立華が大湊に帰ってから数日後、基地内での話題は、いつ、ブルーベリーを積みに行くか、であった。
どれだけ摘んで食べるか、ジャムにするか、皆好き勝手に言い合っていた。
大湊鎮守府に近い畑を農家さんから借り受けているのだ。
この日の午後。
立華は執務室で大淀とともに午後の仕事をしていた。
瑞稀は曙と共に散歩していた。
抱かれている時もあるのだが、自分で立って歩こうとする。
当然、覚束ない足取りで・・・。
今日も基地内をヨチヨチと歩いていたのだ。
今日は、なにか、変な感じがしていたが、特に気にすることなく散歩していた。
やっぱり、何かがおかしい、と曙は感じた。
ハッと気づくと・・・・
瑞稀の身体が淡く光っている様な感じがした・・・・・。
自分の目を疑い、再度見て見る。
感じ・・・ではなかった。
確かに、瑞稀の身体が淡く光っていた。
「?!!! まさか??」
曙は瑞稀を抱え上げ、急ぎ執務室へ掛ける。
ドカッ!
入口の扉をノックもせず、豪快に開ける。
「クソ提督、た、大変、瑞稀が、瑞稀が!!!!!」
「どうした? そんなに慌てて???」
と呑気に答えるが・・・
「これが呑気な場合か!!! 瑞稀の身体が、光ってるの!!!」
「な?!」
立華は席を立って瑞稀に近寄るが、確かに淡く光っていた。
「何だ? どうなってんだ? ?!!まさか?!!」
「そのまさかよ! これって、改になるときのヤツよ!!」
「と、とにかく、ここに座らせて。 明石を至急、呼んで!!」
館内放送で明石を執務室まで呼んだ。
「はああい、明石参上!! 何か御用ですかぁ。」
「明石、これを、瑞稀を診てくれ!」
「はい????」
ソファに座っている瑞稀を診ると・・・・
「?! これ、改だ・・・。間違いないわ・・・・でも、どうして???」
「分からん。 確かに、前から妖精さんが見えていたようだが、まだ艦娘でも提督でもないのに、なんで・・・・。」
立華、曙、大淀、明石も絶句する。
当の瑞稀は、今のところなんともないように見える。
「で、でも、この状態を解消するには、改にならないと・・・・・。」
「し、しか・・・ 成るのか? 瑞稀が??」
立華の動揺は、明らかだ。
この部屋にいる曙や明石にも見て取れる。
「クソ提督、落ち着いて! いま、アンタが落ち着かないといけないでしょ!!」
そう言われても、頭では分かっている、分かってはいるつもりの立華だが、こと瑞稀に関わることとなると、落ち着いてはいられなかった。
「ともかく、提督、医務室へ瑞稀ちゃんを連れて行きましょう。」
明石に言われ、瑞稀を抱えて医務室へと向かった。
執務室の騒ぎや、館内放送で明石を呼び出したことから、他の艦娘達が何ごとかと、ぞろぞろ集まってきていた。
医務室へ入ると、瑞稀の光はだんだん強くなってきていた。
ここに至って、瑞稀の呼吸が荒くなってきたようだった。
通常、改に成るには、艦娘本人と艦体の両方が必要だったが、瑞稀には艦体は無い。
医務室で明石が診察しているが、光は収まらない。
診察の結果は、至って普通、問題なし、との結果だった。
その時、医務室に妖精さんがいるのに気がついた。
その妖精は、瑞稀をジッと見詰めていたが、立華のほうに向かうと、手招きを始めた。
「?? 瑞稀を連れて、来いってか?」
妖精は喋らないが、ウンウン、と言っているようだった。
「クソ提督? どうするの??」
「分からん・・・ とりあえず、行ってみよう・・・・。」
立華が瑞稀を抱えて、妖精のあとをついて行く。
曙、明石も続く。
するとついていった先は、工廠だった。しかも、建造ドックに。
建造ドックには、建造中の艦があるのだが、妖精は登れと誘っている。
”この艦”は、立華が横須賀から建造途中で譲り受け、改装している”航空巡洋艦”だ。
ほぼ艤装工事は終わっているものの、どの艦娘のモノになるか、決まっていない艦である。
一行は艦橋に入って行く・・・羅針艦橋へ着くと、妖精がここに置け、と言っているようだった。
その指示に従って、瑞稀を床に置くと・・・
今まで以上に強い光が瑞稀を包んだ。
同時に艦体も光り始めた。
どこからともなく光の玉が現れ、瑞稀の周りを廻っている・・・。その光が不意に立華に向かってきた。
ぶつかる!と思うとスッと身体を通り抜けていった・・・・。
(瑞稀を成長させますね、あなた・・・・)
「えっ??? いま、声が・・・・・」
その光の玉が今度は曙へ向かい、ぶつかると思った瞬間、スッと身体を通り抜けていった・・・。
(今まで瑞稀を育ててくれてありがとう・・・・・)
「えっ? 声が・・誰???」
光の玉が瑞稀へと向かい、瑞稀の身体に入っていた・・・。
その瞬間、光が強くなり、皆、目を開けていられなくなった。
「「「「わあああああああ!!」」」」
艦体も同じように強く光を放ち始めた。
「「「きゃあああああああ」」」明石、曙、大淀が悲鳴を上げる。
どれくらい光っていただろうか。
長かったのか、短かったのか。
皆が目を開けられるようになって、見たものは・・・・・。
そこには赤ちゃんだった瑞稀がいたはずの場所には、裸の女の子が横たわっていた。
「??!!!」
立華が、恐る恐る近づいていった。
「瑞稀? 瑞稀なのか???」
息はしているようだが、返事はなかった。
いつしか、艦体の光も消えていた。
「なんなの? 一体???」
「わからん・・・何がなんだか・・・・とりあえず、この子を医務室へ連れて行こう。たぶん、瑞稀・・なんだろうな・・・・。」
側に妖精がこちらを見ながら、親指を立てていた。
(OKってか?)
