【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第二十四話 「ゆうえんち!」

 小さくて薄暗い不健康の権化のような室内。肌の白い青年が、煌々と光を放つモニターの前に座っていました。

 青年の名はベラータと言い、彼は今、モニターの中で繰り広げられる駆け引きに全神経を集中させています。

 

「東から敵。八人。分隊支援火器を確認」

『前線構築間に合わない。中央味方に後退命令』

「ラジャー。北西味方のロスト確認」

『西から救援要請』

「了解」

『東の敵と会敵』

「西は後退。一度前線を下げて中央とクロスさせる。…………ん? あれ、東の敵が全滅してる? なんで?」

『ボクがやった』

「マジですか助かりました」

 

 数分後、ベラータの的確な指揮とキタキツネの前線での活躍により、そのマッチは勝利することができました。

 

 雪山でレミアがプレゼントした通信機と、サンドスターの力によってパソコンでの通信に成功したベラータは、あれから延々キタキツネとのゲームを楽しんでいました。銃器を駆使して陣地防衛、あるいはエリアの占領等を行う、いわゆる銃ゲーと呼ばれるジャンルのゲームです。

 

『ベラータの指揮、上手だね』

「一応本職だからね。現場の細かな動きは俺に一任されているところもあるから、その経験が活きているのかもしれない」

『ベラータの命令なら安心して聞けるよ。なかなか死なないから、勝てる』

「兵をなるべく死なせないことが俺の信条でもあるんだよ。キタキツネちゃんの機転の利いた攻撃も、素晴らしいと思いますよ」

『ありがとう。ボク嬉しい』

 

 本当にうれしそうな声で通信機越しに聞こえてきたその声に、ベラータは心中で「ああもうかわいいなちくしょう」と悶えた後、

 

「次はどうします? もう少しやっていきますか?」

『んー……あ』

 

 すこし悩んだような声が聞こえた後、遠くの方から『キタキツネー、お風呂入るわよー』という声が聞こえてきました。間違いなくギンギツネの声です。

 

「お風呂だね。入っておいでよ」

『んんー……そだね』

 

 少し悩んだようでしたが、キタキツネは『行ってくる』と一言残して席を外しました。ちょっとだけ声に元気がありません。

 これまでずっとゲームで遊んでいましたから、きっと疲れがたまっているのでしょう。行ってらっしゃい、とベラータは通信機越しに見送って、自身は隣のモニターの前に移動しました。

 

「さて、キタキツネちゃんがお風呂に入っている間にやることは……」

 

 つい先ほど、レミアから久々の連絡があったばかりです。約一か月ぶりに聞いたレミアの声はかなり幼くなっていて、聞くところによると現在五歳ほどの身体になってしまっているそうです。

 

「パークの監視カメラにハッキングを仕掛けて、セッキーちゃんとの戦闘の様子は断片的に確認できたけど」

 

 まさかそこまで縮んでいるとは思わなかった。

 ベラータは独り言をつぶやきながら、キーボードをリズミカルに叩きます。

 

 どうやらパークに点在している監視カメラにアクセスして、島の様子を部分的に覗く手段を得たようです。ことごとく才能が悪い方向に使われていますが、咎められる人は誰もいません。

 レミアとセッキーの戦闘もそうですが、黒い巨大セルリアンの様子も、ほんのわずかな間でしたがベラータはその目で確認していました。断片的ですがこの数日間、レミアの身に何があったのかはある程度把握しています。

 

「すごい戦いだった割には、丸く収まったみたいだし、あとはレミアさんの身体が戻れば万事解決……と、いきたかったんだけどなぁ」

 

 ため息交じりにベラータは肩を落としました。手元のメモ帳に目を遣ります。

 

「……あんなにわかりやすくこのログを示しておいて、次はこのシステムを見せてくるってことは、つまりまぁ、たぶんそういうことが起きるってことなんだろうなぁ」

 

 いやだなぁ、と。

 タイピングする指を止めることなく、モニターに映し出される無数の文字と数字に目を這わせながら、再度、深い深いため息をつきました。

 

 

 〇

 

 

「んんー…………ふぅ、よく寝たわ」

 

 朝のロッジ。ベッドから起き上がったレミアは、細い腕をめいっぱい伸ばして背伸びをすると、一気に力を抜いて息を吐きだしました。あちこち跳ねまわっている栗色の髪の毛を手早くまとめて後ろで一つくくりにすると、ベッドから降りてポーチを腰に巻き付けます。

