魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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#001 不思議な少年

 西暦2095年4月8日、金曜日。

 

 国立魔法大学付属第一高校。

 あなたはその校門前に、一人佇んでいた。

 今日は2095年度の入学式であり、あなたはまさに新入生であった。

 

 

 間薙シン。

 かつて世界の死と誕生に立ち会った者。その営みの中で世界のあり方を決定づけた者。

 人に似て人に非ず、神に似て神に非ず、悪魔に似て悪魔に非ず。

 混沌王。

 創世王。

 

 

――【人修羅】

 

 

 あなたの真実を知る人間は、もう誰も残ってはいない。

 

 

 あなたはため息ひとつを吐き出して、携帯端末で時刻を確認する。

 入学式開始まで、まだ二時間ほど余裕がある。開門時間と開場時間を間違えてしまったのだ。本来ならまだ家で惰眠を貪っていても良かった時間に、なにが悲しくて制服を着て学校にいるのだろうか。

 思わず左手で顔を覆い、大きなため息をついていた。

 

 まあいいか。あなたはそう呟くと、未だ半開きの校門からその敷地内へと足を進める。

 しばらくどこかで休んでいることにしよう。

 

 

*  *  *

 

 

「あの子ウィードじゃない?」

 

 あなたが中庭に設えられたベンチで横になっていると、すぐ横の外廊下を少女らが通り過ぎていった。そのうちの一人の声だった。ふむ。

 ウィード。weed、雑草のことだろうか? 前世では雑草魂なんて言葉もあったが、第三次大戦を経てそのあたりの価値観はごっそり失われてしまった。戦中戦後と激しい生存競争を強いられる時代に、無力な精神論の入る余地はない。その価値観に照らし合わせれば、それは明確な罵倒だった。

 どういう意味だろうかと辺りを見回すと、いつの間にやら隣のベンチに腰掛けている少年が一人。

 自分のことか、さもなくば彼のことだろうか。

 

「こんなに早くから。補欠なのに、張り切っちゃって」

「所詮スペアなのにねえ」

 

 その言葉に渋面を浮かべる少年。少なくともあまり良い気分ではないのだろう。あなたもまた、意味は分からないながらに気分を害されていた。

 とはいえ事情も分からず行動を起こすのは早計というものだ。

 あなたが顔をあげると少女の一人と目が合ったが、彼女は慌てた風に首と手を振ると、ベンチの少年を指差していた。

 自分のことではなかったようだ。

 よく事情も分からないので、どうしたものかとボンヤリしていたら、相手は両手を合わせて謝意を表し、早足でこの場から立ち去っていった。不快が視線に出てしまったのかもしれない。気をつけよう。

 

 

 槍玉に挙げられた少年がどうしているか、視線をそちらに向けると、じっとこちらを見つめていた。【アナライズ】でもしているのだろうか? とはいえ神格(BOSS)であるあなたから読み取れることはない。能力も弱点も、それで分かるならあれほど苦労はしなかった。

 自分も【アナライズ】しておこう。もしもの場合に備えて。

 

 おお、とあなたは彼の保有する膨大な禍ツ霊(マガツヒ)に驚いた。こちらの世界でこれほどのマガツヒを持った人間は滅多にいない。

 能力は……【情報次元視覚】【高速魔法/単系統】【待機魔法/情報分解】【待機魔法/???】の四つ。一つ分からないものがあるとは言え、能力が見えているということは神格ではない。

 だがそのおぞましいマガツヒには覚えがあった。

 

 かつて創世のコトワリを懸けた三つの勢力のひとつ、ムスビ。他者に干渉せず、交わりから生まれる不幸の全てを蔑するコトワリは、あなたの友人、新田勇が拓いたものだった。守護神は漂流する神・ノア。

 あの守護神の、強烈な拒絶のマガツヒのことをよく覚えていた。

 それとよく似た、似すぎたマガツヒを、目の前の少年は背負っている。

 

 それが彼自身にとって良いことなのかどうかは分からない。

 だが、あなたが何かをする義理もないのだ。

 刹那のこととはいえ、()()を考えてしまった自分がおかしくなった。

 

 

 少年が未だ警戒を解かず、怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見ていたので、あなたは「MAGの量に驚いた」と釈明してみることにした。

 嘘ではないが真実でもない。

 だが本当のことを言ったところで理解はされないだろう。

 

「マグ?」

 

 それ以前の問題だった。

 MAG――マガツヒ――とは悪魔の力の源、意思を媒介する物質とされる。魔法の行使と放出される生体磁気量が正の比例関係にあることから、20世紀頃には「生体マグネタイト」と呼ばれていたものだ。ただし研究の結果、同名の鉱物(磁鉄鉱)との因果関係は薄く、混乱を避けるために略称として使われていたMAGだけが名称として残された。アマラ宇宙の悪魔たちはこれをマガツヒ(禍ツ霊)と呼んでいるが、こちらはまったく知られていない。

