【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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一週間毎に一話、かな。


第九話 「さばくちほー!」

「じゃあ、ヒグマさんたちはジャングル地方へ行くんですね」

「あぁ。ハンターの手が足りなくて困っているらしい」

 

 砂と乾燥と強い日差しが占めるその場所に、六人のフレンズが集まっていました。

 砂嵐が去った後のその場所は、地平線の果てまではっきりと視界が通っています。熱気が作る陽炎が遠くの方でゆらゆらと漂い、気候は暑く厳しいですが穏やかな景色が広がっています。

 

 ほんのつい先刻まで巨大なセルリアンと戦っていた三人と、そのセルリアンにあわや食べられそうになっていた三人ですが、今ではその場所は何とも和やかなものでした。

 

 首をかしげながらリカオンがカバンに質問します。

 

「カバンさん達は、これからどこへ行くつもりなんですか?」

「図書館です。ボク、まだ何の動物なのかわからなくて……」

 

 おずおずとそう言ったカバンを見て、ちょっとだけリカオンは自分の記憶をたどりましたが、すぐに首をひねりました。

 記憶の中には、カバンと同じような動物は見当たりません。

 

 と、そんなリカオンを見て、

 

「図書館で博士たちに聞こうと思うんだ!」

 

 割って入ったサーバルが元気よく言い放ちました。

 カバンが何の動物か各々で考えていたハンターたちですが、確かにそれは図書館で聞いた方がいいだろうと納得したのか、みんな揃って頷いています。

 

「何の動物か……そうだな、博士に訊いた方が早いだろう」

「ヒグマはカバンちゃんが何の動物か知らない?」

「んんー……すまんがわからん。見たことない。キンシコウは?」

「私もわかりませんね」

 

 首を横に振るキンシコウに、サーバルは「そっかー」と残念そうな顔をします。

 しかしすぐに顔を上げて笑顔になり、明るい声で言いました。

 

「でもありがと、ヒグマ! リカオンとキンシコウも! 三人のおかげで助かったよ!」

「礼ならこちらからも言わせてほしい。カバンがいたから安全に倒せたんだ」

「い、いえ、そんな! ……僕は何にも」

 

 急に褒められたので驚いたのか、カバンは目を丸くしながらふるふると両手をふりました。

 ヒグマはそんなカバンの様子を見て肩をすくめます。

 

 あの時。

 あれだけ大きなセルリアンに襲われていたのに、冷静に、的確にアイデアを出してハンターに伝えたカバンの功績は、それはそれは大きなものです。

 だというのに褒められて驚き、遠慮までするカバンに、ヒグマはどこかほほえましいものを感じていました。

 

「引っ込み思案……とは、ちょっと違うかな。なんにしてもいい奴だ」

 

 誰にも聞こえない声で、ヒグマはそうつぶやきました。

 

 それから、お互いに別れの言葉を交わし。

 ヒグマ、リカオン、キンシコウの三人はジャングル地方へ。

 カバン、サーバル、スナネコの三人はバスに乗って図書館へ向かいました。

 

「…………」

 

 スナネコはバスを珍しがってあちこち眺めていましたが、すぐに飽きたのでハンターたちとの会話を聞き、それも飽きたのでバスの椅子でゴロゴロしていました。

 

 ボスがしゃべって彼女の興味を引いたのは、この後すぐの出来事です。

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

「ジャングルから出るや否や砂漠地帯……凄いところね、ここは」

「ジャパリパークはすごいのだ! サンドスターの力なのだー!」

 

 灼熱の太陽。からりとした空気。

 全天には雲一つなくどこまでも抜けるような青空が広がっており、地面にはこんもりと詰みあがった赤茶色の砂が、延々と地平線の先まで伸びていました。

 

 そんなさらさらとした砂の上を順調に進むのは、フェネックとレミア、そして体をすっぽり影に包める大きな葉っぱを持ったアライさんです。

 

「アライさーん、だいじょーぶ?」

「平気なのだフェネック! レミアさんはすごいのだ! これであんまり暑くないのだ!!」

「気温自体は高いから、水分補給と休憩はこまめにとるわよ」

「わかったのだ―!」

「あと、あんまりはしゃがないこと」

 

 小声で「わ、わかったのだー……」とアライさんが返します。

 

 ジャングル地方を抜けて砂漠地方へと進んだ一行は、アライさんが暑さに弱いことを考慮して日よけの葉っぱを持ってきました。

 簡易的ですが歩く木陰ができたので、アライさんの暑さに弱い体はいくらか救われているようです。

 三人は順調に旅路を伸ばしていました。

 

 ほんの数日前、アルパカが店主をしていたジャパリカフェで、有力な情報を得た一行です。

 間に合えば、という限定が付いていることにレミアは気付いていましたが、とにかく図書館へ行けばアライさんたちの目的は達成するという算段でした。

 

