【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
そこは良く晴れた雪世界でした。
日の光が表面に反射して、目が痛くなるほどにギラギラと輝いています。
足を踏み出せば数センチ沈み込み、露出している肩や腕を舐めていく冷たい空気に、レミアは少しだけ懐かしさを覚えました。
ここは雪山地方。山岳地帯。
ゲートを通って一時間ほど歩いたところです。
右を見ても左を見ても雪か山しか見えないこの場所を、三人は進んでいました。
先頭を行くのはアライさんと、その隣にフェネックです。
道と言えるような道もない場所をひたすら進んでいるのですが、迷っているようなそぶりはありません。
それというのも数十分前に、
「こっちから何かにおいがするのだ!」
「音も聞こえるねー」
と、アライさんとフェネックが言い出したのです。
興味が湧いたというのもありますし、それらはどうやら港のある方角と重なっているようですから、目指して歩いても問題はありません。
嗅覚と聴覚にものを言わせたガイドを二人がやってくれるというのですから、レミアは舵取りを任せることにしました。
前を行くアライさんとフェネックの背中を時々顔を上げて確認しつつ、手元の日記帳に目線を落としてその内容を読んでいきます。
そこに書いてあることは、半ばレミアの予想通り、そして半ば予想を大きく上回るようなことでした。
(〝軍事的対策〟…………ね)
日記の終盤には、数日にわたって筆者が体験した〝パークからの全面撤退に至る経緯〟が、非常に主観的な視点で書かれていました。
巨大セルリアンが相次いで誕生したこと。
それを抑えるために、職員たちは専用の迎撃装置を建設しようとしていたこと。
しかし間に合わず、結局既存の兵器を用いて〝山〟への攻撃を計画していること。
この計画がいよいよ実行へ移されることとなり、パークの職員は島からの全面退去を余儀なくされたということ。
「…………」
日記には、フレンズのみんなを最後まで守ってあげることができなかった筆者の。
リリー・アイハラという研究員の悔しさが、その筆跡に溢れていました。
レミアが図書館で流し読みをした時にも感じた、この人物の内情が、日記のすべてを読み終わった今ではより一層感じられます。
少なくとも。
レミアはこのパークに居る間は、絶対にフレンズを守ると。
手の届く限りセルリアンから守って見せると心に誓いながら、日記を大切にポーチの中へしまいました。
ちょうどその時です。
ポーチの中の通信機から、回線呼び出しがかかっていることに気が付きました。
レミアは普段はヘッドセットを通信機ごとポーチの中へ納めていますから、呼び出しがあっても気が付きません。
そう言えば今までは自分からしか通信していなかったなぁなどと思いつつ、ヘッドセットを用意します。
「レミアよ」
『お、繋がりましたね』
「あなたのほうからなんて初めてじゃないかしら?」
『実はそうなんですよ。こちらからコンタクトをとる場合のことを伝え忘れていました』
「悪かったわ。でも運がよかったわね」
『まぁ俺からの連絡で緊急性のあるものは、今のところゼロですからね。さしあたって問題はないですよ』
それもそうかと思いながら、レミアは少し前を行くアライさんとフェネックがこちらを振り返っているのに手を挙げて返事をしつつ、ベラータに用件を聞きます。
「で?」
『はい。セルリアンについての情報が、暫定的ですがまとめられたのでお伝えしておこうかと』
「頼むわ」
承諾の後に、セルリアンとはいったいどういう敵なのかを、レミアは事細かに教えられました。
非常に多岐にわたる上、ベラータの言葉は明らかに日記に書いてあったものよりも難しくなっています。
基礎とした無機物の特性をそのまま引き継ぐという性質上、弱点がそれぞれ異なっているということや。
セルリアンの持つ走光性が原始的動物の行動からきているということ。
個体同士の集約性、つまりは〝群れ〟を作ろうとしているということなど。
レミアは頑張って理解しようとしましたが、ベラータの使う言葉が難しすぎて半分ほど理解できませんでした。
「なにが
『あらら、すみません。俺もほら、科学者の端くれ的側面もありますから、正確に伝えようと思った結果こうなっちゃいました』
「もっとこう、対峙する上で必要なことだけまとめてちょうだい」
