【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第十九話 『ボクモ』

 凛とした月明かりは平等に、夜の林も、夜の港も照らしてくれます。

 朽ち果てたコンクリに小さな波が当たっては、白い泡を立ててその形を散らしていきます。

 

 本来ならばちゃぷりとか、とぷんとかいう水の当たる音が響くのですが。

 その港には、それどころではない音が辺りを支配してやみませんでした。

 

「ッ!」

 

 レミアは、背後から飛び込んできた青色のセルリアンを、すんでのところで横へ踏み込んで躱し、背面に露出していた石をリボルバーで撃ち抜きました。

 すどん、という重たい音が余韻を引いて消えないうちに、今度は前方から、セルリアンの少女がレミアの顔めがけて鋭い蹴りを放ってきます。

 

 上体を沈めるように下へしゃがんで、レミアは右足で少女の軸足を狩ろうと足払いを仕掛けます。タイミングは完璧でしたが、

 

『!』

 

 少女はレミアの顔めがけて放った足をそのまま高く跳ね上げ、宙返りをするようにトントンと地面に手をつきながら後退、レミアの足払いを避けました。

 

 サンドスターの七色の粒子に照らされたレミアの頬に、一筋の汗が流れます。

 

 ――こいつ、強い。

 

 レミアは率直に、目の前に立つ頭一つ低い華奢な少女を評価します。

 

 戦闘が始まって二分が経過しました。二分の間に、レミアは自身に飛びかかってくる青や赤色のセルリアンを十二体屠っています。いずれもその大きさはレミアとほぼ同じであり、この旅で対峙してきたセルリアンとなんら変わらない姿です。

 

 それゆえ、セルリアンに対してレミアが後れを取ることはありませんでした。囲い込むようにして敵が立ちまわることは読めたので、レミアは必ず囲いが完成する数歩前には先手を打ち、包囲を破り、そして敵の親玉を叩きに行く。そのような戦術を取っています。

 

 ですが。

 敵の親玉、すなわちセルリアンの少女は、レミアが想定していた以上に厄介な相手でした。

 少女は周囲にうごめいているセルリアンに命令し、時にレミアを囲って攻撃するように、時にレミアが攻撃してきたのを迎え撃つように――――すなわち、レミアが少女に向かって放った弾丸のすべてが、他にいるセルリアンによって阻止されてしまうような状況です。

 

 弾が届かないならば直接攻撃を試みる。

 肉薄しての至近戦に持ち込もうと、たった今それを仕掛けたのですが。

 

 結果は失敗。

 セルリアンを背後からけしかけられ、避けて対処したところへ少女のほうから(・・・・・・・)近接攻撃を仕掛けてきました。

 カウンターで足払いを繰り出しましたが、見事ともいえる身のこなしで避けられました。思わず、レミアは間合いの切れた少女に対して質問をぶつけます。

 

「そんな動き、どこで覚えたのよ」

『……オシエナイ」

「そう」

 

 短いやり取りの直後、レミアの右サイドから赤いセルリアンが突っ込んできました。

 前足で地面を蹴り、素早く後ろへ避けます。目の前を赤セルリアンが横切った直後、

 

「ッ!!」

 

 セルリアンの少女が目と鼻の先まで接近していました。レミアの目の前に、少女が握りしめた拳が迫って来ます。

 とっさの判断で、右手に持っていたリボルバーを手放し、左手を挙げて少女の放った右ストレートをはじきます。

 そのまま宙を行く少女の手を掴み、

 

「――セァッ!!」

 

 体をかがめて背負い投げます。確実に腕を捉え、少女の重心が跳ねあがったのを一瞬で悟り、レミアはそのまま地面に叩きつけようと体をいっそう丸めて加速させました。

 

 しかし、少女は固いコンクリに全身を打つ直前で身をひねり、空いている左手で衝撃を緩和。次の瞬間には慣性を活かして立ち上がろうとしていました。――レミアの、想定した通りに立ち上がろうとしてくれたので、少女が起き上がる軌道に合わせて、レミアは一切手加減のない膝蹴りを側頭部に叩き込みました。

