【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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今話もちょっと長いです。


第十二話 「じゃぱりとしょかん! いちー!」

「殉職ってどういうことですか……レミアさん死んでるじゃないですか……」

 

 薄暗く散らかった、とてつもなく不健康な部屋の中に、震える声が響きました。

 モニターに映る内容を、ベラータは一度目頭を押さえて視線から外し、それから顔を上げてもう一度読み上げます。

 

 内容は変わりません。

 先ほどまで何の違和感もなく通信をしていたレミア・アンダーソン中尉は、数年前にとある特殊任務で死亡しています。

 

「…………」

 

 眉をひそめ、口を真一門に閉じたベラータは、すでに〝レミアが死んでいること〟に対してではなく〝なぜ通信がここに来たのか〟を思考し始めていました。

 

「記録された音声が届いているというのは……いや、俺と会話が成立していた時点でありえない。では死亡していたというのが偽装報告で、俺は間違った情報を手に入れた……いやそれもない。だったらこんなに厳重な情報管理じゃないはずです。じゃあ――――」

 

 誰も独り言を聞くものはいませんから、ベラータは思う存分口を動かしながら考えます。

 考えている一方で、キーボードをリズミカルに叩き始めました。

 情報です。今なら情報を集められます。

 

 これまで探していなかった場所。

 まさかレミアがすでに死んでいるとは思わなかったので、これまで眼中にすら入れなかったところ。

 

 つまり戦死登録者の情報フォルダを、ベラータは重点的に探し始めました。

 

「お」

 

 一分もしないうち、すぐに見つかりました。

 口元がほんの少し緩みます。

 

「こりゃどおりで掴めないわけです……フォルダごとごっそり移動しちゃって、死んでるなんてわかりませんよ……」

 

 次々と出てくる、レミア個人の戦績、出身、経歴、能力を瞬時に目を通して覚えていき、頭の中で一つのプロフィールとしてまとめ上げていきます。

 読む間も、それから読んだ後の一言感想もすべて口に出してしまいますから、ベラータの部屋には彼自身の話し声が絶えません。

 

「レミアさんは紅茶の国から家出してきて……ウソだろそれが十六の時? 狩猟生活をしていたところを軍に引き上げられて、入隊後一年で上位組織――――って、おいおいあの人俺より若いじゃないか。冗談キツイですよ」

 

 目を疑うような経歴がぽろぽろ出てくるので、そのたびに驚きの声を上げるベラータです。

 

 ひとしきりレミアの個人情報を閲覧したあと、いよいよ本格的に〝なぜレミアはここに通信ができたのか〟を考え始めました。

 

 モニターには、レミアからの情報のみで作り上げた、恐ろしく再現度の高いジャパリパークの様子を映しながら。

 スナック菓子を口に放り込み、さしておいしそうな顔もせずに、ベラータは思考の海へ飛び込みました。

 

 

 

 〇

 

 

 

 木漏れ日の透ける森の中。

 右を見ても左を見ても樹木がしっかりと生えていて、班模様の日光を心地よく地面に落としています。

 木だけではなく鮮やかな緑色の植物もたくさん生えていて、ここが確かに森林地方であることをレミアはあらためて認めました。

 

 そんな森の中の一本道、土を踏み固めて作られた歩きやすいその道を、周囲の草花と同じように陽の光のシャワーを受けながら、レミア達三人が進んでいます。

 

「この先に図書館があるのね」

「そだよー」

 

 一行は変わらず図書館を目指して、数時間前に平原を後にしたところでした。

 

 ヘラジカとライオンに別れを告げた後そのまましばらく、特にセルリアンが出てくることも、他のフレンズに出くわすこともなく歩いています。

 平穏で何もないことこそがありがたいと知っているレミアは、のんびりと辺りを見回しながら歩を進めていると、

 

「ん?」

 

 歩く先、道の真ん中に何やらふさぐような形で設置されているものが目に入りました。

 

 黒と黄色のポールを横に倒し、引っ掛けたりくっ付けたりする形でなにやら矢印がたくさん取り付けられています。

 

 不審に思いながらもレミアは矢印の指すほうを見ると、細い木々に覆われたトンネルのような道へ続いていました。

 

「これは何?」

「あーこれねー。博士たちが置いてるんだってー。文字の読めるフレンズを探しててー」

「…………?」

 

 レミアは再度首をかしげます。

 

「文字が読めるって……フレンズって文字が読めないの?」

「〝もじ〟すらわからない子もいるよー。ねーアライさーん?」

「そうなのだ! アライさんは天才だから文字ぐらいわかるのだ!」

「読めないけどねー」

「ぬぁ! じゃあ、そういうフェネックはどうなのだー?」

「私も文字はわかるよー」

 