『そうですね――――ざっくり分かりやすく言いますと、〝自己修復するものがいる〟〝光に向かって進む〟〝集団を形成する傾向がある〟ということです』
「ありがとう。そう言ってもらえた方が分かりやすいわ」
『厳密には例外や程度の差があるので、このようなまとめ方は危険なんですけどね』
「こちらの攻撃が通用する以上は大丈夫よ。通らなくなったら、通らないと分かった瞬間に退けばいいのよ」
『まぁ、結局はそうなんですけどね』
すこし笑いかけるようなベラータの声を聴きつつ、レミアは前方、アライさんとフェネックが立ち止まっているのを目にしました。
小高い丘の斜面を登りきり、どうやら頂上まで来たようです。
「それじゃあ、用件は以上ね」
『はい。また後程』
通信を切ってヘッドセットをポーチへしまいながら、レミアは丘の一番上まで来て、眼下の光景に目を凝らしました。
「…………?」
アライさんは首をかしげて、フェネックも耳に手を当てて様子を探っています。
雪原の一部分だけがもうもうと雪煙を上げていました。
大きさにして三十メートルあるかないか。
たいした大きさではありませんから、余計にだだっ広い雪原にそのような光景は不自然です。
漂う雪の雲に、しかし何かがその中で動いているような気配を、レミアは感じ取りました。
「フェネックちゃん、何か聞こえる?」
「んんー、聞こえるっぽいけどー、雪に音が吸われててー」
「判別しにくいのね」
それもそうかと肩をすくめた直後。
レミアはライフルのセーフティーを外しながら神速の勢いで振り返り、いつの間にか背後に出現していたセルリアンに一発ぶっぱなしました。
「ッ!」
鋭く息を吐きながらボルトを後退。
次のセルリアンを片づけようと狙いを付けますが、しかし同時に、雪の中から次から次へと溢れ出てくるのを視認します。
「ぬぉあ! セルリアンなのだー!」
「わー」
アライさんとフェネックも、背後に湧いて出てきたセルリアンに気が付きました。
レミアは再び引き金を引いて最も近いセルリアン――――紫色で、腰の高さほどの、これまで退治してきたものに比べればいくらか小柄で丸いセルリアンに、ライフルの弾を叩き込みます。
石を破壊しながらレミアは叫びました。
「走って!」
「はいよー!!」
「もちろんなのだー!」
三人は丘の斜面を、雪に足を捉えないように大きく動かしながら、全速力で走り出します。
向かう先には例の雪煙。
レミアはそこへ近づくにつれて、その中で動いている影がヒトの形をしていることに気が付きました。
そしてその周囲にうごめくものが、今なお背後に迫りつつあるセルリアンと同じ形をしていることにも。
「…………今日はツイてないわね」
ぼやきながら足を止めると、瞬時に振り返りつつ、迫るセルリアンに連続発砲。
ものの数秒で背後に居たセルリアンを半数にまで削ると、前を向いて再び走り出します。
雪煙の中へ先に入ったアライさんとフェネックは、
「おおー! なんかすごいのだー!」
「いいねー、もっとやっちゃってよー」
称賛の声を上げていました。
直後に、
「邪魔だ! 早く向こうへ逃げろ!!」
聞きなれない、大人びた声が聞こえてきます。
レミアは走る足を止めずに、その声を放った人物の背後にぴたりと接近して、すぐそこまで迫っていたセルリアンを蹴り飛ばしました。
転げまわるセルリアンの石へ向かって、正確に弾を叩き込みます。破砕音と共に砕け散りました。
周囲一面は白く染まり、とても良好と言えるような視界ではありません。
「…………」
「…………」
二人は言葉を交わすこともなく、しかし視線だけはしっかりと交差して、互いの意図を汲み取ったので。
真っ白い髪の毛に真っ白いコート、白くて大きな武器を携えたフレンズは――――ホッキョクグマは、自分の背中をレミアに任せました。
〇
「助かった。おかげで予定より随分と早く片付いたよ。礼を言わせてほしい」
「お互い様だわ。セルリアンに良い思い出はないもの」
レミアの言葉に、ホッキョクグマは「違いない」と歯を見せて笑いました。
雪原の真ん中。
ちょうど
「でも、どうしてセルリアンを相手に一人で戦っていたの? 危ないわよ」
「それを言うならこちらのセリフだ。ハンターでもないのにセルリアンとやりあうなんて……君は一体何者なんだい?」
ライフルを背中に回しながら、レミアは手を差し出して答えました。
「レミア・アンダーソン。昔はいろんなところで戦っていたの。今は、そうね。セルリアンと戦うことを使命としているわ」
