ある日都会から赴任することになった教師、中嶋守は赴任先の村にあるバス停で不思議な体験をすることになる。


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護り守られ。

「はぁ~・・・」

 

俺は今、雨宿りをしている。

辺りは森。目の前には舗装されていない砂利道。そこに掘っ立て小屋があって中には所々ヒビ割れした青いベンチが一つ。

見事に漫画で出てくるようなバス停だった。

 

俺、中嶋守(なかじま まもる)が何故こんな場所にいるのか。

 

なーに、話は簡単だ。

今朝早くに隣町のホテルからこの里に来て、村役場と村長さんに挨拶した後、来月から新しく赴任する分校へ下見も兼ねて挨拶に来たわけだ。

しかしながら、都会育ちの俺はもちろん田舎なんぞ未経験。

隣町から山を越えて行き来するバスが一日にたったの2本しかないと言う、なんとも地球温暖化に配慮した素晴らしい運行スケジュールに見事間に合わず、突如降り出した雨に打たれまいとこの場所で雨宿りをしていると言う訳だ。

 

「・・・厄日だったか。」

 

昔からテレビの番組で目にはしていたが、田舎のバスってのは一度乗り遅れるとかなりの時間を浪費してしまうからヒドく勿体無く感じる。

子供の頃はこんな時間でも雨にはしゃいだり公園の草むらから虫を探して遊んだりしたものだが、大人になってからは虫もマトモに触れない。

灯りの無いこのバス停は雨の音しか聞こえず、周辺真っ暗闇で足元も碌に見えやしない。

だが不思議と不気味なはずなのに妙に落ち着く。雨のカーテンに阻まれたこの掘っ立て小屋はまるで世界から隔離されたようにすら感じる。

 

と、言うように安っぽい小説のようなことを考えていたら、パシャパシャと足音のようなものが聞こえてきた。

その音は遠くからどんどん近づいてきて決して犬や猫ではない。人間の二本足で刻むリズミカルな足音だ。

俺は周囲の不気味さと正体不明の足音のせいで身構えてしまっていた。

 

最後に一際大きい『パシャッ』と水溜りを踏んだ足音が鳴った。

それと同時に姿を現したのはセーラー服姿の人間だった。

あまりの薄暗さに顔は見えないが、背丈的に中学生くらいで夏服セーラーと学校の鞄を頭の上に持ち上げながら掘っ立て小屋に入ってきた。

 

「きゃあっ!?」

 

「うぉおぅおうっ!?」

 

女の子は人が居ると思わなかったのだろう。俺の影に驚いて飛び退いた拍子に足を引っ掛け尻餅を付いて転んだ。

そんな彼女の反応と声に驚いた俺も身構えていた身体がホラー映画のドッキリシーンを見たと時バリに飛び上がった。

 

「あいたたた・・・」

 

転んだままでそう呟く女の子は可哀想な事に土砂降りの雨の中で水浸しの地面に尻餅を付いて全身見事にずぶ濡れになっていた。

 

「あ、だ、大丈夫か?」

 

思わず彼女に向かって手を差し伸べる。

女の子は数秒の後に俺の手を取って起き上がり掘っ立て小屋に入ってきた。

だいたい4、5人くらいなら入れるスペースのある掘っ立て小屋だから彼女から少し距離を取る。

相手も男だと気付いたらしく距離を取ってきた。

 

「・・・あの、驚かせてごめんね。」

 

「あ・・・いえ。こっちこそ大声だしちゃってごめんなさい・・・。」

 

やはり相手の影と服装くらいが見えるだけで顔が見えない。

目が慣れていてもこれなのだからこれ以上視界が明瞭になることはないだろう。

そんな中でずぶ濡れの女の子と至近距離で居るのは大人として・・・というか男として世間的な危険があるわけで。都会だと何時どんな場所で妙な疑いをかけられるかわかったもんじゃない。

それを何としても回避しなければいけない。

そう思い掘っ立て小屋の隅にある廃材を持っていたライターで燃やすことにした。

鞄の中からライターオイルを取り出してハンカチに染み込ませて廃材に置く。

その周りに残った廃材を囲むように置いて、いざ点火!