 ニマニマと何か企んでいる笑みを浮かべながらそう言うフェネックを横目に、レミアは「そっか」と呟きました。

 

 フレンズは動物がヒト化したものです。

 動物に限らず、例えば人であっても適切な教育を受けていないと文字は読めません。

 野生動物がヒト化したところで、人のいないこの場所では文字を知る必要も機会もないということでしょう。

 当然読めない子もいるでしょうし、それが大半であるというのも簡単に予想できます。

 

 そんな感じのことをレミアは適当に自分の中で考えると、とりあえずフェネックのほうへ向き直りました。

 

「それで、つまりこの矢印の先に行けば図書館へたどり着けるってこと?」

「うんー、それでも着くけどしんどいよー? ここをまっすぐ行けば図書館はすぐそこにー」

「ま、待つのだフェネック!」

 

 矢印看板の向こう側を指さすフェネックに、アライさんは慌てた様子で反対側、つまり木々で作られたトンネルのほうを指さします。

 

「アライさんはこっちが気になるのだ! 行ったことないから行くしかないと体が言っているのだ!」

「見上げた冒険者魂ね。どうする? フェネックちゃん」

「アライさんが行きたいならそっちでもいいんじゃないかなー」

「本当か!? やった! さっそく出発なのだーッ!」

 

 アライさんの元気な声を先頭に、三人は樹木のトンネルへとくぐりこんでいきました。

 

 〇

 

「かかりましたね、助手」

「かかりましたね、博士。我々の思うつぼです」

「まさかフェネックが一緒に居るとは思いませんでしたが……」

「ひとまずあのフレンズ……いえ、〝暫定ヒトのフレンズ〟が文字を読むかどうか、そこが見ものですね」

「そうなのです、助手。カバンと同じ〝ヒト〟の実力、見せてもらうのですよ――――じゅるり」

「博士、よだれが垂れているのです――――じゅるり」

 

 〇

 

 木漏れ日のかかるトンネルを抜けると、そこは少し開けた所でした。

 ドーム状に、これまた丁寧に樹木が折り重なり、陽の光が班模様になって地面をまだらに彩っています。

 

「こっち! なにかあるのだー!」

 

 嬉しそうに手招きをするアライさんのすぐ目の前には、確かに何かがありました。

 

 何かというのも、見る人が見ればすぐにわかります。

 白い木の板に黒い塗料で文字が書かれていて、丸みを帯びたそれは一見すると簡単に読めそうな雰囲気はあるのですが。

 

 レミアは首をかしげつつ、それをしばらく見ていましたが、ゆっくりと顔をあげながら、

 

「読めないわね」

「え?」

 

 首を横に振ってため息をつきます。

 そんな様子のレミアに、驚いたのはフェネックでした。

 

 再度、フェネックは看板のほうを見て、

 

「えーっとねー……〝らくだは いちどに……えっと、なんとかかんとか500ぱいぶんの みずを のむことができる はいならみぎへ いいえならひだりへ すすもう!〟」

「フェネックぅ!?」

 

 看板に書かれた文字をなんとか読み上げたフェネックに、アライさんが驚愕の表情をつくります。

 

「どうしてこれがわかるのだ!?」

「前から図書館に通ってたんだよー。私も博士たちと同じように文字を読んでーいろんなことを知りたいのさー」

「ア、アライさんもこの、これ、できるようになりたいのだ!」

「またゆっくり博士たちに教えてもらおうよー」

「そうなのだ! さすがなのだフェネック!!」

 

 元気よくそういうアライさんにニコリと笑った後、フェネックはレミアの方へ振り返り、こてっと首を傾げました。

 レミアは顎に手を当てて何やら考え事をしていましたが、視線に気がつくと顔をあげて、フェネックをまっすぐに見ます。

 

「レミアさんも、文字は読めないのー?」

「ん? いいえ、三か国語までは読めるわよ。でも……そうね、この国の言語はわからないわ」

「……〝げんご〟ってなーに?」

「それを説明するのはあたしには無理ね」

 

 苦笑いを浮かべるレミアの背中を、じっと見ている二つの影がありました。

 

 〇

 

「なんかあいつ文字が読めないのですよ、助手」

「文字が読めない……ということは、ヒトではないのでしょうか、博士」

「わからないのです。でも特徴はどう見てもヒトなのです」

「ということは〝ヒトモドキ〟でしょうか」

「可能性はあるのですよ。そして〝モドキ〟では料理が作れるかどうか…………」

「まともな料理は作れないかもしれませんね、博士」

「あまり期待しちゃダメなのですよ、助手。ヒトモドキの料理なんて、きっとひどいに違いないのです」

 