 アライさんの言う〝帽子泥棒〟は、もうきっと〝カバンさん〟であろうとレミアは思っていました。

 そのカバンさんの目的地が図書館ならば、先回りするなり急ぐなりすればいいわけです。

 もし追いつかなかったとしても、図書館を通ることは確実なので、そこに居る〝博士〟というフレンズから行き先を聞けばいいだけです。

 

 何はともあれ方針が明確に決まっているので、あとは移動するのみでした。

 

「そういえば、砂漠って昔フェネックちゃんが住んでたところよね?」

「そーだよー。まぁ随分前だし、砂に穴掘って、出てきた岩陰の隙間を使ってただけだからさー。もうなくなってるかもねー」

「砂に埋もれて、って事かしら」

「そーそー」

 

 住んでいた家がなくなっているかもしれない割には、どこかフェネックは上機嫌です。

 きっとこの砂漠地方そのものがフェネックにとっては故郷であり、こうして馴染みの土地を旅しているからかもしれないとレミアは心の中で思いました。

 

 一人そんなことを考えていたレミアのすぐ隣で、プラプラと大きな木の葉を揺らしながら、アライさんが振り返ります。

 

「フェネック、アライさんちょっといいこと思いついたのだ」

「なーにー?」

「フェネックの住んでいた家、見に行ってみないか? アライさん見てみたいのだ」

「んー……」

 

 歩きながら頬に人差し指を当てて何やら思案したのち、フェネックは応えます。

 

「まぁ図書館に行く道の途中にあるしー、寄ってもいいかなー。レミアさん、だいじょーぶ?」

「ええ、あなたたちについて行くわよ」

 

 頷きながら、レミアは笑顔でそう言いました。

 

 

 〇

 

 

 砂が積みあがって少し山になった場所に、岩がありました。

 岩は中が空洞で案外広くなっており、ちょっとした小さな洞窟と形容するのが正しいような場所です。

 そんな、日中の厳しい暑さを忘れさせてくれるようなこの場所に。

 

「……住んでるねー」

「住んでるのです。あなた達はいったい誰ですか?」

 

 スナネコがいました。

 

 フェネックがねぐらとして使っていた時よりもより広くなるように砂が掘られており、洞窟の中は広々としています。

 自分が住んでいた時よりもずっと快適な場所になったなぁと、フェネックは思いました。

 とりあえず自己紹介です。

 

「私はフェネック。前はここに住んでたんだ―。こっちはアライさんでー、こっちがレミアさん」

「スナネコです。今は僕が住んでいるので、もしあなたに返してほしいと言われたら困るのです。一緒に住みますか?」

 

 フェネックはふるふると首を横に振って、今はいろんなところに旅をしているからここに留まるつもりはないと伝えました。

 

 

 〇

 

 

 外の空気よりひんやりとした、格段に過ごしやすい洞窟に、スナネコのかわいらしさと気だるさがごちゃ混ぜになった声が反響しています。

 

「わあぁぁ、旅ですか。いいですねー。珍しいものがたくさんありそうです」

「そのとおりなのだ! いろんなものが見れるから楽しいのだぁ! それに、フェネックやレミアさんと旅をするのはとってもとっても楽しいのだ!」

「あ、はい」

「こうざんの頂上にはねー、〝カフェ〟っていう珍しいものがあるんだよー」

「えぇぇぇぇっっー。それは見てみたいです」

「美味しい飲み物が飲めるのさー。アライさんが発明した〝アライ茶〟も飲めるよー」

「そうですか」

 

 ジャパリまんを食べながら、アライさん、フェネック、レミア、そしてこの洞窟の主であるスナネコが車座になって談笑しています。

 

 レミアは洞窟に入った瞬間から気になっていたことがありましたが、とりあえず話の流れ的にお昼ごはんをここで食べることになったので、今はフレンズたちの会話を聞くことにしました。

 あまり会話の中には積極的に入ろうとしていません。どうも気になっていることで頭がいっぱいになっているからです。

 

「…………」

 

 とはいえレミアはここ、ジャパリパークの情報がもっと欲しいと思っています。

 なのでジャパリまんを頬張りつつ、出会ったばかりのスナネコというフレンズがどんな子なのかを知ろうとしていました。

 そう言う意味でも、岡目八目、参加するというよりは蚊帳の外でじっくり様子を伺っています。

 

 いくつかの会話をフェネックとアライさん、スナネコ同士で交わしていますが、どうもスナネコは話題をぶつ切りにする癖があるように思えました。

 

(この子、飽きやすいのかしら…………?)

