【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第十話 「としょかんへいこう! いちー!」

「…………」

 

 朝起きて一番、レミアは残弾ゼロのはずの自分のライフルに弾倉がくっ付いているのを目の当たりにし、たっぷり数秒固まっていました。

 

 何が起きているのか飲み込みづらい光景が目の前に広がっていたので、

 

「…………ふぅ」

 

 ため息交じりに一度、相棒をそっと地面に置きます。

 まだ疲れが残っているのかと自分の眉間を手先でぐっと押し込みました。

 

 それから顔を上げて腰に目をやってみたり、足元を触ったり、ポーチの中も漁ってみたりして。

 

「なんなのよこれ……」

 

 一言、疑心にまみれた声でつぶやきました。

 

 増えていたのはライフルの弾だけではありません。

 失ったはずのナイフも一本だけ元の場所に戻っていましたし、リボルバーも、右の一丁だけ六発分のシリンダーが装填されていました。

 

 もちろんレミアには心当たりがありません。弾倉を回収した覚えも、弾を込めた覚えも、まして真っ二つに折れたナイフを修復した覚えもありません。

 

 目を白黒させながら全身のあちこちをまさぐっているレミアに、少し前から起きていたアライさんが気付き、大きな声で得意げに教えてくれました。

 

「フレンズの中には武器を使うフレンズもいるのだ! だからもし無くなっても、ジャパリまんを食べれば戻ってくるのだー!」

 

 なるほどわかりません。

 

 なにせ急に弾が増えたのです。

 使い切って意気消沈していたところに、身に覚えのない供給があったらどんな軍人でも戸惑います。

 レミアも例外ではありません。

 

 何が起きているのか飲み込めないレミアですが、とりあえず装備の点検をしてみることにしました。

 弾やシリンダーの見た目は以前から使っていたものとまったく同じです。

 

 つまり。

 アライさんの言っていることをそのままの意味でとらえると。

 

「撃った弾が……返ってきた……?」

 

 レミアの胸が期待に高鳴ります。

 もしそうだとしたらこれほどうれしいことはありません。もう二度と使えないと思っていた武装がもう一度使えるかもしれないのです。

 

 失ってしまった両腕が返ってくるかのような気持ちです。

 また戦える。みんなを守れる。誰かを救える。

 

 レミアはもう一度、増えている武装を確認しました。

 

 やはり弾は今まで使っていたものと寸分たがわず同じものです。見た目には何も問題ありません。

 

「……でも、そうね」

「どうしたのだ?」

「…………」

 

 これを撃つとなるとレミアは少々不安を覚えました。

 

 暴発しないか、不発しないか。

 命を預けていると言ってもいい相棒たちです。外目には同じ弾でも、中身まで十分とは限りません。

 

 果たして使っても大丈夫なのか。

 嬉しさと懐疑がない交ぜになった顔で、レミアはどうすればいいのか考えあぐねていました。

 

 そんなところへ、

 

「よく聞けレミア。それはな――――」

 

 ふと、助言をしてくれたのはツチノコでした。

 

 とても要領を得やすい彼女の言葉に、レミアは自分の身に起きたことを信じるほかありません。

 

 サンドスターは動物をフレンズ化させるために作用しているもの。

 フレンズ化の時に身に着けていた物や持っていた物は、もれなく〝フレンズの状態を維持するために必要なもの〟としてサンドスターの影響を受ける。

 

 とのことです。

 

「つまり、サンドスターを供給すればあたしの持ち物は増えていく……ってことかしら」

「持ちっぱなしじゃもともとの数以上には増えないけどな。一度手放したものは、サンドスターの供給があれば戻ってくる。オレの下駄もその方法でいくつか増やして使っている」

 

 レミアはキツネにつままれたような顔をしつつ、再びライフルとリボルバーを手に取ります。

 

 だとしたら、試さなければいけません

 

 試射をするつもりです。

 

 当然、弾はそれほど増えたわけではないので気持ちとしては使いたくありませんでしたが、土壇場で不発なんてことがあればそれこそ危険極まります。

 

「…………」

 

 シリンダーが装填されている、すぐにでも撃てる状態のリボルバーに目を落とし、レミアは数秒間悩みました。

 撃ってみるか、大丈夫か。

 

 悩み、悩み、たっぷり悩んだあと意を決して。

 