立華は瑞稀らしき女の子を抱き上げ、皆で医務室へ向かった。
医務室で検査が行われ、身体的に人であること、なんらの異常は見られないことが確認された。
瑞稀らしき女の子は病衣を着せられ、ベットに寝かされている。
立華は思い至ったことがあり、曙にベットの傍にいるよう、頼み、私室に戻ってきた。
(確か、ここにしまったはずなんだが・・・・・ あった、あった。)
クローゼットから風呂敷に包まれたモノを持ち、医務室へと戻っていった。
「曙、どうだ?」
「まだ、目が覚めないわね。」
しばらく無言で瑞稀らしい女の子を見つめていた。
皆、怪訝そうな表情をしている。
う、うぅぅぅぅん、とうめき声がして、目を開ける・・・。
「?! 目が覚めたか!! 瑞稀?」
その目が立華を捉えると・・・・「お父さん・・・・・」
次に捉えらのは曙だった・・・・「ぼのママ・・・・・」
(はい?? しゃべった、よな・・・・)
「瑞稀か?」
「うん・・・・」
「どうしてこうなったか、話せるのか?」
「ううん・・・分からない・・・・ただ・・・・・」
「ただ?」
「お母さんの声が聞こえたの。そしたら意識がなくなって、気が付いたらここに・・・・。」
「?! 鳳翔の?」
「うん・・・・」
「そうか、そうか・・・・鳳翔が・・・・ 瑞稀、無事で何よりだ。 体は大丈夫か? 痛いところはないか?」
「うん、大丈夫みたい・・・・」
立華が目に涙を浮かべ、穏やかに瑞稀を見ている。
そんな2人を見詰める曙もほっとした表情をしている。
「あ、そうだ。 瑞稀。病衣じゃなんだから、これを着て。」
持ってきた風呂敷から着物を取り出し、瑞稀に渡した。
それは、桜色した着物と紺色の袴・・・だった。
「これ・・・・・ お母さんの匂い、がする・・・・」
着物に顔をつけて匂っていた。
「分かるか? お母さんの着物だよ。 着てみな。」
「うん。 ・・・・・あの・・・・・その・・・・・今、着替えるの???」
曙がハッとする。
「クソ提督! さっさと出てけ! 恥ずかしがってるでしょ!!! あたしが手伝うから!!」
曙に尻を叩かれながら部屋の外へ出された。
しばらく待っていると、
「もういいわよ。」
着替えが終わったようで、曙に呼ばれた。
ハッとした。
着物のせいで一瞬、鳳翔かと思った立華であるが、鳳翔の着物を着た瑞稀がいた。
「どう? 似合ってるでしょ?」
と曙が言う。
瑞稀の隣に曙が立っているが、見た感じ、曙より幼く見える。
しかし・・・・
「瑞稀?・・・・その恰好、何か、しっくりくるんだが・・・」
「そうよね? 私もしっくり来てるんだよ。これ。」
と両手を広げて着物を見せる。
(やはり、親子なんだなぁ)と思う立華であった。
瑞稀はその場でクルリとまわって見せた。
鳳翔ほど髪が長くないので、本当にポニーテールになっている。
「それで、ね・・・私、お腹が・・・空いた・・・の・・・・。」
時間は夕刻になっていた。
瑞稀を中心に食堂へ入っていた。
当然、艦娘達が、賑やかに食事、休憩をしている。
「「あれ? その子誰?」」
との表現が多いのは致し方ない。
しかし、翔鶴と瑞鶴ら空母娘達は違っていた・・・・・
「あれ? この感覚・・・・ お艦だ・・・。お艦、だよね? 翔鶴姉???」
「えぇ。 確かに。 提督、この子は?」
「改めて、紹介しておくよ。 この子は、瑞稀だ。ついさっきまで赤ちゃんだった・・・・艦娘の瑞稀だ。」
『えええええええええええっ!!!! 瑞稀ちゃん?????』
『どういうこと????』
「おれにも、さっぱりわからんのだ・・・・。曙も明石も・・・・。」
「そうなの? ぼのたん??」
「ええ。 訳わかんないわ。 でも、瑞稀なのは確かよ。」
皆、引いている。 仕方のないことだが、誰も説明出来ないのだ。
赤ちゃんが一瞬で成人化するなんて、聞いたことも無ければ、見たことも無いのだから・・・・。
「瑞稀です。 お久しぶり、と言いますか、初めまして、と言いますか・・・よろしくお願いします。」
しかし、そこは艦娘だ。
皆瑞稀に話しかけていく。