 

 興味を示したかと思えば次の瞬間にはそっけない反応。なかなかいないタイプです。

 面白い子だなぁ、というのが正直なレミアの感想でした。

 

 ふと、ジャパリまんの最後の一切れを口に放り込んだレミアは、自分を見つめている視線に気が付きます。

 スナネコがじっとこちらを見ていました。

 

「…………?」

 

 彼女はぴったりと固まったまま数秒後、

 

「――――わああぁぁぁぁぁ、なんですか? その細長いの?」

「これ? あぁこれは……」

 

 レミアが背中に下げていたライフルに、スナネコはとてつもない興味をひかれたようです。

 座っていた腰を上げて四つん這いになり、そのままにじり寄ってきます。

 

 レミアは詰め寄ってくるスナネコから若干離れつつ、背中のライフルを隠すように手で移動させました。

 

「これはね、私以外さわっちゃダメなのよ。ごめんなさいね」

「えぇぇー…………」

 

 申し訳なさそうに、しかしライフルに触られては困るといった様子で断るレミアと、そう言われて肩を落とすスナネコを見て。

 

 フェネックはほんのちょっとだけ首を傾げました。

 

 

 〇

 

 

 お昼ご飯を食べ終えた一行は、追っているフレンズのことについてスナネコに訊きました。

 すると、

 

「それなら奥の穴から向こうへ行きました」

「穴?」

 

 首をかしげつつも、スナネコの案内で洞窟の奥の方へ進みます。

 

 レミアは終始地面を見ていました。

 おおよそ自然にできるはずのないタイヤの跡が、くっきりと今自分たちが向かっている方向へ伸びています。

 

(六輪タイヤ? 研究所が開発中の高機動車両に似てるわね……)

 

 でもどうしてこんなところにあるのかしら、と首をひねったり。

 そもそも他国が開発している事実がマズいじゃないか、と頭を痛くしたり。

 

 いろいろ考えて悩みましたが最終的には、

 

(もういっか)

 

 面倒くさくなったのでレミアはいろいろ放り投げてスナネコの背中を追いました。

 考えたって仕方のないことと言えばそれまでです。レミアはあっさりと考えることをやめました。

 

「あれです」

 

 穴はちょっと歩くとすぐに見えてきました。

 結構大きめの穴です。

 

「この向こうです。何か珍しいものですが、僕はあの時満足だったので家に残りました」

 

 そう言いながら穴をくぐるスナネコの後を三人ともついて行き、

 

「…………」

「暗くて何も見えないのだー」

「な、なんか音が遠くまで響いてるねー」

 

 真っ暗なところに出てきました。

 

 どうにも左右に長く伸びている、何か通路のようなものだろうとレミアは想像しましたが、いかんせん真っ暗闇です。

 洞窟の入り口から入ってくるわずかな光だけではその全容はまったくわかりません。

 ただ、上方からも光が入ってきていないことから、ここは洞窟やトンネルようなものなのだろうという予測は立ちます。

 

「暗いので通りにくいですが、僕はこのくらいなら結構見えますよ。あっちです」

 

 スナネコが指さした方向を三人とも見ますが、やっぱり暗闇でよく見えません。

 

「ちょっと待ってね」

「何してるのだー?」

「明かりをつけるわ」

 

 レミアはポーチから懐中電灯を取り出して、電源を入れました。

 

 ぱっと見えるようになったその光景に、

 

「うわ、広いのだ!すごいのだ!」

「おー」

「…………」

 

 アライさんとフェネックは感嘆の声を挙げ、レミアは絶句しました。

 想像の何倍も広い、コンクリートで固められた巨大なトンネル――――バイパスが、そこには伸びていました。

 

 

 〇

 

 

「この先へ行ったのね?」

「そうです。今日はまだあまり珍しいものが見れていないので、僕もあなたたちについて行こうと思います」

「え!? アライさんたちについて来てくれるのか!?」

「この先が気になりました」

 

 跳んで喜ぶアライさんを先頭に、フェネックとスナネコ、最後をレミアが進みます。

 懐中電灯で行き先を照らしていますが、光の届く範囲ではどこまでも代り映えのない直線が続いています。

 

(何なのかしらねここは…………まぁ、後々わかるわよね)

 

 けっこう楽観的な思想をもとに、レミアは左手に懐中電灯、右手には何も持たずに歩を進めます。

 

 そのまましばらく歩きました。

 

 だいぶ歩きました。

 

 ふと、壁の側面に何やら箱が引っ付いているのを、レミアの懐中電灯が照らしました。

 最初に見つけたのはレミアでしたが、近づいて行ったのはスナネコです。

 ふらふらとおぼつかない足取りなのに随分と早く歩きます。

 

「なにかしら?」

「気になりますね」

 

 スナネコは近づき、少しに匂いを嗅いで、それからその箱をちょっと手でカリカリした後、プイっとよそを向いて天井や手すりを眺め始めました。もう飽きたようです。

 

 レミアとアライさん、フェネックが代わりに箱の前に立ちます。

 

「なんなのだ、これ?」

「スイッチ……かしら」

 

 どことなくカフェの裏にあった黒い箱とよく似ています。レミアは鍵が掛けられていない事に気付き、取っ手に手をかけて引いてみました。

 

 予想通り、中から現れたのは大きなレバーでした。

 近くには電球のマークがあったので、なるほどこれはトンネル内の電気をつける装置なのでしょう。レバーをもって上に引き上げれば、きっと点灯するはずです。

 