 銃口を空へと向けました。

 

 すどん。

 すどん、すどん。

 

 リボルバーを三発。

 

 ばがん。

 ばがん。

 

 ライフルを二発。

 

「――――は」

 

 これまで何度となく弾を吐き出してきたレミアの相棒たちは、少しも変わらず彼女の指に応えてくれました。

 

「は、はは…………ふふ! ふふふ!! やっ――――たぁ!」

 

 思わず、満面の笑みがこぼれます。

 手のひらが熱くなるほどの喜びがこみ上げてきます。

 

 これまでと同じく撃てることが分かった時のその表情は、アライさんとフェネックが今まで見てきたどのレミアよりも嬉しそうでした。

 

 〇

 

 朝日が差し込む遺跡の出口。

 柔らかな光が空気を温める中、レミアとアライさん、そしてフェネックは、輪になって座ってジャパリまんを食べていました。ツチノコは遺跡の壁に寄りかかって、立ったまま黙々と食べています。

 

 無事に試射を終えて、これまで通り銃が使えることを知ったレミアは相当な上機嫌でジャパリまんを食べていました。

 声に出して喜ぶことこそしませんが、その表情はだれが見ても喜色を表しているとわかります。

 

「レミアさんとってもうれしそうなのだ」

「あら、そうかしら?」

「だねー。よかったねーレミアさん」

「ふふふ……えぇまぁ、本当によかったわ」

 

 三人とも笑顔でジャパリまんを食べながら談笑しています。

 

 ただ。

 

 そんな様子から少し離れて、じっとこちらを見つめているツチノコを、レミアは少し気にしていました。

 一緒に食べればいいのになぁ、と思いつつチラチラ見ていると、

 

「…………」

「…………」

 

 目が合いました。

 

「な、なんだよッ!」

「一緒に食べない? ツチノコちゃん」

「ぬぁ!? 〝ツチノコ〟だッ! 〝ちゃん〟はいらんッ! あとオレはここでいい!」

「あらそう? じゃあ、ありがとねツチノコ」

「はぁ!?」

「さっきの説明よ。サンドスターが装備の補填をしてくれること。未だに全部はよくわからないけど、とりあえず助かったわ」

「ふんッ! ――――アライグマの説明がヘタクソでまどろっこしかっただけだ!」

 

 ツチノコはそういうと背を向けて、尻尾をぶんぶんと振り回しました。照れているのでしょう。

 

 しばらくそのままそっぽを向いていましたが、手に持っていたジャパリまんの最後のひとかけらを口へ放ると、ツチノコはいたってまじめな顔で振り向いてレミアに訊きました。

 

「お前ら、カバンを追ってるんだよな」

「えぇ、そうよ。図書館へ向かったって聞いたわ。だからあたし達もそこへ向かうつもりよ」

「それでいい。ジャパリ図書館は湖畔と平原を突っ切れば早い」

「あら、親切なのね」

 

 レミアの言葉にほんのちょっと頬を赤らめたツチノコですが、特に何も感じていない風を装って話を続けます。

 でも尻尾は大きくゆらゆらしていました。

 

「あいつらはバスに乗っている。同じ道をたどっても追いつけるかどうかは怪しいぞ」

「バス……つまり、私達より速いのね?」

「向こうは逃げているわけじゃないから、なんだかんだで寄り道していそうな感じはあるがな。たぶん追いつくのは難しい」

「心得ておくわ」

 

 しっかりとうなずくレミアを、ツチノコはじっと見ていました。珍しく目をそらしません。

 

「…………どうしたの?」

「いや」

 

 それだけ言うとツチノコは、ゆっくりとパーカーのポケットからジャパリまんを取り出しました。

 すたすたと歩いて目の前に来ると、片手でレミアに差し出します。

 

「レミア、お前はこれから先、少し多めにサンドスターを摂取したほうがいい」

「弾の補充のためかしら」

「それもあるが、やっぱりお前気付いていないのか?」

「?」

 

 ほんの数秒考えて。

 

「まったく気づいていないわね」

「自分のことだぞ……」

「教えてくれるかしら?」

 

 目頭を押さえながらあきれるツチノコですが、手のひらを上へ向けて〝立て〟とレミアに合図します。

 

「?」

「そのまま立ってろ」

 

