【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
あらためまして「ろっじ! さーん!」をお送りします。
「それで、出発はいつかしら?」
『明日! 明日の朝ロッジを出たらいいって博士たちが言ってた!』
温かな朝日がぬくぬくと降り注ぐ〝みはらし〟で、セッキーは親指を立てながら快活な表情で答えました。
ここ、ジャパークの島の中央には〝ゆうえんち〟なるものが存在するそうです。その場所で開かれる、レミアとカバンのための祝賀会…………つまるところパーティーの話に、レミアは心を躍らせていました。
ロッジからは少々離れているので移動が大変だと思いましたが、セッキーが任せてほしいと言ったのでここは任せてしまいましょう。明日の朝の出発のために、持っていくものの準備をしないといけません。
「何か必要なものとかあるかしら?」
『特にないけど、レミアの体の負担になるようなものは置いて行った方がいいと思うよ。ほら、まだそんなに力は戻っていないでしょ?』
確かにその通りです。人で言うところの五歳児ほどの体ですから、リボルバーならともかくライフルは重すぎます。そしてリボルバーは拳銃と言えども大口径の銃ですから、反動が大きく、撃つにはやはり無理があります。
「そうね。銃は置いておいて、軽めのナイフとポーチだけにしておくわ。でも」
『でも?』
「道中でセルリアンに襲われたらどうするの?」
『大丈夫、そこも心配いらないよ!』
レミアの表情にはやや不安がありましたが、セッキーは自信ありげな笑顔を浮かべています。彼女だってセルリアンハンターの一人ですし、何よりもセルリアンを使役できるという変わった特徴を持っています。きっとそこは信じていいだろうと思ったレミアは、まだほんの少し不安はありましたが、セッキーに身を任せることにしてみました。
「じゃあ、また明日」
『うん!』
〝みはらし〟を後にして、自分の部屋へと向かいます。
〇
部屋へ戻る途中、そういえばまだ朝ごはんを食べていなかったことに気が付いたレミアは、通りがかりにロビーに寄ってみようと思いました。
あそこの机の上にはいくつかのジャパリまんが積まれています。なにやらロッジを管理しているアリツカゲラは、そのジャパリまんの数もちゃんと確認しているそうでしたが、
「また一つ頂くわね」
そんなことはレミアには関係ないようです。そこに置かれているのですからお腹がすいたら食べちゃいます。
しばらく歩いてロビーに着くと、
「あぁ~! レミアさん起きていたんですねー!」
「あら、アリツさんいたのね」
例のアリツカゲラが、ロビーの掃除をしていました。
明るく映えのある黄色い髪に、鳥系のフレンズ特有の小さな羽が付いています。鼻のところにはコンパクトな丸眼鏡をかけていて、グレーのスーツ風の服装は、落ち着きのある支配人という印象を強くしています。
ただ、それに反して本人の声は非常におっとりとしていて、かつ人当たりの良さを感じる丁寧な口調のフレンズです。レミアは初めて会った時から親しみやすいと思っていましたし、現に例の騒動以降、レミアのために訪問してくれるフレンズは、一日から二日間ロッジに泊っていきます。アリツカゲラの物腰の柔らかさが起因している事でしょう。
レミアは椅子のところまで行き、よじ登って座ってからアリツカゲラのほうを見ました。
ほうきで床を掃いていたアリツカゲラは視線に気が付き、
「あ! そのジャパリまん、食べていいですよー! お腹がすいていますよね?」
「えぇ、そうね。助かるわ」
レミアにジャパリまんを勧めてくれました。盗む気満々だったレミアですが、何食わぬ顔で一つとってかぶりつきました。
別に勝手に取っても怒られませんし、こうしてその場に居れば見つめるだけで食べていいよと言ってくれるのですから、やはりやさしいフレンズです。
「お体、少しだけ大きくなりましたね」
「まだまだ戻ってもらわないと困るわ」
「元はどれくらいの大きさだったんですか?」
「あなたよりちょっと大きいくらいかしらね」
「へぇ~! それは時間がかかりそうですねぇ~!」
驚きながらアリツカゲラは、集めたごみをまとめると窓の外から捨てました。掃除道具を部屋の隅に片づけてから、レミアと同じテーブルにつきます。
ニコニコと笑顔を浮かべながら、レミアがジャパリまんを食べる姿を眺めはじめました。見ていてそんなに楽しいものでもないでしょうに、とレミアは思いましたが、ふと気になることがあったので聞いてみることにしました。