 

『グッ!』

 

 低いうめき声とゴツリという鈍い音が響き、少女は地面を二度、三度と転がってから、ふらふらと立ち上がります。

 レミアも、その間にすぐさま手放したリボルバーを回収。立ち上がって間もない少女の頭部に向けて一発放ちましたが、横合いから割り込んで来たセルリアンに阻まれます。

 

 びたり、と。

 レミアはリボルバーを少女に向け、少女はだらりと両手を垂らしたままレミアをにらんで、双方動きを止めました。

 

 銃弾を少女に叩き込んでも、セルリアンに阻まれます。

 セルリアンをレミアにけしかけても、苦も無く避けて撃退します。

 

 互いの攻撃方法がまっとうなものでは通用しないことを悟りました。両者は月の明かりに照らされる相手の目を、冷たく油断なく睨みつけます。

 

「……フレンズの為にいることが、あなたの役目じゃないかしら」

 

 殺意のこもった眼で睨んでくる少女に、レミアは静かに問いました。静かでしたが、それは怒気を孕んだ声音でした。

 

 ――本来ならばフレンズたちの味方であるはずのラッキービーストが、セルリアンとなって、セルリアンを従えて、フレンズたちを襲っている。

 

 その事実が否応なくレミアの怒りをくすぶり、頭の中をちかちかと明滅させています。レミアの投げ付けた問いは、その答えを知りたくて問うたというよりはむしろ、思わずして口から洩れた、目の前の少女に対しての悪態でした。

 

 少女はレミアを睨みつけたまま言いました。

 

『……コタエナイ』

「そう。いいわよ別に」

 

 それで会話は終わると思いました。レミアはさらに気を張り、少女だけでなくその周囲、自身の背後すらも、音や気配から先回りして動くつもりで警戒を厳にします。

 

 ですが。

 

『オマエ、ナゼ、フレンズト、イル』

 

 途切れ途切れの無機質な声で、相変わらずレミアを睨みつけたまま、少女は口を開きました。

 

 レミアは驚きます。一瞬陽動かと思い、少女に動く気配がないことを見て取って、何のつもりかと思案します。

 少女のほうから問いを発するとは思いませんでした。まさかと思いつつも最大限の警戒を怠らず、律儀に、レミアは問いに応えます。

 

「……あたしだからよ。あたしのやりたいことは、あたしが決めるの」

『…………』

 

 青い肌の少女は一瞬。

 ほんの一瞬だけ、レミアの言葉に驚いたようなそぶりを見せ。

 次の瞬間には恨みの気配を濃くしながら、地面を穿つ勢いでレミアに飛びかかってきました。

 

『――ズルイ』

 

 少女の鋭い踏み込みの寸前、極々小さなつぶやきが、レミアの耳にはやけに大きく聞こえました。

 

 〇

 

「早くなのだー!」

 

 後ろを振り返りながらそう叫ぶアライさんに、

 

「アライさーん、あんまり先へ行っちゃだめだよー」

 

 フェネックが口の周りを手で覆って、拡声器代わりにしながら大きな声で呼び止めています。

 

「わかっているのだ! でも急ぐのだ! さっきからレミアさんの鉄砲の音がするから、きっと戦っているのだ!!」

 

 アライさんの声に返事をするものはいませんでしたが、皆が一様に、確かにその通りだと思いながら足に力を入れました。

 アライさんとフェネックにはずいぶん聞きなれた音が、遠くの方から反響して聞こえてきます。連続していたり、断続的だったりしますがいづれもレミアが発している音だということは確信できます。そしてそれは、レミアが今現在も戦っているということです。

 

 草も生えていない急な山の斜面を、アライさん、フェネック、サーバル、カバンさんが頂上を目指して歩いていました。月の明かりが山肌を照らし、大きめの石は乾いた地面にうっすらと影を落としています。