 ツチノコは起立したレミアの真正面に来ると、背筋を伸ばしました。レミアのほうが頭一つ分高いです。

 何がしたいのかレミアにはわからず首をかしげていると、

 

「んん…………オレじゃちょっと分かりにくいな。アライグマ、ここに立ってみろ」

「ほいなのだー」

 

 ツチノコがアライさんを手招きで呼びました。レミアのすぐそばに立たせます。

 今をもってなおレミアには何をしようとしているのかわかりませんでしたが、

 

「レミアさん、なにか気付くことないか?」

 

 アライさんがどこか不安げな表情でのぞき込んで来ました。その、いつも見慣れた顔が何だか今日は近くにあります。

 その瞬間レミアはハッとしました。

 

「アライさん背が高くなったかしら?」

「ち、違うのだレミアさん……」

「お前が小さくなったんだコノヤローッ!!」

「へ?」

 

 ツチノコの叫びにレミアが素っ頓狂な声を挙げます。

 どういうわけかアライさんは知っていて、得意げに「うんうん」とうなずいていました。

 

 見ると確かに、アライさんの目線はレミアに近くなっています。それはアライさんの背が高くなったわけではなく、レミアが縮んだからだとツチノコは言うのです。

 

 まさかそんなバカなと、半信半疑でレミアは注意深く周りの景色を見まわして、

 

「……うっそ」

 

 本当に、ちょっとだけ自分の世界が低くなっていることを認識しました。

 

 少し離れたところから二人を見ていたフェネックが、合点の行った様子で声を挙げます。

 

「あー、サンドスターの消費かなぁー?」

「そうだ。無理して戦いすぎるとフレンズの状態が保てなくなる。夜だったから昨日は気づかなかったが、お前そうとう危なかったぞ」

 

 レミアは今頃になって背中がぞっとするのを感じつつ、ツチノコからもらったジャパリまんの包装紙を剥いてパクリとかじりつきました。

 ツチノコが、やれやれといった様子でポケットに手を入れてぼやきます。

 

「生きているだけでサンドスターを消費する。戦えばなおさらだ。セルリアンと遭遇したら、基本的には逃げろ」

「そういうわけにもいかなかったのよねぇ」

「これからはそうすればいい」

「…………そうね。そのとおりだわ」

「サンドスターの供給はジャパリまんでできる。食って寝れば取り込みも早いから、そのあたりに気を付けろ」

「ありがとね、ツチノコ」

「礼ならアライグマに言え」

「アライさんに?」

「お前の背が小さくなっていることに気が付いたのはそいつだ」

 

 親指で背中越しに指さされたアライさんは、腰に手を当てながらえへん、と胸を張りました。

 

「アライさんには全部お見通しなのだ!」

「へー、すごいやアライさーん」

「ふはははは」

「いつ気がついたのかしら?」

「抱き着いたときなのだ!」

「私は気づかなかったなー」

「フハハハハ!! フェネックはまだまだなのだ! アライさんを見習うといいのだ!!」

「そだねー。今度からはアライさんに負けないよーに、もっといっぱいレミアさんにくっ付こうかなー」

「ぬぁ! それはダメなのだフェネック! アライさんも混ぜるのだー!」

「いやそんなくっ付かれても困るわよ……」

 

 ジャパリまんを口にするレミアに、アライさんが抱き着いてきました。

 出会った当初より確かにアライさんの頭を近くに感じつつ、レミアは困った顔をしながらも、空いている手でアライさんを引きはがします。

 背が低くなったとはいえ、アライさんやフェネックとの身長差はまだ頭半分ほどあります。引きはがすのは簡単でした。

 

 レミアは顔を上げてツチノコを見ます。

 

「気付いてくれたのはアライさんだけど、どうすればいいかを教えてくれたのはツチノコだわ。感謝することに変わりはないわよ」

 

 ありがとう、と付け足すレミアに背を向けて、

 

「…………」

 

 何も言わないままツチノコは、大きく尻尾を振りました。 

 

 

 〇

 

 太陽がだいぶ高い位置へ昇ったころ。

 

「お世話になったわね」

「べ、べべべつに世話した覚えはねぇッ!」

「的確な助言は十分な援助よ。世話と言い換えることもできるわ」

「べべ、べつにそんなつもりじゃねぇからなッ! ほらその……」

 

