魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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ごめんなさい予告詐欺でした。
十文字との模擬戦、次回からです。



#044 事務屋の憂鬱

 2095年4月25日――月曜日、早朝。

 

 新入生勧誘週間(ばかさわぎ)が終わった次の月曜日。

 終わったといってもそれはイベントとしての話。先週末に駆け込みで提出された書類、それまでに先送りにされていた申請、これから5-6月にかけて行われる各部の春大会の準備など、部活連の執行委員であるあなたにとっては「これからが本番」といっても差し支えない状況である。

 

 あなたは少しでも溜まった書類を片付けるべく、朝早くに届けられた封書を読みながら校門をくぐっていた。

 部活の早朝練習で登校する生徒たちが、わりない雑談を交わしながら、ゆったり歩くあなたを追い越してゆく。

 

 新入生の入部手続きや、それに伴う全校生徒データベースの編集などは、全て自動で行われるよう処理済みである。

 当然ながら、二十一世紀末の御時世に、わざわざ紙の書類とにらめっこして間違い探しをすることは無い。

 小氷河期と戦争とで減少した人口を、そんな無駄なことに使っていいはずもない。

 

 あなたが今すべきことは、主に先週一週間で生じた()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 校内設備の損傷は、過日の不法侵入者の一件ばかりではない。

 五日間、全校生徒のおよそ六割がCADを携帯していたのだ。

 それも部活の勧誘、能力の顕示という名目で、魔法の行使そのものには制限がない状態で。

 

 何気ない悪戯心から魔法を行使した者も居ただろう。

 新入生に良いところを見せようとした先輩も居ただろう。

 勧誘合戦の対抗意識で使う魔法の威力や範囲がエスカレートすることもあっただろう。

 その他理由は様々だが、なんであれ校内の構築物――主に外壁や舗装道路、外灯、植栽など――の方々(あちらこちら)に被害が出ている。

 

 これら損害についての調査は風紀委員の仕事とされる。

 校内を見回って現場を確認し、誰が、いつ、どのような手段で行ったのか防犯カメラの映像で確認する。トラブルとして既知のものであればともかく、破損させた生徒が黙っている可能性もあるため、これらの作業は必須のものだ。魔法による直接的な破壊であれば、サイオン波の異常検知データを元にすることもできるが、たとえば他所で魔法で強化された武器で破壊されていた場合はその限りではない。その場合、最大五日分の録画データを遡りながら確認作業が必要となる。無駄に時間の食われる嫌な仕事だ。

 だからこそ風紀委員は極力トラブルの現場に急行し、そうした手間の無いよう尽力するのだ――と(うそぶ)く教師もいる。

 

 そして、その損害について修理修復のための書類づくりは部活連の仕事となっている。

 魔法で修復できる(たぐい)のものであれば、魔法使用の申請書類を作ることになる。生徒が使えない魔法であれば、教師に依頼申請書を出さなければならない。

 だが魔法で修復できない――外壁や植栽といった――ものについては、学校指定の業者への見積もり依頼、業者の一時入校手続きまで作成する。

 もちろんフォーマットは既にあるので必要事項を書き込むだけなのだが、破損箇所の地図作成や現状の写真など、小さな手間が意外と多い。

 

 こうして修理にかかった費用は生徒、または部活動へと開示される。

 流石に金額が金額なので実際に請求は行われないが、自分が行ったことの結果について理解させるためにも、これは必要な処置とされる――特に現会頭である十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)は率先してこれを行うらしい。「魔法師が持つ力の責任について無自覚であることは許されない」というのが彼の主張だ。

 

 新入生には魔法師の力がもたらす被害について目の当たりにすること。

 上級生には以前にそれを目の当たりにしているはずなのに、尚やってしまったことへの注意警告。

 

 部活連の窓口になっている教師によると、新年度早々に期間限定でCADを解禁しているのはそういう理由らしい。

 それだけでなく、おそらくは運営委員の予算請求会議での学校側のカードにもなるのだろう。

 まったく抜かりのないことだ。

 

 ……誰もやりたがらなくて当然だろう部活連執行委員(こんなしごと)

 