 〇

 

「引き返しましょうか」

「だねー。私もまだ勉強中でー、ほらーこの辺がまだよくわからなくてー」

 

 フェネックは〝コップ〟と書かれているカタカナを指さして、ふるふると首を横に振りました。

 レミアもこの看板に書かれている文字が読めないので、先へ進むことはできないと判断します。

 

「アライさん、引き返してから図書館へ向かうけど、いいかしら?」

「三人集まってもできない事なのだ! もちろんここは引き返すのがそーめいなのだ!」

 

 使い方が合っているかどうかはさておいて、アライさんも引き返すことに賛成です。

 三人はそろって森の中の一本道に引き返し、それから矢印の看板を素通りして図書館へと向かいました。

 

 しばらく歩くと、赤い屋根と大きな木が見えてきました。

 構造的にもともとそうであったらしく、建物の中心から巨大な木が一本生えていて、図書館全体を大きな枝葉で木陰に落とし込んでいます。

 自然を利用して日差しと雨から建物を守る。

 一目で見事な技術であると分かったレミアは、いい施設だなぁと心中で吐露しました。

 

「あそこが図書館なのね」

「そだよー」

「博士? っていう子はどこに居るのかしら」

「普段はあそこに居るんだけどー、物音が聞こえないねー」

「どこか行ってるかもしれないのだ!」

 

 アライさんがレミアのほうに振り返りつつそう言った直後。

 

 博士と助手がレミアの頭めがけて滑空してくるのを、アライさんは偶然視界にとらえました。

 音もなく、茶色と灰色の二人のフレンズが、レミアめがけて飛んできます。

 

「レミアさ――――」

 

 あのままではレミアの頭に博士の足が当たってしまう。

 直感的にそれがわかったアライさんは声を出そうとして、その言葉がすべて口から出される前に。

 

「フッ!」

 

 レミアは反応しました。

 鋭く息を吐いたかと思うと、振り返りつつ膝を曲げ、博士の足を紙一重のところで避けます。

 そのまま止まることなく目の前の足を神速の勢いでつかむと、レミアは力任せに引っ張って抱き寄せ、

 

(子供ッ!?)

 

 抱き寄せた体が自分の身長の半分にも満たないことに気が付き、叩き付けるつもりだった体をひねります。

 衝撃を緩和するために頭の後ろに右手を入れてあげて、そのまま地面に倒れこみました。

 

 ソフトな引き倒し方だったので、博士はかろうじて怪我をしませんでしたが、

 

「……これは、謝ったほうがいいのですか?」

「わざとぶつかってきたならそうね」

「………………あ、謝るのですよ。我々は賢いので」

 

 地面に押し倒された博士の首元に、ナイフがペタリと当てられていました。

 

 〇

 

「アフリカオオコノハズクの博士です」

「助手のワシミミズクです」

 

 図書館の前。

 足首ほどの柔らかい草と、指先ほどの色とりどりな花が咲いている、なんとものどかな風景の中で。

 

 博士と助手を前に三人は自己紹介を進めていました。

 

「レミア・アンダーソンよ。レミアって呼んでほしいわ」

「アライさんなのだ!」

「フェネックだけどー、私のことは知ってるよねー?」

「知っているのですよ。このところ訪ねてこないから、文字の習得をあきらめたのかと思ったのです」

「サバンナのほうにいっててねー」

 

 博士が頬を膨らませるのを何食わぬ顔でさらりと流し、フェネックは言葉を続けます。

 

「今日は文字の勉強じゃなくてー、ここにきたフレンズのことについて教えてほしいんだー」

「アライさんの帽子が盗られたのだ!」

「帽子? あぁ、もしかしてカバンの事ですか?」

 

 助手が落ち着いた声でアライさんに返し、アライさんの「そうなのだ! どこに行ったか教えてほしいのだ!!」という叫び声にも、いたって冷静にうなずきます。

 

「教えてやってもいいのですが」

「我々に料理を作るのです」

「博士たちまだそれやってたのー?」

 

 あきれたような声を上げるフェネックは、肩をすくめながらレミアのほうを見ました。

 首をかしげて「料理?」と呟くレミアに、フェネックが説明をしてくれるようです。

 

「博士たちはねー、文字の読めるフレンズを探して〝りょうり〟をさせたいんだってー」

「そうなのです」

「ジャパリまんがあるわよね? それは食べないの?」

「どうして料理と聞くとどいつもこいつも〝ジャパリまんでいいじゃないか〟というのですか、助手」

「我々はグルメなのです。ジャパリまんは食べ飽きたのです」

「あー、なるほどそういうことか」

 