としたいところだが、突然色々な動作をしだして完全に警戒していた彼女に説明すべく

話しかけてみる。

 

「あの・・・これからここで火を焚くつもりなんだけど、いいかな?」

 

「・・・はい」

 

相手の許可も得たところでライターの火をつける。

薄っすらとした火の灯りが周囲を照らし、お互いの位置を確認してハンカチに火をつけた。

ライターオイルの染み込んだハンカチは簡単に燃え上がり、周囲の廃材に引火して焚き火の形を成立させた。

掘っ立て小屋に光と暖気が生まれた。

 

「これでお互いの場所がわかるし肌寒さも多少は解消されるだろ。」

 

「・・・初めて見る方ですね。里の人じゃないようですけど。」

 

それでも彼女は警戒しているようだった。

灯りが映し出した彼女の姿は前髪を真ん中で分けて後ろ髪はサクランボの髪留めでまとめたポニーテイル。

背丈は150センチくらいか、俺の胸元くらいまでしかない。

後はさっき言ったとおりの夏服セーラーでピンク色の下着がスケスケ状態・・・。

 

「って・・・その、えーと。」

 

「?」

 

俺はとりあえず椅子に置いていたスーツの上着を彼女に差し出した。

その上着を見てキョトンとする彼女だがとりあえず手に取ってもらえた。

 

「・・・なんですこれ?」

 

「いや・・・透けてるから・・・それ使って。」

 

状況をあまり理解出来ていないのか訳のわからないと言ったような表情をしながら下に視線を向ける。

まぁ、確かに服はスケスケで見事にブラと膨らんだモノがクッキリ形を成していた訳で、それを見た彼女の顔は焚き火の火よりも真っ赤に染まって腕で身体を隠した。

 

「と・・・とりあえず、俺あっち向いてるから上だけでも着替えなよ。」

 

「・・・その方が良さそう・・・ですね。風邪引いちゃうし。」

 

彼女の着替えが始まったが、何度も何度もこっちを見るなの連呼状態でようやく着替えが終わったらしく彼女に向き直った。

どうやらスカートも脱いだようで、椅子の端に纏められて乗せられていた。

つまるところ、裸ワイシャツならぬ裸スーツの誕生を垣間見たところである。

 

「えと・・・ワイシャツの方がよかったかな?」

 

「いえ・・・前をちゃんと閉じてれば温かくて良い感じです。」

 

「そ、そう。ならよかった」

 

女の子はそのまま座って暖をとりはじめた。

まだ7月に入ったばかりの梅雨が抜け切らない時期だ。時たま若干肌寒くもある季節だからこれだけ濡れたままだと体温も下がってるだろう。やはり火を焚いて正解だった。

 

「あの・・・ありがとうございます。」

 

「・・・とりあえず温まってから話そう。まだ震えてるようだし」

 

そういうと彼女は頷いた。

少ない廃材を少しずつ火にくべていく。場合によっては掘っ立て小屋のどこかを引っぺがす

かとかも考えていた。

5分程度が過ぎただろうか。彼女が口を開いた。

 

「あの、まだ自己紹介してないですね。私、瀬原護里(せはら まもり)って言います」

 

「俺は中嶋守。よろしくね護里ちゃん。」

 

「よろしくおねがいします。」

 

最低限のコミュニケーションは何とかクリアした。

気まずさは残っているものの会話する程度には警戒を解いてくれたようで少しありがたい。

しかし、現在は夜の8時を回っている。

どうしてこの子がこんな場所に雨の中を走って来たのか気にならないわけがない。

これでも一介の教師、子供の世話や安全も勤めの一つ!と意気込んで、彼女に理由を訪ねてみることにした。

 

「ねぇ護里ちゃん。君はどうしてこんな時間に雨の中を走ってきたの?」

 

「それは・・・・・・学校で居眠りしちゃって。気が付いたらもう暗くなってて雨も降ってたから走ってきたの。」

 

このバス停から分校までは歩いて10分くらいの場所にある。つまり、起きたのはついさっきで誰も起こしてくれず雨の中を帰る方法が走るしかなかったわけか。

だが、普通は教師が最後に見回って鍵を閉めたり送ったりしてもらえると思うが・・・。

 

「でも、一体どこで居眠りをしてたんだ? 教室ではないんだろ?」

 