「ちょっと前の話だけど、あたしがこのロッジで気を失ってた時期があるじゃない?」
「ありましたねー。結構前ですね?」
「その時に、あたしのケガを治療してくれたり、たぶんジャパリまんを食べさせてくれたフレンズがいる気がするんだけど、誰だったのかしら?」
食べかけのジャパリまんに視線を落としながらレミアは首をかしげます。
セッキーとの戦いで体に傷を負っていたレミアでしたが、目が覚めた時にはすべて完治していました。あれだけの損傷が一週間で回復したということは、サンドスターを使ったということ以外には考えられません。寝ている間に誰かがジャパリまんを食べさせてくれたのでしょうが、当然、眠っている三歳児に普通のジャパリまんを食べさせることは困難です。誰が食べさせてくれたのか、レミアは気になりました。
アリツカゲラは頬に指を当てて少し思い出すようなそぶりをしてから、
「治療のほうは博士たちとアライグマさん、フェネックさんがされていたと思いますよー。ジャパリまんは…………あ! 思い出しました、カバンさんが何やら道具を使っていろいろやっていましたね」
「カバンさんが?」
道具を使って、ということは、食べやすいようにジャパリまんを小さくしたり、ペースト状にして食べさせてくれていたのかもしれません。
目が覚めてからずいぶん経っていますが、カバンさんとこのロッジで顔を合わせたのは一回だけです。
それもほんの少しの間でしたし、会話どころかお礼すら言えていません。今度会ったらちゃんと言っておこうとレミアは心に決めました。
手にしたジャパリまんを一つ食べ終えるころ。
「レミアさんは、この後の予定はありますか?」
アリツカゲラが席を立ちながら聞いてきました。レミアは手に付いた食べかすをきれいに払いながら、
「明日、島の中央にある〝ゆうえんち〟に行く予定なのよ。そのための荷造り……って言っても大した量じゃないからすぐ終わるけど、やることはそれくらいね」
「あ! もしかして祝賀会のことですか!?」
「そうよ。あなたも行くのかしら?」
「行きます行きます! ロッジのジャパリまんもたくさん持っていくので、たくさん食べてくださいね!」
人当たりの良い快活な笑顔を浮かべるアリツカゲラに、レミアも「そうさせてもらうわ」と笑顔で頷きました。
〇
「ふぅー」
ロビーから立ち去って部屋へ行こうとしたときに、アリツカゲラから追加でもう一つジャパリまんをもらったレミアは、貰ったまま一口も食べずに自分の部屋まで戻ってきました。
ふかふかのベッドに腰をかけながら、
「さすがに二つは食べられないわ」
苦しそうに、細いお腹をさすりながら手元のジャパリまんに目を落としました。しかしせっかくもらったのですから捨てるわけにもいきません。
どうしようかと少し考えたのち、ベッドから降りると机のところまできて、空になっていたジャパリまん用の籠にそっと入れておきました。
「また後で食べましょう」
一人そう呟きながら、ベッドの端に置いたポーチへと、今度は手を伸ばします。
持っていくものはどうしましょう。とりあえずナイフは一本持っていきます。使うかどうかはわかりませんが、懐中電灯と信号弾も入れておきます。それから図書館で見つけた日記ぐらいでしょうか。
わずかに残っていた予備の弾薬はすべて置いて行きます。銃が使えないならば持っていく必要もありません。
「これぐらいかしら……ん?」
ポーチの中をのぞいて確認していたその時、中身の端の方で何かが光り始めました。虹色に淡く輝いた後、レミアが目を凝らした時にはもう光が収まり、そこには黒い四角い物体が現れていました。
長方形の黒塗りに細長いアンテナがくっついていて、ダイヤルだったりボタンだったり小さな画面が付いています。つまりそれは通信機でした。
「あら、もしかして今のが〝サンドスターの力で持ち物が戻ってくる〟ってやつなのかしら」
これまでは気が付いたら弾が増えていたという感じだったので、何気にレミアは初めて持ち物がサンドスターによって復活するところを見たようです。
雪山でキタキツネとベラータが通信をするために預けた通信機です。随分久しぶりに見る使い慣れたそれを手に取って、感慨深げに眺めました。
「使えるのかしら?」
幼く小さな手でしっかりと持って、レミアは電源ボタンを押し込みました。程なくして電源が入り、画面に光がともります。
どうやら使えるようです。なので、物は試しとばかりにベラータにつながる回線に接続してみました。
つなげてすぐはザーザーという音しか聞こえません。レミアはベッドの上に腰かけ、ダイヤルを少し回して再度調整し、ベラータにつながる回線を試します。ちょっと待つと、
