突然扉を開いて入ってきた男は、フランドールに説くように、優しく、友達と話すみたく語りかけた。
――外に出ようぜ。
「なによ、それ」
「聞こえなかった? 外に出よう、そう言ったんだ」
「……あなたって」
フランドールが顔を上げた。夜霧をじっと見つめる。
曇りなどその表情にありはしない。さっきのセリフを古馴染みの友人と話すみたいに言うこいつは。
「相当の、身の程知らずと見たわ」
まさか、こいつは私のことについて何も知らないのだろうか。
「そんな言葉をよりにもよって私に笑顔で言うのね」
「『よくもまぁ』ってなにさ。引きこもりを外に連れ出しにきたんだ、普通だろ?」
「あはは……そう、そうね。普通ならね……」
それこそ笑える。普通ならって。
普通、普通、普通。
「私は普通じゃない、って言ったら?」
「そんなの知ってる。そう言うよ」
「…………へぇ?」
おもしろい。何も知らない可哀想な人間さんだと思っていたが、どうやら少し事情が違うようだ。
フランドールが立ち上がる。その目には好奇の感情。その左手には、いつの間にか黒い杖が握られている。
「あなた、ヨギリとか言ったよね。私はフランドール。……と言っても、あなたなら知ってるよね」
「あぁ」
「なら余計な手間が省けるわ。だったら私の
笑った。口角をにんまりと上げ、自分でもわかるくらいに上機嫌そうに、無邪気そうに。
――訂正、嗤った。この目の前の男の身の程知らずの愚かさを。
「じゃ、遊ぼうよ。魔法使いの人間さん」
「七枚だ」
「うん? ……あぁ弾幕ごっこね。久しくやってないから忘れちゃってた」
ガサゴソ。フランドールは自分のスカートのポケットを漁り、何枚かの白い紙を引っ張り出す。
「ほいっ……と」
フランドールが念を込める。すると白い紙に弾幕を表すデザインが写し出され、あっという間にスペルカードへと変化した。
「ヨギリは強いの?」
「さぁな。案外すぐに負けるかも」
「それじゃあつまらない。もっといっぱい遊びたいのに」
「……そうだな」
夜霧は目を瞑り、開く。背けたくなる彼女の無邪気さと、しっかりと向き合う覚悟を決めて。
ローブから魔導書を取り出し、開く。その目はまっすぐ、フランドールを見据えている。
「最初に言っておくけどさ」
「うん?」
「俺は、覚悟してるからな」
「はぁ? ……まぁいいや、やろう!」
ふわり。身体が浮き上がる。地下室にしては高すぎる天井すれすれまで両者は浮かんで行く。
「フランドール」
「?」
「『楽しく』やろう」
その瞬間、フランドールの無邪気な笑顔が僅かに引き攣る。動揺、もしくはそれに準ずる感情の変化。いずれにせよ、フランドールにとってその言葉は、死角からのストレート。
「えぇ、まぁ、そうね。楽しむわ!」
「あぁ……いくぞ!」
両者が符を掲げる。
――ここまで来るのに、幾らかかっただろう。最初にフランドールと会って、それから苦節折々。時を越えてここまで来て、互いに符を掲げ合うところまで来た。
そして彼女は、やはり
夜霧の言葉で示した反応、あの表情の変わり様はおかしかったから。
戸惑いを隠せない、キョトンとした目。わずかに詰まった、その言葉。
それだけでフランドールに理性があることは十分に確信できる。
そして。そして何より。
「…………フランドール」
本当の狂人は、あんな反応を示すわけがないから。
わかっているなら簡単だ。後はその道を示せばいいだけなのだから。
この弾幕ごっこで、それを伝える。自分があの頃よりも彼女のことを解ろうと、歩み寄ろうとしたということを、過去の彼女へと。
――未だ哭き続ける少女へと。
「さぁさぁ楽しい楽しい大収穫祭の時間! 禁符『クランベリートラップ』!」
室内の壁という壁に魔法陣が展開される。そこから湧き出る赤色の悪魔ども。そいつらは、さも当然のように夜霧の方へと吸い込まれていく。
収穫祭とはうまく言ったものだ。ちょうど手のひらで、弾幕を一気に掬い取れそうなくらいに一箇所に集中して流れてゆく。
「追ってくんなよッ!」
夜霧は箒をかっ飛ばし、追ってくるクランベリーから逃れるために部屋を縦横無尽に飛び回る。
クランベリー
「あははは! いいね、いいわ! あなたはもっともっと早く避けれるのかしら!?」
「どうだい? 試してみるか?」
「ええ、もちろんよ!」
フランドールが詠唱の速度を速めると、魔法陣の数が目に見えて増加――。そこから湧き出る悪魔が倍以上の速度で迫ってくる!
