夜に降った霧雨はまだ止まない   作:平丙凡

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お久しぶりです。





背中にいる人たち

 大図書館でパチュリーに傷を癒してもらった夜霧は、フランドールとの戦いに備え準備を進めていた。

 

「あ、パチュリーさんそこの本取ってください」

 

「それくらい自分で取りなさいよ全く……」

 

「と、言いつつも取ってくれるパチュリーさんってほんと世話焼きですよね」

 

「うるさい!」

 

 パチュリーがなんだかんだ律儀に探していた本が、夜霧の方へと投げ飛ばされて額にゴツン。

 

「痛ってぇ、相変わらず冗談が通じないよなぁ……」

 

「あんたがおかしなこと言うからよ」

 

「あら? 私から見てもパチュリー様はお節介なお人だと思いますよ」

 

 咲夜がここぞとばかりに援護射撃をかましてくる。これには夜霧も密かにガッツポーズ。まさかの身内からのツッコミにパチュリーもたじろぐ。

 

「むきゅ……仕方ないでしょ。同業者だと何かと気になるのよ」

 

「素直じゃないですね、パチュリー様も」

 

「くくく……」

 

「そこ笑わない」

 

 今度は咲夜が夜霧の脳天へ垂直チョップ。さっきから物理的ダメージを受けているのは夜霧のみ。いったい俺が何をした。

 

「やっぱりこのローブもボロボロだな……脱ごうかな?」

 

「さっきから気になっていたけど、それも何かの魔道具(マジックアイテム)かしら?」

 

 咲夜が訊ねる。ちらほらと破れたローブは、破れたところから中に着ているであろう服が見えてしまっていて、明らかに服としての体裁を保てていない。もはやボロ切れと化したそれを今の今まで脱ごうとしなかった理由は何故なのか。

 

「ああ、これですか。実はこれ、魔道具でもなんでも無いんですよ」

 

 そう夜霧が返すと、「それはおかしいわね」とパチュリーが言う。

 

「さっきからこの大図書館によくわからない空気が混じっているのよ」

 

「それは夜霧が来たからではないのですか?」

 

「私には、そのボロ布からなんらかの力が発されるようにしか思えない」

 

 パチュリーは夜霧のローブに向け指をさす。この大図書館を満たすのは魔力。しかもわずかなまでの毒素まで抜いた身体に優しく喘息にも優しい魔力だ。優しいって言うのは変な表現だとは思うが、本当にそうなのだから何を言われても困る。

 

「このローブ、巫女さんと作ったんですよ」

 

「巫女さんって……あの赤白の?」

 

「いや、山の上の緑の巫女さんですけど。師匠の服のデザインに似たローブを作ろうと思ったんですけど、なかなかアイデアが浮かばなくて」

 

 その瞬間、『あっ。緑の巫女ならしょうがねえな』と思わず咲夜、それにパチュリーも苦笑い。

 黒色ドレス、それに白いエプロンの魔理沙のあの服装をどうアレンジして魔改造したらそのデザインのローブになるのか。

 だいたい根底からして間違ってるだろう。なんだ、魔理沙(師匠)に似たデザインの服って。ドレスとエプロンを足してローブになっている時点で明らかに無理があっただろうに。

 

「それで緑の巫女さんに会いまして。話をしたらやる気になって人里から大量に布と糸を買ってきてこう言ったんですよ。

『さあ作りましょう! ふふふ、コスプレも久々なので腕が鳴りますねぇ……!』って」

 

「その『こすぷれ』が何かはわからないけど、あの緑の巫女ならやりそうね」

 

「……ああなるほど、そういうことね」

 

 パチュリーは、何か合点がいったかのように頷く。

 

「何かわかったんですか?」

 

「ええ、説明も面倒だから簡潔に言うと、夜霧。あんたのローブは()()()()()()()

 

「祝福? そりゃまた大層なことで」

 

「その緑の巫女の祝福ね」

 

「ああ、現人神ですか」咲夜が言う。

 

「詰まる所、そのローブから発されているのは神様の加護、神力ね。よほどの想いを込めてそのローブを編んだのかしらね、あの巫女は」

 

それが単純に夜霧を気遣った想いだったかはさておき。

多分、というか確実に違う。これは多分おそらく常人には理解できない領域の話だ、きっと。

 

「神力と言っても微量だから、多少運が良くなるくらいよ」

 

「もっと具体的に教えてください!」

 

「せいぜい致命傷を何回か回避できるくらいかしらね。運が良くて」

 

 致命傷を避ける()()なのか。当の身につけていた本人はその加護によってどれくらいの致命傷を回避していたのだろう。

 

「………運が良くて、か」

 

 きっと数えきれないと、そんな気がした。

 

「早苗さんってすごいんですね……」

 

「そうね、確かにあの子はすごいわ。方向性はおかしいと思うけれど」

 

「ええ、間違いなくおかしいです」

 