 

 昼間登った時にはこのあたりでバテていたサーバルですが、

 

「サーバルちゃん、大丈夫?」

「へーきへーき! 昼は太陽が暑くて大変だったけど、夜は涼しいし、それにほら!」

 

 わたし夜行性だから! と親指を立てて振り向いたサーバルに、カバンさんは笑顔で頷き返しました。

 

 太陽が落ちてからずいぶん経っています。ヒトであるカバンさんには隠しきれない疲労の色が見え始めていましたが、毅然と、進める足を止めることもなく他の三人について行っています。

 

 順調に歩を進め、カバンさんとサーバルが昼間に休憩した地点を通り過ぎて、

 

「……ん?」

 

 ちらりと。

 一番後ろを歩くカバンさんは、たった今通り過ぎた時に目の端で何かが光ったような気がしました。

 

 ちょっと立ち止まって、月明かりにぼんやりと照らされている〝それ〟をじっと見つめます。

 まるでジャパリバスのように固そうで、でも色は全然似ていなくて、大きさは結構大きな〝それ〟です。なんだか全体的に平べったくて、どこか丸みを帯びた形状をしています。

 

「…………気のせい、かな」

 

 カバンさんは小さくつぶやきながら、再び足に力を入れつつ、険しい山道を登って行きました。

 

 〇

 

 山の頂上に着いた一行は、

 

「ぬおあ! すごいのだフェネック! なんか前に来た時よりすごいことになってるのだ!」

「前はどんな感じだったのさー?」

 

 アライさんの感動の叫び声にフェネックは首をかしげながら訊き返しました。

 その横では、サーバルがあたりを見回しながらカバンさんに話しかけています。

 

「カバンちゃん! やっぱり変わったものって、ここのどこかにあるのかな?」

「たぶんそうだと思う。ないと困るし、必ず見つけないと。――あ」

 

 はっとしてカバンさんはサーバルに詰め寄って、

 

「サーバルちゃん! ラッキーさんは!?」

 

 これまでどうして失念していたのか、居ないことに気付かないほど事態が混乱していたとはいえ、ここにきてボスがいないことに、カバンさんは初めて気が付きました。

 焦って思わず大きな声を上げたので、サーバルは驚いた様子でしたが、一度、落ち着いた声で「大丈夫だよ」と言ってから、

 

「ボスは船を動かしに行ったんだ。カバンちゃんは無事だったし、レミアさんも、港のほうに走って行ったらしいから、だから、たぶん大丈夫!」

「そっか……」

 

 口ではそう言いましたが、カバンさんの胸騒ぎは治まりません。

 どこからともなく不安が押し寄せます。

 

「カバンちゃん、ボスのことが心配なの?」

「なにか嫌な予感がするんだ……なにも、なければいいけど」

 

 いつにも増して不安げな表情で呟くカバンさんに、サーバルはその肩に手を置いてまっすぐに目を見て言いました。

 

「実は、ボスね、カバンちゃんがあのセルリアンに食べられた時、わたしに話しかけてくれたんだ! 後になってそのことを思い出したんだけど、その時のボス、いつもよりなんだかカッコよかったから、だからきっと大丈夫だよ!」

「サーバルちゃん……」

 

 悲しいことに、ボスが大丈夫である根拠は一切含まれていない言葉でしたが、サーバルはカバンさんの不安を取り除こうと、一生懸命励ましてくれているということは伝わってきました。

 

 ボスはボスにしかできないことをするために別行動をしているのです。ここで自分がウジウジしていても、何にもなりません。だったらボクのやるべきこと、できることをやろう。

 カバンさんは気持ちを切り替えて、サーバルと一緒に辺りを探し始めました。

 

 一方、アライさんは、複雑な形で何層にも積みあがっている七色の塊を指さして、時折フェネックのほうを見ながら力説していました。

 