 博士と助手の言いたいことが分かったレミアは、何度もうなずきながら、

 

「言われてみればあたしもそろそろ飽きてきたわ。料理を作ってふるまえば、カバンさんがどこへ向かったか教えてくれるのね?」

「お前に料理が作れるのですか? ヒトモドキのくせに」

「ヒトモドキ……?」

「博士、まだヒトモドキという動物がいるかどうかを我々は確認していませんよ」

「そうでした助手。これは仮の名前なのです」

 

 何やらわけのわからないことを言っているなぁとレミアは思いましたが、どうやら料理ができるかどうかを、この二人は気にしているのだ、ということはわかりました。

 レミアは一つ胸を叩いて、自信ありげに答えます。

 

「これでも一人暮らしが長いのよ。狩ってその場で捌いて食べたこともあるし、家に持ち帰ってちゃんと調理をしたこともあるわ」

「なにか背中に寒気がしたのですよ」

「したのです……」

 

 戦場での食料調達は言わずもがな、レミアの個人的な趣味は狩猟です。

 幼いころから銃に慣れ親しんできたのは狩猟を楽しんでいたからであり、また手に入れた動物を余すことなく上手に食べる方法も知っています。

 つまり料理そのものは得意なことでした。

 

「とりあえず、食材はあるのかしら?」

「ついてくるのです」

 

 ジャパリパークにレミアの望む肉料理は存在しませんが。

 図書館の机の上にはさまざまな種類の食材と、どこで調達してきたのか実に豊富な調味料、そして栓の開いていないお酒が用意されていました。

 

 〇

 

 レミアは図書館の中に入った瞬間から、辺りに視線をめぐらすと「ここ、調べないといけないわ」と小さくつぶやきました。

 

 数百冊の蔵書が保管されたこの施設は名前の通り図書館、つまり情報の宝庫です。

 そこかしこに本があり、書庫があり、そして書類がありました。

 

(さっきの文字は異国の物だった。読めるかどうかわからないけど、調査する価値は十分にあるわ)

 

 レミアは机の上の食材たちに目を通す一方で、自分の任務としていることも考えます。

 

 考えた結果。 

 

「料理を振る舞うことの報酬に、もう一つ付け足してほしいわ」

「なんなのです?」

「ここを調べさせてちょうだい」

「だめなのです」

 

 あっさりと。

 考えるそぶりも見せずに博士は即答しました。

 

「ここは我々の家なのです。いくら料理をふるまったからと言ってそう簡単には見せられないのです」

 

 博士がレミアを見上げながらそう言い、その横で助手が、

 

「でも、もし本当に我々が満足のいく、とってもとってもおいしい料理を出してくれたら見せてやってもいいのです」

「我々がおいしいと思う料理が作れたら、好きなだけ調べ物をすればいいのです」

「満足のいく、ねぇ……そう、わかったわ」

 

 レミアが頷きます。どこか座った眼をしていましたが、再び机の上の食材を確認する作業に移ります。

 

 そんなレミアの様子はつゆ知らず、博士と助手はレミアから少し離れたところで、声を小さくして会話していました。

 

「これでいいのですか、博士」

「これでいいのですよ助手。こうすればたぶん本気で料理を作るのです」

「ヒトモドキでも本気を出せばおいしい料理が作れるかもしれない、ということですね」

「そうなのですよ」

 

 そんなことをつぶやいている二人でしたが、当のレミアはたとえ博士たちが満足しようがそうでなかろうが、勝手に図書館内を調べつくすつもりでした。邪魔なんてさせません。

 邪魔してきたら丁重に縛り上げてしばらく黙っていてもらおう。その間に仕事を済ませよう。

 

 レミアは何食わぬ顔でそんな予定を立ててから、この子たちにどんな料理を作ってあげようかと思案しました。

 

 〇

 

 小麦粉、油、砂糖とその他を少々。

 

 レミアは着々と使う食材を選んでいき、最後に博士たちに確認します。

 

「じゃあ、あたし達がおいしい料理を作ったら、カバンさんの向かった先と、この図書館の中身を調べさせてくれるわね?」

「おいしい料理を作って〝我々が満足したら〟なのですよ。満足できない料理はダメなのです」

「わかってるわよ」

 

 肩をすくめながら、レミアは必要な材料を外の調理場へ運び出していきます。

 

 なんでも博士たちが言うには、ここジャパリパークの施設は今でもラッキービースト達によって整備、使用可能な状態にしてもらっているそうです。

 

