【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

16 / 48
第十四話 「ぺぱぷ!」

「じゃーねー! ギンギツネ、キタキツネー!」

「ありがとうございました!」

 

 ジャパリバスに乗って手を振るサーバルとカバンに、ギンギツネとキタキツネは大きな声で返事をしました。

 

「気を付けて行きなさいよー!」

「またねー」

 

 ひと時を過ごしたカバン、サーバル、ラッキービーストともお別れです。

 真っ白な雪の上を滑らかな挙動で、黄色いジャパリバスはその姿を小さくしていきました。

 

 見えなくなるまで手を振っていたギンギツネは、ゆっくりと手を下ろすと隣を見ます。

 

「キタキツネ、もう一回お風呂入らない?」

「やだ。ゲームする」

「あなたいつもゲームしてるわね……」

「それを言うなら、ギンギツネもいつもお風呂入ってる」

「それはまぁ」

 

 納得しそうになったギンギツネは、言いくるめられていることに気が付いて「いやいや」と首を振ります。

 自分の胸元を少し引っ張って、

 

「そうじゃなくて! これ、毛皮が脱げるなんてすごいことが分かったのよ!? いろいろ試してみたいじゃない」

「ギンギツネが一人ですればいい。毛皮脱ぐと寒い」

「うぅ……」

 

 キタキツネはそう言いながら温泉宿の戸をくぐり、一度足を止めてギンギツネに向かって手招きしました。

 

「寒いよ。入ろう」

「……そうね」

 

 肩を落としながらしぶしぶ後に続きます。

 ギンギツネは、ゲームのスイッチを入れて遊び始めたキタキツネを一瞥すると、ふっと肩の力を抜いて頬を緩ませました。

 

「ねぇ、キタキツネ。これからハンターを呼ぼうと思うんだけど、そのあとセルリアンのことについて話が終わったら、一緒にお風呂入らない?」

「えー」

 

 あくまでゲームの画面をじっと見ているキタキツネは、そんな渋めの反応をしてから数秒後に、

 

「……ここクリアしたら入ってもいいよ」

 

 小さな声で照れくさそうに、それだけを言いました。

 

 〇

 

 それからしばらくして。

 

「ギンギツネ、居るか?」

 

 温泉宿に一人の来客がありました。

 真っ白な髪の毛に真っ白なコート、背中にはこれまた白くて大きな武器が背負われています。

 

 首元にはふわふわのファーがあしらわれ、寒い気候でも充分に暖かそうな装いです。

 寒い地域をなわばりにしていることが、一目でわかるようなフレンズでした。

 

「久しぶりね、ホッキョクグマ。ずいぶん早かったんじゃない?」

「例のあれのおかげだ。〝電話〟……だったかな? 便利な道具だな」

「でしょう? キタキツネが直したのよ。あれを使えばハンターをすぐに呼べるから、おかげで私達も助かっているわ」

「以前はどうやって呼んでいたんだ?」

「私が走って呼びに行ってたのよ」

「……電話が直って良かったよ」

 

 ホッキョクグマは肩をすくめながら少し困ったように笑いました。

 

「運がよかった。もう少し連絡が遅かったら、大変なことになっていたかもしれない」

「?」

「まぁ、中で話そう」

 

 二人は建物の中へ入ると、手ごろな椅子に座りました。

 先ほどのホッキョクグマの言ったことに怪訝そうな顔を浮かべつつ、ギンギツネが口を開きます。

 

「何かあったの?」

「ここ最近、セルリアン騒動が頻繁に起こっているのは知っているな?」

「えぇ、ジャングル地方が大変だったって……でも、あれはもう解決したって聞いたわよ?」

「ジャングル地方のセルリアンは何とか片づけられたそうだが、砂漠やサバンナでも大量のセルリアンが見つかっているらしい」

「えぇ!?」

「お前が私を呼んだのも、雪山にセルリアンが出ているからだろう?」

 

 ほぼ確信しているかのようなホッキョクグマの口ぶりに、ギンギツネは何度も頷きます。

 

「あなた達ハンターにお願いして、セルリアンを退治してもらおうって思ったんだけど……」

「まぁ量や大きさにもよるが、この雪山地方に残っているのは私一人しかいない。どこまでやれるかは分からん」

「他の子たちは?」

「サバンナへ向かった。私はほら……暑いのが苦手だからさ」

 

