長いなほんと……決着を引っ張りすぎな気もするけど、もうすぐ終わります。
意味が、わからなかった。
「嘘は、つくなよ」
その言葉の意味が、私には理解できなかった。どうしてだろうか。
嘘などついていないのに、本心からの言葉なのに、それらを全て嘘と言う。何故。
その疑問への答え、未だ見つかることもなく。今はただ、情け容赦無しに放たれた
「なんでよ……!」
意味が、わからなかったのだ。
彼の激情の意味も、自分が嘘つき呼ばわりされる理由も、フランドールにはわからなかった。
ただそこには、
「――レーヴァテイン!!」
戸惑いを隠せぬまま、炎剣を振り下ろす少女の姿と、迷える少女を助けださんと戦いに挑む蛮勇の姿があった。
「――星よ、集き待たれ」
振り下ろされた炎剣に、夜霧は魔法の詠唱で答える。詠唱によって収集した魔力が、一瞬にして防壁を形造る。
「空層『プラネットスフィア』。どうしたフランドール、少し力が落ちてるんじゃないのか?」
「うるさい!」
無論、虚勢だ。夜霧に余裕なんか無い。防壁や予防線をいくら張ったところで、吸血鬼、ましてや『悪魔の妹』フランドールに対すれば、そんなもの障害にもなりはしない。
――小細工は通用しない。その事実はもちろんのことだが、夜霧には
「お前には負けない。というか負けるわけがないんだよ、フランドール」
「……うるさい」
「いいや何度でも言うぞ。俺はお前には負けない。絶対にだ!」
「――うるさいッ!」
その時放たれる、フランドールを中心とする妖力の奔流――!
「うぐっ……」
ミシリとイヤな音が鳴った。魔力の防壁を越え、身体の芯まで衝撃が行き渡ってしまった感覚。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……」
フランドールがよろけた夜霧の胸元に飛びかかる。決して重くはないものの、ふらついている分人一人分の体重が一気にかかった夜霧の身体は一気に不安定になり、容易く地面に落ちる。
そしてゆっくりと立ち上がったフランドールが、必死の形相で叫ぶ。
「うるさいよ! さっきから何よ何よ! 嘘つき嘘つきって!」
「だったら本当のことを言えよ! そうじゃないから嘘つきだって言ってんだ!」
「私は――!」
嘘なんか、ついてない。
その筈なのに、そうは言えなかった。
「私、わた、し、は……」
嘘、なんて。
「あああ………」
――その矛盾の意味が、わからなかったのよ。
何も言えず、泣き崩れてしまう自分の心さえ、理解できなかった。
「はぁ……。いいかフランドール。よく聞け」
「…………なに」
「俺は、君と外に出たいんだ」
夜霧が言っていることは、何ら先程と変わらない。一語一句全く同じ、しかし違うこともある。
「…………うん」
先程は空を仰いだ言葉も、今ならちゃんと届く。そういう確信。
「だから、お前も……フランドールも本当のことを言って欲しいんだ」
「だから、私は……!」
「わかってる。
その言葉に、フランドールは泣き腫らした目を開く。今にも消え入りそうな弱い声。
「どういうこと……?」
「『外になんて出たくない』
確かにそう言ったのはフランドールだ。でもさ、俺には嘘をついてるように見えた」
「私は嘘なんて、」
「いや、それは本心からの言葉じゃない。そうだろう?」
「……………私は」
揺らいでいる。夜霧の言葉が、身に心に届いてくる。
フランドールは嘘などついていない。
そう思っている。そしてそれは事実だ。フランドールは
言葉は嘘ではない。
――嘘だったのは、その在り方だった。
「私は嘘なんてついてない」
外になんか出たくない。
外に出れば色々なモノが目に入る。そしてその全てを、何もかもを壊したくなってしまうから。
――そう定められた。定めたのだ。
結論を言うと、フランドールは優しすぎた。自分の能力が背負う罪に、心が滅入ってしまったのだ。
少女が背負うには重すぎるこの力。背負うためには、まず在り方を――
自己変革。自分の意思を、それ以上の精神的な負荷で捻じ曲げた。
あらゆるモノを壊す力が凄まじくて、恐ろしくて。その分自分も、頑張って変わらなくちゃいけなくて。
成長するたび、増していく力。破壊衝動。
そうしていつしか、一人の少女がとめどない衝動に押しつぶされて、自分まで壊してしまって。
