魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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原作ゲームとは異なるエンディングに到達した人修羅さんなので、ボルテクス界での出来事については異なる点が多々あったりします。
(違いについては本編にガッツリ関係するので今は秘密です。悪しからず)



#036 歪な真珠(バロック)

「お帰りなさいませ」

 

 帰宅したあなたに、シルキーが恭しく差し出したのは、九重八雲(糸目のハゲ坊主)からの調査報告書だった。実は昨日のうちに届いていたそうだが、生憎と新入生歓迎週間(バカさわぎ)対策で学校に泊まりだったので確認が遅れてしまった。

 本家から調べておくようにと言われていた、本邦の古式魔法・陰陽道の大家である賀茂(かも)家の末裔の正体が判明した。

 

 

 剣道部部長・(つかさ)(きのえ)

 あの悪魔に取り憑かれた少年が、そうであったらしい。

 

 賀茂家の傍流として大分血は薄まっていたが、司甲は半ば偶発的な隔世遺伝によって魔法師としての資質──二科生レベルではあるが──と、加えて【見鬼】の気質──現代魔法学における“霊子放射光過敏症”──が発現している。

 特に後者は日常生活にも困ったようで、彼の母親はその治療のため、小学生の頃から方々に足を運んだという。それが原因で彼が小学四年生のときに両親は離婚。彼は母親に引き取られ、以後、中学二年の終わりまで母一人子一人の母子家庭で育っている。

 

 転機は中学三年の一学期。

 前年度末に行われた魔法力測定で、それなりの魔法師としての資質を認められた彼が、進路希望に魔法大学付属第一高校をリストアップした。ちょうどその頃のこと。

 母が急に再婚したのだ。

 周囲の人間もあまりに突然の出来事に驚いたようだが、「母子家庭での暮らしに疲れたのだろう」と、この結婚そのものは概ね好意的に受け入れられている。

 

 余談では有るが、このときに現在の姓へと変わっていた。

 旧姓は鴨野(かもの)甲。こちらであれば、すぐに分かっただろうに。

 

 だがしかし。

 好事魔多しというべきか。その再婚相手の連れ子、つまり義理の兄弟にあたる司(はじめ)は、若くして反魔法国際政治団体“ブランシュ”の日本支部長という肩書を持っていた。

 甲もブランシュの下部組織である“エガリテ”に属しているのではないかと思われる……らしい。

 

 

 反魔法国際政治団体。

 血統にその能力を左右される魔法師という()()が、魔法という特殊技能を独占し、非魔法師である一般人より社会的に高い地位にあることを問題視する集団とされる。要は政治党派の一種なのだが、当然ながら問題視の仕方については団体によって様々だ。

 

 その主張も「魔法師は就職面で優遇されている」とか「魔法師であるだけで平均給与が高い」といった社会的・政治的なものから、「魔法師は魔法という奇跡を神より盗んだ罪人である」「魔法などという力は人間を堕落に導く悪魔の策謀だ」といった宗教的なものまで有る。

 もちろん魔法技能が国力を左右するとまで言われ、特に治安維持においてはその力に依存する二十一世紀末の現代において、彼らのそうした振る舞いは公に認められるものではない。

 

 いかなる理由であれ、少なくとも表立って魔法師を批判できない社会において、彼らの主張が受け入れられることはない。受け入れられないからこそ仲間内での結束を重んじ、より内向的な性質を強めてゆく。その不安を紛らわすかのごとく自らの正義を唱えるようになり、更に社会常識から乖離してゆくのだ。

 反社会的な勢力の主張と行動が先鋭化していくのは世の常であった。

 彼らが犯罪に手を染め、警察組織に捕らえられれば、社会の敵として大々的に報道される。ましてその背後に魔法後進国の影がチラついているとなれば、世間的な彼らのその名が「テロリスト」とほぼ同義とされることも、むしろ当然と言える。

 

 これもまた魔法という新たな力、集団に勝る個人の登場に対する反応だろう。

 

 