 苦笑いを浮かべるホッキョクグマに「そうよねぇ」と頷くギンギツネは、しかし一度向き直って、口元を引き締めつつ呟きました。

 

「……どうして、そんなにセルリアンが?」

「パーク全体に、って意味か?」

「そう」

 

 一度ホッキョクグマは視線を宙に浮かせ、少し考えた後で言葉を続けます。

 

「山が今まで以上にたくさん噴火しているらしい。そのことと何か関わりがあるのかもしれんが……まぁ、詳しいことはわからないな」

「………心配だわ」

 

 ギンギツネは、バスに乗って去っていったカバンとサーバルを頭に思い浮かべながら、思わずそう呟きます。

 うつむき加減のギンギツネに、ホッキョクグマは白い髪を揺らしながら首を傾げました。

 

「どうかしたのか?」

「友人が港へ向かったのよ。あの辺りは山も近いから、もしかしたら何かあるかもしれないわ」

「セルリアンの目撃情報は聞いていないが……わかった。雪山をどうにかした後で、そっちにも向かってみよう」

「いいの?」

 

 ホッキョクグマの言葉にギンギツネは驚き、それから顔をほころばせて感謝の言葉を述べました。

 

 〇

 

 温泉には三人のフレンズが浸かっています。

 ギンギツネとキタキツネ。それからホッキョクグマです。

 全員毛皮――――もとい〝服〟をすべて脱いだ、いわゆるスッポンポンの状態で温泉の暖かなお湯に肌を預けています。

 

 雪山に出たセルリアンを退治してもらうためにホッキョクグマは呼ばれたわけですが、ギンギツネの話を聞くにそれほど急を要するわけではないと分かったので、外へ出る前に少しだけ浸かっておこうという流れになりました。

 

 ギンギツネとしては毛皮が脱げるんだという新発見を、ホッキョクグマにも知ってもらいたかったのでしょう。

 期待通り、スッポンポンで温泉に入った彼女はこれまでとは全く違う心地よさに喜んでくれました。

 

「すごいな、これ。こんなにも温かくて……なんというか、気持ちいいな」

「でしょう? さっき言った、港に向かっている友人が見つけたのよ」

「何て名前なんだ?」

「〝カバン〟っていうの。変わった名前だけど、もともとは〝ヒト〟のフレンズだったらしいわ」

「ヒト? 聞きなれない動物だな」

「私も初めて聞いたわ。キタキツネも」

「そうだよ。ねぇもう上がっていい?」

「もうちょっと浸かってなさいよ。入ったばかりじゃない」

「えーやだー。ゲームしたいー」

「ははははは、ギンギツネ、もう上がらせてあげればいいじゃないか」

「もう……」

 

 しぶしぶそう言うギンギツネから解放されつつ、キタキツネは温泉から上がって建物の中へ入っていきました。

 その様子を、つまり素っ裸のキタキツネの後姿をじっと見つめていたホッキョクグマは、急に何かを思い出したような顔をします。

 

「なぁ、ギンギツネ」

「なに?」

「そういえば、ちょっと前に聞いたうわさなんだがな」

「?」

「セルリアンが大量に出ているところで、奇妙なフレンズを見たって子がいるんだ」

「奇妙なフレンズ……?」

「あぁ。なんでもそのフレンズは――――」

 

 白い湯気があたりに薄く立ち込める温泉にて。

 ギンギツネとホッキョクグマは、少しのぼせてしまうほどに、そのフレンズの事を話し込みました。

 

 

 

 〇

 

 

 

 図書館を出発したアライさんとフェネック、レミアの三人は、水辺地方を移動していました。

 右を見ても左を見ても水がたくさんあり、太陽の光を反射してキラキラと輝いています。

 

 ところどころ水面から飛び出るようにして土の山が盛られ、山の表面は柔らかな草で覆われています。

 

「綺麗なところね、ここ」

「水がいっぱいなのだー!」

「そういうのが好きなフレンズがー、たくさんいるっぽいねー」

 

 フェネックの言う通り、泳ぐことが好きだったり、水の中で暮らすことを好むようなフレンズが、ところどころに見られます。

 

 三人は板張りのまっすぐな道を進んでいました。

 前をちらちらと確認しつつ、レミアは手元の日記を読んでいきます。

 

