魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
2095年4月21日──木曜日、早朝。
きっかけは、些細な変化だった。
「間薙、ちょっといいか。午後は巡回の
さすがに四日目ともなれば処理にも慣れてくる。今や手元の
あなたが顔を上げると、服部は「いやそんな、何言ってんだコイツって顔しないでくれ」と苦笑い。
「正直言えば、俺も書類を片付けたい気持ちはあるんだが。あれだ。来年の引き継ぎとかな」
──ああ……
それは必要だろう。
しかも一年に一回しかない
「来年も俺がこっちに顔出せれば良いんだが、正直まだ分からんからな」
部活連の役員のような仕事をしている服部だが、正式な肩書は生徒会副会長である。
まあそれも現生徒会長・
「それにまあ、正直こっちの処理が早すぎて、担当職員からも少しペースを落としてほしいそうだし」
そういえば、例年は処理のペースが遅かったので、担当職員も常任が一人しかいないと言っていたような。
「ま、そんなわけだ。少し付き合ってくれ」
そういうことになった。
* * *
服部と二人、校内を巡回する。
名目は
「トラブル源。勧誘もあるんだが、
──ああ……
「だがこっちは部活連しか介入できない。もし生徒会や風紀委員から指摘されたら、懲罰委員会の関係上──」
──部活連としては擁護しなくちゃならんわけだ。
「よく分かるな」
落とし所を探るコミュニケーションというのは、いつだって疲れるものだ。
ましてそれが、加害者の弁護となれば尚のこと。
罪状に対して罰が軽すぎれば御免状を与えてしまうことになり、かといって重すぎれば役立たずと見なされ無視されてしまう。板挟みの辛さは、その立場になって初めて分かるもの。
世にあふれる玉虫色の決着を思い、あなたがため息を吐くと、服部はあなたの背中を軽く叩くように押した。
服部は「何もなければテキパキ巡って二時間くらい」と言うが、たっぷり贅沢にとられた広い敷地を思えば、移動だけで一時間は見ておかなければならない。残りは一時間。平均すれば一ヶ所あたり二分で終わらせなければならない計算である。そしてそれが無理なことは、データベースに溜まっている報告書の山が証明している。
「この時期は、昼から廻ってギリギリだけどな」
トラブルがあれば、仲裁に入らなければならない。
言われるままにCADと記録装置を持ち、部活連の事務室を出てから三十分。巡回できたクラブは四つで、遭遇したトラブルは既に二件。このペースが続くとなると、一般下校時間の十七時を少しオーバーする計算だ。
「一学期のこの時期は、まだ最終下校時間まで粘るところは少ないからな。十七時には大半が終わるし、
最長二十時まで粘るのは、春季大会のある
そのため魔法系クラブを優先して周ることになるのだが、そうすれば当然、非魔法系クラブのトラブルは後回しにされがちだ。その辺の偏りについて服部に尋ねてみると「まあ、それはそうなんだがなあ」と歯切れが悪い。
「この時期のトラブルは魔法系クラブが起こしやすい。もちろん非魔法系がトラブルを起こさないわけじゃあないんだが、魔法系の方が危険度が高いからな。それに非魔法系同士でのトラブルは滅多に無い。だから魔法系を巡ってるだけでも、大体のところは、な」
なるほど、一応の筋は通っている。
思うところがないではないが、部活連の専任執行委員は、この三年間であなた一人なのだ――現会頭である
──ない袖は振れない、か。
仲魔がいなければ
今はとりあえず仕事を覚えることに集中しよう。
そう考え、あなたは服部と二人、巡回を続ける。
「時間には少し早いしな」
そうして校内マップを――魔法系クラブが利用している魔法実験棟や魔法競技フィールドから――順に巡回していれば、二時間ほどであなたにもおおよその要領を掴むことができた。
同じことをしようとすると、服部の持つ
何しろ巡回順に、それぞれのクラブの活動予定が加味されているのだ。
クラブによっては登録された活動場所と、実際のそれとが違っている場合もあるが、それらは都度、再申請するよう勧告しているので、いずれ解決されるだろう。
だがクラブごとの、たとえば最も近いはずのクラブが「この時間はジョギングで校舎周りを走ってるはずだから」と後回しにしたり、逆に活動場所とは違う教室に「今の時間ならここでつかまる」と言って、用具室で準備をしているクラブの見回りを済ませたりすることは、少なくとも今のあなたには無理だ。
日毎のちょっとした雑談で相手から予定を聞き出すような手管は、コミュ障気味のあなたにとっては苦手分野である。
早急に対策を講じなければならないだろう。
あなたがそんな事を考えながら歩いていると、ふと、人々のざわめきが耳に触れた。
前を歩く服部が「本当にやってるのか、あいつら」とボヤいて頭を振ると、あなたに視線をやってから――それは本日何度もあった「トラブルに介入する」という合図だ――ざわめきの方角へと足を向けた。
* * *
それは闘争の熱気だった。
生命を賭けたものではない。だが魂が懸かっている。
そういう空気を、あなたは第二小体育館の大扉の向こうに感じた。
服部が携帯用端末で入り口の大扉の施錠を解除する。
「部活連だ。なんの騒ぎ――」
入り口の大扉が無造作に開かれた瞬間、その隙間から風を切って縦に旋回する木刀が飛来する。
――
横合いから手を伸ばし、木刀の先端を手のひらで受ける。
運動エネルギーを殺してそのまま掴み取ろうとすると、木刀の丸い切っ先が手のひらを貫こうとするおかしな感触――これは現代魔法か?
