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「あはははは!!」
「まだ、まだっ……」
フランドールのスペル、『レーヴァテイン』に込められたおぞましき量の妖力。それは夜霧が全力を尽くして解放できる魔力量を優に超えていた。
そも、地力からスペックが違いすぎる。
夜霧が十とすれば、フランドールは百。吸血鬼と人間の間には『種族の格差』という、努力でもどうにもならないくらいの実力差があるのだ。
しかし、その事実を霧雨夜霧は重々承知している。それをわかっていてフランドールに弾幕ごっこを挑んだ。
つまり、勝算があるから挑んだのだ。
「スペルブレイク!」
夜霧は膠着中だったスペル勝負を早々に打ち切り、八卦炉をローブ内にしまう。
……しかし、レーヴァテインは未だ健在だ。
「どうしたのさヨキリ! 逃げちゃイヤよ? だって私、まだまだ物足りないものっ!!」
「わかってるさフラン。俺は逃げない!」
急旋回。そうして夜霧はフランドールの背中へと回り込む。
「フランドール!」
その呼び声に感じた感情は――懐古。
遥か昔のいつか、誰かのいつかの声。
「――っ!」
その感情をかき消すように、紅き剣とも槍とも言えるようなレーヴァテインを声のした方に無慈悲に振り下ろす。
「スペル!」
宣言に呼応し、魔道書が光を放つ。――スペルの名は魔導『サテライトソード』。魔力の刃が、夜霧の周りを浮遊し始める。
それは『衛星』。戦える使用者を護らんがために、その星は神の名を冠する紅にその刃を向ける。
「どうして……どうしてよ!」
もう一度、振り下ろす。
邪魔な光を叩き切り、その向こうの男めがけて振り下ろす。
「……………」
しかし、衛星のように飛び回る刃は、いとも容易くその一撃を翻す。
「……………」
「もう一度!」
一回、二回、三回、四回。何度も何度も打ち付ける。それこそ、無尽蔵に無量に無限に那由多に。吸血鬼由来の腕力に任せ、何度だって振り下ろす。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
――約三十秒の間、スペルブレイクするまで、フランドールはそれを続けた。
そして、ついぞ一度たりともその一撃が夜霧を叩き切ることは叶わなかった。
「アハ、ハ……あれ? 変だなぁ。壊れてない。もしかしてヨキリ、私に何かしたの?」
「まさか、そんな余裕は無いよ」
「じゃあなんでヨキリは壊れてないの?」
「……そりゃあ、壊されてないからさ」
事実を淡々と述べていく。できるだけ、表情を柔らかくしたまま、内にあるわずかな恐怖を押し殺したまま、一言一言言葉を選びながら。
あれほど狂ったように――実際狂っているが――力任せにレーヴァテインを振るったばかりだというのに、にこやかに無邪気に笑い、純真無垢な子供のように話しかけてくる、フランドール。
「聞きたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「……キミは、俺を壊したいと思ってるのか?」
――そこで初めて。無邪気な笑顔が引きつり凍る。そして、口角が下がり、純真さに満ちた瞳は冷たく無機質な感じへと変わっていき、夜霧を見つめる。
「壊したい、か。ヨキリはそれを聞いてどうしたいの?」
「最初に言ったでしょ。キミと外に出たいんだって」
「それは嘘ね」
「本当さ」
「その確証は?」
「全く無いけどね」
ふふふ、と笑うフランドール。その仕草からは、先ほどのような狂気など微塵も感じ無いくらいの上品さが感じ取れる。
言いようのない異物感。これじゃない。でも本来そうなのかと。
――言ってみるなら、人形のような。
「仮に、ヨキリの言ってることが本当なら……あなた無駄足だったわね」
「と言うと?」
「私はいつでも外に出れるのよ、自分の意思で。でもそうしない、そうしたく無い。あなたにその理由がわかる?」
「…………いや、わからない」
嘘だ。本当はわかっていることなのに。だってそうだ。フランドールは――。
「じゃあ教えてあげるわ。怖いのよ」
「…………」
そう、怖がっている。外界との接触を、他人との交流を、自分を曝け出すこと、またそれに属する行為を、フランドールは怖がっている。
「壊して、しまうから?」
「そう。抑えきれない欲望って誰もがもつモノでしょう?」
手のひらを開いて閉じる。閉じては開く。それを繰り返すフラン。そのうち、手のひらの上に光のような球が浮かび上がってくる。
「私の能力、ヨキリは知ってたよね?」
「ああ、知ってる」
「それと、私が気狂いだってこと。知ってたよね?」
「……ああ、知ってる。けどそれは……!」
「いいよ、本当だから」
俯いてそう言うフラン。しかし、本当にそうなのか。この理知的な会話をする彼女が、本当に気狂いなのか? ……おそらく、答えは否。そして、その事実をみんな――。
