【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第二十話 「れみあさんのまもりたいもの」

 さびれた夜の港には、赤や青、紫色のセルリアンが集まっています。それらは球のように丸かったり、腕のようなものが付いていたり、触手のようなものが生えていたりしました。実に多種多様な姿かたちであり、色は原色か、あるいは派手なものたちばかりです。

 

 いずれのセルリアンにも当然のように石があり、目玉があり、その目線は二人の人影に注目していました。

 

 一人は十代半ばの少女。青白い肌に白いワンピース。髪の色は青く毛先だけが白い、もともとはラッキービーストであり、今はサンドスターを受けてセルリアンとなった少女です。

 

 それに対峙しているのは少女よりもかなり幼い、見た目は十歳にも満たない女の子。栗色の茶髪は肩よりも少し長く、白い手足は見た目相応に細いです。右手に刀身の黒いナイフを握り、左手はだらりと垂れていました。

 小さな体を包む黒いタンクトップと迷彩柄のカーゴパンツは、この女の子――レミアの身体が幼児化していくのに合わせて、少しずつ小さくなっていきました。腰に巻いていたポーチは残念ながら小さくならず、サイズを調整する時間も無かったため、やや離れたところに放られています。

 隠し持っていた残り二本のナイフはサイズも変わらず、レミアの手元に残っています。右手に握って少女に切っ先を向けているものが、そのうちの一本です。

 

 レミアは小さな肩を上下させながら、荒い息で口を開きました。

 

「なんど……言えば、わかる……のよ」

『シラナイ、シラナイッ!』

「ッ!」

 

 少女は容赦なくレミアとの間合いを詰めると、腹部を蹴り込んできました。すんでのところで身をよじって交わしたレミアは、持っていたナイフを逆手に持ち替え、体の回転と共に少女の肩口へ突き刺そうとします。

 しかし、細くなったレミアの腕にはもうナイフを十分な速さで振れるだけの筋力が残っておらず、あっさりとかわされてしまいました。

 少女はレミアの攻撃から上体をそらし、カウンター気味に腹部へ再度の蹴り込み。ひどく軽くなったレミアの身体が、くの字になりながら宙に浮きます。

 かなりの距離を飛んで地面を転がりました。

 

「ぐふっ」

 

 肺が潰れるような感覚に息を詰まらせながら、よろよろとレミアは立ち上がります。口の端からつーっと、細い鮮血が流れました。

 

 レミアの周囲のサンドスターは、戦いが始まった時から半分ほどの光量になっています。左手には鈍い痛みが響き始めていました。全身が鉛を詰めたように重たくなり、視界が狭くなり、今の攻撃で内臓のどこかも傷つきました。口の中に鉄の味が広がって、やがて鼻を抜けていきます。

 

 直感から、これはもう長くはもたないと悟りました。

 レミアは光を失いかけている目で、それでもセルリアンの少女をしっかりと見つめて、途切れ途切れにかすれた声を発します。

 

「あたしに、できたのよ。……あんたにだって、できるわよ」

『マダ、イウカッ!』

「ッ!」

 

 何度となく同じことを繰り返すレミアに向かって。

 セルリアンの少女は感情をあらわにした声で叫び、アスファルトを踏みしめました。

 

 〇

 

 レミアはここまでの数分間、ずっとこの少女に話しかけていました。

 

 〝たとえセルリアンであったとしても、そんなことは関係なく〟

 〝フレンズと話がしたいなら「話がしたい」と言えばいい〟

 

 レミアはこの少女を説得するために、気の利いた言葉はないかと考えましたが、やがて一瞬でそんな考えは捨てました。

 いつだってそうです。小難しいことは考えず、いつだってレミアはそのまま頭に浮かぶことを言葉にしてきました。

 だから今度も同じこと。レミアは少女の遣うセルリアンの攻撃をかいくぐり、少女自身の攻撃を避けて、逸らし、受け止めて、少女への呼びかけを絶やしませんでした。

 

 ですが少女は聞く耳を持ちません。拳を振り、蹴りを繰り出し、急速に幼くなっていくレミアの身体に容赦のない攻撃を浴びせてきます。

 

 今もそうです。

 

『マダ、イウカッ!』

 

