人と妖怪、あげくの果てに神まで住まうこの地のことを人は幻想郷と呼ぶ。
騒乱を極め、有象無象が入り乱れ、時代が移り変わったとしても、その楽園だけは変わらない。
妖の楽園。幻想の行き着くところ。忘れ去られた悲しき者どもの最後の楽園。それが幻想郷と名付けられた土地の、その本質。
――つくづく、理不尽だと思ったのだ。
人と妖、全く違う価値観を持った相反する存在。しかし彼らは互いが互いであるための関係を持っている。
人の畏れがあるから妖がある。妖の畏れがあらから人は傲り高ぶらずに、何かに敬虔でいられる。
どちらかがいなくては成立しないこの仕組みが崩れつつあったから、妖怪の賢者達は一山いくらかの土地を外界から隔離し、まるで――というよりも、本当に文字通り――時を止めたまま閉じ込めてしまった。それが幻想郷。
成り立ちからして、ここはあやふやな場所だったのだ。不安定、砂上の楼閣もいいところ。しかしそれが意外なことに安定している。……何故、何故それが成り立っている。
――そのバランスを執り持つ誰かがいるからだ。
それは誰か。
――博麗の巫女だ。
いくら背中を追いかけても追いかけても何かが足りない。結局勝ち越したまま逃げたあいつだけが、それを
だけどもうあいつはいない。だから、この幻想郷は
それも、多分おそらく、ちょっと手を加えるだけで。
――まあ、なんだ。だから長い長い時を掛けて戻ってきたのだ。
この場所に、別れを告げるために。
「ただいま、そして――さようなら」
空を駆ける。あの時と同じみたく、わざわざ箒に跨って。吹いて来る逆さ風が、今は心地良くすら感じる。
ああ。上等だ。全力で争ってやろう。
それが、普通の魔法使いである私なのだから――。
◇◇◇
魔法使い見習い。その肩書きに間違いはないのだが、本人はご不満のようだった。
修行を初めて一ヶ月。もうそろそろ見習い取っても良いんじゃね? という夜霧の声は即却下。
まあ当たり前だ。魔法使いとは基本的に研究を重ね魔法の研鑽をする者たちのこと。外の世界で言う所の、学者然としたヤツらのこと。
何故彼らが妖怪になってまで長命を得ようとするのか。それは研究のために他ならない。寿命を延ばし、自らの肉体まで変異させることで研究に明け暮れる。それが魔法使い。
――断じてだ、一ヶ月で成れるような気楽なもんじゃないんだよ。
そう咎められた夜霧は現在、幻想郷の空を飛行中だった。もちろん師匠の教え通りに箒へ跨って。
「魔法使いとは箒に乗るものなんだぜ!」とは師匠の談。
そこから察するに乗らなくても飛べるのでは……と言ったら「ロマンが無いなぁ」と言われる。まあ仕方ないね。
――とは言いつつ師匠の言葉通り箒に跨る夜霧は、律儀というより愚直なのかと自問。そんな彼が向かう先は何処か。もちろん、人里では無い。家出というよりは勘当されたばかりの夜霧が人里に顔を出すのは、まさにどのツラ下げてという話。だったら何処に向かうのか。
……そこは、霧に覆い包まれた秘密の小島。その中心部、紅く赤く塗りたくられた赤い洋館。
その名は紅魔館。霧雨夜霧は降り立った。
「どうもー」
門前に降り立って、門番の人に声をかける。
彼女の名前は
「あ、どうもこんにちは。夜霧さん」
「今日はちゃんと起きてるんですね。……なんかあったんですか?」
はあ、と分かりやすくため息をつく美鈴。意地悪そうに笑う夜霧。
「……あのですね。私もいつも寝てる訳じゃないんですよ? ただ、あの日はたまたまいい天気で心地良くてですね……」
「別にいいんじゃないですか。あの時だって、ほら」
それは夜霧が最初に紅魔館を訪れた時のこと。空から降り立った夜霧が見たのは、門前に堂々と仁王立ちで正に門番らしく立ち塞がる、美鈴の姿だった。
鉄壁の守り、不動の門番。羅列すればいくらでも響きの良い二つ名が頭の中に浮かんでくるが、彼女の二つ名は『華人小娘』。大陸の拳法を扱って、身軽かつ華奢な戦いが得意な彼女らしい二つ名だ。
――それも全て、寝ていなければの話なのだが。
「あの、門番さん?」
声をかけても起きない。肩を揺さぶっても起きない。勝手に入ったら怒られるよな、と思い門番を起こそうと思っていても、起きないことには話が進まない。