 

 今日は〝ゆうえんち〟なるところで祝賀会が開かれます。昨日セッキーから聞いた話では、祝賀会そのものはお昼から始まるので、午前中はまるまる移動に使っていいそうです。セッキーがどんな方法で移動しようとしているのかは分かりませんが、レミアは移動も含めて、どこか期待しているような表情を浮かべています。わくわくニコニコしています。

 

 長さを調節したポーチをしっかりと腰に巻き付けて、ナイフを一本、これも腰の位置にとめておきます。

 机の上には、昨晩のうちにアリツカゲラが用意してくれたジャパリまんが積まれていました。一つ取ってベッドのふちに腰かけて、両手で落とさないように持ってパクパクと食べていきます。

 

 それなりの時間をかけて食べ終わったレミアは、

 

「よし、忘れ物はないわね」

 

 一度部屋を見渡して、ドアを開け、廊下を歩き、ロッジのロビーへと向かいました。

 

 〇

 

「…………これに乗っていくの?」

『そ! サーバルは〝バスリアン〟って呼んでたよ!』

 

 バスリアン。

 どう考えてもバスとセルリアンを引っ付けただけの名前でしたが、ロッジの入り口前、少し広くなっているところに止まっていたそれは、残念なことにまさしくその姿を的確に表した名前でした。

 

 赤色のセルリアンが四体集まってタイヤとなり、水色のセルリアンがその上にかぶさっています。四角い箱のような形になっているので、遠くから見ればクレイジーな色をした安物の馬車にも見えるでしょう。前方には申し訳程度に、ネコ科を思わせるとんがった耳のようなものが造作されています。

 

『図書館でいろいろ調べたり、ラッキービーストだったころのデータを探したりして、この形にたどり着いたんだ!』

「それってつまり、セルリアンに色々食べさせたってこと?」

『そうだよ! もう使わなくなってたバスのエンジンとか、リアカーとか、座席とか! でも形として出てきたのはこれだけだから、箱の中に直接座るしかないかな』

 

 屋根はなく、座席もない、そもそも本当に走れるのかも怪しいセルリアン製バスに、とりあえずレミアは乗ってみることにしました。

 

「ひんやりしてるわね」

『元は水のセルリアンだからね』

 

 レミアは思いました。あれだけ撃ち殺したセルリアンの上に乗って、これから移動をするのかと。

 普段は屠った相手の事なんて何とも思わないレミアでしたが、この時ばかりはぷよぷよの車体を手でなでながら「ごめん」と小さく謝りました。

 

「乗せていくのはあたしだけ?」

『そだよ! みんなは先に出てるし、アリツカゲラさんは自分の羽使うって!』

 

 セッキーも飛び乗り、箱の一番前のほうに行きました。

 よく見るとこのバス、アクセルもブレーキもハンドルもありません。どうやって進むのでしょうか。

 

『それじゃあ出発するよ! 運転するのは元パークガイドロボット、現セルリアンハンターのセッキーです! このバスはロッジを出発して、港のそばを通ってから遊園地まで行きます。途中、このバスのセルリアンが疲れたら別のセルリアンに交代するので、その時はお乗り換えよろしくお願いします!』

「セルリアンって疲れるのね」

『それでは、しゅっぱーつ!』

 

 セッキーの元気な号令と同時に、本物のバスのようにぶるぶると車体が揺れだすと、ヒュロロロロ、という音とともにバスが発進しました。

 

「今のは?」

『ジャパリバスっぽくしたかったから、発進するときにはとりあえず鳴いてって命令してるよ』

 

 随分と頼りないエンジン音です。 

 

 〇

 

 太陽は順調に空へと昇り、抜けるような晴天とキラキラ輝く広大な海が、どこまでもどこまでも広がっています。ここは港で、レミア達はひび割れたアスファルトの上を移動していました。

 

 セルリアン製のバス――サーバル曰く〝バスリアン〟は、レミアが思っていた以上にしっかりと走るようでした。元がスライム状の体ですから、タイヤになって前へ進めば地面の凹凸はたいてい吸収します。なので上に乗っているレミアとセッキーにはほとんど振動が伝わってきません。

 車体には座席がありませんが、結構な広さがあるので寝転がっても余りがあります。ひんやりとした心地よい温度に、触り心地のよいぷにぷにとしたそれは、まさに快適の二文字です。レミアは幼い肢体を投げ出して、ゴロゴロと転がりまわっていました。