「こ、これ、アライさんがやってみてもいいか!?」

「えぇいいわよ。ここを持って、一気に上へ引き上げるの」

「わかったのだ!」

 

 レバーをしっかりと握り、ちらっと一度フェネックのほうを見て、それからレミアの方も見てからアライさんは手に力を込めました。

 

 がしゃこん。

 

 気持ちの良い音とともに、一斉にトンネル内に明かりが灯ります。

 電球は天井の左右二か所から、等間隔に延々と設置されていました。ただ、そのうちのいくらかが壊れているのか、明かりの点いていないものも見受けられます。

 

 とにかくずいぶんと見晴らしのいい通路になりました。

 

「わぁー! 明るくなったのだ!!」

「おぉーよく見えるねー」

 

 アライさんとフェネックが驚きの声を上げている、その横で。

 

「ぁぁぁ…………目が…………目がぁ……」

 

 スナネコが悶えていました。

 

 

 〇

 

 

「ごめんなさいね」

「はい。もうだいじょうぶです」

 

 しばらく床を転げまわっていたスナネコですが、ピタッと動きが止まるとまるで何事もなかったかのように立ち上がって、レミアの顔を覗き込みました。

 

 ただ、

 

「僕は暗いところから急に明るくされると困ります」

「えぇ、そうなの?」

「困ります」

「……ごめんなさい」

「……………許します」

 

 スナネコはちょっと怒っているようでしたが、そう呟くとすぐに、ぷいっとレミアから顔をそらしました。

 不意に今まで進んでいた方へ向いたかと思うと、

 

「おぉー」

 

 感嘆の声を上げて、吸い寄せられるようにそちらへ歩き始めます。

 熱しやすく冷めやすい、そんな言葉がレミアの頭をよぎりました。

 

 光の灯ったトンネル内は、高い天井と長い通路が続く不思議な場所でした。

 スナネコはもちろん、アライさんもフェネックも見たことのない場所です。

 レミアも、

 

「地図にはない場所ね……これ」

 

 延々と続く道の先を眺めてつぶやきました。

 こんなにも長い通路は、頭に叩き込んだ地図掲示板のどこにも描かれていませんでした。

 

 何のためにこれがあるのか、そもそもこの道はどこへ続いているのか。

 レミアは少しばかり不安になりましたが、追っている対象がここを通ったのであれば、まず進路に間違いはないだろうと考え付きます。

 

 懐中電灯をしまいつつ、ライフルを体の前へ持ってきて、一行の一番後ろをレミアは歩き出しました。

 その時。

 

「ッ!」

 

 フェネックが慌てた様子で振り返ります。

 その表情を見て、そして耳がぴくぴくと動いているのを確認して。

 

 レミアはライフルのセイフティーを外しながら振り返り、すぐさま膝立ちになってライフルスコープを覗きました。

 

 遠く、遠くの、トンネルの先。

 簡素な十字線越しに大量のセルリアンが写ります。

 原色の赤いペンキを溶かしたようなゼリー状の物体が、ぎょろりとした目をこちらに向けて近づいて来ていました。

 

 距離は目視で五百メートル以上。もちろん十分に射程距離内ですが……。

 

「走って!」

 

 レミアが鋭く叫びます

 

 その数は数えきれません。

 さっきまで通ってきた道を覆いつくすかのように、赤いセルリアンが迫ってきます。

 

 レミアもすぐに立ち上がり、ライフルのセーフティーは外したまま、全速力で走り出しました。

 

 

 〇

 

 

「はぁ……はぁ……」

「マズいのだフェネック! これはアライさんたちの危機なのだー!」

「だ、だねー……」

「もう満足です。セルリアンは要りません……」

 

 駆けだすこと数分後、四人の後ろからは地鳴りのような音をとどろかせて、大量の赤いセルリアンが迫っていました。

 

 その移動速度はジャングルで襲ってきたものとは比べ物にならず、

 

「あいつら、速い!」

 

 レミアでさえ、その表情に余裕がありません。

 

 しかし足を止めれば左右は壁。

 逃げられる横道がない以上、走り続けるよりほかの選択肢はありません。

 

 レミアは心中でこの状況を打開する策を練っていました。

 考えて、考えて。考え付いて。

 策と言えるほどのものでもなければ、練る必要もない作戦に気が付きます。

 

 それしかありません。

 

「あなたたちは先に行きなさい!」

 

 踵を返しつつ膝立ちになり、レミアはすぐさまライフルの引き金を引きました。

 轟音がトンネル内に轟き、だいぶ離れたところでセルリアンが砕け散ります。

 

「うわっとー」

「レ、レミアさん!?!?」

「おわー、すごい音ですね」

 

 ライフルの音に驚いた三人が、三人とも足を止めてしまいました。

 