 レミアの呼びかけに大声で返し、詰め寄り、間合いをゼロにした少女は小さな胸に膝蹴りを放ちました。

 レミアは避けることができず、少女の膝がミシリとめり込み、肺が圧迫され空気が強制的に吐き出されます。

 そのまま数メートル吹き飛ばされ、固いアスファルトを幼い体がゴロゴロと転がりました。

 

「カハッ、カハッ」

 

 咳に交じってわずかに血を吐きます。ふらふらとおぼつかない足で何とか立ち上がり、あえぐように息を吸います。浅い呼吸に頭がくらくらするのを無理やり我慢して、レミアは少女を見上げました。

 

 すでに体格は人間の三歳児程度にまで縮んでいました。左腕の感覚がありません。視界がぼやけ始めています。立っているのか寝ているのかすらも加減がわからなくなり、無意識のうちにたたらを踏みます。

 

 ただ、それでも。

 レミアはセルリアンの少女にナイフの切っ先を向け、小さな肩を荒い息とともに上下させながら、かすれた声で言い放ちます。

 

「何度でも……言ってやるわ。セルリアンか、どうかは、関係ない。……〝あなた〟がどうしたいかで、あなたは、変わるのよ」

『オマエノ、ソノ、ソレガ、ユルセナイッ!』

 

 鋭い踏み込みで距離を縮めてくる少女の動きが、ひどくスローモーションに見えました。

 次の一発。

 この一発を食らったら、ほぼ確実に、息の根が止まる。

 

 幼体に耐えられるような衝撃でもなく、サンドスターの力をもってしても修復の間に合わない今の状態。左腕の感覚もなく、視界もゆがみ、内臓が焼かれるように苦しくて、そして右手に持つナイフですら重すぎて持っているのがやっとのこと。

 

 ――――これはもう、だめかもしれない。

 

 少女が一歩、二歩と迫っているのが、まるでコマ送りの世界のようにレミアの目に映ります。目の前の少女以外の景色はぼやけて、曲がって、おかしな形をしているのに、不思議なことに少女の姿だけははっきりと、そしてゆっくりと見えました。

 

 ――――もうちょっとだったんだろうけどなぁ。

 

 あと一歩でした。

 ずっと感情を押し殺した声しか発しなかった少女が、ここにきてやっと、レミアの言葉に声を荒げていました。それはつまり反応であり、レミアはこのままいけば説けると確信していました。

 憎しみに満ちた目を向けているのに、発する言葉はまるで意識しているかのように無感情。そこに、レミアは一縷の望みをかけました。

 

 半ばは成功していたのでしょう。

 ただ、自分の身体が持ちませんでした。もうあと数分、サンドスターか、あるいは自分の身体が耐えてくれていたら。

 

 ――――あぁ、アライさんたちに、お別れが言えなかったわね。

 

 今さらどうしようもない後悔が頭をよぎります。

 ゆっくりとした世界で、レミアはこれまでの、アライさんとフェネックとの旅を走馬灯のように思い出しました。

 

 サバンナの夜に出会ったこと。

 ジャングルでセルリアンから逃げ回ったこと。

 ジャパリカフェで楽しい時間を過ごしたこと。

 砂漠で、湖畔で、図書館で。

 

 自分の事、アライさんの事、フェネックの事。いろんな発見があったこと。いろんな思い出ができたこと。

 ――――まぁ、楽しかったわ。ありがとね。

 

 レミアは口の端に笑みを浮かべ、自分の命を狩るべく放たれた、到底避けることのできない少女の蹴りをただ茫然と目の前にして。

 

「フェネック今なのだッ!!」

「はいよーッッ!!!」

 

 瞬間、力いっぱいの叫び声がレミアの耳を震わせて、直後に回転しながらすっ飛んできたライフルが、少女の頭に直撃しました。

 

 〇

 

 全長、約百四十センチ。

 重量、約五キロ。

 

 空から降ってきて頭に当たればちょっとした重症になりかねないそんなライフルは、本来の用途からは大変かけ離れた様相でセルリアンの少女に襲いかかりました。勢いよく回転していた木製のストックが、鈍い音を立てて少女の頭部をぶっ叩きます。