 もうずいぶんと読み進めたので、このパークのことについてだいぶわかってきました。

 

 この世界がレミアの生きていた世界から百年以上も後であったことも含めて、レミアを驚かせ続けている日記です。

 ページに目を通すたびにレミアは目を見開いたり、ほんのちょっとですが声を上げています。

 

 普段は冷静というか、どこか落ち着いた雰囲気のレミアがそんな調子で読んでいる内容ですから、もちろんアライさんとフェネックも気になります。

 

「それで、続きはなんて書いてあるのだ?」

「そうねぇ、長くて何日にもわたって書かれているから、簡単にまとめると……〝セルリアンにも意思のようなものが見える〟ってところかしら」

「??? 〝意思〟って何なのだー?」

 

 フェネックのほうを見ながら首をかしげるアライさんに、フェネックはいつもの余裕たっぷりな笑みを浮かべながら答えました。

 

「〝気持ち〟って言えばいいかなー。アライさんが帽子を取り返したいって思うのと同じような感じだよー」

「え、じゃあセルリアンも帽子を追いかけているのか!?」

「例えばの話だってばー」

 

 困ったように肩をすくめるフェネックと、なんとなく意味を理解しつつも微妙にずれた納得の仕方をしているアライさんを横目に、レミアはこれまでの記憶をぼんやりと思い返します。

 

「そういえば、ジャングル地方で橋の上に居た時も、そんな感じのものを見たわね。フェネックちゃん覚えてるかしら?」

「セルリアンが水の中に入るときに、石を上に向けてたのー?」

「そう、それよ。あたしが撃ったら、後ろに居た奴らも水の中へ入るのをためらったの」

「つまり、どういうことなのだ?」

「セルリアンには、少なくとも〝怖い〟とかって気持ちがあるのかもしれないわ」

 

 よくわからないけどね、とレミアは付け足しながら、日記のページをめくっていきました。

 

 〇

 

 しばらく歩くと何やら見えてくるものがありました。

 

「うん!? なにかあるのだ! あれが博士たちの言っていた〝ステージ〟なのか??」

「そうみたいだねー」

 

 目の上に手を当てて遠くを望むアライさんに、フェネックは頷いてからレミアのほうへ顔を向けました。

 

「たぶんあそこに居るのがそうかなー?」

「ぺパプ、って子たちね」

 

 ステージの上で後片付けをしている六人の姿を捉えたので、一行は足早にステージへと向かいます。

 

 それほどかからないうちに、作業をしていたうちの一人、髪の毛を後ろで二つくくりにしているフレンズ――――プリンセスが気付いてくれました。

 

「あら? どうしたの。残念だけどライブはもう終わっちゃったのよ」

 

 プリンセスの言う通り、太陽は西の空へ傾いてオレンジ色に輝いています。

 まだしばらくは明るいでしょうが、数時間もすると夜になりそうです。

 

「そのライブって、もしかして〝ぺパプ復活祭〟っていうのかしら」

「ん? そうだけど」

 

 不思議そうな顔で首をかしげたプリンセスに、質問を飛ばしたレミアは何事か少し思案すると、フェネックに確かめるような口調で確認しました。

 

「たしか、カバンさんたちが目指したのって」

「〝ぺパプ復活祭〟だねー」

「……ってことは、もしかして」

 

 レミアはプリンセスの方へすたすたと歩いて行きました。

 

「うぇ!? な、なに??」と上ずった声で後ずさるプリンセスの少し手前でとまり、目線を合わせるためにかがむと、

 

「あなた、ここで〝カバンさん〟って子を見てないかしら?」

「え? あぁ、その子なら見たわよ……? VIP待遇チケット持ってたし、その……いろいろあったけど、ついさっきまで一緒に居たわ」

「うえぇぇぇぇッッ!! カバンさんさっきまでここに居たのかー!!??」

 

 ステージ中に響き渡ったアライさんの大絶叫は、もれなく注目を集めることとなりました。

 

 〇

 

「そうね、ほんの少し前にバスで出発しちゃったわ」

「そんな……カバンさんに逃げられたのだ……」

「いや逃げてるわけじゃないんだけどねー」

 

 肩を落とすアライさんの背中をそっとさすりながら、事も無げに言うフェネックです。

 