 レミアはジャングル地方へ入る時の、あの一体しか見たことがありませんから、あれが複数いるという博士の言葉に驚きました。

 これまでの旅で二体目を見ることがなかったのですから不思議なものです。

 

 そして自分が唯一見たラッキービーストは、どことなく違和感があったことを思い出します。

 

「そういえば、あたしと話した奴は変なノイズが走っていたわね」

「ノイズですか?」

 

 たしかに、あの日の夜。

 レミアと会話を交わしていたラッキービーストの音声からは、変なノイズが混じって聞こえていました。

 こういうものなのだろうと思うには少々違和感が強かったので、レミアはちゃんと覚えていました。

 

 そんなレミアの言葉に博士は首をかしげます。

 

「ラッキービーストがしゃべるということは、レミアは――――いえ、そんなことよりもまず」

「はい、博士。ノイズというのは気になりますね」

 

 博士と助手が調理場のすぐわきでお互いに顔を見合わせ、しばらくああでもないこうでもないと議論をします。

 何やら話し込んでいるなぁとレミアは思いつつ、着々と料理の準備を進めていきました。

 

 数十秒経って、博士があきらめたようにため息をつきながら、

 

「レミア、よくわからないのです」

「〝ノイズ〟が何かわからなかったの?」

「いやそれはわかるのですよ。我々は賢いので」

「賢いので」

「我々は数日前、カバンが連れていたラッキービーストがしゃべっているのを見たのです。でもその時は――」

「ノイズが走るほどの老朽化は認められませんでしたね」

「なのです。つまり、レミアの勘違いなのでは?」

「そんなことないわよ」

 

 軽く笑いながら手を動かしつつ、レミアは振り返らずにそう言いました。

 勘違い、とは言えないでしょう。パークのガイドロボットにしては音声機器に問題があるぐらいにはハッキリとノイズが聞こえていました。

 

 博士たちはその後も〝人が居ればラッキービーストはしゃべる〟〝あいつらは案外頑丈〟〝人が作って残したものなので詳細は今もまだ調査中〟と、二人仲良く説明してくれました。

 

 レミアはふむふむとうなずきつつ、用意した鍋に油を注ぎました。

 

 〇

 

 雑談を交えつつ。

 

 レミアは調理場の、火を扱う場所に油を並々と注いだ鍋を設置、木の枝をその下に組んでいきました。

 

 会話中もそうでしたがレミアは一切本や資料を見ずに淡々と作業をこなしています。

 まるでよどみなく慣れた様子で作業をするレミアに、博士が心配そうな声で話しかけました。

 

「レミア? そこは〝火〟を使う場所なのですよ? 何をしてるのですか?」

「なにって、油を温めないと揚げ物は作れないわ」

「〝油〟って……あのヌルヌルして気持ち悪いやつですか」

「そうよ。火を使って温めるのよ」

 

 博士はカバンのやっていたことを思い出します。

 虫眼鏡で小さな火をおこし、そこから徐々に大きくしていき、鍋を火で温めて〝煮る〟をやっていたあの光景です。

 

 レミアがぬるぬるで何をしようとしているのかはわかりませんでしたが、火を使おうとしているのは博士たちにもわかりました。

 

 要するに、全ては火がないと始まりません。

 カバンたちにはそう簡単には渡せないと言いましたが、実は火を起こせる道具を博士たちは持っていました。

 もしカバンが火を起こせなかったら、最終的には料理中に渡してやるつもりだったあれです。

 

 あのマッチですが、残念ながらもうカバンに渡しています。手元にはありません。

 

 そこで博士たちは気が付きました。

 もしレミアが火のおこしかたを知らなかったら、何やら淡々と慣れた様子で作っているものが食べられなくなります。

 

 まずいです。このままでは料理が失敗するかもしれません。

 それは、レミアにカバンの居場所を教えたり、図書館を調べる代わりに料理をさせるという、根本的な作戦の意味がなくなってしまうことを意味しています。

 

「り、料理が食べられないのは困るのですよ……」

「こまりましたね」

「どうするのです、助手?」

「ここはやはり……」

 

 だから今からでも、火を使わない美味しい料理を作らせようかと思った、その時。

 

 レミアは腰に巻いているポーチから何やら取り出し、木の枝にかざしたかと思うと一瞬で火をつけてしまいました。

 

「ちょ、レミア、それはなんなのですか?」

「火をつけたのよ」

「いやそんなことはわかるのですよ……それ、その手の小さなやつはなのです?」

「これ? あぁ、ライターよ。見たことないの?」

「知らないのですよ。そんなものどこで手に入れたのですか」

「自前よ。もともと持ってたの」

 

 涼しい顔でそういうレミアに、

 

