藍い苺の咲く頃   作:鶉野千歳

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出張-(報告)-

8月中旬。

予てより立華は出張の予定があった。

目的は、大湊鎮守府に配備される、新型大型飛行艇と新型水上戦闘機の受領のためだ。

目的地は近畿地方だ。

大湊から近畿までは片道3時間の飛行時間を必要とするため、宿泊付の予定である。

1000。

執務室に、大淀、翔鶴、青葉が呼ばれていた。

 

「大淀さん、副官の君に基地運営を任せる。 補佐として翔鶴。連絡係に青葉。君たちにお願いする。 翔鶴は、佐世保でも補佐業務をしていたから、問題は無いと思う。 今回の出張は、近畿方面なので泊りになる。2泊3日の予定だが、戻るまで後を頼むね。みんな。」

 

立華の随行は、秘書艦の曙である。

もちろん、瑞稀も一緒だ。

基地を出発した立華らは1030、飛行場に到着した。

大湊第2飛行場に1機の輸送機が駐機している。

今回、立華らが搭乗する機体である。

車から直接タラップまで乗り付け、3人は搭乗していく。

近くには、4機の烈風が増槽付で待機していた。

今回の輸送機の護衛である。

空母翔鶴の第1飛行中隊の4機である。

計5機編隊となるのだが、既に暖機を行っており、3人が着席と同時に、誘導路へと進み始めた。

 

「曙は始めてかい?空路で移動するのは?」

 

「え、ええ。 あたし達は海の上が基本だから、空を飛んでいくことは無いから。」

 

「怖い?」

 

「こ、怖くな、、、ちょっと、ね。」

 

「大丈夫だよ。我が国の技術と機長の腕を信じな。」

 

1045。

 

「こちら提督搭乗機、離陸準備完了、離陸許可願います。」

 

「こちら管制塔。進路クリア、滑走路1番より離陸を許可する。」

 

「了解。滑走路1番より離陸する。」

 

「こちら管制塔。護衛戦闘機隊は提督搭乗機に続いて滑走路1番より離陸せよ。」

 

「こちら空母翔鶴第1飛行中隊隊長機、離陸許可了解。滑走路1番より、提督搭乗機に続いて離陸する。」

 

「提督、では、行きます!」

 

と機長が声を掛けてくれた。

 

「よろしく!」

 

と返答する。

 

2500mの滑走路を速度を上げて走っていく。

空荷の輸送機の離陸距離は短い。

半分も走らずに空中に浮いていく。

輸送機の後を追うように、4機の烈風が離陸していく。

上空で輸送機を中心に輪形陣を成し、一路南西を目指して飛んでいく。

目的地は、姫路の鶉野である。

なぜ、鶉野か、と言えば・・・・・

単に、阪神地域の飛行場、伊丹や八尾が手狭な事を理由に使用を断られたから、だ。

ただ、立華はこれ幸いに、宿泊を行程に突っ込んだのだ。

なぜか? それは・・・・立華のもう一つの目的地に関係する。

 

「ねぇ、向こうに着いたら、どうするの?」

 

「鶉野からは車で移動だ。まず、ウチに行って墓参りだ。」

 

「はあ?! ウチ? なに、その公私混同は?」

 

「仕方ないだろ。 鶉野飛行場の周りには適当な宿は無いんだから。で、ウチが車で30分くらいだからさ、そこにしたわけ。宿代が浮くしね。」

 

「はあああ、遊びじゃないのよ、全くもう・・・・・。」

 

ははははっと笑って誤魔化す立華であった。

 

「実家ってことは、ご両親が居るんじゃないの?」

 

「ああ。母親が一人で居るよ。オヤジは5年前に病気で死んじまったからな。」

 

「ふ~ん、ところで、クソ提督は関西出身なの?」

 

「そうだよ。 なんで?」

 

「あまり、関西訛りを聞かないから。」

 

「まあ、関西って言っても、コテコテの大阪じゃないし、播州は播磨の国出身だから、所謂大阪弁とはだいぶ違うけどね。」

 

「そうなの?」

 

「そんなもんさ。」

 

 

1400。

飛行時間3時間ほどで鶉野飛行場の上空に到達した。

かつて、鶉野飛行場は海軍航空隊の一飛行場に過ぎず、航空機製造工場も併設されていたが駐屯する航空機の数も多くなく、どちらかと言えば訓練を中心にした飛行場だった、と言われている。大戦後、滑走路は閉鎖され、生活道路が何本も横断する荒れた土地だったが、深海棲艦との戦いによって飛行場を再開、再整備したのだ。道路は迂回か地下化されており、延長約1500m強の滑走路1本を持つ小さな飛行場だ。ジェット推進機には短い滑走路だが、積み荷が無いので何とかなるのだった。