「言えません。」

 

即答だった。言えない理由がわからない。

教室ではないのは間違いないようだけど、俺がその分校で勤めだしたらまた同じことが起こらないとも言えない。

今のうちに可能性の種を摘んでおきたいところだった。

 

「実は、俺は教師でね。君達の学校で来月から先生をすることになったんだ。だからまた同じことが起こらないように生徒が眠っても中々見つからない場所を教えといてもらいたいんだ。ダメかな?」

 

「・・・・・・」

 

沈黙を貫く護里。どうやら察しろと言うような雰囲気が目から伝わってくる。

しかし、学校で教師に見つからずにやり過ごせる場所と言うとそれほど多くないはずだ。

最後の見回りには格教室を回って異常が無いかを確認する。

この子はサボってたってわけでもないだろう。恐らくだが、ついうっかり眠ってしまってそれ以降誰にも見つからなかったのだろうから、そういう場所は限られる。

俺が学生だった時は体育館裏とか倉庫とか・・・後は保健室にトイレ・・・。ん?

 

「・・・まさか、トイレで居眠りしたのか?」

 

それを聞いて護里は一瞬だけ固まった後、俯いて顔を赤く染めて動かなくなった。

図星かよ!とか心の中でツッコんで言いたくない訳や察しろと言うのも頷ける。

というか、俺に全くデリカシーが無くて悪いことしたなとちょっと思った。

 

「あー・・・その・・・悪い。」

 

「・・・もう。しっかりしてください先生?」

 

恥ずかしがりながら笑顔を見せてくれたので一安心した。

 

 

焚き火をして掘っ立て小屋の中がかなり暖かくなった。

雨を出来るだけ避けるように火をつけたがやっぱり湿ってしまう廃材があるもんで、使えるものを集めてもそれほど長く火をつけていられない。

場合によってはこの掘っ立て小屋から出て民家を目指すことも考えなければいけない。

自分ひとりであれば一晩くらいはここで過ごせるが成長途中の女子中学生が身体を冷やすのは決していいことではないはずだ。

 

「・・・ここから君の家まではどれくらい時間がかかるの?」

 

「えっと・・・歩いて30分くらいですけど、どうしてですか?」

 

「いや、廃材がなくなったら火も消えてしまって寒くなるかもしれないだろ?それに親御さんも心配してるだろうし、送っていこうかと思ってね。」

 

「んー、親は多分大丈夫です。バスの乗り遅れなんてよくありますし、この雨ですから。それに今移動しようにも着る物もまだ乾いてないし・・・。」

 

ごもっとも。どちらにしろ、状況が状況だから移動も難しい。

雨に濡れるにも30分野晒し。身体が冷えたままで濡れた制服を着させるとなると間違いなく身体によくない。

まぁまだしばらく大丈夫だろうけど、いざとなったらその方法で行くしかないか。

 

「ところで、中嶋さんはどうしてこんなところに? あ、バスの乗り遅れは解るんですけど」

 

「あぁ、実は隣町に引越しの手続きに来ていてね。今日は村役場の人たちと村長さんに挨拶をして、ついでに校長先生にも挨拶してから校内を下見していたんだ。」

 

「まさか隣町行きと村中行きの両方乗り遅れたんですか?」

 

「・・・容量悪くてね、俺。」

 

このバス停は2つのバスが運行している。バスと言っても15人くらいが乗れるマイクロバスだ。今日の失敗と言えば学校に戻ってしまったことだった。

朝の10時にバスに揺られて約1時間、山を越えてこのバス停に到着した。それから30分待って村中行きのバスで20分で村役場に到着。12時頃に役場の人たちに挨拶して回って側の食堂で食事。時間は12時30分頃。ゆっくりして13時半に10分歩いて村長の家へ。

そこで2時間楽しく会話。16時にまたこのバス停に戻ってきた。

そこから10分歩いて学校には16時10分。挨拶と下見で1時間と少し。17時25分の隣町行きに乗り遅れ、17時50分に学校に一度戻るも校長は戸締り&帰宅。仕方なくバス停に戻ろうとしたときに雨が降り出した。そして18時の村中最終にも乗り遅れ途方に暮れたというのが今日の油断しまくりスケジュールだ。

