夜に降った霧雨はまだ止まない   作:平丙凡

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お久しぶりです。
episode1は御察しの通り紅魔郷編。
ではごゆるりと〜




紅き門の呼び鈴

 基本的に魔法使いという生き物は、研究の為に生きて研究の為に死ぬような連中ばかり。だから必然的というかなんというか、ほとんどの魔法使いになった人間は、人間である事をいつの間にか辞めて妖怪になっている。……こういう奴らのことを後天的な魔法使いと呼ぶ。

 

 魔霧は後天的な魔法使いだった。魔法の研究を完成させる為には、人間一人の寿命では到底足りない。だから魔法使いは『捨食』と『捨虫』の法を使い、()()()()()()()を放棄して不老長寿を得るのだ。

 ……不老“不死”では無い。

 

『いくら人間を辞めようが、所詮魔法使い。結局いつか終わる命の一つでしか無いんだぜ』と言うのは師匠の談。

 

 その時の彼女は、ただ笑いながら話していた。でもそれは、何か開き直ったような。いま思い出すと、何かを後悔するような……そんな表情だったような気さえする。

 

 それに対しパチュリーは先天的な魔法使い。産まれたその瞬間から魔法の研究に生きる事を定められた彼女は、夜霧が知る限り()()()()。いや、喩えなどではなく、本当に。ずっとずっと、本とにらめっこしたまま動かない。

 

 たまに視線をずらして俺の方を見るが、動かない。本を読み終わったと思ったら次の本を小悪魔に持って来させて、動かない。ずっと大図書館の中心に座したまま、動かない。

 

 それがパチュリー・ノーレッジ。でも俺は、そんな不動すぎる魔女パチュリー、と言うよりは紅魔館に住まう人たちに手助けをしてもらいたいと考えている。

 

 紅魔館の主、レミリア・スカーレット。彼女の『運命を操る程度の能力』は、未来を変える上できっと必要になる。

 それだけではなく戦力として咲夜さん……あと、まあ、美鈴さんも。――それと。

 

 とにかく、彼女たちの協力を得ることが出来れば、未来を変えるなんていう夢のような話だって、少しは現実味を帯びるってものだ。そう思って、早速紅魔館の門前に来たのだが……。

 

「こんにちは、門番さん」

 

「誰です? あなた」

 

 まあ、そうなるよな。紅魔館の門前に降り立った瞬間。夜霧の知る限りではダラダラと寝ていてばかりだったはずのサボり常習犯な門番が、しっかりと起きていた。

 

 ――まあ、寝ていたとしてもちゃんと門番としての仕事はしていたのであまり関係はないな。

 

 夜霧はあの日、寝ていた美鈴に蹴られたことを思い出した。

 

「えっと、ここの地下にある大図書館を見に来たんだけど……その。通してくれませんか?」

 

「駄目です」

 

 即答か。まあわかっていたけれど。 今の美鈴は夜霧のことなど全く覚えていない。……いや、違う。()()()()()()()()のだ。俺が産まれるのはこれから数百年も後の話。だから俺は美鈴にいつもみたいに気さくに接することも、友人みたいな振る舞いをすることもできないのだ。

 

「…………」

 

 まあ、その程度のことが、紅魔館に入る事を諦める理由にはならないのだが。

 

「なあ門番さん。……一つ勝負をしないか?」

 

「勝負、ですか?」

 

「そう勝負。スペルカードを使ってさ」

 

「……なんのつもりでしょう」

 

 美鈴が目を細め、怪訝そうな表情をする。

 

「決まってるだろ。俺は紅魔館に入りたい。門番さんは俺を止めたい。――そこで勝負だ。負けた方が引き下がる。わかりやすくて単純だろ?」

 

「私は別にあなたのことを問答無用で追い払っても良いのですよ?」

 

 美鈴は腕を上げ、脚を踏みしめて戦闘の構えを取る。……文字通り、いつでも俺を殴り飛ばせる体制。――だが夜霧は譲らない。その意思表示として、スペルカードを提示する。

 

「でもな門番さん。それじゃダメだと思うぜ」

 

「どういうことです?」

 

「それだと俺は、門番さんのことを『まともにルールも守れない卑怯者』と思ってすごすごと退散しなきゃならないんだよなぁ」

 

「むっ……」

 

 そう言うと美鈴は、苦虫を噛み潰したような……そんな絵に描いたような不快感を惜しみもせずに顔に出す。この幻想郷において、スペルカードルールは妖怪と人間の間で行われる決闘においての絶対的なルール。つまり破ることは許されない。

 

 それを破り、ただ何も考えずに追い払った場合。例えば夜霧がそのことを人里かどこかに流布しよう。たちまち美鈴は『卑怯者』と呼ばれるだろう。

 仮にスペルカードルールを守らず追い払われたとしたって、別にそのことを流布する気は夜霧には無いのだが。ここは互いに譲り合ってはならない場面。ぜひ有利な状況は作らせてもらおう。

 

「はぁ……はいはい。成る程ですか」

 

 美鈴が拳を構える。いつでも戦える、そんな戦闘体型(ファイティンポーズ)

