「涼しくなりましたね。」
と大淀が言う。
「そうネェ、今年の夏も暑かったネ。それはそうと、今年のブルーベリーは豊作だったネ!」
と茶化した返事を金剛がする。
「もう、食べる事ばっかりじゃない。」
と呆れる曙。
「摘みたては、甘酸っぱくて美味しいかったですね。今年はブルーベリージャム、たんまり確保できましたよ。スコーンにも合うと思いますよ!」
と大淀。
「OH! それはベリーグッドネ!!」
と最後に金剛が締める。
ここ大湊鎮守府の夏は過ぎ、10月になり、秋になっていた。
下北半島の山々は、山頂から紅葉してきている。
目の前に広がる大湊湾は陸奥湾の奥まったところにあり、大きな陸奥湾のおかげで、波は穏やかである。そこに釜臥山の紅葉が映えると、美しい。溜息が出るほどに。
今日、ここ大湊鎮守府に新たな提督が着任する、と軍令部から連絡が来たのが、1週間ほど前のこと。
その提督は、前任地での勤務2年間で200にもなる戦闘にことごとく勝利した、という記録がある。
また、失った艦娘は1艦だけ、という。
前任地、第2佐世保鎮守府の立ち上げからかかわったという、かなりのやり手の提督らしい。
齢35という。ん~、若くは無い年齢ではあるが、そんな提督が来るらしい。 ここ大湊に。
大湊にも前任の提督はいたが、病気治療のため、予備役となり大湊を離れて行った。
前任者も悪くは無かったが、神経質な人であり、やや気難しい側面があった。
神経質すぎたのか、着任1年と経たないうちに精神に異常を来たしてしまった。
そして、分別がつかなくなる前に自ら申し出て予備役になったのである。
そのため、秘書艦たる私はそれなりに苦労もしたのだが、今度はどうなる事やら、心配でもある。
そうそう。軍令部からの連絡にはこんな付属資料があったわね。
<大湊鎮守府配属の新提督の家族について>
え---と・・・
<新提督の家族が1名同行する。詳細は到着後、指示に従うように。>
家族って・・・誰なんだろう? 奥様がついてくるのかしら?
ま、提督の荷物は朝までに届いているけど、でも、そんなに多くはなかったよね?
この日の昼過ぎ。
門前に1台の車が止まった。
一人の男が降り立つ。軍帽をかぶり、それなりの大きさの籠(?)を抱えている。
反対の手にはキャリーを引いている。
男は門番に敬礼をする。
「本日付けでここ大湊鎮守府に配属になったものだが、秘書艦を呼んでくれないか?」
門番が秘書艦に連絡し、しばらくすると女性が小走りに来た。
長い黒髪、眼鏡を掛け、セーラー風の服装だ。
軽く挨拶を交わす二人。
「あなたが、新しい提督さんですか? 大淀と申します。この基地の秘書艦兼副官をしております。よろしくお願いいたします。」
「立華です。本日付けで大湊鎮守府の提督として命を受けて来ました。よろしく。」
二人は握手を交わす。
「では、ご案内しますね。 こちらへ。 お荷物、お持ちします。」
「それじゃあ、キャリーをお願いするよ。」
「あの・・・・ ご家族とご一緒と伺っていましたが・・・・」
「ああ、この子だよ。」
「はい????」
立華が抱えている籠の布を捲ると、そこには、スヤスヤと眠る赤ちゃんが居た。
「ええええええ!!!! 赤ちゃん????」
「ああ。 この子もよろしく。名は、瑞稀という。 生後半年。」
「はああ・・・」
大淀は生返事を返すが・・・。赤ちゃんとは思ってもみなかったので、どうしたものかと、考えてしまった。
「ま、まずは、執務室へご案内しますね。」
としか言えなかった。
大淀の案内で執務室へ向かう。
途中、何人かの艦娘と出会う。
「ん? 大淀、それが新しい提督ぅ?」
「ええ、そうですよ。」
「よろしく。」
などと軽いやり取りをしながらお互い敬礼をする。
しばらく歩いて執務室の前に着いた。
「こちらが執務室になります。」
大淀が扉を開け、室内へ入ると、そこには2人の女性、いや、女の子が居た。
「あら、朝潮ちゃんに曙ちゃん、いたのね。」
「先ほどから、ね。 お待ちしておりました。 お久しぶりです提督。朝潮です。」
「久しぶりね。クソ提督。 曙よ。」
立華が机まで移動し、籠を机上に置く。
「本日付けで大湊鎮守府の提督としての命を受けて来た、立華大佐です。よろしく。」
立華が2人を交互に見つめる。
朝潮と曙は、立華の見知った顔だった。
「1年ぶりかな? 前は横須賀での合同演習で逢ったな。 元気だったかい?」
