なかない少女とよなきポケモン   作:オオルリ

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3 人の言葉、ポケモンの言葉

 

 クリスマスが近付いてきた。

 墓場にはあまり変化はないが、町はにわかに賑やかになってきた。

 葉の落ちた街路樹にはイルミネーションが巻かれ、そこここで可愛らしい明かりが瞬いていた。

 

 

 日が落ちるのは早くなったが、町全体が色とりどりの光で照らされるようになった。

 町の広場には大きなもみの木が設置され、町のみんなで飾りつけを行っていた。もみの木のてっぺんには幻のポケモン、ジラーチを模した星の飾りが設けられている。

 町が活気づくと遅くまで人が出歩くようになるし、イルミネーションに気を取られて油断している人も多い。この時期はムウマたちも大いに働きやすくなる季節だった。最も、一年で一番活躍できる季節はハロウィーンなのだが。

 

 

 人に飼われているムウマはポケモンフーズやポフレなどがあれば生きていけるらしいが、野生のムウマの主な食料は他人の恐怖心である。木の実なども食べるが、やはり一番美味なのは他人の怖がる心だ。

 厳しい冬を乗り越えるためにも、今のうちに食い溜めをしておかなければならない。

 友達のムウマは墓守りをからかう以外にも精力的にあちこちに出掛け、人々を驚かせては食事にありついていた。

 

 

 一方、ムウマはずっと墓地内にいた。

 墓地内で、四つ葉のクローバーのマフラーをした少女の様子を見守っていた。

 少女は相変わらず、毎日のように墓地を訪れていた。いつも一人、冷たく孤独な目をして両親の墓石の前に座り込んでいる。

 

 

 人を驚かせて生きるよなきポケモンのプライドにかけて、何としても一度くらい怖がらせてやろうと思って何度も挑戦しているのだが、相変わらず空振りの日々だった。

 今日は"おどろかす"攻撃に"かげぶんしん"の技をプラスして、血まみれのゾンビの幻を大量に作り出し、土の中から這い出して少女の周りを取り囲むという演出で挑んでみた。"おにび"の技を使い、青白い人魂を出現させるというオマケ付きだ。

 

 

 しかし、今日も今日とて、作戦は失敗に終わっていた。

「…………」

 大量のグロテスクなゾンビで囲んでみても、いつも通り無反応でスルーされる。

 まるで自分が空気か何かになったかのようだった。

 のれんに腕押し。

 糠に釘。

 ここまで手応えがないと逆に清々しいくらいである。

 

 

 ハァ、今日も駄目だったかと気落ちしながら"かげぶんしん"を解いて"おにび"の炎を鎮火していると、ふいに少女が口を開いた。

「……少しやせた?」

 ムウマはびっくりして思わず飛び上がってしまった。

 人を驚かせるのが本分なのに、逆に驚かされてしまった。

(この子の声、初めて聞いた……)

 周囲をキョロキョロと見回してみたが、他に人影もポケモンの姿もない。少女は間違いなく、ムウマに話しかけていた。

 

 

 少女はちらりと横目でムウマの姿を眺め、繰り返した。

「……少し、やせたんじゃない?」

 少女の声はとても小さく、若干かすれたような感じだった。子供らしい、幼い声。

 でもどこか大人びた、静かな声。

 

 

 確かに、ムウマは以前に比べて若干やせ細っていた。

 何としてもこの少女を怖がらせようと躍起になっていたので他で食事が取れず、ずっと絶食状態が続いていたのだ。首元に連なっている赤い珠も、若干光をなくしていた。

 少女は墓石に視線を戻し、ひとり言のように静かな口調で呟いた。

 

 

「あなたちにとっては、人の恐怖心や、泣き叫ぶ声がご飯なんでしょう?」

『…………』

「でも私は悲しいことがあって、すごくすごく悲しいことがあって……。もう、泣き疲れちゃった。涙は出ないし、驚いてもあげられない」

『…………』

「私なんかに構っていないで、他に行けば」

 

 

 まさか少女の方から声をかけてくるなんて思っていなかったので、どう反応すればいいか分からず、ムウマは固まっていた。

 ただ少女のその声は、そのセリフは……なんだかとても悲しくて、寂しそうで、聞いているだけでこちらの心も凍えてしまいそうになった。

 深い孤独。

 この子はずっと、こんな孤独の中に一人でいたのかと考える。

 

 

 ポケモンは人の言葉を喋れない。

 もしムウマが「やあ、こんにちは」と話しかけたとしても、人間には「ムゥ、ムゥムウマ」と鳴いているようにしか聞こえないだろう。

 しかしそれでも何かを言ってやりたくて、声を届けてやりたくて、ムウマは口を開こうとした。

『君は……』

 

 