「なるほど、言うんじゃなかった! ――スペル!」
カードを切ろう。これで七分の一。
「流星『ブースターダスト』!」
――発動、完了。
穂先に取り付けた八卦炉が魔力を放出し、あたりへと弾幕を撒き散らす。それを推進力として、箒はジェットの如き加速を見せる!
結果として、フランはスペルブレイクを迎え、夜霧はスペルの内容通りに、フランドールの周りをぐるぐると周り簡単な弾幕ドームを形成していた。
「へぇ……星みたいね。魔理沙そっくりだわ」
フランドールは考えていた。
どうしたら目の前の男ともっと遊んでいられるか。どうしたら、壊さずにいられるか。原型を留めたまま、この遊びを終えられるのだろうか、と。
「でもね、もうそんなことは……」
どっちでも、よくなってきたよ。
壊したくない。けれど壊してしまいそう。そう思う心がどんどんないがしろになってゆく。
あぁ怖い、自分が怖い。それをどうでもいいと割り切れてしまう自分が、何よりも恐ろしい。
――そして、それを制御できない自分は、もっと。
「……スペル、『禁弾』」
だから私は祈るのだ。この弾幕で落ちてほしいと。
だから私は祈るのだ。この弾幕を避け切ってほしいと。
その矛盾した願望は、決して相反することもなく際限なしに肥大していく。はち切れそうになる頭を、何も考えないことで誤魔化していく。思考放棄。
そんなに辛く悲しい事なんか、その手のひらで潰してしまえ。
そんな呪詛が、矛盾しながら唱えられる。
「――スターボウブレイクッ!!」
誰かが、そんな私の歪さをぶち壊してくれるのを待ってる。
◇◇◇
「ほんっと……もう」
――見惚れていた。そういう他ないだろう。
夜霧が先ほど展開した弾幕を飲み込みかき消すほどに濃密な、フランドールの背面に浮かび上がった色とりどりの宝石群。その一つ一つが、命一つ容易く奪える凶器だと言うのに。
……どうしてこうも、美しいのか。
「――スターボウブレイクッ!!」
眼前に、宝石の流星群が降り注ぐ。色とりどりに輝くそれが、夜霧の周りを横切っていく。
「……え?」
それでも、夜霧は目ざとく見つけた。
フランドールの右上部。妖弾が一つも存在しない
「――急げ、間に合えっ!」
わずかに残るスペカ効力で加速。見つけた空間へと駆け込む。
「………避けたね、ヨキリ」
「そりゃあさ。俺も君に負けるわけにはいかないからさ」
「そうね、そうこなくっちゃ。そうでなくちゃあ、楽しくないもの!」
口角をニンマリと上げ、左手に持った杖を振り上げる。そして右手にはスペルカード。
「スペル! 禁忌……」
「スペルカード! 魔砲……」
声が重なった。想いだって目的だって、何から何まで全く違うのに、二人は全力だ。
それがなぜなのか、少なくともフランドールの方はわかっていない。だけども自分は、わかっているつもりだ。なぜなら…….。
「――レーヴァテインッ!!」
「――ファイナルスパークッ!!」
なぜなら、わかってるからだ。
思いっきり遊ぶことが、彼女との最高のコミュニケーションだって。