なかない少女とよなきポケモン   作:オオルリ

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4 四つ葉のマフラー

 野生のムウマは夜行性なので、基本的に日中は眠っている。

 最近は少女のことを気にかけて寝不足気味だったので、その日、ムウマはすみかの枯れ木で丸くなって熟睡していた。

 木の上の方に出来た小さなウロが、ムウマの隠れ家だった。枯れ木といっても風を通さないし保温性も高いしで、これでなかなか居心地が良かった。

 丸くなって静かに寝息を立てていると、突然激しい揺れが体を襲った。

 

 

『な、なんだ……!?』

 ミシミシと音を立てながら我が家の枯れ木が上下左右に揺れている。

 すわ地震かと思って慌てて外に飛び出すと、くるりん髪の友達のムウマと出くわし、出会い頭にごちんと頭をぶつけてしまった。

『うわっ!?』

『痛てっ!』

 彼もまた同じ枯れ木をすみかにしていた。ムウマ同様揺れを感じて飛び起きてきたらしい。寝起きざまに頭突きをくらい、お互いに目を白黒させる。

 

 

 ムウマは謝りながら友達に話しかけた。

『ごめんごめん。それにしてもどうしたんだろう?』

『分かんない。地震かな?』

 その時、下の方から声が響いてきた。

「こらーっ! 下りてこーい!」

 見ると木の根本に墓守りとサンドパンの姿があった。

 

 

「いつもいつもくだらないイタズラを仕掛けてきおって! 今日こそ積年の恨みを晴らしてやる!」

 どうやらいつも驚かされてきたことへの復讐に来たらしい。愛用のスコップを両手で振り上げながら怒鳴っている。

 ということは、先程の揺れは彼の相棒のサンドパンの仕業なのだろう。木の幹に"みだれひっかき"なり"ころがる"攻撃などを仕掛け、寝ていたムウマたちを叩き起こしたのだ。

 

 

 友達は犯人の正体を知り、あくびをしながらやれやれという風に肩をすくめた。

『なんだあの人か』

 ムウマは友達をたしなめた。

『なんだあの人か、じゃないよ。ずいぶんとご立腹じゃないか。君があの人ばかりにちょっかいをかけ過ぎたせいだよ』

『そんなにはかけてないよ』

『この間だってずぶ濡れにしてたじゃないか。あれは何をしたんだい?』

 

 

 友達は悪びれた様子も無く答えた。

『いやぁ、ちょっと包丁を持った人形の幻を見せて迫ったら予想以上に怖がられてさぁ』

『それで?』

『調子に乗って追いかけ回してたんだよ』

『うんうん』

『そしたらあの人が足を踏み外して、池に落ちたんだ』

『…………』

 たぶんその時、堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 

 

 ムウマはため息をつきながら言った。

『何にしてもやり過ぎたんだよ。カンカンじゃないか、あの人』

 友達はフワフワと空中を漂いながらのん気に笑った。

『いやぁ、だってあの人毎回毎回リアクションが面白いんだもの。恐怖心の味もいいし』

「こらーっ、聞いているのか! 覚悟しろよ、イタズラゴーストどもぉ!」

 下では堪忍袋の緒が切れた墓守りが大声で怒鳴っていた。

 明確な敵意を向けられているというのに、二匹特に慌てた様子もなく、のんびり会話を繰り広げていた。

 友達が肩をすくめながら語る。

『でもまあ、相手があのサンドパンなら問題ないだろう?』

 

 

 ムウマたちが余裕ぶっているのには理由があった。

 墓守りが連れている相棒のサンドパンは戦闘のために育てられたポケモンではなく、いつも墓穴を掘ったり、墓石の修復の手伝いをしている家庭用のポケモンだったからだ。あのメスのサンドパンは、戦闘についてはほとんど素人なのである。

 さらに相手は、地面タイプのポケモンだった。特性"ふゆう"を有しているムウマたちとはすこぶる相性が悪い。

 実際に今までも何度かイタズラをした仕返しにサンドパンをけしかけられたこともあったが、まともにダメージを食らったことはなかった。

 先程は木のウロの中にいたので、すわ地震かと思って慌ててしまったが、こうやって空を飛んでいればそれも関係ない。

 

 

 まず負けることはないだろうと高をくくって余裕ぶってフワフワ浮遊していると、墓守りが指をさしてサンドパンに指示を出した。

「降りてこないならこちらから行くぞ! 行けぃ、サンドパン! "シャドークロー"!」

『えっ?』

 サンドパンが両手の爪に鋭い闇のエネルギーのようなものを纏わせながら、枯れ木を踏み台にして飛び上がってきた。上空のムウマたちに迫ってくる。

 かわす間もなく、ズバッと友達のムウマがその爪で引き裂かれてしまった。

『うわっ……!?』

 悲鳴を上げながらのけ反る友達。

 ムウマは目を見張りながら叫んだ。

『シ、シャドークローだって!?』

 