夜霧の脳内で、これはもう勝手に入っても怒られないんじゃないか? と言う発想が浮かぶのは、すでに時間の問題である。
「あー、もう無理だ!」
夜霧が未だ眠りから覚めない門番の横を通り抜け、門を潜ろうとすると。
――眠っていたはずの門番の蹴りが、目にも留まらぬ速度で夜霧の横腹に食い込む。
「ぐっ、――へ!?」
そして吹き飛ばされた先には、高い塀のその壁面。そのまま強く背中を打ち付けた夜霧の意識は、朦朧としてそのまま落ちていく。
「この門を勝手に潜ろうとした愚か者は誰だ!」
「うっ……あ、れ?」
意識が、遠のいていく。
夜霧が最後に見たのは、焦ったようにこちらに寄ってくる門番の、「え、あっ! 大丈夫ですかー!?」と言う声。
「……寝てると思って門を通ろうとすると恐ろしい威力の蹴りが飛んでくる。――改めて思うんですけど美鈴さん。あなた何者ですか?」
「いやいやいや!? あれは反射みたいなものですからね!? そんな私はただの妖怪ですよっ!」
そう言って、過剰なくらい丁寧に応じる気さくな門番、紅美鈴。その腹の奥では何を考えているのか……なんてことを考えてみるも夜霧はすぐにそんな考えを捨てる。彼女がそんな人――と言うか妖怪なのだが――とは思えない。
「あら、声がするから誰かと思いきや。夜霧くんじゃない」
そんなことを考えていると、聞こえてくる美鈴とは違うもう一人の声。
「あ、咲夜さんじゃないですか。どうしたんです?」
「ちょっと美鈴の様子を見にきただけよ……あら美鈴、今日は起きているのね」
「も、もちろんですよ咲夜さん! 私だって真面目に門番してますよ!」
「ふーん、でも昨日はぐっすりと……」
「あーあー! 咲夜さん! タイム、タイム!」
手を思いっきり振って咲夜さんの言葉を遮ろうとする美鈴。でももう遅い。咲夜の言いかけた一言でだいぶ察することができてしまう。
――ああ、美鈴。昨日もぐっすり寝てたんだな……。
「じゃ、美鈴さん。……寝ないでくださいね?」
「ちょっと! 夜霧さんまでですか!?」
「夜霧くん、今日も大図書館に?」
「ええ。本を返すついでにまた借りようかなって思って」
「無視しないでくださいよぉ……」
そんな美鈴に、夜霧は励ましなのか蔑みなのかもどっちつかずな笑顔を見せ、咲夜さんの案内で門をくぐる。
「絶対寝ませんてばー!」と言う声が背後で響いているが、絶対に振り返らない。振り返ったら負けだ。
そうして長い長い廊下を歩き、階段を降りて昇り……やけに大きな扉を通る。
そこは見渡す限り本の壁。床を見れば本、壁を見れば本棚、挙句空を見上げれば浮遊する本、本、本……そんな『大図書館』の名に偽り無し、本だらけのこの部屋の中心部にある、アンティーク調の機能美を追求したかのようにシンプルな木製の机と椅子。そこに座する紫の帽子にゆったりとしたローブの魔女――パチュリー・ノーレッジの元へと向かう。
「こんにちは。パチュリーさん」
「あら、誰かと思えば……いつかの見習い魔法使いじゃない」
「見習いって……まああなたから見れば俺なんてまだまだ若輩者ですけど」
「いえ、若輩者と言う言葉すら当てはまらないわ。私から言わせればあなたは見習いですらない……赤子ね」
「さらにグレードが下がった!?」
そんな夜霧の反応を楽しむように笑うパチュリー。
確かにこの魔女……パチュリー・ノーレッジは夜霧みたいな見習いとは比にならないくらいの長い月日を生きて、全ての時間を魔法の研究に費やした、本当の意味での
……それこそ、夜霧のことを文字通り赤子みたく扱えるほどに。夜霧は思う。きっと彼女は師匠と同等、イヤ、もしくはそれ以上かもしれない魔女、それがパチュリーなのだろうと。しかしこの紫の魔女、こう見えて意外と面倒見がいい。
「ああ、これ。返しに来たんですども、小悪魔さんにでも渡しておけばいいですかね?」
「あら、もう返しに来たのね……もう読み終わったの?」
「ええそりゃあ。このぐらいの分厚さなら一時間あれば読めますよ」
速読。夜霧が少しだけ胸を張れる特技。
「……そんなドヤ顔で言われても。私は一分あれば読めるわよ?」
