魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
「
気迫とともに繰り出された正拳突きに、あなたは半身になりつつ片手を添えてそっと横に流す。
体幹の弱いものならこれだけで前のめりにたたらを踏むだろうが、相手はそれなりに鍛えられた実力者だ。体が流れるのを利用してそのまま膝蹴りを繰り出してきた。
だが所詮は崩れた体勢から出された苦し紛れ、奇襲程度の効果しかない。あなたは腕をくるりと回して相手の太腿をすくい上げ、そのまま踏み込んで体当たりを食らわせる。
一尺もない隙間から繰り出された
――悪くない。
飛ばされた勢いのまま一回転し、片手で跳ね起き体勢を立て直した相手――
三次大戦を経て
「やるな」
呼吸を整えながら、屋敷は言う。
今のは小手調べに過ぎない。
実戦なら初手から見え見えの
そもそも
あなたの腕前を試したのだろう。
つまりはこれからが本番ということだ。
* * *
遡ること三十分ほど。
騒がしい第二小体育館の隅で、あなたは騒動の原因の一人から事情聴取をしていた。
ちなみにその反対側の隅では
屋敷の言い分では、連中――
トラブルの際、自分が正しい、相手が悪い、と言うのは当然だろう。
問題は
「服部のやつとの話で、あー……お前に
ああ。
売り言葉に買い言葉、という光景が思い浮かぶ。
どっちが先に手を出したのかは分からないが、騒動については喧嘩両成敗にするしかなさそうだ。
それはそれとして。
――
現代魔法師の集う魔法科高校では、異質な言葉だ。
首を傾けるあなたに、屋敷は「らしくないよな」と応じる。
「ああ。模擬戦については、毎年上級生が教えることになっててな。レクか、基礎魔法学あたりでやったと思うが、模擬戦は建前上、魔法師として護身術を学ぶために推奨されている」
そういえばそんな話があったな。
緊急時を除き、現代魔法を自由に使える場は限られているから、トレーニングには学校の施設を使うように――要約すると、そんな内容だったはずだ。
あなたが確認すると、屋敷は頷き、言葉を続ける。
「学校が決めた模擬戦のルールは三つ。一つ、魔法で処置できないような、あとに残る傷を与えないこと。二つ、施設を破壊しないこと。三つ、教師または運営委員の承認されること。それだけだ」
あとは自由なのか。
「規則の上ではそうだ。あとは校則の範囲だな。魔法科高校の生徒としてモラルを守れ、とか」
自由過ぎる気もするが。
「魔法師は色々面倒だからな。学校として自衛しろと言っても、その方法まで教えはしねえのよ」
ああ、なるほど。
つまりこれも、魔法師の卵たちが置かれた立場の現れなのだろう。
二十一世紀末の国際社会において、国力を左右するとまで言われる魔法師。
その卵である魔法科高校生たちは、是が非でも守らなければならない国の宝である。
三次大戦を経た二十一世紀末の現在において、個人が自分の身を守るために自衛することは当然の権利であり、常識的な振る舞いだ。
しかし同時に、過剰防衛による加害に対する忌避感は、二次大戦後の日本人にとって常識であった。
特に強者が弱者を害することについては、同時代の西欧世界において強烈な批判を浴びせられる悪行とされた。かつて正義の戦い、自由の戦いと称された闘争は、そうした反強者、反暴力を建前としたものばかりであった。
世論の中にはそうした
卵とはいえ魔法師たる彼らは、強者になりうる素質を持つ。
強者たる魔法師が、弱者たる非魔法師に暴力を振るう可能性は極力なくさなければならない。
まして魔法科高校生は、その名の通り、精神的に未熟な未成年である。
力に溺れ、暴力的に振る舞わないとも限らない。
そういった危惧を、杞憂だと否定することもまた、難しい。
故にそうした暴力的、加害的な力の運用を、公的機関として教えるべきではない。
しかして自衛は万人に認められた権利であり、その必要性は十分に認められる。
故に魔法科高校では、暴力となりうる技術についてカリキュラムの中で教えることはないが、生徒たちが自衛能力を高めることについては肯定的である。
なるほど、玉虫色だ。