 レミアへ目掛けて迫っていた蹴りは見事に空を切り、少女はバランスを崩してその場でよろめきました。

 

 一瞬の隙。またとないチャンス。

 ただレミアはもうナイフで切り付けるどころか、背を向けて逃げる体力すら残っていません。それどころか、何が起きたのかを認識することもままならず――――ぽかんと口を開けて固まってしまった三歳児には、千載一遇のチャンスを生かせません。

 その時です。

 

「サーバルちゃん!」

「まかせてカバンちゃんッ!!」

 

 レミアの横をものすごい速さで通過する影がありました。

 サーバルは全速力で走った勢いをそのままに、頭を振りつつ顔を上げようとした少女に向かって体ごとぶつかります。

 

 もつれるようにしてゴロゴロと転がり、転がっている途中でサーバルはぴょんと起き上がると、自慢の跳躍で一気に少女から距離を取ります。少女が起き上がるよりも早くにレミアの背後に降り立つと、

 

「ごめんね!」

 

 一言そう言ってレミアのタンクトップの後ろ首を口にくわえて、そのまま持ち上げてしまいました。

 

「!?!?!?!?」

 

 まるで子猫をくわえて移動する親猫のような光景が、さびれた港で月明かりに照らされます。

 レミアは目を白黒させていますが、そんなことはお構いなしとばかりにサーバルは再び跳躍。風を切って飛んだ先は、アライさんとフェネックのところでした。

 着地と同時にガサッ、っとカバンさんが林の中から飛び出してきます。手には二本の木の枝が握られていて、先端には木の葉がたっぷりと付いていました。二本のうち一本を手早くフェネックに渡しながら、

 

「こんな感じの枝ですよね?」

「そうなのだ! これで水色の奴は蹴散らせるのだ!」

 

 アライさんと頷き合います。

 そのやり取りを横目に、サーバルはぱっと口を開けてレミアを下ろすと、早口で叫びました。

 

「よし、逃げるよ!」

「アライさーん」

「お任せなのだッ!」

 

 返事一声。

 サーバルの口から降ろされたレミアを、アライさんは器用な手つきでお姫様抱っこのようにして持ち上げます。腕の中にすっぽりとおさまったレミアは、未だ混乱を隠せない様子でしたが、

 

「……アライ、さん?」

 

 力なくそれだけを呟くと、すうっと意識を失ってしまいました。

 フェネックは走り出す直前に、レミアの随分と幼くなった相貌を見て、

 

「まぁ、今度は私たちの番だよー、レミアさん」

 

 その安心した表情に、優しく微笑みかけました。

 

 

 〇

 

 

 何の感覚でしょうか。

 フワフワとした浮遊感と共に感じるのは、全てを包んでくれるような絶対的な安心感。委ねていいはずはないのだけれども、なぜか身を起こすことも、まぶたを開けることもためらわれる、そんな心地よい夢をレミアは見ていました。

 

「――のですよ」

「――――レミ…………きるのです」

 

 遠くから声が聞こえてきます。あまりにも遠いのでよく聞き取れず、何を言っているのかもわかりません。レミアは答えるつもりもなく、もう一度深い眠りにつこうとします。

 

 掴みかけていた意識を手放そうとしましたが、

 

「レミア、レミア。起きるのです。目を覚ますのですよ」

 

 聞き覚えのある声がはっきりと聞こえたので、レミアは重いまぶたをふるふると震わせながら、ゆっくりと目を覚ましていきました。

 

「…………?」

 

 飛び込んできた光景にレミアは言葉を失いました。

 なぜか目の前に博士が居ます。それも随分と顔が近いです。

 

「やっと目を覚ましたのですよレミア。動いちゃダメなのです。落っことしたらさすがに怪我じゃすまないのですよ」

 

 言われ、首だけをゆっくりと動かして、自分が今どこに居るのかを知りました。

 

 地上は遥か下のほう。体が小さくなったレミアは、どうやら空を飛んでいる博士の腕の中に納まっているようです。

 にゅっと横から覗いてくる顔がありました。茶色い髪にくりくりとした瞳。いつも博士と一緒にいる、つまりは助手のワシミミズクです。

 

