Fate/Giant killing   作:ニーガタの英霊

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聖杯戦争1日目/英霊召喚

 襲い掛かる悪魔の腕。あれに絡み取られればそれが最期。

 死にはしないだろうが、あの男に捕まるのだ。到底元の人間には戻れないだろう。

 

 ちらりと、八十八は自らの周囲に散乱する死体を見る。どれも痩せこけ、襤褸を身に纏い、総じて小汚い印象を受ける。

 濁った瞳はまるで正気を失い、表情は何処か弛緩している。自分もああなるのだとすれば、八十八にとってそれは受け入れられるモノではない。

 

『健全なる精神は、健全なる肉体に宿る』

 

 かつて海軍の下士官だった曾祖父はそう言って八十八を励ましてくれた。自身に名付けられた八十八という名も元は自身が生まれた時の曾祖父の年齢とかつての曾祖父の尊敬する上官をもじって名付けられたという。

 

 家族には、大分迷惑をかけた。病院のチャイルドベッドを指で捻じ曲げてしまったことが、八十八がこのように不便でしかない山奥での生活を送ることになった最初の原因。弱いはずの赤子の中で、自分だけが歪で、あまりに強すぎた。

 だから、普通に生きる努力をしてきた。迷惑をかけるな、規則には従え、その中で正しいと思った行いをしなさいと。―――だがそのために、暴力を使ってはならない。

 

『わしらの使う武術は何処まで行っても暴力でしかない。何処まで行っても人殺しの技以外の何物でしかない。だからこそ、愛を忘れてはならぬ』

 

 そう、曾祖父は言った。その言葉の意味は、今でも解らない。曾祖父は何時かわかる時がくるといって、八十八が中学二年の、特別寒かった吹雪の日に亡くなった。

 曾祖父は卓越した武術の使い手でありながら、それを忌避していた。だからだろう、実の息子であった祖父にも武術は基礎の基礎しか習っていない。

 

 家族の元に帰ってもよかった。それでも八十八は今もまだこの八頭龍山の曾祖父と共に暮らしていた山奥の小さな小屋で今も暮らしている。

 曾祖父の答えを見つける限り、俺はきっと山を下りるわけにはいかないのだと、完全な個人の我が儘だとしても八十八はそれを胸に今も山にいる。

 

 ―――嗚呼、そうだ。俺はまだ諦めるわけにはいかない。

 まだ、答えを見つけていない。ここで何も得ることなく終わることなど、そんなことは俺自身が許せない。

 だからこそ、八十八は手を伸ばす。考えなんてどこにもない、それでも動かなければここで終わることだけは避けたい。

 それが、阿武木八十八という男の生き方なのだから。頭のネジが吹っ飛んだ男の生き方だ。

 

 勝率? 作戦? 安定? そんなことを気にしてどうする。問題は自分が何をしたいか、そして何をやるかだ。いちいち物事を考える何てこと、俺よりよっぽと頭の良い奴に任せればいい。

 

 俺は、ただの剣でいい。

 一本の矢でいい。

 戦場を駆ける槍衾のほんの一つでも構わない。

 世界に埋没するそんなちっぽけな存在でも、俺を貫き通せばそれでいいじゃないか。死ぬ時でも、負けるときであっても、笑ってられたら俺の勝ちだ。

 

 だから、俺はこのままでは終われない。毒がなんだ、呪いがなんだ、魔術がなんだ。そんな取って付けたような理由なんざどうでもいい。そんなもの、俺には関係ない。

 立ち上がる為の足があるんだ。支えることが出来る手があるんだ。笑うための口があるんだ。だったら条件は十分。せめてあの高笑いするハサンという男程度、ぶん殴ってやろう。

 

 そう思い、不敵に笑みを浮かべた瞬間、八十八の胸に熱い鉄を押し付けられたかのような痛みと熱さが灯った。

 

「まさか―――、サーヴァントかッ!!?」

 

 突如として巻き起こる魔力の渦。髑髏の面を被った男―――ハサン・サッバーハは驚愕とも歓喜ともつかない複雑な感情が自身に荒れ狂うのを感じた。

 