 学生の仕事とは到底思えない。

 まあ社会人を一度は経験しているあなたには、「部活連は魔法大学の管轄」という建前がある以上、こうした分業が必要になるのも分からないではないのだが。

 

 そしてそれと同時に()()()()()()()()()()という肩書が、魔法大学、その後の就職先まで通用する強カードであるのも道理だ。

 こんな経験値のある学生なんて滅多にいない。

 研究所勤めだったころなら即採用だ。

 採らなかったら事務方が総出で人事課に殴り込むまである。

 

 閑話休題。

 

 そんな仕事を横に置いて、あなたは気分転換に全校生徒データベースから各部活動の所属生徒を、いくつかのパターンで傾向分析するマクロを実行す(はしらせ)る。

 単純なクラス別から学科成績、出席率、施設利用率、休日登校率、通学時間、通学手段、教員別評価など。

 偏りに意味が有るものもあれば、ただの偶然の場合もある。

 いかにも意味ありげなデータも、ただの疑似相関であるケースがほとんどだ。

 そうして様々なデータを眺めながら傾向分析をする。

 それはあなたが前世で失敗を繰り返しながら学んだ、()()()()の手段のひとつであった。

 

 分かりやすく一科か二科のどちらかしか居ないような部もあれば、偏りながら混在している部もあるし、ほぼ均等な部もある。

 文武両道を地で行くような成績のある生徒もいれば、学業特化で部活動未所属の生徒、所属してるけどやる気のない幽霊部員、部活動の成績ばかり優秀な生徒もいる。

 

 彼らの未来はこれからだ。

 これから彼らによって切り開かれる人類文明は、果たしてどのような姿をしているのか。

 

 元気に早朝練習をしている生徒たちの声を遠くに聞きながら、静かな事務室で一人、穏やかに笑みを浮かべる。

 

 さて。と気持ちを切り替えて溜まった書類(データ)の分類作業を始めると、あなたの個人端末がメールの通知を告げた。

 

 

*   *   *

 

 

「忙しいところ、呼び出してすまんな」

 

 「いや、まったく」と正直に応えるわけにもいかず、あなたは曖昧に笑って誤魔化す。

 

 なにせ相手は十文字克人。

 一高生の九割が関係する部活連の会頭(トップ)であり、一高における三巨頭(トップスリー)の一人であり、日本の現代魔法師の頂点たる十師族の一角・十文字家の次期当主である。

 こと現代魔法師の社会において、十師族どころか師輔十八家、百家、数字持ち(ナンバーズ)ですらない傍流の()()()にとって、雲上人と言うべき存在だ。

 

 無論、あなたがそんなことを気にしているわけもなく、単にどう対応してよいか分からなかっただけなのだが。

 

「模擬戦について、少し話を詰めておきたくてな」

 

 ああ、なるほど。

 新歓週間の後始末に一週間ほど猶予を貰っていたはずだが、逆に言えば来週には、ということだ。

 

「こちらは一般的なルールでの模擬戦を想定しているが、間薙(かんなぎ)から要望はあるか?」

 

 こちらの話を聞くつもりはあるのか。

 

 と、言われてもな。

 

――そもそも一般的なルールというのは?

 

「む? 屋敷(やしき)に手ほどきを受けたと聞いていたが」

 

 確かにあの手合わせのあと、屋敷から模擬戦についてあれこれと教えられた。

 ルールについても勝敗の条件、使用できる魔法その他の手段、道具、反則行為、時間制限など、細く設定できる。

 そして一口に“一般的なルール”といっても、たとえば格闘戦を旨とする屋敷たち武道家たちのルールと、魔法戦を旨とする七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)のような生徒たちのルールとでは大きく違うらしい。

 

 格闘家が想定する“ゲーム”と、狙撃手が想定する“ゲーム”が違うのは当然だ。

 十文字は近距離戦、それも干渉領域の広さを生かした面制圧を得意とするそうだが、彼の想定する“一般的なゲーム”とはどんなものか。

 

「格闘あり。白兵武器なし。全治一ヶ月以上の怪我を負わせるものは反則。制限時間は3分。勝利条件は相手を5秒以上無力化する。敗北条件は戦闘継続不能になる、または自分で敗北を認めること」

 

 ふむ。思ったよりも制約の少ないルールでやってくれるらしい。

 まあ相手はモト劇場を使うギリメカラだ。当然ながら、自信も実績もあるのだろう。

 

 それにしても、無力化5秒の判定はどうやって行うのだろうか?