輸送機はその滑走路を目指して降下する。

 

「こちら、大湊所属輸送機および護衛戦闘機隊、鶉野飛行場への着陸を許可願います。」

 

「こちら鶉野管制、ようこそ。 滑走路に障害無、風は無し、視界良好です。着陸許可します。」

 

「了解、これより輸送機から着陸する。」

 

後輪が接地する。その衝撃は、機長の腕前によるところが大きいが、小さなものであった。

駐機場まで進むと、護衛の戦闘機隊も着陸態勢に入っていた。

輸送機から立華が降機するとき、

 

「では、機長。行ってくるよ。他の連中もあんまり羽目を外さないように。頼みましたよ。」

 

立華は1台の車を用意していた。自ら運転するつもりのようだった。

降り立つと熱気が襲ってくる。

 

「あっついなぁ。 何度だ?」

 

「飛行場長です。遠路遥々、熱いところへようこそ。ご依頼の車はあちらに。」

 

「ありがとう。 お世話になります。」

 

この時期の播磨地方は・・・熱い! 大湊とは大違いである。

 

「熱いわね。」

 

と曙。

 

早速車に乗り込み、冷房を入れ、走らせていく。

鶉野飛行場から東へと。田んぼの中を走り、川を何回か渡り、目的地に近づいていた。

町の中心を北から南へと流れる川の河岸段丘の上に出来ている町だった。

立華の目的地・実家はその河岸段丘の一番底にあたる台地にある。

立華の父が自営業兼農業であったため、工作場、農業機械の倉庫と建物はこの辺りにしては大きいだろう。

その建物に車を入れていく。元は倉庫だったが、父の死後、遺品整理をして今はガランとしている。

車を降りて家の入口に向かう。

 

曙が「へぇ---、ココがクソ提督の実家なの?」と呟く。

 

縁側に女性が一人座ってお茶を飲んでいるようだった。

 

「おふくろ、帰ったで。元気やったか?」

 

「ああ、あんたか。 よう帰ってきたな。元気やで。 ま、中入んなさい。」

 

「ああ。  曙、おいで。」

 

「お邪魔します・・・・。」

 

「ん? なんや女の子連れかい?」

 

「この子は、曙。俺の秘書艦。で、こっちが・・・・」

 

「瑞稀ちゃん?  大きぃなって。  まあ、遠慮せんと、上りや。」

 

玄関で靴を脱ぎ、居間に上がった。

 

「あ~~、疲れたぁ・・。」

 

と畳に寝っ転がって伸びをする立華に、

 

「先に仏さんに挨拶しときや。」

 

と母親が声を掛ける。

 

「へぇぇい」

 

という間の抜けた返事をし、

そそくさと仏壇の前に進み、正座して手を合わせた。

その姿をみた曙が笑う。

 

「あははははっ。 何よそれ。 子供じゃない。まったく頭が上がってないじゃない! 提督の名前が泣くわよ?」

 

「いいんだよ! ここはウチの中だ! それに自分の親には上がらんものなの!」

 

と嘯いて見せるが、曙は、まだ笑っている。

しかも、腹を抱えて笑い転げている。

 

「あはははははっ、可笑しいったら、ないわ。」

 

「笑い過ぎだ!!」

(くそっ、連れてくるんじゃなかったわ。)

 

ムッとする立華である。

今日は実家に泊って明朝は新型機受領のために工場へ向かう予定である。

まだ日は高い。

 

「そうや。 あの子の名前、彫っておいたで。」

 

「そうか。ありがと。 ・・・・ 今日のうちに見に行くか・・・。」

 

「あの子?」

 

「鳳翔だよ。」

 

「?!」

 

立華は曙と共に墓参りに行くことにした。瑞稀を母親に預けて。

実家から徒歩で30分ほど、車なら10分と掛からないところにお寺がある。

立華家はこのお寺の檀家の一つだ。

境内の脇から墓地に向かう。

墓地は本堂より1段高い河岸段丘の上にある。

昔からのお墓であるため、今風の区画が整理された墓地ではない。

自分のお墓にたどり着くには、他人さまのお墓の敷地を抜けていかなければならない。

暫く歩き、目的のお墓の前まで来た2人。立華家の墓だ。

線香を焚き、手を合わせる。

墓石に”鳳翔”の名前が彫ってあった。

 