「止まらないの! ここはあたしに任せて逃げなさい!」

「だ、ダメなのだ! さすがのレミアさんでもあの数はダメなのだ! 一緒に逃げるのだぁー!!」

 

 アライさんが叫びます。

 しかしレミアは振り返らないまま、再び撃ちました。重い銃声がトンネル内を暴れまわります。

 

「大丈夫よ、全員の相手なんてしてやる道理はないもの。ちょっと撃ったらすぐに逃げるわ。だから早く行きなさい」

「なるほど、わかったのだ!」

 

 めちゃくちゃ物分かりの良い返事を一つに、アライさんは駆け出しました。

 駆け出しざま、思い出したように振り返って、

 

「レミアさん! 赤いセルリアンはたくさんの水を嫌うのだ! もし困ったら水をぶっかけてやるのだッ!」

「水ね、わかったわ」

 

 どうしてそんなことを知っているのか。そのこと自体に関しては、レミアの疑問にはなりませんでした。

 それより三人を無事逃がしきることで頭がいっぱいです。

 

 同時に、ここには水なんて一滴もないことに思い至ります。

 

「……まぁ、もし見つけたら使ってみるわね、水」

 

 レミアはほんのちょっとだけ振り返って、アライさんが走り出していることを確認して口元が緩みました。

 

 そのままスナネコに視線が移ります。

 彼女も一瞬逃げるかどうか迷ったようですが、すぐにアライさんの後を追いました。

 

 これで二人は逃げ出せます。

 しかしフェネックだけは、

 

「フェネック! 何してるのだー!」

 

 駆けながら叫ぶアライさんと、

 

「行きなさい、フェネックちゃん」

 

 レミアとを交互に見るだけで、その場から動けませんでした。

 

 レミアは視線を戻して何度か発砲し、そのたびに数百メートル離れたところでセルリアンの砕け散る光が輝きます。

 逃げなければいけない。それはフェネックにもわかっています。

 

 ただ、どうしても。

 今ここでレミアさんを置いて行けば、なんだかもう二度と会えないような気がする。

 

 根拠も理論もありませんが、あえて言うならば〝野生の勘〟で、フェネックはレミアから目を離すことができませんでした。

 

 フェネックの、

 

「レミアさん……」

 

 絞り出てしまった声が、レミアの耳に届きます。

 レミアは撃つのをやめて、顔を上げて、ほんの一瞬だけフェネックのほうを見ました。

 そこにはわずかな微笑みと、

 

「…………」

 

 背筋が凍ってしまうような、冷たい瞳がありました。

 

 それは、その目は、あのサバンナの夜にフェネックが見た瞳とまったく同じで。

 つまりは狩ることのみに己のすべてを掛けた、獰猛な捕食者の目でした。

 

「行きなさい、フェネックちゃん。後から追うわ」

「…………はい、よー」

 

 フェネックは自分の声が震えているのを必死に隠しながら、頷き、踵を返し、全速力でアライさんのほうへ駆けだします。

 その口元に笑みが浮かべて。

 

「ふ……ふふ……ははは、あぁーそっかー」

 

 声が震えていたのは、怖いからではなく嬉しかったからだと気が付きました。

 レミアさんがあの目をしているなら、きっと大丈夫だと確信して。

 きっとまた会えると確信して。

 

 フェネックはアライさんの後を追いかけました。

 

 

 

 

 

 そしてレミアは。

 

「さぁて――――全滅させるわよ」

 

 南極ですら(ぬる)く感じる凍てついた相貌をたたえ、先刻アライさんに言ったこととは真逆のことを企みました。

 

 

 

 〇

 

 

 

「…………」

 

 どこまでも続くコンクリートのトンネルを、一人の女性が歩いていました。

 妙齢で背が高く、肩より少し長い茶髪を揺らしながら。

 

 上半身は黒のタンクトップ。下は迷彩柄のカーゴパンツをはいて。

 

 ひどく疲れた様子のレミアは、とぼとぼと、静かなトンネルを歩いていました。

 

「…………」

 

 背中に背負っているライフルには、弾倉が入っていませんでした。

 左右の腰に吊っているリボルバーにも、シリンダーがありません。旧式のリボルバーなのでシリンダーごと交換して弾を込めるはずですが、二丁とも、本来あるべき場所はぽっかりと部品が取れていました。

 

 弾切れです。どの銃も、一発も、もう残っていません。

 

 全弾を撃ち尽くしてそれと引き換えにレミアは、赤セルリアンを全滅させることに成功しました。

 弾はセルリアンを五体残して尽きてしまい、その五体はナイフ二本と引き換えに屠りました。

 

 レミアの右手には一本、最後の一本であるきれいなナイフが握られています。

 

「…………危なかった」

 

 かすれた、しわがれた声で、ただそれだけを口にします。

 

 全滅させるしかありませんでした。

 このトンネルは一本道。どこへ続いているのかはいまだに分かりませんが〝やり過ごす〟という選択肢は、レミアにはありませんでした。

 一体でも逃せばその先には三人がいます。どれだけ逃げたとしてもセルリアンのほうが移動速度が速かったので、いつかは追いつかれたでしょう。

 

