魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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#003 九重寺

 入学式の後、かつての学生証に相当するIDカードを受け取り、あなたは正式に一高生となった。

 IDカードは端末使用時の個人識別の他、授業外の校内施設の入退室記録にも使用される。シンプルなものだが、れっきとした身分証として使用できる貴重品だ。そのため授業中でも原則的に、肌身離さず携帯することが想定されており、見た目に反して頑丈だ。

 もちろん荒事になれば、それでも万全とは限らないが。

 

 次の予定を思い出し、あなたはそれを胸ポケットに放り込んだ。

 

 

*  *  *

 

 

 古刹・九重寺(きゅうちょうじ)

 

 夕日が彼方に沈む頃、あなたは右手に古めかしい封書を携え、その山門の前に居た。

 前世の孫にして今生の祖父の名代として、先日届けられた封書を手渡すよう言付かったためだ。

 しかしあなたは今、さてどうしたものかと途方に暮れていた。

 山門の中に入れないのだ。

 

 いや、入ることは可能なのだが……どうもこの寺、わずかに()()()()にズレ込んでいるらしい。古式魔法師の間では【異界】と呼ばれる空間、または【境界化】と呼ばれる現象だ。

 そこは呼び名の通り、自分たちの暮らす世界とは異なる世界。この世界と別の世界との境界であって、あちらとこちらを行き来する通り道になっている。お陰であちら側の悪魔がこちら側にひょっこり現れて悪さをしたり、気まぐれに異界に住み着いてしまうこともある。

 かつて古式魔法師たちは、そうしたモノへの対処を生業としてきたし、今でも自らにそれを課す家門も少なくない。また、【異界】はこちらからあちらにも手を伸ばしやすいため、古式魔法師が修行場として専有・管理することもあった。

 

 実のところ、今生のあなたも「修行」と言われて何度も【異界】に放り込まれた経験がある。その度にちょっとした騒動を起こしていたので、じきに沙汰止みとなったのだが。

 

 踏み込めば、たぶんまた騒動が起こる。どうしたものか……

 

「構わないから、入って来ると良い」

 

 しばらく立ち呆けていると、山門の内側から誰ぞの声が聞こえた。やや高めの、やけに軽い男の声。

 誰のものかは知らないが、良いというのならそうさせてもらおう。あなたはそう決め、一歩踏み込んだ。

 

 

 瞬間、あなたの周囲にいくつもの火花が弾け飛ぶ。過負荷に耐えかねた電子回路のように。たくさんの線香花火のように。

 そのまま歩みを進めれば、それらはあなたにまとわりついてくる。

 それらはマガツヒのゆらめき。炎に見えても温度は無い。

 ただそう見えるだけで、それで周囲の可燃物に着火することもなければ、あなたに害をなすこともない。

 ちょっとだけ()()()()ではあるのだが。

 それに手を出すことは、あなたにとっては綿あめのようなものだ。口にしてもわずかな満足感と、同じだけの虚しさにしかならない。

 

――さて、今度は誰だ?

 

 弾ける火花に、ぼんやりとあの騒がしかった小妖精(ピクシー)を思い出す。あの日あの時、突然放り出されて何も分からなかったあなたに連れ添い、決して短くも容易くもない戦いを、最後まで付き合ってくれた心優しい悪魔(パートナー)

 彼女が来たなら、約束通りケーキをたらふくご馳走してやろうと思っている。だが、今生になってからは一度も姿を見せてはくれていない。そんなことを考える。

 

 無秩序に飛び散っていた火花を眺めていると、あなたの視線のちょうど三メートルほど先にそれは集まり、やがてサーカスの火の輪のように広がってゆく。長くも短くも感じる、不思議な時間。

 あちらとこちらを繋ぐ門が開く。

 

――あるいは、今度こそ。

 

 だが。

 

「召命に与り、参上いたし――」

 

――呼んでないぞ。

 

「ひどっ……いえ、そんなご無体な――」

 

 門の向こうから、口元をマフラーで隠した妖精騎士がうっすらと現れた気がするが、気にしないことにする。

 悪魔が現れるだけで大騒動確実だというのに、それが名の知れた英雄格だった時のことなど考えたくもない。

 

 あなたの拒絶により、マガツヒの供給が絶たれた妖精騎士は、再び輪のあちら側へと消えてゆく。

 

 

(すいーつ、食べたかったのに)

 

 声ならざる想いが聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 もう一度、師範のところで修行でもしてきなさい。

 

(それだけはごかんべ――しは――あッ)

 

 ……これで当分、出てこれないだろう。

 大丈夫。そちらで死ぬことはないから。

 たぶん。

 

 あなたがぼんやりそんなことを考えているうちに、急速に【境界化】現象が薄れてゆく。門を開くために、一度に大量のマガツヒを消費したためだ。

 あなたが【異界】に触れると、あちら側からあなたの頼もしい仲魔たちが現れようとする。

 

 この世ならざる存在が、あちら側からこちら側へと招かれる。それは通常「召喚魔法」と呼ばれるものだ。神秘が(そこな)われた時代においては、大量の供物を必要とする大儀式。現れるためにマガツヒを喰らい、在り続けるためには更に喰らい続けなけれなばならない。

 あなたと共に、あの戦いの日々に身を投じた悪魔たち。それはそんじょそこらの【異界】に蓄えられたマガツヒで足りるほど、矮小な存在ではない。そんな彼らが現界しようとすれば、その場のマガツヒなど一瞬で食い尽くしてしまうことになる。

 あなたはこれで、いくつもの修行場をダメにしてきたのだった。

 

 ひとたび現れることさえ叶えば、現界し続けるマガツヒは――あなたが認める限り――あなたからいくらでも供給される。あなたは彼らの王であると同時に、唯一無二の供物でもある。

 それ自体はもはや大したリスクでもないのだが、いかんせん、魔法が現実のものとなった現代においても――あるいは()()()()()――()()という存在はいささか以上に刺激的だ。その実在を知らない大多数の人々にとっては理解の及ばない存在として。また彼らを知るごく一部の人間にとっては、現代魔法師をも圧倒する魔法(ちから)ある者として。

 神秘の蘇った現代において、伝説は真実たりうるのだ。

 

 馳せ参じようとしてくれる気持ちは大変嬉しいし、あなたも彼らと会いたい気持ちはあるのだが、何の用意もしていない、しかも()()()()()()()()に出て来られても正直、対処に困るのだ。

 

 だがまあ今回は招かれたから入っただけだし、あなたに責任はない。

 ないはずだ。

 たぶん。

 

 

「可哀想に。良かったのかい?」

 

 良かったんじゃないでしょうか。

 背後からの声に、あなたはそう答えた。




諸事情でちょっと早めに帰国しました。
ひとまず三月いっぱいは、毎週月曜12時の更新になります。

(20170307) ピクシーに関する矛盾点を修正しました。
(20170318) ゲーム原作に合わせて「師匠」→「師範」に修正しました。

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