「驚いた」
言葉通り目を見開いています。何に驚いたのかレミアにはピンときませんでしたが、次の瞬間にはホッキョクグマは人懐っこい笑顔を浮かべていました。
武器を持つ手を右手から左手に持ち替えて、真っ白でふわふわのコートを揺らしながら、レミアの差し出した手をしっかりと握り返します。
「ホッキョクグマだ。雪山地方を中心にハンターとして活動している。雪の上ならだれにも負けない自信があったが……レミアには負けるかもしれないな」
「どうして?」
「オーラが違う」
肩をすくめながら苦笑したホッキョクグマに、レミアもつられて微笑みました。
握っていた手をどちらからともなく離すと、ホッキョクグマは武器を背中に戻しながら、丘の上を見上げます。
「もしかして、旅ってのはあそこの連中と一緒にしているのか?」
「えぇ、そうよ。港を目指しているの」
二人の視線の先では。
アライさんとフェネックが、丘の上から手を振っていました。
〇
その後、アライさんとフェネックのもとへ合流すると、お互いに自己紹介を済ませたところでホッキョクグマが提案しました。
「セルリアン退治も早く片付いたし、君らは港へ行くんだろう? 通りがかりに温泉宿があるんだが、どうだ?」
「温泉宿?」
首をかしげるレミアに、アライさんが元気な声で口を開きます。
「この近くにあったかい水に入れる場所があるのだ! とっても気持ちいいから、レミアさんも行ってみてほしいのだぁ!」
「それ、今でも入れるのかしら」
人がいなくなってから久しいであろうこのパークで、まさか温泉に入れるとは思わないでしょう。
レミアはその存在よりも、今でも機能しているのかということのほうが疑問のようです。
「入れるさ。ギンギツネとキタキツネがしっかりと管理をしてくれている。急ぎなら無理に勧めることはしないが、立ち寄る価値は十分にあるぞ」
そんなホッキョクグマの言葉に、レミアは「おぉ……」とつぶやきながら、小さくこぶしを握ってガッツポーズをしました。
それからアライさんのほうへ向き直ります。
温泉に入りたくて入りたくて仕方がないような雰囲気が漂っていますが、先を急いでいると言えば急いでいます。すべてはアライさん次第です。
レミアの視線からにじみ出ている〝温泉に入りたいオーラ〟に、アライさんは敏感にも気が付いたので、
「もちろん入るのだ! アライさんも久しぶりに入りたいのだ!」
笑顔で手を挙げて賛成しました。
それからフェネックのほうを見て、
「フェネックも、どうなのだ?」
「私はその〝おんせん〟っていうの知らないなー」
「きっとフェネックも気に入ってくれるのだ! 一緒に入るのだ!」
「うん。もちろんだよー」
決まりだな、というホッキョクグマの一声で、一行は温泉宿へ向かって出発しました。
〇
「予想以上にしっかりしててびっくりだわ」
「へー、これが温泉なんだねー」
「違うのだフェネック。温泉はこの中にあるのだ」
「いらっしゃい」
「ねぇギンギツネ、ゲームしたい」
宿へ着くと、玄関でお出迎えしてくれたのは二人のフレンズでした。
それぞれギンギツネ、キタキツネという紹介を聞いたレミア達は、さっそく温泉へ入ることを勧められます。
宿の中へ入り、ちょっとだけ辺りを見回したレミアは、
「あら?」
机の上や部屋の隅、さらにはカウンターの上にある、大小さまざまな電子機器が目に入りました。
おそらくは自分の生きていた時代よりも随分と発達した機械類です。
すこし確認してみたいなとも思ったレミアでしたが、ふと視線を前に戻すと、
「…………これはすごいわ」
宿の奥、
いてもたってもいられずに前へと進み、誰よりも早く脱衣所に吸い込まれていきます。それはもう、非常に自然でなめらかな動作でした。
「レミアさん、なんか落ち着きがないのだ」
「アライさんに言われるのは相当だと思うけど、でも確かになんかそわそわしてるよねー」
「もしかして、温泉大好きなのか?」
「たぶんねー」
そんなことを話しつつ、アライさんとフェネックも脱衣所へ入ります。
〇
アライさん一行を脱衣所へ送り出したギンギツネは、さっそくホッキョクグマからの報告を聞きました。
「あの辺り一帯のセルリアンは片付いたよ。レミアのおかげで随分早く退治できた」
「え、じゃあ、あの背の高い人が、一緒にセルリアンをやっつけてくれたってこと?」
「そうなるな。とても強いフレンズだった。動きが違う」
「頼もしいけど、ハンターではないんでしょう?」