――無意識の中で、自分を殺してしまったらしい。
「ねぇ、だから教えてよ。ヨキリ」
触れるモノを壊し、何かと接することを恐れてしまった私にはわからない。
「私の、
故に、フランドールに嘘をついた自覚はなかった。だって、嘘をついたのは自分であって自分でないものだから。
「………なるほど、ね」
ニコリと笑う。
そうだ。彼女を見ていると思い出すことがあったのだ。ずっと自由なんかなくて、ただ為されるままに生きてきた子供の頃のことを。
自分の意思などどこにも無くて、何がしたかったのかもわからなかった頃のことを。
その頃の、人形だった頃のことを。
今の彼女とそっくりだった頃のことを。
あぁ、今わかった。
俺がフランドールを助けたかった理由。
――あまりにも、似てたからだ。
「本当のことを言う方法だっけ?」
それは簡単だ。俺だって言えたんだから。
「それは?」
「素直に、やりたいことを言えばいい」
そう軽い調子で。なんでもないように夜霧は言った。
「――は。……あはは!」
そう言うと、フランドールは泣き顔を一転させて笑い出した。結構な大声で。狭い地下室に響き渡るくらいに、元気に。
「そんなこと……そんなことでいいの!? ねぇヨキリ! そんなことで!?」
「ああ。俺がお前のワガママに付き合ってやる。……だから、もう一度聞くけど。
フランドール、――いま何したい?」
その質問に、フランドールは無邪気に笑う。そこに狂気も寂寥とした感情は微塵たりとも無く、ただ純粋に楽しいのだと。フランドールの笑顔は確かにそう語っていた。
「私、遊びたい! もっといろんなヤツと、いろんな場所で!」
「………ああ。他には?」
「話もしたい! もっと
「ああ、いいな。それも……」
「でもやっぱり、
「うん……うん?」
そこで今日一番フランドールのニヤッとした笑顔を夜霧は見た。それと同時に感じる、悪い予感。
「おいおい、まさかっ……!」
「アナタとの勝負よ、ヨキリ!!」
両者は未だに立って、スペルも両者三枚残っている。勝負はまだ終わっちゃいない。
「ま、言った事は守らなきゃな」
自分から挑んで、絶対に負けないとまで豪語したのだ。負けられる筈はない。
「そ、ヨキリ。逃げはダメよ。私がやりたいことに付き合ってくれるんでしょ?」
「……もちろん。嘘はつかんよ」
「だったら始めましょ。最後まで、死ぬ気で!」
残るスペルカードは三枚。勝敗はその三枚で決着だ。
今の彼らにとって、勝敗ははっきり言ってどうでもいいことだった。弾幕を繰り広げ、凌ぎを削りあうこの時間が愛しくなる。
『弾幕は想いだ』
かつて夜霧の師は、そう言っていた。
ならばこの二人の間に広がる弾幕は、激しく、派手で、恐ろしくて、温かい。
そんなよくわからないモノになっていることだろう。
それはつまり、固有意識の
二人の意識は、同調する。
「魔力充填、八卦解放。――秘伝、」
「495年の研鑽、ここに。――Q.E.D、」
二人の宣言が、薄暗くて小さな地下室に再度響き渡る。
「マスタァァ、スパァァク!!」
「495年の波紋ッ!!」
二人の
◇◇◇
「クククッ………ハハハハ!!」
時は同じく、紅魔館の大図書館にて。
そこでは、『永遠に紅き幼い月』レミリア・スカーレットが高らかな笑い声をあげていた。
「レミィ、テンションが高い。疲れるからもう少し抑えてもらえない?」
それをただ見ている紫色の日陰魔女、パチュリー・ノーレッジと、その従者の十六夜咲夜。
「ええ、お嬢様。上機嫌なのは良いことですが、もう少しお淑やかに笑いましょう」
「いやいやいや、ちょっと二人共……これが笑わずにいられるものなの!?」
「?」
咲夜の目がパチュリーの方へ動く。
「はぁ……」
ため息をつくパチュリー。しかしその様子は気怠い、と言うよりは安心したような感じだ。
「わからない? あいつが……あの魔法使いがやってくれたわよ」
「――!」
パチュリーは至って普通に水晶玉で、夜霧とフランドールの様子をリアルタイムで見ていたのだ。ちなみにレミリアは見ていない。ならどうやって知ったのかと言うと、お得意の運命視だが。
「まぁ聞いてよ二人共。今から私、
「――へ?」
あんまりにも、嬉しそうにそう言うもんだから、その言葉を疑問に思えなかったと、後に咲夜もパチュリーも語る。