「安心するのですよ。博士の体格ですら軽々と抱けるほどに、今のお前は小さくなっているのです」

「だからよゆーなのです。ヘタに動かない限り、このまま飛んでいられるのですよ」

「え……えっと」

 

 事態は飲み込めましたが事の経緯が分かりません。

 たしかアライさんたちが助けに来てくれたことまでは覚えています。そのあと何があったのか、まったく思い出せません。

 

「無理もないのです。これだけサンドスターを消費しておいて、消えていないのがそもそも奇跡なのですよ」

 

 前を見ながらちらちらと視線を落として様子を伺ってくれる博士は、図書館で会った時よりも随分と優しい表情です。

 

「なにが、あったか……教えてもらっても、いいかしら……?」

 

 自分の物とは思えないほど幼く、弱々しい声が発せられて、それを聞いた博士は、柔らかな笑みを浮かべながらこくりと一つ頷きました。

 

 〇

 

 レミアを抱いて全力で逃げ出したアライさんたちは、始めこそセルリアンたちから逃げ切ることに成功していました。

 しかしやはり、相手はセルリアンの少女とその集団。港を海岸沿いに逃げていた一行は、先回りしてきた二体の青いセルリアンに行く手を阻まれました。セルリアンの少女がそうさせたのでしょう。

 

 横の林には大量のセルリアン。後ろには少女。前にはサーバルよりも体格の大きなセルリアンが二体います。青い個体ですから木の枝が効くには効くでしょうが、どう考えても正面からぶつかって突破できる大きさではありません。

 

「ど、どうしようカバンちゃん!」

「うぅ……どうしたら……」

 

 じわりじわりと距離を詰められます。このままでは挟み撃ちにされ、セルリアンたちに食べられてしまいます。

 二体のセルリアンはそれぞれが瞬時に腕を生やし、

 

「だめ、カバンちゃん逃げて!」

「アライさん!!」

 

 カバンさんとアライさんに襲い掛かりました。その瞬間。

 

「――――助けに来たぞ、カバン!」

「うちの子にぃ――――手ェ出してんじゃねぇぞッ!!」

 

 勇ましい声と共に空から女の子が降ってきました。二人のフレンズはそれぞれ柴色と金色の光の尾を引きながら、落ちてきた威力に上乗せしてセルリアンの石に強烈な一撃を食らわせます。

 木々を震わせるほどの衝撃音と共に、跡形もなく二体のセルリアンを散らしたその二人は。

 

「ヘラジカ! ライオンッ!」

 

 〝森の王〟と〝百獣の王〟の名を持つ二人のフレンズは、嬉々とした声を上げるサーバルにニコリと頼もしい笑顔で返しました。

 

「ボスから話しかけられてな。カバンが危険だからすぐに港へ向かってくれって」

「ほら、鳥系の子たちに運んでもらったんだー」

 

 笑顔でそういったライオンは、ふとアライさんの腕の中を見て、

 

「……え、レミア? どうしたの??」

「レ、レミアさんは〝青いフレンズ〟と戦って小さくなってしまったのだ! めちゃくちゃ大変なのだ!!」

「〝青いフレンズ〟って、あの噂のか!? ここに居るのか?」

 

 驚いた様子でヘラジカも声を上げてから、レミアの姿を一瞥して一瞬、眉をピクリと動かしました。

 そしてアライさんたちが逃げてきた方向に吸い寄せられるようにして顔を向けます。

 

「…………いるぞ、ライオン」

「いるねぇ。とんでもないのがいるねぇ」

 

 ヘラジカはゆっくりと武器を体の前に持つと、アライさんたちを守るようにして背中へ押しやります。ライオンもその横へ来て、静かに、しかし確かな声でアライさんたちに告げます。

 

「博士たちとハンターも動いてるそうだから、君らは逃げなよ。あいつはウチらに任せてさ」

「で、でもあの青いやつはめちゃくちゃ危険なのだ! レミアさんでもこんなになってしまったのだ!」

「ふッ! ははははッ!」

 

 アライさんの言葉に、ヘラジカが肩を震わせてのけぞりながら笑いました。

 すうっと、野生開放した柴色の瞳を感慨深げに細めながら、

 

