魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
さて。
あなたと風紀委員長との間で平行線をたどった、件の“誘拐犯”あらため“間抜けな卒業生”二名の処遇だが。
世間で“優等生”とされる魔法科高校卒業生二名のあまりの体たらくには、流石のあなたも毒気を抜かれてしまった。とはいえ法的には立派な不法侵入者であり、見ようによっては未成年者略取誘拐にもなる騒ぎだ。目撃者も多数あることだし、このまま何の処分もなく
そしてこうした際、毅然とした対応を求められるはずの
途方に暮れたあなたが第三者として生徒会長にコールを入れ、ようやく事態が動いた。
最終的には、校長預かり。
大小の問題が入り混じった今回の事件については、生徒会長殿といえどもお手上げだったようだ。
魔法科高校は政治的な位置づけが重視される組織だ。そうした事情はただの学生、一生徒には関係のないことであっても、多少なりと権限を与えられた運営委員――生徒会、風紀委員、部活連の三者──には配慮が求められる。今回の件で言えば「魔法科高校および魔法科高校生の遵法教育」や「犯行を実行する力に対して抑止する力の不足」のあたりで、痛くもない腹を探られないため、慎重な対応が求められるのだ。
加えて──
「百山校長、
──といった事情もあるらしい。
例年なら生徒会の判断で処理できたことも、今年は生徒会長が十師族の一角を担う
二人を警備に引き渡し、真由美が校長への説明に出向いている間、あなたは間抜けな卒業生二人のため、タイムスタンプを捏造した入校証を作成していた。
二人の経歴に傷をつけないように、という
今の時代、電子端末の内蔵時計はネットワーク上で同期していて、
まあ、恩を売ったと思っておこう。
先般の卒業生とのやり取りを見た限りだが、摩利はどちらかといえば恩や義理を重んじる古風な人間に思える。あなたに隔意があったとしても、これで少しはアタリが弱くなるかもしれない。
面倒ごとを押し付けられることに慣れてしまっているあなたは、そう自分に言い訳をしながら作業を終わらせた。
そうして当面の処理を終え、携帯端末で真由美に手続きが終わったことを告げると、「校門前で待ってるから」とのこと。
あなたが靴を履き替えて校舎を出ると、そこで待ち構えていたのは、真由美と摩利、それに書類作りに協力してもらった
「もしものことを考えて、念の為、駅までは一緒に帰りましょう?」
本来なら残る都合のなかったほのかと雫はどうするかと思ったところ、手持ち無沙汰になった摩利が「先に帰るなら私が送るぞ」と提案したのだが、二人はなにやら小声で相談した後、「待ってます」「大丈夫」とその申し出を断り、生徒会室で自習していたそうだ。
春の空は、すでに赤紫色に沈んでいた。
駅に着くまでにはすっかり暗くなっていることだろう。
あなたはそう考えていたのだが──
──数分後。
小洒落た喫茶店に屯しているあなたたち六人の姿があった。
「疲れたときは甘いものよね!」
という真由美の一言がきっかけである。
* * *
「真由美。今回の件、どうなりそうなんだ?」
「まず対外的には、何もなかったことにするでしょうね。あなた達には申し訳ないのだけど」
それぞれが頼んだ飲み物を口にして、ようやく一息ついたのだろう。帰り道では誰もが触れずにいた今日の件について、摩利が切り出す。
応じたのは、テーブル一面に並べられたケーキを行儀よく、次から次へと空き皿へと変えていく真由美。口元に生クリームをつけたまま、真面目くさった顔で語るその様はどこか愛嬌があった。
「私は構わない。私も、その……なんだ。やり過ぎた部分はあるしな」
「まあ、あれくらいなら例年のことなんだけどね」
「とはいえ会長。歩道の方は──」
反省したらしく、しおらしく俯きつつ応諾した摩利を、真由美が慰め、鈴音が混ぜっ返す。
ごくごく自然に行われるやり取りは、これが常のことなのだろうと窺わせるものである。違いがあるとすれば、鈴音があなたへ分かりやすい視線を送り、この話に入ってこいと促したことだろう。
──掘り返された歩道の補修費用は、ひとまず
「すまん。迷惑を掛ける」
とはいえ修理にかかる費用の大半は、破損した
それがなければ費用は百万円近くなっていたわけで、反魔法結社の言う「魔法師が職を奪う」というのも、あながち無理筋のいちゃもんではないのだろう。とはいえ、そうした魔法の活用がなければ、
二十万という金額に目を白黒させていたほのかと、そんなものかと聞き流していた雫の対比は、そのまま彼女たちの家庭環境の違いなのだろう。
──ああ、あと、そうだ。
ほのかと雫への見舞金の話もあったので、ついでに話を出しておく。
彼女たちは時速四十キロほどのスケートボードから振り落とされたのだ。おおよそスピードを出した自転車から放り出されたに等しい。地面への激突こそマカミに止めさせたとはいえ、衝撃を逃しきれたわけでもない。捻挫やムチ打ちくらいはあるだろうと、あなたは想像していた。
だが直後に尋ねてみたところ、彼女たちにそうしたダメージはまるで無かったらしい。一度は還暦まで生き、その辺りの感覚がズレてしまったあなたにとって、十代の少年少女の柔軟さはもはや想像するしかない。
だから大丈夫と言われても、つい言葉を重ねてしまい──
「あの、本当に大丈夫ですから──」
「気にしすぎ。さすが“お父さん”」
等とからかわれてしまうことになる。
ほのかは少々困ったように眉を寄せつつ、しかし心配されることそのものは嬉しいのか、口元が緩んでいる。そんな親友の様子に呆れながら、雫は早くも