 

「あなた、最ッ高に嫌な性格してますね!」

 

 ――あー、第一印象は最悪だな、こりゃ。

 

 美鈴がスペルカードを提示しながら、むしろ清々しいくらい爽快に毒を吐く。それはまさしく戦闘開始の合図。ならばと夜霧はそれに応えて、名乗りをあげる。

 

「俺の名前は霧雨夜霧! ただの魔法使いさ」

 

「私は紅美鈴。ここ紅魔館の住民にして門を守る者。スペルカードは三枚! いざ尋常に――」

 

 二人が声を揃え、高らかに宣言する。

 

 

「――――勝負!!」

 

 

 紅く赤い館の前、その門前で弾幕ごっこが始まった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「今日はいい天気ですねぇ」

 

 雲ひとつない快晴の空。陽の光が照りつけて心地よい午後の訪れを優しく伝えてくれている。そう、まさしくいい天気。他に喩えようの無いくらいにいい天気。少なくとも、彼が来るまでは、だが。

 

「こんにちは、門番さん」

 

 突然空から降りて来たのは、黒い髪に白黒調の、おかしな西洋風ローブを着た男。

 

「誰です? あなた」

 

 美鈴は門番として聞くべきことを先に聞く。本当は真っ先に、『どうしてそんな変な色合いしたローブなんて着てるんですか?』と聞きたかったけども、そこは抑えて。だいたいそれを初対面で聞いたらおかしいだろうし。

 

「えっと、ここの地下にある大図書館を見に来たんだけど……その。通してくれませんか?」

 

 質問に質問では答えない。どうやら名乗る気は無いらしい。――少し警戒しようか。 

 

「駄目です」

 

 当然のことだ。こういう奴らを追い返すのが美鈴の役目。ここは問答無用で追いかえさせてもらおうか。

 

「…………」

 

 しかしそう言うと男は悲しそうな、残念そうな……ヘンな表情をする。なんなのだこの男、美鈴の中で、彼の人物像が掴みきれない。

 

「なあ門番さん。……一つ勝負をしないか?」

 

「勝負、ですか?」

 

「そう勝負。スペルカードを使ってさ」

 

「……なんのつもりでしょう」

 

 成る程どうして。この男、あの紅白巫女や白黒魔法使いと同じような『言っても聞くわけない奴ら』か。この手のやつらは非常に面倒だ。話は聞いてくれないし、言葉よりも先に手が出るくらいに武力主義だから。しかし男は――やっぱり予想通りだったな、これは。

 

「決まってるだろ。俺は紅魔館に入りたい。門番さんは俺を止めたい。――そこで勝負だ。負けた方が引き下がる。わかりやすくて単純、いいだろ?」

 

 美鈴は思う。多分私は……非常に言いにくい表情をしていると。

 もう本当に嫌だこういう人間。どうしてなぜこうも幻想郷(ここ)には好戦的な人間が多いんだ。

 

「私は別にあなたのことを問答無用で追い払っても良いのですよ?」

 

 もうあれだ。だんだん疲れてきたし適当にあしらっておこう。少し構えて気を発せばおそらく逃げ腰になるだろう。しかし男は笑い、――スペルカードを提示してくれやがる。

 

「でもな門番さん。それじゃあダメだと思うぜ」

 

「……どういうことです?」

 

「それだと俺は、門番さんのことを『まともにルールも守れない卑怯者』と思って生きていかなきゃならないんだよな」

 

 ――うわぁ。口にはかろうじて出さなかったけど、割と本当にそう思う。この白黒の男、普段本を盗みにやってくる白黒の魔法使いよりもよっぽど悪質だぞ、これ。

 

 要するにこの男、『俺の話を適当に流して追い出すようなことをすれば、あんたを卑怯者と呼んでやるぜ……村の中でな!』と白昼堂々、宣戦布告しながら言ってるようなものだ。

 

 喧嘩売ってるのか? ああ、売ってるか、そうりゃあそうか。

 

 そこまでされて、何もしないわけにもいかず。ただ美鈴は拳を構えざるを得なくなり、戦闘に持ってくれば大丈夫と甘く考える相手側の思惑に、薄々勘付いてるくせにノってしまうのだった。

 

「あなた、最ッ高に嫌な性格してますね!」

 

 そうしてスペルカードを提示する。なんというか、半ばヤケクソで。そしてそれは明らかな宣戦布告。それに応えた男が名乗る。

 

「俺の名前は霧雨夜霧! ただの魔法使いさ!」

 

「私は紅美鈴。ここ紅魔館の住民にして門を守る者。スペルカードは三枚です! いざ尋常に、」

 

 ……今日は客人が来た。

 

 

「――――勝負!!」

 

 

 ――第一印象が最悪でしかなかった、変な白黒ローブとの男、霧雨夜霧。

 

 きっとこの先、この男の名前は忘れないだろう。たぶん。

 

 

 

 

 




戦闘は次回からです。

ここの美鈴さん、だいぶ心の中では毒を吐きます。
なので表にはそれが出ないように敬語だったという裏設定があったりなかったり。(いま考えた)


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