 

「きもちいいわ!」

『喜んでもらって何よりだよ。遊園地まではあとニ十分くらいで着くからね』

 

 セッキーはバスリアンの前の方で周囲の様子を伺いながら、時々タイヤのほうの赤セルリアンに指示を出しています。右へ行ってとか左へ行ってとかの簡単な命令に、セルリアンたちもスムーズな運転で反応します。

 

「そういえば、乗り換えがあるって言ってなかったかしら?」

『疲れるかなーって思ってたんだけど、この子たちもバス歴ながいから慣れてきたのかも。このまま遊園地まで行けるか聞いてみるね』

 

 行けそう? と下のほうを見ながら聞いたセッキーに、タイヤの赤セルリアン達からヒュルル、と短く返事が返ってきました。

 

『よゆーだって!』

「いろんな意味ですごいわね」

 

 レミアは苦笑いを浮かべながら体を起こし、周囲の様子をぼんやりとながめました。

 左手側には海が広がり、右手側には林があります。

 実に一か月ぶりの遠出です。セッキーや黒セルリアンとの戦いがあった場所は、どうやらもう通り過ぎているようです。

 

「何か変わったことがあるかと思ったけど、特に何も変わらないわね」

『敵対的なセルリアンはあまりいないし、他のセルリアンたちも、ちゃんと話をしたらフレンズとうまくやっていけてるからね』

「フレンズと?」

『そう、共生してるよ。セルリアンもフレンズも、サンドスターを摂取しないとその姿が維持できないから、だからフレンズはジャパリまんを食べるし、セルリアンはフレンズを食べるんだよ。フレンズがセルリアンに食べられると元の動物に戻ったり、〝輝き〟を失っちゃったりしちゃうのは、そうやってサンドスターがなくなるから、らしいよ』

「そんな大事なことどうやって知ったのよ」

『ほら、ボクはセルリアンともお話しできるから』

 

 あーなるほど、とレミアはひざを打ちました。

 

「それで、セルリアンはフレンズを食べてないのよね?」

『ボクの配下の子たちはね』

「どうやって状態を維持しているの」

『ジャパリまんを食べてるよ。ラッキービーストにもちゃんと話をして、パークに居る〝フレンズを襲わないセルリアン〟は暫定的にフレンズとして扱ってもらえるようにお願いしたんだ』

「セルリアンがフレンズと仲良く並んでジャパリまんを食べる姿……想像しにくいわね」

『遊園地にも何体か呼んでるし、フレンズたちのお手伝いをするように言ってあるから、行けばみられると思うよ』

「楽しみだわ」

 

 口の端を少しだけあげて、だいぶ近くに見えるサンドスターの山を見上げながら、レミアは小さくそう言いました。

 山からはまた、モクモクとサンドスターが昇っているようです。

 

 〇

 

 太陽が一番高いところへ来た頃に。

 遊園地は、多くのフレンズたちでにぎわっていました。

 

 様々なアトラクションが乱立しています。コーヒーカップやメリーゴーランド。ジェットコースターや巨大な観覧車まで。

 ただそのどれもが例外なく錆び付き、朽ち果て、とても動かせる状態ではなさそうです。何一つアトラクションとして使えそうなものはありませんでしたが、しかし、集まったフレンズたちはそんなことはお構いなしにと、自由気ままに遊びまわっています。

 

「みんな集まったわね!」

 

 遊園地の一番目立つところにはステージがありました。ステージの上には、ぺパプのセンター、ロイヤルペンギンのプリンセスがマイクを持って立っています。

 

「それじゃあ始めるわよ! 題して〝カバン何の動物かわかっておめでとう&レミアとセッキーが仲直りできて良かった〟の会!」

 

 わぁぁぁぁぁぁぁっっ――――遊園地のそこら中から、拍手と喜びの声があがりました。

 レミアはあたりを見回して、本当にたくさんのフレンズたちが集まっているなと、改めて感心しました。

 見たことのあるフレンズもいれば、よく知らないフレンズ見えます。きっとカバンさんとサーバルの知り合いなのかなと思いつつ、さらに目を凝らして目的のものを探します。

 

「あ、いた」

 

 いました。セルリアンです。

 さきほどセッキーから聞いた通り、遊園地にはいくらかのセルリアンが来ているようです。水色だったり赤色だった紫色だったり。大きさも、今のレミアとほとんど変わらないような小さなものから、一回り二回り大きなものまで様々です。