「話の感じだとそうだな。まぁ、これから私も温泉に入るから、詳しいことはその時に聞いてみよう」
「私も一緒でいいかしら」
「もちろんだ」
ホッキョクグマが先に脱衣所へ向かった後で。
「キタキツネ、あなたも入らない? お客さんから何か面白いこと聞けるかもしれないわよ?」
「やだよ。ゲームしたいから」
「もう……」
ギンギツネは困ったように顔をほころばせながらも、脱衣所へと入っていきました。
キタキツネは、その様子をしっかりと見届けたあと、
「…………ちょっとぐらい、いいよね」
小さな声で、そんなことをつぶやきました。
聞いている人は誰もいません。
〇
もうもうと湯気を上げる温泉に、五人のフレンズが浸かっています。
全員が一糸まとわぬすっぽんぽんの状態で湯の中に身を沈めていました。
「すごいのだ……いつもよりずっと温かくて気持ちいいのだ……」
「カバンが教えてくれたのよ」
「うーん、カバンさんはやっぱり……すごいフレンズかもしれないのだ……」
ギンギツネの言葉に、アライさんが幸せ半分困り半分の、複雑な表情で呟きました。
数分前。
当たり前のことですが、レミアは温泉に入る前にすべての衣服を脱ぎました。
しかしアライさんとフェネックが何もかもを着たまま湯の中に飛び込もうとしていたので、大慌てて阻止して。
「服を脱いでから入るのよ!」
「…………? 〝服〟って何なのだ?」
きょとんとした顔でアライさんに聞かれて、レミアがしばらく固まっていたのが数分前の出来事です。
その後、ギンギツネとレミアが服の脱ぎ方を教えて、無事に温泉に入ることができました。
アライさんもフェネックも、これまで体感したことのない全身の心地よい感触に、顔をほころばせています。
〇
アライさんに、湯の中で泡がブクブクと出てくる手遊びをレミアが教えていると。
「なぁ、レミア達はどうして港へ行きたいんだ?」
背中をちょんちょんと人差し指でつついて、ホッキョクグマがそんなことを質問しました。
そう言えばまだ言ってなかったなぁとレミアは思い返しながら答えます。
「カバンさんって子を追いかけているのよ。その子のかぶっている帽子が、もともとアライさんのものなの」
ホッキョクグマは「帽子?」と首をかしげて、ギンギツネは、
「え、あれってあの子の物じゃないの?」
「そうなのだ、あれはアライさんの帽子なのだ! 盗られたのだ!!」
「えー……」
だいぶ疑わしそうな目をしました。
それからギンギツネは「カバンはそんなことをする子じゃないと思うわよ」と。
どこの地方でも、誰に聞いてもみんながみんなそう言うので、アライさんはいよいよ不安げな表情になりながら、
「もしかすると本当に、盗ったんじゃないかもしれないのだ……」
「やー、直接会うまではわからないからねー」
「うん……うん、そうなのだ。たしかにそうなのだ!」
気持ちがぶれ始めていましたが、とにかく会うまでは分かりません。
アライさんは気を取り直して、それからも「カバンさんがどっちへ行ったか知らないか?」とギンギツネに聞いています。
レミアはすでに、カバンさんたちの最終目標が港であることを把握しているので、斜め半分に聞いていました。
予想通り、やはり港へ行くという旨の話をギンギツネはしましたが、言葉が続きます。
「あの辺りは〝山〟がすごく近いのよ」
「運が悪いことに、今はあそこのハンターも別の地方に出向いているんだ」
二人の言うことに、レミアは首をかしげました。
〝ハンター〟とは何であるのかということ。これまで何度か耳にはしましたが、詳しく話を聞いた覚えがありません。
せっかく本人が居るのですから、この際聞いておこうと思い、
「ホッキョクグマちゃん、それって――――」
「すまんがその呼び方はやめてくれ」
「シロクマちゃん」
「レミア、たのむ、〝ちゃん〟を取ってくれ……」
極々自然に呼んだつもりでしたが、あまりにも顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていたので、レミアは呼び捨てにすることにしました。
話を戻します。
「それで、ホッキョクグマはハンターなのよね?」
「そうだが」
「ハンターについて、詳しく教えてもらってもいいかしら」
「いいぞ」
それから少しだけ時間をかけて、ジャパリパークのハンターとはなんであるかを聞きました。
ハンターとは要するに、セルリアンに対抗するために戦うフレンズたちの事。