「前に来た時は、これがこんなに大きくなかったのだ! きらきらしててとってもきれいなのだ!」

「前に来た時っていうのは、やっぱりミライさんと来たんだよねー?」

「そうなのだ!」

「何しに来たのー?」

「決まっているのだ! 四神なのだ! あれが正しいところに無いとフィルターが外れてしまって、なんかこう大変なことになるのだ!」

「アライさんさっき〝再生する〟って言ってたじゃないかー」

「うん、それなのだ! 早くフィルターを張り直さないとダメなのだ!」

「だねー。で、その〝四神〟がどこにあって、どこに置けばいいとかって、わかるー?」

「ぜんっぜんわからないのだ! なんか頭の中でもやもやしてるけど、アライさんには思い出せないのだ!」

 

 はっきりと元気よく、アライさんは言い放ちました。

 フェネックはアライさんの言葉に耳を傾けつつ、顎に手を当てて考え始めます。

 そんな様子のフェネックにアライさんは気が付くと、腰に手を当てて「さすがフェネック! 後は任せたのだ!」と屈託のない笑顔でうなずきました。

 

 どうやら、アライさんは〝四神を正しい位置に置けばフィルターが張り直せる〟ということは知っているのですが、四神がどこにあるのか、どこへ設置すればよいのかは知らないようです。

 

 考え込むフェネックと、その横でどや顔のアライさんに、さっきまで周囲を探し回っていたサーバルが近づきます。

 

「ねぇ、二人とも、何かわからない? このあたりに変わったものがあるらしいんだけど」

「フェネックが今考えてくれてるのだ! たぶん、考え終わったら四神も見つかるから、アライさんはここでフェネックを応援するのだ!」

「えぇー、手伝ってよー!」

 

 サーバルは眉を八の字にしながらそう言いましたが、直後に顔を上げたフェネックが、ハッとした様子でアライさんに訊きます。

 

「ねーアライさーん。サバンナでボスから聞いた〝お宝〟って、たしかこの〝山〟にあるって話だったよねー?」

「お宝? 何の話な…………あー! そうなのだ!! すっかりわすれてたのだ!」

 

 思い出して叫んだアライさんからフェネックは視線を外し、今度はサーバルのほうへ向き直ります。

 

「それでさー、カバンさんとボス、ここで何かやり取りしてなかったー?」

「してたよ! あ、それはでも、カバンちゃんに訊いた方がいいかも!」

 

 サーバルは言うや否やカバンさんのところまで走っていき、連れて戻ってきたカバンさんに、フェネックは改めて質問します。

 

「ボスがさー、この辺で〝大切なものがある〟みたいな感じでしゃべってなかったー?」

「〝大切なもの〟ですか? うーん…………あ! そうだ、確か〝四神がこの島にとっての宝ですね〟という感じのことをミライさんは言っていました!」

「――――ふふ」

 

 フェネックは小さく不敵に笑うと、ぎゅっとこぶしを握り締めました。

 カバンさんはそれに気づかず、宙を見ながら、昼間にラッキービーストから聞いた言葉を頑張って思い出そうとします。

 

「ええっと……〝火口の中心〟から……とうざい? なん? あと、〝ウの3〟っていうのは覚えているんですが……」

「〝その場所は、火口の中心から東西南北。パンフレットで言うとウの3の交差点が、まさに中心点ですね。この像が東の青龍なので、あと三つ埋まっていると考えられます〟――だね?」

 

 サーバルとカバンさんが驚きの声を上げ、フェネックの後ろではアライさんがうんうんと何度もうなずいていました。

 

「さすがフェネック! やっぱりフェネックはすごいのだ!」

「やーたまたまだよー」

 

 フェネックは少し得意そうに、でもそれをさりげなく隠したいように、いつもの余裕たっぷりの笑みを浮かべながら言葉を続けます。

 

「私たちがサバンナで聞いたのはー、やっぱりこの〝四神〟の位置だったのさー。お宝だと思ったアライさんには申し訳ないけどねー」

「いいのだフェネック! レミアさんとパークの危機を救えるなら、それこそ〝お宝〟なのだ! アライさんはそっちのほうが嬉しいのだ!」

 