 その、どのセルリアンもみな、レミアがアライさんたちと旅をしていた時に見たセルリアンと同じ姿をしていましたが、今は全く敵意のようなものを感じません。なかにはフレンズからジャパリまんを食べさせてもらっているセルリアンも見受けられます。

 

「本当に、敵じゃなくなったのね」

 

 レミアはどこか、胸に温かいものを感じました。

 

 〇

 

 その後、ステージに呼ばれたカバンさんとレミア、セッキーは、事の経緯についてプリンセスに誘導されるままいろいろとコメントをしようとしていたのですが、

 

「ヒトは話が長すぎるのです」

「我々はお腹がすいたのですよ。さっさと食わせろなのです」

 

 博士と助手がフライングして料理を食べ始めてしまったので、そのままの勢いで乾杯となりました。

 ちょうどお昼時ですから、みんなお腹がすいています。テーブルの上には山のようにジャパリまんが積まれていて、その横には、

 

「…………あら、これは何?」

 

 レミアが思わず首をかしげる、不思議な食べ物が置かれていました。

 茶色くて、ドロドロとしたものです。その横に添えられているのは、あの珍しい〝米〟という食物のように見えます。

 レミアは米を食べたことがありません。その横の茶色いドロドロとしたものも、食べたことはおろか見たこともありません。

 

「それは〝料理〟といって、食材をいろいろと組み合わせて作ったものですよ」

 

 ふと、すぐ隣にカバンさんが来ていました。レミアは椅子の上に立って料理を眺めていましたから、カバンさんも近くの椅子を引き寄せてきて、レミアの隣に座りました。レミアもおとなしく席に着きながら、首をかしげつつ質問します。

 

「料理なのはわかるけど、これ、なんていう名前の料理なの?」

「そこまではちょっと……あ、いえ、たしか〝カレー〟という名前でした」

「へぇー」

 

 とりあえず一口食べてみることにします。スプーンですくって、まずは茶色いドロドロ……カレーだけをすくいます。

 口元までもってきて、食べる寸前に、レミアは手を止めてカバンさんのほうを見ました。

 

「一応聞いておくわ。これ、誰が作ったのかしら?」

「ヒグマさんですよ。なんでも火が怖くないらしくて、博士たちに作らされていました。あそこです」

 

 カバンさんの指さした先では、あたふたしながら鍋をかき混ぜている、たくましそうなフレンズが居ました。

 その横には水色のセルリアンが居て、何やら心配そうにヒグマを見つめています。さすがは水のセルリアンです。

 

 レミアはひとまず、一口だけでも食べてみることにしました。体を戻すためにジャパリまんを食べないといけないのですが、胃袋にはそんなにたくさん入りません。一口、味見程度に食べてみるということです。

 

 パクり、と。

 しっかりと口に入れて、スプーンを抜き、舌の上で茶色いドロドロを広げると――――。

 

「からい! 何よこれ! し、死ぬ、ちょ、みず、水ちょうだい辛いッ!!」

 

 半泣きになりながら椅子の上で飛び回る五歳児に、カバンさんは慌てて水を用意しました。

 

 〇

 

「これはだめだわ……」

「なんだか博士たちにも同じことを言われた気がします」

 

 苦笑いを浮かべながらレミアの背中をさするカバンさんに、レミアは少し落ち着いてから、振り向き気味に顔を見上げました。

 

「カレーはまぁ、散々だったけど……カバンさん、あなたにお礼を言わなくちゃいけないわ」

「ボクに、ですか?」

 

 レミアは自分の意識がない時に、ジャパリまんを食べさせてもらったこと。そして、それよりも以前、セッキーとの戦いで助けを呼んでくれたことのお礼を言いました。

 いくら何でもあの状況では命が危なかったと、レミアも自覚しています。だからこそ、そのことも含めて、遅くはなりましたがあらためてのお礼です。

 

「ボクのほうこそ、レミアさんが居なかったら、サーバルちゃんは黒セルリアンに食べられていたかもしれません。ボクを守ろうとして、サーバルちゃんが危険な目に――ボクと、サーバルちゃんを助けてくれて、本当にありがとうございました」

 

 いい子だなぁ、と。

 レミアは目の端にうっすらと涙をためているカバンさんを見て、心の中でそう呟きました。

 