『――――はいはい! こちらベラータですよ。お久しぶりですねレミアさん!』
どうやら問題なくつながるようです。
レミアは少しだけ口元に笑みを浮かべながら、いつもと変わらない調子で声を発しました。
「久しぶりねベラータ。あれからどう? 何か役に立つことは分かったかしら?」
『誰ですか?』
「は?」
『え?』
素っ頓狂な声が二人から上がります。
「え、まさかあたしを忘れたの? 元東部方面軍第七中隊のレミア・アンダーソンよ。一回死んで生き返ったと思ったら百年後の世界でよろしくやってるフレンズよ」
『いえ、その、忘れたわけではないですよ。なんと言いますか、ずいぶん声がお若いようで』
「いろいろあって体内のサンドスターが枯渇して、ちょっと若返っちゃったのよ」
『本当にレミアさんですか?』
「そうよ」
『若返ったって…………もとの年齢もそれほど高いようには思いませんが、今おいくつなんですか?』
「五歳ぐらいかしら」
『ロリミアさんって呼んでもいいですか?』
「キタキツネちゃんに渡した通信機ぶっ壊そうかしら」
『すいませんでしたアンダーソン中尉殿勘弁してください』
「よろしい」
レミアは「はぁ」と小さくため息をついて、それから少しまじめなトーンで言葉を繋げます。
「それで、あれからどうなのよ」
『キタキツネちゃんとは問題なく通信できていますよ。彼女、なかなかシューティングゲームが上手なんですよ。敵の前で一度姿を見せておいて、一旦退いたと見せかけて敵前線を崩壊させたときにはこの子センスあるなと思いました』
「誰もそんなこと聞いてないわよ。何か情報収集できたことはあるかしら?」
『もちろん! ゲームで遊ぶ
「すごいわね。それで? できたの?」
『できましたよ』
さらりと、まるで当たり前のことのようにベラータは言いました。
『メインシステムの多くは経年劣化でダウンしていましたが、重要なところ、特にインフラ施設の管理だったり、ラッキービーストとの交信を円滑に進めるためのソフトだったりは、今でも元気に動いていました』
「人がいなくなったってことは、メンテナンスもされてなかったってことでしょう?」
『そうですよ。なのでほとんどは死んでいましたが、いくらかは問題なく動いていました。それこそ、まるで
「…………まさか、人がまだ残っているの?」
『いえ、その可能性は限りなくゼロです。少なくとも人が管理をしているようなシステム状況ではありませんでした』
「言ってることが矛盾しているわ。人がいる可能性はゼロなのに人が管理している跡が見えるって、どういうことよ」
『その、それがですね…………』
ベラータは語尾を濁しました。発言をためらったかのようにも取れるその言い淀みに、レミアは訝し気な声音で訊ねます。
「どうしたの?」
『いえ…………実はその、メインシステムに侵入している間に、おかしなものを見つけたんです。他のシステムはアクセスを阻もうとしていたり、隠そうとしている痕跡があったのですが、その、それだけは、まるで〝こいつを見てくれ〟とでも言わんばかりに分かりやすいところに置かれていたんです』
「で、なんだったのよ」
『交信ログです。おそらくは施設――――ジャパリパークを運営している本部と、外部の組織との交信ログが置かれていたんです。それも詳細に、まっさらの、破損や欠落のない綺麗な状態で』
ベラータの言葉を聞いたレミアは、しかしそれの意味するところがいまいちよくわかりませんでした。なぜベラータが言い淀んだのか、一体何を伝えようとしているのかがピンときません。
「何が言いたいの?」
『交信ログを覗いてわかったんですが、おそらく今生きているシステムのメンテナンスをしているのは〝人間以外の何か〟なんです』
「はい? そんなことありえるの?」
『未来の技術なので詳しいことはわかりませんが、もしかすると機械が機械を整備しているのかもしれませんし、あるいは…………これは僕の想像ですが〝サンドスターが整備をしている〟のかもしれません。というかその可能性が高いです』
「どういうことよ」
『交信ログの書き方が、過去にあったことを暗号化して書き記している割には違和感があったんです。だっておかしくないですか? 俺がその暗号ログを読めるんですよ』
「あなたほどの知識と経験があったら当たり前の事じゃないの?」
『無茶を言わないでください。同時代の他国のログを見るのだってさすがに半日かかるんです』
「? 何時間でやったのよ」
『三十分です』
「……」