 にっこりと笑顔で言ってのけたアライさんに、「やー、すごいよアライさーん」とフェネックは満面の笑みで称賛しました。

 

 二人そろって口角を上げているところに、浮かれない顔のカバンさんがおずおずと手を挙げます。

 

「四神があるということはわかるのですが、でも〝とうざいなんぼく〟がわからないと……」

 

 その通りです。ボスの言葉を思い出せても、その表す意味が分からなければ何の役にも立ちません。

 

 フェネックはすぐに上を振り仰いで、星の明るい夜空を指さしました。

 アライさんもカバンさんもサーバルも、フェネックの指先を目で追います。

 

「どうしたのだフェネック?」

「あそこで一番明るく光っているのが北極星だよー。ってことはこっちが北だから、こっちが東で、こっちが西だねー」

「フェネックぅ!?」

 

 アライさんが素っ頓狂な声を上げてフェネックをのぞき込みます。

 またしても少しうれしそうに、でもそれが表に出ないように取り繕いながら、フェネックは若干弾んだ声でアライさんに言葉を続けました。

 

「ほらー、本を読んで勉強したんだよー。アライさんがいつも突っ走るからさー、星や太陽の位置を覚えるのは基本だよー」

「な、なんかごめんなさいなのだ」

「いんやー、これもアライさんのおかげかなー。ありがとねー」

「え、そうなのか!? えへへ、アライさんうれしーのだ!」

 

 それから。

 カバンさんの持っていた地図で位置を確認しつつ四神を見つけ出し。

 

 〝玄武〟の位置がなぜかズレていたため、正しいところに持ってきて、

 

「……うみゃぁ、なにもおきないよ?」

「アライさーん、もしかしてさー、前に来た時ってこの場所もっと砂があったー?」

「言われてみればもうちょっと山を登った気がするのだ」

 

 アライさんの一言からフェネックはひらめき、玄武を持ったままサーバルに肩車をしてもらい。

 

「――――あ!」

「おお! これなのだ!」

 

 カバンさんとアライさんが声を上げて目を見張ったその先では、複雑な幾何学模様のフィルターが、火口の全域を覆うようにして張り直されました。

 

 〇

 

 港。

 ひび割れたアスファルトを鋭く踏みこんで、レミアは勢いを乗せた右足で鎌のように少女の首元を刈ろうとします。

 少女はひざを折って瞬時に避けましたが、レミアの蹴りは一発目がフェイント。蹴り足をそのまま体の後ろまでもっていき、左足で素早くバックスピンキックを放ちます。

 

 体勢を低くしていた少女のこめかみに、(かかと)がヒット。少女は右に大きく傾き、ふらふらと上体をよろつかせながらなんとか立ち上がりました。

 

 レミアは追撃をしようと足を踏み出しましたが、

 

「ぐっ!」

 

 背中に衝撃。

 とっさの判断で半身になり、苦し紛れに勢いを殺します。ですが背後から捨て身のタックルをしてきたセルリアンの勢いは強く、流しきれなかった衝撃が内臓を圧迫して襲います。

 体勢を立て直し、右手のリボルバーできっちりと石は撃ち抜きましたが、少女への追撃のチャンスは逃しました。

 

 レミアも、少女も、相当のダメージが蓄積しているようです。

 レミアの口元は軽く裂け、少しの血がにじんでいます。擦過傷や打撲が体中に見られ、特に左腕は、セルリアンの攻撃をかわしきれずに受け止めてしまう場面もあったからか、肘から先の色が紫色に変色しています。折れているのかもしれません。

 

 少女のほうはもともと青白い肌をしていましたが、口元が少し腫れています。側頭部への重たい攻撃をここまでの戦闘で二度受けているので、通常の――見た目通りの人間の少女であればとっくに失神しているのですが、彼女はいまだに二本の足で問題なく立っています。

 