白のブラウスに紺の吊スカートの朝潮の目は・・キリッ、と見つめ返してる。
長い黒髪を後ろに伸ばしている。
白地のセーラー服、紺色のスカート姿の曙は・・なぜか顔が、ほのかに朱いような・・。
ほのかにピンク色の髪を、頭のサイドからの一括りのお下げみたいにしている。髪留めは、ミヤコワスレだったか。
「・・・それと、娘の瑞稀だ。こちらもよろしく。 この子とは初めてだよな?」
「「へ?? 娘??」」
「「は??? 赤ちゃん????」」
籠の中の赤ちゃんを見せながら、立華が挨拶する。
「ええええええ!!! 提督の娘さん???」
「良く寝てるじゃない。可愛いわね。 この子がクソ提督の娘さんなのね。」
2人が籠の中の赤ん坊を覗き込む。 同時に、目を覚ましたらしく、小さく欠伸をする。
小さな眼が、朝潮と曙を捉える・・・。
マ~~マ、と呟いたかと思うと、見る見るうちに顔が崩れ、大声で泣き出してしまった。
「ありゃあああ・・・・ 起きちまったか・・・あんまり、人見知りする子ではないんだが・・・・」
立華が籠から抱き上げようと動いたその時、既に、赤ん坊は朝潮の腕の中に居た。
「あら~、どうちましたかぁ???」
朝潮が、あやしても、泣きやまなかった・・・・。
「ん・・・、おしめではない様です、提督・・・。」
「あたしが抱くわよ。」と今度は曙が瑞稀を抱く。
曙の顔を見て・・・泣き止んだ・・・・。
(おや? 曙を気に入ったかな?)と呟く。
曙の腕の中で、ア-、ウ-、と機嫌が良さそうだ。
「あ、あたしじゃ、ダメなの?」
と肩を落とす朝潮。
(朝潮が抱く姿は・・・・ どう見ても、小学生の姉が、妹をあやしている風にしか見えないなあ・・・・。)
「あ、曙? すまないが、ちょっと、面倒見ててくれるかい?」
「・・・・いいわよ、別に。 今日は、もう出撃もないし・・・。」
「じゃあ、頼むよ。」
そこへ大淀が哺乳瓶にミルクを作って持ってきてくれた。
「提督、これではないかと、思います。」
大淀が哺乳瓶を曙に渡し、
「ミルク、飲みまちゅか?」と赤ちゃん言葉で曙が言う。
(なして、赤ちゃん言葉かね?)
瑞稀は哺乳瓶に吸い付いて、コクコクと飲んでいく。
「この子の母親は?」と朝潮が聞くが・・・・
立華の顔が一瞬、曇る。
「・・・・母親は・・・・ いない・・よ。」
朝潮、曙の2人は首を傾げるが、提督は口をつぐんだままだった。
「まあ、他のみんなへの着任の挨拶は、夕飯の時になるのかな? じゃあ、解散していいよ。」
「あ、大淀さんは残って。」
「「「はい。」」」
「それじゃ、あたしはこのまま居るわね。 いいわよね? クソ提督。」
(クソ提督は、確定かい・・・)
「ああ。いいよ。 お願いするよ。」
朝潮が執務室を出ていく。出ていくのを確認したのち、立華は大淀に話を始める。
「さて、部屋の片付けは、ぼちぼちやるか。 んで、大淀さん。 君は私のこと、前任地での事を知っているんだよね?」
「はい・・・・ 大まかではありますが、資料上は、ですけど・・・・。 詳細は記載がありませんので・・・・」
「そうかい・・・。」
「あら? あたしは聞きたいわね。」
「・・・じゃあ、詳細はみんなの前で話すとするか、な。」
「じゃ、仕事を始めようか。 大淀さん? 書類を。」
「はい。 今日確認いただく分はこちらになります。」
と書類を差し出していく。
「あ、提督。 本日1830より、食堂にて提督の着任歓迎パーティを行いますので、それまでに書類仕事を終えてください。あと、その時に当基地所属の艦娘全員と対面していただきますので、よろしくお願いしますね。」
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この時代、提督の仕事は、多くが電子化、ネットワーク化され、ペンで書類を書き起こすなんてことはしない。
自席の端末から行うのである。 ただ、ハンコというレースが必要なため、印刷してサインが必要となるのだ。
(このへんは、前近代的なんだよね。)
艦娘が作る報告書も端末で”入力”して印刷をする。
だから、昔ほど机に噛り付いて・・・・なんていうことはもう、ないのである。
通信環境も整備されており、TV会議やTV電話が基地内、鎮守府間でのやり取りに使用されている。すべて双方向通信が可能で、リアルタイム通信が整備されている。
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