 〇

 

「そこで強火なのです」

「料理は火力なのですよ」

「いや、待ってくれ! どうすればいいんだよ!」

 

 遊園地の端の方では、ヒグマがカレーを煮込んでいました。少し離れたところから博士と助手が指示を出しています。

 

「ふーふーするのですよ。風があれば火は強くなるのです」

「こ、こうか?」

 

 ふーふー! っと、顔を真っ赤にしながら必死で吹くと、ちょっとだけ火が大きくなりました。

 

「やりますね」

「やるのです。お前はハンターから〝せんぎょうしゅふ〟になったほうがいいのですよ」

「はぁ? な、なんだそれ?」

 

 立ち上がって鍋の中身をかき混ぜながら、ヒグマは困った顔を浮かべました。

 博士は指をさしながら、

 

「お前のような料理のできるメスを〝せんぎょうしゅふ〟と言うそうなのですよ。ハンターをやめて我々の〝せんぎょうしゅふ〟になるのです!」

「断る!」

 

 堂々と、きっぱりと、ヒグマは言い切りました。

 そんなにはっきりと断られたものですから、博士と助手は視線を落とし、しゅんとした表情で、

 

「……わかったのです。もう料理を作ってとは言わないのですよ」

「今日が最後の料理ですね。博士」

「そうなのですよ助手。大事に大事に、味わって食べるのです。もう二度と食べられない料理なのです」

 

 目に半分涙を浮かべながら、この世の終わりのような声音でそんなことをいうものですから、ヒグマは鍋をかき混ぜる手をいったん止めて、頭をガシガシと掻きながら、

 

「ったく、しょうがないなぁ。毎日は無理だが、ハンターとしての仕事が済んだら作ってやるよ! これでいいだろ!」

「ほんとですか!」

「ありがとなのです!!」

 

 ぱぁッ! っと、輝くような笑顔になった博士と助手に、ヒグマは照れ笑いを浮かべながら、再び火を強くするために焚火の前にしゃがみました。

 

 ヒグマの見えていないところで。

 

「チョロい」

「チョロイのです」

 

 輝くような満面の笑みのまま、二人はガッツポーズをお互いに交わしました。

 

 〇

 

 宴もたけなわ。もうずいぶんと長い時間、遊園地はたくさんのフレンズたちの声でにぎわっています。

 空はオレンジ色に染まりつつあり、風もどこか冷たくなり始めています。しかし、フレンズの笑い声やはしゃぎ声は、留まることを知りません。

 

 そんな中、

 

「お? レミアじゃないか。久しぶりだね」

 

 遊園地の端の方。歩き疲れてどこかに座りたいなぁと思っていたレミアは、水色のセルリアンを見つけると「椅子になってもらえるかしら」と注文してセルリアンを困らせていました。そんなところに、真っ白な髪の毛に真っ白なコートを着たフレンズが訪ねてきます。

 

「あら、ホッキョクグマじゃない。ほんと久しぶりね」

「すまないな。話には聞いていたんだが、なかなかロッジまで行けなくて」

「いいのよ」

 

 〝椅子になって〟というレミアのお願いに困惑していた水色セルリアンは、身体をなるべく平たくしてレミアの足元にひかえています。

 

「何してるんだ?」

「セッキーが〝セルリアンたちはレミアの言うことをだいたい聞くと思うから、いろいろ試して来たらどう?〟って言ってたから、試してるところよ」

「へぇ」

 

 確かにセルリアンたちは、レミアのお願いをかなえようとしてくれているようです。

 どうみても幼い子供に無理難題を押し付けられて困っているモンスターにしか見えませんが。

 

 レミアは足元で平べったくなったセルリアンの上にそっと乗ると、ころん、と寝転がってしまいました。

 

「…………なんだか、この体になってから活動時間が短くなった気がするのよ」

「随分小さくなったもんな。それじゃ戦えないだろう?」

「銃は撃てないし、ナイフも満足に振れないわ。今セルリアンに襲われたら、あっさり食べられちゃうわね」

 

 ホッキョクグマは、レミアが下敷きにしている水色のセルリアンを見て苦笑いしました。レミアが寝転がっているのは紛れもなくセルリアンなのですが、食べられるどころか襲われる気配すらありません。おとなしくベッドになり果てています。

 