 

 友達を引き裂いたサンドパンは枯れ木の枝に華麗に着地し、今度はムウマの方に攻撃を加えようとしてきた。

 ムウマは慌てたように攻撃技の"シャドーボール"を放とうとした。

 迎撃してサンドパンを地面に撃ち落とすのだ。

 が、地上の墓守りがスコップを振りかざしながら指示を出した。

「"すなかけ"攻撃ぃ!」

 枯れ木を駆け上がってくる前に、予め持たされていたのだろう。サンドパンは手の中に砂を隠し持っており、それをムウマの顔目掛けてバッとばらまいた。

『…………ぅ!』

 砂粒が目に入り、反射的に目をつぶって顔を逸らしてしまうムウマ。

 発射準備が整っていたシャドーボールはサンドパンにかすりもせずに彼方へと飛んで行ってしまった。

 

 

 その隙にサンドパンはくるりと一回転し、距離をとって別の枝に着地していた。前傾姿勢になり、背中のトゲを逆立てて警戒態勢をとっている。

 砂粒を振り払ったムウマは、唖然としながらサンドパンの姿を見詰めた。

『あ、あのサンドパンってあんなに強かったっけ?』

 以前のサンドパンとは、動きがまるで違っていた。

 昔はゴーストタイプに有効なシャドークローなんて技を覚えていなかったし、そもそもあんなにバトル慣れしていなかった。

 

 

 墓守りが腰に手を当てながら、自慢気に高笑いをした。

「どうだ、恐れ入ったか、うちのサンドパンの実力を! 四天王のキクコさんに頼み込み、ゴーストタイプのポケモンとの戦いを伝授してもらったのだ!」

『…………!?』

 まさかこんな所でその名前を聞くとは思わなかった。

 四天王のキクコ。

 ゴーストタイプのポケモンを使わせたら右に出るものはないと言われているほど高名なトレーナーだ。その名は野生のゴーストタイプのポケモンの間にまで届いており、一度は彼女の持ちポケモンになって活躍してみたいと憧れるものも少なくない。

 

 

 キクコはゴーストタイプのポケモンを育成するのも上手ければ、その弱点や欠点についても熟知していた。

 墓守りという仕事柄、彼は四天王のキクコと面識があり、色々とバトルのノウハウを教わってきたらしい。

 ついでにサンドパンも、対ゴースト系ポケモン用に鍛えてきてもらったようだ。道理で以前に比べて飛躍的に強くなっているはずである。

 

 

 だが納得ばかりもしていられなかった。相手はまだまだ本気を出してはいないのだ。

 あのメスのサンドパンは確か戦闘を好まない大人しい性格をしていたはずだが、今はやる気に満ち満ちた顔付きをしていた。

『ご主人様のためにやってやりますよぉー!』

 というような顔をして、ムフーッと鼻息を荒くしている。

 どうやらキクコにしごかれて性格まで変わってしまった様子である。

 

 

 墓守りは攻撃を受けて弱っている方のムウマに指をさし、サンドパンに命令した。

「よし、もう一度シャドークローだ!」

 再びサンドパンの爪に、鋭く尖った闇のエネルギーのようなものが纏わりついた。ゴーストタイプのポケモンには効果が抜群のゴースト技である。

 サンドパンが友達めがけて飛びかかる。

 友達は先程受けたダメージが大きすぎたのか、未だに動けないようだった。目をつぶって苦しんでおり、サンドパンが迫ってきているのも気付いていない。

 このままでは再び攻撃が直撃してしまう。

『危ないっ!』

 とっさにムウマは友達を庇って身を躍らせていた。

 防御技の"まもる"を発動する暇もなく、シャドークローの攻撃をモロに受けてしまう。

『うぐっ……!』

 

 

 攻撃は急所にヒットしたのか、びっくりするほど痛かった。

 体が二つに引き裂かれ、ズタズタにされたような感覚。

 危うく気を失いかけた。

 地上の墓守りが嬉々として叫ぶ。

「よし、トドメだ! そのままシャドークロー!」

 しかし、ムウマは懸命に痛みをこらえながら、"いちゃもん"の技を発動した。

『何回も何回も、同じ攻撃ばかりしてるんじゃあない!』

 シャドークローを使おうとしていたサンドパンの動きがピタリと止まり、爪の周りに纏わりついていた闇のエネルギーも霧散する。

 