 頬を染めて視線をあちこちへ動かしながら、ツチノコはぶっきらぼうに言いました。

 

「昨日は面白い話が聞けたからだ! 対価だ、対価ッ! だから親切とかそんなんじゃねぇぞッ!」

「面白い話?」

「ぬぅぅぅぅ――――アライグマから聞けッ!」

「えぇ、後で聞かせてもらうわね――――ありがとう、ツチノコ」

 

 レミアは本心から、最後にもう一度感謝の言葉を贈って、歩き始めました。

 

 いよいよ出発、目指すはジャパリ図書館。

 これから向かう方角はその手前、ちょうど「湖畔」と呼ばれている場所です。

 

 なんでもツチノコの話では、ビーバーというフレンズが川の水をせき止めて作った湖だそうです。

 その湖があるせいで図書館までのルートは迂回しなければいけない、という考え方もできますが、レミアにとっては特に意にかける事でもありませんでした。

 

 カバンさんたちもそこを通るからです。接触したフレンズがいれば目標の情報が聞けますし、ジャパリパークの調査そのものの成果にもつながります。願ったりかなったりでした。

 

「それじゃあ、行くわよ二人とも」

「はいよー」

「わかったのだー。あ、あれ……羽は……あ、ここなのだ!」

 

 二人の返事を聞きながら、レミアはライフルを肩に担ぎ、先頭に立って遺跡を出ました。

 その後ろをフェネックが付いて行きます。

 

 最後に、アライさんが後を追いかけて出ようとしたとき。

 

「アライグマ」

 

 ツチノコが呼び止めました。

 目深にかぶったフードが朝日を遮り、意図してかそうでないのかはわかりませんが、表情に影が映ります。

 

 いつものように両手をポケットに入れ、いつものように一本下駄を器用に履いて立っている彼女の、その表情は、どこか申し訳なさそうでした。

 アライさんは振り返りつつ首を傾げ、呼び止めたくせに口を閉ざしたツチノコに向かって「どうしたのだ?」と訊きます。

 

「アライグマ、その……」

 

 視線を落としたまま、暗い表情で、ツチノコはそれだけを呟きました。

 

 それだけでした。後に続く言葉がありません。

 何も言わないツチノコにアライさんはちょっとだけ首を傾げて、すぐにハッとするとツチノコの目をまっすぐ見ました。

 

 言い淀む彼女の言わんとしていることを読み取ったのか、アライさんはいつもとまったく変わらない、自信にあふれた笑顔を浮かべます。そして大きな声で、

 

「心配いらないのだ!」

 

 堂々と胸を張りました。根拠の良くわからない謎の自信が、アライさんの笑顔からにじみ出ます。

 

「昨日言った通りなのだ! 全部丸ごとまるっと、アライさんにお任せなのだッ!」

「いや、お前は――――」

「あぁぁー! こんなことしてる場合じゃないのだ! レミアさんに置いて行かれるのだッ! 待ってなのだぁー!」

 

 ツチノコの発しかけた言葉を遮り、アライさんは大声で叫びながら駆け出したかと思うと、思い出したかのようにくるりと一度だけ振り返って手を振りました。

 

「また会おうなのだ、ツチノコ!」

 

 朝日がキラキラと差し込む遺跡の出口に、アライさんの声が幾層にもなって響きます。

 その背中がどんどんと遠ざかり、最後には曲がって見えなくなるまでじっと立っていたツチノコは、ふぅ、と溜息を吐きました。

 

 両手をポケットに突っこんだまま、

 

「…………変わらんやつだ」

 

 ぶっきらぼうに、でもちょっとだけ寂し気につぶやきます。

 

 すこし。

 ほんの少しだけ、口元に笑みを浮かべながら。

 

 ひとつ大きく尻尾を揺らしたツチノコは、踵を返して遺跡の奥へと戻っていきました。

 

 

 

 〇

 

 

 

 暑くもなく寒くもない、心地よい風が時々吹き抜ける林の道を、三人はのんびり歩いていました。

 

「この旅が終わったらアライさんはここに引っ越すのだ」

「え?」

「今決めたのだ」

「いま!?」

 

 アライさんの言葉にレミアが驚きの声を上げた場所。そこは地図上では〝湖畔〟となっている一帯です。

 