「うぇっ」
前言撤回。上には上がいた。そして勝てそうにない。
「でもその量を一時間で読めるのは相当なことよ。……成長の証拠ね。喜んでも損は無いと思うわよ?」
「そんな風にパチュリーさんに言われたら、きっと喜んでも大丈夫なんでしょうね」
そう。彼女は魔法使いとして遠くに離れすぎているが……それ故にとても有効なアドバイスをくれる。例えば、夜霧が魔法の研究に行き詰まった時には参考になりそうな魔道書を何冊か引っ張り出して、一緒になって考えてくれる。はっきり言って頼りになりすぎる。
しかし喩えるならこれは、平々凡々の選手に優秀すぎる一流選手がなぜかトレーナーはおろかマネージャーとしてつくようなものだ。明らかに釣り合っていないのだが、敢えて夜霧もパチュリーも目を瞑る。これほど心強いアドバイザーがいるのは強みだろう、というメリットだけを見ているのだ。
「……ええ、問題ないわ……そう、問題ない」
夜霧の大丈夫と言う言葉への返事の、微妙な違和感。それを夜霧も察する。
――なんと言うか、いま答えが
「それじゃあ夜霧、借りたい魔道書があったら声をかけなさい。――ちゃんと返してくれるなら、いくらでも貸すから」
「……前から気になってたんですけど、どうしていちいち最後にそんなこと言うんですか? 借りたものを返すのは当たり前だと思うんですけど」
「ふふ……そうね、
「?」
そう言うと、パチュリーは今までのどこかニヒルな笑みとは打って変わり、明るく軽快な表情で笑って答える。
「……ああ、ごめんなさい。あまりにもあなたが普通で」
「なんか俺、変なこと言いました?」
「いえ何も。おかしくはないのよ……。でもね、全く違ったのよ、私のイメージと」
「……はあ、そうですかね」
そう笑って答えたパチュリーに、夜霧は別れを告げて、紅魔館を後にする。――もちろん、いくつかの魔道書を借りてから。
箒に跨って、再び幻想郷の空を泳ぐ。
もう日も暮れかけて、やる事はなくなって来た。今更師匠のところに行く理由もないし……困った。暇だ。
――そうなると、向かう先は……。
「……博麗神社しかねえ」
なんで紅魔館からそこになるんだよ、というツッコミは無し。強いて言うのなら、そこの巫女さんもどうせ暇そうだと思ったからであろう。
夜霧が博麗神社に降り立つと、掃除中の巫女は箒をはく手を止めて、夜霧に声をかける。
「あら、夜霧じゃない。今日の修行は?」
「今日は師匠の気分が乗らないみたいで休みなんだ。それでまぁ。暇だから来た」
「あらそう。ならそこの素敵なお賽銭箱を少しばかり気にしてもいいのよ?」
そう言って背後の賽銭箱を指でさす。
なんなんだこの巫女は。心の中で思わず悪態をつく。夜霧が博麗神社を訪れる度、賽銭を催促するのがこの巫女さんだ。
この巫女さんは、信仰を集めるよりもお金を優先する……それはもう信仰を目に見える目安とした賽銭と言うよりも、巫女さんにお金を寄付するための賽銭、というような気にしかならない。
こうでもしないと機嫌を損ねる巫女さんは神職どうこうの前に人としてどうなのかと思う今日この頃。
夜霧は流れるような手つきでいつも通り手元に用意した五円玉を放っておく。
「ん、よし。今日初のお賽銭どーも」
ちなみに時刻は申の刻。もう日が沈みかけ、空が茜色に染まる頃。……要するに一日の終わりかけだ。
「今日初って……本当に参拝客が来ないんだな」
「ほんと、なんでかしらね?」
「……それはひょっとしてギャグで言ってる?」
と言うのも、ここの巫女さんに信仰を集めたいという気持ちや熱意を、微塵たりとも感じないのだ。あちらの妖怪の山の神社の緑色した巫女さんは熱心に布教活動をしているのをよく見かけると言うのに、この巫女さんは毎日茶を飲んで他にすることもないのか、境内の掃除ばかり。
「何よギャグって。私はそんな事言ってるつもりは無いんだけど」
「布教活動をしてみようという気は?」
「無いわよ、めんどくさい」
だろうなぁと夜霧。それはすっごく知っていた。というよりもこの巫女、宣伝やら広告やらをハナからする気なんてなかった。
――何しろめんどくさいからね!