 ステージから降りてすぐのところ、観客席と通路の間で、フレンズたちは話し合いをしていました。

 

 主にアライさんとレミアが質問をしては、ぺパプのメンバーとマネージャーのマーゲイが、知っていることを答えてあげているようなそんな感じの会話です。

 

「それじゃあ、立ち去ってからそれほどの時間は経っていないのね?」

「たぶんそうだと思うけど……どうかしら?」

 

 困った顔で呟くプリンセスの言葉を、コウテイとイワビーが引き継ぎます。

 

「時間は経っていないと思うが、あのバスというものは結構な速さで動いていたぞ」

「ありゃーなかなか歩いて追いつくのは難しいと思うぜ?」

「どうして、カバンたちを追いかけているんだ?」

 

 コウテイの素朴な疑問に、アライさんは両手のこぶしを握り締めながら前のめりになって説明します。

 

「アライさんの帽子が盗られたのだ!」

「そういえば、カバンさんは帽子をかぶっていましたね」

 

 ジェーンが思い出すようにしてそう呟きましたが、すぐにアライさんのほうへ向き直ると、

 

「でも、誰かの物を盗ったりするような子ではないと思うのですが……」

「あ、あれはでも、絶対にアライさんの帽子なのだ!」

「うーん」

 

 アライさんの言葉を信じ切れていないような様子です。とはいえ、カバンさんと居た時間もそれほど長いわけではありません。

 ジェーンはどうしたらいいのか分からず困り顔です。

 

 すると、そばで聞いていたレミアが、穏やかな声でそっと補足しました。

 

「盗った盗られたは確かめようのないことだけど、カバンさんのかぶっている帽子は、もともとアライさんの物なの。それは確実だから、もしまたどこかでカバンさんに会う機会があったら、伝えてもらってもいいかしら?」

「いいですよ。みんなもそれでいいですか?」

「えぇ、私は別にいいわよ」

「いいよ」

「伝えとくぜ! 大切な帽子なんだろ?」

「そうなのだ、アライさんの思い出なのだ!」

「おぉ……それは大事にしないとな!!」

 

 にかっ! っと花の咲くような笑顔でそう言ってくれたイワビーに、アライさんも明るい表情でうなずきます。

 

 レミアは頃合いがいいなと判断したのか、その流れのまま話題を変えました。

 ここに来た最大の理由にして、これを聞き出せなかったらカバンさんに追いつくことが難しくなってしまう、そんな大切な質問です。

 

「それで、カバンさんがどこへ向かったか、あなたたちの中で知っている子はいないかしら?」

「港へ向かうって言ってたわよね?」

 

 プリンセスの言葉に全員がうなずきます。レミアは内心でガッツポーズをとりながら、続きを促しました。

 

 詳細を話してくれたのはマーゲイでした。

 思い出すようなそぶりで指を頬にあてながら、

 

「たしか、カバンさんはヒトのフレンズだって言ってましたよね? それで、ヒトのなわばりを探すために港へ行くって」

「どうして港なの?」

「うーん、それはですね」

 

 マーゲイの言葉を、プリンセスが引き継ぎます。

 

「私の友達が、港でたくさんのヒトを見たらしいのよ。だから行ってみるって。でもそれ、結構昔のことだから……」

「パークから立ち去るときは〝船〟に乗って行ったのだ! だからヒトは港に居たのだ!」

「え? あなた、どうしてそんなことを知っているの?」

 

 アライさんの言葉に怪訝そうな表情を浮かべたプリンセスですが、それはひとまず置いといてとレミアが切り出したので、言われるままに話を続けました。

 

「えっと、だから……」

「カバンさんは港へ向かっているのね?」

「うん、そうね。ヒトの住みかを探すって言ってたけど、さっきも言った通り、ヒトが港で目撃されたのはずいぶん昔の事よ。もういないと思うわ」

 

 首を横に振るプリンセスに、レミアは丁寧にお礼を言いました。

 

 カバンさんが港へ向かっているという情報を手に入れられただけでも十分な収穫です。

 レミアは頭の中で地図を思い描き、最短で港へ着くにはどうすればいいかを考え始めました。

 

 そんな時。

 

「そーいえばー」

 