 そうでなくてもフェネックがいます。彼女は長い距離が走れません。スナネコがどうかはわかりませんでしたが、レミアは、セルリアンを逃した先で誰かが襲われることを確信していました。

 だからこそ、すべての弾を使ってでもここで止める必要がありました。

 

「こんなことなら……いえ、結果を嘆いても仕方がないわね」

 

 〝フェネックの住んでいた家を見に行こう〟

 その行動を悔やんだところで、いくらも状況は良くなりません。

 これほど考えるだけ無駄なことはないでしょう。

 

「…………」

 

 レミアは体の疲労を抜きつつ、随分軽くなった相棒たちを揺らしながら。

 

 とぼとぼと、トンネルを歩き続けました。

 

 

 〇

 

 

 随分歩きました。

 時間にしてどれほどか、陽の光がないのでその感覚は狂ってしまいそうですが、兵士として鍛えた勘では四、五時間歩き続けました。

 

「……出口だわ」

 

 風がレミアの肌をわずかになめたのを合図に、顔を上げるとトンネルの切れ目が視界に入ります。

 

 これまでずっと下を向いて歩いていたので、いつの間にか出口付近まで来ていたことに驚きました。

 それほどに、全弾を喪失した事実がレミアの肩を落としこんでいます。

 

 しかしアライさんたちを守るという意思は弱まりません。

 まだ右手にはナイフがあります。この一本、たった一本ですが、これでも武器は作れます。

 いざとなればこのナイフそのものも武器になります。レミアには〝あきらめて逃げ出す〟という選択肢がありません。

 

「ん?」

 

 ふと、トンネルの出口とは違うほうへ、レミアの視線が吸い寄せられました。

 そこは何なのか、何の出口なのかわかりませんがとにかくそれっぽい雰囲気が漂っていました。

 

 そして。

 

「――――あぁぁぁぁ! レミアさん! レミアさんなのだぁッ!」

 

 アライさんの姿がそこに在ったので、レミアは迷わずその方向へ歩いて行きました。

 

 

 〇

 

 

「まった面倒な奴が一人増えたぞぉ…………」

 

 誰かの悶えるような声がレミアの耳に届きましたが、レミアはそんなことはどうでもよくなる光景に息を飲みました。

 

 そこは、信じがたいほどに綺麗な場所でした。

 頭上を見上げると星空が瞬き、月の凛とした光が何本もの帯となって天上から降り注いでいます。光は地面をその部分だけくっきりと照らし、そして周囲をほんのりと明るく灯していました。

 

 壁面には月明かりに反射して、精巧に掘られた石板が〝この絵を見てくれ〟とばかりに浮かび上がっています。

 

 遺跡、という言葉がレミアの頭に思い浮かびましたが、これほどまでに幻想的で美しいものを見たことがあったろうかと、レミアは自問しました。

 

 ない、とすぐさま自答します。

 それほどにこの、夜月の明かりに照らされた場所はレミアの心労を吹き飛ばしました。

 

「よかったー。レミアさーん」

 

 聞き馴染みのある声に振り返ると、フェネックが立っていました。

 アライさんは先ほどからレミアに引っ付いていますが、どうやらフェネックの顔を見るに彼女もレミアに引っ付きたそうな表情をしています。

 腕を広げて「いいわよ」と一声かけると、フェネックはちょっとだけ逡巡しましたが、すぐにレミアの腕の中に飛び込んできました。

 

 やさしく、二人の頭をなでてあげます。

 

「心配かけたわね」

「……心配だったよー」

「食べられたかと思ったのだ! すぐ追いかけてくれるって言ったのだ!」

 

 フェネックはいつも通りのマイペースな声ですが、どうもアライさんは涙声になっているようです。

 顔をうずめているのでレミアからはよく見えませんでしたが、きっと泣いているのだろうと思いました。

 

 だから深刻にならないように、でも嘘は言わないように、レミアは明るい声で言いました。

 

「まぁ、全部相手にしなきゃいけなかったのよ。ちゃんと全滅させたから、今晩はゆっくり眠れるわね」

「「え?」」

 

 レミアの言葉に二人が顔を上げます。アライさんはやっぱり泣いていました。

 ただ、二人とも信じられない言葉を聞いたからか、目を真ん丸に見開いています。

 

「な、なにがあったのだレミアさん?」

「教えてー」

「えぇ……そうね。ちゃんと話すわ」

 

 その後、レミアは自分の身に何が起きてどうなったのかを説明しました。

 

 大量の赤セルリアンを一匹残らず倒したこと。

 敵全滅と引き換えに銃が使えなくなったこと。

 

 もう、これからは今まで通りの戦い方はできないことも。

 

 全てを話し終えたのち、

 

「まぁでも大丈夫よ。真正面からぶつからなければいいだけだもの」

 