それでも生活に困ってないのは何故だろう。そんな疑問を持った夜霧がその事を聞いてみたら『なんでそんな事聞くの?』と言うまさかの質問返しをされたので聞くに聞けない状態に。ちなみにその答えは、妖怪の賢者と呼ばれる誰かが、博麗神社に定期的に物資を調達しているということだった。
「ま、よく考えてみなくても俺は神社とかのことは何もわかんないから口出す理由もないんだけど」
「……それはそうとして、少しあんたの話を聞かせなさい」
「どうしたのさ、急に」
不意に巫女に話を振られて、多少驚く。
――そういえば今まで巫女さんのことばかりを聞いてきたな。俺のことについてはあまり話しちゃいない。
だって聞かれなかったからね。
巫女が縁側に座ってポンポンと隣を勧めて来る。「座れ」ということだろう。
ならばと「ほーい」と、夜霧は箒をそこらに放って縁側に座る。
「で、話って何さ。知り合って一ヶ月。そっちから話を振るなんて珍しいじゃないか」
「そんな日もあるってことよ、夜霧」
先ほどまでの穏やかなムードが一転。巫女が目の前に座る魔法使いの名前を静かに告げ、これからの話が笑っていられるような呑気なモノでないことを冷然と知らせる。
「私が聞きたいのは、あなたの師匠のことよ」
「……師匠が、どうかしたのか?」
「昨日の夜のことよ。お風呂から上がったら、紫が茶の間でゆっくりくつろいでた」
「妖怪の賢者が? 只事じゃないな」
紫、という人物は、先ほどの話にも出ていた妖怪の賢者のこと。正体不明のスキマを操る、神出鬼没の大妖怪、八雲紫。そんな彼女は幻想郷の管理者でもあり、博麗の巫女の支援者でもあって……一言で言うと謎の存在。
「それで私に言ってきた。『あの見習い魔法使いの師匠には気をつけなさい』って。それで、見に行ってみた」
「で……どうなったんだよ?」
巫女は苦い顔をして、いくらか迷ったように沈黙すると、よほど答えにくいのだろう。重苦しい口調で語り出す。
「――負けたわ。この私が、弾幕ごっこで」
「……それは」
当然だろうな。
咄嗟にそう思ったが、そうでもないような気もする。
師匠は強い。それは当然のことだ。あの溢れんばかりの魔力を扱う魔法使いなど、そうそういないだろう。
しかし対してこの巫女も、幻想郷の調停者という役柄上やはり強い。ただし師匠より上かと言われれば違和感はある。
巫女が師匠に勝つイメージがイマイチ掴めない。人間が虎を素手で追い払うのと同じぐらい無謀な事のように思えてならない。
しかし巫女は『弾幕ごっこ』という幻想郷のルールの下では一番強い――その点については異論がなかった。
巫女が『弾幕ごっこ』ておいて負ける場面も、同じくらい想像できないのだ。
――そんな巫女が、弾幕ごっこで負けた。
「やっぱり、強かったのか?」
「そりゃもちろん。アレをただの魔法使いだと思って戦ったのが失敗だったわ……あれはもう、妖怪と呼ぶのも何か変。そう、化け物ね」
「化け物、だって?」
「少なくとも私はそう思った。……それで、そんな彼女を師匠に持つあなたはどうなのかということもね」
「いやいや待てって。俺にはそんな実力ないぞ? まずお前に勝てるかどうかさえ怪しいくらいなんだし」
「それは分かっているのよ」
オイオイ。
「だけど――彼女の正体についての心当たりが、あるんじゃないの?」
「――!」
