ベラータが見つけやすいような場所に置かれていました。

 そしてそのシステムを解析した結果出てきたのが〝対セルリアン迎撃装置〟の存在です。

 

『レミアさん、前にフンボルトペンギンのフレンズから聞いた話の内容、覚えていますか?』

「忘れたわ」

『〝すごく尖った巨大な建造物〟があるという話です。報告があった時からずっと引っかかってはいたんですが、このシステムを見つけた時に、納得がいきました――――巨大な建造物と言うのは、この〝対セルリアン迎撃装置〟のことで、超遠距離射撃装置の事だったんです』

「確かなの?」

『迎撃装置の近くの監視カメラをハッキングして目視しました。うちの軍にもこれがあれば、作るだけで周辺諸国との戦争が終わるレベルの代物です。現在、この迎撃装置の強制起動を……お! やった! 成功しました。あとはこちらで操作して、山の上のデカブツに風穴を開けるだけです』

「石の位置をまだ把握していないのよ! 撃ち込んでも石が破壊できなかったら――」

『必要ありません。スペック表によると、このような事態を想定して作られた射撃装置のようです。石をピンポイントで狙う必要はなく、本体に直撃させることで石の破壊も誘発できるそうです』

 

 すこし楽しそうに。

 そしてベラータは、声を改めて言葉を繋げました。

 

『これは人類とサンドスターが、俺たちに託した希望だと思います。これがあれば、勝ったも同然です』

「…………」

 

 本当に、そうなのだろうか。

 レミアは一瞬、何か見落としていることがあるような気がして。

 そして今度ばかりは、その懸念が頭を通り過ぎていく事もなく。

 

 レールの上の、月明かりに照らされる、今もなお涙を流し続けているリカオンに、なぜか目が行って。

 ――――そのまわりに、本来ならいるはずのヒグマとキンシコウの姿がないことに、レミアは気が付きました。

 

 〇

 

 黒セルリアンの、島中を震わす咆哮が鳴った直後。

 リカオンは音に驚き、バランスを崩し、一瞬の隙が生まれ。

 その隙を、黒セルリアンに突かれました。ほんの一瞬でしたが、体格の小さなリカオンは黒セルリアンの突進に吹き飛ばされ、木に叩きつけられてしまいました。

 

 衝撃で頭がくらくらします。

 視界がグニャリとゆがみ、鼻が利かなくなり、音が上手く聞こえません。

 

 遠くの方で、誰かが叫んだ声が聞こえました。

 かすかに、自分の名前を呼ばれた気がします。

 

 ――――あ、まずい、連携が、切れたら。

 

 ぼやける視界を必死に戻し。

 鼻を聞かせ、立ち上がり、再び戦おうとしましたが。

 

 ――――あ、あれ? 立て、ない?

 

 足が、いうことを聞きません。

 力を入れようとしても、どこに入れればいいのかわからずに。

 ならば手を使って起き上がろうと、地面に手をつきますが、それでも、ゆがむ視界が気持ち悪くて。

 

「――――キンシコウ! リカオンを連れて逃げろッ!」

 

 回復した耳だけが、ヒグマの声を聞き取りました。

 直後に強い力で身体が持ち上げられ、目の前でかすむ人影が、徐々に徐々に遠ざかっていきます。

 

 ――――だめ。

 ――――だめッ! ヒグマさんが、まだッ!