今考えても情けなくて笑いが出てしまう。

 

「まぁ、村中は5本ですけど夕方の6時が最終ですもんね。」

 

「隣町行きは2本と来たもんだ。ホントに本数少ないよなー」

 

「・・・。」

 

「ん? どうかした?」

 

「・・・いえ。」

 

また何か気に障ることでも言ったかなと、少し無言のまま火を見つめる。

腕時計を見てみると8時30分。まだまだ先は長そうだ。

 

しかし、暖かくなったせいか眠気に襲われ始めた。

割と体力には自身がある方なんだが起きてから13時間ほどなのにもう瞼が重い。

地面に胡坐をかいて船を漕ぎ始める俺を見て護里が廃材をくべて提案する。

 

「中嶋さん、そんな体制だと身体によくないですよ。ベンチで横に」

 

「ん、すまん。どうも暖かいからなのか眠くなってきて」

 

「・・・。」

 

護里は立ち上がって隣に座った。お尻の下に平面を上にした鞄の上に座って足を伸ばす。

下着を着けているとは言えスーツの上着だけしか着ていないと言うのに、無防備と言うかなんというか。信用してくれるのはありがたいのだけれど正直目のやり場に困った。

 

「私の膝を枕に使ってください。」

 

「っ!?」

 

予想外の発言に超がつくほど戸惑った。

あたふたしている俺を見てまた笑われてしまった。

彼女は膝をぽんぽん、と叩いて催促してくる。

ダメだと思いつつも、眠気には勝てなかった。身体を横に倒して護里の膝を枕にしてすぐに眠ってしまった。

 

「・・・ぐっすりと、おやすみなさい。」

 

 

 

「・・・・・・さん」

 

「・・・ん」

 

「・・・まえさん」

 

「・・・んぇ?」

 

「お前さん・・・こんなところで何で寝てるんだい?」

 

目が覚めると朝だった。雨はすっかり上がって雲一つ無い太陽さんのお仕事日和だった。

草木は水滴で艶やかに、地面は水溜りが反射して輝いている。

青いベンチに寝ていた俺は上着をしっかり着て寝ていた。

 

「・・・護里ちゃんがおばあちゃんになった」

 

「はぁ? 何を言ってるんだいあんたは」

 

おばあさんはこれから畑仕事なのか動きやすそうな服装に首にタオルをかけて巾着を頭に巻いている。

元気そうなおばあさんは不思議そうな顔で俺の顔を見ていた。

 

「・・・あっ! バス、今何時だ!?」

 

「もう11時頃だよ。通りかかったらあんたがここで寝てたからどうしたのかとね」

 

「いやぁ、村中どころか隣町行きのバスにも乗り遅れちゃって。ここで夜を」

 

おばあさんは驚いた顔でバスの時刻表を見た。

手招きをしてきたのでおばあさんの居る時刻表を見に行く。

おばあさんが指を刺すのでその時刻表を見てみると、目を疑った。

 

おばあさん「あんた、9時のバスにも乗らなかったのかい?」

 

そう、おばあさんが指差したところに隣町行きの最終バスが夜の9時に来ることがしっかりと明記されていた。

俺は確かに何度も見返して一日2本の17時25分が最終だと確認していた。

なのに3本目の最終、21時が存在していた。

暗くて見落としたなんてことは無い。何度も確認したのは夕方だからしっかりと見える明るさだった。

そして俺が女の子、護里の膝で眠った時間帯は夜20時30分頃。

21時だったらバスの運転手が起こしてくれるはずだ。

焚き火を焚いていたのだから気付かないはずが無いし、護里も俺を起こしてバスのことを教えてくれるに違いない。

少なくとも、眠った俺を放って帰るような子ではないと思う。

 

「そら良かったねぇ。」

 

「・・・はい?」

 

その時、車の音が近づいてきて丁度バスの時間だと言うことを思い出した。

道の先を見てみると、やはりバスが近づいて着ていることがわかる。

そして掘っ立て小屋の前にバスが停車した。

 

「あら、ちゃんと時間通りに来れたんだねぇ?」

 

「やぁカヨさん。会社はえらい事になっとるけど運行はまだ許可されとるからね」

 