 その時、ふいに夕日が陰った。

「……またこんな所に一人でいるのか」

 彼方から声をかけられる。

 見るとそこには、少女と同い年くらいの男の子が三人、夕日を背景に立っていた。サッカーをしてきた帰りなのか、一人はサッカーボールを小脇に抱えている。

 ニヤニヤと意地悪そうに笑いながら、少女のことを見下ろしていた。

 

 

 真ん中のガキ大将風の体の大きな少年が、からかうように大きな声で言った。

「こいついつも一人で墓地にいるよな。不気味だぜ」

 他の子たちも同調し、はやし立てるように言葉を浴びせかけてきた。

「全然笑わないし人形みたいに無表情だし、本当に人間なのかよ」

「もしかしたら幽霊なんじゃないの?」

「ひゃあ、おっかねえ」

「除霊しなきゃ、除霊!」

 少年たちは口々に心無い言葉を浴びせかけ、おどけるように十字を切る仕草をした。

 

 

 少女はちらりと横目で少年たちを盗み見たが、すぐに視線をそらしてだんまりを決め込んでしまった。体をぎゅっと抱きしめて小さくなって、少年たちの揶揄をやり過ごそうとする。

 もしかしたら少女たちは同じ学校の生徒で、いつもこうやってからかわれているのかもしれない。

「……すましやがって。なんとか言ったらどうなんだ、こいつ!」

 あまりにも少女が無反応なので、少年の一人が雪玉を作って投げつけてきた。

 雪玉が少女の頭に直撃し、バシャと砕ける。

 

 

 それでも少女は無言を貫き、無反応だった。

「こいつ……」

 躍起になった少年が再び雪玉を作り、投げつけようとする。

 その様子を側で見ていたムウマは、腹を立てていた。

 少年たちにもそうだが、何の抵抗もしようとしない少女の方にも腹が立った。

 窮鼠猫を噛む。ニャースに追いつめられたコラッタだって、最後には牙を剥いて反撃するものだ。こんな風にやられっぱなしでいるなんて……これでは墓場に眠る死者たちと何も変わらないではないか。

 ムウマは空気に溶けるように気配を殺し、こっそりと透明化して姿を消した。

 

 

 と、少年たちの背後で音がした。

 それは細く開いた窓の隙間を風が通り過ぎていくような、あるいは、若い女のすすり泣く声のようにも聞こえた。

 少年たちは調子に乗って悪ふざけを続けていたが、ここが死者たちの眠る神聖な場所だと思い出したのだろう。ギクリとしたように首をすくめ、硬直した。

 三人で顔を見合わせ、まるでぜんまい仕掛けのおもちゃのようにぎこちない動作で後ろを振り返った。

 

 

 だが、そこには不審なものなど何もなかった。静かに墓が立ち並び、大きな夕日が彼方の空に浮かんでいるだけである。

「だ、誰もいない……?」

「な、なんだよ、気のせいか」

「驚かせやがって……」

 口々に呟き、ほっとしたように正面に向き直る。

 少年たちの目の前に、水死体の女が立っていた。

 

 

 長い髪は濡れそぼって額に張り付き、皮膚は腐ってただれてブヨブヨになり、まるで蝋燭のように体全体が真っ白になっていた。

 頬には極小サイズのコソクムシがざわざわざわざわと這いまわり、眼球があった部分にはポッカリと穴ぼこが開いていた。少年たちをがらんどうでな瞳で恨めしそうに見詰めている。

 そんな顔が、少年たちの顔の真ん前、鼻と鼻がくっつきそうなくらいに間近にあった。

 ぶはぁと、磯臭い腐ったような息を吐きかけられる。

 少年たちは悲鳴を上げた。

「う、うわあああああああああああ!?」

 

 

 さらにムウマは"サイコキネシス"の技を使って雪を操り、少年たちの首筋に大量の雪を流し込んでやった。

「うぎゃああああああああああああ!」

 突然女の水死体が現れるは首筋に冷たいものを流し込まれるはで、少年たちは一瞬にしてパニックに陥っていた。みっともなく悲鳴を上げて飛び上がり、持っていたサッカーボールを放り出して脱兎のごとく逃げ出す。

 足がもつれて、向こうの方で一人が見事にすっ転んでいた。

 

 

 そんな少年たちの背中を見送りながら、ムウマは"おどろかす"攻撃を解いて元の姿に戻った。ボンっと白い煙が舞って水死体の女が消える。

 久しぶりに驚かしに成功し、人を怖がらせることが出来た。

 なんだ、やっぱり自分の腕もなかなかじゃないかと自認し、満足そうににししと笑う。

 

 

「ふふっ……」

 ムウマの笑いにつられたように、小さく笑い声が聞こえてきた。

 えっ、と思って後ろを振り向く。

 そこには少女がいた。

 少女はそっぽを向いて素知らぬ表情をしていたが、一瞬だけ、少女がくすりと笑っていたように見えた。

 

 


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