 

 いちゃもんは、相手に同じ技を連続で使用出来なくさせる技だった。とりあえず、これでしばらくの間はシャドークローは打てまい。

 さらにムウマは半ば体当たりをするようにサンドパンに密着し、"いたみわけ"を発動した。

 お互いの体力を足しあってから分けあい、きっちり半分半分にする技。

 触れ合った肌を通してムウマが受けたダメージや疲労度がサンドパンの方に移動し、代わりに新鮮なエネルギーを吸収する。

『い、今のうちに逃げよう!』

 痛みから回復した友達が叫んだ。フラッシュがわりに"あやしいひかり"を放ち、相手が目をくらませている隙に逃走して大きな墓石の裏に隠れる。

 

 

「こらーっ! どこに行ったーっ!?」

 向こうで墓守りがスコップを振り回しながら叫んでいた。

 一向に諦める気配はなく、混乱が解けて正常に戻ったサンドパンに"つるぎのまい"を舞わせていた。攻撃力がぐーんと上がる火力上昇技である。相手はどこまでも本気のようだった。

 ムウマはハァハァと肩を上下させながら友達に小声で愚痴った。

『君がいつもからかい過ぎたせいだよ』

『あはは……だって面白いくらい怖がってくれるんだもの、あの人』

『…………』

 ジト目をして無言で睨みつけると、彼はしゅんとして『ごめんなさい』と謝った。

 

 

 いつもはムウマたちが墓守りを驚かせて怯えさせていたのに、今はムウマたちが墓守りに追いつめられて怯えさせられていた。これでは立場があべこべだ。

『今僕たちが感じてる恐怖心を食べ合えば、なかなかに美味しいかもしれないね』

『そんな冗談を言ってる場合かよ』

 ムウマは友達の笑えない冗談を受け流し、墓石の影からちらりと墓守りたちの様子をうかがった。

 彼の怒りはまだまだ収まってはおらず、いつもは大人しく墓守りの足元に控えているサンドパンもやる気になって爪を鋭くさせていた。

 ふいをついたり、背後に回りこんで驚かせたりするのは得意だが、ムウマたちは正面切って戦うのは苦手だった。

 そもそも自分たちは"うらみ"やら"おんねん"やら"みちづれ"やらの搦め手系の技ばかり覚えるので、ガチンコのバトルは不得手なのだ。

 

 

 ムウマは友達に小声で尋ねた。

『どうする? 一旦墓場から離れる?』

『そうだね、ほとぼりが覚めるまでしばらく近付かない方が良さそうだ』

『でも、どこに行く?』

 友達は唸りながらあるアイディアをひねり出した。

『うーん……ロトムの所とかどう? ほら、森の奥の方の洋館に住んでる』

 町外れの森の中には打ち捨てられた古い洋館があるのだが、そこには一匹のロトムが住んでいた。

 ひょんなことから知り合いになり、同じゴースト系ポケモンということで仲良しになったのだ。あそこならば空き部屋も多いし、雨風もしのげる。ロトムも歓迎してくれるだろう。

 

 

 しかし、ムウマは肩を落として深くため息を付いた。

『はぁ……。ここ、気に入ってたのに』

 墓場は人を驚かせるには絶好のスポットなのだ。立地もいいし、長年住み慣れたあの枯れ木を離れるのも惜しい。

 そして何より、森の奥の洋館なんかに行ってしまっては、少女のことを見れなくなる。

 

 

『ま、まあそんなに気落ちするなよ。またロトムに新技でも教わって、驚かしの腕を磨こうぜ』

 友達は努めて明るく笑ったが、今はそんな気持ちになれなかった。

 黙りこんで感傷に浸っていると、ふいに二匹が隠れている場所の日が陰った。

「見ぃつけたああああああああああ!」

 墓石の向こう側から年老いたシワだらけの手がぬっと伸び、墓守りの老人が顔を出した。ギラリと光る瞳をして、ムウマたちを冷たく見下ろしている。

『う、うわあああああああ!?』

 ムウマたちは慌てて飛び退いた。

 逆光になっていたせいで、その姿はなかなかに猟奇的でホラーだった。

 

 

「いつもいつもイタズラを仕掛けてきおって……。今日こそ成敗しくれる!」

 時代劇調な口調で言い、スコップを構えながらずいずいと迫ってきた。

 完全に普段と立場が逆転していた。『あわわわわ……』とたどたどしく後退するムウマたち。

「行けぃ、サンドパン! "いわなだれ"!」

 墓守りの指示を受け、サンドパンが地面をえぐって巨石を持ち上げた。ぐぐぐっと腕に力を込めて姿勢を低くし、投げつけようとする。

 やられる、と思って覚悟を決めたその瞬間、両者の間にバサッと何かが放り込まれた。

「うん?」

『えっ?』

 