「ははは………」

 

 あわれ早苗さん。どうやらあなたの行いはこの幻想郷の人々には理解しがたいものだったようだ。そう言う夜霧もよくわかっていないのだが。

 

「で、こんなにボロボロになっても力を感じられると言うことは」

 

「……まだ加護が残っている、ということに他ならないでしょうね」

 

「…………ほう」」

 

 そう聞くと、夜霧は何を思ったのか。ボロボロのローブを脱ぎ出してしまった。

 

「どういうつもりよ?」

 

「どういうつもりって……このローブじゃ不恰好だから脱ぐだけですよ?」

 

「あなた私の話を聞いていなかったの? あと一回は致命傷を回避できる。つまりそれは単純にフランドールとの戦いにおいてメリットになる」

 

「言ったでしょ、パチュリーさん。()()()()()()()不恰好だ。ふさわしくないってことですよ。――ねえ、咲夜さん」

「はぁ、わかったわよ」

 

 瞬き。その時の間にローブを脱いで黒いインナー姿だった夜霧は、すっかり綺麗になった、漆黒の中に白いラインがほとばしるあのローブに包まれていた。

 

「全く、人使いが荒いったらないわ。後で何かおごりなさい」

 

「ははは……出世払いでお願いします」

 

「おい夜霧」

 

 ガシッ。効果音が聞こえてきそうくらいな、普段のパチュリーからは想像できないくらいの強さで夜霧は肩を握られる。

 

「痛い痛い痛い! ちょ、ちょっとタイムだよパチュリーさん! 痛い、痛い!」

「当たり前よ。少し強化してるんだから」

「いや、これちょっとってレベルの強化じゃな……い、って痛ぁい!」

 

 ミシミシミシ……。さらにめり込んでいくパチュリーの掌。きっとこのままでは、フランドールに会う前にパチュリーに肩をぶっ壊されるだろう。もちろんそんなことはゴメンだ。そう夜霧が思った矢先、パチュリーの力が緩む。

 

「はー、はー、はぁ……。ちょっと、張り切りすぎたわね」

 

「ごめんなさいパチュリーさん。まさかあんな反応をされるとは思いませんでした」

 

「そりゃ驚くわよ……残機を一つ置いていくなんて言い出したらこうもしたくなるわ」

 

「かっこよくキメようとしたんですけどね……空回りしちゃいました」

 

「次からはもっとうまくやりなさい」

 

「じゃあ次は、パチュリーさんももっとうまく察してくださいよ?」

 

「はぁ、わかったわよ……。じゃああんたも察しなさい? 咲夜、あれを」

 

「ふふっ、かしこまりました」

 

 咲夜が一礼、そしてその瞬間「お待たせしました」と現れる咲夜。こっちからすれば一秒も待っていないのだから待つなどとんでもない。さすが完全で瀟洒な従者、と言ったところか。

 そうして咲夜が持ってきたのは、一冊の本。そう、夜霧の魔導書(グリモワール)だ。

 

「せっかくだから、結界魔法に加えてあなたの研究資料にも少しだけ書き込んでおいたわ」

 

「……ほんと、世話焼きですね」

 

「気になると放っておけない性分なのよ」

 

 そう言って、魔導書をローブの中にしまって改まりパチュリーの方に向き合う夜霧。

 

「いろいろと、お世話になりました」

 

「違うわ。これから()()()()()()のよ。それから地下に引きこもってる、あの子もね」

 

「やるからにはちゃんとやりなさい、夜霧。出世払い、これでも期待してるのよ?」

 

「ははは……二人には敵わないなぁ」

 

 振り返り、そのまま地下へと続く階段を降りだす夜霧。

 なぁに、大丈夫だ。だって、背中にはこんなにも心強い人たちがいるのだから。

 

 ――絶対に、やり遂げてみせる。

 

 その想いを、胸に込めて。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 カツ、カツ、カツ……。聞こえる足音。残響する足音。寂しく搔き消える足音。

 

 ――誰かが、降りてくる。

 

 誰、だれ、ダレ、だれ、誰が? まさかさっきの見知らぬ足音? ああそういうことか。きっと今からあの目の前の扉を開くのはお姉様(あいつ)が連れてきた新しいお友達(おもちゃ)か。

 

「あーあ」

 

 ――別に、いらないのになぁ。そんなことより、私は外に出たいのに。

 

「ふふ、ふふふ、ふふっ、ふふ」

 

 ああっ。うずうずしてきた。さっきはいらないなんて言ったけど、やっぱりダメだ。いる、いるのよ。私には、やっぱり必要なのよ。

 

 ――そうでもしないと、止まれない。

 

 目の前には、あの赤い扉。

 

 そして扉が開く。

 

「いらっしゃい、お客さん」

 

 私の声が、響いていた。

 狂気と言葉にしようもない***(ナニカ)に塗れた、意味のない言葉が、ただ虚しく物静かに響いていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 思い出すのはあの日の記憶だ。罪深いあの日の痛み。罪深いあの日の傲慢。