 ただ、ダメージは蓄積しているとレミアは判断していました。その証拠に序盤の機敏性は失われており、またセルリアンへの指示も回数が減っています。今ではあまり連携的な攻撃を仕掛けてきていません。

 

「……」

 

 連携攻撃でないにも関わらずその攻撃をレミアが受けてしまっているということは、それだけレミアが消耗しているということの裏付けでもあります。あまりいい状況ではありません。

 

 このまま消耗戦を続ければ、手数の多い少女が勝つことは明白。レミアは一瞬だけ視線を落とし、右手に握るリボルバーを確認しました。

 

 弾がありません。六発すべてを撃ち切った銃口から、細い煙が上がっています。

 

 正確には予備の弾倉はまだあるのですが、左手がもうどうしたって動きません。

 サンドスターのおかげか、光の粒子が左腕に集まって何やら作用しているらしく、幸いなことに痛みは感じないのですが、まったく力が入らず、ピクリとも動かないので、弾倉交換は望めません。

 

 二丁あったうちの右に持っていたものは、セルリアンの攻撃を受け止めた時に破損して放棄しました。今持っている左手用のリボルバーも、弾がなくては持っている意味がありません。

 レミアは少女をにらんだまま、ゆっくりとリボルバーを地面に置きました。

 

「ッ!」

 

 置く瞬間を狙って、横合いからセルリアンが腕のようなものを形成して振り回してきました。顔面目掛けて迫ってきたセルリアンの腕を、地面に伏せるようにしてレミアは避けて、そのままごろりと高速で転がり、立ち上がりざま右手一本で背中にあったライフルを瞬時に突き出すように構えます。

 

「散れ」

 

 冷めた一言と暗い目つきで、引き金を引き絞ってセルリアンの石をぶち抜きます。瞬間、ライフルから手を放し、腰の後ろのナイフを抜いて、光となって散るセルリアンめがけて飛び込みました。

 

「ぜぇぇあッ!!」

 

 気合一声。粒子の残像を引きながら、砕け散った先にいる少女めがけて右手で突くようにして首元を狙います。

 しかし少女はレミアの奇襲を読んでいたかのように、上体をわずかに右へ倒しました。

 

『ナゼ……』

 

 レミアからすればひどくゆっくりとした世界の中。

 実際には神速ともいえる速さで放たれた膝蹴りが、レミアの鳩尾を捉え、圧迫された肋骨にヒビが入ります。

 

 レミアの動きが一瞬止まったところへ、追撃をするようにその場でくるりと体を回転させた少女は、自分と同じ高さにある(・・・・・・・・・・)レミアの側頭部に回し蹴りを放ちました。

 

 レミアはとっさの判断で、持っていたナイフを顔の前に掲げて、

 

「ッ!」

 

 遠心力を利用した少女の重たい蹴りに、ナイフを吹き飛ばされながら自身の身体も間合いを切って飛ばされました。

 地面を二度転がって、すばやく起き上がります。

 

『ウラ、ヤマ……シイ』

 

 機械的な。

 冷たい、感情のない声で。

 

 随分と身長の低くなったレミアの前で、肌の青い少女はつぶやきました。

 

 ふと、レミアの周囲の粒子から、淀んだ黒いものがなくなりました。同時にセルリアンの少女も自身の両手を広げてちらりと見ると、

 

『……フィルター、ハッタ。オマエ、モウ、キエル』

「勝手なこと言わないで頂戴。あなたもセルリアンなら、あなただって危ないんじゃないかしら」

 

 随分と幼い、まるで十代になったばかりの少女のような声に、レミアは自分で驚きながらも、毅然とした態度でそう言い放ちました。言って、自身の手の平に一瞬だけ目を落として、

 

「……」

 

 その大きさがもはや無視できないレベルで小さくなっていることに奥歯を噛みました。

 

 戦っている最中は疲労感も痛みも感じませんでした。それはあのバイパスで、大量のセルリアンを相手取った時に、無意識のうちにやっていた事と同じなのかもしれません。

 