 とレミアは作り笑顔を浮かべてそう言いましたが、アライさんとフェネックは暗い顔です。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 通夜のような。

 せっかくの美しい夜の遺跡が一瞬にして葬式会場になるかのような。

 そんな重たい空気があたりに立ち込めていましたが、これに耐えられないフレンズがとうとう影から飛び出しました。

 

「おぉぉぉまえらぁぁぁッッ! いつまでオレを無視するんだぁぁぁッッ!!!」

 

 茶色いフードに茶色いしっぽ。

 浅葱色の髪の毛に、澄んだ夜色のきれいな瞳。

 

 アライさんとフェネックは知っていましたが、レミアは気配だけ感じてあえて何も触れませんでした。

 その、ずっと物陰に隠れていたフレンズの名は。

 

「誰かしら?」

「見ればわかるだろッッ!! ツチノコだよッ!!」

 

 

 〇

 

 

「え、スナネコちゃん帰っちゃったの?」

「あぁ。満足したから上から帰るって言って、随分前に出ていったぞ」

「なんて自由人……で、あなたは?」

「遺跡の調査をしてたんだよッッ! …………ったく、セルリアンと戦ってるって聞いたから待っていてやったが、まさかほんとに帰ってくるとは」

 

 ツチノコは怒っているのか感心しているのかよくわからないテンションで、パーカーのポケットに手を突っ込みながら壁の方へ歩いて行きました。

 

 彼女の話を聞いたレミアはひとまず安堵の息を吐きました。

 先ほどからスナネコの姿が見えなかったので心懸かりだったのですが、どうやらちゃんと帰ったようです。

 外ならばトンネルのように一本道でもないので、きっと襲われても逃げ切れます。大丈夫でしょう。

 

「アライさんとフェネックちゃんを守ってくれたのも、あなたなの?」

「別に守ってはいない。オレはちょっと前からここに居て、こいつらは勝手に来ただけだ。セルリアンも来ていない」

 

 ツチノコは壁の影からジャパリまんの袋をいくつか掴むと、そのすべてをレミアに放り投げました。

 

「さっきの話は聞いた。とりあえずジャパリまんを食え。それ全部食べていいぞ」

「え、えぇ……ありがとう。いただくわ」

 

 忘れていましたが昼食をとってからだいぶ時間が経っています。レミアは自分の腹が空っぽであることを思い出し、すぐにもそもそとジャパリまんを食べ始めました。

 そんなレミアの様子を見て、すっかり元気になったアライさんが声を挙げます。

 

「アライさんにはないのかー?」

「お前は! さっき! 食っただろ!!」

「アライさーん、食べ過ぎるとお肉がー」

「わ、わかってるのだ! 我慢するのだ!」

「アライさん、食べる?」

 

 いくつかあるジャパリまんですがそのすべてを平らげることはできないなとレミアは思い、一つアライさんに差し出しました。

 しかし。

 その差し出した手をやんわりと、ツチノコが押さえます。

 

「だめだ。レミア、それはお前がちゃんと全部食べろ」

 

 訝しげな表情をするレミアですが、とりあえずうなずいて手を戻します。

 そんなやり取りを見たアライさんが、何かに気が付いたのかハッとして、

 

「ツチノコ、もしかしてレミアさんの銃って――――」

「そうだ。だからジャパリまんを食べればいい」

「お…………おぉ!! そっか! あれと一緒なのだ! レミアさん、大丈夫なのだ! たっくさんジャパリまんを食べるのだぁー!!」

「えぇ、どうして?」

「と! に! か! く! 食えッ!」

 

 腹は減っていますが今の流れでなぜたくさん食べると良いのか、レミアはわけがわかりませんでした。

 が、とりあえずツチノコの言う通り満足のいくまで食べようと、三つ目のジャパリまんにかじりつきます。

 

 しばらく食べて。食べて、食べ続けて。

 月の光に照らされるジャパリマンの包装紙が六つになったところで。

 

「もう食べられないわね」

「それくらいでいいだろう。あとは、一晩寝るんだ」

 

 レミアは食べるのをやめました。

 

 すぐ向かいで、ツチノコが満足げにうなずきながらその場にごろんと横になり、

 

「お前夜行性か?」

「いいえ、夜は寝たいわね」

「そうか。ここ、一晩だけ使っていいぞ。明日の朝図書館へ行け。追ってるやつらも図書館に向かってる」

 

 それだけ言うと、ツチノコは静かに寝息を立て始めました。

 

 レミアはあっけにとられつつもとりあえず腹は満たされましたし、ここはどうやらセルリアンが攻めてこないようなので、

 言葉に甘えてもう寝てしまおうと決めました。

 

 体が泥を詰めたように疲れています。

 