 キラキラと日光を反射する美しい湖と、見晴らしの良い平地、そしてそこを囲うように青々とした林が広がっています。

 太陽の光は強すぎず弱すぎず、また気温の高低差も少ない、アライさんにとっては一も二もなく移住したくなるような素晴らしい場所でした。

 

 バイパスを抜けて一時間ほど歩くと見えてきたそこは、つまるところアライさんの心を射止めるような場所だったということです。

 

「決めたのだ! 引っ越すのだ!」

「アライさーん森林地方の住みかはどうするのさー」

「べっそう? とかいうのにするのだ」

「別荘ねー、なるほどー」

「住みかってそんなすぐに変えられるものなの?」

「ふつうは変えないけどねー。まぁアライさんも私もよく家を空けてるしー、私に至ってはスナネコがもう住み着いてたから家なしだしー」

「つまり、無くても困らないってことね」

「そだねー」

 

 なるほど、とレミアが感心しました。

 

 三人が目指しているのはジャパリ図書館です。

 今通っているこの湖畔は最短ルートであり、調査をするにしても通りすがりに状態を確認する程度でいいかな、とレミアは思っていました。

 

 みずうみ、平地、林。

 それくらいしか見えないため調査も何もありませんから、セルリアンが襲撃してこないかだけに警戒しつつ、特に立ち止まることもなく三人はみずうみのほとりを歩いていました。

 

 しばらくして。

 おおよそ太陽が一番高い位置からほんのちょっと傾いた頃。

 

「ん?」

「なにかあるねー」

「え!? どこなのだ!?」

「ほらあそこー」

 

 フェネックが指さす先、ちょうど湖の端っこに何かがあります。

 アライさんは目を細めてなんとか見ようとしますが、しばらくして悔しそうに首を振りました。

 

「………ぐぬぬ、ちょっと見えないのだ」

「アライさん視力弱いもんねー」

「でも確かになんか匂いがするのだ。木? の匂いなのだ。たぶん」

 

 アライさんの言う通り。

 三人の視線の先には、木材を組んでできた立派なログハウスが建っていました。

 

 〇

 

「おもしろそうだけどー、どうするー? アライさーん」

「ぬぅぅぅぅ……ちょっと考えるのだ」

「はいよー」

 

 アライさんをのぞき込みながら様子を伺っていたフェネックは、いつもどおりの気の抜けた返事をします。

 

 一行が見つけたのは立派に組みあがったログハウスでした。

 川のほとりから入り口のようなものが伸びており、地下を通って浮島に建つ家の中へ入れる仕組みのようです。

 

 アライさんは興味を示しました。

 フェネックも初めて見るものだったので気にはなりましたが、アライさんが急ぎたいというのならば別にわざわざ見に行かなくてもいいかなぁと思い、

 

「アライさんに任せるよー」

 

 と、判断を仰いでいるところです。

 

 見ていくか、スルーするか。

 どうするのか聞かれて、

 

「ぐぬぬぬぬぅぅぅぅ…………」

 

 たっぷり数十秒、腕組みをしつつアライさんは悩んだあと、顔を上げて言葉を続けました。

 

「……帽子のほうが大事なのだ」

「じゃー、見ていかないんだねー?」

「いいのかしら、アライさん?」

「あれがなんなのかは知りたいけど、カバンさんたちはバスに乗っているのだ。図書館にもし間に合わなかったらどこに行くかわからなくなるのだ」

「博士、だったかしら。その子がいるなら、どこに行ったか教えてくれると思うけど?」

「お……おぉ! 確かにそうなのだ! レミアさんの言う通りなのだ!」

「あぁでも、確実に行き先がわかるわけじゃないから、見失う可能性も十分にあるわ」

「そ、そうなのだ……やっぱりあれのことはあきらめるのだ」

 

 肩を落としてそう呟いたアライさんは、ログハウスを一度名残惜しそうに一瞥してから、背を向けて歩き出し――――。

 

 歩き出しましたが、何者かが声をかけてきました。

 

「お客さんでありますか!? ぜひ家を見ていってほしいであります!」

 

 独特なしゃべり方とえらく元気な声で、そのフレンズは三人を呼び止めました。

 

 〇

 

「はじめまして! プレーリー・ドッグであります!」

「レミアよ」

「アライさんなのだー」

「フェネックだよー。よろしくねー」

「皆さんよろしくであります!」

 