 あの時は粒子が目に見えていませんでしたが、今ははっきりと周囲に舞い、その中でも左手に多くの光が集まっています。日記の記述あった、フレンズ固有の〝野生開放〟というものでしょう。

 

 生きているだけで消費するサンドスター。戦えばなおさら消耗し、底をついたらフレンズとしての身体を維持できなくなる。

 このまま長く戦えば――ツチノコが言っていた〝危なかった〟の先が待っています。

 

 もしそうなったら、レミアはどうなるのでしょうか。

 レミアは自分のことを〝フレンズ〟だと思っています。ですが自分がどうしてフレンズになったのか、もっと言うならば何にサンドスターが当たったのか(・・・・・・・・・・・・・)。それがよくわかりません。

 

 アライさん達との旅の中で考えたこともありました。日記が見つかり、自分がわかり、死んでいたことも、今は生きているということも受け入れた後、自分はどうやってフレンズになったのか。何が作用してフレンズになれたのか。

 

 考えて、考えて、百年前の人間の死体に、しかも異国の兵士の亡骸に、サンドスターが当たるというのはおかしな話だと思い当たり。

 ならばこの土地で死んでなお、ここに残された〝あたし〟とは一体何だったのかと考えて。

 唯一、例えば身に着けていたものが、この地に弔いとして残されたならば。

 

 ――――あぁ、あたしはもしかしたらセルリアンなのかもしれない。

 

 そう、考え付いたこともありました。

 セルリアンはセルリアン同士を引きつけます。どうしてジャングル地方であれほどの量が襲ってきたのか。どうしてバイパスで戦ったセルリアンは、律儀に全てがレミアとの戦闘に応じたのか。

 

 その答えがもし〝レミアがセルリアンだから〟であるならば。

 考えることをいつも億劫に感じるレミアでさえも、なるほどと納得できることでした。

 

 ですが決定的に矛盾することもあります。どのセルリアンにもあって、自分にはないもの。いえ、表面上はないだけかもしれませんが、少なくとも目に見えるところには確認できないもの。

 

 石です。セルリアンには必ず石があります。レミアにはそれがどこにあるのか自分でもわかりません。

 分からないのだからあたしはそこらのセルリアンとは違う。そういう思いが胸のうちを占領し、それは〝別にあたしがセルリアンでもいいじゃないか〟という結論を生みました。

 

 あたしはあたしだ。――レミアにとっては、自分がセルリアンなのかフレンズなのかということは、今ではもう、さほど問題ではありませんでした。

 

 そして目の前の少女を見ます。

 少女は〝ヒト〟の形をしています。

 少女には石がありません。

 少女の声は間違いなく〝ラッキービースト〟です。

 そして少女はセルリアンを従え、セルリアンと群れ、レミアへと近づき対峙しています。

 

 きっと彼女はセルリアンですが、セルリアンに等しくある〝石〟が、目に見えるところにはありません。それはつまりレミアと同じ存在かもしれないということです。

 セルリアンであって、セルリアンとは違う。

 ――彼女は、彼女です。レミアがレミアであるのと同じように。

 

 はじめ相対した時に抱いた怒りは、もはやレミアの胸中から消えていました。それもこれも目の前の少女が、戦闘の合間につぶやいていた言葉が起因しています。

 〝ズルイ〟

 〝ウラヤマシイ〟

 どちらもレミアに向けて放たれた言葉です。

 

 セルリアン交じりの身でありながら、フレンズと会話し、共に旅をし、笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだりした、そんなレミアに向けて呟いた言葉です。

 

 レミアは右のブーツからゆっくりと隠しナイフを抜きました。これを入れて残りはあと二本です。

 ナイフが二本。銃は撃てず、時間の猶予はわずかであり、左の腕は使えません。

 

 レミアは自分が消えるより先に、この可哀そうなセルリアンが(ラッキービーストの少女)、きっとずっと前からやりたかったであろうことを、それを叶える方法を教えてあげることに決めました。