「ねぇヨキリ、私は外が嫌いよ。外には色んなモノがある」
手のひらに乗せた球――何かの『目』――を遊ばせてフランは話を続ける。
「そして私は気狂いよ。……でも一つだけ訂正しておくとね。私は大声で騒いだり、なんでも無い時に笑うような狂い方はしてないわ」
「それって、」
あの狂い笑いは演技だった。私は狂っているけどそんなおかしな狂い方はしていないと、そう言いたいのか。
「あれはね、誤魔化してるのよ」
「誤魔化し? 何を」
「自分のこころ。目の前のモノ全てへの破壊衝動から目を背けるための、気休めね」
「……………」
グシャリ。フランドールが手のひらの球を握りつぶす。すると、そこらに転がっていた人形の一つが、突然破裂した。
「今のが、能力?」
「そう。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。私の最大の武器であり……最大の足枷」
「足枷?」
「私、外は嫌いよ」
フランドールが、夜霧の方へも向き直る。その紅い瞳はは、どこか濁っているように黒く。
「外には色んなモノがある。美しいさえずりを奏でる小鳥に、頬を撫でる優しいそよ風。溢れそうなくらいの豊かな自然。――その全てに対して私は一つ、ある感情を抱くの」
「それは、」
「破壊衝動、あるいは『壊せ』と語りかける本能」
手のひらを開いて閉じて、開いて閉じる。
かつて自分の腕を文字通り芥のように消し飛ばした、悪魔の腕。
「わかったでしょ、ヨキリ。何のつもりでここに来たかは、はっきり言ってどうでもいいのよ。私はね、壊す存在なの。――壊すことしか、許されてないの」
「だから、地下室に?」
「そうよ」
つまり、フランドールの狂気は、目に見えるようなモノで無くその在り方を侵食するようなモノだった。言うならば、それは自己の否定。自身は拒否しているのにもかかわらず、そうしろと脳が、本能が強制する。それを紅魔館のみんなは知らなかったのか?
……イヤ、きっと知っていた。だからフランドールを地下に幽閉――違う、保護していたのだ。
『フランドールを救ってほしい』
それはつまり、彼女の狂気を否定することと同義。夜霧の知る未来の彼女は、本当に壊れていたのだろう。長い長い地下牢暮らし、自らの狂気に抗うことも忘れ、いつの間にか自分さえ破壊してしまった悲しき少女の成れの果てが、あの『悪魔フランドール』だ。
けれど、おそらく、きっと。
今のフランドールも、未来のフランドールも待っている。自らの狂気が誰かに否定される日を。
――そして、それができるのは。
「お姉様には感謝してるわよ。定期的に何か壊さないといけないように、私は出来てるからさ」
「……?」
「とにかく、あなたの心遣いは無駄だったってこと。……さ、続きを始めましょ」
無駄、意味のない事。必要のない事。そうフランドールは吐き捨てる。
「………本当に?」
「何よ、だからさっさと――」
「答えてくれ! 君は、本当に無駄だって言うのか!?」
「――」
俯き、押し黙るフランドール。しばらくそうしていて、やがてゆっくりと顔を上げる。
「しつこいよ。私は外になんて出たくない」
だって、外に出れば――。
「私には自由なんて要らない!」
だって、自由になれば――。
「私には必要ない!」
そうだ必要ない。私に必要なモノは壊すモノ。それ以外のモノは全て不要――。
「違うだろ!」
訴えかけるような声で夜霧が叫ぶ。
ああ、怖い。手汗が止まらない。頭が潰れそうな恐怖、あるいは後悔。もしかしたら、あの時のように壊されてしまうかもしれない。そうなれば今度こそ立てなくなるかもしれない。
しかし、そうなったとしても。
今こうしていなければ、どの道立てなくなっていた筈。
――後悔だけは、絶対にするなよ。
そんなことを言ったのは……誰だっけか。
遠くのいつかの日。いつか誰かに言われて、誰かが言い聞かせるように言った言葉が、脳裏に浮かぶ。
そう、あれは師匠の言葉だ。
かつ、自分に打ち込んだ楔でもある。
「嘘は、つくなよ」
この瞬間、自分の思ったことを言わなくちゃ、俺がここにいる意味だって無くなってしまうから。
――俺が今、ここにいる意味は。
「この戦い、負けるつもりなんてなかったけど――たった今、
「なによ、それっ……」
「スペルカードはまだ残ってる。この意味、わかるよな?」
「……あぁ、続きね。やっとヤル気に――」
「いくぞフランドール! ひでん――!」
フランドールの言葉を遮り、宣言する。
「マスタースパーク!」
そう言って、取り繕うことなんてやめて、ただ一気に撃ち放す。
――さぁ、決着をつけよう。
フランドールと対面
↓
冷静に話し合おうよ……。
↓
痺れを切らした夜霧くんがマスタースパークをぶっぱ。(いまここ)
次回、決着。