「強くて結構。ぜひとも勝負を挑みたかったのだ」

「ウチもいるしね」

「そうだ。ライオンと肩を並べて戦うのだぞ。やりすぎないように気をつけねばならないぐらいだ」

 

 行け、と。

 ヘラジカの一声に、アライさんもフェネックも、カバンさんもサーバルも後ろ髪を引かれる思いでしたが駆け出します。

 

 たった二人。波の音が静かに聞こえるヒビだらけのアスファルトの上で、仁王立ちしたヘラジカとライオンは、暗闇の向こうに確かに感じる気配を睨みつけます。

 

「…………困ったときには力になると言ったはずなんだがな」

「今からなればいいんじゃない?」

「そうか、うむ。そうだな」

 

 深く頷き、瞳を細め、武器を構えて低く唸り。

 

「――――恩を返しに来たぞ、レミア」

 

 ヘラジカの言葉にライオンも頷き、アスファルトを強く蹴りだしました。

 

 〇

 

「我々が聞いたのはそれだけなのです。今はハンター達とその二人が、あのセルリアンどもと戦っているのですよ」

「アライ、さん、たちは……?」

「ひとまずロッジへ避難するように言っているのです。お前を抱えての移動は負担が大きいので、我々が代わりに運んでいるのです」

「あり……がとう」

 

 夜の空を飛ぶ博士と助手に、レミアは力ない声で言葉を続けます。

 

「あの、青い子は……ラッキービーストの、セルリアンよ」

「…………やっぱりですか。少し観察して、そうじゃないかとは思っていたのです」

「周囲のセルリアンを操るところを見るに、けっこう厄介ですよ、博士」

「でも単体能力ならヘラジカとライオンの方が上だと思うのです。あの二人なら倒せるですよ」

「――――だめ……だめよ、止め、させて」

 

 レミアは震える小さな手で博士の胸元を握ります。イヤイヤと首を力なく横に振って、今にも泣きそうな顔で訴えます。

 博士は少しだけ驚きながら、レミアに視線を落としました。

 

「どうしたのです、レミア」

「やめ、させて。あの子は、フレンズを、襲いたくて、襲ってるんじゃ、ないのよ」

「…………?」

「ただ、話がしたかっただけ。でも、やり方が、わからなくて、だから、あんな方法でしか……おね、がい。あの子を、あの子を助けて、あげて」

 

 博士と助手は顔を見合わせ、助手がレミアに問いただします。

 

「なぜそう思うのです? あれがセルリアンなら我々フレンズの敵です。敵を野放しにしていては、それこそパークの危機になりかねません」

「セルリアン、が、話せる、のよ」

「――――!」

 

 ハッと、博士は何かに気が付きその場で止まります。訝しげな顔で振り向いた助手に、簡潔に頼みました。

 

「助手、すぐに戻ってライオンたちに知らせるのです。〝生かして捕らえろ〟なのですよ」

「博士? しかし、セルリアンはいくらなんでも――」

「関係ないのです! あれはそうじゃないのですよ!」

「…………?」

 

 なおも首をかしげる助手に、博士は一度口をつぐんで、それから小さな笑みを浮かべて言葉を繋げました。

 

「セルリアンが敵なのは〝フレンズから見たら〟なのです! 賢い我々がそんな凝り固まった見方をしてちゃだめなのですよ!」

 

 博士が何を言っているのかレミアには全く分かりませんでしたが。

 助手は意味がわかったのか、ポンと手を打つと引き返して港のほうへ飛んでいきました。

 

 〇

 

 さびれた夜の港には、ヘラジカとライオン、そしてセルリアンの少女が立っていました。

 ヘラジカもライオンも野生開放によって煌々とサンドスターを周囲に舞わせていますが、

 

「…………なぁ、ライオン」

「うん、たぶん、ウチもヘラジカと同じこと考えてる」

 

 傷一つ、ケガ一つ二人にはありませんでした。目の前には少女が立っています。

 ボロボロで、ふらふらで、もうこれ以上少女が何をしようとしても、ヘラジカとライオンが負ける要素がないほどに、青白い肌の少女は消耗しきった様子で茫然と立っていました。

 