 とはいえそれも仕方のないことだった。そもそも現代魔法学ではMAG――マガツヒ――の研究はほとんど行われていないのだから。

 同様の物質について、現在では非物質粒子プシオン(霊子)仮説が有力で、MAGという言葉は大戦前の論文にしか見ることができなくなっていた。現代魔法師の卵が知らないのも当然のことだろう。

 あなたが今生の中で得た断片的な情報から、オーラやプシオンなどの言葉を探り出していくと、少年ははっきりと警戒心を露わにした。

 

 

「プシオン、オーラ? 霊子放射光過敏症、なのか?」

 

――どうも噛み合わない。あなたは首を傾げた。

 

 

 MAGの研究はろくに行われていないのに、MAGを見られることに警戒しているのか。

 だが【アナライズ】――奈良にいた古式魔法師たちは【見鬼】や【垣間見】と呼んでいたが――の魔法は、少なくとも前世では多くの術者が習得していたし、有用なものと理解もされていたはずだ。もちろん現代魔法が成立する以前の魔法(もの)だから、それなりの鍛錬も必要なものではあったが。

 

「古式魔法師は……誰でも、見えるのか?」

 

 最大級の警戒心と、猜疑心が窺える。

 【見鬼】は〈古都(みやこ)〉の魔法師なら、三人に一人は使っていたものだが、現代魔法では重視されていないのかもしれない。

 

「そうか……」

 

 あなたが答えると、少年はそれきり黙り込んでしまった。

 

 

 これ以上は話が続かなさそうだ。

 沈思黙考を始めた少年にさっきの騒動を軽く詫びてから、あなたはこの場を立ち去ることにした。

 

「いや、こちらこそ。気を使わせたようで悪かった」

 

 あなたが頭を下げると、少年は手を上げて気にするなといった風だ。

 そこで初めて気がついた。彼のブレザーには、あるべきエンブレムが見当たらない。

 

 

――二科生、だったか?

 

 

 ノアの気配のこともある。何か事情があるのかもしれない。

 注意しておくに越したことはないなと考えつつ、あなたはそのまま席を立った。

 

 

*  *  *

 

 

 第一高校には、学生の半数にとって忌まわしい伝統がある。

 一高生は、入学試験における魔法力測定の結果によって「一科生」と「二科生」に分けられる。

 この内、二科生を「紋無し」または「ウィード(雑草)」と呼び、差別する伝統である。

 第一高校の校章は、八枚花弁のエンブレム。制服にも刺繍としてデザインされているのだが、これがある制服の着用が許されるのは、全体の半数に相当する一科の生徒にのみ許された特権とされる。残り半数の生徒、即ち二科の生徒は、エンブレムの刺繍の無い制服を、三年間着用しなければならない。

 

 紋がないから紋無し。

 花の咲かない雑草。

 馬鹿馬鹿しいほどの明快さだ。

 

 一科と二科は、クラス編成の段階で分別される。

 一科のクラスには魔法実技の授業において、専門の教員による個別指導を受けることができるが、二科のクラスにこの指導教員は存在しない。よって彼らは独力で魔法技能を磨かなければならない。なにしろ卒業基準の魔法技能を習得できなければ、普通科高校の卒業資格しか得ることができないのだ。それは魔法大学への進学資格を失うということであり、高給と栄達の約束された選良(エリート)魔法師への道を絶たれるということに等しい。

 また進級ごとに成績に応じたクラス編成の入れ替えはあるものの、一科と二科の入れ替えは認められていなかった。これは個別指導員の手間を減らし、より効率的な指導を可能とするための措置であるとされ、九五年現在には明文化された制度となっている。

 そしてそのことが、一科の生徒に特権意識を植え付けることとなった。

 

 

 この二科生制度は本来、魔法科高校制度が短期間で決定、発足されたことによる準備不足――具体的には指導教員に足る人材不足――からの、あくまで暫定的な措置に過ぎなかった。だが、予算その他の諸事情によってそのまま定着してしまったらしい。暫定的に派遣が検討されていた魔法大学の助教らが、落ちこぼれを受け持って自身の評価を落とすことを嫌った……等という噂も実しやかに囁かれている。

 

 なお、一科生は二科生を表すウィードに対し、「ブルーム(花冠)」と自称する。

 

 間薙シンは、ブルームであった。




以降、やれるところまでは週刊ペースで更新予定です。なにしろ見切り発車だったもので。

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(20180308)誤字訂正
 禍ツ火 → 禍ツ霊

(20170221)修正
 物語の日付を7日→8日へ修正しました。

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