「何者なのですか、博士」

「わ、わからないのですよ……フレンズ化したときからあんなものを持ってるなんておかしいのです。ヒトモドキどころかフレンズモドキかもしれないのです」

「ラッキービーストが反応していたということはヒトである可能性が高いのですが」

「ちゃんと料理できるのか、ますます心配なのですよ」

「心配ですね」

 

 レミアの起こした火からだいぶ離れたところで。

 恐るおそるそんな会話を、二人はひそひそとしていました。

 

 〇

 

 それから数十分。

 

 博士と助手の心配なんてつゆ知らず。

 三人は順調に料理をしていきました。

 

 火加減の調整が必要なので小枝をアライさんに取って来てもらったり、小麦粉と砂糖をこねるのはフェネックにやってもらったり。

 レミアは温まった油によく練った白いドロドロをそっと入れ、いい感じに焼けたら取り出します。

 

 三人は力を合わせてあるお菓子を作っていました。

 レミアは本なんて見ていませんから、博士と助手はおろか手伝っているアライさんとフェネックも、何が出来上がるのかさっぱりわかりません。

 

 油からひきあげたものに砂糖をまぶしたり、または少しだけシナモンを振りかけたりして――――。

 

 こんがり焼けたキツネ色の、おいしそうなドーナツが出来上がりました。

 お皿に盛り付けてテーブルに置いて行きます。

 

 〇

 

「えぇ! アライさんたちの分もあるのか!?」

「手伝ってくれたお礼よ。たくさんあるから」

「へー初めて見るねーこれ」

「いい匂いなのだ! 〝りょうり〟? とかいうの、はじめて食べるのだ!」

「これはドーナツていうのよ。本当は小麦粉だけじゃなくてもうちょっといろいろ必要だけど……まぁ十分食べれるわ」

 

 テーブルには博士と助手、アライさんとフェネックの四人が座っています。レミアは立ったままです。

 それぞれのお皿には、おいしそうに揚がったドーナツが二つ、砂糖味とシナモン味が盛り付けられていました。

 

「それでは、再確認なのです」

「我々がおいしいと言ったら合格。カバンの居場所を教えるのです」

「レミアさんに図書館の中を見せてあげるのもねー」

「わかっているのですよ。美味しかったら見せるのです」

 

 それでは。

 

「召し上がれ」

 

 レミアの一声で四人ともドーナツを手に持って、フェネックとアライさんは思いっきりかぶりつきました。

 

「…………」

「…………た、食べてみるのです」

 

 カレーの時の辛さを思い出した博士と助手も、恐るおそる小さな口でかじりつきます。

 

 二人が持っているのは砂糖味。

 外はカリッと、中はふわっと揚がった砂糖まみれのドーナツは。

 生まれて初めて食べるその味は。

 

「合格」

「おかわりなのです」

 

 一口で博士と助手を満足させました。

 

 口の周りを真っ白に染めながら、二人は一心不乱に食べていました。

 

 〇

 

 それからアライさんとフェネックが追加で合わせて五個食べて、博士と助手は一人当たり八個食べて。

 多めに作っていたはずのすべてのドーナツを平らげてしまいました。さすがのレミアも苦笑いを浮かべます。

 

 片づけをして、洗い物をして、ほっとけば日の光で食器が乾くように置いてから。

 建物の中央に貫いている大木が、午後の陽光を気持ちよく透かしている図書館へ全員が入りました。

 

 博士と助手はとても満足そうに、

 

「おなかいっぱいなのです」

「飛べなくなるほど食べたのは初めてなのです」

 

 そう言いながらお腹をさすっています。

 ポッコリと服の上からでも膨れているのがわかるお腹に、レミアは微笑みながら約束通りカバンさんたちの居場所を博士から聞きました。

 

「カバンはヒトなのです」

「ヒトはもう絶滅しているか、どこかに行ったのか……とにかく、ヒトを探して旅を続けると言っていたのです」

「絶滅……パークの危機を境目に居なくなったっていうのは本当なのね」

 

 レミアは、ビーバーとプレーリーの家で聞いたアライさんの話を思い出しました。

 人はパークから消えてしまった。どこに居るのかわからない。

 

 博士たちは絶滅したと言いましたが、しかしレミアはそれはないだろうと内心で異を立てます。

 もし絶滅しているのであればレミアの国の存在はどうなるのだということです。

 

 〝絶滅〟という言葉は、思うに〝勝手にフレンズたちがそう思っていること〟なのだろうとレミアは推測しました。

 であれば人はどこかに居て、その場所を探してカバンさんたちは旅を続けているということになります。

 