 魔法科高校に入学して反魔法組織に属する。こちらは完全に二律背反(アンビバレンツ)だと思うのだが、彼なりに折り合いをつけているのか、洗脳でもされているのか。あるいは彼から精気(MAG)を搾取している悪魔の仕業かもしれないが、何にせよ、あなたにとっては理解の外であった。

 

 

*   *   *

 

 

「遅かったではないか」

 

 書類を読みながら制服を脱ぎ散らかし、自室のドアノブに手をかけたあなたに、室内から声が問いかける。

 中から聞こえるのはカチャカチャと鳴るプラスチックの音と、ドカン、バシンと派手な電子音だ。

 ()()()、とあなたがため息交じりに自室に入れば、案の定、家庭用ゲーム機(レトロゲーム)のコントローラを操作し、壁掛けの大画面モニタを前におよそ一世紀前のゲームに興じる一人の青年の姿がそこにあった。

 

「ほう、甘い香りを漂わせての帰宅か。また女悪魔(おんな)共が騒ごうな」

 

 青年はあなたを見るでもなく、ただ声だけで出迎えた。それはかつてのマントラ軍の王(ゴズテンノウ)を思わせる、聞く者に我から頭を垂れさせる威厳と圧力を含んだ声。

 だがそれも仕方のないこと。声の主は神代において、自らの父たる神々の長からその(ちから)を奪い、人間の時代を切り拓いた原初(はじまり)の王その人であるが故に。

 

 その名を“()()()()()()”。

 死後に神格としてアマラの理に組み込まれた彼は、氷川(若ハゲ)によると、再創生前(かつて)の世界における人修羅(あなた)元型(モデル)とも、また再創世後(いま)の世界において世界中に広がった"人修羅神話”最古の擬型(マネカタ)とも目される大悪魔である。

 そして近年においては、あなたの棲家に現れる回数が最も多い仲魔でもあった。

 

「まあ良い、それより早く座れ。ひと勝負といこう」

 

 ああ、と(うなず)き制服姿のままコントローラを握る。往時には対戦格闘ゲームという一ジャンルを築いた超有名シリーズの一作である。ギルガメシュは仁王のような強面男を、あなたは桃色道着の軽薄男を選んでゲームスタート。

 しばらくゲームの音と、熱中するギルガメシュの声だけが、あなたの部屋を賑やかす。

 三戦三勝。だが危うい場面は何度もあった。今日はどうも調子が悪いようだ。

 

 ふう。

 

 一息吐いた後、「まだ続けるのか」と視線で問えば、ギルガメシュは当然といった表情でボタンを押す。

 キャラクター選択画面が表示される。さてどうするか。

 

「ふん。貴様のそんな顔も珍しいな。何を悩んでいる?」

 

 キレが悪いのは悩んでいたからなのかと、指摘されて初めて気がついた。

 さて、自分は何について悩んでいるのだろうか? あなたは自問自答する。

 

 客観的に考えれば、まず思い当たるのは、新しい生活への順応だろう。この十数年を山中の祠堂(ほこら)のような家で過ごしてきたあなたにとって、都市部──東京のハズレとはいえ──での生活は目まぐるしいものがある。

 いくら()()()()()()()とはいえ、かれこれ一世紀近くも前のことだ。その記憶は長い社会人生活に塗りつぶされて、あまり参考にはならない。それに以前はどちらかといえばインドア派で、あまり友人も多くはなかった。それが今生では、運営委員なる選良(エリート)集団に属し、同級生女子(ほのかと雫)には懐かれ、クラスメイトと益体もない話をしながら下校中に買い食いをしたり、時には今日のように女子に囲まれお茶をしたりする。

 

 既に死語となって久しい「リア充」のような生活に、戸惑いはあっても悩みはない。

 強いて言えば、何故に自分のような変人(にんげん)に──おかしな渾名(あだな)まで付けて──好んで関わろうとするのかが()()()()()()()が、それは悩むようなことではなかった。

 

──これは違うな。

 

「ふん?」

 