「ココに鳳翔の遺骨どころか形見のモノすら入っていない。ただ、拠り所であるだけなんだが、な・・・。」

 

「そうなの?」

 

「もう1年、まだ1年、だな。」

 

立華が話し始める・・・・。

 

「鳳翔・・・ お前が居なくなってもの凄く寂しかったよ。悲しかった・・・・。

 いっその事、お前の後を追うかとも思ったこともあったよ・・・・。

 でも、そばには瑞稀が居た。居たからこそ死にきれなかった。

 そんな自暴自棄の俺が生きてこれたのは、瑞稀が居たからだよ、ホントに。

 お前に、瑞稀を頼まれたからな。

 瑞稀だけは守ろうって。瑞稀と共に生きようって。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 何とか割り切る事が出来た頃、大湊への配属だ。

 鳳翔・・・ 今、俺には共に生きようと思う娘が、艦娘が居る。ここに居る、曙だ。」

 

「?!!!  何を・・・・・!!!!」

 

前触れもなく、いきなり言われた曙の顔が赤くなった。

 

「女たらし、と思われるだろうが、分かってほしい。 俺のホントの、身勝手な我儘だが、許してくれ。お前との思い出は心の中の奥に仕舞い込んでしまうが、許してくれ。 ・・・・すまない・・・・。」

 

手を合わせたまま頭を垂れていた。

次に曙が墓前に進んで手を合わせる。

 

「はあ・・・・ 何をいきなり言うのかと思ったけど・・・・鳳翔さん、クソ提督の事は任せて頂戴。鳳翔さんの事も大事にさせるわよ。」

 

2人による墓参り、というより、報告が終わった。

 

 

夕食。立華にとっては久しぶりの、母の味、であるが、

 

「年寄の一人暮らしやから、大したモンは用意できんけど、あるモンで食べてや。」

 

自宅の畑で採れた野菜の炒めもの、自家製梅干しに自家製らっきょうの甘酢付け、なぜか豚生姜焼き。

 

「気にしてへんから、大丈夫や。」

 

3人は他愛もない話をし、食事を終える。

食後、3人でお茶を啜っているところで、立華が話始めた。

 

「おふくろに、また墓守を頼む形になるけど、頼むわ。帰れるときには帰ってくるからや。」

 

「アンタも忙しいんやろ? 無理せんでもええ。 で、その子、曙ちゃんやったか? どうするんや? 秘書艦や言うてたけど。」

 

膝の上で瑞稀をあやしながら母親が言った。

 

「ん? そうやな・・・・・ 時期が来たら話そうと思うてたんやけど・・・・・俺、曙と一緒に居る事にしたよ。さっき、墓でも報告してきた。」

 

「そうか。 アンタの人生や。好きにしたらええ。 曙ちゃん、こんな子持ち男やけど、面倒見たってくれるか?」

 

「え、、、あ、、、、こちらこそ、お願いします、お、お義母さん。 瑞稀ちゃんもちゃんと面倒見ますから。」

 

「そうかそうか。 じゃあ、安心やな。 それにしても、アンタ、ちょっと若すぎへんか? ロリコンやないな?」

 

「違うわ! たまたま惚れたんが曙やっただけや!」

 

と言って立華と曙の顔が赤くなる。

(たまたま、曙が幼く見えるだけやっちゅうねん。 普段、キツイけど・・。)

はいはい、と笑って返事をした母親である。

この後、2人は瑞稀を交互に渡しながら風呂に入り、早めに就寝することにした。

ココでは、ベットではなく、畳で、布団である。

立華と曙の2枚の布団が並べて敷いてある。薄い掛け布団が掛けてある。

立華が先に布団に入った。

そこに、曙が入ってきた。瑞稀を抱えて。 1枚の布団に、川の字になっている。

 

「狭くないか?」

 

「狭いのがいいんじゃない。 それともクソ提督は嫌?」

 

「・・・嫌なもんか。むしろ大歓迎。」

 

といって瑞稀、曙の2人を抱きかかえて。

 

「曙・・・・さっき言った通り、これからもよろしくな。」

 

曙は瑞稀を抱いて、立華の胸に抱かれて。

 

「こっ、こちらこそ。」

 

2人、いや3人は眠りに就いた。

 


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