「ヒトがどこに集まっているのかはあなた達も知らないの?」

「知らないのです。ここに住めなくなったのか、あるいは別の場所に居るのか」

「とにかく我々ではわかりませんね」

 

 首を振る二人に、レミアは残念そうに「そう」とだけ返事をしました。

 

 つまりこれではカバンさんたちの最終目的地はわからないということです。ですが、

 

「次の目的地はわかるかしら?」

「たぶんぺパプのライブを見にいったのですよ」

「我々、騒がしいところは嫌いなので特別待遇のチケットをカバンたちに渡したのです」

「次に向かっている場所は、きっとライブ会場なのです」

「その情報だけでもありがたいわね」

 

 ひとまず目的地が決まりました。

 願わくはその場所で、カバンさんたちの次の目的地を訊きたいところです。

 

「アライさん、聞いた?」

「ばっちりなのだ! 図書館を出発したら、ライブ会場へ向かうのだ!!」

 

 〇

 

「で、次は図書館の中を調べさせて頂戴ね」

「いいのですよ」

「好きなだけ見るのです」

 

 博士と助手の許可をもらい、レミアは図書館の中の本を見ていきました。

 

 かなりの数があります。らせん状の階段を上った先にもありますし、奥の方にもずらりと並んでいます。

 ただ、そのどれを見てもレミアには読めませんでした。

 

 異国の文字の背表紙を見ても、瞬時に何の本なのかはわかりません。わかりませんから、レミアの目的は初めからそれらの本ではありませんでした。

 

 この図書館に入った時から。

 レミアは、おおよそここが普通の図書館ではないことに勘づいていました。

 

 普通の使われ方をしていない。

 本を読むためだけの場所ではない。

 

 それは、まったくその文字は読めませんが、明らかに図書館としては異質な書類がところどころに落ちていたり、本の間に挟まっていることから判断した〝軍人としての勘〟でした。

 

 すなわちここはただの図書館ではなく、人間が何かしらの作戦会議に使っていた可能性が高いと踏んだのです。

 書類は読めませんが一応拾っていき、そこに書いてある図や文字の配置を確かめていきます。

 

(明確な何かを伝えようとしているのが雰囲気でわかるわ。作戦指令書、あるいは作戦立案書……そんな感じかしら)

 

 険しい目で見ていきますが、いかんせん文字が読めないので書いてある内容はわかりません。

 図が描かれている、比較的何かの手掛かりになりそうなものは折りたたんでポーチにしまっていき、あとの書類はそのままです。

 

 本ではなく、そこら辺にある紙を読んでいるレミアの様子に、フェネックとアライさんは不思議な視線を送っていました。

 

「フェネック、レミアさんは何をしているのだ?」

「調べものだと思うよー。でも文字が読めないから、困ってるんじゃないかなー?」

「なぬ!? 困ってるのかレミアさん! じゃあアライさんにまかせるのだ!」

「アライさん文字読めないじゃーん」

「違うのだフェネック! 博士たちなら読めるのだ!」

 

 そう言い、アライさんは博士たちのところに駆け寄ります。

 椅子に座って幸せそうな顔でお腹をさすっている二人に、アライさんは腰に手を当てて言いました。

 

「レミアさんが困っているのだ! 文字を読んであげて欲しいのだ!」

「むぅ……〝ドーナツ〟という料理はとってもおいしかったので、我々もなるべく力になってあげたいのですが」

「あの紙は我々にも読めないのですよ」

「どうしてなのだ? 博士たちは文字が読めるはずなのだ!」

「我々だってまだ完璧に読めるわけではないのです。ある程度は読めますが。我々は賢いので」

「〝ひらがな〟と〝かたかな〟は完璧に読めるのですよ。我々は賢いので」

「????? 読めるのに、読めないってどういう意味なのだ?」

 

 まるでわけがわからない様子で、アライさんは首をかしげます。

 そんなアライさんの後ろからひょいっと顔を出して、フェネックは博士に言いました。

 

「〝かんじ〟はまだ博士たちも読めないんだー?」

「あれは相当に難しいものなのですよ、フェネック」

「賢い我々でも、いくつかの〝かんじ〟しか読めないのです。だいたい数がありすぎて難しすぎるのですよ、あれ」

「まぁーひらがなとカタカナが読めたら十分な気もするけどねー」

「あの紙にはひらがなもカタカナも漢字も全部使われているのです。あんなの誰も読めないのですよ」

「そもそも、あれを文字であると特定した我々はすごいと言えるのです、博士」

「そうなのですよ助手」

 

 お互いにうなずく博士たちを横目に、フェネックはレミアの方へ向き直ります。

 その耳がぴくぴくと動き、なにやら見つけ出したレミアの声を、

 