 プレーリー・ドッグ――――略してプレーリーは、快活な笑顔をふりまきながら元気な声で名乗りました。

 家を見ていってほしい、と言ったので、たぶんあのログハウスの住人なのでしょう。

 レミアはそう、なんとなく思案していました。

 

 せっかくこうして自己紹介してくれたので、ちょっとくらい中を見ていってもいいんじゃないかなぁ、なんて考えていると、

 

「お近づきのしるしに、ご挨拶をさせていただきたいでありますッ!」

 

 急に。

 美しい湖のほとりで、そう高らかに叫んだプレーリーは、レミアに向かって駆け出しました。

 

「…………?」

 

 あいさつをするのになぜこちらへ走ってきているのかレミアは疑問に思いましたが。

 

 数秒もしないうちにプレーリーは距離を詰め、レミアの目の前に立つと両手を頬にあてました。がっちりと掴みます。

 そして、そのまま唇を突き出してキスをしようとしました。

 

 瞬間。

 

「うぇ?」

 

 変な声を挙げながらプレーリーが空中で一回転しました。

 背中から落ちて地面に叩きつけられる寸前、投げた本人、つまりレミアが足の先でふんわりとキャッチして、そっと地面に降ろしてやります。

 そして流れるような動作でリボルバーを抜き、プレーリーの頭のすぐ横に44口径の鉛玉を叩き込みました。

 

 地面に穴が開いて、すさまじい轟音が湖畔全域に反響します。

 

「――――そういうのは、冗談でもしちゃだめよ? お嬢ちゃん」

「ひっ」

 

 レミアはにっこりと殺意を込めて微笑みました。

 

 〇

 

「プレーリーさん……あのあいさつはオレっち以外にしちゃダメっすよぉ……」

「み、身をもって学んだであります」

 

 ログハウスの中。

 フレンズが五人入っても広々としている木造りの家に、レミアとアライさん、フェネックはお邪魔していました。

 

 盛大にプレーリーをぶん投げた後、それがこの子特有のあいさつだと知ったレミアは「封印しなさい」とひとこと、ただそれだけを言ってプレーリーの背中に付いた土ぼこりを払ってあげました。

 

 命の危険にさらされたかと思うと急に親切にされたので、プレーリーは目を白黒させながらもとりあえず三人を家に上げて。

 

 一通り、お互いの自己紹介が済んだというわけです。

 

「レミアさん、プレーリーさんが迷惑かけったッス……申し訳ないッスねぇ……」

「いいわよ別に。あたしもちょっと驚いただけだし」

 

 レミアは苦笑いを浮かべつつひらひらと手を振り、プレーリーにも微笑みかけました。

 今度は普通の笑顔なので、プレーリーも安心です。水に流す、という表現を知っているかはさておいて、お互いに遺恨はないようです。

 

 プレーリーは明るい笑顔を浮かべながら、アライさんのほうを見て質問しました。

 

「アライグマ殿はどうしてここへ来たのでありますか?」

「帽子泥棒を追っているのだ!」

「「帽子泥棒?」」

 

 ビーバーとプレーリー、二人そろって声を上げたので、アライさんはこれまでの旅のことをかいつまんで話しました。

 ところどころ説明が下手だったので、フェネックがフォローをいれます。

 

 全て聞き終わった後、ビーバーは驚いた様子で、

 

「え、じゃあ、そのアライさんの言う〝帽子泥棒〟ってカバンさんのことなんスか……? フェネックさん」

「たぶんねー」

「でも……、オレっちの見た感じじゃそんなことをする子には見えないッスねぇ……」

「盗られたのは事実なのだ!」

「この家も、カバン殿が出してくれたアイデアで建てられたのであります! 頭のいいフレンズなので、盗んだらアライグマ殿が悲しむことは想像できると思うのでありますが」

 

 そんなやり取りを例のごとく蚊帳の外で聞いていたレミアは、プレーリーの何気ない一言に眉を動かしました。

 

「まって、プレーリーちゃん」

「なんでありましょう?」

「カバンさんが出したアイデアでこの家ができたってどういうこと?」

「えっと、話せばちょっと長くなるのであります……」

 