 ここまで一言もしゃべっていなかったフルルが、おっとりとした声音で口を開きます。

 ぺパプとマーゲイはもちろん、アライさんとフェネックとレミアも、フルルの方へ向き直りました。

 

「港で聞いた話だけどー、島の周りって海になってるんだってー」

「…………フルル」

 

 プリンセスが肩を落としていましたが、そんなことはお構いなしに続けます。

 

「それでねー、渡り鳥の子から聞いたんだけどー、海の向こうにはすっごく大きな建物があるんだってー」

「建物?」

 

 今まで聞いたことのない話に、プリンセスは顔を上げて身を乗り出しました。

 

「フルル、それ、もうちょっと聞かせて」

「うーん、そんなによく覚えてないんだけどー、なんかすっごく尖っててー、鳥の子たちの休憩場所になってるんだってー」

 

 海の向こうの、すごく尖った巨大な建物。

 レミアは何のことかと思考をめぐらそうとしましたが、考えたところでわかるわけがないと思いすぐにやめました。

 代わりに質問を飛ばします。

 

「あなたは直接見たわけじゃないの?」

「見てみたかったからー、飛ぼうと思ってステージからジャンプしたら足が痛くなったのー」

「あぁ、それでこの前泣いてたのね……」

「……フルルらしいな」

 

 何やら苦労を思い出した様子のプリンセスと、コウテイの困ったようなほほえみに、一同は柔らかな笑顔を浮かべました。

 

 〇

 

「それじゃあ、カバンさんたちを追いかけるわね」

「教えてくれてありがとうなのだー!」

「どーもだねー」

 

 ぺパプの五人とマネージャーのマーゲイに別れを告げて、アライさんたちは夕日の中を進んでいきました。

 

「そういえば、今日は久しぶりに野宿になるわね」

「ここ最近は屋根のあるところで泊ったもんねー」

「レミアさん、もしかして外で寝るのは嫌いなのか?」

「嫌いじゃないけど……」

 

 願わくは、あったかいシャワーを浴びてから、ふかふかのベッドでぐっすり眠りたいなと思ったレミアでしたが、その言葉は胸の中にしまっておきました。

 

 しまったついでに話題を変えます。

 

「そういえばアライさん、さっき〝港に人が集まっていた〟って話を聞いたときに、何か知ってる感じだったわよね?」

「うん? 知ってるも何もそこにいたのだ。アライさんが帽子をもらったのは、港でヒトがたくさんいた時なのだ!」

 

 なるほど、とレミアはうなずきます。

 どれほど昔かは分かりませんが、このパークが何かしらの危機に見舞われて、人間たちが避難しなければならない事態になったということ。

 

 その際の脱出方法は港から船に乗って、別の場所へ行ったということです。

 

 日記はまだ最後まで読んでいませんから、もしかすると詳しいことが書いてあるかもしれません。

 ただ当事者がすぐそこにいるのなら、話を聞いたほうが早いです。

 レミアはそれからいろいろとアライさんに質問をしました。

 

 が、

 

「昔のことだからそんなにはっきり覚えていないのだ!」

 

 すがすがしい笑顔で一刀両断されたので、おとなしく日記を読み進めることにしました。

 

 フェネックが終始、港のことを思い出そうとしているアライさんを見て、悲しそうな表情をしていたことには、残念ながら誰も気が付きませんでした。

 

 〇

 

 夜。

 水辺地方を抜けて雪山地方へ入る直前のところ。

 ゲートへと続く道からほんのちょっと外れた、いくらかの草木が立ち並ぶ場所に、アライさん、フェネック、レミアの三人はいました。

 

 レミアは柔らかい草の上で、手ごろな大きさの木の根を枕にして、そこそこ気持ちよさそうに眠っています。

 右手にはリボルバーを、左手にはライフルを抱えているので、何かあったらすぐにでも対応できるでしょう。

 相変わらず抜け目のない警戒です。

 

 そんなレミアから少し離れた所。

 体育座りをして星空を眺めている二人の影ありました。アライさんとフェネックです。

 

 本当はレミアが寝るのに合わせて同じくらいに寝ようとしていたのですが、フェネックがアライさんの裾をちょいちょいと引っ張ると、

 

「…………フェネック? どうしたのだ?」

「ちょっとお話したいことがあってねー」

 