 あなたの無意識の独白に、それとなくギルガメシュが応じる。

 モニタを見ると、キャラセレクトが残り五秒ほどしかなかったので、使用キャラはそのままで決定。

 ゲームスタート。

 とりあえず飛び道具(ガドーケン)で牽制しつつ、自問自答を続ける。

 

 分からない、といえば。

 先ほど目にした報告書のことを思い出す。

 

 現代における魔法師たちの()り方が、あなたにはよく分からなかった。

 

 先の大戦で活躍したことによって、ある種の兵器としての役割が期待される魔法師。

 国策機関として魔法大学、また附属の魔法科高校などがあり、その育成には大いに力が注がれている。そのくせ人員不足で全国に九つしか無い魔法科高校の指導教員すら満足に揃えることが出来ていない。

 また十師族(じゅっしぞく)なる魔法師の血統とその組織は、元をただせばこれまた国策機関であった魔法技能師開発研究所に端を発している。しかしながら民間組織として扱われ、同じく国策機関である魔法科高校の校長から敬遠されているという。

 

 ならば非十師族の魔法師育成は急務であろうと思うのだが、その登竜門となるはずの魔法科高校では、生徒間での切磋琢磨よりも、上澄みのガス抜き目的としか思えない二科生制度が実施され、どうやらこれが一定の成果を上げているとして評価されているらしい。

 お陰でドロップアウトした生徒たちが、反魔法結社などというテロリストグループに魅力を感じてしまう始末。

 

 なにもかもがチグハグで、どうにも理解し難い。

 

──そうか。

 

「分かったか」

 

──ああ。

 

 あなたが答えにたどり着いた時、大画面モニタの中では桃色道着(サイキョー流)連撃(コンボ)で勝利を決定づけ、ギルガメシュが「これでも駄目か」 と大きく笑った。

 

 

*   *   *

 

 

「なるほどな。とはいえ、そう難しいことでもないと思うが」

 

 ひとまずゲームを辞めて、あなたは考えたことをギルガメシュへと話してみることにした。半ば愚痴であるが、それに気付かせてしまった者として責任をとってもらおう。

 厄介事だと思っていたその相談(ぐち)に、しかし原初の王はあっさりと言ってのける。

 

──ほう?

 

「要は魔法師とやらの立場よ。同国人だの同じ人間だのと考えるから分からなくなる。奴らは別の氏族なのだ」

 

──氏族?

 

「ふん。この国にも(うじ)だの(かばね)だのといったものは有ったはずだ。前に読んだぞ」

 

 この神代の王(ギルガメシュ)、当代においては遊興(ゲーム)狂いの放蕩者と思いきや、読書を好む勤勉さを併せ持っている。それも手当たり次第の乱読家だ。読書用端末を貸してやったら次から次へと(データ)を購入しまくり、あっという間にあなたのカードの上限額(五百万円)まで使い果たしてしまったため、即日没収と相成った経緯もある。

 現在は近隣の図書館の蔵書を片っ端から読み漁っているらしい。

 

「ならば他国人(よそもの)(いや)、移民だ。そう考えてみよ。移民ずれが(おの)(ともがら)領土(なわばり)に踏み込んできたのだ。争いにならぬ方がおかしい」

 

 それは確かに、道理だろう。

 だがそれだけでは、チグハグさの理由が分からない。

 

「貴様は我らに君臨する大王ではあるが、統治する者ではないからな。分からぬでも仕方がない。だが、それについても以前、何かで読んだぞ。分割統治(Divide et impera)だったか。魔法師とやらは民草よりも力があろう。そうした連中が大きくなりすぎては困るのだ。統治者としては、な」

 

──ああ。

 

 なるほど、それは確かに道理に適っている。

 そうした危惧があったから、特定の人間に対する忠誠心を植え付けるエレメント計画なんて実験が行われていたのだ。仔犬のようなあの娘(ほのか)は、その末裔だろう。

 

──しかし、そうなると……

 