「レミアさーん、なにかあったー?」

「えぇ」

 

 フェネックは興味深く聞きました。

 

 〇

 

「あぁ、その箱は開かないのですよ」

「どこを探しても鍵がないのです」

 

 博士たちとアライさん、フェネック、そしてレミアが取り囲んで見下ろしているのは。

 

 図書館のカウンターの隅の方、書類に埋まるような形で置かれていた、一つの金属製の箱でした。

 

 大きさは縦横奥行きが全て40センチほど。

 色は薄い灰色で、立方体の、いうならば金庫のような頑丈な箱です。

 

 鍵穴が本体に直接くっついているので、カフェにあった南京錠とは比べ物にならないほど頑丈な鍵でした。ダイヤルはありませんがまさに金庫と言える代物です。

 

「開けにくいわねぇ……」

「え、開けるつもりなのですか?」

「無理なのですよ。中に何かが入っているのは確かめましたが、我々が長年どれだけ知恵を絞っても、開けられなかったのです」

 

 首を横に振る自称賢い二人に、レミアは右腰のホルスターからゆっくりとリボルバーを抜きながら助言します。

 

「二人とも少し離れて、耳をふさいでいたほうがいいわ」

「どうしたのですか?」

「博士、何か嫌な予感がします。ここはしっかりと耳をふさいでおきましょう」

「え、あ、わかったのですよ助手。ぴったりなのです」

「ぴったりです」

 

 両手を耳に当てて、ついでに膝もたたんでしゃがみ、さらに目まで瞑って、二人はいったい何に怯えているのかと心配されそうな格好になったのをレミアは確認してから。

 

 すどん。

 

 図書館がびりびりと震えるような轟音を鳴らしつつ、鍵付きの箱をぶち抜きました。

 

「まだね」

 

 すどん。

 すどん。

 

 合計三発を鍵穴の位置とその少し上、そして少し下に叩き込んで、鍵を構成しているパーツを粉々に粉砕します。

 灰色の箱は見事に鍵が吹き飛んで、箱のふたと本体の間には隙間ができました。

 すぐにでも開けられそうです。

 

 ですが、レミアは箱には手をかけず、

 

「たしかフクロウは耳が敏感なのよね? 大丈夫かし――――」

 

 リボルバーを戻しつつ博士と助手の様子を案じて振り返ります。

 レミアの視線の先には、しゃがんだまま涙目でプルプルと震えている助手と、

 

「…………」

 

 えらく細身になった博士を見て、しばらく申し訳ない気持ちになりました。

 

 〇

 

「無事開いたのだけど、どうする? 見る? っていうか聞こえるかしら?」

「ぎ、ぎりぎり大丈夫なのです」

「次やるときはちゃんと知らせてから鳴らすのです……」

「我々、大きな音はきついのです」

「きついのです」

 

 危うく死ぬところだった、とでも言いたそうな顔で、二人はレミアと一緒に箱を取り囲みました。

 もちろんアライさんとフェネックも、箱にはまだ触れずにおとなしくレミアが開けるのを待っています。

 

 アライさんはもうそろそろ限界なようで、

 

「き、気になるのだ……早く見たいのだ……」

 

 鼻息が荒くなってきています。

 

 レミアはそっと、たった今飛ばしたばかりの鍵の部品を完全に箱から取り外し、ふたに手をかけ、ゆっくりと上に持ち上げました。

 

 金属製の箱はカンコンと特有の音を立てつつ開き、中から出てきたのは、

 

「…………」

 

 日記でした。

 手帳サイズの古びた日記が、厳重な金属製の箱の中にポツンと、ただそれだけが入っています。

 表紙にはペンで書かれた手書きの筆跡がありました。

 

「…………? これも文字なのですか?」

「見たことのない文字ですね」

「フェ、フェネック読めたりしないのか!?」

「いやー私に訊くのは間違ってると思うよアライさーん」

 

 そこに書かれていたものは。

 レミアの読める三か国語の中でも、

 

「これ…………」

 

 生まれ故郷の文字にそっくりでした。

 細部は少しだけ違いますが、使われている文字の種類も、文法も、慣れ親しんだ故郷の言語にそっくりです。

 異国の文字に埋もれた図書館の中、突如自分の読めるものが出てきたことに、レミアは手のひらが熱くなるのを感じました。

 

 そして。

 

 そして、レミアの目を奪ったその表紙には。

 

 ――――〝ここを訪れた未来の人間へ〟

 

 ただそれだけが、慌てた様子で書かれていました。

 

 

 

 




次回「じゃぱりとしょかん! にっき!」

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