「レミアさん」

「どうしたの? フェネックちゃん」

「……隣で寝ていいー?」

「もちろん、いいわよ」

「あ! アライさんも隣で寝るのだー」

「えぇ、おいで」

「……今日は疲れたねー」

「いっぱい冒険したのだ……疲れたのだ……」

「そうね。……もう、寝ましょう」

「はいよー……」

「わかった……のだ……」

 

 重いまぶたの向こう側で。

 レミアは二人の少女が寝転がるのを確認しつつ、鞘に収まった最後のナイフを大切そうに握り。

 弾倉の入っていない軽いライフルを引き寄せて。

 

 吸い寄せられる睡魔にされるがまま、深い深い眠りに落ちました。

 

 

 〇

 

 

 翌朝。

 

「……………え」

 

 起き上がってライフルを持ち上げたレミアは、弾がたっぷりと入った相棒を見て固まりました。

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 そこは、薄暗い小部屋でした。

 お世辞にも綺麗とは言い難い、ぶっちゃけ散らかり放題の汚い部屋です。

 

 薄暗い理由は光源がわずかしかなく、それは机の上の四つのモニターが唯一の明かりだったからでした。

 窓はありますが分厚いカーテンで閉め切られ、これまた分厚い埃をかぶっています。もう何年もこのカーテンに人が触れていない証拠でした。

 

 部屋の広さは、ダブルベッドがギリギリ二つ入るほど。

 もちろん二つ入れれば足の踏み場はなく、正真正銘の寝室になってしまうでしょう。

 

 ただ、この部屋にはダブルどころかシングルベッドもなく、あるのは簡素な机と革張りの椅子だけ。

 そして四つのモニターと、何に使うのかわからないデタラメな機械類が、机の上や床のあちこちに散乱しています。

 

 ベッドは無くても足の踏み場がない、なかなかにひどい部屋でした。

 

「んんー……」

 

 そんな、機械と電子の光に包まれた不健康な空間に、一人の青年が鎮座しています。

 革張りの椅子に深く腰掛け、眠そうな顔でキーボードを叩き。

 動きやすい寝巻に細身の体を包んだ彼は。

 

 プログラムさせた音声に全てのオペレーションを任せている一人の青年です。

 

 ある軍隊の西部方面軍総司令部所属にして生粋の引きこもり。

 オペレーションのすべてをプログラミングした自動音声に任せ、自分はゲームで遊んでいるぶっちぎりの問題児です。

 

「お、抜けた抜けた。あとは痕跡を消してっと……」

 

 カタカタとリズミカルにタイピングするその指は細く、不健康なまでに色白です。

 長い茶髪は伸び放題。前髪がうっとうしいのかピンでとめており、後ろ髪はゴムでくくっています。

 

 体格のせいもあってか一見すると病弱な少女に見えますが、彼は正真正銘の男。

 訂正、引きこもりの不健康極まりない残念な男です。

 

「さて、中央の情報ツール……は、だめか。レミアさんのファイルはかなり分割されてるな」

 

 長いまつげを眠そうに瞬きながら、モニターに映る文字の羅列を一瞬で読み込み、セキュリティーの輪をかいくぐって情報をかき集めていきます。

 

 彼は不健康なキングオブ引きこもりですが。

 前線の兵士たちからはその的確な指示と、マニュアルに捕らわれない明るいしゃべり方で絶大な人気を得ているオペレーターでした。

 

 名を〝ベラータ(助言者)〟と呼ばれており、彼も気に入っているのでそう名乗っています。

 

 ただ、その人気を得ている声はすべてプログラムした女性の声であり、ベラータ自身は一言もしゃべってないという悲しい事実は兵士たちの知るところではありません。

 

「……ふーむ」

 

 ベラータがこれまでに自分の声でオペレーションをしたのは二回だけです。

 一番最初に付いた任務と。

 

 二十三時間前にかかってきた、東部方面軍所属の〝レミア・アンダーソン〟と名乗る女性兵士に対してだけです。

 

「やっぱり、どこを見てもそうだ」

 

 ベラータは独り言が大好きです。

 誰も彼の言葉を聞きませんし、返事をする者もいません。

 

 だからこそ彼は独りでしゃべります。

 

 ヘッドフォンから聞こえてくる、録音したレミアからの通信音声を幾度となくリピートして。

 

「やっぱりアンダーソン〝少尉〟じゃない。どこのデータを覗いても、彼女はアンダーソン〝中尉〟だ」

 

 ベラータは傍らに置いてあるスナック菓子を一つ摘み、口の中へ放り込みました。

 

 ポリポリと砕けていくそれを、さしておいしそうな顔もせずに飲み込み。

 また一つ口に放っては、ポリポリと同じように噛み砕きました。

 

 飲み込み、キーボードを叩き、心底困った顔でつぶやきます。

 

「レミアさん……あなた、いったい何者なんですか……?」

 

 その言葉に応える者は、やはり誰もいないようです。

 

 

 

 

 

 




ベラータ君初登場。
今後もちょいちょい出てきます。ちょいちょいです。男なので。


次回「としょかんへいこう! いちー!」

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