『トオ……シテ……』

「いやー、えっとねー、君がどうしてそんなにレミアさんを追いかけたいのかよくわかんないからさー」

『トオシテ……』

「うーん」

 

 ヘラジカもライオンも、この少女との最初の一合で悟りました。

 この子は本気を出していない。私たちを倒そうとしていない――――もっというならば、そもそも傷つけようとする素振りがない。

 

 そんな状態の少女です。ヘラジカもライオンも始めはやる気満々でかかっていたのですが、あまりにも一方的に攻撃が通るので、何かいけないことをしているのではないかという気になってしまい、そしてとうとう間合いを開けたままお互いに立ち尽くしているところです。

 もはや少女のほうから攻撃してくる気配もありません。そのうえ先ほどから二人に向かって、

 

『オネガイ……トオシテ。レミアニ、アワセテ』

「なぜだ? なぜそこまでしてレミアを追う?」

『イイタイコト、アル』

「……どうすればいいのだ、ライオン?」

「えぇーそれウチに聞くぅー?」

 

 もはや戦闘の雰囲気ではありません。いつの間にか二人とも野生開放をやめて武器も下ろしています。

 

「ねぇあのさぁー。思ったんだけど、君ってセルリアンなの? フレンズなの?」

『…………セルリアン』

「それ誰が言ったのさー」

『ソレハ……』

 

 言い淀む少女に、陽気な声でライオンは続けます。

 

「思い込みは良くないって昔博士が言ってたしさー。こんだけ戦ったんだから、そろそろ仲直りしてもいいんじゃない? なぁヘラジカ」

「うむ。合戦をするのは仕方がないが、誰かがケガをするのは良くないぞ! ――って、カバンが言ってたんだよな?」

「ウチが言ったのそれ」

「そうなのか!?」

『…………』

 

 少女は目を伏せました。

 黙りこくって何も言わなくなってしまったので、ヘラジカとライオンはお互いに一度顔を見合わせて、それから周囲の林をちらりと見ました。

 

 先ほどまでハンターとセルリアンの激しい戦闘音が反響していたのですが、それがぴたりとやんでいます。

 フレンズの足音が聞こえるので、ハンターがやられたわけではありません。セルリアンの動く音もしているので、全滅させたわけでもありません。

 つまり、セルリアンもハンターも、お互いが戦いをやめているのでしょう。何が起きているのか詳細は二人にはわかりませんでしたが、まぁ誰もケガしてないならそれでいいやと二人して満足げに笑いました。

 

 ふと、なんとなくヘラジカが空を見上げると。

 

「…………何かわけのわからないことになっているのですよ」

 

 あきれた顔の助手が、フワフワと夜の空を飛んでいました。

 

 

 〇

 

 

 翌朝、ロッジ。

 太陽は温かな光をもって空へとのぼり、今日もジャパリパークをゆっくりと照らしていきます。高い木々と立派な枝が道を作って支えるそこは、さながら空中の宿泊施設。大木の力強さと自然の温かみを感じる建物が、ロッジという名を付けられてこのエリアに佇んでいます。

 

 そんな木造りの施設の一部屋に、ふかふかのベットの上で寝息を立てている幼い女の子がいました。栗色の髪の毛は肩より少し長く、今は白いシーツの上に散らばっています。体のサイズにジャストフィットしている黒いタンクトップと迷彩柄のカーゴパンツを身に着けた、推定年齢三歳ほどの可愛らしい女の子です。

 

 首から下げられた鈍色の金属プレートには、一番目立つ位置に〝レミア・アンダーソン〟と書かれていました。

 左腕には添え木と白い布がぐるぐる巻きにされていて、誰かが治療した後が見て取れます。

 すーすーと、気持ちの良さそうな寝息をたてながら、レミアは穏やかな表情で眠っていました。

 

 その部屋にはもう一人、人影がありました。青白い肌に真っ白のワンピース。髪の根元は青く毛先は白い、十代半ば程の見た目の少女。

 整った顔立ちに、黒く澄んだ瞳を持ったその少女は、静かにベッド脇の椅子に座り、レミアの寝顔を眺めていました。

 すっと、ふいに、レミアの首元に手を伸ばします。そこにあったドッグタグをそっと片手にすくい上げて。

 