二人の会話には何か事件があったように聞こえる。つまり、昨日の夜にバスの運行会社になにかトラブルがあったのだろうということ。

その会話に割って入った。

 

「あ、あの。何かあったんですか?」

 

「ん? 昨日の最終便が隣町に帰る途中崖から転落してね。」

 

「えっ!?」

 

運転手「山道の途中を走っていたマイクロバスが雨でスリップしたのさ。車体の後方からガードレールを突き破ったところで止まったんで、運転手は咄嗟に外に出て何とか助かったんだが、数秒後にはバスはそのまま崖下へ落ちてったそうだ。」

 

「でも誰も乗ってなかったんだろう? 良かったじゃないか」

 

「まぁ乗せる人が居なかったらしいからね。市からはかなり叱られてるみたいだけど」

 

「そんな・・・俺、昨日の夜8時くらいからずっとここに居たんですけど。」

 

「え? でもここで雨宿りしながら5分停車してタバコを吸ったって言ってたから居ればすぐ分かると思うけどな」

 

全く持って不可解なことが起こっている。

俺が何度も確認したはずの時刻表を見間違えていたこと。

俺に気付かず隣町に帰ったバス。

こんな何も無い割れたベンチの上で12時間以上も熟睡してしまっていたこと。

そして彼女のこと。

 

「あの・・・この里の瀬原護里って女の子はどこに住んでるんですか?」

 

「瀬原護里・・・?」

 

「えぇ、昨日の夜一緒だったのでお礼でもと思って。」

 

カヨさんと運転手は顔を見合わせた。

二人はまじまじと俺を見て、カヨさんは笑顔で肩に手を置いてきた。

 

「そうかいそうかい。あんた、護られたんだねぇ」

 

「護られたって?」

 

運転手「この里には不思議な話があってね。里にとって大きな不幸が起ころうとしている時に、女の子が助けてくれるって言うね」

 

里の言い伝えのようなものなのか。

俺はそんな迷信めいたものを信じるような年齢ではないし、二人も同様だ。

二人して俺をからかうにしても、初対面を相手にふざけるような人たちとは思えない。

それに、今の話でどこに里にとって大きな不幸があるというのだろう。

夜の運転手に転落したバス。信用問題の話しでもなさそうだし里の存亡や経済的な話でもない。

 

「あんたさ。」

 

「え?」

 

「あんたがこの里にとって大事な役目を持っているって事だよ。」

 

俺自身がこの里にとって大事な役目を担っている。

昨日の夜にバスに乗ったことで俺が死んでしまったら、里には大きな損失だったってことなのか。

だから里に護られた。ただの教師である俺が?

 

「もし最終便に乗っていたら崖下転落あの世直行だったろうからね。」

 

その話を聞いてゾッとしないわけが無い。

確かに、隣町行き最終便に乗っていたら逃げ遅れて崖下転落。

隣町どころかあの世への最終便になるところだったというわけだ。

 

「あんた、この森山の里が遠い昔になんと呼ばれとったか知ってるかい?」

 

「いいえ、知りません。」

 

「”護里(まもりのさと)”」

 

「この里を作った巫女様の名前だったそうだ。」

 

彼女と同じ名前の里。それもずっと昔の呼び名。

それは霊なのか、神様なのか。わからないけれど、今も言い伝えられてこの里の人々を護っている。

彼女の怒った顔も笑顔も見守るように寝かしつける優しい顔もハッキリと覚えてる。

あの日以来、彼女とは一度も会っていない。俺に役目がなくなったのか、それとも命の危機は一度も無かったからか。それはわからない。

 

それから俺はこの里に赴任して来てもう10年が経った。妻と娘にも恵まれて、毎日子供達に勉強を教えながら野菜作りに勤しんでる。

何年かして、役場の新人が彼女に助けられたという話を耳にした。

今でも彼女はこの里で人々を護り続けてるんだろう。

彼女に助けられた恩返しに、俺も出来る事を精一杯こなしていこう。

家族のために、子供達のために、里のために、ね。

 

「お父さーん!」

 

「おう、護莉。今帰りか?」

 

「うん、今日は葉子ちゃんの家でね・・・

 

 

「・・・・・・がんばれ先生♪」

 

 



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