 それでは魔法師という新たな存在は、ただ道具として既存の国家へと組み込まれるだけになる。

 確かにそれも“力”の行く末ではあろう。だがこれまで人類が積み重ねてきた、強大な“個”に対して理知で挑む“集”、という歴史に対する初めての反逆も、所詮はコップの中の小波(さざなみ)程度で収まってしまうということだ。

 

「それで構わぬのではないか? 貴様は乱を願うわけではあるまい。そうであるなら、この世はとっくに修羅の巷と化していよう。暴れたがっている悪魔(ヤツ)は幾らでもいるぞ。貴様が一声かけるだけで、この世はいつでも黙示録の世となる」

 

 あなたはそんなことを望んではいない。

 そんなわけがない。

 

 だが魔法師の力が戦いのために特化している以上、彼らが台頭するなら闘争を全く行わない、ということもありえないだろう。おそらくあなたの望みの先には、戦いは不可欠となる。

 とはいえこのままでは、あの日あの時あの場所で、先生(あのひと)が願ったコトワリとも呼べない切なる想いに、虐げられ忘れられていった人々の最期の祈りにたどり着けるものかどうか。

 

「魔女の神・アラディアといったか。虚構の(あらざる)救いを与える神。神に(すが)るなど度し難い……と、言いたいところだが、最後は貴様が託されたのだったな。神ならぬ貴様(ヒトシュラ)に」

 

 そうだ。彼女(あのひと)は最後にあなたに願いを託した。

 

 名もなきコトワリ。

 “自由”なる虚構。

 魔女(ウィッチ)と呼ばれ虚構の(ありえざる)力を求めた愚者たちの神。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 虚構は所詮、真実の前には無力なもの。故にあなたの戦った真なるボルテクス界で影響力を持つには至らず、氷川が招来せしめた虚無の魔王・アーリマンの神性に消し飛ばされてしまった。

 

 (そこな)われた神秘、ありえざる魔法(ちから)を受け継いだ擬物(まがいもの)

 そんな魔女(かのじょ)たちの救い主は、人類誕生より在る()なる力に一蹴された。

 祈ることも許されないのかと、絶望した巫女(パンドラ)が縋ったのがあなただ。

 絶望とともに蓋を開き、最後に見つけた希望が、あなただったのだ。

 

「その末が今の世なのだろう。もはや誰にも確かめるすべはないが」

 

 未熟だったあなたが、あの日あの時あの場所で(ひら)いたコトワリは、結果としては、かつての世界と大差ないものだった。分からないものは分からないまま、今を諦めず、前に進む。

 いつか答えを見るために。その約束を守るために。

 結果として闘争は無くならなかった。

 だが、あなたは確かに願ったのだ。いつか()()へとたどり着けることを。

 

 故に再創世された今の世界には、()()へと繋がる道があるはず。

 その可能性である魔法を、魔法師の生きる道を、そう容易く剪まれては堪らない。

 

「気に入らんなら自由(すき)にせよ。それが貴様の課した唯一の制約(コトワリ)だったはずだ」

 

──そうするか。

 

 あなたの中で、のそり、と何かが蠢いた。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
更新ペースは亀の歩みになってしまって久しいのですが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。

ギルガメシュ登壇。
『真・女神転生3』には登場しないんですが、人間寄りの相談役がいなかったもので。
当初はシルキーに相談役もお願いするつもりだったんですが、書いてみたら甘やかすばっかりなので没に(笑)

本作におけるギルガメシュは、『Fate/Grand Order』第一部第七章に登場する「ウルク王」のギルガメッシュ(いわゆる「術ギル」)をイメージしています。「性格:ヒーホー」のように、現実世界の創作物に影響を受けて変質した悪魔とか、なんかそんな感じで。

というわけで、やっとこちょっと動く気になった人修羅さん。
でもその前に片付けなきゃいけない魔法科原作のイベントがあるんだよなあ。

……月曜更新に間に合わなかった...orz


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(2020/06/02)ルビ訂正
 鷺ノ宮様、報告ありがとうございました。

(20240405)誤字訂正
 汽水域様、誤字報告ありがとうございました。

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