『…………レミア、半分ハ、コレカ』

 

 感慨深げに鈍く光る金属プレートを眺めました。

 そっと、レミアを起こさないように置いてから、再び椅子に座ります。

 

『モウ半分は、そっか。レミア――――セルリアンと、フレンズなんだ』

 

 小さく、口の端に納得のいったように笑みを浮かべて。

 それから少女は胸に手を当てて、とても小さな声でつぶやきました。

 

『――――ごめんなさい』

 

 それは確かにちいさなつぶやきでしたが、その言葉は本当に、彼女の心からあふれ出したものでした。

 

 〇

 

「もういいのですか? なんなら目が覚めるまで一緒にいてもいいのですよ?」

『ううん、用事があるから、もう行かないと』

「なんの用事なのです」

 

 レミアの部屋から出たところで、少女は博士と助手と話をしていました。

 

『カバンたちと同行していた、ラッキービーストを探すこと』

「ひとりでですか?」

『ううん、さっきサーバルとカバンから〝一緒に探そう〟って言われた。ラッキービーストの事だから、確かにボクなら分かるかもしれない』

 

 申し訳なさそうに笑顔を浮かべながら、少女はそう言いました。

 助手は一度博士を見て、それから少女のほうへ向き直って問います。

 

「もうフレンズを襲うつもりはないのですね?」

『うん、ない。初めからボクは、レミアだけを狙ってた。セルリアン達には〝レミアを狙え〟って指示してた』

「そう言えば今回の件で食べられたというフレンズは聞いていませんね。食べられそうになった子はいましたけど」

『……ごめんなさい』

「別にかまわないのです。命令は確実ではないということですね」

 

 うなずきながらそう言った助手に、続けて博士が「あれ?」と首をかしげながら訊きます。

 

「でも、たしかカバンが黒セルリアンに食べられたと聞いたのです。あのサーバルが助け出したというのは今でも信じられないのですが、お前は黒セルリアンにどんな命令をしたのですか?」

『…………? 何の話……?』

「え?」

 

 きょとん、とした少女と、目を丸くした博士と助手は、少しだけそのまま固まった後、

 

「……つまり、黒セルリアンはお前の配下ではなかったということなのですか」

 

 こくり、とうなずいた少女を横目に、博士は複雑そうな表情をして、それから少女をまっすぐに見ました。

 

「それで、お前自身の事なのですが」

『うん』

「無機物にサンドスターが当たるとセルリアンになるという資料から考えれば、お前は多分セルリアンなのです。ただ、我々フレンズと会話し、意思の疎通、すなわちヒトの特徴である〝会話によるコミュニケーション〟が行えるお前は、ただのセルリアンとは違うのですよ」

「そこから考えるに、お前はラッキービーストがヒト化したものと定義できるのです」

 

 博士と助手はそこでいったん区切り、自分たちより頭半分ほど背の高い少女を見上げながら、その胸にとん、っと人差し指をおいて、

 

「つまりお前は〝ラッキービーストのフレンズ〟なのです」

『!』

 

 この島の長、アフリカオオコノハズクのフレンズにして、博士と呼ばれている者と。

 同じく島の長にして、ワシミミズクのフレンズ。助手と呼ばれている彼女から、そう言われたのですから。

 この島に、また新たなフレンズが誕生しました。

 

「にしても、随分めちゃくちゃにしてくれたのです」

「レミアがあんな状態では、我々は甘い料理を食べられないのです」

『ご、ごめんなさい……』

「まったく……迷惑をかけた他のフレンズたちには、後日謝っていくとして」

「とりあえず、お前の持っている〝他のセルリアンを従える能力〟について調べたいのです」

「場合によっては相当使える能力です。このパークからセルリアンという脅威が一掃できる可能性もあるのです」

「なので今後は、我々に全面協力することをここで誓うのですよ」

 

 ぷく、っと頬を膨らませながらそう言う二人に。

 

『うん――うん、もちろん、だよ』

 

 フレンズと話せることを心の底から喜びながらも、それはあまり表に出さずに、ラッキービーストの少女(フレンズ)は小さく微笑みながらそう言いました。

 

 

 

 




次回「ろっじ! いちー!」

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