島の中の地方ごとに管轄を決めて、普段はそこでセルリアンが出てこないか、あるいは出て来たら討伐するという任務に就いているそうです。
しかしここ最近は異常にセルリアンが増え、特にジャングル地方、砂漠地方、サバンナ地方での目撃情報が絶えないために、別地方のハンターが応援に出払っているそうです。人手不足、という言葉を、ホッキョクグマは苦しそうに口にしました。
「だから港の方には今、ハンターがいない状態なんだ」
「セルリアンの目撃情報は出ているの?」
「今のところはないらしい。だがいつまでも不在では危ないだろう」
「それもそうね」
今いないからと言って、これからもいないとは限らない。
当たり前の事でしたが、レミアはそれがわかっているホッキョクグマをほめてあげたい気分になりました。
口には出しません。代わりに微笑んでおきます。
「それでだ、レミア。お願いがある」
「どうしたの」
「港に行ってもしセルリアンが出てきたら、無理のない範囲で討伐してくれないか。ハンターでもないのにこんなことを頼むのは筋違いかもしれないが……」
視線を下にして、申し訳なさそうにホッキョクグマは言いました。
セルリアンを倒すのはハンターの仕事。
普通は逃げる。逃げるべきである。
これまでハンターという存在を詳しくは聞かなかったレミアでしたが、ところどころでその名前を聞くたびに、きっとフレンズたちの間ではそれが常識になっているのだろうと思っていました。
そして実際にその予想は当たっています。
ホッキョクグマは、その常識を踏まえてもなお人手不足であることと、何よりも〝フレンズをセルリアンから守りたい〟という気持ちから、レミアにお願いしたのです。
レミアにはそれがしっかりと伝わりました。もちろん、断る理由はありません。
二つ返事で承諾します。
「任せなさい。――――きっちり片付けるわ」
「助かる。私も、雪山のセルリアンをすべて退治したらそちらへ行くつもりだ」
「ゆっくりでいいわよ」
レミアの頼もしい冗談に、ホッキョクグマは口元をほころばせました。
〇
「あぁ、そうだレミア」
「ん?」
「話を聞くに、これまで結構な数のセルリアンを倒してきたそうだが」
「まぁ――――」
「そうなのだ! レミアさんはな、すごいんだぞぉ! トンネルの中でたっくさんセルリアンが居たのに、全滅させちゃったのだ!!」
「やーできればもうしてほしくないけどねー」
レミアの言葉に割り込んで、まるで自分のことのように嬉しそうな声で叫ぶアライさんと、苦笑いを浮かべるフェネックに、ホッキョクグマはうなずきながら言葉を続けました。
「セルリアンが大勢出ている場面に出くわしたなら、〝青いフレンズ〟のうわさは聞いたことがあるだろうか?」
「青いフレンズー?」
「なのだ?」
「…………ないわね」
フェネック、アライさん、レミアがそろって疑問を顔に浮かべたので、ホッキョクグマとギンギツネは話すことにしました。
「あくまでうわさよ。でも、ホッキョクグマの聞いた話では――――」
「出ているらしい。大勢のセルリアンに囲まれているのに、少しも慌てず、逃げようともしない、全身真っ青のフレンズが」
ホッキョクグマはわざと声のトーンを落として語りました。
さも、まるで怖い話を夜中にしているかのような口調です。
しかし今は真昼間。太陽は一番高いところに登っていて、場所は温かいお湯がたっぷりの、気持ちの良い温泉です。
怖がるような子は――――。
「…………」
一人だけいました。
フェネックは体が震えているのをお湯に浸かって誤魔化し、アライさんとレミアの間にすっぽりとおさまって、湯の中で二人の手をぎゅっと握っています。
しかし表情だけは取り繕えていますから、いつもの眠たそうな目にやんわりとした笑みを浮かべています。
レミアもアライさんも、フェネックが怖がっていることにすぐに気が付いたので、手を握り返してあげました。
何食わぬ顔でレミアが続きを促して。
「それで?」
「私もただのうわさ話――――セルリアンの大量発生にかこつけて、ハンターたちが勝手に騒いでいるだけだと思っていたんだが、どうもそうではないらしくてな」
「砂漠でもジャングルでも、サバンナでも見たって子がいるのよ。それも複数人」
「…………つまり、その〝セルリアンに囲まれている謎のフレンズ〟が、存在することはほぼ確実ってわけね」
「そう考えたほうが自然ね」
ギンギツネが何度もうなずきます。