 嗚呼、なんてことだ。予想外だ、素晴らしい! そんな背反する感情を持ちながらも流石は人類史に名を刻んだ英雄の一人。高ぶる感情とは別に、頭脳は冷静に物事を観察する。

 このハサン・サッバーハは歴代ハサンの中でも変わり種の一人。暗殺部隊の実行部隊の長となっても、彼の特徴は暗殺者ではなく魔術師。言い換えればその本質は学者に近い人物だ。教団の運営は可もなく不可もなくといったところで、彼の場合、ハサン・サッバーハという名の襲名は自由に研究を進めるための環境を配備できることと、とある男への憧憬が理由である。そこに、暗殺教団の主軸である信仰はなかった。だからこそ、彼は排斥されたともいえる。

 

「(嗚呼、何故だろう。どうして重ねてしまうのか―――あの男に!)」

 

 絶体絶命の危機、それでも折れない闘志に導かれるように何千分の一かという確率をぶち破って、即席での英霊召喚という奇跡を彼は見事にやり遂げた。

 こんなもの見て感動するなというのが無理だ。射精したいほどの解放感と達成感がハサンの胸に去来する。

 

 嗚呼、だからこそ手加減なんてできない。こんなもの見てしまったら、本気を出さざるを得ないじゃないか。素体のことなんて関係ない。殺さなければ、全力で当たらなければむしろそっちの方が失礼といえるだろう。

 

 彼が呼び出した英雄とは何だろうか、やはり彼らしく武人らしい男だろうか、それとも求道僧のような自らの道に対して一途な人物か、或いは篤い大義を心に秘めた王か。どれが来ても美味しいなぁ。

 

 そんな風にハサンが想い、渦が解放されたとき、そこにいたのは一人の青年。

 古代ローマ人が身に纏ったトガを纏い、短髪かつ痩身。されど肉付きが悪いという訳でなく、整った顔立ちは高貴さすら漂わす。まさしく麗人といったところだろう。

 そんな麗人が降りかかる悪魔の腕に対して言い放った言葉はただ一つ。

 

「ファッ!? なんやこれ!? どぅえぇ!!? アカンアカン、死ぬ死ぬぅ―――!!!!」

 

 どうしようもなく腰が引けて、震えながらなんとか避けた、そんなどこにでもいそうな男の反応だった。

 

「ちょ、おま! やめろや! オッサン、ただの病弱ボーイやで!! ちょ、攻撃止めよう! 話し合おう、てか逃げへんとアカンやん!! なんやこれ! これオッサンのマスターかいな!? ほれ兄ちゃん、はよ逃げるでおま!!」

 

 八十八が召喚したサーヴァントは有体に言えば混乱の極地にいた。それもそのはずである。いきなり召喚されたかと思えば、いきなり目の前にはシャイターンによくわからない髑髏仮面。しかも自身のマスターはボロボロで、しかも自分は戦闘を得意とはしていないという欠点がある。

 これたぶん死ぬかなーと思いながらなんとか口を回しつつ、劣ったステータスの中、マスター一人背負いながら涙流して逃亡するしかできることはないのである。

 

「ほげぇ・・・・・・、どうすんねん。どうすんねんってこれー! ほれ兄ちゃん! マスターの兄ちゃん起きなはれやー! オッサンたちこのままじゃ死ぬで、ほんまに!!」

 

「だ、誰だあんた・・・・・・」

 

「自己紹介するなら自分から・・・・・・って、こんなこと言うてる場合ちゃうわな! ええと、あー!! こんな時あいつがいてくれたら―――」

 

 そんな風に口走る男を見ながら八十八はあることに気が付く。自分の瞳に映るものがある。それはまるで八十八からして見慣れないものであり、同時に混乱に拍車をかけるものでもあった。

 

 

 

 

 

【CLASS】アサシン/キャスター

【マスター】―――

【真名】ハサン・サッバーハ

【性別】男性

【身長・体重】166cm・50kg

【属性】中立・悪

【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具?