 

「いやだ! 離してください! ヒグマさんが! ヒグマさんがッ!!」

「リカオン! ここは下がって、体勢を立て直すんですッ!」

 

 かすんだ視界がやっとのことで戻ってきたとき、リカオンは自分が、キンシコウに抱えられて遊園地のほうに下がっていることを理解しました。

 そして、離れていくヒグマが、黒セルリアンに囲まれていることも。

 

「い……いやだ……いやだ! どうしてですか! キンシコウさんッ!」

「下がるのよ! 私たちまでやられたら、遊園地を守り切れないの!」

 

 キンシコウの声が震えていることに気が付きました。肩に担がれているので表情までは見えませんが、リカオンは、どれだけの思いでキンシコウが逃げたかを、一瞬にして理解しました。

 キンシコウだって、ヒグマを見捨てたくて見捨てたわけではありません。

 

 ――――自分のミスで、ヒグマさんが。

 

 自責の念に苛まれた瞬間、リカオンの身体に強い衝撃が加わりました。

 

「え……?」

 

 目の前で。

 体を動かせなかった自分を抱えて逃げてくれていたキンシコウが。

 黒セルリアンに攻撃され、その寸前で自分を投げ出してくれたことを理解するのに、リカオンは数秒を要しました。

 

 黒セルリアンの攻撃が直撃したキンシコウは、よろめきながらも立ち上がり、目の前の墨色の球型セルリアンに武器を向けます。

 そして背後のリカオンに振り向きもせず。

 

「行ってください。もうおそらく、ここは持ちません。中央も抜かれていると思います。リカオン、あなただけでも」

「い……いや……そんな」

「――――リカオン、逃げなさい。遊園地の中でも、もっと遠くの地方でも、どこでも構いません。逃げなさい。これは命令(オーダー)です」

「そんな……そんな……」

「行きなさいッ!」

 

 キンシコウの一喝に、リカオンは大粒の涙を流しながら立ち上がり。

 背後で、フレンズがセルリアンに取り込まれる、かすかな鈍い音を聞き取りながら、リカオンは遊園地のほうに逃げました。

 

 〇

 

「自分の……せいで、ヒグマさんと、キンシコウさんが……」

 

 数分前に起きた出来事を話してくれたリカオンの周りには、レールの上に避難したフレンズのみんなが集まっていました。

 話を聞いた、ほぼ全員が、悔しそうに視線を落とし、リカオンに掛ける言葉を失っています。

 

「…………」

 

 リカオンもそれ以上口を開くことができず、膝を抱え、嗚咽を漏らしながら顔をうずめました。震え続ける肩を、ホッキョクグマがそっと抱えます。

 誰も、何も言えない中。

 セッキーとレミアは、山の上の巨大セルリアンを睨みつけて。

 カバンさんとサーバルはお互いに無言で頷きあい。

 アライさんとフェネックは、二人ともかすかな笑みを浮かべて、それからフェネックが「言っちゃおうアライさん」と促しました。

 

 フェネックの声に、みんなの視線が集まり。

 

「――まだ間に合うのだ!」

 

 アライさんの快活で元気な声が、レールの上に響き渡りました。

 

 〇

 

 セルリアンにフレンズが食べられても、すぐにそのセルリアンを倒してしまえば、また元通りになる。

 

 それは、カバンがセルリアンに食べられた時に身をもって経験していることで。

 アライさんとフェネックも、そのことを二人から聞いていて。

 レミアとセッキーは、確実にそうである(・・・・・・・・)という自身のセルリアンの部分に問いかけることで得た確信をもって。

 

 まだ、間に合います。まだ、助けられます。

 時間が経てば経つほど、無事である確率は落ちますが、それでも。

 いますぐにでも。

 これ以上犠牲を出さないためにも、爆撃機のセルリアンを、撃ち落としてやらなければいけません。

 

 殺意のこもった声でレミアは通信機に投げかけます。

 

「ベラータ。準備は?」

『急いでいますよ。全て通信機から聞こえています。――――フレンズを泣かせたくそ野郎に、重たい一撃を食らわしてやります』

 

 ベラータの声にも同じく、殺気がにじみ出ていました。

 

 〇

 

 〝対セルリアン迎撃装置〟と名付けられ、建設された巨大な固定砲台は、ベラータの取集した情報によると全部で五台ありました。そのうち、レミア達のいる島に最も近い砲台は、観測装置の結果から距離46.5キロメートルの位置に建設されており、砲身そのものが全長約1キロメートルにも及ぶ超巨大兵器です。