 

「審判役がする。制圧された側は5秒以内に反撃するか、CADを操作できなければ負けだ」

 

 なるほど。大筋で理解した。

 

 ではまず確認から始めよう。

 相互理解に求められるのは丁寧な確認作業だ。賢しらな早とちりはお互いのためにならない。

 

――そもそも、この模擬戦の目的は?

 

「む。そうだな。目的は三つある」

 

 ほう。

 

「一つは血の気の多い生徒の牽制だ。学年総代が入学早々の模擬戦で手酷くやられることは多い。総代が女子なら次席の男子だな。その保護のために、準備期間を作ったわけだ」

 

 なるほど。

 しかしそれでいくと、5月に解禁というのは早すぎないだろうか。

 いや、解禁されるのは部活の勧誘だったか。

 

「二つ目は実力の確認だな。実戦派の家の出だと、逆にやりすぎることもある。必要なら手加減も教えるつもりだ」

 

 ふむ。その辺は自分も知っておく必要がある。

 古式魔法師の対悪魔(ハードスキン)を想定した“手合わせ”と、現代魔法師の対人想定(ソフトスキン)の“模擬戦”との違いが大きいことは分かる。

 が、実際どのように変わるのかについては、未体験、未知数というのが本音だ。

 そのあたりについては、一つ提案してみることにしよう。

 

「三つ目は……いや、これはこっちの都合で、間薙には関係ないか」

 

 なんとも気になる物言いだが、そこに悪意は感じられなかった。

 そもそも本来なら存在を明らかにする必要もない三つ目まで口にしてしまうあたり、軽率という気もするが。

 あるいは試されている可能性もあるが、訊ねたところで面倒が増えるだけ、という気もするので、あなたはただ頷いて返す。

 

「こちらの都合を押し付けている部分もある。そちらの要望もあれば聞こう」

 

――では一つ。模擬戦はルールを変えて三回にして欲しい。

 

「ほう」

 

――魔法のみで二回、最後に格闘ありで一回。

 

「構わんが、なぜ魔法戦を二回にする?」

 

――現代式のみと、古式も可とで、別途。

 

「間薙は古式の家の出だったな。俺は構わんが、模擬戦は自衛訓練、不意遭遇戦が基本だ。事前に魔法を発動しておくことは出来ないが、それは構わんのか?」

 

 おそらく十文字が想定している古式魔法とは、世間一般に言われているような()()()()()()()()()()()()()なのだろう。あなたの知る多くの古式魔法師の中にはそうではない者たち――たとえば召喚器のトリガーひとつで魔法を操るペルソナ使いや、悪魔(アクマ)の血が濃く顕れた異能者たち――もいるのだが、彼らが表舞台に姿を見せることは(ほとん)どない。そういう意味では吉田(よしだ)家の次男坊(みきひこ)のように、術具を用意し事前準備(バフ・デバフ)を万全にする者を想定するのも道理だ。

 あるいは多少なりと古式魔法師の手札(せんじゅつ)にも通じているのかもしれない。

 

 とはいえそれは無用な心配というものだ。

 先日の屋敷との話し合いを通じ、また今朝届いた封書――九重八雲(ハゲぼうず)に頼んでおいた件の報告書――を読んで、あなたは少しだけ目的を変えている。

 

 試されるだけ、試すだけでは終わらせない。

 

 それからいくつかの確認を行い、模擬戦は4月29日(金曜日)と決まった。

 




感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
ここすき、案外思ったところと違うところに付いていることもあって、楽しませてもらっています。

忙しいと言うけど部活連て普段なにしとん? 生徒に運営に関わらせる、生徒の自主性を尊重するとか言うけど実際どの程度やらせるん? とちょっと考え始めたら、事務屋の愚痴が生成されてしまいました。
生徒自治ということで、在りし日の『蓬莱学園』のイメージが出てきちゃったりで。
原作世界ではどうか分かりませんが、本作はこんな世知辛い世界です。

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