 

 

【CLASS】エンペラー

【マスター】阿武木八十八

【真名】―――

【性別】男性

【身長・体重】170cm・62kg

【属性】秩序・中庸

【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運A 宝具?

 

 

 

 

 

「エンペラー?」

 

「おっ、ちゃんとステータス見えてるやんけ! なら問題は無いな! ・・・・・・いや、ある意味問題しかない状況ではあるんやけど。まぁ、そないなことどうでもええねん! 問題はこの状況をどうにかするってことやさかい!!」

 

 息も絶え絶え、エンペラーはそんな状態にもかかわらずニカッと笑みを浮かべながら、猛追するシャイターンから逃げ続ける。

 

「どうにかか、離してくれ、今どうにかする」

 

「どうにかって、どうするっちゅうねん」

 

「あれをぶっ飛ばす・・・・・・!」

 

「ははっ・・・・・・、冗談きついで兄ちゃん」

 

 え、マジでやるっていうんか。エンペラーは八十八を見るが、どうも冗談で言っているわけでもなさそうだ。

 

「本気かいな、ありゃサーヴァントやで。ただの人間がどうこうできる存在ちゃうんやぞ?」

 

「サーヴァント? 一体どういうことだ」

 

「・・・・・・嘘やろ、兄ちゃんモグリかい・・・・・・!?」

 

 これにはさすがのエンペラーも引き攣った笑いをしてしまう。いざ聖杯戦争に召喚されたといっても、まさか自身のマスターがこのような状況だとすれば。嗚呼、何たる不運か。こんな状況、生前でも早々陥ったことも無いエンペラーからすれば頭を抱えたくなるものだ。

 

「ああ、もうどうすりゃええねん。兄ちゃんアレに本気で勝つつもりかいな?」

 

「当たり前だ、人間やる気になりゃ大抵できる。ぶん殴って血が出りゃ、殺せるさ。ただ、あの魔術っていうのだけは厄介だな」

 

「魔術? ・・・・・・ああそうか、ありゃ魔術師―――キャスターか。せやったら、勝ち目も無いという訳でもないな・・・・・・」

 

 エンペラーは少しだけ考え、そして決断する。

 

「だったら、兄ちゃんにやってもらうで。オッサン、応援することしかできへんが、問題ないやろ」

 

「声援付きか、十分なぐらいに心強いな」

 

 八十八は獰猛に笑う。その様子に自信を感じ取ったのか、エンペラーは突如として踵を返して、シャイターンとハサン・サッバーハに向かい合う。

 

「任しとき、オッサンの信じたマスターや『英霊程度、退けられない道理はない』で!!」

 

 その言葉と共に、彼らは木々を薙ぎ倒して迫る暴威に相対する。

 エンペラーの言葉と共に、沸々と湧き上がる力を感じながら、八十八は再び、敵と二度の鉄火場を迎えることになるのだった。

 

 

 

 

 

 新市街を疾駆し、八頭龍山へたどり着いたライダーとメアリは、少々困ったことになってしまった。

 

「近頃の若いもんは繊細じゃのぅ」

 

「あ、アンタが大雑把すぎなのよ・・・・・・うっぷ―――」

 

 腹に収めたはずの料理が今まさに森林の肥やしになるのを遠目で見ながら、ライダーは己がマスターの貧弱さに嘆息する。

 

「それにしても、少々困ったことになってしまったのぅ・・・・・・」

 

「おえっ・・・・・・、何よ、困った状況って」

 

「あの若者、サーヴァントを撃退しおった」

 

「・・・・・・は?」

 

 ちょっとなに言ってるか分かりませんね。

 

「ふふふ、珍しいわね。ライダー、その冗談は点数にしておよそ五点よ」

 

「冗談ではないがのぅ」

 

「姉さんが言っていたわ。サーヴァント正面から倒すことが出来るのは同じサーヴァントか、聖杯を取り込んで命削って戦うことの出来るキチガイだけだって」

 

「斥候の話ではピンピンしとる。おまけにサーヴァントを呼び出したようじゃ」

 

「それを先に言いなさい!! ど、どどどどうするのよ!? こんなの私は聞いてないわ!! 私たち殺されるじゃない!!」

 