『考えてみてください。俺は、今レミアさんが居るそのジャパリパークからすれば〝百年前の異国の人間〟です。交信記録が〝百年前の異国の暗号〟で書かれるわけがないんですよ。というか書けるわけがないんですよ。当然、機械が勝手に書いたのだとしてもその機械のシステムを作ったのはパークの職員ということになります。俺がレミアさんと通信をすることなんて分かりっこないですから、未来予知でもしない限りそんなことは不可能です』
「じゃあ、まさか」
『はい、俺の見たログは、レミアさんが俺と通信をした後に書き直された交信ログです。ですからどうやっても、人間ができる事ではありません。確定ではないので俺の妄想の域を出ませんが…………今この、ジャパリパークの中枢システムを動かしているのはサンドスターなのかもしれません』
レミアはベラータの言葉にひどく驚きつつも、どこかで納得していました。
サンドスターのおかげでパークの施設が動いている。ジャパリまんの製造ラインがいまだに機能していたり、施設に電力の供給ができていたり、水道がちゃんと通っていたりするその、それは、すべてフレンズを生かすために必要不可欠なことです。
もしも、サンドスターに〝フレンズをフレンズとして生かす〟という意志のようなものがあるのだとしたら。
突拍子もないような考えですが、ベラータの言っていることの状況説明としては筋が通ります。あまりにも漠然としていて確かめる術はありませんが、考え方そのものには納得がいきます。
「もしそうだったとしたら、どうしてサンドスターは交信ログの書き直しなんてやったのよ」
『俺に見せたかった理由がある、ということですね?』
「そうよ。どうしてわざわざ、あなたにパークと外部組織との交信内容を見せたかったのか、それはわからなかったの?」
『一つだけですが、気になる部分は見つけました。これがどういう意味なのかはまだ分かりません』
「教えて頂戴」
ベラータは「ちょっと待ってくださいね」と言いつつ、何やらメモ帳をめくる音がしました。数秒後、ゆっくりと、ベラータは一言一言を確かめるようにレミアに伝えていきます。
『ログの中には〝爆撃機による山および巨大セルリアンへの攻撃〟という内容が記されていました。計画の段階から何度もやり取りがされていて、最終的に〝爆撃機の出撃命令の受領、および攻撃認可〟というログが残されています』
「〝ばくげきき〟ってなにかしら?」
『これが俺にもよくわからないのですが、〝飛行〟という言葉が散見できるので、おそらくは空から爆発物で攻撃する手段だと思います』
「恐ろしいわね。頭の上から爆弾が降ってくるなんて」
『戦術的には非常に魅力的なので、もうすこし情報を整理したら軍の上層部に送ってみようと思います』
「あんまり戦場で使ってほしくないけど……まぁ、それはいいとして、それで?」
『この爆撃機、〝出撃〟した痕跡はあるんですが〝帰還〟したログがないんです』
〇
「…………つまり、墜とされたってこと?」
『飛んで攻撃するものだとしたら、その可能性が十分にあります。ログは〝爆撃機の出撃〟を最後に途切れていました』
レミアは少し考えました。ベラータが気になっている点が正しいかどうかは分かりませんが、どうしてこの交信ログが分かりやすく残されていたのか――――サンドスターが、ベラータに読んでほしいとばかりに示していたのか。その理由は何だろうかと思案します。
〝爆撃機〟というものがどういうものなのか具体的には何一つわかりません。分かりませんから、どうしてそのあたりをベラータが気にするのかもわかりません。
わからないことを考えても仕方がない……という感じで、レミアの頭の中では順調に連想が進んでいき、いつも通り考えることをやめました。
そろそろお腹がすいてきたので机の上のジャパリまんを食べようかなぁと思います。
「とりあえずあたしにはよくわからないから、また何かわかったら連絡して頂戴」
『了解です。前の通信機と同時につながってはいけないので、周波数のほうはこちらでいじっておきました。次かける時はこの周波数でお願いします』
「えぇ、わかったわ」
速やかに通信が終わり、レミアはポーチの中に通信機をしまうと机の上のジャパリまんを手に取りました。
なんとなく窓から空を見ると、太陽は一番高いところに登り、山はまた、サンドスターをモクモクと焚き上げながら噴火していました。
次回「ゆうえんち!」
セッキーとの仲直りと言い、ベラータとのやり取りと言い、レミアさんは以前にも増して頭が弱くなっているような気がしますね。これじゃほんとにロリミアさn(銃声が響いた。