「瑞稀ちゃん、これからは一緒に出撃することになりそうね。瑞鶴や他の空母娘たちと、よろしくね。」
「Hey! 瑞稀ぃ! 何かあったら、皆に聞くデスヨ!」
「それで、瑞稀ちゃんの艦は?」
「そうだそうだ。」
「え~っと、艦はですねぇ、今、ドックに入ってるヤツでぇ・・・・・」
「航空巡洋艦だよ。」
と立華が横から補足する。
「艦体全長220m、20.3cm連装砲、長10cm連装砲および両用砲、25mm機銃、ポンポン砲、4連装魚雷を備え、190mのアングルドデッキの飛行甲板、エレベーター2基、射出カタパルト2機を備える、常用補用併せて40機余を搭載する、大湊鎮守府特製の航空巡洋艦。」
「そのサイズは、私たち金剛型とほぼ同じですね。」
と榛名が言う。
「その大きさで、巡洋艦なの??」
同じ巡洋艦の熊野が言う。
「じゃあ、型式はどうなるの?」
「艦の名前は、考えてなかったから・・・・そのままでいくとだな・・・瑞稀型航空巡洋艦1番艦、瑞稀、という事になるが・・・」
「いいんじゃない? どう? 瑞稀ちゃんは?」
「ふ~~ん・・・・いいんじゃないかな」
「じゃ、それでいこう。」
(ちょっと安直すぎるかな? ま、なんとかなるだろ。)と思う立華であった。
「どうしたの?」
と曙が立華に聞く。
「ん? どうしたもんかなぁって。 瑞稀は、確かに艦娘だろう。そうすると、出撃して、戦わなければならないんだよな・・・・・。 自分の娘を戦場に行かせることになるなんて、思ってもみなかったから、どうしようって・・・・・ 鳳翔と同じように沈む可能性があるのに、その戦場に喜んで行かせる親なんていないだろうな、て。」
「・・・艦娘なら、仕方がないことだとは、思うけど。 わたしも変な感覚はするわ。 クソ提督と同じ、短くとも母親代わりをしてきたんだもの・・・・」
曙も立華と同じような、親としての感覚を持っていた。
嬉しさ半分、悲しさ半分。
2100。
食事も入浴もを終えて、執務室に立華はいた。そばに曙と瑞稀がいる。大淀は自室に帰って行った。
さて、どうしたものか、と考えていたが、
「瑞稀の部屋をどうしようか? 時間が時間なので、今から割り当ては出来ないしなぁ。」
「そうねぇ・・・明日からならなんとかなるでしょうけど。 いきなり一人部屋というのも寂しいわね。 ・・・・そうだわ。 龍鳳さんとこと同じ部屋にしましょう。彼女なら先輩として、師匠としてもいいんじゃないかしら。」
「そうだな・・・・そうするか。 じゃぁ、今日はどうしようか?」
瑞稀から思わぬ返答があった。
「あ、あの・・・私は三人で、寝たい。 お父さんとぼのママと。」
三人で寝たいという。
この間みたいに、川の字で。
「いいの?」
「うん。 もう、離ればなれになっちゃうんでしょ? だったら今日くらい、ね? いいでしょ?」
そう言われ、二人に拒む理由は無かった。
(こんなに、我儘だったか・・・・)
三人で私室のベットに入り込んだ。
瑞稀が笑っている。
「へへへっ。ぼのママぁ」
と抱き着いている。
「ちょっ、瑞稀、寝れないじゃない! もう! 赤ちゃんみたいじゃない・・・」
「ぼのママぁ、抱いてよぉ、いいじゃない。」
曙にスリスリしてる。
「もう! 大きな赤ちゃんね。」
その二人を、大きな無骨な腕が包み込む。
「な!」
「にへへへぇ、 ぼのママとお父さんと、一緒だよぉん。」
「ああ、一緒だよ。二人は俺にとって掛け替えのない、大事な、家族だ。」
「うん。 お父さん、ありがと。 ぼのママ、お父さんをよろしくお願いします。 早くケッコンしてよね。見てる方が恥ずかしいから、さ。 あのイチャイチャぶりは。」
その言葉に、曙、立華が茹蛸のようになった。
そんな二人を尻目に瑞稀は穏やかな顔をして眠りに落ちていく。
その寝顔を見ながら、立華が聞く。
「だってさ。どうする? 曙?」
「べ、別に、嫌じゃないし。アンタ次第よ。あ、あたしはいつでもいいわよ。」
その言葉に目を細め、
「じゃ、よろしく。」
そういって、立華と曙の唇が重なる。
「んっ・・・」
いつもより長く、いつもより強く・・・・。
余韻に浸りながら、2人も眠りに就く。