陽気な女悪魔たちにイジられる時の雰囲気を感じ、あなたは嗚呼と嘆息する。
「お父さんって、こんな感じなのかしら?」
「妙に頼り甲斐があるからなあ」
「摩利もお世話になったばっかりだし?」
「だからそれは……もう謝ったじゃないか」
「摩利ったら素直じゃないんだから。許してあげてね?」
「まーゆーみー」
「きゃーこわーい」
真由美が首をひねれば、摩利が分かりやすく真面目くさった顔でうんうんと頷く。それを真由美が混ぜっ返せば、小さくなった摩利が小声で反論する。ああ、今回は摩利をいじるつもりだったのかと、あなたが安堵した瞬間、しかして真由美があなたに話を振ってきた。
手を伸ばしてじゃれついてくる摩利から逃れるように、真由美はあなたに寄りかかる。摩利をからかい楽しげな笑顔を見せる彼女を見やれば、あなたの視線に気づいた彼女は、出方を窺うように目を輝かせて見上げてきた。餌を欲しがる
じゃれつく仔猫の愛らしさは万国共通のことだ。あなたは
撫でられた真由美は驚いたように一瞬目を見開き、顔を伏せてゆっくりあなたから離れる。
しまった。間違えたか。
しかしそうすると、
どうしたものかと
子供にじゃれつかれた在りし日を思い出し、押し付けられた頭部をゆるく撫で付けてみると、大人しくされるがままになっているので、今度は合っていたのだろう。手を止めるとまたグリグリとやってくるので、もう一度撫でてみると、ほのかは再び動きを止める。
下を向いているので表情は分からないが、楽しげと言うか、嬉しげと言うか、自慢げと言うか、何やら
その代わり、場の空気は何やらおかしなものになってしまったようだが。誰もがこちらを見て呆然としてしまっている。
やはりコミュニケーションは難しい。
困惑しながらも、どうにか言葉を紡ぎ出したのは真由美だった。
「えーと。ね、リンちゃんはどう?」
「私ですか? ……上級生か、せめて同級生ならともかく、年下の少年に父性を見るのは、さすがに」
「そう?」
「もっとも、先程の会長を見た後だと、私の考えも変更しなければならないかもしれませんが」
気安い後輩に話を振って、場の立て直しを図った真由美を、話を振られた鈴音の痛烈なカウンターが襲った。たじろぐ真由美に、鈴音がニヤリと口角を上げている。これまで真面目一辺倒といった印象だった鈴音もだが、存外
「じゃ、じゃあリンちゃんは、どう思っていたの?」
「そうですね。協力者、かつ好敵手、でしょうか」
「え!? それってどういう……」
「来月の予算会議は、
「ああ、そういう……なによ摩利、その顔は」
「いいや、なんでもないさ」
鈴音の言葉に席を立って身を乗り出す真由美は、いったい何を勘違いしたのだろうか?
だが詰め寄られた鈴音は、機械のように表情のない声で実務的な答えを返すばかり。拍子抜けしたように腰を下ろした真由美を、殊更ニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべ、摩利が覗き込む。まったく、お仲のよろしいことで。
「そうそう、予算会議。間薙くんは──」
四面楚歌と
来月の予算会議とは、魔法大学、魔法科高校、及び所管省庁に対して運営委員の代表者らが行う予算折衝のことだ。これは学校から運営委員へ信託する年間予算、三つの運営委員それぞれへの分配金、それらの額を決める最重要の会議である。
運営委員はそれぞれ活動に予算を必要とする。生徒会は学内データベースの管理費や、九校戦や論文コンペに関する費用、それに各種事務手続きや繁忙期にまつわる諸経費。風紀委員は設備や備品の更新費、各種イベントで警護に参加する際の諸経費など。そして部活連は執行委員や毎月の部長会の雑費と部活動によって荒れた校内の修繕費、なにより各部に配分される活動費。
毎年の慣例として、運営委員予算には三千万円程度が用意されている。これが五月に行われるプレゼンテーションにより最大で一割程度、つまり三百万円規模が増減されるのだ。
昨年度の会議は、七草家長女、十文字家長男のネームバリューという強いカードがあって尚、プラス百万円に留まっている。その理由は、プレゼンの準備不足であった。
「大変だと思うけど、頑張ってね」
「期待してますよ」
言うまでもなく予算における最大の枠は課外活動の活動費、いわゆる
そのため生徒会が九校戦チーム強化策とし銘打って水増し請求を行い、減額を食い止めた上で余剰分を部活連へ回した、という経緯がある。真由美と鈴音もこれに参加し、何日も夜遅くまで前例探しに駆り出されたらしい。しかも鈴音はその後の実務者協議で弁舌を振るう役までこなしていた。その苦労は察するに余りある。
それがやっと、使えそうな
──まあ、できる範囲で
年頃の少年少女との
請け負いますよと、あなたは首肯してみせた。
事務に実験に集計に分析、資料作りに折衝に直談判に土下座行脚と、徹夜続きだった研究生活に比べれば、まだまだ許容範囲だ。
「惜しいことしちゃったのかしらね?」
「……ですね」
上級生二人から意味深な視線を向けられたものの、あなたは無視してカップに口をつけた。
感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
喫茶店のシーンは当初全く考えてなかったんですが、下校時をイメージしたら脳内で延々とキャラが喋り続けてくれちゃってこの有様に。おかげでなかなか話が進められず。ぐぬぬ……
あと木曜に更新してしまったのは純粋にもう一つの作品と間違えただけです。スミマセン。