 この子は情緒不安定にも程があるなぁ、とライダーはメアリに前後に揺すられながら、提案する。

 

「まぁ、待て。ここで儂らがとれる行動は二つじゃ。一つは何もなかったかのように帰ること。もう一つは敢えて接触を試みることじゃ」

 

「じゃあ帰りましょ、ほら帰りましょ、暖かい我が家はすぐそこよ!!」

 

 下半身はガタガタ揺れ、顔色は吐いたにもかかわらず、未だ青い。

 

「あわわわわわ、襲われてるんだったら利用しようと思ってたのにこんなのないよぉ・・・・・・。ふえぇ、こんなの聞いてない」

 

「戦というのは予想外の連続じゃ、全てが万事うまくいくとは限らないということじゃよ」

 

 メアリは頭を抱える。敵のサーヴァントは恐らくキャスター。しかも暗示か何かで周囲の人を操りながら魔術を以て敵を追い詰める相手。そんなのが陣地から離れているのだ、これをカモと言わずしてどうするという。

 それなのに、そのサーヴァントを追い返した? しかも相手は見知らぬサーヴァントを持っている? 相性さでも覆ることも出来るかもしれない。

 未知は恐怖だ。さっきまで弱者として見ていた相手が実はそうでないとしたら? 敵と戦う覚悟はできている。だがそれが全くの未知だとしたら、メアリには何もできない。

 

「まあ、このまま帰るのもありじゃろう。その場合は何ら成果を得ることなく、このまま帰るばかり、時間を無駄にしたのぅ、拠点で休んだ方がよっぽど有意義だった話よ」

 

「うぐぅ、何よ・・・・・・文句があるっていうなら聞こうじゃない!!」

 

 ライダーがこちらを責めているということにメアリは少ない自尊心が刺激させられる。そんな様子をわかっているのか、ライダーは慎重に言葉を選ぶ。

 

「いいか、これは好機じゃ。おそらくほかの陣営の者は、まさか襲われていた一青年がサーヴァントを召喚するなど想像もしていなかったじゃろう。此処に真っ先に駆けつけられたことはある意味彼らに接触する好機他ならない」

 

 ライダーはメアリに対してわかりやすくメリットを提示していく。相手に自分の主張を飲み込ませたい場合は如何にわかりやすく噛み砕いて理解させられるか、そしてその行動によってメリットがあるのか以上に、起こした行動に対して、いかに正当化できるかということだ。

 

「儂らが敵サーヴァントと交戦したとしよう。その場合、もう一度敵サーヴァントと運悪く当たってしまった。其方はこれに対しすぐさま戦おうと思うか、まずは逃げる、或いは交渉しようとするじゃろう。少なくとも、相手は消耗しているとしたら、こちらから手を出さない限り、相手は手を出すことは稀じゃ。特に彼らには情報が不足している。魔術師という手合いに対しての情報がな・・・・・・」

 

「・・・・・・ライダー、それって・・・・・・」

 

「聖杯戦争、勝ち抜けるのは一人じゃ。だが、一対一の状況をわざわざ作るよりか、二対一とした方がはるかに楽じゃ。一陣営との同盟、加えて敵の各個撃破。中盤戦、終盤戦は分からんが、序盤の人数的の差は確実にこちらの優位となるじゃろうな」

 

 ライダーは白兵戦に優れたサーヴァントではない。それはメアリもライダー自身も熟知していることだ。

 加えてこの場合はメアリが起こした突発的行動がほかの陣営との最初のスタートダッシュの差を決めることが出来る好機と来た。

 そうなれば、このまますごすごと帰るデメリットと出会うことによるメリットは確実に後者に傾くことになる。

 

「何をしているのライダー! 速くその男に会わないと! 魔術師ってとっても危険なのよ! 私以外!!」

 

「そうか、そうか。それは大変じゃな」

 

 鬱蒼とする森の中、今までにないほどに興奮を見せたメアリと微妙そうな顔をするライダーは聖杯戦争の初戦、それに勝利した彼らに会いに行くのであった。


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