神秘の全てを詳らかにする【アナライズ】といえども、発動を終えてただの物理現象と化した魔法までは解析できない。これは現代魔法の強みと言えるかもしれない。
ひとまずあなたは対処を優先することにした。
手を伸ばして崩れた姿勢を支えるよう、わずかに体を前に、床を軽く踏みしめる。
足、膝、腰、背中から肩、肘、そして手のひら。
刹那に不可知の力が伝わると、それは木刀を粉微塵に粉砕した――俗に“寸勁”と呼ばれる武芸に、あなたはもはや寸毫の隙間すら必要としない。
「おぉ!?」「え?」「は?」
館内から聞こえるのは困惑の声ばかり。
無理もない。あなたの一連の挙動は大扉に隠されて殆ど見えてはいない。
あなたたちの存在に気づいていなかった生徒たちからすれば、開きかけの大扉めがけて飛んでいった木刀が、何故か急に砕け散った。そうとしか見えなかっただろう。
「……今の、古式か?」
刹那の間に目の前で起こった事象に、さしもの服部も驚きを隠せないようだ。
「魔法を使わずに、あんな事が……」
魔法の台頭により、多くの超人伝説が天然の古式魔法師――いわゆる
分からないこともない。
CADを操作するだけで物理現象を捻じ曲げる現代魔法は、確かに伝説の英雄たちの偉業を模すことは可能なように思える。巨石によって恐るべき建造物を作り上げることも、
それこそ神の秘蹟とされる海割りの奇跡すら――そのものではないにせよ――行使できる魔法師がいるらしい。【
だが、それでもあなたは現代魔法に、何かが足りないように感じていた。
何が足りないのかは、まだわからない。
古式魔法の不遇は、現代魔法が戦争に最適化されていたことにあるのだろう。
ただ人間を殺傷することだけを目的とするなら、古式魔法は現代魔法どころか現代兵器にすら劣る。それは古式魔法が、今やほとんど
要は悪魔を相手にするか否か。
現代魔法と古式魔法の違いは
それが魔法のあり方にどんな差を生み出したというのか。
――閑話休題。
あなたが思考の海を漂っている間に、服部はいち早く復旧していた。「ふうむ」と唸っているあなたを後目に、服部は第二小体育館――通称・闘技場――へと踏み込んでゆく。
「話が違うじゃないか
「すまん」
遅れてあなたも顔を覗かせると、服部に追求された屋敷が、バツの悪そうな顔でこちらを見ていた。
ほぼ一年ぶりの更新になってしまいましたが、感想、評価、お気に入り、いつも本当にありがとうございます。
新型コロナ禍でめちゃくちゃになった生活環境も、ようやくどうにか一段落ついたので、こちらもノロノロと再開していけたらと思っています。(年末年始に次の大波とかホントもう勘弁して)
ハットリ君、基本的に有能なんですよね。ただ「自分でやった方が早い」系の傾向もありそう(魔法力偏重なところとか、毒ガスの処理に出張ったところとか)なので、人育てたりシステム作ったりは不得手なのかなーとも。
いや「そもそも人育てるのが得意な高校生なんているのか?」という話ではありますが。
そして武術スキー・人修羅さんのマジカル拳法。寸勁。
テコの原理を使った自然石割りとかの見世物ではなく、全身の運動エネルギーの無駄を排した必殺技の方。流派によっては鎧通しとか通背拳とかetc...etc...
まあ人修羅の力を持ってすれば普通に木刀を砕くくらいは出来ちゃうんですが、それだと破片が飛び散りそうだったので、粉微塵にできる技術を使った……とかそんな感じです。
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(20211124) 後書き追記