 

 火薬ではなく、解析不可能な未知の推進力を用いて合成金属を射出する砲台。

 

「面白いです。じっくりと調べたいところですが、今はそれどころではありませんね」

 

 リズミカルに、それでいて高速に。

 鳴りやむことのないタイピングの音が、狭くて小さくて薄暗い部屋に響いています。

 

 射撃装置へのアクセスから起動、給弾準備、射撃準備、射出装置動作確認、冷却装置動作確認――――次々とモニターに表示される緑色の成功表示に、ベラータの口元が緩みます。

 

「いいぞ……いい子だ……たのむからそのままいい子でいてくれよ……」

 

 ひとり呟いた、その直後。

 リストアップされた確認項目の、残すところあと二つ。その二つのどちらもが、アラート音と電子音声、そして神経を逆なでする真っ赤な文字で異常を知らせてきました。

 

「…………」

 

 上手くいかなかった、二つの項目。

 〝自動照準装置〟と〝暗視装置〟の文字。

 作動しなかった原因は、システムではなく〝装置の破損〟――つまり、年月によっての破損か、それとも不備があったのか、その両方か。

 

 これの意味するところは、つまるところ〝46.5キロメートル先を、暗視装置なしで夜間狙撃する〟ということ。

 ライフル射撃は1キロメートル先の標的に当てることができたらエースとまで言われる世界で、夜間に、それも遠く離れた未来の世界の、46.5キロメートル離れた対象を暗視装置なしで打ち抜くというのは。

 

「これができたら俺は神になるだろうな」

 

 ここにきて、あまりにも絶望的な壁に、思わず笑いが出てしまいます。

 

『ベラータ』

 

 当然、通信端末からキタキツネの声が聞こえました。

 

「どうしたの?」

『…………ボクが撃つ』

 

 それはあまりにも率直で、完結な提案でした。

 何が起きているのかは、通信機を通してキタキツネに伝わっていたようです。ヒグマとキンシコウがセルリアンに食べられたことも、リカオンが涙を流していることも、そしてこの一発を外したら、まず間違いなくヒグマたちは返ってこられないことも。

 

『それだけじゃないでしょ? こういう時って、ゲームだと〝一発外したらゲームオーバー〟なことが多いよ』

「そ、それは――」

 

 ベラータは、言うべきか否か迷いました。自身のモニターに表示されている射撃装置のステータスには、試験用実弾一発――これだけが、薬室内に残っていて、つまり残弾はこの一発だけであるということを。

 

 この射撃装置の一発を外したら、別の射撃装置から撃たなければなりません。もう一度アクセスしなおし、射撃準備を整え、その上で再射撃――そんな悠長なことをしていては、ヒグマとキンシコウは助かりません。運が悪ければ島のフレンズが全滅してしまいます。

 

 よしんば迅速に次の手を打ったとしても、最も近い距離でこれなのです。自動照準装置が生きている事も確かではなく、そこに時間をかけることは、文字通りの〝賭け〟となります。

 

 ベラータは迷いました。自分が撃つか、キタキツネに任せるか。

 残弾が一発だと伝えるか、嘘をついて緊張をほぐさせるか。

 

「…………そうだな」

 

 ベラータは、正直に、残弾について話すことに決めました。ここで二発目があるなどと言っても仕方がありません。

 外したらそれでおしまい。大事な二人のフレンズは消え、下手をすればパークの大勢のフレンズが犠牲になる。

 こうして迷っている間にも、事態は着実に進行しています。迅速かつ最適な、そしてあまりにも多すぎる命を賭けた決断を迫られているその様は――ベラータのそれは、もはや一介のオペレーターではなく、指揮官の務めそのものでした。

 

 手に汗が噴き出します。心臓が早鳴りし、痛いほど胸を打ち、決断しなければならないという感情と、ここで間違えれば取り返しのつかない事になるという事実に、神経が苛まれます。