 あの時俺は本当に、彼女を救えると思っていた。

 

「こんにちは、魔法使いさん」

 

「君が、フランドールか?」

 

「そう。フランドール・スカーレット。そう、そう……そうよね? そうだよね……まあいいや。そう、私がフランドール」

 

「わかった、フランドールだな。俺の名前は――」

 

 自己紹介の後は、仲良く話でもしよう。

 ダメだったら弾幕ごっこだ。師匠も言ってた。弾幕ごっこは勝敗関係なく、分かり合えるものだって。……だから、きっとこの少女とも、

 

「えいっ」

 

「きりさ…………め?」

 

 あれ、痛い。なぜか、痛い。おかしいな、冷や汗が止まらない。顎が震える。寒い。なんで、どうして。

 全身が震えているのに、右の腕は震えていない。どうして。――だって。

 

「――あああああ!?」

 

 だって、()()んだから。無いものは震えない。無いものが感覚を、感情を覚えるわけがない。

 ただ、そう都合よく断面までそうなってくれるわけがなくて。

 

「あ、あああ! あ、ああぁ?」

 

 滴る、血。紅い。そう。紅かった。俺の血は紅かった。それこそ紅魔館の色に負けていないくらいに。

 

「はぁ、あ、痛ってぇ、な……」

 

 少し冷静になる。そうして知るべくして知る。俺の右腕は肩から吹き飛んでいた。かけら一つ残さず、粉微塵に。

 血溜まり、それを見つめる少女を見る俺。痛みに意識を奪われそうになるのを堪え、力無き虚ろな目で彼女を見た。

 

「フランドール……お前……!」

 

 見開いた目、それが見たのは。

 

「ア、あはっ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、あははっ!!」

 

 狂気に笑い、狂気に踊り、この世のものとは思えぬ獣のような咆哮をあげて、理解し得ない心を曝け出しながら。

 

 

「はは、は」

 

 

 

 ――哭いている、彼女の姿。

 

 

 

 そこから先は、よく覚えてない。

 後から聞いた話では、時間を止めた咲夜が意識を失いかけていた俺を永遠亭まで担ぎ込んで行ったらしいが。

 

「………………」

 

 目が覚めて。右腕の感覚を確かめて。ちゃんと右腕があることを確かめて。瞬きを何回かして。すー、はぁーと深呼吸をして。

 

「――クソッ!!」

 

 ベッドに拳を打ち付けた。

 

 全く。何もかもが……最低だ。

 

 これが習慣になった。朝起きて、右腕の感覚を確かめて、あの日のことを思い出して、叫びたくなって我慢して、何かを殴りつける。

 自分で何をやっているんだと思っても、それを行う理由が自分はなんてことをしてしまったのだ、ということを戒めるためだから止まらない。そもそも。

 

「――自分のこともロクにわかってない奴が、救おうなんて、虫が良すぎたんだ」

 

 でも、ある日思い出した。

 あの哭いていた彼女のことを。

 

 だから、紅魔館に向かった。

「もう一度彼女に会わせてくれ」

 

 返答は期待はずれ。

「失敗した奴に興味はない」

 

 負けじと言い返す。

「あなたも、失敗したんだろう!?」

 

 返事はない。あ、いや、一言だけ。

「死ね」

 

 ――それだけだ。

 

 俺は死にかけた。

 半殺しなんて生温い。

 吐いて吐いて吐いて吐きまくって、わけがわからなくなったところで記憶が途絶えている。

 

 よくわかったことがあった。俺にフランドールを救う資格は無いのだと。これは傲慢と偽善に塗れたお前に対する罰なのだと。

 

 悟った時はもう遅い。取り返しはつかない。取り返しはつかないのだ。

 

 ――そのハズなのに。

 

「…………ふう」

 

 門前。あの時と依然変わらない、紅く大きな両開きの扉。ここに詰まっているのは、過去の罪、恥、醜く汚いモノ。

 

 今だから向き合える。向き合えるチャンスが出来た。師匠を救う、幻想郷を救う。全部全部、俺がやるべきこと?

 

 ――だから、まずは君を助けてみせる。

 

 扉を開く。そこにいたのは、あの日まで変わらぬ姿の幼い少女。

 

「いらっしゃい、お客さん」

 

 背中についた七色水晶の羽を揺らしながら話す少女。

 

「やあ、俺は霧雨夜霧。しがない魔法使いさ」

 

 ちょっとづつ、進めていこう。

 救うなんて傲慢だ。救うなんて烏滸がましい。…………だから。

 

「――君と友達になりに来た。だからフランドール、まずは一緒に外に出ようぜ」

 

 

 それ以上に傲慢に、烏滸がましく、俺は俺らしく彼女の背中を押すことにした。

 

 




伝えるべき言葉を届ける。
それだけのことだった。

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