ホッキョクグマはいたってまじめな表情で、真剣に、レミアへ忠告しました。
「気を付けてほしい。これはハンターとしての私の勘だが……今までとは、何かが違う。実際にサバンナや砂漠で戦ったハンターたちも、何かが違うと言っていた。用心するに越したことはない」
「心得ておくわ」
しっかりとうなずくレミアとホッキョクグマ、そして話の内容を三分の一ほど理解したアライさんとのあいだで。
フェネックはいよいよ誤魔化しきれないほど恐怖を覚えてしまったので、いたって自然に、表情もいつもとまったく変わらない余裕のありそうな顔で、そっとアライさんに抱き着きました。
〇
レミア達が温泉で談笑、ないしは情報の交換をしている頃。
脱衣所に一人の影がありました。
「んん…………ごめんねレミア」
独り言で謝りながらレミアの所持品を物色しているのは、キタキツネです。
「これはライフル。遠くを攻撃できる狙撃用。こっちはリボルバーで、威力が高くて――――」
何やらブツブツと呟きながら、レミアの銃器にそっと指を触れていきます。その様子には、ためらいや逡巡といったものは一切見えず、〝とりあえずそこに在るんだから見ておかなければ損〟とばかりに、よどみなく物色していきます。
キタキツネの目線が銃器からポーチに移りました。
「見せてね」
いいわよ、なんていう声は当然返ってきませんが、そんなことはお構いなしにポーチの中を漁ります。
中からはいろいろなものが見つかりました。
たばこやライター、日記帳に配線道具、予備の弾薬や液体火薬などなど。
それから、
「あ、これ知ってる。ボーナスアイテム出すためのモクモクだ」
妙に銃身の太い、いわゆる〝信号弾〟というものも入っていました。一発しかないようです。
キタキツネは少しだけ嬉しそうに声を高めると、とりあえず信号弾はポーチの中に戻して、続いてその隣にある機械を引っ張り出しました。
「……通信機、かな? 使えるかな」
首をかしげながら、もちゃもちゃと通信機をいじり始めます。接続されているコードの先にはヘッドセットがあるので、まずはそれを頭につけて、それから電源ボタンを探し始めました。
「…………」
キタキツネは、ゲームが大好きなフレンズです。
温泉宿に残されていたゲームは片っ端から遊びこみました。いろいろなジャンルのゲームが残されていたので、もちろんいろいろなジャンルのゲームをプレイしています。
そんな中でも特に好きなのは、まぁ、そういう感じの――――いわゆる〝銃ゲー〟でした。
ゲームに出てくる銃器ならばその挙動を片っ端からすべて覚えているので、仮に今目の前に出てきたら、何の迷いもなく使いこなせる自信が彼女にはありました。
だからこそ、そんな〝鉄砲大好き〟な彼女が、今日温泉宿を訪れたお客さんに興味を持たないわけがありません。
つまり要するに。
レミアを見て、レミアの持ち物を見て、いけないことだとは分かりつつも欲望に負けてその装備品を物色してしまっているところでした。
「これかな?」
しかもなまじ機械に強いフレンズのようですから、すぐに通信機の電源ボタンを探り当ててしまいます。
実は、この温泉宿にあるゲームを使えるように配線しなおしたのも。
ハンターの元へ電話がつながるように有線ケーブルを再接続したのも。
そもそもこの温泉宿に温泉が届くように調整したのも。
いえ、最後のは半分はギンギツネが頑張ったというのもあるのですが。
ほぼ電子機器に関わるインフラ状態は全て、このキタキツネによる功績でした。
そんな彼女がいま、レミアの通信機に手をかけて、電源ボタンを見つけ出しています。
何のためらいもなくボタンを押下。ほどなくして回線が接続状態に。
ヘッドセットからは飄々とした、聞きようによっては少女のような、でも実際は不健康で痩せ型で色白の青年の声が鳴り響きました。
『はーい、こちらベラータですよ』
「こちらキタキツネ。試験接続のため正式な応答はできない。繰り返す――――」
『…………え?』
「正式な応答はできない。――――ん、キタキツネだよ。あなたは……誰?」
声にならない悲鳴が、ヘッドセットの向こうから聞こえてきました。
アプリ版のキタキツネちゃんは格ゲーが好きだったそうですが、この物語のキタキツネちゃんは銃ゲー(しかもFPS)が好きらしいです。
……奥の手の書くキツネ属の子はなぜかみんなIQが高いですね。なぜでしょう。(よそ見)
次回「ゆきやまちほー! にー!」