さして語る必要もない話。唯の、お役目終了の話。

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同級生

 これまでに語られた幾つかの物語。

 ――反魂法によって生き返らせようとした少女とそれによって転生が不可となった少女の物語。そして、そんな少女達の周囲で巻き起こったちょっとした入れ替わりの物語。

 ――幽霊の少年と、それに憑かれた少女とその兄の物語。

 ――狂気的で悪魔的な天才による悪行と、それに巻き込まれていたトランスジェンダーの少年の物語。

 

 そして、それら全ての物語には一つ、謎の少年の影があった。自称『同級生』。しかし、『同級生』に関わった人々が後に彼を探してみても、彼は見つからなかった。こつ然と消えたように、或いは初めからいなかったかのように。だが、とうとう、彼について語る時が来たらしい。いや、別に今でなくてもいいのだろう。いつか、或いは永遠に語らなくてもいい、そういう話だ。彼については、語る必要のない存在だ。何せ、存在していないのだから。

 そう、彼は存在していない。彼は、正しく存在としての実体はない。実体もなければ実態もない。そういう存在だ。

「んー、で、萩兄。どう思う?」

「紅葉は、どう思う?」

 お互いに見合わせて、頷く。

「うん、やっぱり同じか」

 同じ結論に辿り着くのは、仕方がない。兄妹であり、同じようにある種の知識を持っている者ならば、辿り着く当然の結論だからだ。

 その結論は簡単に言えば、現状維持が正しい、というものだ。

「彼は、『同級生』は、基本的には人畜無害」

「――むしろ、彼は物事を十分に正しい未来にへと導こうとしている。恐らくは、『同級生』として。そして、友人として」

 以上が、『同級生』という存在に対しての考察だ。彼は、あくまで良き友人であり、退治だとか、消滅だとか、抹消だとか、そういうことをするべき存在ではないのだろう。

 だから、考える。

 また、再び考える。彼をどうするべきなのか。

「んー、どれだけ考えても、どう考えても、答えは出ないよなぁ」

「だよね。まぁ、こういう時は一つだね」

「ああ。――本人に聞けばいい」

「という訳で、どうぞ、『同級生』さん」

 そんな風に、気楽であっさりと

「んー、まさかこの形で呼ばれるは思わなかったな。というより、僕のことを認識して、呼び出すことができるなんて、思ってなかったな」

「あははー、まぁ、その当たりは基本的には知識だよね。君みたいな存在がいることは知っているから、後は私の友達が君のお世話になったからね。そういう縁は、君みたいな概念にも通じるんだ」

「まぁ、こんなのは一種の降霊術にも似てるしな。概念と存在を呼び込むって形じゃあ、反魂法にも似てるか。比較的安全な術、言わばこっくりさんと一緒だ。手順と方法さえ間違えなければできる、定型的降霊術。まぁ、お前に通じるかどうかは多少半信半疑だったが、まぁ、紅葉が言うなら大丈夫かって思ってやれば、できたって感じだな」

「凄いなぁ。その信頼関係は、今まで色んな場所で色んな人を見てきた中で、一番強い信頼関係かもしれないね」

「まさか。俺らの信頼関係なんか、そこらの兄妹と一緒だよ」

「謙遜はいけないよ。今この世界じゃ、家族なんてもの、血の繋がりなんてものは、信頼関係でどうにかなるようなものじゃなくなってしまっている。もう、表でどれだけのことを言おうとも本当に信頼しているのは自分自身だけなんて人間は少なくないんだよ。どころか、自分すら信頼姉弟ない人間も多分にいる。そんな中じゃ、君達の信頼関係は貴重で重要で大切なものだと、僕は思うよ」

「へぇ。――で、それは一体どちらの本音なのかな?」

 二人は話を聞いていない。聞き流している。深く理解をしようとすると、それだけで彼の掌で踊らされてしまうから。彼の言葉は、酷く説得力がある。酷く、醜く、おぞましいくらいに。

「ッ。あはは、そこまで分かってるんだ」

 降参したように、両手を上げる。言葉に説得力があろうとも聞き流してしまえば、意識さえしなければそれで彼の影響は受けない。それを知って、しかし難しい行動を、二人は平然とやってのけていた。

 何せ、彼の言葉は――。

「同級生。要するに、怪談で語られる「友達の友達」みたいな存在のことだよね。本当は自分が経験しているのに、それじゃあ説得力がないからと付け加えられた存在しない存在。――それはつまるところ、自分自身」

「だから、お前の言葉にはありえないくらいの説得力がある。そりゃそうだろうよ、何せ、自分自身なんだからな。自分自身を最も理解、いや唯一理解できる存在からのお言葉。そりゃ聞けば説得力を感じるぜ。納得も説得もされてしまう訳だ」

 自分自身の言葉。つまるところ、心の内に秘めている本心であり、本音であり、隠そうとしている事実。

「例えば、俺の友達、「反魂法によって友達を生き返らせようとした少女」に、お前は反魂法についての真実を伝えた。だけど、それはお前の知識じゃない、そいつの知識だ。そいつが、「反魂法」について調べた時に視界に入って記憶し、しかし忘れてしまったその情報を、お前が持っていただけ。記憶ってのは、消えるんじゃなく、思い出せなくなるんだ。引き出しが壊れて動かなくなりゃ、そりゃ取り出せないもんな。そうして動かなくなった引き出しを、お前は持っている。持って、勝手に修理をして、それがある程度溜まってしまえば、お前はそいつの前に現れる。解決していないのに、解決したと思いこんでしまっているそいつに、思い出させ、理解させる為に、――お前の実態は、人間の集合意識が持つある種の正義、「正しさ」の権化。それが、最も歪みやすい時期である学生時代に最も理解されやすい存在として落とし込まれた存在。つまるところ、記憶の片隅に残っていそうで残っていない、友達でもないが同じ学校同じ学年にいた「同級生」って訳だ」

「……完解。大正解。言うことなし、満点花丸だよ。そ、僕は存在していない。だからこそ、僕は誰の前にも現れる。そりゃそうでしょ、誰もが僕を生み出せる。それでも出会えないのは、世界っていう理不尽にまだ気付いていないか、幸いにもその化け物に狙われていないから。――要は幸せだから。だけど、少し僕は目立ち過ぎたみたいだ。少しの間に、あまりにも出現し続け過ぎた。だから君達にも捕らえられた」

「あはは、まぁ、私達は目敏いしねぇ。仕方ないよ」

「うん。だから僕は、しばらくお休みさせてもらおうかな。僕の代わりは幾らでもいるからね。だから、君たちとはお別れだ。さよなら」

「お疲れ様」

「お疲れ様」

 そうして、『同級生』は消えた。

 この物語は、一つの存在が――いや非存在が役目を終えた話。

 とはいえ、終わりには始まりがある。

 

 「んんー、まぁ、先輩の後は私が引き継ぎますっよ、っと。『後輩』として、ね」

 特に目立った容姿でもない少女。どこにいても不思議ではない少女が、まるでたった今生まれたかのような赤子の時の姿で、小さく笑った。




要するに、前々から時々現れては変に存在感を残して消えるこの子について、語ろうと思っただけです。

過去の投稿作品の中にたまに同級生が出てきますので、暇でしたら探してみてください。


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