 アライさんはむくりと起きあがると、フェネックについて行きました。

 

 話声でレミアを起こしてしまわないように充分な距離を取り、柔らかい草の上に腰を下ろします。

 アライさんは首をかしげながらも笑顔で、フェネックの隣に座りました。

 

 そのまま、時間にして数分間。

 フェネックは何も言えないまま、星空をぼんやりと両目に映しています。

 

「……フェネック?」

「あー……うん、ごめんねアライさん。起こしちゃったのにねー」

 

 なんだかいつもと様子が違うことに、アライさんは気が付きました。

 気が付きましたが、どうして様子が違うのかはわからないのでそのまま包み隠さず質問します。

 

「なんかフェネックの様子がいつもと違うのだ。心配事や悩み事ならアライさんに言ってみるのだ!」

「うー……ん」

 

 どう言葉にしようか迷っている。

 そんな様子でフェネックは濁しましたが、意を決して口を開きました。

 

「アライさんは、私の事どう思ってるのー?」

「どうって、フェネックはフェネックなのだ」

「そうじゃなくてさー」

 

 目を伏せて、悲しそうに、

 

「――――足手まとい、とかさ」

 

 そう呟いたフェネックに、アライさんは驚くことも声をあげることもありませんでした。

 ただまっすぐに、すこしだけ口の端を上げながら、フェネックのほうを見ています。

 

 フェネックの声は少しばかり震えていました。

 聞いていいのか。聞いてはダメなのか。しかしこのままでは苦しいから、と。

 レミアに相談したときには収まっていた〝アライさんに迷惑をかけているかもしれない〟という不安が、今日の港の話で蒸し返したのです。

 

 フェネックは声を震わせながら続けました。

 

「アライさんはさー。ずっと前からここに居て……〝パークの危機〟も救ったんだよね?」

「うん、そうなのだ。ミライさんのお手伝いをして、セルリアンをやっつけて、パークに平穏を取りもどしたのだ!」

「やっぱりアライさんはすごいよー。いろんなことを経験しててさー」

 

 悲しそうな声でした。

 フェネックは自分自身でも、何が言いたいのかわからなくなってきました。

 自分で自分に質問をぶつけてしまいます。

 

 どうしたいのか

 何が不安なのか。

 

 アライさんにこんなことを言ってしまって、また迷惑をかけているんじゃないのか。

 

「…………ごめんねアライさん。やっぱり、今日はもう寝よう」

「それはダメなのだフェネック」

 

 月明かりに浮かぶフェネックの、その落ち込んだ横顔に、淡々と、そしてアライさんにしては珍しいほど冷静な声で、言い放ちました。

 

「フェネックの言いたいことは、アライさんにはわかるのだ」

「…………?」

「でもフェネックはフェネックなのだ。アライさんにとってのフェネックは、賢くて、優しくて、時々ちょっとだけ意地悪だけど、すっごく頼りになって、何より大切なアライさんの仲間なのだ」

「…………」

 

 明るい月に照らされた、そのいつもの自信たっぷりな笑顔には、嘘や冗談は欠片も含まれていませんでした。

 

「フェネック。アライさんは思うのだ。アライさんは天才だけど、ちょーっとだけせっかちなところがある気がするのだ。だからそんなとき、賢いフェネックがアライさんにアドバイスをしてくれたら、アライさんは安心してせっかちでいられるのだ」

「でも、私は」

「アライさんにできないことをフェネックがやって、フェネックにできないことをアライさんがすればいいのだ!」

 

 ニコッっと、花の咲いたような。

 満面の笑みでそう言い切ったアライさんに、フェネックは少しだけ表情を緩めました。

 

「足手まといじゃ、ないかなー?」

「むしろついて来てもらわないと困るのだ!」

 

 腕を組みながら頬を膨らますアライさんに、フェネックは今度こそ口元をほころばせて。

 

「うん……やっぱり、アライさんについて行くよー」

「任せてなのだフェネック!」

 

 二人の声は静かに、しかし確実に、何度も響いていたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 フェネックとレミアが完全に寝静まった頃。

 

「――――フェネック。アライさんだって、もうお別れするのは嫌なのだ」

 

 真夜中の木の下で、星空を見上げながらアライさんは、小さくそうつぶやきました。

 

 

 




次回「ゆきやまちほー! いちー!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。