「あ」
水晶玉を見ていたパチュリーが声を漏らす。
「――なるほど、レミィ。それで、
「ククク、無論避けるわ。――ま、当たるか外れるかは私でもわからないけどね」
と、余裕たっぷりに堂々と言うレミリア。なるほど、真っ向から立ち向かおうというわけだ。咲夜は今の発言を理解しきれていない様子だが、とりあえず主を守ろうと身構える。
「咲夜、今は下がって頂戴よ」
「え? 了解しました。ですがお嬢様、私、いまいち状況が理解できていないんですが……」
「ククク、理解などしなくていいわ。これは
そう言ってレミリアは腕組みを解き、戦闘態勢を構える。
「さぁ来なさい。
そう言って、楽しそうに構えた。
当の本人、レミリアの異常発言から遡ること数分。地下室には、死力を使い果たして床にへたれこむ二人がいた。
「はぁ……疲れた」
「……全力だったわ。私も、ヨキリも」
「はは、そりゃあ疲れるか」
勝敗は……まぁ、どうでもいいか。
とにかく、二人は全力でぶつかり、己と己を凌ぎあった。悔いなど無し。紛うことなきマジの戦いだった。
「それにしても、ヨキリ」
「ん? どうした」
フランドールが悪戯をする妖精たちよろしく、意地悪そうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「私のやりたいこと、手伝ってくれるんだよね?」
「……まぁ、そういう約束だからな」
「じゃあさ、今すぐやりたいことがあるのよ!」
何となく、何となくイヤな予感がしたから、慎重に慎重を重ねて訊く。
「それとはつまり?」
「
思ってることと言ってることが違うって? そんなの些細な問題だろ。引き攣った笑顔した夜霧は後に、「生きて帰れないかもと本気で思った」と語ることになる。
◇◇◇
「じゃあフラン……行くぞ!」
「おっけー!」
フランドールは、前屈みに体重をかけ初速からの加速をスムーズにするための体制――いわゆる、クラウチングスタートの姿勢を取っていた。
それは何のためかと言うと、つまりだ。
「魔力解析、転換、補強確認完了。供給開始――!」
簡単に言うと、
「すごいすごい! 力がみなぎってくる……ヨキリ、やっぱりあなたすごいのね!」
「ははは……そりゃ嬉しいけど、嬉しいけどさ!」
気が気ではないとはまさにこのこと。夜霧は今まさに、契約相手をぶん殴るための手助けを補助魔法でやってしまっている。あとでどうなるかの保障などされない。と言うか最悪死んでも文句言えないレベル。
「じゃあヨキリ、行くよっ!」
「あぁクソ! どうにでもなれもう……!
魔力補強完了――
「――――!!」
その瞬間。
とてつもない速度によって発生した
魔力であちこち補強され、なおかつ魔力放出で勢い付けた初速を吸血鬼の脚力でさらに加速したフランドールは、まさに砲弾。
その速度は緩めたく無い。ならば段差は命取り、とすると――階段など必要無いな。
そう判断したフランドールは階段の前で一度
「そりゃあ!!」
――思いっきり飛び上がる!
ロケットの如く飛び上がる彼女は、その勢いのままに天井をブチ抜いて。
「――なっ!」
「おねえっ、さまっ!!」
ボゴォ。
レミリアの顎へと、強烈なアッパー。
完全に不意打ちを受けたレミリアは、その馬鹿に強力な威力の一撃をモロに食らったことになり……。
「……うぅ」
バタンと。そのまま気絶してしまう。
そして、そのまま振り向いたフランドールは。
「おはよう! パチェ、咲夜!」
そう何事も無かったかのように元気な挨拶をするのだ。
「………あぁ。おはようフラン」
「………えぇ、おはようございます。フラン様」
とりあえず返事を返すパチュリーと、そんな彼女を見て自分も何事も無かったかのように振る舞おうと決めた咲夜。こんな出来事の後に素面ができるこの従者も、大概な天然だ。
感動の対面だとか、そんな空気はいつの間にか死んでしまったようで、大図書館には散乱した本たちと、馬鹿デカイ大穴がしばらく残ることになった。
そして遅れて登ってきた夜霧が、ヒィヒィ言いながら大図書館の修復を手伝わされるのだった。
二十連で起源弾が出たならいいだろうとかそう言う問題ではないんや。僕はただ……メルトがほしいだけだと言うのに……!
次回か次次回でエピソード1end。
ハッピーハッピー。