「ま、だから模擬戦のレクチャーは部活の方で。てのが
「部活は
ついでに言えば、部活連の名目上のスポンサーが魔法大学ということも、ここでは有効に働いているのだろう。
建前であれ「管轄違い」という逃げ口上は、この国では特に有効だ。
三次大戦を経た今でも、この国はトップダウンの縦割り行政。横の連携は責任をアヤフヤにするための政治技術である。
――なるほどな。
「じゃ、納得いったところで、始めようぜ」
じゃ、じゃないが。
第一それでは親衛隊とやらの言い分が通らない。
「役者不足」とはどういうことか。
あなたにしても現代の学生格闘家への興味はある。ここまで熱心に誘われるならば、
気持ちのすっきりしない中ではキレも悪くなるし、視野も狭くなる。
正しい評価ができないようでは試す意味がない。
疑問がすべて解けるまでは、とあなたが口を開こうとすると、服部がこちらへ向かってくることに気付いた。
あちらの話は終わったようだ。
「一応な。納得したかは怪しいもんだが、改めて申し込むそうだ」
その伝統とやらは、申し込むとかなんとか言う話なのだろうか。
服部の端的な感想に首を傾げたあなたに、屋敷が嫌らしい面構えで解説してくれた。
「あいつら、お前をボコりたいだけだからな」
――ああ、そういう。
「お前が
親衛隊とやらは、昔の不良漫画のチンピラかなにかなのだろうか。
魔法大学附属第一高等学校はエリート校ではなかったのか?
「あー……間薙。向こうから仕掛けてくるかもだが、こっちで会頭に話をつけてもらうまでは無視してくれ」
ちょっと不安になるあなただった。
「それより、連中に模擬戦でも持ちかけたんですか屋敷さん」
「そりゃあそうだろう。俺じゃ力不足だなんだ言いやがったんだ。なら自分らの力を見せてみろってのが常識だろうが」
「いくら屋敷さんでもそれは無茶でしょう」
「お前も
「模擬戦は空手じゃありませんから」
年上には敬意を払っているようで、やはり服部の中の差別意識は残っているのか。
司波達也との模擬戦で意識改革が行われたようでいて、やはりまだ完全に切り替わっているわけでもなさそうだ。
無論、人間がそう簡単に変われれば苦労はないのだが。
しかしまあ、ここでも二科生差別が問題となるわけだ。
相手は仮にも大会でそれなりの成績を残しているにも関わらず。
「ったく、これだからなあ。現代魔法師たって固定砲台じゃねえんだ。体を動かせて損になるこたあ
――ああ。
攻めるも守るも戦いにおいて機動力は大前提である。
かつて受胎東京では、ただ「避ける」という能力に秀でるだけで、あなたに
先日見学した服部と司波達也の模擬戦でも、無拍子による歩法は十分以上に威力を発揮していた。
それは現代魔法戦においても変わらないのだろう。
「だよな。
好戦的な目で、屋敷はあなたを睨め付ける。
ああ、これはスイッチが入ったな。
「その立ち姿で分かった。宮本武蔵の【
前世で東洋武術の幾つかを嗜んだあなたは、
しかしこれは前生――二十一世紀初頭――において既に
当時既にフルコンタクト系が全盛だった空手道に残っているとは思わなかった。
……少しだけ、興味が湧いた。
面倒は嫌いだが、体を動かすことが億劫なわけでは無い。
まして今生において霊山の祠堂で人生の大半を送ってきたあなたが、
現代魔法の模擬戦という未知の領域はともかく、勝手知ったる武道の稽古であるなら、今さら準備にかかる時間もなければ、後を引くような怪我をすることもないだろう。
「なあ、服部よ。ここは他の連中を黙らせるためにも、体術で俺とやり合えたってことにしといた方がいいんじゃねえか?」
「模擬戦の前に、ですか」
「
からかうように言い募る
「元からそういう話ではあったし」と、自分を納得させるように呟く
それで黙らせられるのなら、あなたとしても御の字だ。
「……わかりました。わかりましたよ。CAD無し、あくまで空手の試合として、特例で認めます」
「よっしゃ!」
「間薙、すまんが……いや、そっちは了承済みか。まったく」
おっと。顔に出てしまったか。
服部には呆れられてしまったようだが、これもあなたの偽らざる一面である。