「まぁ、この遊園地にはハンターもたくさん集まっている。私もいるし、大丈夫だろう」

「他のハンターがいるの?」

「料理を作っていたフレンズが居ただろ? あいつは私の遠い親戚みたいなもので、同じくハンターだ。頼もしいやつだぞ」

「へぇ」

 

 博士たちにあごで使われていたようにも思いましたが、レミアは重くなりつつあるまぶたをこすりながら、ハンターもこの遊園地にきているのかと思い返しました。

 

「じゃあもし、味方じゃないセルリアンが出ても大丈夫ね」

「セッキーもいるし、ヒグマも、キンシコウも、リカオンもいる。あと、新人だな」

「新人?」

「インドゾウだ。とんでもなくデカいやつでな。体格とセンスで何体ものセルリアンを退治していた」

「あのインドゾウさんがねぇ」

「知ってるのか?」

「ジャングル地方で、通路に埋まってたのを助けたわ。その後セルリアンたちに襲われて――今思えば、あのセルリアンの大群はセッキーちゃんの仕業だったのね」

 

 レミアの後半の言葉は独り言でしたが、ホッキョクグマは相槌を打ちながらレミアのすぐそばまで来て、目線を合わせながらやさしい声音で頭を撫で始めました。

 

「眠いんだろう? 半分目が閉じてるぞ」

「…………そう? うん、すこし……ねむいわね。ちょっと寝てもいいかしら?」

 

 ホッキョクグマと、下敷きにしているセルリアンの両方にレミアは聞いているようです。下からはヒュルオ、という短い鳴き声が聞こえて、ホッキョクグマは、

 

「博士たちがレミアを呼んでいたから、行くまでの間は寝ているといい。セルリアンに運んでもらおう」

「ありがとう……そうするわ」

 

 小さな声でそれだけを言うと、レミアはすーすーとおだやかな寝息を立て始めました。

 雪山で見た時の姿とはずいぶんと変わってしまったレミアに、ホッキョクグマは肩をすくめつつ、

 

「じゃあ、セルリアン。博士のところまで頼めるかな」

 

 レミアの下で平べったくなっているセルリアンをちょんちょんとつついて、その場を後にしました。

 

 

 〇

 

 

 雪山地方。

 たくさんの積もった雪と、時々吹雪(ふぶ)いてくる冷たい風のために、外気温は他の地方よりも格段に低いこの場所に、一つの温泉宿がありました。キタキツネとギンギツネが管理をしている温泉宿です。

 

 太陽は西の空に傾き、白い雪が燃えるように赤く染まっている時間帯。温泉宿のロビーには、

 

「うー…………しんどい」

「睡眠時間削ってゲームなんてやってるからこんなことになるのよ……」

『止めなかった俺も悪いです。こんな大事な日に、本当にすみません』

 

 頬を赤くしたキタキツネがソファに深く腰掛けて、冷たいタオルでおでこを冷やしていました。

 

 どうやら風邪をひいてしまっているようです。遊園地ではカバンとレミアに所縁(ゆかり)のあるフレンズたちがみんな集まって祝賀会を楽しんでいるのですが、キタキツネがこの状態では参加するわけにはいきません。

 

 キタキツネは「ボクはいいからギンギツネだけでも行って」と朝から弱々しい声で言っていたのですが、そんなに弱っているキタキツネ一人を置いて、宿を離れるなんてことはギンギツネの頭にはありません。

 こうして仲良く二人とも温泉宿に残っています。

 

 ただ、温泉宿で何もなく過ごしているわけではなく、ベラータは事の次第を知っていたので、

 

『カメラ、どうですか?』

「次は……ステージの方、見せてほしいかな……」

『了解です』

 

 監視カメラを乗っ取って、キタキツネのパソコンの画面に遊園地の様子を映し出してあげていました。

 祝賀会には参加できませんが、遊園地には多くの監視カメラがあるようです。映像のみですが、たくさんのアングルから雰囲気だけでも楽しめるようにという、ベラータの思いつきです。

 

 元をたどれば徹夜してゲームをさせていたベラータにも責任があるのですが、なってしまったものは仕方がありません。

 しんどそうですが、キタキツネは映像だけでも楽しめている様子です。ギンギツネも、祝賀会に行くことよりもキタキツネの体調のほうを気にしていましたから、充分に満足です。

 

 画面の中ではステージ前が映し出されています。何やら大きな布が掛けられたものがあり、その前にはカバンさんと、平べったいセルリアンの上で眠そうに目をこすっているレミアが居ます。