 

「――あなたでも、友達になれるわよ」

 

 掠れるような声で漏らしたレミアの声は、波の音にかき消され、憎悪の目を向けたままの少女には届きませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと話がしたかった。

 ずっと一緒に遊びたかった。

 ボクに話しかけてくれる子たちは、みんなみんな笑顔でいてくれた。

 

 だけどボクはしゃべれない。

 フレンズのみんなと話せない。

 生態系への干渉は、ボクたちラッキービーストには許されていない。

 

 嫌だと思った。

 こんな機能無くなれと思った。

 ボクだってみんなとお話がしたい。

 一緒に笑ったり、一緒に泣いたり、ケンカしたり、仲直りしたり、お昼寝したり、遊んだり。

 みんなと一緒にいたかった。

 

 ボクはこんなボクが嫌いだった。

 ラッキービーストでいることが、パークのロボットでいることが。

 フレンズのみんなと話したいのに、ボクはずっと、永遠に、しゃべることも許されず、こうしてパークの管理をしなくちゃいけない。

 

 そんなの嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 

 だから、もしかしたら、そんな想いが届いたのかもしれない。

 サンドスターがボクに当たった。

 

 それからすぐに、誰かがボクの近くにきた。

 ボクは歩いて近づいた。そこにはフレンズが三人いた。

 

 ボクの中で何かが外れた。

 音声機能に電源が入った。

 

 しゃべれる、しゃべれる!

 ボクはとっても嬉しかった。

 

 そこには三人のフレンズが居た。

 ボクの中に入っているデータと照らし合わせて、三人のうち二人は〝アライグマ〟と〝フェネック〟のフレンズだとわかった。

 もう一人はわからなかった。データに無い、新しいフレンズだった。

 

 アライグマが話しかけてきた。

 ボクは返事をしようとした。

 〝こんばんは。久しぶりだね〟って。

 

 変だと思った。

 おかしいと思った。

 

 ボクはアライグマとお話ができなかった。

 

 でも不思議なことに、その〝新しいフレンズ〟とはお話ができた。

 ボクは些細なことは気にせずに、そのフレンズとのお話を楽しんだ。

 

 やっとこれでボクも話せるんだ。フレンズのみんなと一緒にいられるんだ。

 そう思った。嬉しかった。

 

 〇

 

 次に気が付いたときには、もうその三人はいなかった。

 ボクはわけがわからなかった。

 

 いつの間にかジャングルの中に居た。あたりを見回すと、なんだか映像観測装置が高いところにあるような気がした。

 

 歩いてみた。一歩がいつもよりずいぶん大きかった。

 自分の姿を観測した。

 

 まるでフレンズのようだった。ヒトによく似た姿だった。

 

 でも、ボクは直感で、自分の中の何か大切なものがなくなっているのを感じた。

 言葉にするなら〝輝き〟かもしれない。

 

 ボクは自分が何になったのかを理解した。

 遠い昔にヒトが入れてくれたデータにある、それこそまさしくこのパークの敵――ボクは、セルリアンになったんだと自覚した。

 

 それがわかると途端に思った。

 昨日、ボクと話したあれはなんだったかと。

 

 今のボクにははっきりと分かった。

 あの背の高いフレンズは、いや〝フレンズ〟などではなく、あれは、まぎれもなく、今のボクと同じ存在――あれはセルリアンであり、このパークの敵。

 

 敵が、フレンズと、一緒にいる。

 そのことだけで十分だった。

 

 ボクがセルリアンになったこトはどうでモいい。

 あれガ、あいつが、セルリアンが、フレンズと一緒にいルことが許せナイ。

 

 絶対ニ、許セなイ。

 

 セルリアンの力を使ッテデモ。

 絶対ニ、絶対ニ、アイツヲ――――。

 

 ボクモ、アイツモ、パークニ、イラナイ。セルリアン、ミンナ、キエロ。

 

 

 





次回「れみあさんのまもりたいもの」

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