 

 それはクリーム色のマフラーだった。

 四つ葉のクローバーの刺繍がされた、手編みのマフラー。

 見るとすぐ側のベンチの上に、あの少女が立っていた。いつもの様に無表情な顔をして、ベンチの背もたれに足をかけて、右手を高く掲げてこちらを見下ろしている。

 どうやらボクシングのセコンドが試合を中止させるためにタオルをリングに投げ入れるように、サンドパンの攻撃を止めるために、少女が自身のマフラーを両者の間に投げ入れたらしい。

 ふいをつかれ、巨石を持ち上げたままの姿勢で硬直するサンドパン。

 

 

 少女は掲げていた右手を下ろすとベンチから飛び降りて、てくてくとこちらに歩み寄ってきた。

 地面に落ちたマフラーを拾い上げ、パンパンっと雪や土の汚れを払い落とし、何事もなかったかのように何も言わぬまま丁寧に首に巻き直す。

 唐突にバトルに水を差され、墓守りは驚いたように目をパチクリとさせていた。

 おずおずと少女に問いかける。

「あ、あの、お嬢ちゃん……?」

 少女は静かに口を開いた。

「誰だって、お腹がすけばパンを食べるでしょう?」

 

 

「え?」

「墓守りさんだってお腹がすけばパンやお肉、お魚や野菜を食べるでしょう?」

 突然訳の分からぬ話を振られ、墓守りは困惑気味に肯いた。

「あ、ああ……。だがそれがどうしたというのだ?」

「この子たちにとっては、人の恐怖心や驚いた時に生まれるエネルギーが食料なの。人の恐怖心や怖がる心がパンや肉。それらがなければ死んでしまう……。だから少しは、大目に見てあげて」

 

 

 墓地内ではよく見かけていたが、墓守りが少女と言葉を交わしたのはこれが初めての事だった。何を話しかけてもいつも無表情で無反応だった少女に正面から見据えられて、訳もなく少したじろいでいる。

「それにここは墓地よ。あんまり大きな音を立てていたら、お墓の下の人たちがびっくりしちゃうわ」

「あ、ああ……」

「あなたたちも、少しは悪さは控えなさい。約束できる?」

 少女に話を振られ、ムウマたちはコクコクと力強く首を縦に振った。巨石を持ち上げて今まさに自分たちを押し潰さんとしているサンドパンを前にして、他に選択肢などない。

「ですって、墓守りさん」

 

 

 墓守りは面食らったように少女を見下ろしていたが、仕舞いには、ふっと息をついて毒気が抜かれたような表情を浮かべた。

 肩の力を抜き、怒りの矛を収める。

「……戻れ、サンドパン」

 命令を受けたサンドパンは持ち上げていた巨石をそっと地面に戻し、墓守りの足元に戻っていった。挑戦的な気配は消え、いつもの大人しい墓守りのサンドパンに戻る。

 墓守りは労うようにパートナーの頭を撫で、目を点にしているムウマたちにぶっきらぼうな口調で言った。

「もう滅多なことはするんじゃないぞ。……ほどほどにな」

 踵を返し、スコップを肩に担いで小屋の方に去っていった。

 

 

 後に残されたのは二匹のムウマと、一人の少女。

 ムウマたちは顔を見合わせ、呆然と呟きあった。

『た、助かった……?』

 緊張の糸が解け、その場にへなへなとへたり込む。

 あ、危なかった……。

 本当に岩に潰されてやられてしまうかと思った。

 

 

『まったく、えらい目にあったよ』

 懲りてているのかいないのか、友達のムウマはおどけたようにあははと笑顔を浮かべた。

『いやぁ、僕のせいで君まで巻き込んでしまって申し訳ない』

『これからは彼を刺激し過ぎないように注意しないとね』

『あはは……善処するよ』

 この分だとしばらくしたらまた墓守りにちょっかいをかけに行きそうだったので、『絶対に駄目だからね!』とぐぐぐっと迫って念を押した。

『だって美味しいんだもの、あの人の恐怖心は』

『そんなんじゃ命がいくつあっても足りないよ』

 

 

 そんな二匹のやり取りを、少女は傍らに座り込んで眺めていた。

 どんな内容のことを喋っているのかは分かっていないだろうが、興味深げにじっとムウマたちのことを見下ろしている。

 そして、いつも自分にちょっかいをかけに来る方のムウマに、心持ち優しげな口調で言った。

「これで貸し借りなしね」

 


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