 

「あ、あれ」

「えぇ、直したバスね」

 

 キタキツネが指をさしたと同時に、布が勢いよく取り払われ、カバンさんがとても驚いているのがわかります。黒セルリアンとの戦いで壊れてしまったはずのジャパリバスが、ピッカピカの綺麗な状態に直っていました。

 

「カバンとレミア……あれに乗って島の外に行くんだよね?」

「レミアがどうするかはまだわからないけど、博士やフェネックは、ほぼ間違いなくレミアもついて行くだろうって言ってたわ」

「…………ちょっとさみしいけど、仕方ないね」

「えぇ、そうね。仕方がないわ」

 

 肩を落とすキタキツネに、ギンギツネはソファの後ろからそっと頭をなでながら、落ち着いた声で言いました。

 画面の中ではサーバルが、いろいろと変身を遂げた新しいジャパリバスの説明をしています。バスの側面には丸太が取り付けられていたり、背面には温泉宿にあった大きな木のタライが取り付けられたりしています。

 

「あ、見て、キタキツネ。私たちが作った所も説明してくれてるわ」

「サーバルの説明だと不安しかない……」

「ま、まぁ誰が見ても食料入れだから大丈夫よ。たぶん」

 

 一通りの説明が終わったのか。

 カバンはサーバルに駆け寄って、嬉しそうに何度もお礼を言っているようです。ジャパリバスからは目線を外しているようなので、

 

「あ、もうあそこで浮かべちゃうんだ」

 

 キタキツネの言葉通り、他のフレンズはピカピカのジャパリバスを押して海のほうに投げ捨てました。

 バスは遊園地と海をつないでいる坂を勢いよく下り、それを慌てた様子でカバンが追いかけています。

 

「〝船にするために改造してる〟って一言教えてあげればよかったのに。あんなに慌てちゃって、ちょっとかわいそうだわ」

「たぶん博士たちが考えたサプライズだと思う」

 

 海に勢いよく飛び込んだジャパリバスは、水しぶきを上げながら着水。見事なまでにしっかりと、海面を漂っています。

 カバンは口を大きく開けて驚き、それから振り向いて、今度こそ大粒の涙を流しながらサーバルに飛びついて喜んでいました。

 

「〝船を使って島の外にヒトを探しに行く〟……これで、カバンの願いはかなうわね」

「後はレミアさんだね。過去に戻るなんてすごいこと、どうやってやるのかわかんないけど」

 

 キタキツネは小さく微笑みながら、ソファの上で横になりました。おでこのタオルがずり落ちたので、ギンギツネがそれを拾い上げ、新しいものと交換します。

 キタキツネはそろそろしんどそうです。だいぶ熱があるのでしょうか、ギンギツネは新しいタオルをそっとキタキツネのおでこに当てながら、やさしい声で問いかけます。

 

「キタキツネ、しばらく寝る? もうそろそろ祝賀会も解散だと思うわ」

「うん、でも、もうちょっとだけ見て――――あれ?」

 

 元気のない声で弱々しくそう言っていたキタキツネでしたが、横たえていた体を急に起こすと、パソコンの画面を食い入るように見つめはじめました。

 何事かとギンギツネは驚きましたが、あまりにも熱心にキタキツネが画面を見ているので自分ものぞき込みます。

 

 なにか、様子がおかしいです。

 遊園地のフレンズたちが慌てているように見えます。

 

 体の小さなレミアが必死に叫び、セッキーが周囲のセルリアンを集め、ハンターたちが次々と武器を取り出し――野生開放し始めました。

 

「ちょ、ちょっと? 何が起きてるのよ!?」

『マズイことになりました』

 

 通信機からベラータの声が響きます。〝マズイこと〟という単語に、ギンギツネは息を飲みました。

 対してキタキツネはいつもと変わらない落ち着いた、言うならばまるでベラータとゲームをしているときのような、波のない穏やかな声音で通信機に問いかけます。

 

「どうしたの? ベラータ」

『高濃度のサンドスター・ローを検知。山に、超巨大セルリアンの反応を確認しました』

 

 通信機から聞こえてきたベラータの応答は、こちらもやはり、とても冷静な状況報告でした。

 




次回「げーむだよ」


今の状態の山から出てくる超巨大セルリアンとなると〝アレ〟しかいませんよね。
やべぇよぉ……タイミング最悪だよぉ……。

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