 

 ――――そうか、これが、指揮なのか。

 

 熱を帯びてきた手の平で、額に張り付く前髪をかき上げます。一度落ち着こうと息を深く吸ったその時、

 

『ベラータ、よく聞いて。ベラータの命令は聞いていれば勝てる。ベラータはきっと、指揮官もできる』

 

 唐突に、キタキツネの声が響きました。

 

「い、いや、キタキツネちゃん? 今そんなことを言われても……」

『ベラータは指揮官で、ボクは兵士。ゲームの中じゃいつもそうだよ? だから今も、ベラータが命令してボクが撃つ。これは――――』

 

 キタキツネは熱のためか、それとも生来の性格のためか、気だるそうに、落ち着いた、何のことでもないような口調で、しかしその一言は確実に、ベラータの決断を後押ししました。

 

『ゲームだよ』

 

 〇

 

 そんなことをベラータに言って、ボクは自分で笑い出しそうになった。

 そんなことないのに、そんなわけないのに、今はそう言わなくちゃいけない気がした。

 

 これはゲーム。だから撃つのはボクがやる。

 

 ベラータ、ボクはね、目が悪いんだ。フレンズになる前の動物の頃から、狩りは耳と感覚でやってたんだよ。

 フレンズになっても相変わらず目が悪くて、色の違いとかよく分からないんだ。でもなんとなく、音と感覚で自分が何をやっているのかはわかるんだよ。説明しにくいから、磁場って呼んでる。

 

 暗闇でも、ボクはちゃんと磁場を感じれる。だからボクに任せてほしい。ベラータが〝撃て〟って命令して、ボクがボタンを押し込めば、それで、それだけで、きっとボク達はパークを救えると思う。

 

 …………いや、本当言うと、そんな大掛かりなことはどうでもいい。

 ボクはこれからもゲームがしたい。そのためにがんばる。

 

『射撃管制システムを移しました。――キタキツネちゃん、頼みます』

「まかせて」

 

 モニターには、真っ暗な景色が映し出された。やっぱり何が映っているのかはよく分からない。色の違いがいまいちわからないから、目で見て撃ったら絶対に外れる。

 

 だからもう、ボクは目を閉じた。音と、感覚だけに集中する。

 

「…………キタキツネ、あなた」

 

 ギンギツネが何か言おうとして、でもその先は何も言わなかった。

 ボクがやろうとしていることは、ギンギツネもちゃんと全部知っている。ボクの肩に手を置いて、冷たいガーゼをしっかりとおでこにくっつけてくれた。

 

 ふと、照準器の向こうに何かを感じた。熱いような、眩しいような、何か――あ、これ、もしかして。

 レミアのポーチに入ってた、信号弾ってことなのかな。ボーナスアイテム呼べるやつ。

 

 レミアは今、あんな小さな体だから、きっと誰かほかのフレンズが撃ったんだと思う。

 どうして、撃ったのかな。

 ……そっか、きっと、ボクが撃ちやすくするためかな。ありがとう、そこに届ければいいんだね。

 

 息を吸った。少しはいて、そこで止めた。

 レティクルを固定した。マウスはもう動かさない。キーボードに指を置いた、一番大きなボタンに置いた。

 

「いいよ、ベラータ」

『――――――撃て』

 

 ボタンを押し込んだ。感じていた磁場が一気に乱れて、ボクは何も感じられなくなった。

 目を開けると僕の周りには、たくさんのサンドスターが舞っていた。

 

「…………ギンギツネ、磁場って信じる?」

 

 ふと思った僕の問いに、

 

「信じるわよ」

 

 震える声で、後ろからギンギツネが答えてくれた。

 数秒後ボクたちは、遠い遠い山のほうから、大きな爆発音が聞こえてくるのを、目を閉じて静かに聞いていた。

 




次回 最終話「せるりあんがちょっとおおいじゃぱりぱーく!」

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