 プレーリーはアライさんのほうを見ました。

 カバンさんを追っているのなら長話をするのはどうなのかという意味の目線です。

 

 しかしアライさんには伝わっていなかったのか。

 

「聞きたいのだ!」

 

 元気よく聴取を所望しました。

 

「では、お昼ごはんを食べながらお話するであります! 好きなだけ食べるといいのでありますよ!!」

 

 プレーリーの用意したジャパリまんを各々手に持ちつつ、アライさんたちはカバンさんのお話をしばらく聞きました。

 

 〇

 

「――――なので、オレっちとプレーリーさんが上手にこの家を建てられたのは、カバンさんのおかげなんスよ~」

「カバン殿は凄かったであります!」

 

 太陽が西へ傾く中。

 空はややオレンジ色になり、湖畔にきらきらとその光を落としています。

 もう数時間ともせずに夜がやってくる時間帯になりました。

 

 光は、湖のほとりのログハウスにも入り込んでいます。

 二人の話は確かに長いものでしたが、聞くに値する内容でした。

 

 熱心にカバンさんのことを話してくれたビーバーとプレーリーに、レミアはまず「ありがとうね、二人とも」と伝えて。

 

 フェネックが二人と話をしているのをぼんやりと耳に入れつつも、頭の中で整理してみることにしました。

 

 まず、このログハウスはたった半日で建てられています。

 聞いた瞬間には戦慄が走ったレミアでしたが、思えばフレンズというのは存在そのものが不思議の塊なので、いまさら家が半日で建っても驚くことではないかと思い直しました。

 

 次に、この家を実際に建てたのはビーバーとプレーリーです。

 問題のカバンさんは直接手を出したわけではなく、当初いつまで経っても家なんてできそうになかったこの二人の様子を観察し、得意なことを正確に見抜いた上で、長所がうまくかみ合うように分業させたということです。

 

 結果として驚異的な速度でログハウスは完成した、というのが話の大筋でした。

 

「……」

 

 レミアは顎に手を当てて考えました。

 

(賢すぎる……)

 

 各地で聞く〝カバンさん〟の名前。

 その成したことを考えるに、おおよそ普通のフレンズにはできないようなことをしているようにも思えます。

 

 橋を架けたのもカバンさん。家を建てたのもカバンさん。

 カフェの前、草を抜いて絵を描いたのもカバンさんだと、アルパカから聞きました。

 

(やっぱり、ちょっと凄すぎるわね)

 

 いつかの夜、ラッキービーストが教えてくれた〝フレンズは動物がヒト化したもの〟という言葉を思い出します。

 

 ずば抜けて頭がいいと言ってしまえばそれで済むのかもしれませんが、やはりそれだけでは看過できない〝何か〟が引っかかると、レミアは珍しく戦うこと以外に頭を使います。

 

 がんばってがんばって、苦手だけれども考えることを続けた結果。

 レミアは一つの単純な疑問に気がつきました。

 

 〝カバンさんが何の動物か〟

 

 これまで聞いてきたようなことができる動物とは何なのか、レミアは知りたいと思いました。

 

 でもこの疑問の答えはカバンさん自身も知らないことです。

 そこまでは、レミアも気付けました。

 

 カバンさん自身が知っていたら図書館にはいかないはずです。わからないから目的地が図書館なんです。

 

(うーん……頭痛くなってきた)

 

 ここまで考えてレミアは、これ以上深く思案するのは無理だと感じたので、

 

「ねぇ、あなたたち」

 

 とりあえず思いついたことを全員に訊いてみることにしました。

 

「カバンさんって、何の動物かわかってないのよね? だから図書館に行くのよね?」

「そうらしいッス~。オレっちたちも、カバンさんが何の動物か知りたいんッスよぉ」

「きっと賢い動物に違いないであります! なんせこんなにもすごい提案をしてくれたのでありますから!!」

「だねー。カバンさんの話を聞いてるとー、聡明だってことはわかるよねー」

「……………」

 

 各々、笑顔でそういう中にただ一人。

 

「…………」

 

 これまでずっと黙っていたアライさんだけは、目を伏せながら、至極当然のことのようにぽつりと言いました。

 

「カバンさんは〝ヒト〟なのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぬおぉぉあぁぁぁぁぁぁ!!
アライさんッッ!!!


次回「としょかんへいこう! にー!」

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