あるわけないじゃないか。そう断言できなかったのは何故か。それは単純。……本当のところ心当たりがあるからだ。
では気になるのはどこで――どんな理由で彼女を知っているか、だ。
「白黒の魔法使い。星の魔女。それが師匠……
「ねえあんた、もしかして……」
そこまで言って巫女は何も言わなかった。
しかしその開きかけた口は、「知ってるんじゃないの?」とでも言いたげで。
知っていたら……知っていたら何になると言うんだ? 俺は師匠の――いや、もしかしたらそれは偽名の可能性すらあるのだが――正体を知っているのだとしたら……どこで知ったんだろうか。
思わずポケットに手を突っ込んで、その中に入ったミニ八卦炉を落としてしまう。
「あっ」
「ん? 何よこれ……って、何よこれ!」
巫女が目を光らせる。この巫女は八卦炉の素材を目ざとく察しているのだろうか……と思ったら。
「これ、
「は……あの人だって?」
巫女が声を荒げて続ける。
「知らないの? 私の先代の博麗の巫女の友人、霧雨魔理沙の……って、あれ、えっ。もしかして……」
「どうしたんだよ、巫女さん」
不意に巫女は、何かを思いついたようで神社の中へと入っていって、何かを手に持って急いで戻ってくる。
「ほらこれ、これ!」
そうして持ってきたのは一冊のアルバム。
――指し示すのは、一枚の写真。
「写ってるのは、先代の巫女と……師匠?」
「そう。博麗霊夢と霧雨魔理沙。これで彼女の方が手に持ってるのが、それ」
「あ、ミニ八卦炉……」
写真に写っている二人。一方は会ったことも見たこともない知らない人だったけど……もう一方には見覚えがある。ありすぎるくらいに。
黒を基調としたドレスに白いエプロン。どう見ても身の丈に合わない大きさの黒いとんがり帽子の女の子。
そんな辺りに「私は魔法使いだ」と主張する服装は……師匠と全く同じだった。
「この人、師匠なのか?」
「そう……かもしれない」
「かもしれない? なんで言い切らないんだよ、なんかあったのか?」
「いや……霧雨魔理沙は、齢八十の時、老衰で亡くなったって聞いてるんだけど……」
「老衰で? じゃあこの写真の人と師匠様は無関係だって言うのかよ」
「わかんないわよ! だけど師匠っていうヤツが危ないのは確定した! ……あんたには悪いけど、警戒はさせてもらうわ」
「ちょ……そんな唐突な!」
「理由だってあるわよ! 霧雨の“霧”に魔理沙の“魔”! これで“魔霧”! 疑う余地はありありよ!」
「――んな無茶な!」
全くもって訳がわからない。
師匠が、霧雨魔理沙。でも彼女は死んだはずの人間で……ああ、わからない。
夜霧は混乱する。目の前の事実と、確かに残る事実との食い違いが、彼を惑わす。
「クソ………」
「ちょっと。どこ行くのよ」
「帰るんだよ。もういいだろ?」
縁側から立ち上がり、そこらに落ちた箒を拾って飛び上がる。
――今日は帰ろう。少し、考えてからまた師匠に会ってでも、遅くは……。
「巫女様!」
そう思った矢先、とんでもないことが起きてしまった。
「はいはい、ここにいるわよ……。何か、あったのね?」
そこにいたのは、必死で走ってきたのか。疲労に顔を歪まず人里の青年。
「はい……巫女様、聞いてください」
そして夜霧は、信じられないことを聞いてしまう。
「里が燃えています! 犯人は……白黒の魔女です!」
有言実行ほど信用出来ない言葉も無いが、いざ本当に実現されると厄介なのも、この言葉なのだ。