屋敷が空手部員になにやら合図をすると、他の部活の人間までもが見学に集まり、すぐに人垣ができていた。
両腕で十字を切り「押忍」と野太い声で礼をする屋敷を前に、あなたはゆるりと抱拳礼で応じると、人垣の一部からざわめきが生じる。
服部も怪訝そうにあなたを見ていたが、立会人としての役割を思い出したか、すぐに両者の間に立って開始の合図をする。
「はじめ!」
そういうことに、なった。
* * *
屋敷の
やや直線的で、接近戦に多彩な技を持ち、なにより手数が多い。
やや力任せで競技空手に寄った部分もあるが、全体として真摯に修練してきただろうことは見て取れる。
これだけ打ち込んできたなら、腕試しがしたくなるのはむしろ当然と言える――それはあなたも覚えのある感情だ。
あなたはそれらを
正直に言えば、純粋な武道家としての屋敷の力量は見切っていた。
残念ながら、彼は期待したほど古流の術理を身に着けてはいない。それが彼の師匠の方針であるのか、あるいは彼の自主的な意思によるものかは分からないが、彼の技は、筋力トレーニングを下地にした近代式がほとんどだった。
それが悪いと言うつもりはない。ただ残念なだけだ。
あなたの興味は――不本意な結果ではあったが――すでに薄れている。
ならば後は、どう決着すれば良い結果になるのか。
「どうしたどうした! 守ってばかりじゃ終わらねえぞ!」
確かにそれはそのとおりだ。
防戦一方では、少なくとも相手が矛を収めるまで戦いは終わらない。
さてどうしたものか。
そう考えたときに、ふと思い至った。
そうだ。
それを言うならギリメカラ……もとい十文字はどんな戦いをするのだろうか?
唐突に気がついたが、あなたは彼について、その防御能力の高さしか知らなかった。
それでどうやって模擬戦無敗の地位にいるのか。
――なら十文字、会頭はどうやって戦う?
あなたの目下の課題と言えば、十文字との模擬戦である。
どのような結果となるかは分からないが、一方的に相手の思惑に乗るのも面白くはない。
手札は多いに超したことはないのだ。
「それが知りたきゃ真面目にやんな。こんなんじゃ
――なるほど。
これはあなたの力を見せる、模擬戦に価値を見出させるための組手だった。
ならば相応に戦ってみせる必要がある。
攻めについては大体見たので、次は守りを見せてもらおう。
不慮の事故を避けるためには大事なことだ。
屋敷の攻撃をいなして距離を開け、軽いジャブを出してみる。
フルコン系の流儀に合わせて、狙うのは顔ではなく肩。
本来なら【無拍子】で起こりを消し、攻撃の意思を感じさせずに頭部を撃ち抜くところだが、ここでは敢えて見え見えのテレフォンパンチとして打ち込んだ。
返しは肩でいなしてから左のボディ。ややカウンター気味に入るタイミングだ。
あなたはジャブのヒットと同時にステップワークでそれを躱し、そのまま相手の背面へと回り込む。
追撃を恐れた屋敷は前方に大きくエスケープして、仕切り直しとなった。
「速ェな」
認識を調整する屋敷の言を敢えて無視し、あなたは次の攻勢に出る。
床を滑るように飛び込んだ左のリードパンチから、小さくサイドステップで軸をずらして左のローキック。
どちらも打点をずらしてダメージを最小にする屋敷に、あなたは更に左右の連打を畳み掛ける。
これにも耐えて反撃してくるあたり、打たれ強さは大したものだ。
「効いちゃいねえぞ」
──そうか。
強がり、ではなく
手加減のために常時発動している【アナライズ】は、屋敷のダメージを明確に示している。
人修羅の権能も使わず、身体操作による出力アップもしていないものの、深山で鍛えられた足腰の出力だけでもダメージにはなってしまう。
手加減は今後の課題になりそうだ。
それはそれとして、あなたの力は十分脅威として伝わったはず。
これで教えてもらえるだろうか?
「まだまだこれからだ。気合い入れて来いよ」
屋敷の目が、剣呑に光った。
感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
長らくおまたせしました。
ようやく執筆環境が整ったので、またのんびりと再開したいと思います。
お付き合いいただければ幸いです。